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2009年3月 8日 (日曜日)

挑むということ 〔2001年5月下旬号〕

挑むということ 〔2001年5月下旬号〕
01/05/24 21:29
▼弱虫の話を書いてどっと読者を失ってしまったかなあとで考えて、どうも自分の世界に入り込みすぎてまったようだ。飲むとこれだからなー▼弱虫のふりして茨に踏み入れる〔ねこ〕▼さて、冒険家であり探検家であった河野兵市さんが死んでしまった。6年の歳月と2億5千万円の費用を掛けて極地への挑戦だった。ところが、北極海の海上で遭難という報道の後に、遺体で発見されたという記事が目に飛び込む。▼数々の冒険家に私たちは元気づけられ、励まされて勇気づけられてきた。時には、闘志を燃やし、未知なるものに挑む一歩をもらった。ひとりの庶民として夢物語であるけれど希望を燃やし続けた。▼冬の北岳、穂高に挑んで散った冒険家たち。アイガー北壁を目指した勇者。マッターホルン、キリマンジャロ、南極大陸、太平洋…。冒険家たちが散った舞台は、泰然としている。▼私たちは冒険家ではない。けれども、好奇心という麻薬に侵されてしまった亡者であるのかもしれない。さあ、弔いの旅に出よう。

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