2018年4月
1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30          
フォト

BIKEs

  • 平成24年(2012年)最後の春(閏日)のKLE
    かつて
    バイク・ツーリスト
    だったころ

Walk Don't Run

  • ユース宿泊スタンプ帳
    忘却をおそれず
    記憶を記録として
    遺そうと思う
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
無料ブログはココログ

« 夏、夜 〔2001年7月下旬2号〕 | トップページ | 夏の終わり 〔2001年8月下旬号〕 »

2009年3月11日 (水曜日)

日記を書く  〔2001年8月上旬号〕

日記を書く  〔2001年8月上旬号〕
01/08/04 09:46

林芙美子の「放浪記」(新版)を読み始めた。帯に「私は宿命的に放浪者である」と記してある。

1903-1951を生きた人で、ちょうど関東大震災が1923年ですから、彼女の青春に放浪をした時代(二十歳代)はその少し後ですね。

林芙美子の文章は、決して小説向きではない…というか、この作品が日記だから余計にそう感じるのかも知れないが、毎日、数ページづつ読み進むには、刺激がその都度伝わって来て、自分が溺れていくのが分かる。

詩的である。今までに何度も手にしながら、一度も読まなかったことが悔やまれるし、これだけの作品をどうして若い時期に読まなかったのか。人生観が変わっていたかもしれない、とさえ思う。

彼女は、よく泣く。私も、それにつられて深く深く読み入ってゆく。この時代の人が皆さんそろってよく泣いたのかどうか。

この時代の社会の姿は、現代からは想像し難い。そんな世紀を迎えてしまったが、たかが50年から100年前ではないか。そんな少し前のこと、その時代の空気を再現できず、人々の痛みや喜びさえも後の世代に残せずして、この構造不況(経済停滞)を乗り切れるのだろうか。

私たちは、たったの50年前をいとも簡単に棄ててしまったことの罰当たりを受けているのではないか。


男が女を愛す。女が男を愛する。人が人を憎み、ある時はこの上なく心も許す。みんなが一生懸命に生き、友を愛し親兄弟を愛して、銭金(ぜにかね)に支配されることなく、清く暮らしているのが、うらやましい。

町の埃っぽい様子や貧乏そうな出で立ちも去ることながら、海の向こうで終わってしまった戦争のことなど何も考えないで、少しづつ開花してくる文化というか文明というか…そういう中で、何を考えて生きているのか。

結構、こういうのって文学性が高いのではないかと思います。神田や銀座、不忍あたりの地名が出てきます。日本橋の上からカモメを眺める様子も書いてあった。

会社が構造改革をする話ばっかし書いて、目くじら立ててるのはやめよう。確かにいつの時代も苦労を背負って生きているのだが、この時代の東京を夢に描いて放浪記を読んでると、いつのまにか暮らしの中にあった「幸せ観」が変化してしまっていることに気づく。

休日には「よそ行き」の服を箪笥から出しておしゃれをして町へ買い物に行く。もちろん着物だろう。今年のような暑い夏があったのかどうかは定かではないが、夜は線香を焚き蚊帳を吊って寝たのだろう。銭湯だってどんなものだったか。上下水だって今とはまったく違うだろう。履物は…と考えると切りがない。

芙美子が、尾道に帰る時に使う東海道線の列車だって当時なら20時間ほどかかったのではなかろうか。

尾道に行きたくなってくる。

-*---

先日から日記を、ノートに、読めないような字ですけど、書いています。明らかに放浪記の影響でしょう。

旅に出たくなってくる。日々の感動が蓄積できたら旅に出よう。

« 夏、夜 〔2001年7月下旬2号〕 | トップページ | 夏の終わり 〔2001年8月下旬号〕 »

【随想帖 秘】」カテゴリの記事

コメント

コメントを書く

(ウェブ上には掲載しません)

« 夏、夜 〔2001年7月下旬2号〕 | トップページ | 夏の終わり 〔2001年8月下旬号〕 »