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2009年3月11日 (水曜日)

夏の終わり 〔2002年9月上旬号〕

夏の終わり 〔2002年9月上旬号〕

▼8月19日。朝顔の花が咲いていた。淡い紫ピンクで、ひところよりも弱まった日差しにさえ負けそうであった。一度咲いたら終わる生命である。朝顔やつるべとられてもらひ水(千代女)。夏が終わってゆくんだと感じたら、次々と懐かしさがこみあがってくる。▼ラジオ体操、月見草、ふうりん、むぎわら帽子、ひぐらし、熱帯夜、花火、流れ星、お祭り、スイカ、線香花火、大文字、立秋。▼秋刀魚(さんま)の刺身がスーパーに並び始めた。今だけのことで、しばらくしたら刺身にせずに百円セールの皿に盛られるようになる。秋の味覚を一足先に味わってみた。刺身大好きの私としては満足この上ない食を堪能した。▼稲刈りが始まった。ミクロンオーダーの埃などにアレルギーのある方々には辛い時期かもしれない。しかし、稲刈りの最中にできる体中のぷつぷつは許してやってもいいのだなー。▼私たちはどうやら先祖代々から季節の移り目にセンチメンタルを感じる触覚を受け継いでいるらしい。夏が終わって秋がくる。そう思うだけで夕焼けがきれいに見えるし、トンボが爽やかに目に映るのである。▼8月下旬にこれをノートに書き始め、そのまま、置き去りにされたままだった。少し余裕が出たかなと思って、ふたたび開いた。▼8月31日。子供たちは大慌て。宿題が終わっていない!どうしようか!私が子供のころは、宿題で叱られるよりも、早く学校に行ってみんなの顔が見たかった。宿題なんかできてなくてもみんなの顔を見に学校に行きたくて仕方がなかった。1ヶ月半をひとりで過ごすのは長かった。▼9月1日。しばらくぶりに「塵埃秘帖」を書き始めた。▼去年の12月から休みを取ったので、3月までは仕事に行かずに家にいて、そのあとは失業者をしている。「よくぞまあ、暇でないこと、不思議だね」と声を掛けられる。気安い間柄だからでしょう、そういう雑言を言う人もありますが、私は不思議にもひとりで家にいて、あれこれと読み物をしているほうが性分に合っているみたい。▼思い起こせば、7月末にあるところからUS特許の抄録つくりのトライアル問題を受け取った。英語の特許文献である。4000語以上はある。中身も相当に難しかった。これを800字以内の日本語にしてお盆前に提出するように、というのがトライアルの課題だった。これを始めて「塵埃秘帖」も止まってしまった。▼どうやらそれにはパスした模様で、あと3度のトライアルを実施しますという連絡とともに次回の「特許」が送られてきた。提出期限まであと10日しか残っていない。もし本業にしたら2,3日のモノなのかもしれないが、私にとってはまだまだ厳しい。(報酬から逆算したら1日で終わらねばならないかもしれない。)▼さて、秋である。昨日、稲刈りを少しだけ手伝ったが、足手まといになるばかりなのを見かねてか、「(明日も)手伝いおうか」という私の問いに「困ったら電話をするわ」と応えただけで手伝って欲しいとは言わなかった。▼毎年、稲刈りをするときに思うのだが、1日中を費やして米俵を10俵か20俵である。たったこれだけの米が刈り取られるのに1日かかる。私の独自の推測だが、ひとりで1年に食う米が2,3俵として、弟家族、母、私の家族(9人)が消費する米が収穫でき、少し残り、これは市場に出てゆく。生産システムの、たったこれだけの部分を見ただけで、何とも歩みのノロイ話である。作業中も時計が止まっているような感じになることがある。決して仕事に鈍さがあるのではなく、焦りや苛立ちがないわけでもない。手際のよさも求められるし、経験や知恵も必要だ。しかし、慌てようがない。焦りようがない。相手は自然だ。▼大規模な工場を持ち、世界市場に向けて時々刻々と歩みつづける大企業の哲学と、ここで埃と泥にまみれて働く人の哲学を、同じ土台で処理しようとしてはいけないのだと感じる。そういう社会にしてしまった戦後の経済政策にも落ち度があるだろうが、この国に住む以上は仕方のなかったことなのかもしれない。「自由競争」という言葉を、近代的な産業発展の題目のようにし、(履き違えたまま)、利潤を追求しつづけることに、悲しく哀れな盲目さを感じる。最初に資本主義社会を唱えた人は、本当はもっと別の理念があったのではないだろうか。▼風通しが悪く、住み心地の悪い企業を、私は捨ててきてしまった。(捨てられたが正しいのかもしれないが)。勝てばそれでいいのか、マクドナルド然り…。人間はもっと自分たちの仲間のことを真剣に考えて暮らすという余裕を持っていたのではないか。お互いが発展するという姿勢のようなもの。遅い、小さい、汚い、などはクズだという思想にも似た覇権者の匂いのする意識…。▼田んぼの畦に腰掛けると、バッタが苅田の上を無数に飛び跳ねるのが見える。秋の風が首筋の汗を拭い去ってくれる。遠く山並みに風力発電の風車が3枚の羽根をゆっくりと回している。あの羽根から吹き降ろす風とこの心地良い風はつながっている。都会で電力を起こすために燃料を燃やしつづける炉の吸入口ともつながっている。二酸化炭素が排出される煙突ともつながっている。 〔9月1日〕

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