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2009年2月 8日 (日曜日)

秋田・稲庭うどんを食べに <東北>

  98/08/14 07:16 

  ---<<はじめに>>---

  近頃のツーレポが私らしくないというお話を複数の皆さんから頂いた。そのことが妙に気にかかって、今年の夏の自分の旅はどんなふうにすればいいのだろうかとちょっと理屈っぽく気にした。私のツーリングの姿が変わってきたのか、それとも視点が変わったのか、もしかしたら、「走る心」が変化を始めたのか。もしそうだとしたら…と思いながら、そうだとしても否定をしないでおこうとも思った。しかし、やはりそんな思いが即ち諦めであり自分には嘘をつけない、どこが変わったのか確かめに行こう…と思い始めたのが初夏の頃だった。10番会議室に東北リンクを挙げた時(98/06/20#7395)には、私はまだ東北に行く決意をしていなかった。東北に向かう決心をその後、ほぼ1ヶ月間を掛けてどのようにして固めていったのだろうか。そこには旅の原点を探る私の姿があったのかも知れない…と旅を終えてから気付き始めている。

  東北への決意をしながら、自分でも動機を見つけられないままで夏休みを迎えた。8月上旬に新潟を襲った集中豪雨は歴代に残るほど激しいものだし、そんな無惨な街へ野次馬のように出かけるのにも気がひける。しかも、出発の前日になっても東北全域には梅雨明け宣言が出ず、長期予報は雨か曇りばかりである。いつもなら晴れている地方に行き先を簡単に変更してしまうにも関わらず、今回は、雨続きのその地方にわざわざ向かって行こうとしている。簡単に心を変えないというのは意地の突っ張りではなく、何か私の心の中にあった東北という大きな文化圏への憧れのようなものであり、目に見えない吸引力が働いていたからだったと思っている。

  初日に500キロ近くを走っている。会議室の皆さんなどには200~300キロ程度を薦めている奴が、いきなりそんなに走っている。猛暑の中仙道を突っ走っって行ったその情熱に似たモノが自分の中に残っているのを確かめたかったのかも知れない。ツーリングとは何なんだろうか…。ソロとは…。11番会議室で投げかけてきた事柄を改めてまた自分なりに考えていた。

  そうそう、今回の旅の前日に松阪駅前のメグロ整備さんに行って少し話をした。自分でチェーンを張ろうとしてもボルトが緩められず駆け込んだのが元々であるが、テンションをかけながら、このチェーンもこれが最後ですな…という親父さんに、帰ったら新車の相談をしに来ます…と言った。つまり、今回の旅は、GSXとのお別れツーリングになるかも知れない。これについては語っても語り尽くせないものがある。とても冒頭では書き切れない。

  (94年のお別れツーリングを思い出すなあ~)

  主なルートをあげますと

  8日:松阪市~中仙道~松本市~R19~長野市~R117~津南~六日町

  9日:六日町~村松町~R49~喜多方~米沢市~山形市

  10日:山形市~尾花沢~山刃伐峠~鳴子~鬼首峠~小安温泉郷~稲庭うどん

      を食べて~田沢湖~乳頭温泉郷~田沢湖

  11日:田沢湖~日本海沿岸に出て~上越市~妙高高原

  12日:妙高高原~長野市~松本市~中仙道経由~松阪市

  ・およその走行距離は2200キロ。(メータ確認してないけど…)

  ・入った温泉は4湯…津南、上山、乳頭温泉郷・鶴の湯、妙高高原温泉

  ・食べて満足だったもの…稲庭うどん

  ・後悔…山形で麦切りを喰い損ねた…宿題とします

  詳しい日記はこれから書きます。早く書かねば忘れてしまう…。

  でもお盆は忙しい。

  よかったら読んでやってください。このメッセージに少しづつぶら下げます。

  アクセサリーとして「ひまわり」の花を買ってきて、スピードメータとカウルの間に挟んで、ちょっと満足である。ひまわりのGSXを見かけた人はいますか?

  さて、レポートをアップしますが、ほとんど個人的な日記なので、面白くもなんともないでしょうね。ま、私の自己紹介みたいなもんです。


   8日:松阪市~中仙道~松本市~R19~長野市~R117~津南~六日町

  <7日夜>

  初盆で親父の精霊さんを迎えるため7日の夜は実家にいた。私のバイクの師でもある親父を半年ぶりに迎えお念仏をして、その後、わが家へ帰って就寝するのであるが、「超・ウルトラ・寝つき良好人間」の私がこの夜は眠れなかった。仕方ないので外のバイクに荷物を縛り付けて、あとは出発のみとしたが、それからも時が闇の中で刻々と過ぎていった。

  <8日朝>

  気が付いたら夜が明け始めている。バイクを車庫からそっと引き出して、アイドリングをせずに出発する。予定よりも約30分遅れており5時半だった。新聞はまだ届いていない。今回の出発のテーマ曲は、MAXが歌っているRideontimeになってしまった。理由は…子どもが借りてきたCDの中にあって、何度も繰り返し聞かされたからか。ラッパ吹きの私にとって、バッキングでラッパが鳴ってくれると演奏が耳に残る。よし、これで行こうか…ってことで、テーマ曲はいとも簡単にMAXなっていた。

  <春日井インター下のマクドナルドまで2時間>

  そうです。何度走っても、どんな季節に走ってもマクドの前までは必ず2時間で行けてほとんど誤差無し。そこからはR19号を快適に走行する。ここ数年間は、R19を避けて飛騨街道や白川街道、または奥三河の方面などを走ってバリエーションをつけていたのだが、信州方面へ何らかの事情で急いでいる折には、時間が計算できて最短で道も広いR19を昔のようにまた使ってしまうようになった。近ごろは道路も整備されて走り易い。

  <中仙道~賎母~塩尻~長野市郊外>

  「賎母の道の駅」が最初の休憩地点となった。お盆の帰省の車も疎らで、駐車場にはまだ定期便のトラックなどが多い。(これが後日だとマイカーばかりに変わっていた。)恒例になりかけている「くるまや」のお蕎麦を昼食として、今回は本店ではなく国道店?で賞味する。おお、なるほど、本店とはまた味が違うわ。>食べてみてください、皆さん。塩尻の手前でアルプスグリーンロードに入り、梓川沿いの道路へと右折したあとR147をほんの少し北に行ってから豊科インターに行くたんぼ道へ。快適に距離を稼いでいく。トラックが多そうだけど何だか急に懐かしさがこみ上げてきて長野市までのルートにR19を選んでみた。時間があれば大岡村に寄り道をしたいのだが…そんなことをしていたら東北へは辿り着けない。アップダウンのないなだらかで単調な国道を流れに乗って走った。長野市郊外のバイパスは走り易くなっていてびっくりした。この後、一気にR117まで抜けて行けてしまった。

  <R117>

  こんなに広くて快適な道じゃなかったような気がするが、新しく出来たんだろうか、道を広げたのだろうか。以前に走った時は、信濃川沿いの山と河川の境目をクネクネといつまで続く道で、新潟県の看板がとても待ち遠しい長い道だったように記憶するが。信濃川を横目にみて、まだまだ上流でありながらその水の豊かなことに感動し、河岸段丘のスケールの大きさに目を見張っていた。そんな新鮮なときめきで川沿いを下った昔を思い出しながら、やはりバイパス道路ができて、それを走っているのかも知れない…と勝手に納得しながら新潟県を目指した。野沢温泉ってこんなに遠かったっけ…。

  <新潟は雨があがって晴れ始めていた>

  栄村の道の駅で大休止をとった。夏休みだからか、高校生くらいの可愛らしい娘さんがとうもろこしを売っている。そばに居るのはお母さんか。親子でこういう仕事を体験できる事は羨ましい。お母さんが話す言葉にすこし訛りがあるが、娘さんはサラリとして言葉も田舎臭くない。時々、恥ずかしそうな大声で「とうもろこしはいかがですか」と呼んでいる。

  <津南の温泉>

  名前を忘れてしまったが、公共のクアハウスのようなところが国道沿いにあった。津南の真ん中あたりです。水着を着て入る施設かと思って尋ねたら、お風呂もあるということで、早速、500円を払って入った。なかなかイイお湯で、少しぬるくて長湯の人には嬉しい温さだ。幸い人も少なく、年間利用券を持っている地元のおじさんと二人だけだった。もともと二、三人程度しか入れない広さだから、混雑している時じゃなくてほんとうに幸運だった。お湯は、ヌルヌルですべすべのお肌になりそうな泉質。匂いもほとんどなく色もほぼ透明であった。得した気分で野営場を探し始めることができそう。

  <六日町YHのキャンプ場/無料>

  ここって、絶対に赤丸★チェックのキャンプ場だと思う。あまりメジャーにしたくない。雨が降っていたらYHに行けばいいのだし、お天気なら野営でいい。街まで下りてジャスコで買い出しをして夜を過ごす。少し時雨るが、朝には晴れ間が戻ってきていた。


   9日:六日町~村松町~R49~喜多方~米沢市~山形市

  <北へ走ろう>

  六十里越え(R252)を経て会津若松を目指そうとしたが、峠のトンネルが不通だという電光表示があった。やっぱし…と瞬間に思った。仕方なくR290を回ることも考え、守門SL温泉方面に回ってみるけど、こちらも守門村の峠のトンネル付近で土砂崩れ。近くのGSで訊ねたらバイクは可能と言われて来てみたけど、ブルドーザーに阻まれて(作業の邪魔をするわけにもいかないので)さらに迂回をする。村松町を通ってR49へと出た頃にはもうすでにお昼を過ぎていた。途中で一面のひまわりの畑を見つけた。やや気持ちが急いでいたのか、止まらなかったのを後悔する。喜多方でラーメンを食べること(実現すれば3度目)も考えていた、しかし、お腹が減り過ぎてヘトヘト。思わぬ迂回で精神的に疲れたのか。三川村の道の駅(まだ新潟県です)でラーメンを食べた。ああ、この時点で喜多方ラーメンはなくなった…けど、この道の駅のラーメン、結構、美味しかった。

  <喜多方郊外~大峠~米沢市へ>

  喜多方の街外れで眠くて眠くて仕方がなく、道端の公園のベンチで横になった。植え込みの間から顔に陽が差し込んで眩しくて暑い。しかし、そんなことなどかまっておれない。すぐに眠ってしまった。時計を持ち歩かない習慣の私であるので、横になった時刻をチェックしなかった。何分ほど眠ったかもまったく分からないけど、1時間ほど眠ったような気分である。実際に陽光はかなり傾いたように思う。さて、大峠を越えよう…。その前に峠の麓にある道の駅の案内所で東北の「道の駅ロードマップ」を頂く。申し出ないと貰えないが、そういうものが存在することは知っているので「東北全体が載っているマップをください」と言って頂いた。これが重宝なんですよ…とツーリング部屋でも何度も紹介してきた。もしもの時の野営地を道の駅にしようという考えもある。それぞれの道の駅の施設の規模や写真が一覧で掲載されてあるのが心強い。

  <上山温泉>

  駅前のタクシーの運転手さんに共同浴場を訊ねた。「下大湯」というところを紹介してくれた。下大湯が「湯舟も一番大きいから」いいでしょう、とタクシーの運転手さんは話す。実際に湯舟の中で年輩の人に尋ねると、他のお風呂は半分程度だそうである。話しかける人、皆さんが、訛りのあるアクセントで応じてくれるのがとても嬉しい。でも、正直を書くと、下大湯(しもおおゆ)と運転手さんが言ってくれた時、きちんと聞き取れず浴場の名前はその場に着いてみてなるほどと感心した次第である。さあ、お湯に入ろう。熱いともっぱら評判の上山温泉のお湯だ。髪を湯で流したいので洗髪料(全部で200円)も払って入る。自衛隊の車のナンバープレートくらいある白いプラスチック(アクリル系かな)の板を渡してくれる。洗髪料を払った人の目印で、板の先には蛇口のコックが縛り付けてある。これをお湯の蛇口と水の蛇口の交互に差し込んで調節する。洗髪料を払っていない人は蛇口を回せないのでお湯が使えない仕組みになっている。それにしても、この板切れはでっかい。(何だかとても恥ずかしい)泉質は含石膏食塩泉で、透明で少し匂いがするような気がした。建物もボロく、シャワーなどない。ほとんど銭湯の感覚のお湯だった。

  <山形YHへ>

  お風呂からあがったら、もう日が暮れかかっていた。夕飯を済ませてYHに入る予定なので、メシ屋の看板を探しながらゆっくり走り「ガスト」があったので寄った。全国標準化された食事はちょっと嫌な気がするものの、冷房の効いた部屋でゆっくりと地図を見てコーヒーを飲んでみるのもいいか。夜景は見降ろすものと思っていたが、なるほど蔵王の夜景は見上げると綺麗である。山の上に連なる光の帯を見ながらYHに向かった。山形市方向では大きな打ち上げ花火が上がっている。


  10日:山形市~尾花沢~山刃伐峠~鳴子~鬼首峠~小安温泉郷~稲庭うどんを食べて~田沢湖~乳頭温泉郷~田沢湖

  <さらに北へ>

  山形YHの食事は、ガイドブックの口上でも自慢しているように、手作りのジャムが数多くある。朝食は食べ放題のバイキングみたい。でも、冷たいコーヒーとかトマトジュースだけあればいいほうなので、もしも今度利用するなら素泊まりにするかな。10日の朝の時点では、どこまで走るかを決めていない。頭の中には栗駒山、小安峡、稲庭うどん、乳頭温泉郷などのキーワードがある。今年は涼しいぞ、と思いながら、ただ、ひたすら北を目指して快適なバイパス道路を走る。

  行くあてのないひとり旅。少しセンチな気持ち(理由は秘密)なんですが、頭も冷やしたいし、距離を走って自分を虐めてみたいような気もするし(私って変?)「さあ走るぞ~」というひとりごとばかりを繰り返している。

  ゆくあてのない道 夏に北へゆく   〔ねこ〕

  <山刃伐峠>

  二年ぶりに訪れた。何もない峠である。奥の細道のクライマックス…なんてふうに道案内には紹介されている。あれれ、このあたりを記述する部分は至って簡単で、とてもクライマックスとは思えなかったような記憶があるが。しかし、淡々と旅をしてきた芭焦が、ここを越える時はちょうど梅雨のさなかで、蒸し暑い日もあったかも知れない。東北地方は、ひとつひとつの山のスケールが大きいけれども、簡単にバイクで越えてしまえる私にはその時代の気持ちはわからないだろう。雑木林の中に古道の石段が残る。少し踏み込んで道草をして遊んでいる間も峠(旧道)には人影さえ上がってこない。松島や平泉よりも、ここに佇む方が何よりも芭焦に近づけるような気が私にはするのである。

   >>山刃伐を芭焦と越えた夏の夢  〔ねこ〕   (本にも載ったんだよ~ん)

  と、一昨年に詠んだ時とは、また少し気分が違う。蝉の声も耳にとまらないほど静けさだけを選別して味わっている自分がそこにあった。山々の遥か向こうに人里がある。

  <鬼首峠>

  三度目かな。新道路が開通して初めてである。工事中のところを見降ろしながら2年前には狭くて長い峠を越えたのを感慨深く思い出す。道を開発し自然を破壊することと、雪の深い冬でも人々が苦労なく往来ができ生活にゆとりが出ることとのジレンマを考えながら越えた峠である。ゲートが閉めてあり旧道への侵入は不可能だ。県境のトンネル付近で山の中腹を見上げると旧道の道筋が見える。落石防止のシェードや路肩崩壊予防のコンクリートの打ち込みなどが緑の木々の中へ二次曲線になって延びて、痛々しい。何度も落石や崩落を繰り返しながら、旧街道は人を通してきた歴史があるだろう。よくぞこんな道をつけましたと言わんばかりに、この断崖の各所に地肌が見える。やがて、その小さな傷跡も逞しく茂る木々にのまれて消え隠れていくのだろう。峠という言葉さえなくなってしまう日がいつか来るのかも知れない。

  <小安峡界隈>

  このあたりをベースにして、ゆっくりと秋田県や岩手県、宮城県を走りたいと願うが、今回も通り過ぎるだけとなってしまった。印象は、思ったよりも人も車も多かったことで、「とことん山キャンプ場」などは温泉もあるので、栗駒山やら川原毛地獄、泥湯を回るのには最適だろうな。また宿題を作ってしまった。

  <いよいよ稲庭うどんを食べる>

  地図を何げなしに眺めていて、「稲庭」の文字を発見した時は、声に出して驚いた。こりゃあ行かねばなるまい。日本三大うどん(讃岐、水沢、稲庭ってホントかな?)で、まだ食べていないのはここだけである。こだわりの虫が急に騒ぎだして私はここまで走ってきたのである。「佐藤養助商店」という看板が目についてバイクを止めたら、そこは製造行程の見学コースでうどんを喰わせてくれるところではなくいらしい。しかも、お姉さんの説明では、この有名うどん屋さんの食堂部門のうどん屋さんがそばにあるらしいが、この日は定休日で喰えないという…。ショッ~ク!。 でも、可愛いお姉さんが「草月」という店を教えてくれてそちらに急いだ。730円で稲庭うどんを食す。いやあ、遥か秋田まで来た甲斐があったよ。しょうがの効いたダシが旨い。スパゲッティー程の太さの麺もコリコリ・シコシコとして、感触を楽しむ人にはこの上ない味ではないだろうか。

  <鶴の湯(乳頭温泉郷)を目指す>

  うどんを食べている隣の席で地元の人がカレーとラーメンのセットを食べているという面白い店だった。その人にこれから田沢湖に行くのだと話したら農道があるから…と教えてくれた。それだけ知っていればあとは地図でそれらしい道を探して走るのが楽しい。話し掛けてくれる言葉がまったく聞き取れなかった交通巡視のポリさんの道案内を受けたりして、少し迷いながら二時間ほどで乳頭温泉郷下まで辿り着いた。この前は「黒湯」入ったので今回は鶴の湯を目指す。

  <鶴の湯>

  黒湯に来た時は雨が降りそうな天候だったということもあって、国道から上がってくる道の周辺の景色は前回にはまったく見えなかった。車も人も霧の中。人の影も少なかった。しかし今回はお天気は上々で、沿道の景色も想像とまったく違う。リゾート化されていて驚く。鶴の湯に向かう車も絶え間なく、ダートの土煙は鎮まることもない。まあ、当然ながら脱衣場にも人が溢れている。無色透明だと何かで読んだ記憶があったのだが、それは私の間違いで、白濁のお湯だった。露天風呂では、お尻の砂利の中からブクブクと泡と一緒にお湯が上がってくる。

  <田沢湖YH>

  国民宿舎と一緒になったYHである。風呂は同じで、建物が区別してある。何というか、今時、こんな風呂でこんな建物だったら、そりゃあ確かに当日に問い合わせても空き部屋があるわなあ…と思った。15年ほど前にも泊まっているが、駐車場が舗装されただけで、YHの寝室までのあの長い迷路のような廊下は変わっていない。天気が良ければ湖畔でキャンプ、雨ならYHというのが最善の策であろうか。


  11日:田沢湖~日本海沿岸に出て~上越市~妙高高原

  <麦切り、食べなかった!>

  田沢湖を出て、さてもう家に帰ろう…と急に思ったの。日本海沿岸をどんどこ走って行けるところまで行って泊まって、また走ろう、と思った。別に深い理由があったのではない。うどんを食べて温泉に入ったら、帰りたくなった。日本海で発生した低気圧の影響によるお天気も気になるし…。そういう訳で道草も喰わずに、一気に南下したら、麦切りを喰うのを忘れていました。宿題、またひとつ。

  <道の駅「にしめ」で、飛島から帰ってきた女性チャリダーと話す>

  帰り道には何の華やかさもなかったのだけど、この道の駅で言葉を交わした彼女たちは可愛らしい子だったな。「飛島」の海の綺麗なことを話してくれた。これから秋田まで帰るんだそうです。自転車は、かっこいいなあ、と言うと、バイクの方がかっこいいですぅ…なんて言ってたな。今日は秋田から長野までというと驚いていました。

  <ピースが多い>

  新潟方面に向かって走っているとバイクが多くピースをすると返ってくる。不思議な道だな。関越道で関東から一気に新潟まで来るからだろうか。確かにひとつのアプローチとしてこの国道を利用するのは正解で、車の流れも良く快適だった。鳥海山に寄り道をして、また南下を開始。

  <一気に妙高高原YHまで>

  3時過ぎにYHに電話を入れたらOKだった。行ってみて納得だった。お風呂は温泉で良好なのだが、部屋にある扇風機はコンセントを入れても回らない。同室の部屋の人がいじっていた結論ではヒューズが切れている…って。あれれ、扇風機にヒューズなんてあるのかい。機械その物が壊れているんと違うのかな。話を聞いて触っても直りそうになかったので諦めた。枕元の蛍光灯も管が入っていない。

  夕飯は頼まず素泊まりにしたせいか、ご主人の接客の愛相がめっちゃ悪い。これも同室の人の意見と一致している。おまけに、夕食を食べた人の評では、今までのYHで一番最低だった…なんて言う。

  <妙高高原のYHは温泉です>

  ここは旅館のYHで、お風呂は温泉。泉源がどうやら熱いらしく、水が出しっぱなしだった。少し黒っぽく汚れたような感じの色のお湯だが、ほぼ透明だった。赤倉には、無料の露天風呂があるそうで、同室の人は一足先に行ってきたそうです。これも、次回へ持ち越し。


  12日:妙高高原~長野市~松本市~中仙道経由~自宅

  <ついに雨に降られた>

  朝、雲行きが怪しいなと思ってYHを出たら、長野市に着くまでに土砂降りに見舞われた。車がライトを点灯しなくてはならないほどの暗くなって、寂しく怖いR19号だった。お盆の帰省が始まっているのだろうか、道の駅などの駐車エリアには乗用車が溢れている。まあ、その割には渋滞もなく、まったく予測通りに帰って来れた。帰り道のことで特に何かを書き留める事もない。

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