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2009年3月 4日 (水曜日)

半年を振り返る 2003年〔3月初旬号〕

▼初めての職場のマネージャーは、放任主義の人だった。業務の詳細のオブザーバーとして、私たちに重く貴重な存在で、感情的な言動や気分の表裏などは一切無い人でした。メンバーは信頼をして仕事に打ち込めた。▼二度目の職場には放任という概念すら無かった。人間は放置をしておいたら悪いことしかしないから常に管理を行き届かせ、間違いがあったら追求し咎めた。人格を無視したような言動などが目立った。メンバーは規則に縛られ、無意識に規則を逃れるような行動をした人が多かった。体制側は「個々の自立、個性を生かす」という建前の言葉で世間に対して正当性をアピールしていた。▼そして三度目の職場を6ヶ月経験した。2002年10月からの半年を振り返ってあれこれと書いてみることにする。私はアルバイトとして雇用されることになり、同僚として3名のアルバイトの女性がいた。当初の予定では私がその人たちのマネージメントをすることになっていたのだが、意識レベルの相違で簡単に崩れた。詳しくは後述する。人間、誰しも新しい職場で仕事を始めたら初めは猫を被っているのが当たり前だ。やがてその化けの皮が剥がれてきたときに私に数々のショックが襲ってきた。▼アルバイターを使っての仕事は初めてであったので、その意識レベルとスキルの低さに驚いた。人は会社組織の中で、それぞれが掛け替えの無いポジションでいるという自己責任意識で仕事に取り組んでいる。だが、仕事をいい加減にしていた訳では無く、業務はきちんとこなし、能力の範囲で落ち度も無かったのであるが…、ここに来た女性たちには、まったくそういう意識が無かった。正式社員と比較してはいけないのかもしれないが、ことあるごとにその人たちの仕事意識を見ては、マシンに限りなく近いと感じた。そしてそれは彼女たちが自らの意識でそうしている(そうありたいと願っていた)のかもしれないと思わせることもあった。▼あるとき、ひとつの文書作成を依頼した。しかし彼女たちの取り組み姿勢はただ指示を待つだけで、創意工夫がなかった。実力をそれ相当に持っているのに残念だった。困ったのは、本論とは無関係の指示や重要でない不具合への質問が私との対話に頻出したことである。仕事の中味に重み付けができていないから、仕事を子どものお使い程度にしか考えていないのであろう。ピントのボケた質疑が交わされるのである。相手の立場やチームが置かれた状況を考慮して、自らが工夫をするという姿勢とチームが仕事を完成させるという意識があれば、そのような質問はなさないだろうと思わせる言動であった。もしも、職員の人にこの仕事を依頼したらどうだろうか。ほとんど詳細指示がなくとも作業を開始し、自主的に重要な問題点や課題を提起し、対話を十分に行い業務を遂行したであろう推測する。自分たちが気がついていないのだからどれだけ諭しても理解できない。苦言にしか聞こえないらしく、私は早々に諦めてしまった。▼また、あるとき、ひとりが「(私は)アルバイトですし、6ヶ月間だけですから…(そんなにチームに打ち解けなくてもいい)。」と言った。チームワークの意識を少しでもひとつにするためはどうしたら良いものかを悩んでおるときだけに、さらに愕然とした。▼こんなこともあった。定時が近づいていたので仕事の出来具合を確認しようとした私に「私たちは私たちのペースでしていますから」と強い口調で応対された。アルバイト女性の仲間で申し合わせたように結束されてしまったのである。意見の正当性が私にあったとしても、これでは勢いを失ってしう。私は意識教育を薫陶する立場でもないし、彼女たちも受けたくないだろう。▼アルバイトは所詮アルバイトであった。しばらく仕事を進めるうちに業務の管理を任されたので、ある程度の命令をしたが、ことさら従う気がない。理由は明快で、私たちはお互いがアルバイト同士であるからということらしい。(何故にそんなことに従わねばならないの?という無意識だったのだろう。) 確かになるほど私もそう思う。しかし、チームで業務を行う上での上下のない職制は必要なときもある。指示を出せば出すほど、あがけばあがくほど私が愚かに思えてきた。これもショックだった。▼3人のうち二人は大手のメーカーで女性の技術者としての実績もありスキルもある人である。どうして、これほどまでに「屈折」してしまったのだろう。企業の中で首に輪をつけられて、束縛されつづけてきたことに起因するのか。はてまた、人間関係の軋轢でモノの見方が変貌したのか。生まれながらに屈折した人だったのか。この若さでそれなりの実力の持ち主で正当な退職理由も無くアルバイターをしている人の精神構造の一面を見た思いがした。残念である。▼マネージメントを学ぶには、マクドナルドのように外食産業で店長などを経験するのもひとつの手法であるという。女子学生であったら仕事よりも重要な突発事態は頻繁に発生するだろうし、ドタキャンは、日常茶飯事なのだろう。その中で和を保ち仕事を止めずに進めることは、こういう現場で苦汁を舐めた人にしかわからないのかもしれない。▼私もアルバイトを経験してみて、第三の職場世界を経験できた。アルバイターをチームに迎え入れて仕事をしたことが無かっただけに、非常に私にとって学ぶべきことの多い貴重な体験であった。強制力の無いものに従って自らを苦境に陥れないように、また、仕事の負荷を必要以上に増やさないようにするという潜在的行動原理がアルバイター備わっている。一方で、これまでの職場では人材に恵まれていたんだとう感謝の気持ちも出てきた。▼アルバイトを性悪説的視点で見るようなことをしてはいけない。しかしながら、現代社会のどん底不況において、その場しのぎ的で無責任、そして人間関係からの逃避、指示待ち体制を好む人たちが増えて行くことに接してみて、社会全体の傾きや未来の屋台骨の痩せ細りのようなものを感じざるを得ない。このような人材が増産されているのが不況と深くかかわっているとは言い切れないが、社会現象として加速させていることは否めない。

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