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2009年3月11日 (水曜日)

土佐堀川 〔2003年10月下旬号〕

土佐堀川 〔2003年10月下旬号〕

「堂島川と土佐堀川がひとつになり、安治川と名前を変えて大阪湾の一角に注ぎ込んでいく。その川と川がまじわる所に三つの橋が架かっていた。」

これは宮本輝の「泥の川」の書き出しです。映画は白黒映像で、貧しかった時代の、大阪の人々の切なさを淡々と映していました。その大阪の街を何年も後になって歩いてみたことがありました。研修の初日、北浜という地下鉄の駅を降りて地上に出ると、いとも簡単に淀川の水面に出会え、偶然にも土佐堀通りという名の通りに沿って歩きます。このまま逆に西に行けば1キロほどであの映画の舞台になった所に着けるのだと思いながら、ビルとビルの間から北に伸びている天神橋という橋のほうに向かってゆきました。

余った時間には少しだけ街を歩くことができました。何の変哲もない街ですが、ビルの合間にはささやかな紅葉が届き始めています。淀川というたった一本の川がこれほどまでにこの地域の風景を作り上げ、人々が無言でいるとき、あるいは、ビル街が騒音に包まれているときに、自分ひとりでこの川のほとりに立つと、真っ先に自分が蕪村になって堤防を歩いていたり、真田幸村の足跡を探そうとしていたりします。

大都会でありながら、歴史的風情を完全には捨て去らないのは、豊臣の意地とか慰霊というものでもなく、日本という国をまったくダメにしたまま何百年も勝手を続けた東の覇権への反発なのかも知れません。しかし、そういうことにも寛容になれる自分がどこかにいるのです。それは、この川に囲まれた街の持つ文化というものが、広義には関西文化というものが、ここまでしなやかさを保っているのは、或る意味では東のおかげだったのかも知れないと思えるようになったからでしょう。

海側から西日が差し込むという幸運な位置関係もあって、淀川の満々とした水が音もなく流れているのを、河岸の公園の鉄の手すりにもたれながら眺めることができました。市場動向に最も敏感に反応する人々が集まるような街です。わずかながら色づき始めたもみじや蔦などが公園の水際に巧妙に植栽されいるのを眺めてくつろいでいるような余裕人は誰一人としていない…ような気がする。でも、その分、私はひとりごちて、無言になれ、存分にエネルギーを蓄えることができたように思う。

実は…半年振りに電車に乗ったこともあって、通勤時間に溢れる社会情勢の顔のようなものもじっくりと見ることができたし、硬くなった脳みそも随分とリフレッシュできて、また、化粧をした子供たちもたくさん見て動物園に行っているみたいな気分にもなれたし、旅に出かけていたような三日間でした。

帰りの電車の中から、長谷寺の門前の在所が見えました。ゆうげの煙が山並みを静かに漂っていました。

やまあいに熟れ柿ともす日暮れかな  〔ねこ〕

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