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2009年2月28日 (土曜日)

啓蟄って書くだけでウキウキする

春が来る。
そう思うと、跳ね回りたくなる。

分かれは寂しいけど。
また会えるやろ。

----

そろそろコートをやめようかなと思っています。
駆け足や早足で歩くと汗をかくので。

今年は雪が降っているの見ないまま冬が終わってしまいそうです。
うっすら積もった日はあったのですが。

この季節が好きです。
コートを着ないで歩けるぎりぎりが好きです。

---

ねえ、せめて、メルアドだけでも、教えて   ねこ

言い出しかねて・・・

遊佐未森

昔、X(@mixi)さんが送ってくれたCDを聴いきながら、PCの前にいます。

夜明けに表に出ると春が近いことを感じます。
雨が上がったばかりで、庭の山茶花の葉が乾ききらない空気が漂うけど
それは、明らかにぬるくなっているのがわかる。


遊佐未森。

昔、ある女がいましたとさ。
そいつが
私にひとつのカセットテープをくれました。
そこに、2,3曲ありました。

私たちに春は来なかったな。


春の
蔵の中からあふれ出てきたような、この匂いが好きです。

それは、
お酒が体をうつろにさせる作用とは違って
もう少しもう少しとエクスタシーに到達するその直前の「平然」のような…。

春は、雨上がりがいいですね。

2009年2月25日 (水曜日)

じっと見つめる 

子供のころ、「見てわからんものは聞いてもわからん」といって父にいつも説教をされた。小屋で仕事をしている父に「何しとるの?」とか「これ何?」とすぐに尋ねる私を戒めて、頑固にも「見てわからんようでは聞いてもわからん」と厳しかった。「見てわからなくても、聞けばわかるではないか」と考えていた私には父が言う本当の意味が理解できなかった。

随分と大人になっても私は「聞けば必ずわかるのだ」と信じていた。確かにそれはそれで正しいのかもしれないが、あのときの父の言葉の意味の深さに出会ったのは、父が死んでから随分と経ってからだった。

学生時代の数学の先生が難問にぶつかると黒板に向かいながら学生に背を向けたままで「じっと見つめるんですよ、見えてきますから」と仰っていたのを思い出すのだが、この先生の話を聞いているときでさえもまだ私は「見る」ことの本当の意味を理解していなかった。

「見る」「見つめる」とは一体どういうことを言うのだろうか。

じっと見つめることは、あきらめずに見ることで、その姿勢でじっと考え続けることなのだと、あるときに気がつく。

じっと考えることは、ひとりで考えることでもあり、自力で考えることでもある。
そのモノが意味するあらゆることを、原理から見つめて、奥深くまで考え抜くことである。

微分方程式の解放を「聞いて」覚えてしまったら確かにその問題は解けるようになるが、その人は考えることをスキップして「賢く」なってしまう。時間が掛かろうが失敗を繰り返そうが、それを惜しまず考えることが大事なのだが、そこが欠落したままとなる。

いわゆる偏差値の高い有能な学生さんが職場には次々とやってくる。微分積分や三角関数の話をしたらやはりスゴイのだが、どこか物足りなさを感じることも多い。それはその子たちが、目の当たりにしたものに対し「じっと見つめて考える」ことを余りしなくなったからではないか、と思うことがある。

聞いてわかっている子、教えられて知っている子が溢れている。それは結構なことだし社会のニーズなのかもしれない。しかし、人が、チンパンジーから一歩進化を遂げたときの原点のようなものを忘れていくようで少し寂しい。

父が死んで、この言葉の意味に気づいて、さらにこの「じっと見る」行為とともに「無言・無音」というものを意識するようになった。時には非合理的であるかもしれないこの無言の姿に、自らが切り拓く屈しない精神、見抜いて掘り起こす知恵を磨く工夫を感じる。

父の言いたかったのは「見てわからん者は…」という言葉どおりの指摘ではなかったのだ。

つまりそれが(聞く前に)「見て、考えて、わかれ」であったのだと気づくのも、くしくもこれがブログ「雷山無言」シリーズを書き始めて相当の月日が過ぎてからのことで、「雷山」が父の姿であったとこじつけると、これもまた、知らぬ間に私はオヤジ(父)っぽくなってしまっていたことに苦笑している。

(号外) ちかごろ

前略。

このごろ、少し暖かいので、暖房も要らないですね。
つぶろぐ 」を気まぐれに書いてます。

京都からの引越しは、何とか終わりました。
4月からは通学させます(娘)。

きょうは、ホームページを閉めるお知らせを書きに来ました。
長い間、ご愛顧いただいてきた「ツーリング・レリーフ」を閉めます。
この 「Walk Don't Run」 に統一します。TOP PAGEは コチラ です。

足跡帖も作ったので、メールくださいね。

2009年2月21日 (土曜日)

初対面の、あのときをたぐり寄せている私

 初対面の、あのときをたぐり寄せている私

最初は「初対面、」だったのですが、「初対面の、」と改訂しました。

初心忘るべからず、とも言いますが、そういう硬い話ではなく。

初めて出会った瞬間に、腰が抜けるような衝撃を受けたこと、忘れちゃダメだよ。

まあ、そんな感じかな。

近頃忙しくて

頭の中に

ドラマが浮かばないなあ。

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初対面、あのときをたぐり寄せている私 [2009-02-20 06:29]

黙り込む、チョコの苦味に揺れている [2009-02-15 19:27]

春一番、乱れる髪のキミを追う [2009-02-15 19:22]

2009年2月14日 (土曜日)

京都など、ぶらぶら

今月は、引越しでドタバタしてます。

京都の荷物はいっこうに片付かないし…。

11日、12日も京都でした。

天神さんへはよう行きませんでした。

新京極の映画館の前には長蛇の列ができていて

それを見ながら、本屋に行って、帰ってきました。

漬物、たくさん食べました。


最近の「つぶやき」から

梅を待つ心は何かを哀しみて…[2009-02-11 09:31]  

今年は雪も氷にもあまり苦しめられぬまま・・・ [2009-02-11 09:29]

大学ノートの隅っこに、落書きなんぞしませんでしたか。 [2009-02-10 22:45]  

2009年2月10日 (火曜日)

寒い夜遠くに好きな人がいる

青電話。

ポツポツと街にでき始めたころ。

そいつではテレフォンカードが使えて、いつ行っても誰かが使っているから、電話が出来なかったなあ。

それまでは、ポケットに10円玉を一杯詰めて、ありったけの服を着込んで出かけるのよ。

いわゆる、街角のタバコ屋さんがあるようなところの軒下に電話はあって、電信柱に灯っている蛍光灯の下で10円玉をせっかちに放り込みながら電話を掛けたものよ。

寒かったなあ。

貧しかったし。

--- もうすぐ試験終わるよ。そしたらちょっとだけ帰るから。

春休みは進級発表があるから、いつもそんなにのんびりもしてられなかった。

あのころ。10円玉って凄く価値があったなあって思う。

2009年2月 8日 (日曜日)

紀州(竜神&十津川温泉)1995年

《はじめに》

数日前から随分と冷え込むようになって、薄着でも大丈夫だろうと楽天的に考えていたのが不安になってきた。しかし、家の周りの街路樹などもそれに伴い急に色づいた様子で、やはり寒くならないと紅葉には出会えないということであろう。11月の初日には北風のような冷たい風が吹いて、雲が流れてきて時々日陰も運んでくる。この寒さがすっかり冬の気配で、優欝になってしまう。ひとりで走るスタイルがすっかり定着してしまった近年であるが、去年ネットを通じて連絡を取り合いY君と一緒に走ったことを前例に今年もまた行こうというのである。場所は紀州、テーマは温泉。今回のツーリングは二人ともが貧乏ということもあって近いところでのんびりと走ろうと思う。紀州は近くても意外と知らないところも多く、温泉も豊富であるためすんなりと目的地として意気統合した。ゆっくり料理でも作ろうかと思って準備にかかるが、手の込んだものをするとなると小道具が増えて困る。暖めて食べるインスタントものを現地購入することになりそうである。ごそごそと部屋を掃除していたらカメラのフィルムがひとつ出てきた。少し古そうなのでカメラを二つ持つことにした。そういう事例が過去に何度もあり撮って帰ってきた試しがないのに、またこうしてカメラをタンクバックに詰めているのが滑稽で子供のようである。それだけ今回のツーリングには気合いが入っているのかも知れない。


(95.11.3出発前)

【11.3文化の日】

《出発まで》

早朝、いつものように目が覚めた。6:00になろうとするのにまだ暗い。シンと静まり返っている。天気が良いことはテレビなどで予測しているから心配ないが、寒いのが少し気にかかる。自分の部屋でパソコンに火をいれてじっと読んでいると遠くから電車の過ぎる音が聞こえてくる。急激に冷え込んだから気温の逆転層ができて遠方の音が反射して届いてくるのだろう。寒い季節の早朝ならではのものである。今日は文化の日で休日なので近所も静かである。登ってくる太陽の光が青空の全貌を見せてくれる。雲ひとつない。子供とお母さんはまだ朝のまどろみの中にいる。折角の休日に早くからごそごそして申し訳ないが、そろそろ荷物をまとめて、準備を始めなくてはならない。

《出発~吉野山まで》

8:30。子供も起きてきたので、シャッターを押してもらったりして記念撮影をしているうちすぐに出発の時間を迎えた。今日も高見峠を越えるのだという気合いのようなものがじわりじわりと心の内から沸き上がってくる。峠に近づくと雲が厚くなってくる。あれれ、寒いぞ。あとで思うにこの峠が一番寒かった。ちょうど冬型のきつい日だったこともあるとは思う。峠の狭い道路でとてもマナーの良いトラック二台とすれ違った。おっと、女性ドライバーで、その子があの宝塚でNHKのドラマに出てた子のような可愛い瞳であった。朝からごきげんであるぞ。

吉野に着くまでに寒さのために顎が疲れてしまった。革の下はTシャツだけ。革の上は冬物ジャケット。峠の寒さは少々効いた。駅に着いてトイレにかけ込もうと思ったらトラブルである。ズボンのファスナーが壊れて開きっぱなし。応急処置をするだけで手にマメができてしまった。

《吉野山~天川村》

Y君が腹をすかしてきているはわかっているが、美味しい柿の葉寿司には巡り会えそうにない。ひと通り吉野の周回道路を走って見物をしながら物色するが無く、地蔵峠を通って天川村に向かうことにした。黒滝村の隅っこ(R306)に道の駅ができていた。驚き。こんにゃくの串ざしが\100で田舎のおばちゃんが売っていたので食べてみた。田舎の本物のこんにゃくである。旨い。

笠木峠を越えなければねば天川村には行けない。その途中の黒滝茶屋で柿の葉寿司を食べる。\500。まあ安い方だろう。旨い。腹も満たしてさあ笠木峠に差し掛かる。トンネル完成済みかと信じていたらできてない。ワインディングを必ず走らないと天川村には行けないのである。ちょうど「もみじ祭」をしていて人出もあった様子である。

《天川村~十津川温泉》

行者還り林道でも洞川林道でもないルート。南西に向かってR168に出て、谷瀬の吊橋を見て十津川村に入った。R168という国道は最低の国道である。まず、狭いにも関わらず観光バスやマイカーが多くて、今時珍しい渋滞現象を起こしている。それに苛立つのかも知れないがドライバーの運転マナーがすこぶる悪い。二度とこの道は通りたくないと思った。それにしても、マナーのことに話が戻るが、最近、特に車のマナーが悪いように思う。我先勝手、譲り合わない、規則違反、常識違反など。

十津川温泉に着いたら夕刻となっていた。もう一時間もすれば真っ暗だとは知りながら公衆浴場に行きひと風呂浴びた。\300。ウワサの湯である。満足^2。計画段階から思い入れがあったために、随分と長湯をしてしまい、予想通り動けなくなってしばらく浴槽の横で死んだ状態で過ごした。その後、上湯に行く途中の河原のキャンプ場(\500)に行った。\500は清掃協力費で村の観光協会が徴収しているそうである。高いか安いかは雑多な意見がありそうだ。

《十津川温泉・河原》

淡路島からきたセロー君と一緒にテントを張って、焚火もなく月明かりと星明かりのもとで歓談となった。日中、走っている時は冬の空のように暗い雲が立ち込め、冷たい風が吹いて真冬なら木枯らしに小雪が混じるような雰囲気だった。それが嘘のように晴れ上がり、薄い雲が流れていくのが月の明かりに見えている。意地悪な天気である。今夜は冷えそうだなあと思いながらテントに潜り込んだ。

深夜(三時頃かな)に目が覚めた。トイレに立った所で女性に出会った。彼女はさぞかしドキッとしただろうなあ。髭面の男が月明かりに照らし出されたのだから。---冷えますね、思ったより寒いわ---そうですか。こんなもんでしょう。。。意地を張ったつもりもないがそう応えてしまった。彼女は眼鏡をかけたインテリジェンスな子で、早朝、連れ合いの女性と歩いているのを見かけた。なかなか、サバイバルな女の子たちだった。


【11.4土曜日】

《早朝》

手が切れてしまうほどに水が冷たい。夏なら嬉しいのだが今は辛い。顔を洗って記念写真を撮って出発となった。テントサイトには10軒ぐらい張ってあるかな。サイトといっても石ころごろごろの河原であるが。十津川温泉はすぐ前にダム湖を持っており観光船なども出している。そのダム湖に朝霧が立ちこめて、朝日に輝きとても神秘的である。山肌の紅葉が花を添える。じっと見ていると、ゆっくりと一定方向に動きながら川霧が消えていくのがわかる。手足や顔は冷たい空気にピリリと冷やされているが、空気はもう温まり始めている証だ。本日の晴天を、自然が保証してくれているのか、そう思いながら波も立たない湖面を見つめるのであった。そういつまでもセンティメンタルになってもいられない。上湯へ急ごう。

《野猿と上湯》

観光野猿があるので記念写真を撮った。私は高いところは苦手だからコメントをするのはやめる。上湯は10分ほど温泉街から走ってきたところだろうか。民営の温泉宿の露天風呂と村営の二つがある。村営は\100。セルフで払うようになっている。まず、早朝に行って誰も入っていなかったので熱くて入れない。水を混ぜて入ることとなった。しかし温泉気分は100%である。河原を掘った湯舟もある。お尻が痛いのを我慢せねばならない。

'82の夏に潮岬で泊まった私は龍神経由で北へと向かう予定でいた。が、あの時、通行止めで龍神スカイラインには行けず十津川温泉方面に迂回をさせられた。その道が超悪路であった。記憶は次から次へと甦る。そう、このカーブ、このトンネル、この交差点。。。私が越えてきたのがこの上湯に出てくる道路であった。拳ほどの石ころがゴロゴロしていた。その時、この上湯付近まで下りてきて九死に一生を得たとため息をついたのであった。

《熊野本宮~湯の峰~わたらせ~川湯》

十津川温泉街の方面に戻って一路南下をし熊野本宮を目指した。特に神社には寄るつもりは無かったが朝食になりそうなものを探すためである。「釜餅」という名物を鳥居前の「ししばば市」のおばちゃんが売っていた。つぶあんのよもぎ餅で、旨い。冬の間の限定販売と言う。6個で\500でした。(おばちゃんの説明付)キャンプ場で少し会話を交わした「CB750ボルドール2」の人は熊野古道を少し歩いてきますと言ってバイクを鳥居の前に置いて身軽に出かけて行った。あんな旅もいいなあ。

湯の峰温泉の街並みなども見て…ということで相棒を案内した。公共浴場には入らなかった。硫黄の匂いを嗅いで、川からブクブクと出てくる泡を眺めて、暖かくなった日差しの中でのんびりしている、それがとても心地よい。つぼ湯に入っている女性の足が見えるのが何ともゾクゾクする。

わたらせ温泉はトイレ休憩のみ。以前に入ったので今回はパス。川湯も同様。川湯では仙人風呂がオープンしていた。河原を掘って千人が入れるほどの風呂にしたというのがふれ込みだが、水着を着た皆さんが話の種に来ているという程度で、それほど魅力的な温泉街には見えない。視点を変えれば良さが味わえるとも思うので、いろんな方の意見を参考にさせて戴きたい。

《瀞八丁~十津川温泉》

“瀞八丁はもう紅葉しているかなあ~"と思いながら行き止まりと分かっている道に向かう。その時の計画では、戻ってきて湯の口温泉でテントを張ろうと相談し合っているのに、ジェット船が着く一番奥の集落まで来てみてクロネコの運転手さんに尋ねたら、“十津川温泉方面への村道は狭いが、オンでも走れる"ということであったので計画を即座に変更した。十津川温泉を抜けて今夜は龍神温泉付近とこの時に決まった。

玉置山の麓を抜けていく村道。もしここまで根気よく読んで下さった方がおいでならば感謝をすると共にぜひ地図を開けてチェックをいれておいて戴きたい。関西ツーリングマップp77の中央やや上、玉置山の西を走る道路(村道)です。これが今回の旅で最も印象の深い道路でありました。瀞八丁の谷に架かる怖い橋とトンネルを戻ってそこからが十津川村になります。杉を主体として綺麗に植林された山々が整然と続き、雑木林が所々で朱や黄色、茶色に紅葉している。杉が花?を焦げ茶色に枯らせて冬の支度に入っているのがコントラストを引き立ててくれる。枯れ葉が落ちてさらさらになり道路脇に帯の様に溜まる中、道行く先の山の斜面に村の家屋が点在しているのが見える。どこも昔ながらの民家で、煙突があって、洗濯物が庭に干してある。庭まで車では上がって行けないため、どこかから石段が通じているはずだ。荷物を運び上げる為のエンジン付きのモノレールが幾つも道路脇にみられる。時間をもっと取って、あの風景のどこかでバイクを止め、坂道を歩いてみればよかった。今度、行ったら必ず止まろうと思う。

あの村道の最後の部分の十津川温泉に下ってくる坂道から眺め降ろす村の様子や温泉街、ダム湖の景色も格別である。大阪空港(伊丹)に飛行機が下りるときのビルの景色が山と民家に変わったような大きさである。思わずバイクを止めて眺めた。

《十津川温泉~R425牛廻越~龍神温泉》

さて、龍神温泉に急がねば。―時間以上はかかるだろうと予測をするが、時刻はもう三時を回っていた。今日は山間部の1~1.5車線道路を随分と楽しませて戴くことになった。シフトチェンジの連続で、ふだんトロトロ走っている私にしたらまずまず速く走ったつもりであったが、Y君曰く「普通ぐらいでしょう」だって。時々対向車がすっと現れる。クランクションを鳴らしながらライトを付けてカーブを曲がってくる。それって自分のことしか考えてないんと違う?と尋ねたいなあ。こんなマナーの人が多くなったのも最近の傾向のようだ。クランクションが鳴らせるだけ早く相手を発見したのなら、そこでライトを付けねばならないほどのカーブならなおさら、その場で止まって待つのが普通だと思うが。それだけ現代人はせっかちで、自分のことしか考えなくなったのだろう。

天生峠や権兵衛峠で驚いたことがあった。どちらの規模が大きいかなどを較べたくなるが、尺度が多くて難しい。ただ、クネクネと走りながら町から随分と走ってきたなあ~と妙に感慨深くなってしまう。それだけ山深かったのだろう。数軒かもう少し多いくらいの集落を幾つも過ぎて、道は少しずつ急になっていく。久しぶりに屋根に煙突がある田舎の家に出会った。夕飯や風呂の支度には少しばかり早かったせいか煙が立ち昇る風景には巡り会えなかった。峠の下りで可愛い女の子が二人、自転車で上ってくるのを見かけた。地元の中学生かな。こんな田舎の子供達はさぞかし逞しいのだろうなあ。

こんな村に住んでみたいなあ~と思いながら、しみじみと十津川村をあとにし、牛廻越を下り龍神温泉に下りて行く。ポツリポツリと明かりが街に点り始めるような時刻になっていた。

《龍神温泉》

キャンプ場がなかなか見つからない。道の駅のおじさんに聞いたら、ゴミを散らかさなければどこでテントを張っても構わないという。共同浴場のすぐ前の河原だって構わないというが、残念なことにそこまで下りて行くコンクリートの道にはロープが掛けてあって車両進入禁止でバイクは下ろせない。テントは構わないそうだが歩くのが嫌なので、散々探し回った挙げ句中学校を見つけて、渡り廊下にテントを張ることにした。小学校は明る日に知事選があるので駄目と言われてしまった。温泉にゆっくり浸かった後、ソーセージを4本と缶ビールを二つ買って中学校に戻った。昨晩より暖かそうな夜である。月が一段と明るい。深夜におしっこに起きた。ビール飲みの宿命だな。昨晩に負けない程の星明かりである。オリオン座くらいしか知らないのでそれだけを理解して、流れ星を二つ三つ確認してまたテントに潜り込んだ。降るような星座も憶えていたらまた視点が違うのだろうなあ。そう思いながらテントに潜り込んだ。一度出たテントの中は寒い。テントの中で眠れずぼんやりとしていると<寝返りを打ってあなたにもう一度>なんていうのが浮んできた。これは<寝返りを打ってお前を忘れたい>にも通じるなあなんて考えていたらまた眠っていってしまった。


【11.5日曜日】

《龍神温泉~美山村~金屋町~清水町~龍神スカイライン》

深い谷の中の中学校に朝日が届くのは随分と遅い時刻である。見上げれば周辺の山の頂きは朝日があたって赤みを帯びている。朝露に濡れた薔薇の葉や中学校の校舎を眺めながら少し暖かくなるまでの時間を過ごした。校庭の前の民家の朝の支度はお釜に火を起こしてするのかなと期待したが、こんな田舎でも石油のボイラーが普及しているらしく、6:30頃にボイラーに火が着く音が聞こえてきた。煙突からは煙もでない。まあ、しかたないか。。。

どうしてもスカイラインにお金を払い込むのが嫌で、美山町を経由して清水町を回りスカイラインに入った。このあたりは有田みかんの産地で、蜜柑の木が一面に広がっている。実をいっぱい垂らせた蜜柑がだいだい色を放っている。止まってひと掴み食べてみたい衝撃が走る。でも、もしやれば窃盗だな。吉野から十津川を走っているときは、痩せていそうな土地に柿の木が植えてあった。その実も同じように熟していた。甘く切ない味がする柿の方が現代には受けが悪いのかも知れないなあ…などと思いながら高野山の方に向かって入っていく。紀伊半島の田舎を走っているのだと思うと、旅に来たなと感慨深いものがある。

重要な情報をガソリンスタンドのおじさんから入手した。R480の途中、清水町の井谷という所から龍神スカイラインに上がって行ける。まあ、私好みの田舎山岳道路だそうだ。清水町あたりは地図でみて思うより観光化されていてキャンプ場などが所々にあって、ここをベースに龍神や高野を楽しんでもいい。

《龍神スカイライン》

人がたくさん行く時のこういう場所は、もちろん観光スポットとしては素晴らしいのであるが、気持が休まるかどうか等も含めて考えると最低の場所であることが多い。特にバタバタとうるさいばかりのでかいバイクに乗った人が、およそツーリングとは思えない暴走行為をするのだから品位が下がる。バイクは静かに速く走るのがいいと思っている私にとって、彼らとは価値観が大きく違うようだ。あまり悪言や苦言は書きたくないが、ステータスとしてバイクに乗るのもそれはそれでかまわないが迷惑行為はやめて欲しい。もっと本質を見究めてもらいたいなあ。そうそう、重要な話。護摩壇山の付近は紅葉の最盛期であった。紅葉もさることながら、やはり展望広場から見える「奥千丈林道」のラインが私を魅了する。惚れてしまって腰が砕けそうなほどで、涙が溢れそうになる。道路脇の広場にRMXをトランポから降ろしている人を見かけた。走りながら喝采をするしかない。護摩壇のタワーより少し北に寄ったドライブインは清水町営の喫茶店で、Y君がここの他人丼が旨かったと言う。これは有益な情報である。

《奈良県・大塔村》

料金所をパスして大塔村方面に山中を抜けることを考えている私は罪人か。しかし、周辺道路はスカイラインより完成された村道で、それが私の印象であります。野迫川村、荒神岳の西北方面にあたる部分を走る村道を走って大塔村(R168)に出るルートは楽しめた。スカイラインより爽快な気分で走れる。(内緒の話にして欲しい、何故なら皆が行くようになると荒れるからなあ)せいぜい高くても1200m程度の山々である。しかし、資源として有効に活用するために、スパンを500年とか1000年のレベルで配慮しているのをうかがえる。木は切ってしまって金に換わるのはその世代のみで、次の世代もその次の世代も育てるだけで終わる。そういう生き方を人間は古来からしてきて自然との共存を図ってきたのをのをこのあたりの村はじっと守ろうとしている。負けるな、山で暮らす人達。第一次産業などと言った文化人のおごりが今頃になってよく理解できる。一次はつまり四次でもあるのではないか。未来の産業かも知れない。(こんな話は嫌われそうだからやめようね)

天辻峠の途中の道の駅で休憩をした。大塔村の道の駅である。プラネタリウムなどもあって、個性のある活動をしている様子である。そうそう、大塔村は和歌山にもあるんだなあ。

Y君ともお別れの時刻が近づいてきた。たった二度目に会ったのに旧友のように走ってきた。年齢も10歳以上も違う。お互いに学ぶことが多いツーリングになったなあ。おい、また来年もこのあたりを走りたいね。今度は嫁さんを連れてこいよ、と言ってやろうと思いながら、残念ながら彼は大阪方面へ、私は三重県方面へと別れていく。ライダーが交わす分かれのサインも何とも味気ないが、粋なものである。

《帰途》

三日間一緒に走ったY君とも別れてしまった。子供にお土産も買ったし後はどこかで電話をして帰宅時刻を告げて置けばいいだろう。

---五時頃やね、わかった、風呂と夕飯用意しとくわ。電話の向こうでうちのんがそう応えてくれた。


《あとがき》

いつもながら私流の日記になりました。自分宛てのメモを公にできる部分だけアップすることにしました。走行距離は、700Kmから800Km程度でしょう。今、それは重要ではないように思います。紀伊半島は近くて遠くしかも広く、私には青い鳥のような存在です。まだこれからも訪ね続けることになります。

熊野古道を歩くと言ってバイクを置いて歩き始めたCB750ボルドール2さん、新車のXJR1200で浜松から来た男性。淡路島のセロー君。あげれば切りがないのだが、出会いは私の旅を刺激してくれました。多くのツアラーの皆さんは、自然を愛し、バイクを愛し、旅が好きな方のようで安心しています。潮岬方面まで足を延ばせなかったのが残念ですが、紀伊半島は魅力のある所なのでいつかは又きっと行けるだろうと思っています。これを読んで下さった皆さん方にもいつかどこかでお目に掛かりたいと願うばかりです。

駿河・甲州・信州〔右のマフラーが吹っ飛ぶ・東北断念〕1995年

・安倍峠・観音峠・木賊峠・信州峠・馬越峠・ぶどう峠・塩ノ沢峠・田口峠・地蔵峠(湯ノ丸高原)・山田峠・渋峠・猿ヶ馬場峠・善知鳥峠・寒原峠・治部坂峠・赤坂峠(愛知県)


◆信州ツーリング(まえがき)<信州>

基本的にツーレポは私の日記ですので、読む人にとってつまらない部分が多いかも知れません。また、プライベートな事などを削除しますので、文章も変なところもあると思います。その辺は勘弁して下さい。でも、猫柳風のツーレポを待っていてくれる人もひとりや二人は居そうなので、頑固にも従来のように書きます。

最近のmsgから推測してまずまずの人数が読んでおられそうなので、有益そうな話もなるべく提供できたらと思います。質問などがあれば、コメント等を下さい。去年の今ごろは私が出かける話をしてもシ~ンとしてたから、今回は賑やかで嬉しいな、と思いながら出ました。


行程は、念のために書きます。

8/10:(伊勢湾フェリー)~渥美半島~静岡県~安倍峠~甲府盆地~観音峠~木賊峠~増富ラジウム鉱泉~韮崎(泊)

8/11:観音峠~木賊峠~信州峠~川上村~南相木村~北相木村~ぶどう峠~上野村~塩ノ沢峠~南牧村~田口峠~佐久市~上田市~地蔵峠~山田峠~渋峠~小布施温泉~臥竜山公園(泊)<須坂市>

8/12:猿ヶ馬場峠~松本市郊外のフルーツ街道?~善知鳥峠~寒原峠~治部坂峠~赤坂峠(愛知県)~猿投グリーンロード~東名阪(名古屋周辺だけ)~R23~松阪市


県境の峠を越える<信州>

'95 8.10-12

<はじめに>

GSXが煙を吹きあげなくなって「煙が目にしみる」の連載は終了した。晴れて全快祝いのツーリングである。行き先は迷ったあげく信州、気合いがあれば東北と決めた。'89北海道からの帰りに出逢って以来6年にも及び連絡やメールをもらい続け、幸運にも?にも今春から北海道に転勤になったYさんからのメールの呼びかけや25年以上も前からの手紙友達のSちゃんからの便りで心がグラグラとした。古里・天塩の近くに戻ってきたんだって。。。北海道のこの人たちに逢いに行きたい気もするが、今の私には北海道に溢れるような魅力を感じとることができなかった。乱開発や観光ラッシュに反発感を抱いても、それは信州や東北でも同じではないか、と指摘を受けそうである。しかし、有珠山が噴火して以来、4度に渡り訪ねた北海道は私の心の中にしまっておきたい。観光熱が冷めた頃に、Yさんが内地に戻ってくる前に、Sちゃんが古里の近くに居る間にみんなを訪ねよう。(観光熱は冷めないだろうなあ。)

あれこれと考え四国・山陰と悩んだ結果、自分に正直になってみて、信州・東北となった。

FBIKEで話題になっていた今神温泉にも行こうとスケベ根性を密かに持ちながら(密かに持っているからスケベなのか?)安倍峠(静岡ー山梨)や信州峠、ぶどう峠は絶対に行こうと心に誓い、東北の三っの「高湯」、わんこそばも行けたらいいなあ、と欲張っている。

猛暑の日は続く。新製品の発表も間近い。忙しい日が続いたが、仕事は適当に(会社の人読んでませんように)して夏休みを迎えた。やれやれ。


[8/10-1]

出発さて、いよいよ出発の日を迎える。わが娘とお母さんは京都へ帰っている。身支度を自分でする事になり、これが後に発覚する忘れ物事件(たいそうなものではないが)となった。車検も\56000で済んだのでその残額予算をツーリングに大幅に転用できる。何も予期せず贅沢な旅を描いているけど、忘れ物だけではなく、マフラーが吹っ飛ぶアクシデントも発生する。まあ、そんな事も知らずに陽気に出発である。「子供の顔を見ながら出発するのはなかなか辛いものがあるけど、見送りの居ないのも寂しいなあ」なんて独り言を言いながらの出発であった。

[8/10-2]

伊勢湾フェリーバックにしまうのではなく、ほんとうに時計なしで今回は出かけた。フェリーの出航時刻が8:00なので6:40に家を出たら7:35(係りの人の時計)に鳥羽に着いてしまった。こんなに朝早い時間なのに海が眩しいほどにキラキラと輝いている。凪のように港には波もなかったのに、伊勢湾に出たら小舟の漁船が大きく揺れているのが見えた。映画のセットみたいに揺れている。朝から真夏の空模様だったのでさほど心配もしていなかったが、気圧は不安定なのかも知れない。

[8/10-3]

国道1号考えるだけでも忌々しい。やはりこの国道は走ったらあかん。高速を使うべきか。浜名湖から静岡までなら約\2000になるがもったいないなあ。松阪から走ったら宿泊費が出るほどになるだろう。やはり未明に出発をするしかない。

[8/10-3]

安倍峠(安部ではなく安倍が正しい)静岡市内にそそぎ込む安倍川をまっすぐ北に上っていく。推測時刻は14:30頃である。太陽はまだ高いところにあるが、日差しが少し緩い。夕立を匂わせるような風具合。川沿いの谷間は幾分涼しい。梅ヶ島温泉の街中から右旋回に急上昇して安倍峠は始まる。ダートがひどくて走行不能になったらどうしようかと何度も悩んだ。しかし、見もしないでひとり悩んだって必ず後悔するに決まっている。自分の目で確かめてくるべきだと自分を説得した。実は、それでも温泉街のお土産屋さんで状況を訊ねた。あまり薦めないと言われながらも上りは舗装済みと聞いてGOの判断、行ってみて駄目なら引き返そう。上り(静岡側)が約8Km、下り(山梨側)が約二倍の17Km程度である。八紘嶺[1918m]の東南側の尾根を越える。静岡側は、短い距離で高度差1000m程度を稼ぐこともありまずまずハードである。高所恐怖症でも行かねばならない。雑木が生えてぐちゃぐちゃの斜面である。覗いても谷底は見えないが、深い事はまちがいない。手の届く様な所に尖った岩山が見える。断崖がさっきの谷底へと突き刺さっている。雷さんがごろごろと重低音を轟かせ始めた。「恐いなあ、死にたくないなあ」と独り言を繰り返している。赤ヤシオで有名になったからこの峠を知った。今、その花は緑の葉だけである。花といえばガードレール代わりに、名前も知らない白い花が咲いていた。峠には道標も何もなかったと思う。不安で越えた峠であった事を裏付けているかのように何も周りを見る余裕がなかったようだ。下りに差し掛かるとできたての舗装道路が現れた。静岡側とは違って谷が広くて沢も大きい。幾筋もの尾根を越えながらこれから私が下りて行く道路が一筋に見える。小さすぎてわからないがダートには見えない。新品の舗装を見たので「もしかしたら今年から舗装になりたてかな」と思ってルンルンになったら「どかん!」とダートが出現した。(ルンルン:死語)火山性の岩が砕けて引き締まった土である。その中にまだ拳ほどの尖った岩が混じっている。踏み固めてあるから走れる。大雨などで荒れたらタイヤは傷だらけになる事はまちがいない。所々で工事の車や木材切り出し運搬の為の車に会った。ぶっ飛ばしてくる。観光の為に来る車に会ったのは一台だけであった。一時間ほど費やして越えたのにこのたった一台のみか…。15:00を過ぎていただろう。雷に打たれるかトラブルで倒れたら、特に頂上付近では救出の期待は薄いぞ。民家に出会ったときはいつもと同じようにやったあ~と叫んでいる。パラパラと雨に降られながら身延の町に降り立った。山を下ると下界の匂いがするから不思議である。

[8/10-4]

見延山から甲府盆地へ去年ここを通過した時、下部温泉に行く事を躊躇した。今年は寄ってみようという事で少し道草を喰った。『波の塔』に出てくるというだけのこだわり。温泉街を眺めて気持ちを整えて、さあ今夜の寝場所を決めなくてはと思い始めた。時計をバックに入れてしまっておくのと、まったく持たないのは随分と違う事がわかった。「時計を持たずに自然に任せて」と公言していたのは、つまり「時計をあてにせずに」というべきなのがこの時にわかった。やはり、明るくなったら起きて暗くなったら寝るにしても、安全に走るためにも時計は必要なのである。要は時間に左右されないのが理想という事だ。そんな事を考えながら、釜無川(富士川上流)を越えた。甲府の西側の郊外を昇仙峡方面、敷島町方面に北上する。マフラーがふっ飛んだのは甲府市まで10Km程の所であった。ボアアップの後遺症で低速トルクが低減したのか、オーバーヒート気味なのかは不明であるが、パワーダウンをしてバイクがガス欠の時のように止まりかけた。大抵はローギアにまで落とせばまた走れるのでそうしようとした瞬間に「バン!!」と凄い音で爆発した。そのすぐ後からバリバリと騒音をまき散らすバイクに変身をしたのであった。竜王町のラドン温泉ホテルの近くの農協SS(日石)でガスを入れて、訳を話したら応急処置をしてくれた。親切な皆さんでした。ありがとう。ガソリンスタンドのおじさんが観音峠の途中にキャンプ場があると教えてくれたので、「ヤッタア!」やったあって感じで峠に向かった。

[8/10-5]

観音峠~木賊峠さあ、観音峠の前でキャンプを張って明日の早朝に峠を目指そう、と考えた。雲行きも怪しいしスタンドの人が教えてくれた廃校でもいい。峠に近づいたら今にも降り出しそうで降らない。排気管の補修部分は高回転に絶えられず破れてしまった。急がなきゃという事でたどり着いたキャンプ場の管理人のねえちゃんときたら意地悪そうだった。

---バイクは\1200だったかな。。。

---そんなにするの。\400位が普通ですよ。

---トイレも使うんだし。。。

---他行きます。廃校もあるらしいし。

---そんなの、壊したよ。それにそんな所に張ったら駄目だって言われるよ。

カチンときたから、他に行く事にした。しかしあてはなかった。GSXはますます大きな音になってきた。こりゃあツーリングは中止や。金も残るしビジネスホテルでも行こか。そう決心して(増富ラジウム鉱泉付近にも期待はしていたが)二つの峠を足早に越えてしまった。観音峠と木賊峠の間は尾根筋で、八ヶ岳の姿もよく見えた。夕日に染まる悠々たる山の姿だった。雨が通り過ぎて道路が湿っている。濡れずに済んだ私には運がついているのかも知れない。

[8/10-6]

夜ぐるりと回って明野村まで下りてきた。コンビニのバイトの子が可愛い子で話がしたくて色々と聞いた。田中律子みたいな感じね。

---この辺にキャンプ場はありますか?

---あるよ。(ってわらった顔がめっちゃ可愛かった)電話で問い合わせてくれたらオートキャンプ場で、私の目指すところではない。価格も合わない事がわかった。

---ビジネスホテルは知らない?

---できたての所をしってる。。。

「よし、この子の教えてくれるホテルに決めよう」てなわけで韮崎市内の「ルートイン韮崎」て所にした。共同大浴場もあってくつろげた。甲府の精機事業部に来る事があればここのホテルにしようっと。夜は、コンビニでおかずを買ってビールを飲んで寝た。明日は帰ろうと思っているが、もう一日だけやはり走ろうか。悔しいなあ。観音峠も木賊峠も明日の朝、もう一度挑戦しよう。そう思って寝た。走行距離:399Km


[8/11-1]

観音峠~木賊峠(再挑戦)霞のようにぼんやりした中に富士山が影になって見えた。ホテルの6階からの眺めはまずまずである。6:00にホテルを出た。国道20号を経て昨日の夕方に通った昇仙峡の裏の道路を上った。観音峠でバイクを止めると後ろに甲府盆地が少し見降ろせた。峠を上り切って八ヶ岳の方をみると綺麗に植林をした山が幾重にも見える。でもすぐ前の山は手入れもしてない汚い山だ。時刻は恐らく7:00前後だろう。少し肌寒い。昨夕の悔しさを拭いながら快適に走った。このあたりは「パノラマライン」と観光案内板に書いてある。少し名前負けしてるかも知れない。いや、秋に来たらきっと紅葉が凄いだろうなあ。煙草を吸わなくなってひと月ほど、休憩をしても何となく暇だ。さて、増富ラジウム鉱泉の方には行かず信州峠の方に進路を取る事にする。金峰山[2595m]が右手に見えた。

[8/11-2]

信州峠キャンプ場やロッジもできている中をいったん黒森温泉の所まで下って行く。前に見える岩の切り立った山がみずがき山だろうか。登山口も綺麗に整備してあった。高圧送電線が尾根から尾根へと、高いところで懸垂線を描いて走っている、それに重なるように崖っぷちが切り立って見えている。写真を撮るならあの送電線がほんとうに邪魔になるところだ。---絵を描く時はこういうのって邪魔じゃないんですよね…と安野光雅さんが「風景画を描く(NHK)」で言っていたのを思い出す。この前から少し絵の練習をしたので描いてみようか…、誰も見てないけどやはりためらう。そんな景色を見ながら少し下ったら黒森温泉に着き、これからいよいよ信州峠である。オフロードバイクにすれ違った。今回のツーリングでは初めてのピースである。信州峠は、雄大な名前の割にはすんなりと越えてしまった。見晴らしも強烈印象ではなかった。しかし峠を越えて下ると、野菜(キャベツかな、サラダ菜かな)の畑が一面に広がっている。縦横整然と区切られた畑の中で作業をする人や車の姿がポツリポツリと見える。高原野菜の村の匂い?田舎の匂い?何とも表現し難い臭い匂いであり、それがまた決して強烈ではないので独特な気持ちにさせられる。すぐ脇の畑はどうもサラダ菜みたいだった。道路脇に自生する雑草で、40~60cmの高さで細長い葉を持つ多弁な黄色い花が目立つ。何ていう花なのか。とても可憐な花だったのに写真に撮らなかったのを後悔しているが、信州全般で道端に見られた野山の草花だ。帰って名前を調べなきゃ。

[8/11-3]

馬越峠畑で野菜を詰め込んだ箱をそのまま積み込めるようにしたトラクター改造車かな?が農道や県道を走る。手伝っている若い息子が荷物と一緒に乗っている。とてものんびりしているので追い越す気にはなれず、わき見を楽しみながらしばらく後ろを走っていた。馬越峠に行かずに県道を上って行けば三国峠を越えて秩父に行く。B医大時代にI君と信州に行った帰りこの先の三国峠を越えたなあ。そうか、Iの奴が私に峠越えを教えてくれていたのか。川上村から南相木村へと抜ける峠が馬越峠で、三国峠に行く途中から北に反れる。左前方に天狗山を見ながら快適なワインディングを楽しんだ。距離は短い。道路は道なりに走ると立原自然公園の脇を通り役場方向に出ていく。私のツーリングマップには『藁葺屋根の役場』と書いてあったので期待して行ったら、すでに新築が建っていた。蕎麦の畑(勝手に生えてるのかな)があったのでバイクを止めてひと休みをした。連続して峠を越えて来て、朝からの初めての休憩であった。時刻はまったくわからない。一時はこのあたりを走って「麦草峠」を越えて帰ろうと考えたのに、ひとつ二つと越えてくると当初の計画通り浅間の西を越えて白根に行こうと決め始めている。道路脇のイラストマップによると、この南相木村から北相木村へは「栗生峠」というのがあるらしい。私の地図には道さえもなく、道路状況が判別できず諦めた。案外、いい道なんじゃないかと思う。さて、北相木村に入ったら目指すは「ぶどう峠」である。

[8/11-4]

ぶどう峠漢字で書くと「武道峠」というらしい。由来は知らない。特にどこかに書いてあった様子もなかった。御座山[2112m](何て読むのだろう)を右手に見ながらのんびりと上る。道幅も普通である。「御巣鷹山はこの山の向こうかな」と思いながら時々バイクを止めてみる。まだ昼前だなと感じさせるような優しい日差しが峠の周辺の山々に照りつけている。「昨日の暑さは幻のようやなあ」なんて言いながら峠を越えた。関東方面のナンバーの車に何台かすれ違った。「そうか、関東平野はもうこの向こうなんや…」群馬県側はなかなか険しい山々である。「ぶどう峠林道」の行く手も切立っている。これから走る道があの絶壁の上を走って行くのが見え、それがとても怖い。高い所は勘弁して欲しいと悲鳴をあげながら反面で楽しんでいる。でも、車が来ても道の真ん中から端には恐くて寄れないのです。車の人はなんて図々しい奴だと思っているだろうなあ。『高所恐怖症ステッカー』をヘッドライトの横に貼らなくてはいけないな。---JAL123便安らかにという墓標が道端にあった。その向こうには御巣鷹山[1639m]が見える。そう、あの事故から10年が過ぎようとしている。上野村には慰霊碑のある霊園があるというので寄ってみようと思い、近くまで行ってみた。報道と遺族の人で溢れていた。明日が命日になるんだ。おいおい、関係ない野次馬の来る所ではなさそうだ。遠くからではあるが合掌となった。<合掌>

[8/11-5]

塩ノ沢峠ー田口峠峠越え>塩ノ沢峠->田口峠(群馬->長野)上野村の中を右往左往してから塩ノ沢峠へと向かった。十石峠はまだ荒れた国道のようなので塩ノ沢峠~田口峠を越える事にした。もしかしたらダートが残っているかなと思ったりしたが、塩ノ沢峠は全線舗装済みであった。脇道に幾つも林道があって、オフロードの人は楽しいだろうなあ。「群馬県から信州方面に行くにはこの塩ノ沢峠を越えて田口峠が穴場なんだ…」と納得しようとしながら南牧村で田口峠の方に曲がった。そういえば、この一連の峠で会うバイクの数が少ない。みんな山の中は嫌いなのか。混雑の中の方が面白くないと思うが。荒船山[1423m]の隣の兜岩山[1368m]が正面に見えた頃、道幅はガクンと狭くなりワインディングも急変した。ちょうど県境付近だったのだろうか。まさに政治力の差なんだろうか。兜岩山は絵になる山だった。峠を越えて長野側に来たら目立った山肌はなく、山奥の峠を走って下っているという感じだった。眠たい。そう思ったのもこのあたりだろうか。

[8/11-6]

佐久市、上田市臼田町から佐久までは国道の東側にある県道を走った。この道はお薦めだ。佐久市街に西友があったのでガムテープを買ってマフラーに巻き付けた。幾分静かになった様子である。小諸から上田までは広域農道があるはずで道を訊ねたが、GSの若い氏は頼りなく、その言葉通りに走っても農道には行き着けなかった。腹立つなあ。地蔵峠方面に曲がった時にちゃんと交通量のある農道を確認したから、農道はあったのに。上田市内の国道は今時珍しく渋滞をしていた。

[8/11-7]

地蔵峠峠越え>地蔵峠(長野県ー群馬県)湯ノ丸高原を越えるのが「地蔵峠」で高峰高原を越える峠が「車坂峠」である。二つとも上田側は快適な舗装道路という情報を持っている。しかし、車坂峠から地蔵峠までの尾根林道がどんな道かは不明であった。安全をみて地蔵峠を上った。後に地蔵峠で出会ったレガシーの男性はなかなか林道通の様子で、車に被ったほこりを払いながらしきりに峰を走る林道(湯ノ丸林道)を薦めてくれた。私のバイクでも走れると言う。でも今から走る気はない。何故って白根・志賀高原から野沢温泉まで行けないかなと思っていたから。意外と決心は硬かったのだ。時刻を尋ねたら確か14:30と教えてくれたように記憶する。地蔵峠の眺めはまずまずである。上田市の盆地の様子がよく分かる。でも峠は観光化されてそれが寂れた感じの雰囲気である。夏タイプの観光地ではないのか。それとも近くの観光地に人を取られて誰も居ないのか。林檎畑の中で佇んで居る方が心地よいかも知れない。スプリンクラーの水を突然浴びるので気を付けねばならぬが。峠の下りからは四阿山の山裾が見えるが、残念ながら頂上は雲である。雲が流れる速さがとても速い。空気が不安定な様子である。嫌な予感。

[8/11-8]

山田峠と渋峠この峠には何度も来た。しかし、有料時代ばかりで、無料になってからは初めてである。草津温泉はどんどん観光化、巨大化していく。都会からの車は増え、無料になった草津道路を走り回る。道路の周辺にはわけのわからぬ店ができ幻滅の一途である。白根山への道も無料化になっている。こちらも車が増えたりはしていないのか。只なら行ってやろうってことで人が増える。予想通りゴミの山である。この日は生憎の天気でやや少なかったかも知れないが、所々で渋滞があった。自然を壊していくひとりとして偽善的な言葉も言えないが、有料にしておくというのは環境の破壊をくい止める手段のひとつとして善悪は抜きにして、しかたなく認めてもよさそうである。頂上付近はひどいガスで、おまけに寒かった。嫌な予感は的中で、ガクガクふるえながら早く麓にいきたいなと切実に感じた。野沢温泉は諦めていたかも知れない。木戸池キャンプ場まで下りて来たら二人のライダーが思案していた。山形の1100刀氏と足立のCB400氏であった。\700なのでこの辺で泊まろうと思うと話す。雲というよりガスが流れて来て寒い。今夜も降るかも知れない。先まで行きますと言って失礼した。実はあてもなかったのに。

[8/11-9]

渋温泉から須坂市まで下界に下りると天気は晴れ。カッパは温泉街の一角で脱いだ。渋温泉では街を眺めてうろうろした。外湯が多い。地獄谷の野猿公園の前まで行ってみたがバイクが\100だったのと、この辺にはテントを張れそうになかったのでUターンした。キャンプ地が近くにあれば入るのになあ。今思えばあそこにあった公園なら寝ても良かったかも知れない。須坂市方面に走って臥竜公園というのを見つけた。バイクの用品(手袋など)会社に勤めていたというRMX氏もここに泊まろうという。これから北海道まで行くそうで、会社は退職済みだそうだ。彼も居る事だしまず安心して風呂を探しに出かけた。「北信州くだもの街道」と言うらしい。直売所のおばさんを見つけて

---このあたりの温泉でお薦め、ありますか?

---小布施温泉がいいよ

てなわけでここを目指す。礼を言って去ろうとする私を呼び止めて、スモモを6つ持たせてくれた。道を尋ねて御土産をくれるなんて。家に帰ってから戴いたが、旨かった。スモモってもっとまずいと思っていたし、まずいのしか食べた事がなかった。「青木商店?」って書いてあったように思う。機会があればまた訪ねてみたい。小布施温泉は予想以上に満足した温泉であった。硫黄の匂いがぷんとする。それに加えて湯舟からの眺めが格別である。アルプスの山々が長野市街の向こうに見える。ちょうど夕方で明かりがともり始めた頃、朱に染まっている連山をゆっくりと眺めながら風呂に入らせて戴き疲れもすっかり取れた。臥竜公園の夜はアベックが多い。近くのコンビニで買ったつまみと缶ビールで早々に寝た。走行距離:364Km


[8/12-1]

深夜に出発花火をあげに来る若者が多く、それで深夜に目が覚めたのでテントをたたんだ。満月が出ているはずなのだが雲に隠れてしまっている。雲の流れが早そうだ。天気が怪しい?時刻もわからずに出発となった。しばらく走ってコンビニで時計を見たら3:30だった。すると目が覚めたのは2:30頃だったのかな。まあ5時間ほどの睡眠は確保できたからいいだろう。残念だけど排気音がうるさくてこれ以上走れないと思う。さあ、どこを通って帰ろうか。深夜の国道20号を大型定期便トラックと一緒に走り始めた。悩んだ結果、伊那谷を走る事にした。ならば、大門峠か和田峠か青木峠か猿ヶ馬場か。夜中の峠越えをするなんて考えてもみなかった。

[8/12-2]

猿ヶ馬場峠峠越え>猿ヶ馬場峠(長野市->松本市)夢にも思わなかった深夜の峠越え。危ないなあ。天気がわからないけど月は薄い雲に隠れているがあの当たりと言うのがわかる。寒い。出かけに忘れ物をたくさんしたが、ジャケットを持たなかったのが大誤算だった。防寒の為に雨具を着て走った。交通量はほとんどない。長野市から上山田温泉、上田市の方へと夜景が広がっている。ちょうど姨捨山の付近の展望台からの眺めは良かった。ひんやりと風が冷たい。数日前までの38゚Cの熱気を思い出している。四国に行った時にあまりの暑さで夜半や早朝に走った事も思い出した。夜景を眺める以外にはメリットなし。有料道路が無料で通過できるという得点あったらマシな方だろう。夜中の猿ヶ馬場峠なんて危ないだけである。耐久レースでもないのだからやめるべきだったと反省する。もう二時間遅く出れば枝道の峠を回って、沓掛湯あたりで朝風呂を出来たかも知れなかったのになあ。眠れない事にやけを起こして出てきたのは失敗かも知れない。沓掛湯は又今度。

[8/12-3]

フルーツ街道?明科~松本郊外~塩尻までは、市内の西側にある広域農道(フルーツ街道?)を走る。以前にも何度か走っているので、存在は知っていた。早朝だったからメリットは不明であるが快適に林檎畑の中を走る事ができた。分岐点で地図を見ていると軽のワンボックスのおじさんが止まってくれた。---道がわからないか?どこ行くの?---伊那谷の方へそう応えると丁寧に信号の数まで指を折り思い出しながら教えてくれた。親切な人はやはりここにも居た。旅先でこういう人に会うのも嬉しいものだ。車からNHKのラジオ体操が流れている。まだ6:30か、って感じだった。

[8/12-4]

善知鳥峠峠越え>善知鳥峠(松本市->伊那谷)すんなりと塩尻の街中を抜けられた。伊那インターの付近で東の山並が明るくなってきた。今日の天気も晴れかなと確信した。コンビニがあったので缶コーヒー買って、わき腹に挟んでまた走り出した。

[8/12-4]

伊那谷このあたりは惰性で走っていたかも知れない。眠くなってくるのと、腰が痛くなってくるので少し走っては休むというのを繰り返している。天竜川沿いでは鮎釣りの人がもう出ている。彼らは早起きだなあ。日が昇ると通勤らしい車が増え始め少し渋滞があるものの、R19よりは短く楽に走れた気持ちになれる。R19より景色に変化があるからだと思う。

[8/12-5]

寒原峠・治部坂峠飯田市から寒原峠と治部坂峠を越えて愛知県に入る。寒原峠の途中の「おんびら」の蕎麦を食べようと止まったが10:00からだそうである。ーー今何時ですか---9:00です残念。この峠は快適に越えられる。これからはR19はやめてこっちにしようと決めてしまった。それほどまでに良い道である。赤坂峠(愛知県)あたりを越えるまでは反対車線も車が少ないが、名古屋が近づくと渋滞が始まっている様子。バイクも多くなってきた。マスで走っている人も多く見られた。猿投グリーンロードを走って豊田自動車の博物館の前を通過。東名阪を大治まで。そこからまた下の道に戻って、R23を松阪まで。R23は今までになくひどい混雑ぶりで、千鳥にすり抜け(危ないからやめよう)をして家路を急いだ。足助でうちのんに電話をしたら11:00前だった。家に着いたら13:30だったから驚異的速さである。高速並だ。

走行距離:437Km


<あとがき>

★今回の鼻歌テーマソングは・料理の哲人のテーマ(バックドラフト)これは、ちょうどいま練習しているから浮かんだのだろう。・(NHK)日本百名山のテーマ曲

★峠の印象いついて。みんな優劣を付け難い。しかし、私のこだわりからして・安倍峠・ぶどう峠・観音峠~木賊峠~信州峠あたりかな。どちらも、もう一度秋に行ってみたい。

★トラブルマフラーはふっ飛ぶし、キャンプ用品(マット)を忘れるし、ジャケットも持たなかったし散々でした。予定を変更して帰ってきましたが、もし無理矢理に東北に行っていてもへばっていたかも知れない。バイクはやはり病み上がりだし、この程度で良かったかなと満足しようとしています。

秋には9/23に電波望遠鏡の公開があるそうですから行ってみようかな。キャンプでもいいし、ルートイン韮崎でもいいや。可愛いフロントのお姉さんにまた会いたいなあ。

そう、寒原峠で蕎麦が喰えなかったのは少し後悔だな。秋には食べよう。

あっ、それから、あの黄色い花の名前、わかる人いますか?わかれば教えて下さいね。

'95.夏全走行距離:1200Km

==終わり==

奥飛騨・信州(1996年)

<奥美濃>

Touring_Map_Page('92)

分水嶺公園~白川郷・合掌造りP106/P108/P136

利賀村の蕎麦(食べて)~名前わかんない峠~楢峠P95上→下

<奥飛騨>

飛騨・高山市P92

平湯峠/奥飛騨温泉郷/安房峠P98/P99

<信州>

浅間温泉P62鉢伏山[1929m]/高ボッチ[1665m]P62→P58

勝弦峠、小野峠、牛首峠[1060m]P58→P59


一画面で表現するのは難しいが…。

・オンロード・総重量(運転者も入れて)300kgのバイクにしては、たくさんダートを走ったので、私自身としても非常に満足しています。

・新穂高温泉で、温泉に浸かれて嬉しい!
(今度はもう少し長いバスタオルで行こうね>ね、同伴者さん)

・高ボッチ山。やはり話題の山だった。また行くぞ。

詳しくはツーレポで書きますね。


例によって早朝に目が覚めた。今にも消えそうな28番目くらいの月が東の空に上っている。その上に明るい星が輝いてる。金星だろうか。気をもんだ天気も何とか一日目二日目くらいは持ちそうです。10月中旬ツーリングは恒例化されているので予定通りです。でも今回は三人になったところがいつもと違った。一緒に付き合ってくれるのは、同窓会のネットの知人(Y君)と夕凪さんである。一週間程前から、その二人に毎日メールを書く日々が続き雰囲気を盛り上げた。Y君と初めて出逢ったのが一昨年の秋のツーリングで、あの時と同じ岐阜羽島インターで待ち合わせをした。

◆分水嶺公園~白川郷・合掌造りP106/P108/P136

◆利賀村の蕎麦(食べて)~名前わかんない峠~楢峠P95上→下

分水嶺公園はひるがの高原にあって、整備されていました。日本海と太平洋へ別れる清水の流れの前には石碑まで建ててある。牧場で牛乳を飲みたいという夕凪さんの強い願望を忘れていて止まらずに通過。これは後々まで後悔になったか…。

白川郷は世界遺産に指定されて俄に注目を浴びている。京都の社寺・仏閣・史跡も幾つか指定をされているので、それほど騒ぐこともなかろうに…とも思う。が凄い人で、荻町の村の中には観光バスが溢れている。渋滞にうんざり。でも、焼いてからお味噌を着けてくれるお豆腐を食べてみたり少し歩いてみたり…女性が入るとツーリングが変わってしまう。白山スーパー林道の一部が谷底の国道から見上げられる。岐阜県側が激しいカーブと細い道だった様に記憶する(昔、20年近く前だなあ、車で行ったんです)

ここに来たら恒例で蕎麦を食べる。やはり旨いわ。ぜひどうぞ>皆さんその後、村の中の質素なお店で買い出しをして、おばちゃんと少し話をして野営となった。利賀村の村営・国設キャンプ場ってのが早稲田劇場の近くにあります。バイクをサイトまで入れて入場料共で\1030だそうで、私の独断で別の場所を探した。ケチだなあとつくづく思う。ペットボトルの中に灯る蝋燭の明かりのもとで、地酒をいただきながら夜を過ごす。どんなに綺麗な星空だったのかは、貧しい文才では表現できない。只々、見上げるだけであった。そういえば流れ星を探すとかいうロマンチックなことをやらなかったなあ。早朝の気温が7.7℃。温度計には朝露がベットリと着いている。まずまずの冷え込みである。慣れない寒さのせいで夕凪さんは大丈夫だろうか。初めての野営で不安も多かったことでしょうが、彼女の逞しさには脱帽だった。全然頼りにならない私でゴメンね。

利賀村からは地図の黄色い道を南下して、只の灰色の線に変わっている峠を越えた。そして水無谷から楢峠を越えるのであるが、そのダートはなかなか楽しい?いや険しい峠でありました。(続く)/postRE937オンロードではスリップして絶対に上っては行けない峠だなあ…と思いながら水無谷へ一気に下った。早く舗装に出て安心したいこともあってか、素晴らしい紅葉の景色を見る余裕などなかった。そして一端降りた坂を今度はそこから楢峠方向に上ります。さっきまでのダートよりはかなり普通の道になったけど、やや泥成分が多く、濡れて落ちた葉が泥の上に散らばる。水溜まりも多い。ツルツルとスライドしながら上って行く。おっと、工事の車が道のド真ん中に!!一瞬のうちに頭を横切ったのは、引き返せない(だってさっき下った坂は上れないわ)工事のおじさんが重機の横と崖の間に1メートルほど空けてくれたんですが、夕凪さんのバイクのタイヤがわだちに入って崖っぷち寄りにコースを変更できない。四人がかりで押したり引いたりしてクリアしました。崖側の方に足を着いてもいいよと言われても怖くて着けませんよね。いい体験をしました。しばらくは胸が高鳴ってやまなかった。その後は飛騨古川から高山の方に広がる雲海を見ながら楢峠を下りました。11月の初旬くらいまでならギリギリ走れるのではないかと思う。>皆さんもどうぞ

◆飛騨・高山市P92

◆平湯峠/奥飛騨温泉郷/安房峠P98/P99

飛騨高山の陣屋の前で朝市を見学しながら「みたらし団子」を食べる。醤油味。時より日が差して快適になってきた。さて奥飛騨温泉郷へ急ごう。新穂高温泉は有名温泉になってしまったようで、次から次へと人がやって来る。夕凪さん、おそらくかなりの決心が必要だったと思いますが、バスタオルで温泉に入る決心をしたようです。(私って悪人ね)高山からやってきた若い女性軍団の人たちも入って来たので男性の方が圧倒的に少なくなって困りながら長湯をしてしまった。女性軍団の人たち、少しお酒が入っていたのか、バスタオルをパッと投げ捨て開放的なムードに浸っている。××ちゃん、おまたが見えてるわよ…なんて叫んでる。あのお~私、正面に居ましたけど見えてませんから心配なく。…とはやはり恥ずかしくて言えない。男だったら凸だから見えてもわかるけど、女性は凹だから見えないですよ、心配なく。連休の中の平日ということもあって安房峠は比較的車は少ない様子だ。1590mの立て看板があったところ一帯は紅葉の盛りだった。浅間温泉YHまで下って行く途中からぱらぱらと降りだした。YHにはバイクの人が多くテーブルを囲んで消灯まで話が弾んだ。そうそう、浅間温泉の共同風呂は、熱いわ。好きな人はどうぞ。

◆鉢伏山[1929m]/高ボッチ[1665m]P62→P58

◆勝弦峠、小野峠、牛首峠[1060m]P58→P59

三日目(10/12)は天気が崩れると言うから高いところは避けて行こうと思う。しかしそうなるとどこも行けないので高ボッチ高原にだけは朝のお天気がいい間に行っておこうと思い崖ノ湯と書いてあるところから上った。鉢伏山への分岐点の広場でいきなり目に飛び込んだのが、甲府盆地に方面に広がる雲の上に小さく姿を見せる富士山である。「ザTW組」だったかな、というステッカーを貼った人(千葉ナンバー)が鉢伏山への行けば眺めもいいと教えてくれたので向かった。楽しい山道です。わき見はいけないのですが、わかっていながらチラチラと左右に目をやりながら上っていきました。北アルプスから美ヶ原、御岳、南アルプス、富士山などを見渡せ満足です。今日の天気予報は雨だってことですが、どうなってるのだろか。

塩尻峠に降りて勝弦峠~小野峠~牛首峠と走って木曽路へ。小野峠のあたりはなんたらラインとかいって、諏訪湖が綺麗に見える。立石展望台と杖突峠を他に知っているがここもなかなかいいです。牛首峠の木曽路側はダートです。オン車でも難なく走れます。ダートを楽しんだ後、木曽福島へ行って「くるまや本店」で蕎麦を食べる。店に着いたら長い列が出来ていまして、途中で品切れになるため店を閉めて並んでいた人たちだけ店の中に入れるなんていうハプニングもありました。蕎麦粉も切れているような話が厨房の奥からは聞こえてくる。蕎麦を食して木曽路を南下する途中で雨が降り出しました。ユーミンの、冷たい雨に~なんてのをくちずさみながら、家路へ急ぎました。

皆さん、安全に帰り着いただろうか。家に帰ったら子供が玄関に出てきて----お帰り!お父さん今度は荷物を落とさへんかったか?子供を置いて旅に出る父、此々にして、迎える娘、然々である。

甲府盆地~安房峠~益田街道を走る<1997年信州>

  <はじめに>

  先日、学校の音楽室に「天空の城ラピュタ」の譜面があって「鳩と少年」を吹いていたので、この曲が頭から離れない。今回の出発のテーマにしようか…なんて考えている。早朝、鳩を放して、時報代わりのラッパを吹くシーンがだった…。行き先がはっきりしないままの朝は夜明け前に出発が出来ない。うむむ、英会話入門はさぼって6時半頃には家を出る。鍋なども昨夜のうちに荷造りして気合いは入れたが…行き先が決まらない。寒さは感じない。伊豆にしようか…(迷っている)。私もいよいよ伊豆半島の先端に、林道に足を踏み入れることになるのか…。


  10.10-1:

  御前崎方面へ連休初日なのに車が少ない。四日市の発電所の煙のなびき具合や長良川河口堰のかすみ具合を見ながら国道23号線を東に走る。退屈な道が続くが、浜名湖の手前で海が見えた。こういう時の海ってのは清涼剤になるなあ。潮風が首筋を抜けるとやや汗ばんでいたのが消えていく。しかし、それも束の間のことで、浜名湖を渡ってしばらくして御前崎に向かう道からは海の景色はほとんど見えず、信号がやたら多くて退屈な時間が過ぎる。四国の信号の少ないのを見習えよ…とぶつぶつ言う。どうしても四国や紀州、信州と比べてしまって単調な道に焦りや苛立ちが募る。富士山には秋の白い雲がかかっていて、見えない。

  10.10-2:

  大崩海岸。静岡の人に申し訳ないが御前崎を過ぎてもまだ少し退屈な…と感じた。久能山あたりの海岸になってから海が見えはじめ、さらに大崩海岸は好眺望なスポットでした。教えてくださった方<ありがとう。しかし、ゆっくり止まって景色を眺めるところがなかったようで残念だった。伊豆まであと二時間ほど掛かるよ、下田までなら夕刻だ…とスタンドのおじさんは教えてくれた。紅葉はまだ来ていない。人混みはどうだろうか。伊豆には万年混雑のイメージがあるが温泉だけを訪ねるつもりでFBIKE創設以来のログから「伊豆」「露天」を検索して手元に印字してきたのだけれど…。行ったら帰ってこなきゃならないということが頭をよぎった。

  10-10-3:

  甲府盆地へ「ほうとう」のことが頭にあったから甲府に進路を変更したのかも知れない。奈良田の温泉にも入りたいな、夜又神峠も行ってみたいし…と思いながら奈良田の温泉にも行かず。結局は石和温泉YHに滑り込んで温泉に入って疲れを癒しただけとなった。おいもさんが東北に出るのは明日なんだなと思いながら、連絡が付かないし念力で激励をすることにした。甲府盆地で(今まで気が付かなかったけど)秋に来てみて初めて気が付いたことがあった。ぶどう畑が多いことである。YHの風呂の前にもぶどう畑が広がっている。やっぱりワインを買いたいな…。でも今回のツーリングは超貧乏で、千円札を数枚持っているだけであるから…。だからまたほうとうはお預けとなった。


  10.11-1:

  安房峠に行こう昨晩はいろいろ考えた。そういう意味では長い夜だった。結局、安房峠を越えて秋を味わってから帰らなくては折角信州に来たんだから…。テレビでは渋滞のニュースをやっていたし、信州には旅行客が溢れているのは周知であるが、トンネルが出来る安房峠を走っておこう、という訳で、R20を西に走った。

  10.11-2:

  塩尻峠久しぶりに塩尻峠を全線走った。取締に注意をしなくては、と慎重に走る。去年の秋は高ボッチから降りて諏訪湖方面へ行ったので塩尻側は久しぶりである。昔の旧街道沿いの風情を残した街並みを通るところは渋滞で困っていたのだが、新道ができてそこを通らなくなった。ううん、渋滞は困るけどな。塩尻峠のアウトバーンふうの坂道もいいけど、汚い埃まみれの道しるべも気に入っていたのだが。

  10.11-3:

  アルプスグリーンロードグリーンロードのまわりに林檎畑が広がる。ほんの1ヶ月前に来たときにはまだ青い実も混じっていたのに、もうそこで実が赤くなっている。林檎の歌を幾つもカラオケ状態で口づさみながら快適だ。北アルプスは雲の中である。寒冷前線や寒気団が上空にいるみたいで、雲の流れが速い。入笠山の麓、富士見坂で冷たい雨に降られたのがちょうど乾いたところであったのに、路面が濡れている。これ以上私を虐めるか…雲は上っているから晴れるというのは希望的すぎるか。独り言は絶えることなく続く。R158が見えた。渋滞…。ああやっぱしという気持ちと負けるもんかという気持ちの錯綜。いざっ時雨る安房へ、恋人が待つわけでもないのに…気合いがこもる呟きにシールドが曇る。

  10.11-4:

  中の湯まで波田の付近でも渋滞が起こっている。これは押し寄せた車の数に信号システムが追従できずR158の車群に渋滞を引き起こさせたもの。さらに奈川渡ダムの手前の峠でも渋滞。これも観光目的で山に行く車が峠から降りてくる車と対向する際にスピードダウンして縦波が発生するもの。どちらも車が多すぎるのが原因。それを越えるだけでもうんざりしていたのに、ダムを越えてからパタリと車の列がまた動かなくなった。痺れを切らして恐怖の右側通行を久しぶりにした。運動神経が劣化してきていることや厄払いが完璧でないことも手伝って不安が伴い決死の突撃となる。上高地への駐車場基地までやっと辿り着いたら人と車のラッシュだ。愚かな人の姿か。みんなが行く所へ行かないと不安になるのかね。国民が裕福になったよう(な錯覚)で、しかしそれが環境破壊やものを大事にしようという気持ちにちっとも反映されない。植物や他の微生物でも自分の環境を崩すようなことはしないのに、もっとも知能を持った人類が一番愚かとはねぇ。私欲があるからなんだろうな。…なんて自分の行為を棚にあげてぶつぶつが続く。渋滞はこの先もまだありそう。タクシーの運転手さんは家族連れに野麦峠を越えることを薦めているという。道で遊んでる人がいるので気を付けて追い抜いて行けばいいよという。お巡りさんがいないことも教えてくれた。その先では対面通行をしていて、先頭車両は1時間以上も待っている。私が渋滞の突端に着いた時、あと30分と係員さんは話してくれた。この渋滞のおかげで思わぬ紅葉ポイントの景色をゆっくり眺めることが出来る。川の水は時雨の後でも濁らず清らかである。赤茶けた石や岩と色づき始めた山肌とのマッチングが鮮やかである。旧道の向こうの脇の河原と木の間あたりから湯気が立ち上っている。半端じゃないほどの湯気である。温泉が吹き出しているのだろう。

  10.11-5:

  安房峠~平湯峠へ上高地から来た車のあとは、安房峠から来た車の群れが続く。その間もここの渋滞は尻尾を松本市に向かって延ばしているはず。昨日は深夜11時頃まで続いたと係員さんは話してくれた。とても数時間程度じゃ抜けられない道になっている。通りかかった女の子は泣いていたそうだ。二時間もみておけば余裕がある峠道を三時間半ほど掛かって越えた。一緒に対面通行の先でバイクを止めて待った地元のFJさん。もうすぐ長野は冬になってバイクに乗れなくなりますから…と悲しそうだった。私と同じく、トンネル開通前の最後の安房峠を走りに来たそうである。安房峠は、昨日の御前崎と比べたら20℃くらい気温差があるのではないかな。道路脇の温度計は8℃を指している所があったがそれはもっと市街に出てからだった。ゆっくり景色を眺めていると、すれ違い混雑原因のバスを苦労して抜いて来たのに追いつかれてしまいそうで、あまり止まらず平湯まで下った。平湯峠から大滝の方を振り返るとトンネルの工事の様子が見下ろせる。温泉街の景色は素晴らしいが、ドライブインももう取り壊しが済んでその姿は無いので複雑な感慨が襲ってくる。数々の思い出や会話、出会いを残してきた平湯がどう変わって行くのか。来年にはこれが普通の景色になるのかと思う。今年は紅葉が遅いようで来週くらいが盛りだろうか。短い秋が終わった頃、12月にはトンネルが開通するという。

  10.11-6:

  高山から岐阜市まで高山ラーメンを子供のお土産に買った。荷物にならずに子供が喜びそうなお土産を考えるのにいつもながら困ってしまう。赤カブじゃ喜ばないもんな。益田街道(R41)からこぶし街道を経て関市、岐阜金華山の麓を通って長良川沿いを桑名まで。R41号も最近は走らず白鳥の方ばかりを好んで走っていたが、なかなか快適で平均時速は50km/hくらいの計算になる。


  <あとがき>

  若い頃にしたツーリングのようなのをやってきました。ただ、走り回るだけでした。二日で1000キロほどのツーリングでした。伊豆はやはり遠いわ。JさんBさんのツーリング日記や多くの皆さんの伊豆のレポートを拝見して行きましたが、残念です。(私、過去には戸田峠までしかいってないのです…)CBナナハンかフォーサイトか、SLかわからんけど今のバイクが動かなくなったら買い替えなくてはならんでしょう。いつかリッチになったら高速を飛ばして行きます。今年は11月のある日に私が遊ばせてもらっている楽団が演奏することになったのと、夏に怪我をした治療などで資金運用に支障が起こっておりまして、この旅が今年最後の泊まりのツーリングになるかも知れません。日帰りなら、京都湯豆腐ツアーを考えておりますけど…。久しぶりに走ったので疲れたわ。

  1000キロ/2日間。

秋を探しに <木曾路・飛騨路>

98.10.24-25(SAT-SUN)

前夜からバケツをひっくり返したように降り続いた雨が明け方には少し緩やかになったような気がした。静まった暗がりの中で思わぬ期待が膨れ上がり急ぎ足で居間に下りてテレビをつけた。なかなか天気予報が始まらないので苛立つ。やっと画面に現れた予報では午後から秋晴れになり日曜は快晴だと報じている。朝日が差して部屋が真昼のように明るくなったような幻想的な気持ちになってガッツポーズを繰り返した。土日がダメなら月曜日に休んでまで行く決意をしていただけに11月初旬に休暇を取れるチャンスが残った。

通過点の名古屋界隈でもお昼過ぎに晴れ間が出るというから、たとえ太平洋側で少し雨が残っても出発したい。木曾旅情庵YHまで6時間として遅くとも10時頃には家を出よう。現在はまだ降っているけれどそのうちに雲が切れて…と夢のように旅の筋書きを描いてみるが、一向に雲は流れず、雨もやまない。10時近くなっても空模様に変化がないので思い切ってカッパを着て家を出た。道を歩いている人たちが傘を差さずに歩いている程度の雨で、四日市から名古屋あたりまで来ると路面も乾き始めたていた。

ただ、思ったよりも寒い。こりゃあ、もしかしたら…と嫌な予感もよぎる。木曾路に入ると青空が雲間に見え、秋の気配が山肌に漂うような気配はあるが、今ひとつ赤くない。高度がまだ低いわけでもない。いつもの時期なら恵那から中津川あたりの山でも十分に赤く色づいているはずだから、何か異変が起こっているのか。

走りながら色々と考えて導き出した私の結論は、今年の紅葉はいつもの年ほど素晴らしいものではないかということだった。雨があがって雲が切れ、青空の中に少しずつ散り散りになってゆくとそこには木曾駒ヶ岳の勇壮な姿が私を迎えてくれた。今年になって二度目くらいの冠雪だろうと地元の人は話す。それでも遅い。紅葉もこのまま終わってしまうのか。雪面との境目、山の地肌のあたりが本当ならもっと過激に赤いのであるが、今年の紅葉は絵の具を洗う水が汚れてしまったまま色を塗り続けたようにどんよりとしている。

そんなことを考えながらぼんやり走っていたら木曾旅情庵に着いた。木曾の古道の景色は私の記憶を虐めるように私の思い出をチクリとやってくれる。川の水のかさがちょっと増して白いしぶきが激しく飛び散っただけで私はセンチになれる。そんな気持ちで宿に着き、裏口のガラス戸を開け食堂にいる奥さんに「バイク、屋根の下に入れてもいいですか?」と尋ねた。旧知の間柄のように「どうぞ」と答えてくれて私はこのYHの宿泊人になった。

旅情庵の玄関からは御岳山の頂上こそ見えないが、その山の広く長く延びる裾野の一部が見える。今ここで山の頂きが見える必要もない。木曾の谷にうっすらと張りつめる霧の向こうにモノトーンになった三千メートルの尾根が青空との境界線を斜めに引いているだけでいい。何の変哲もない景色であろうが、こんな一級の景色を持った宿に泊まれるのはある意味では幸せだ。夕焼けが裏山の崖の紅葉をやや赤く染めている。

山の麓の宿はすっかり冬仕度をしていた。ストーブに火が入りこたつもセッティングされている。何よりも、そういうそばにいて話が弾むと暖の有難みを感じる。思ったよりも冷えきって疲れたのかも知れない。消灯時間を迎える前に部屋に入った。

朝はまた違った景色を醸し出してくれる。たんぼの畦道の枯れた草木には露がめいっぱい付いている。駒ヶ岳のほうの山の斜面を眺め上げると目をどれだけ細めても白く眩しく輝く朝日が私たちのいる所を照り降ろしている。なんていい天気なんだろう。見える限りの空に雲はない。

昨晩、暖炉のそばで話をした大阪からやって来たひとり旅の女の子は、夜明けの頃に起きてYHから30分ほど歩いて登った所まで早朝の景色を見に行ってきたという。絵はがきにあるような雲海が木曾の谷に立ち込め、その向こうに御岳の姿が見えたことだろう。バイクに乗る私よりも徒歩ダーである彼女の行動力の方が積極的だった。

晴天に恵まれた日曜のメインルートは、御岳山の麓の開田村から柳蘭峠を越えて濁河峠、大平展望台を回って小坂町の道の駅方面に走り抜けることである。

国道19号には気温9℃という表示がある。家族に約束してきた秋の味覚「栗きんとん」を買うために木曽福島の和菓子屋さんに立ち寄った。ご主人がバイクだともう寒いでしょうと話し掛けてくれる。そうですねと応えて、今年の紅葉はちょっと例年より綺麗じゃないねという話に変わっていった。往路で恵那の知人宅に寄り少し昔話をして道草を食っていた時に「栗こもち」というのも有名だと教えてくれたのをしっかりチェックしていたので、その店で「栗きんとん」と「栗こもち」を買って開田村に向かった。地蔵峠旧道を越える時に見えた真っ白い御岳の姿は、旅情庵のある木曾駒高原側から見るより一段と大きい。これからぐるりと御岳山をまわりながら見上げる勇姿は、この地蔵峠からの御岳の姿をだんだんズームアップし、百変化していった。

開田村の木曾馬牧場に寄った。数年ぶりに訪れると周辺が整備され、新しい事務所や室内乗馬施設ができ、勢いを感じる一方、木曾馬に賭ける村の人々の意気込みや使命感、情熱が伝わってくる。

九蔵峠で御岳の裾野を見下ろし、「高原食堂」で新蕎麦を食べた。高原食堂は何度か過去に来ているが、閉店中でチャンスがなかっただけに、この日は満足のいく味を楽しめた。寒さのせいで暖かい蕎麦にするかと迷ったが、思案の末、ざる蕎麦(二枚)を注文する。900円。旨い旨いと連発して喰ったことは言うまでもない。

小坂町から飛騨街道に抜ける道路を御岳開発道路とかパノラマラインと呼ぶらしい。柳蘭峠までの道路の拡幅工事は訪れるたびに進化して綺麗に舗装が済んでいる。スキー場を造って観光客を誘致する方針だろう。温泉があり滅多にお目にかかれないスケールの大きな景色もある。残念だが、開発をする事もしかたのないことなのか。

白樺の林、ブナやナラの林を縫って走る。バイクが予想以上に多い。こちらの紅葉も残念だがお世辞にも綺麗とは言えない。そうこうしている間に枯れ葉が路肩に積もりはじめて、やがて冬になってしまうのだろう。御岳山の頂の雪は真っ青の空に映えて一段と白い。なんて奇麗な姿の山だろうか。決してスマートでないところがいい。

ここらあたりを信州と書いたら違いますよとツーリング部屋で指摘を受けた。峠越えリンクではそういう議論をするつもりはなかったのでタイトルを修正するだけにとどめたが、来たついでに木曾福島で人に尋ねてみたら、長野県は信州だが峠を越えたら岐阜県で、柳蘭峠付近から西へ県境を越えたらもうそこは信州とは言わないのだそうだ。ううん、やはり紛らわしいことを書いて一部の峠越え読者の人に迷惑をかけたかも知れない。(陳謝:関連タイトルは修正済み)

小坂の街まで下りてきたら道の駅がある。初夏に逆方向から通り掛かった時、開店の前日で準備中だったので今回は寄ってみた。何をするわけでもない。みたらしだんごと五平餅を食べて少しくつろいだだけである。みたらしだんごは醤油味で、高山で食べたものと同じ味だった。しかし値段は高山市内の半額以下。五平餅はゴマのたれで、これも美味だ。もし行く人があればぜひご賞味を。何もないけどなかなかいい感じの道の駅だった。

帰路で下呂温泉に入る事にした。河原にある露天風呂は無料で数名の先客が湯舟に浸かっている。というか、子供連れの家族の母親が傍で佇み、子供はプール状態でお遊び、お父さんは温泉気分満喫ってところか。泉質は非常に良い。近くにある明宝温泉と非常に似た肌触りで美肌系のお湯である。温泉ファンには逃せない。まだの皆さんはぜひともどうぞ。

秋田・稲庭うどんを食べに <東北>

  98/08/14 07:16 

  ---<<はじめに>>---

  近頃のツーレポが私らしくないというお話を複数の皆さんから頂いた。そのことが妙に気にかかって、今年の夏の自分の旅はどんなふうにすればいいのだろうかとちょっと理屈っぽく気にした。私のツーリングの姿が変わってきたのか、それとも視点が変わったのか、もしかしたら、「走る心」が変化を始めたのか。もしそうだとしたら…と思いながら、そうだとしても否定をしないでおこうとも思った。しかし、やはりそんな思いが即ち諦めであり自分には嘘をつけない、どこが変わったのか確かめに行こう…と思い始めたのが初夏の頃だった。10番会議室に東北リンクを挙げた時(98/06/20#7395)には、私はまだ東北に行く決意をしていなかった。東北に向かう決心をその後、ほぼ1ヶ月間を掛けてどのようにして固めていったのだろうか。そこには旅の原点を探る私の姿があったのかも知れない…と旅を終えてから気付き始めている。

  東北への決意をしながら、自分でも動機を見つけられないままで夏休みを迎えた。8月上旬に新潟を襲った集中豪雨は歴代に残るほど激しいものだし、そんな無惨な街へ野次馬のように出かけるのにも気がひける。しかも、出発の前日になっても東北全域には梅雨明け宣言が出ず、長期予報は雨か曇りばかりである。いつもなら晴れている地方に行き先を簡単に変更してしまうにも関わらず、今回は、雨続きのその地方にわざわざ向かって行こうとしている。簡単に心を変えないというのは意地の突っ張りではなく、何か私の心の中にあった東北という大きな文化圏への憧れのようなものであり、目に見えない吸引力が働いていたからだったと思っている。

  初日に500キロ近くを走っている。会議室の皆さんなどには200~300キロ程度を薦めている奴が、いきなりそんなに走っている。猛暑の中仙道を突っ走っって行ったその情熱に似たモノが自分の中に残っているのを確かめたかったのかも知れない。ツーリングとは何なんだろうか…。ソロとは…。11番会議室で投げかけてきた事柄を改めてまた自分なりに考えていた。

  そうそう、今回の旅の前日に松阪駅前のメグロ整備さんに行って少し話をした。自分でチェーンを張ろうとしてもボルトが緩められず駆け込んだのが元々であるが、テンションをかけながら、このチェーンもこれが最後ですな…という親父さんに、帰ったら新車の相談をしに来ます…と言った。つまり、今回の旅は、GSXとのお別れツーリングになるかも知れない。これについては語っても語り尽くせないものがある。とても冒頭では書き切れない。

  (94年のお別れツーリングを思い出すなあ~)

  主なルートをあげますと

  8日:松阪市~中仙道~松本市~R19~長野市~R117~津南~六日町

  9日:六日町~村松町~R49~喜多方~米沢市~山形市

  10日:山形市~尾花沢~山刃伐峠~鳴子~鬼首峠~小安温泉郷~稲庭うどん

      を食べて~田沢湖~乳頭温泉郷~田沢湖

  11日:田沢湖~日本海沿岸に出て~上越市~妙高高原

  12日:妙高高原~長野市~松本市~中仙道経由~松阪市

  ・およその走行距離は2200キロ。(メータ確認してないけど…)

  ・入った温泉は4湯…津南、上山、乳頭温泉郷・鶴の湯、妙高高原温泉

  ・食べて満足だったもの…稲庭うどん

  ・後悔…山形で麦切りを喰い損ねた…宿題とします

  詳しい日記はこれから書きます。早く書かねば忘れてしまう…。

  でもお盆は忙しい。

  よかったら読んでやってください。このメッセージに少しづつぶら下げます。

  アクセサリーとして「ひまわり」の花を買ってきて、スピードメータとカウルの間に挟んで、ちょっと満足である。ひまわりのGSXを見かけた人はいますか?

  さて、レポートをアップしますが、ほとんど個人的な日記なので、面白くもなんともないでしょうね。ま、私の自己紹介みたいなもんです。


   8日:松阪市~中仙道~松本市~R19~長野市~R117~津南~六日町

  <7日夜>

  初盆で親父の精霊さんを迎えるため7日の夜は実家にいた。私のバイクの師でもある親父を半年ぶりに迎えお念仏をして、その後、わが家へ帰って就寝するのであるが、「超・ウルトラ・寝つき良好人間」の私がこの夜は眠れなかった。仕方ないので外のバイクに荷物を縛り付けて、あとは出発のみとしたが、それからも時が闇の中で刻々と過ぎていった。

  <8日朝>

  気が付いたら夜が明け始めている。バイクを車庫からそっと引き出して、アイドリングをせずに出発する。予定よりも約30分遅れており5時半だった。新聞はまだ届いていない。今回の出発のテーマ曲は、MAXが歌っているRideontimeになってしまった。理由は…子どもが借りてきたCDの中にあって、何度も繰り返し聞かされたからか。ラッパ吹きの私にとって、バッキングでラッパが鳴ってくれると演奏が耳に残る。よし、これで行こうか…ってことで、テーマ曲はいとも簡単にMAXなっていた。

  <春日井インター下のマクドナルドまで2時間>

  そうです。何度走っても、どんな季節に走ってもマクドの前までは必ず2時間で行けてほとんど誤差無し。そこからはR19号を快適に走行する。ここ数年間は、R19を避けて飛騨街道や白川街道、または奥三河の方面などを走ってバリエーションをつけていたのだが、信州方面へ何らかの事情で急いでいる折には、時間が計算できて最短で道も広いR19を昔のようにまた使ってしまうようになった。近ごろは道路も整備されて走り易い。

  <中仙道~賎母~塩尻~長野市郊外>

  「賎母の道の駅」が最初の休憩地点となった。お盆の帰省の車も疎らで、駐車場にはまだ定期便のトラックなどが多い。(これが後日だとマイカーばかりに変わっていた。)恒例になりかけている「くるまや」のお蕎麦を昼食として、今回は本店ではなく国道店?で賞味する。おお、なるほど、本店とはまた味が違うわ。>食べてみてください、皆さん。塩尻の手前でアルプスグリーンロードに入り、梓川沿いの道路へと右折したあとR147をほんの少し北に行ってから豊科インターに行くたんぼ道へ。快適に距離を稼いでいく。トラックが多そうだけど何だか急に懐かしさがこみ上げてきて長野市までのルートにR19を選んでみた。時間があれば大岡村に寄り道をしたいのだが…そんなことをしていたら東北へは辿り着けない。アップダウンのないなだらかで単調な国道を流れに乗って走った。長野市郊外のバイパスは走り易くなっていてびっくりした。この後、一気にR117まで抜けて行けてしまった。

  <R117>

  こんなに広くて快適な道じゃなかったような気がするが、新しく出来たんだろうか、道を広げたのだろうか。以前に走った時は、信濃川沿いの山と河川の境目をクネクネといつまで続く道で、新潟県の看板がとても待ち遠しい長い道だったように記憶するが。信濃川を横目にみて、まだまだ上流でありながらその水の豊かなことに感動し、河岸段丘のスケールの大きさに目を見張っていた。そんな新鮮なときめきで川沿いを下った昔を思い出しながら、やはりバイパス道路ができて、それを走っているのかも知れない…と勝手に納得しながら新潟県を目指した。野沢温泉ってこんなに遠かったっけ…。

  <新潟は雨があがって晴れ始めていた>

  栄村の道の駅で大休止をとった。夏休みだからか、高校生くらいの可愛らしい娘さんがとうもろこしを売っている。そばに居るのはお母さんか。親子でこういう仕事を体験できる事は羨ましい。お母さんが話す言葉にすこし訛りがあるが、娘さんはサラリとして言葉も田舎臭くない。時々、恥ずかしそうな大声で「とうもろこしはいかがですか」と呼んでいる。

  <津南の温泉>

  名前を忘れてしまったが、公共のクアハウスのようなところが国道沿いにあった。津南の真ん中あたりです。水着を着て入る施設かと思って尋ねたら、お風呂もあるということで、早速、500円を払って入った。なかなかイイお湯で、少しぬるくて長湯の人には嬉しい温さだ。幸い人も少なく、年間利用券を持っている地元のおじさんと二人だけだった。もともと二、三人程度しか入れない広さだから、混雑している時じゃなくてほんとうに幸運だった。お湯は、ヌルヌルですべすべのお肌になりそうな泉質。匂いもほとんどなく色もほぼ透明であった。得した気分で野営場を探し始めることができそう。

  <六日町YHのキャンプ場/無料>

  ここって、絶対に赤丸★チェックのキャンプ場だと思う。あまりメジャーにしたくない。雨が降っていたらYHに行けばいいのだし、お天気なら野営でいい。街まで下りてジャスコで買い出しをして夜を過ごす。少し時雨るが、朝には晴れ間が戻ってきていた。


   9日:六日町~村松町~R49~喜多方~米沢市~山形市

  <北へ走ろう>

  六十里越え(R252)を経て会津若松を目指そうとしたが、峠のトンネルが不通だという電光表示があった。やっぱし…と瞬間に思った。仕方なくR290を回ることも考え、守門SL温泉方面に回ってみるけど、こちらも守門村の峠のトンネル付近で土砂崩れ。近くのGSで訊ねたらバイクは可能と言われて来てみたけど、ブルドーザーに阻まれて(作業の邪魔をするわけにもいかないので)さらに迂回をする。村松町を通ってR49へと出た頃にはもうすでにお昼を過ぎていた。途中で一面のひまわりの畑を見つけた。やや気持ちが急いでいたのか、止まらなかったのを後悔する。喜多方でラーメンを食べること(実現すれば3度目)も考えていた、しかし、お腹が減り過ぎてヘトヘト。思わぬ迂回で精神的に疲れたのか。三川村の道の駅(まだ新潟県です)でラーメンを食べた。ああ、この時点で喜多方ラーメンはなくなった…けど、この道の駅のラーメン、結構、美味しかった。

  <喜多方郊外~大峠~米沢市へ>

  喜多方の街外れで眠くて眠くて仕方がなく、道端の公園のベンチで横になった。植え込みの間から顔に陽が差し込んで眩しくて暑い。しかし、そんなことなどかまっておれない。すぐに眠ってしまった。時計を持ち歩かない習慣の私であるので、横になった時刻をチェックしなかった。何分ほど眠ったかもまったく分からないけど、1時間ほど眠ったような気分である。実際に陽光はかなり傾いたように思う。さて、大峠を越えよう…。その前に峠の麓にある道の駅の案内所で東北の「道の駅ロードマップ」を頂く。申し出ないと貰えないが、そういうものが存在することは知っているので「東北全体が載っているマップをください」と言って頂いた。これが重宝なんですよ…とツーリング部屋でも何度も紹介してきた。もしもの時の野営地を道の駅にしようという考えもある。それぞれの道の駅の施設の規模や写真が一覧で掲載されてあるのが心強い。

  <上山温泉>

  駅前のタクシーの運転手さんに共同浴場を訊ねた。「下大湯」というところを紹介してくれた。下大湯が「湯舟も一番大きいから」いいでしょう、とタクシーの運転手さんは話す。実際に湯舟の中で年輩の人に尋ねると、他のお風呂は半分程度だそうである。話しかける人、皆さんが、訛りのあるアクセントで応じてくれるのがとても嬉しい。でも、正直を書くと、下大湯(しもおおゆ)と運転手さんが言ってくれた時、きちんと聞き取れず浴場の名前はその場に着いてみてなるほどと感心した次第である。さあ、お湯に入ろう。熱いともっぱら評判の上山温泉のお湯だ。髪を湯で流したいので洗髪料(全部で200円)も払って入る。自衛隊の車のナンバープレートくらいある白いプラスチック(アクリル系かな)の板を渡してくれる。洗髪料を払った人の目印で、板の先には蛇口のコックが縛り付けてある。これをお湯の蛇口と水の蛇口の交互に差し込んで調節する。洗髪料を払っていない人は蛇口を回せないのでお湯が使えない仕組みになっている。それにしても、この板切れはでっかい。(何だかとても恥ずかしい)泉質は含石膏食塩泉で、透明で少し匂いがするような気がした。建物もボロく、シャワーなどない。ほとんど銭湯の感覚のお湯だった。

  <山形YHへ>

  お風呂からあがったら、もう日が暮れかかっていた。夕飯を済ませてYHに入る予定なので、メシ屋の看板を探しながらゆっくり走り「ガスト」があったので寄った。全国標準化された食事はちょっと嫌な気がするものの、冷房の効いた部屋でゆっくりと地図を見てコーヒーを飲んでみるのもいいか。夜景は見降ろすものと思っていたが、なるほど蔵王の夜景は見上げると綺麗である。山の上に連なる光の帯を見ながらYHに向かった。山形市方向では大きな打ち上げ花火が上がっている。


  10日:山形市~尾花沢~山刃伐峠~鳴子~鬼首峠~小安温泉郷~稲庭うどんを食べて~田沢湖~乳頭温泉郷~田沢湖

  <さらに北へ>

  山形YHの食事は、ガイドブックの口上でも自慢しているように、手作りのジャムが数多くある。朝食は食べ放題のバイキングみたい。でも、冷たいコーヒーとかトマトジュースだけあればいいほうなので、もしも今度利用するなら素泊まりにするかな。10日の朝の時点では、どこまで走るかを決めていない。頭の中には栗駒山、小安峡、稲庭うどん、乳頭温泉郷などのキーワードがある。今年は涼しいぞ、と思いながら、ただ、ひたすら北を目指して快適なバイパス道路を走る。

  行くあてのないひとり旅。少しセンチな気持ち(理由は秘密)なんですが、頭も冷やしたいし、距離を走って自分を虐めてみたいような気もするし(私って変?)「さあ走るぞ~」というひとりごとばかりを繰り返している。

  ゆくあてのない道 夏に北へゆく   〔ねこ〕

  <山刃伐峠>

  二年ぶりに訪れた。何もない峠である。奥の細道のクライマックス…なんてふうに道案内には紹介されている。あれれ、このあたりを記述する部分は至って簡単で、とてもクライマックスとは思えなかったような記憶があるが。しかし、淡々と旅をしてきた芭焦が、ここを越える時はちょうど梅雨のさなかで、蒸し暑い日もあったかも知れない。東北地方は、ひとつひとつの山のスケールが大きいけれども、簡単にバイクで越えてしまえる私にはその時代の気持ちはわからないだろう。雑木林の中に古道の石段が残る。少し踏み込んで道草をして遊んでいる間も峠(旧道)には人影さえ上がってこない。松島や平泉よりも、ここに佇む方が何よりも芭焦に近づけるような気が私にはするのである。

   >>山刃伐を芭焦と越えた夏の夢  〔ねこ〕   (本にも載ったんだよ~ん)

  と、一昨年に詠んだ時とは、また少し気分が違う。蝉の声も耳にとまらないほど静けさだけを選別して味わっている自分がそこにあった。山々の遥か向こうに人里がある。

  <鬼首峠>

  三度目かな。新道路が開通して初めてである。工事中のところを見降ろしながら2年前には狭くて長い峠を越えたのを感慨深く思い出す。道を開発し自然を破壊することと、雪の深い冬でも人々が苦労なく往来ができ生活にゆとりが出ることとのジレンマを考えながら越えた峠である。ゲートが閉めてあり旧道への侵入は不可能だ。県境のトンネル付近で山の中腹を見上げると旧道の道筋が見える。落石防止のシェードや路肩崩壊予防のコンクリートの打ち込みなどが緑の木々の中へ二次曲線になって延びて、痛々しい。何度も落石や崩落を繰り返しながら、旧街道は人を通してきた歴史があるだろう。よくぞこんな道をつけましたと言わんばかりに、この断崖の各所に地肌が見える。やがて、その小さな傷跡も逞しく茂る木々にのまれて消え隠れていくのだろう。峠という言葉さえなくなってしまう日がいつか来るのかも知れない。

  <小安峡界隈>

  このあたりをベースにして、ゆっくりと秋田県や岩手県、宮城県を走りたいと願うが、今回も通り過ぎるだけとなってしまった。印象は、思ったよりも人も車も多かったことで、「とことん山キャンプ場」などは温泉もあるので、栗駒山やら川原毛地獄、泥湯を回るのには最適だろうな。また宿題を作ってしまった。

  <いよいよ稲庭うどんを食べる>

  地図を何げなしに眺めていて、「稲庭」の文字を発見した時は、声に出して驚いた。こりゃあ行かねばなるまい。日本三大うどん(讃岐、水沢、稲庭ってホントかな?)で、まだ食べていないのはここだけである。こだわりの虫が急に騒ぎだして私はここまで走ってきたのである。「佐藤養助商店」という看板が目についてバイクを止めたら、そこは製造行程の見学コースでうどんを喰わせてくれるところではなくいらしい。しかも、お姉さんの説明では、この有名うどん屋さんの食堂部門のうどん屋さんがそばにあるらしいが、この日は定休日で喰えないという…。ショッ~ク!。 でも、可愛いお姉さんが「草月」という店を教えてくれてそちらに急いだ。730円で稲庭うどんを食す。いやあ、遥か秋田まで来た甲斐があったよ。しょうがの効いたダシが旨い。スパゲッティー程の太さの麺もコリコリ・シコシコとして、感触を楽しむ人にはこの上ない味ではないだろうか。

  <鶴の湯(乳頭温泉郷)を目指す>

  うどんを食べている隣の席で地元の人がカレーとラーメンのセットを食べているという面白い店だった。その人にこれから田沢湖に行くのだと話したら農道があるから…と教えてくれた。それだけ知っていればあとは地図でそれらしい道を探して走るのが楽しい。話し掛けてくれる言葉がまったく聞き取れなかった交通巡視のポリさんの道案内を受けたりして、少し迷いながら二時間ほどで乳頭温泉郷下まで辿り着いた。この前は「黒湯」入ったので今回は鶴の湯を目指す。

  <鶴の湯>

  黒湯に来た時は雨が降りそうな天候だったということもあって、国道から上がってくる道の周辺の景色は前回にはまったく見えなかった。車も人も霧の中。人の影も少なかった。しかし今回はお天気は上々で、沿道の景色も想像とまったく違う。リゾート化されていて驚く。鶴の湯に向かう車も絶え間なく、ダートの土煙は鎮まることもない。まあ、当然ながら脱衣場にも人が溢れている。無色透明だと何かで読んだ記憶があったのだが、それは私の間違いで、白濁のお湯だった。露天風呂では、お尻の砂利の中からブクブクと泡と一緒にお湯が上がってくる。

  <田沢湖YH>

  国民宿舎と一緒になったYHである。風呂は同じで、建物が区別してある。何というか、今時、こんな風呂でこんな建物だったら、そりゃあ確かに当日に問い合わせても空き部屋があるわなあ…と思った。15年ほど前にも泊まっているが、駐車場が舗装されただけで、YHの寝室までのあの長い迷路のような廊下は変わっていない。天気が良ければ湖畔でキャンプ、雨ならYHというのが最善の策であろうか。


  11日:田沢湖~日本海沿岸に出て~上越市~妙高高原

  <麦切り、食べなかった!>

  田沢湖を出て、さてもう家に帰ろう…と急に思ったの。日本海沿岸をどんどこ走って行けるところまで行って泊まって、また走ろう、と思った。別に深い理由があったのではない。うどんを食べて温泉に入ったら、帰りたくなった。日本海で発生した低気圧の影響によるお天気も気になるし…。そういう訳で道草も喰わずに、一気に南下したら、麦切りを喰うのを忘れていました。宿題、またひとつ。

  <道の駅「にしめ」で、飛島から帰ってきた女性チャリダーと話す>

  帰り道には何の華やかさもなかったのだけど、この道の駅で言葉を交わした彼女たちは可愛らしい子だったな。「飛島」の海の綺麗なことを話してくれた。これから秋田まで帰るんだそうです。自転車は、かっこいいなあ、と言うと、バイクの方がかっこいいですぅ…なんて言ってたな。今日は秋田から長野までというと驚いていました。

  <ピースが多い>

  新潟方面に向かって走っているとバイクが多くピースをすると返ってくる。不思議な道だな。関越道で関東から一気に新潟まで来るからだろうか。確かにひとつのアプローチとしてこの国道を利用するのは正解で、車の流れも良く快適だった。鳥海山に寄り道をして、また南下を開始。

  <一気に妙高高原YHまで>

  3時過ぎにYHに電話を入れたらOKだった。行ってみて納得だった。お風呂は温泉で良好なのだが、部屋にある扇風機はコンセントを入れても回らない。同室の部屋の人がいじっていた結論ではヒューズが切れている…って。あれれ、扇風機にヒューズなんてあるのかい。機械その物が壊れているんと違うのかな。話を聞いて触っても直りそうになかったので諦めた。枕元の蛍光灯も管が入っていない。

  夕飯は頼まず素泊まりにしたせいか、ご主人の接客の愛相がめっちゃ悪い。これも同室の人の意見と一致している。おまけに、夕食を食べた人の評では、今までのYHで一番最低だった…なんて言う。

  <妙高高原のYHは温泉です>

  ここは旅館のYHで、お風呂は温泉。泉源がどうやら熱いらしく、水が出しっぱなしだった。少し黒っぽく汚れたような感じの色のお湯だが、ほぼ透明だった。赤倉には、無料の露天風呂があるそうで、同室の人は一足先に行ってきたそうです。これも、次回へ持ち越し。


  12日:妙高高原~長野市~松本市~中仙道経由~自宅

  <ついに雨に降られた>

  朝、雲行きが怪しいなと思ってYHを出たら、長野市に着くまでに土砂降りに見舞われた。車がライトを点灯しなくてはならないほどの暗くなって、寂しく怖いR19号だった。お盆の帰省が始まっているのだろうか、道の駅などの駐車エリアには乗用車が溢れている。まあ、その割には渋滞もなく、まったく予測通りに帰って来れた。帰り道のことで特に何かを書き留める事もない。

信州7月(1998年)

<はじめに>

7/18(土)19(日)20(月)と3連休だったので、信州に出かけておりました。信州は、晩秋とか春(GW)が多かったので、7月に行くのが珍しく、何か変わった物に出会えるかも知れません。車山では、ニッコウキスゲが見られるかも知れないぞ…という期待も大きく、日が昇り始める頃に家を出た。

乗鞍高原のシナノキンバイ、綺麗でした。黄色く小さい可憐な花。高山植物ってのは、控えめなところと忍耐強いところが同時にあって、何かを私に語り掛けているよう…なんてことを書き出すと長いツーレポになってしまうぅ~。塩田平の田沢温泉、のんびり出来ました。これは温泉リンクに書きました。芦安温泉系の「天恵泉」お肌すべすべよ。町営温泉センターでした。丸子のとろろ、美味しかったよ。車の渋滞も凄かったよ。まあ、そんなところがダイジェストかな。

<ルートは…>

18日(1日目):R19号、木曾路を北上して乗鞍高原、安雲野で野営

19日(2日目):青木峠を越えて塩田平(田沢温泉、別所温泉)を経て蓼科から原村を通って八ヶ岳鉢巻道路、南アルプス街道を走って芦安温泉、御勅使南公園野営

20日(3日目):静岡方面に走って、丸子のとろろ汁を食べて、伊勢湾フェリーで帰宅

<乗鞍・白骨>

境峠を越えて乗鞍へと向かった。お決まりのコースである。峠を越えると開発の手が少し入ったか、リゾート観光案内の看板や施設が目についた。奈川温泉には、綺麗な共同入浴施設が出来ていた。ここの温泉はぬるくて、注目しているのに、いつも乗鞍にいっき走りをしてしまって寄れない。今度こそ…と思いながら今回もスーパー林道へと入ってしまう。やはり秋かな…って少し残念気味で乗鞍スーパー林道を走り抜けた。乗鞍高原から夜泣峠を経て畳平まで県道を登る。ツーリング部屋でも話題になる登り坂である。随分と久しぶりで、10年以上行ってなかったんと違うかな、という感慨で山坂道へ。道が綺麗に舗装されて広くなって、おまけに車も多くなっていた。(ちょっと、がっかり)しかし、久しぶりに見る乗鞍岳の山岳道路なので、景色も適度に見ながら楽しく走れました。考えてみると最近は、こんな走り易いカーブではなく、もっとワイルドなカーブを好んで走っていたな。久しぶりで気持ちいい。白骨温泉に向かった。3度目かな。共同浴場は閉店時間が早いので要注意です。この日が今までで一番、人が多かった。恐らく日に日に増えているのだろう。バスがもうすぐに着くから…なんて言って管理人のおしさん達が閉店時間を延ばして頑張っていました。かなり前からの温泉ブームはここにも押し寄せている。旅館は2万ほどするらしいので温泉だけ入って帰る人が多い、という話が湯舟で交わされていた。有料林道を通らず沢渡(R158方面)に出る道は快適道路で、白骨からは総て下り。初めて走ってみたんですが、なかなか景色もいいよん。

<安雲野>

安雲野方面への国道(R158)は、私にとって記録更新の大渋滞で、去年の秋のトンネル開通直前の渋滞も長くて凄かったが、90%位はエイ・ヤーのモードで山を下りた。(でも考えてみれば、15年ほど前の旧道の頃はもっと凄かったよなあ。もうその旧道はトンネルの脇で新入禁止になってますが、あれを大型バスが行きかっていたんだから…)黒沢キャンプ場というところを、サラダ街道のりんご畑の中で発見した。丁度、小学生がキャンプをして、キャンキャンと賑やかであった。キャンプファイヤーでフォークソングを歌っている。子どもの頃を思い出して「僕はセンチに」なっていく。夜中に空を見上げたら、ほんとにミルクをこぼしたような天の川が横たわっている。白鳥座が真上に、何も知らない私でさえ間違いなくわかるようあった。久しぶりに満天の星を見上げたよ。

<青木峠から田沢温泉>

これまた久々に青木峠を走った。途中まで道幅が広がっているので、そのまま最後まで広いのを期待したが、甘かった。保福寺峠を越えることも考え悩みながら、昔のままの狭い青木峠を選択してしまった。田沢温泉へ着いて朝風呂を浴びた。共同浴場は、人影もまばらで、お湯はぬるくて長湯もできて独占状態だった。番台のおばちゃんともゆっくり話もできた。やっぱし鄙びた温泉はええよ。この温泉のファンは多いらしく、一度来たらやめられない温泉でもあるらしい。ぜひ皆さんも。YHもありました。この部屋ではほとんど話題にあがりませんですね。YH情報などもあったら、(別リンクで)あげてやってください>皆様

<蓼科から鉢巻道路>

連休の中日ということもあって車が多い。渋滞は嫌いだ。大門街道を南に向かって大門峠から昔のビーナスラインをずっと走ったのですが、(恐らく料金所付近から)蓼科のスズラン峠付近まで反対車線側の渋滞は続いていた。こんな状態の道を走ったらツーリング嫌いになってしまいますぜ。原村あたりにも温泉センターが幾つか出来ている。道は昔からのままだけど、車は増えてスピードも速くなっているように思う。鉢巻道路から適当なところでR20に下りる。やはりこの山の裾野は広いんだなあって実感。韮崎高校の女学生が自転車をこいで坂道を登っている。そういえば先輩も長坂町で韮崎高校だったなあ、元気かな、小荒間の実家に御世話になったことがあったな、なんてまたも思い出モード。

<芦安温泉>

厳密には芦安温泉ではないのですが、恐らく同じ泉質をした「天恵泉」という所に立ち寄った。町営の共同浴場で、人も多かった。木の湯舟でそれらしい雰囲気はあるが、演出っぽいところもある。(田沢温泉に軍配をあげるかな。)野営場所を探しながら夜叉神峠を少し上ってみた。一日の終わる頃に、野営場を探しながら上る峠じゃない。元気な時にゆっくりと早川渓谷の温泉を楽しみに行くという宿題にして引き返した。地図にも載っている「御勅使(みだい)公園」というところがありまして、ここの広場で野営。快適な公園でした。公にはお薦めしませんが、今度出かけたらまた使ってしまいそう…。

<丸子の麦とろろ汁>

最終日に静岡を回って食べてきました。美味しいね。安倍峠を越えて梅ヶ島温泉というのも考えたのですが、これもバイクの調子の関係で断念していた。とろろ汁は先日にもちょっとした用で寄ったので2度目です。皆さんもどうぞ。静岡市内をバイパスが出来てますね。いつ出来たのかな。ここは無料なのに、掛川のうほうは有料です。しかし、今回のツーリングでは静岡県西部のバイパスをケチらずに走りました。金かけりゃ、結構楽なR1でした。(伊豆も近いな。今まで度も断念したレポートばかり書いてきたもんね)

<後書き>

GSXも10年目に入りいよいよあきませんです。オーバーヒートして、回転がアイドリングから吹き上がらない状態になってしまいます。水温計は半分以下なのにね。R158の長いトンネルの中で、渋滞のバスや乗用車を一気に抜き、前から迫る観光バスを間一髪でかわして左車線に潜り込んだのはいいのですが、そこでダウン。渋滞の廃棄ガスを吸いながらエンジンが動くようになるのを待っていた時間にはもうアカンかなと思いました。ボアを削ったのが2万キロの頃で、もうすぐ6万になりますから、手術後の方が長いのか…と感慨無量。熱い夏に走れないようではツーリングバイクとしては諦めなくてはなりませんか。

今回はオーソドックスな道を走って来ました。もっと、冒険的な道を走ってみるのもいいのでしょうが、年齢が度胸を奪ってしまっている?のか、途中で動かなくなるバイクじゃ林道に突入するのが少し怖い。夕刻になるとキャンプ場を探しながら走ります。キャンプ場探しのツーリングじゃないんだからなと思いながら、結構、探すのに時間を取られます。

<花>

大待宵草が綺麗です。昔、ぶどう峠(や埼玉、山梨、群馬、長野の県境で)出会って以来、目に留まるようになりました。乗鞍でも咲いていたし、長野県では各所の道端で見かけました。黄色い可憐な花です。

ビワの木がちょうど袋を被っている時期です。大門街道で、側道の植え込み代わりに並んでいるビワの木に出会いました。誰が手入れをしてるんだろうか。都会の愚かな観光客がもぎ採って行くんだろうな。

ひまわりが咲いていました。私の家の庭にも近ごろは種を蒔かなくなりました。黄色い丸い花が幾つも風に吹かれて揺れていると夏を感じます。でも、信州はそれほど暑くなく、気持ちいい。

シナノキンバイ。乗鞍高原の雪渓を見上げながら、高山植物のそばに腰を掛けてぼんやり。2700メートルくらいかな。風がかなりひんやり。植物は他にも幾種類もあるけど、名前がわからない。勉強しなきゃ。

新緑三昧<奥飛騨・信州>

■新緑三昧<奥飛騨・信州>

98/06/11  18:07

<はじめに>梅雨入り宣言があったけど、毎年のような空梅雨を期待した。しかし、今年は雨の神様が元気なようで、いっこうに雨はやむことなく、5月下旬を過ぎて6月に入っても累積降水量は増え続けるばかりである。そんな折に宿の予約をする時の気持ちは天気に対する期待や何とも言えない不安、祈りが交錯する。走ることに胸を踊らせる以外に嫌な予感のことばかりを考えてしまうのは私だけであろうか。

奥飛騨温泉に入ろうというテーマが浮上したのが4月中旬で、そのことをさりげなく会議室に漏らしたように記憶する。気付いてくれた人同志で、あっと言う間に6月の最初の日・月ツーリングの計画となってしまった。 

▼泊まり:奥飛騨の「飛騨古川YH」

▼決行日:6月7~8日(土・日) 

▼集 合:現地集合ということで、誰か判らないけど、数名の人が集まるらしい。実際に宿でお目に掛かったのは(ハンドル名はご自身から戴くとして頭文字だけ紹介すると)Iさん(♂)、Tさん(♂)、Yさん(♀)、Mさん(♀)、それから私でした。

雨男、雨女もいないようで、週の前半に降った雨も上がり、土曜日、日曜日、月曜日とまずまずのお天気に恵まれた。GWも含めてそれ以降での出撃で75%という驚異的な雨具着用率(着用日数/延べ総日数)を50%ほどまで下げることができた。晴男、晴女がいたのかも知れない。>名乗って出る?

<コース>

現地集合なので、私は土曜日から出掛けて、安雲野をで少しゆっくりした後、松本市内で泊まり、あくる朝、安房峠旧道を越えて飛騨高山を散策して、飛騨古川YHに入った。月曜日には益田街道を高山より少し南下し、御岳山の北側を通る県道を通って開田村を経て、中仙道を通って松阪へと帰り着いた。

-- 7日、日曜日 ----

<安房峠・旧道>

路面は相変わらず悪い。特に長野側はカーブが急な箇所に限ってアスファルトが剥がれて乗りにくい。もうこれが改良されることはないのだろう。乗鞍スーパー林道や野麦峠、御岳山麓の県道の方が路面状態としてはよろしい。バイクが多い。車は新しくできたトンネルに行ってしまうのでしょうが、バイクの多くはやはりこの峠にロマンを馳せて上がってくるらしい。峠の茶屋には融糸?鉄線が張り巡らされていた。次から次へとやってくる日曜日のツアラーさんたちは、廃屋になりかけたこの小屋の前で記念写真を撮ってから来た道と反対に下りていく。そうそう、中の湯が新しくなって、峠旧道の中腹に移転しておりました。

<高山市内>

高山ラーメンを食べて、市内に入った。陣屋の前にバイクを置いて、昔ながらの街並みを散策した。路地裏通りまでゆっくりと歩き回ったのは初めてのことで、みたらしだんごを食べたり、お香のお店を覗いたり。なかなかミーハーな面もあるんですよ、私。桜並木の下を歩いている時、まだ少し青いさくらんぼの実を手の届く高さの枝で発見した。すかさず採って口に入れたら、渋かった。鳥さんの食物を取ってごめんなさい。

<飛騨古川YH>

少し早く着いたので、近くにある「桃源郷温泉」とやらに出かけた。最近ではどこでも見かける温泉施設で、町営らしい。泉質がいいです。弱アルカリ泉でお肌に優しい。600円。ワインを買ってYHに入ったのだが、持ち込み禁止だった。許可を得たけど、ペアレントさんは幾分、不満そうな雰囲気だった。もともとこういう人なのかな。

-- 8日、月曜日 ----

月曜日とあってバイクは少ないか…と思ったんですが、以外とR19などでもたくさん出逢いました。皆さん、似た者同志が多いのかな。さて、月曜日のレポート、行ってみよう。

<御岳山周回>

小坂町からほぼまっすぐ東に進む県道をゆっくりと辿る。鈴蘭峠の手前から濁河温泉の標識に向かって暫く走ると「大平御嶽展望台」の着く。その手前あたりから視界が開けている。濁河川が流れるこの大きな谷の向こうに、御岳の大山塊が幾つもの峰を天に突き出して堂々としているのを見ることができる。すそ野には、新緑の大原生林が広がる。耳を澄ますと自然の営みの鼓動のような響きと、それを彩る鳥のさえずりが心地よく響く。

濁河温泉には時間の都合で寄れなかった。展望台でのんびりし過ぎたかという反省もある。濁河峠を越えて、柳蘭峠?(私の地図には名前がない)から日和田高原に下りて開田村を経て木曾福島へ。日和田高原では、開発の嵐、魔の手が延びてリゾート開発と道路拡張工事中が進んでいる。痛々しい風景の中を、工事の為にズタズタにされたダートを走った。人間なら血が吹き出しているような傷を地球につけている上を走るのは、悲しい。

▼私以外の皆さんが、どちらを通って何処へ行かれたのかは、

▼皆さんのコメントかレポートにお任せしましょう。

御嶽山・ぐるっと回って5百キロ

99/10/18  22:31

10月16日土曜日。

学校にゆく子どもを7時半に送り出し、アルバイトにゆくお母さんをそのすぐ後に見送って、私もバイクに跨った。雨があがって晴れ間がのぞいている。小学生が登校する姿をあちらこちらで見ながら、いってらっしゃいとヘルメットの中で呟く。うちの娘が学校に行く(登校する通学路の)姿ってぇのは6年間で1度も見たことがない。1度でも見たいな、写真にランドセルの姿を撮りたいな、などと思いながらインターへ。今日は泊まりじゃないので宿代の分だけ高速利用が出来る。ハイウェイカードを3千円分だけ買おう。

松阪インターをあがると伊勢湾が見渡せる。この景色は全国各地を回ってきて、その中でも好きな景色だ。特に日の出前と夜景は素晴らしい。燈台もと暮らしの人にぜひ見せて上げたい。

2時間も走れば名古屋の北側に出られるのでここからはR19号を走ってのんびりと北上する。何度も走って慣れた道だけど、だんだん寒くなって来るのを感じながら、ひと夏を過ごして寒さを忘れた自分を嘆く。

地元のミニコミ誌のMさんから何か書いてくれますかとメールを頂き浮かれている。中山道を走ってみようか。何かいいネタでもあるかも知れないし。でも邪心はアカンぞ。

出かけ前に家内と娘が栗きんとんを買ってきて欲しいと言っていたので、早速、中津川の「すや」さん寄って買った。190円なんだけど、小さいんだよな。確かに美味しいのだけど、甘味にそれほど高額を払うつもりもないのでバラで6個買ってBOXに放り込んだ。

馬篭宿に向かっていつものコースを走る。「これより北木曽路」の碑を越えて、十曲峠、芭焦の句碑、正岡子規の句碑、島崎藤村の句碑で立ち止まりながら石畳の道の下に出た。ここでは止まらず今日はこの石畳の街道の坂の上の駐車場に行ってみることにした。

街道の坂に熟れ柿灯を点す(かいどうのさかにうれがきひをともす)誓子

馬篭本陣資料館のそばに山口誓子の句があった。その碑の横、石畳の坂道の脇を山の上から水が勢いよく流れ落ちてくる。しぶきが飛び散る。秋だというのに枯れることもない。

この句を目にしてから柿が目について仕方がない。中山道を北に向かって、御嶽山を周回するために開田村の中に差し掛かった。ここでも柿がたわわに実っている。子どもの頃、よく柿の木に登ってかじったなあ。

紅葉が遅いのに気が付き始めたのは、御嶽山の北斜面に出てからである。というか、もうすぐ赤くなるのだろうと思っていたら結構な高度に来ていた。標高が低いからだろうと安心していたら、そうでもなさそうで、色づき具合が少し変である。寒さも一段と増してきた。道路の温度計が10℃を切った。やはり、紅葉が遅いと思って良さそうだ。

まだ不安定な気団が上空にあるのだろう、御嶽山北面の、ちょうど柳蘭峠のあたりは霧が流れて神秘的だった。しかし、走っている私はそんな優雅なものではなく、寒さで顎がケイレンしそうだった。昔もここで霧に遭ったなあ。でも、あの時はこの道は1級のダートだった…。素晴らしい道に変わってしまった。有料にしてもいいくらい。

バイクにはまったく会わないまま、御嶽山パノラマラインを走り抜けた。

(あとがき)先週、メグロさんに行ったついでに空気圧を見てもらったらやたらと低いことが判明した。定圧よりやや高めにしてもらって乗り回してみると、何と新車の時の感じ。ステップ・スリスリ。こんな調子で周回道路を楽しく走らせていただいた。

(はみ出し)10月下旬に行く人がありましたら、紅葉には期待できますが、冠雪も期待できますぞ。セーターを1枚でも2枚でも好きなだけお持ちになりぜひともお越しください。車で手軽に行くなら、駒ヶ根に行ってロープウェイってのもいいですね。家族サービス向け。2996メートルのからのパノラマを昔に味わったことがありますが、こればかりは行ってもらわねば…。関ヶ原から奥琵琶湖、鯖街道へ

99/10/30  21:42

10月30日、土曜日、快晴

久しぶりに?450キロほどを9時間ほどで走ってき←アレ?先週は?ました。鞍掛峠工事中で断念し、立ち直って関ヶ原の古戦場に立ち寄る。いや、石田三成の陣地跡に寄ったが正しい。

数々の不運がなければ…時代は違ったと思う。

徳川でなく石田の方が知性に優れ才覚もあったのだから、と思う人も幾らかはいるでしょう。私もその一人です。しかし、その前に私は、秀吉ではなく光秀の方にやはり知性があり才覚があったと思っているので、1600年はまた違った形で迎えていることになるが…。

今年は400年記念で関ヶ原が騒がしい。史跡の周りの駐車場などの工事が進んでいた。

伊吹山は、くっきりと見えた。スキー場の方から見上げると登山道路がジグザグに伸びていく。昔、登ったなあー。新婚時代…。

湖西の比良山は霞んで見えない。湖北に近づくと風が強くなって幾分、冷たく感じる。11月になってから来ると、只事では済まないほど寒い。おそらく琵琶湖のところでちょうど地形が窪んでいるので、北からの寒風がここを通るのだろう。

奥琵琶湖パークウェイも、GWや夏のようには人の姿などない。遠藤周作さんがこよなく愛したという素晴らしい景色の「菅浦」を通って、一路、鯖街道に急いだ。

今日の本当の目的は、朽木村で鯖寿司を買うことにあった。朽木村から京都への峠を「途中峠」という。私が去年のGWに朽木村を走ったときはひとりではなくしかも京都から湖北へと向かっています。しかし、今日はその記憶を払拭するように湖北から途中に向かって走ります。去年のレポートはこう書いています。(文章以外で修正あり)

<朽木村へ>

織田信長のおもしろさは桶狭間の奇襲や長篠の戦だけではなく、1570年の浅井氏を攻めて失敗し、この朽木街道を必死で退却したことであろうか、と司馬遼太郎さんは「街道をゆく1」で書いていたのを思い出している。だから、何の変哲もない花折峠がとてつもなく素晴らしく思える。この時代(戦国)の歴史(または歴史小説)をかじり、その世界にハマっていった人も多い事かと想像する。明智光秀は悪人扱いをされるが、いろいろ読みあさると、素人の私などにはこの上なく魅力の溢れた才人であった事などもわかる。にわかにかじった知識をダシに、こういう峠を越えるところが楽しい。年々、道路工事が施されこの峠道も広く改造され、車も増え、確かに地元民には便利になってゆくのかも知れないが、確実に自然を破壊している。谷の奥深くをえぐり入るように安曇川を下った街道も、現在ではトンネルが幾つも開通して、直線的になり、行き交う車を悩ませた狭路もほとんど無くなってきた。国家によっては、土木工事に重きを置かない国もあるだろう。昔のままを残し、不便でありながらも、生きていく中での文化を大事にしている精神を学びたいと思うが。しかし、こういうことって学ぶ事なのか。家に帰ってからあの時のレポートを読んでいます。これじゃー誰もツーレポとして読んでくれないね。

(あとがき)

寒かったです。

道路の温度計で一番低かったのが14℃。私は寒がりですから、デニムのジャケットにトレーナー&冬物上着で挑みました。お腹のあたりに風がスースー。

鯖寿司は旨かったです。朽木村の「梅竹」です。もしもお越しの方があるなら詳しく教えますよ。時間があったら京都のお寺も廻りたかったが、それはやはり無理ですな。また、今度。

11月の末から12月初旬に湯豆腐を食べに行きます。←計画では!行ける人を誘いたいのですが、いますか?>銀のマドラーにでも書いて正式募集をしようかな…。

激走2420キロ <東北>

  99/08/1507:58

  1999年夏・東北、激走2420Km  

  期間 : 8月7日~8月12日 

  場所 : 信州経由、南・東北区域 

  テーマ : 激走・2500Km

  サブテーマ : 心の旅99


  8/7: 木曾路~安雲野~鬼無里~戸隠~信濃川沿~長岡市~三条市~新発田市内・松浦小学校

  8/8: 新発田~荒川温泉郷(湯沢温泉)~蕨峠~(スーパー林道不通)~温海町~鶴岡市~最上川沿~鳴子温泉~鬼首温泉(吹上キャンプ場)

  8/9:鬼首温泉~栗駒温泉(湯の倉温泉)~大湯温泉~小安峡~稲庭うどん(食)~須川温泉~文字村~花山湖~鬼首温泉

  8/10:鬼首温泉~徳良湖~関山峠~蔵王~上山市~金山峠~板谷峠~姥湯温泉~霊山町(みさとYH)

  8/11:みさとYH~福島市~土湯峠~猪苗代湖(東岸)~勢至堂峠~鳳坂峠~湯野上温泉~駒止トンネル~只見~六十里越え~小出~六日町~十日町~野尻湖~戸隠~鬼無里~松本(浅間温泉YH)

  8/12:浅間温泉YH~中仙道~岐阜羽島~自宅へ


  ・初日 …約600キロ。小学生のキャンプに混ぜてもらう(松浦小、校庭にて)

  ・2日目…約400キロ。エリザベスにバッタリ逢う(吹上キャンプ場にて)

  ・3日目…栗駒温泉。徒歩20分の山道歩行、努力で湯の倉温泉へ。帰りも当然汗だく。栗駒高原をのんびり走り、再び吹上キャンプ場。

  ・4日目…蔵王は霧の中、涼しいよー。やはり、メインは姥湯温泉でした。

  ・5日目…一気に帰るつもりで走り出すが…、信州で断念。鬼無里で激・雷雨。

  ・6日目…雨の中仙道。後に晴。お盆帰省ラッシュ始まる。

  全走行距離…2420キロ


  さて、そろそろ、書き始めます。せっかちな私は、旅から帰ったらすぐに日記を書くのですが、今回はのんびりと書いてみようかと思い始めています。ただし、忘れてしまわないうちに…。


  ■激走・はじめに<東北>99/08/1520:56

  <はじめに>

  やっぱし「はじめに」で薀畜を書かねば、旅の日記として気合いが乗ってこない。どうして旅に出るのだろう、何故に東北なんだろうって自問自答しながら荷造りをする私の心の一部を、ほんの少し、書きとどめて置こう。

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  >>♪愛に終わりがあって

  >>心の旅が始まる…

  チューリップが「心の旅」という歌をヒットさせた時に、この歌が意味するところを私は何も知らなかった。それでも子供心でそれなりに解釈して口づさんでいたんです。今回の旅を始める朝、まだ私の唇にこの歌は甦っていませんでした。しかし、暑さのために吹き出て流れる汗が目に滲みるのを拭いながら走るにつれ、甦る数々の悲哀と共に自然に私は歌っていました。同じフレーズばかり繰り返す私が可哀想だったよ。自分でも薄々感じているのだけど認めたくない自分の本当の姿ってのがあります。それをごまかすためなのだろうか、思い切り走ってみようと考えた。行き先はどこでも良かったのかもしれない。しかし、愛しい人たちを思い出すと何故か私は東北に向かうんだな。

  激走・2500キロ

  何だかワクワクするテーマでしょ。若さが戻ってきたみたいで、がむしゃらに駆けてみようか…いうような高ぶり。砂浜を駆けて大声で叫ぶような熱さが自分に残っているのかどうかを私は確かめてみたかった。いつもならば慌てて荷物をまとめて、思い立ったように旅に出るのですが、今回は事前にゆっくりと少しづつ荷物をRVボックスに詰め、実際に何度もバイクに積載して固定する実験を経てからの出発となった。RVボックスのオリジナルトップケースは、部材費用が千円余りという破格の安さで完全防水を実現し収納性の向上(従来比150%)、脱着時間も30秒以内に短縮し、かなり理想に近づいたものを得られた。さらに、テントを設営してからテーブルにもなることも想定でき、利便性でも向上を図れたと確信をしている。さて、それを確認するためにも今年は思い切り野営をしようぜ…と決意しながらの出発となった。

  どこまで行けるのだろうか。十和田湖&八甲田まで行きたいなあ。


  ■激走・初日<東北>  
  99/08/1520:57

  <出発>

  何日も前から天気が安定しない日が続いている。東北地方は晴天続きであるが関西方面は台風や熱低の影響ですっきりしない。特に、県南部の方は降水確率が下がらない。6日から休みが始まって、1日余裕を持って準備をし体調を整えた。休み前には遅くまで仕事をするに決まっているから、その夜に寝て早朝に出るのは身体に無理が掛かるようになってきたのを感じる。

  蒸し暑いので網戸にしてカーテンも開け放った窓から寝転がったまま空模様を気にしていた。夜半に目が醒めるたびに雨音にも気を配った。予報では次第に晴れ間が来るというが、それは三重県の北部の方の話で、境目に近い松阪市では悪いめに思っておいたほうが無難だ。空模様ばかりを気にしていても仕方ないので6時過ぎに起きて着替えをして荷物をバイクに積んだ。

  8月7日。6時半を少し回った頃に家を出た。名古屋から北方面の天気は晴であるから、雨が小降りであるが出発することにした。10分ほど走ったあと、津市郊外で土砂降りに見舞われた。でも、余裕だ。もう少し走れば晴れ間が来ることがわかっている。どうぞ、幾らでも降ってください…なんて独り言をいう余裕があった。Gパンもべたべたになるまで浸水したけど、四日市あたりになって出てきた熱い日差しが自然乾燥を手伝ってくれた。

  <さて、新潟方面へ>

  このレポートを書き始めた今、kenkenさんがFBIKEに三河、駿河の山奥の林道レポートを書いてらっしゃいます。奥三河から南信濃、大井川上流から身延に抜ける赤石雨畑林道を走ったレポートです。これを読んで、やっぱしこっちを行きたかったなー。この林道を越えて三河地方から甲府盆地に抜けて、甲州から上州に山越えを楽しんで、群馬県から栃木県を経て福島県へと行くルートは魅力的だったから。しかし、実際には…木曾路を抜けて、安雲野のアルプス街道を走って、鬼無里~戸隠と遠回りをして、千曲川沿いを下って午後、新潟県に入るというルートを選んだ。これには理由があって、出発に少し前にFBIKEのツーリング部屋で松本から長野へのルートのバリエーション紹介で大町から長野へのオリンピック道路を紹介していた人があったからで、R19の単調さを避けるために少しその案を拝借した。

  オリンピック道路から鬼無里を通って野尻湖畔に出てR117に出た。道にも迷わないし、大きな渋滞や通行規制にも出くわさないという安心ルートだが、何度も通っているだけに面白みにやや欠けるようになってきた。だから、千曲川沿いを下る時の道路標識に「野沢温泉」の案内が出ているのを見ながら、帰りにはこっちを回って行こう、奥志賀林道を越えて尻焼温泉にでも寄りたいなあ~と考えていた。

  <思い出の多い信州…>

  木曾路、安雲野、津南など、去年の春から夏に思い出を幾つも残してきた場所を通るのは非常に辛いものがあった。そのうち癒えると思うが、まだまだ爪痕は深い。やはり、とことんひとりで走って、時期を待つしかないのだろう。こればかりは人に話しても哀れな話としか思われないし、肝心の本人はトンズラして、今や事の真相さえ闇の中のまま…。

  <道程・あれこれ>

  安雲野のアルプス街道のセブンイレブンで昼食を取った。こんぶのおにぎりとコーヒー牛乳だ。面白い組み合わせだけど、コーヒーが飲みたいし、牛乳のような栄養も必要だろうし、お米も食べたいとなるとこんな組み合わせになる。210円。車止めに腰掛けて食べていたら近所のおじさんが声を掛けてくる。息子が1000CCを越えるでっかいバイクを買って、今朝、関西方面に出かけて行ったという。息子さんと私の姿を重ね合わせているのか。

  R117へ出る前に少し野尻湖の周辺で迷ったが、雑木林の向こうに綺麗で青いいかにも神秘的な湖が見えたので、また来たいなあって思いながら走った。(実際に帰りに寄ってしまった。)

  <テント設営場所を探す>

   このころエリザベスは…R117がバイパス化され道幅を広げて快適道路になっているので、渋滞もなく新潟県に入れる。しかし、十日町あたりは古い町並みが残っており信号も増えてきて思うように先に進めない。

  五頭まで行きたいとパティオに書いたのでエリザベスさんは行くのだろうな。待ち合わせの打ち合わせをした訳でもないので、無理に行く必要もないのだが、明日以降を考えるとどうしても五頭付近までは行きたい。しかし、日が暮れる頃になってもまだ三条市に行けない。GSで給油の際に道路を訊ねたら早そうな道を教えてくだすったので、五頭には迷わずに行けた。ちょうどこのあたりは関東TMとの境目でわかりにくい。

  五泉市を通り抜ける頃にはすっかり夜のとばりが降りて、R290号線の沿道には明かりが無い。もう五頭を通り過ぎてしまったのか。まだなのか…。いったいどんな景色なんだろうか…。自販機の明かりがあったので停止した際に酒屋の主人が酒を補充していた。キャンプ場を訊ねると「憩いの森」というのがあるという。行ったら1200円だと宿泊者が言うのでやめて先へ進むことにする。バイクもサイト横まで持ち込めそうにない。8時を回っている。

  <エリザベスは憩いの森にいたのだが…>

  あとで巡り会った彼女が言うには、憩いの森の駐車場にバイクを止めて様子を探っている人がいたのに気づいたと言う。これがドラマならなんと悔しいニアミスじゃないか。宮本武蔵がお通になかなか巡り逢えないのを連想した。彼女は明るいうちに着いたので管理人さんに許可をもらってバイクをサイトの横まで入れる許可を得たという。

  しかし、何も知らない私はエリザベスがテントを張っている所を諦めて新発田市の方へと進んだ。コンビニがあったのでとりあえず休憩して、店主らしい奥さんにキャンプ場を訊ねたら(先ほど最悪の場合…と頭にインプットした)小学校で6年生がキャンプをしているよ、と教えてくださった。早速、学校に行って先生と保護者の皆さんにお願いして児童の皆さんと同じ校庭にテントを張らせてもらう許可を得た。すでに高速をほとんど使わず600キロを走っていたので、疲れは限界だった。時刻も8時半を回っている。許可を得てからコンビニに戻って酒を買い出し校庭にテントを張った。みんなが張っているところから最も離れた教室の脇に張った。風が強くテントが風に飛ばされてしまいながらも何とか校舎の陰に張れた。しばらくすると、肝試しの叫び声があがった。ひとしきり続く中でその懐かしい歓声を肴に地図を眺めた。保護者の方がビールを1本、差し入れてくださった。魚沼のコシヒカリのカレーはいかがですか?とも声を掛けてくださったが、残念ながら戴けるほど身体に元気が残っていない。横になれるだけで幸せだった。


  ■激走2420キロ <東北>  
  99/08/1721:40

  <松浦小学校>

  夜どおし風が強く星が綺麗に見えた。雨や夕立の心配はなく、安心して眠れる。ただ、5時前に目を覚ました子供たちがシーソーやブランコで遊び始め、その遊戯施設のそばにテントがあったのでギーキーという音と話声で目が醒めてからはうたた寝状態だった。贅沢も言えないしな。6年生って女同志でいる時にどんな話をするのかも興味があった…。

  方角を気にせずに設営したので、朝日が山陰から顔を出すと汗が一気に吹き出した。担任の先生や保護者の皆さんに御礼を言って学校を出たのが7時頃だったか。新発田市内を通り過ぎる時に大きな公園があったのでシマッタ!と思ったが、昨晩の疲労ではここを見つけるのは無理だろう。緑の広場もあって、こちらでも良かったなー、今度はこっちにしようかな、などと思うのが精一杯だなーと考えながら爽やかな朝の街を走り抜ける。

  <胎内温泉>

  道の駅があったので手洗いを済ませた。そばに大きな観音様がある。その後、少し離れた温泉街の様子を見て荒川温泉郷のほうに向かった。キャンプ場もあるとTMに書いてあるが気が付かなかった。

  <湯沢温泉(荒川温泉郷)>

  道の駅の温泉施設で蒔き水をしていた人に村営公共浴場があると教えてもらい、湯沢温泉に向かった。150円。まず最初は高瀬温泉に行き、浴場を訊ねた旅館の女将さんが「うちでも結構ですよ」と言ってくれたが、旅館なので600円と少し高いめ。「安いところはないですか」と訊ねたら湯沢温泉の村営浴場を教えてくださった。

  いいお湯である。こういう温泉が私は好きです。無色透明で、湯の花が少し浮いている。私が浸かるとザーっと溢れてしまうが1分ほどでまた並々に湯が溜まる。蛇口から湯が出ないので、浴槽の上の部分に流れ込んでいる湯を洗面器ですくってかぶる。建物は先頃に新築したらしいが、決して新しさを見せびらかすことをしない。先客がひとりあって、のんびりと話をしながら湯に浸かる。湯上がりは、建物の駐車場の一角の木陰で過ごした。

  その後、今日の大きな目的の蕨峠~朝日スーパー林道へと向かう。

  <蕨峠>

  蕨峠を越える手前で道に迷ってしまった。峠に行く道は左折で標識もあったが、直進の方がいかにも本線のようなラインが引いてあった。騙された気分だ。ダートだという情報を持っていたのでまったく疑わなかった。道が完全になくなって河原になってしまって初めて気がついた次第。KLEに変えてからこのように、ミスに気が付くのが遅くなってしまっうことがものすごく増えた。理由は簡単で、どんな道でも入っていくことが可能なのでひょっとしてミスかなと思わないから。行き止りまで行って初めて気が付く。

  引き返して蕨峠に再挑戦だ。しかし、今になって思い出してもあまり特徴のない峠で、むしろ先に迷ったダートの方が記憶に残る。峠は特別に景色が良かったわけでもなく、印象が薄いのはこれから向かう朝日スーパー林道の方に胸を膨らませていたからかも知れない。

  奥三面ダムの工事をしていて、ぐるぐると周りながら曲がりくねった道を走る。まだ昼前だったが結構な暑さで、それが身体に堪えて、ダム本体を越えるあたりにある清水で喉を潤した。あまり冷たくなかったけど、何だかたくさん飲みたくて日陰で休憩しながら何度か飲んでから出発した。

  冷たい水を求めて「湧水はないかなー」というのが口癖になったのは、このあたりからかも知れない。

  <朝日スーパー林道・通行止め>

  右に曲がるとスーパー林道、左に行くと朝日村から国道へといく。その分岐点で(右側が)「通行止め」の文字が目に入ったので左折した。その時は通行止めがスーパー林道だとは知らずに曲がったので、私はミスコースをしたことになり、それに気がつき引き返した。そこでまたさっきの通行止めの標識を見て、あらら林道を抜ける事はできないのだと知った。そういえば、誰かがどこかのパティオか会議室に書いていたのを思い出した。

  <この頃、エリザベスは…>林道の通行止めゲートが無い事を期待して新潟県側からVFRでダートを攻めていたという。エリザベスはきっと蔵王に行ってしまっているだろうから、もう逢えないなあと私は思っていた。

  <暑さの為に倒れそうになる>

  「道の駅あつみ」というのが鶴岡市に出る手前にあります。灼熱の日本海沿岸を走るとこのあたりに道の駅があると本当にオアシスに見えてくる。トップボックスだけしか着けていないせいか、重心が高くなってショックアブソーバーが沈んでしまい、バイクから(右側に)降りた時に一緒に倒れてきて驚いた!。ここでウインカーでも割れたら旅が台無しだと思って必死で支えた。おかげで筋肉痛になりました。

  <さて今日はどこまで…>

  そう思いながら羽黒山の麓を通り最上川沿いに出た。頭の中には北に行って、明日は田沢湖から十和田湖へと思っているのだが、暑くて暑くてついに戸沢村にあった道の駅に飛び込んで大休止をとる。

  頭の中を肘折温泉などが交錯するが、未知の場所(キャンプ場)に行く勇気も出ない。牧場のキャンプ場もあって行ってみたい気もするが、戻ってくる気力がもうなかった。冷たいものを食べても食べても身体が冷えない。絶対に生水と氷、アイスクリームには絶対に手を出さないのが鉄則だが、道の駅でかき氷と缶ジュースを身体に流し込んだ。

  夕方になってやや涼しくなってから鳴子温泉の方に向かいながら、何とかなるだろう…と思いながら、不安が幾らかある。

  <吹上高原キャンプ場>

  鳴子温泉を過ぎるときに、川沿いの公園でテントが張れそうだなと思う。しかし、昔のように野暮な事をしなくなってしまった。結局、最悪の場合の避難場所に…と思いこの先の鬼首に向かう。吹上高原のキャンプ場を誰かがいいよと言っていたか、逆にダメよと言っていたのか…。とにかく希望を持って行ってみる。

  料金を訊ねたらゴミ処理費用を入れて650円という。綺麗な芝生の広場でこれはラッキーな所だ。お金を払って芝生の中に入りさてテントを…と思ってふと前を見たら何とそこにはエリザベスの姿があったから驚きである。彼女はのんべえで、駆けつけに自分用に買ったビールを振る舞ってくれた。

  心のなかにサバイバルとか走りとの闘いとかいう言葉があったが、そんなものよどこ吹く風か…という感じで人間的な気分に浸かり始める。


  ■激走・栗駒付近<東北>  
  99/08/2013:18

  8月9日。

  お天気もよく、エリザベスと一緒に北に向かう事にしました。「ゆっくり走ろう、のんびり温泉に入ろう」というのが合言葉になりました。朝露も付かない気持ちのいい朝でした。そうそう、もずしんさんの東北レポートから推測するに、もしも私が、この日、最初の予定通りに八幡平を越えていたら、ニアミスだったのではないかと思います。

  <吹上高原キャンプ場>

  私のお薦めキャンプ場です。これから東北を目指す人はチェックしておいてね。そういう訳でまた今度東北に行くならこのキャンプ場に2~3泊しなければもったいないようなところ。帰り道で確認のために寄った徳良湖も一緒にして、絶好のキャンプ施設であることを皆さんにお伝えしたい。歩いて1分のクアハウス・温泉(¥530)もあり、すっきりできる。(徳良湖のことは後で触れるつもりです。)隣で設営していたエリザベスさんは凄いたくさんの荷物で、私の倍ほど持ってる。しかし下着は3日分で、必要に迫られなければ汚ねぇー格好も平気?らしい。その点私は5日分持ってる。しかし、実際には着替えてないから彼女とさほど変わらないほど汚い。お盆あけまでかかって北海道も回ってくる計画だそうで、彼女にとっての東北はウォーミングアップみたいなものだな。その彼女の荷物の中にドリッパーがあって、朝から美味しいコーヒーをご馳走してくれた。旨いと言ってはしゃぐように喜ばなかったので、入れてくださった人に感謝が無いみたいですけど、凄く美味しかったよ。(この文をエリザベスは多分、読まないような気がするが…)

  このようにコーヒーなどを飲んで朝にゆっくりするなどということは私がソロの場合にはまず無い。日の出前にはテントを畳みたいと思っている人って多いんじゃないかな。朝って出発しないと落ち着かなくって…。

  カワサキのGTR?に乗った栃木だったか群馬の人と近くになって何度か会釈を交わした。連泊することになりこの日の夕方、彼から聞いた話では、ねぶたを見てゆっくり東北を下ってきたそうである。みんないい旅をしてますわ。彼の朝はのんびりしていて、何だか、朝食を調理していたみたい。

  <まず栗駒方面へ>

  吹上高原から北東の方に向かって走って栗駒温泉郷に向かう。数キロほどのダートが残っている。フラットなのでVFRでも速い速い。いや、彼女自身が速いのか。私はゆっくり走るので申し訳なくて先に行かせたら追い付けないよーって感じ。国見峠を越えて花山湖畔に出て湯の倉温泉方面を目指す。

  <温湯と湯の倉温泉>

  温湯は一軒宿で佐藤旅館というところがあるだけです。こちらでも温泉に入れる。しかしもっと秘湯に行きたいもんなあ。

  湯の倉温泉は確かに秘湯である。自動車が通れるガタボコ道から徒歩に変わってひとつの小さな山を20分ほどかけて越えて行かねばならない。旅館の荷物運搬用にキャタピラーの運搬車が通るだけで、バイクならば走れそうだが許可をしてくれないだろう。Tシャツが絞れるほど汗をかいて温泉に辿り着いた。

  お湯は、びっくりするモノでもない。河原の風呂は混浴なのでエリザベスは内湯に入っていた。河原の露天風呂には虻(あぶ)がたくさんいて長く浸かってられない。料金を払う前におばちゃんが「虻がいるよ」と教えてくれたが、一生懸命に歩いてきたんだから入るしかなかった。タオルをバイクに忘れたけど、おばちゃんは快く貸してくれるというし。入浴料金は500円。この時に虻に刺された箇所が幾つもあって、今だに赤く腫れてカサブタのところもある。

  当然、帰路も汗だくになって歩いた。これでもかというくらいゆっくり歩くが、靴擦れをして指が痛い。大きなカエルや蛇にも出会いながらの山道散歩でした。Tシャツを脱いで絞って、木陰で休憩をしてから出発となった。秘湯感では乳頭温泉郷よりかなり山奥にきた感じがする。

  <小安渓の大湯温泉>

  花山峠を越えて大湯温泉でバイクを止めた。こちらも河原の露天風呂だ。雨降りが少なくて7月末からずっと降っていないから、河原の湯が熱いらしい。本来ならもう少し温いお湯だったのかも知れない。女将さんは早く雨が欲しいと嘆き気味だが、バイク人はそうあっても困るし…。

  女湯の露天風呂が簾越しに丸見えなので、エリザベスにそのことを教えてしばらく湯に浸かって出た。湯の倉温泉と同様、虻が飛んでいるが、湯に入っておれないほどではない。湯上がりのかき氷が旨かった。でもその後にどこかで売っていた氷より100円高くて250円だったので、後で少しショック。昨日、水やらジュースやら氷などを食べ過ぎてややお腹が緩くなっているので慎重にならねばならないのだが、暑いとついつい手が伸びてしまう。(この日は3度トイレに入ったなあ~。)

  <稲庭うどん>

  もしもエリザベスがいなかったら、この快適な栗駒の山岳道路を楽しんでからもう少し北に向っただろう。やはり青森に行きたい気持ちが昨晩まではあったので今夜あたりは八幡平に行っていたかも知れない。しかし、人と走るとペースは格段に落ちて、ゆっくり食事をしたり湯に浸かったり・・・となる。それはそれでのんびりしている。

  稲庭うどんは去年も食べて今年も食べている。冷たいうどんを注文した。麦茶が旨くて、4~5杯飲んでもまだ欲しい。喉がカラカラに渇いているので水分をたくさん取るけど、少しもおしっこになって出てこない。うどんを食べた後、少し北上して彼女は夏油温泉を目指すべく仙北街道(R397)東に行ってしまった。私は須川温泉を経て栗駒に戻るようなルート(R342)を選んだ。

  <須川温泉>

  花山峠から須川温泉のほうへ道がある。昔のスカイラインで、何だか走ってみたくなるような道だった。大きな山の中をさっそうと走り行く山岳道路だ。秋の景色を想像すると身震いするほどブナの林が元気だ。

  須川温泉から時計方向に国道を回って花山湖の方に戻ってくる。真湯温泉などにはキャンプ場や遊戯私設があり、人がいる。道路は混雑もせずのんびりと走れた。栗駒峠から真湯温泉あたりまでは、カーブもそれなりに楽しめてご機嫌だった。(お腹の具合が悪かったけど…)

  この後、一関には行ってしまわず、途中から「駒の湯」の方に右旋回して、岩手県から宮城県に移り、栗駒ダムから少し下った駒形根神社というところあたりから、さらに文字村を走り抜けて行く。それはそれは…実は凄くセンチメンタルに走ったのだが、そこには深い理由があったのだ。何故にこんな色の無い道路を選んで走ったのか。

  最初におじいさんに道を訊ねた。「昔の文字村だねぇー」と言う。「そんな所をわざわざ通って行かなくても大きな道路を行けばいのに」 私のこの村への執着が伝わらないのは仕方がない。また別の所で中学生に道を尋ねてみる。「この道をまっすぐに行ったら沼がありますから、そこを左に曲がって下さい」という東北訛りの子だった。そういう人間味を少しだけでも味わいつつ、夕暮れも間近な村を走って文字村に向かった。

  <センチメンタル>今回の旅の大きな目的は、この栗駒の区域にある「文字村」というところを訪ねてみることにあった。いつまでも昔の女の子の話を書くとお叱りを受けるだろうが、その女が誰であったとしてもいいじゃないですか。ひとりのセンチな旅の話を少しだけ書き留めておきたい。

  一度でも惚れた人をそう簡単に憎く思ったり嫌ったりは出来ない。別れがどんな形であれ、私の感性を刺激した女性である。その人と、

  ---また何年後かの同月同日にこのキャンプ場で逢えればいいね

  ---私のお父さんは文字村の生まれで、行ったことがあるかもしれないけど記憶にないの。

  いつか一緒に行けたりらいいねなどと話しあったドラマのような記憶が頭から離れない。「未練があるのか」と何度も問われて、その都度「未練などない」と答えてきた。本当に未練という感情は、今の私にはなかった。その愛が成就できるなどという夢は諦めていた。心の中に生き続ける人の面影をそっとさりげなく、ひとりで走ってみたかったのである。

  私はこの事を誰にも秘密にしておきたかった。しかし、書いてしまって肩の荷を下ろしてしまいたい気も持ち続けていた。今はもう彼女に恨みも持たないし、悪言も書くつもりもない。過去を溯って怒るつもりもない。

  文字村を噛みしめて味わうように私は走った。これ以上は書かないが、また東北に行くことがあったら、必ずこの村を通りそうな気がする。いや、逆に悲しくなるからあれが最後になるのかも知れない。今の私には何とも言えない。

  <今夜は…何処へ>

  吹上高原キャンプ場にするつもりではなかった。徳良湖まで行こうと思っていたが、危険を冒すより確実な吹上高原の方がいいだろうと思い鳴子温泉街で買い出しをしてキャンプ場に向かった。

  <吹上高原キャンプ場…連泊者は安いのよ!>

  ほんとうは午前中くらいに言うのが望ましいらしいが、連泊者は昨日が650円だが、今日は250円に割り引いて泊まれる。これは有り難い。この素晴らしいキャンプ場がこの値段ですぞ。そういう訳で今夜は誰とも話し相手がいないけど、勝手も少しわかってきたキャンプ場で随分とくつろいだ。温泉にも浸かりに行った。空には雲が多くて星はあまり見えなかった。

  その夜、私のセンチな心、高ぶる心はかなり静まって、消えてゆきつつありました。もう帰ろう…旅を終えよう…と、思いながらひとり眠っていきました。


  ■激走2420キロ <東北>99/08/2023:24

  <ひとりごと・読み飛ばしてください>

  ツーレポ(日記)を書く私が、ひとりでセンチになってしまっている。これを他人に伝えようとしてはいけないのだろうことはわかっている。しかし、旅を終える後半を綴ろうとしながら、昨日の文字村のあの感情が甦ってきて、少し沈みがちである。みんな、旅から帰ってきた。北の国に行ってた人たちも南に行っていた人も、暑い夏に走って、その夏を終えてゆく。私だって、センチなことを言っておれない。もう、秋を楽しみにしている人もいるのだから。

  ---◇

  この旅で或ることを私は思い続けながら走ります。それは、家族を置き去りにして、こうして東北を自由に走っていることに感謝しなくてはならないという事です。そして、そういつまでもこんな勝手気ままな旅を続けるのではなく、もう少し旅の形を変化させて行かねばならないのではないか、と思うのです。これは私独自にいえる事で一般に当てはまるものではないのですが。◇キャンプが楽しく面白かった、サバイバルで味わいがあった、貧乏でも旅を続けられる、そういう旅にあるところでピリオドを打たねばならないのかも知れない。そして、回数を減らしたり資金をやりくりして家族の望む旅と私の旅を共存させてゆけないものか、と考えます。バイクはそのまま乗り続けますが、例えば家族は車でホテルを利用する。期間も短くするとか、飛行機などを利用してレンタカーなども使ってみるとか。◇そうなってくると、今回のような数万円の旅ではなくその数倍の費用が掛かってきます。収入が増える見込みはまったく無いのだから、回数を減らして重みを上げていくという事などが考えられます。

  ---◇

  つまらんことを書いてしまいました。読み飛ばしてくださいましたか?さて、吹上高原キャンプ場から、鳴子温泉に降りてきて、山刀伐峠を越えて走ります。<徳良湖・偵察>銀山温泉の近くに徳良湖という小さな湖がある。周りは比較的平坦で、湖畔には綺麗なキャンプ場がある。いいところだと聞いていたので今後のために偵察に行きました。芝生のキャンプ場で200円だそうです。これは銀山温泉を攻める時には有効にに利用できる。また来るときにもチェックしてから来るべきだ。

  <関山峠>

  東根温泉あたりのR13は随分走り慣れてしまった感じで、もうすぐ道の駅があったな~なんて思いながら休憩タイムを計画している。朝のうちは涼しいのでトントンと距離を稼いで関山峠に向かう。結構、トラックが多かったように思う。キャンプが続くと眠気が襲ってくるようになる。こういう時にトラックの後は辛い。

  作並温泉の街並みを通り抜け、ニッカウィスキー工場の脇を通ってから二口街道方面に曲がった。さて、二口峠を越えるか、笹谷峠を越えるか、少し悩んだ後、結局、更に南の蔵王に行ってみようと考えを変えた。

  <蔵王>

  二口峠を越えてしまうと、今度は蔵王を越えて東に戻って来るので、そんなに東西を行ったり来たりしてると帰れなくなってしまうので断念。笹谷峠は車両通行止めだったので結局、通り慣れた蔵王にしたというわけだ。蔵王には何度も来ており、今回も地図なしでもどのあたりに休憩場所があるかなどがわかる。蔵王高湯にも寄らずに東から西に走り抜けただけで、上山市を経て金山峠に向かう。

  <金山峠>

  さすがに上山市に降りるとまた汗が吹き出した。しかし、県道でも国道でもない道路(地図の白い道)を走っているとまだマシかな。金山峠には湧水があった。ありがたい。峠の南にあった鍵清水よりも北側にあった普通の湧水が美味しかった。昨日、下痢をしたのに懲りずに飲んでいる。

  <二井宿峠>

  峠を東から西に越えて米沢の街に出た。給油の必要があったのでぶどうまったけラインを断念した。広域農道を走り慣れてきたので、地図を見て田舎道をここでも楽しんだ。しかしスタンドが見つからずどんどん福島側に(山間部に)行ってしまう。

  <峠駅へ>

  R13を福島市に向けて走る車は多い。福島県側のトンネルで工事をしており渋滞が続いていた。その渋滞の手前で峠駅方面(板谷峠)への分岐点があって、ちょうどそこにGSもあった。幸運だった。板谷峠へと国道からそれてぐいぐいと狭い峠道を上っていく。先ずは峠駅で峠の力持ちを食べた。結局これが昼飯となる。2時か3時頃だったけど。普通の大福餅で、まあ話の種ですな。

  <姥湯へ>

  滑川温泉にするか姥湯にするか。地元に人、何名か聞いたが、どっちもいいという。奥の姥湯を選んでみたが、如何な判断だったか。温泉は道の行き止まりにある。そこから徒歩で数分。大きな岸壁が見える。その下に一軒宿の温泉があった。秘湯といいながらも今回のツーリングでは一番人が多かったという皮肉な形になった。二十歳代の若い男女から私の両親ほどの皆さんがいる。ちょっと硫黄がきついのと湯が熱いのであまりゆっくりできなかったのが残念である。乳頭温泉郷の鶴の湯と似た泉質だが、こちらの方が崖の下にあって自然の中に放置された感じだ。鶴の湯は同じように自然の中にあっても、山あいに佇む文化のようなものを感じる。

  <みさとYH>

  今夜はYHにした。天気予報を見たかったからである。しかし、YHに少し早く着いた事もあって、暇で暇で仕方がない。宿泊者は私ひとりだった。YHにはおばあちゃんとおじいちゃんがいて息子が東京から帰省していて、そういう家族の中での食事だ。決して旨い夕飯だったとは思えないが、久しぶりに家に帰ったような気分だ。ただ、YHのペアレントさんはもっと現代の社会の中に出て、ひとり旅をしてくるのがいいのではないだろうか。お話をしてくださる内容は貴重なものであるが、どうも面白味に欠ける。暑がりの私は冷房のない居間に長居をするのは辛かった。仲間もいなければYHは寂しい。このYHでは何もすることがないので9時過ぎには眠った。朝、4時頃に目が醒めて、5時過ぎには出発した。旨く走れれば一気に長野を抜けて三重県まで(深夜になってもいいから)帰ろうと考えていた。


  ■激走2420キロ <東北>  
  99/09/0621:36

  レポートを読み返してみた。

  <姥湯へ>

  滑川温泉にするか姥湯にするか。地元に人、何名か聞いたが、どっちもいいという。奥の姥湯を選んでみたが、如何な判断だったか。温泉は道の行き止まりにある。そこから徒歩で数分。大きな岸壁が見える。その下に一軒宿の温泉があった。

  滑川温泉には自炊宿があって、私の知人が泊まっているレポートを先日、再び読んだ。ここに行った時にこのレポートをすっかり忘れていたのが悔しい。

  思い出せば、みさとYHに行かずに滑川温泉に泊まっただろうなあ。

  今度に行くときは絶対に滑川温泉・自炊部に泊まろう。

  ★秋に行く人にはお薦めしておきますね。


  :■帰路は暑く長い<東北>(1)  
  99/08/2521:09

  |この道の先に

  |夢の続きがあるから

  |遠回りでもいいさ

  |それぞれの輝きへ

  過日、娘がCDをレンタルしてきて、そのダビングを手伝っただけで覚えてしまった曲で、V6の最近のヒット曲である。このツーリングでは、この歌のこの部分ばかりをよくくちづさんだ。

  他には、槙原敬之のハングリー・スパイダーっていう歌もよく唄った。自分は蜘蛛で、自分の巣にかかる可愛い蝶の娘を、心だけ食べて逃がす時の切なさを歌った曲である。ご存知の方も多いと思う。これらの曲の(マイナーな)旋律と哀しい詩が私の心をセンチにさせた。

  そうそう、ブレッド&バターが8月6日の長崎のコンサートに出演していて、彼らの歌も唄った。正確な歌詞をひとつも書けないのが残念だ。そのコンサートで、スティービーワンダーに作ってもらった「心の愛」?も唄っていた。 

  「I just call to say I love you..」という詩は素晴らしい。「電話をかけたんだよ、あなたと話がしたかったんだ…」なんてさり気なく言えたらどれほど幸せだろう。そういう熱い恋に燃える日々もあった。(遠い昔の、やはりその話も東北で…)

  ひとりごとはいつまでも続いた。意味もない言葉を次から次へと繋いで、いったい自分をどうしたいというのだろうか。もうこんな自分は棄ててこようと思いながら帰路を急ぐのか、家が恋しくなったのか。さあ走るぞ、と元気を出している自分があるのだった。

  <福島県を走り抜ける>

  さて、今日は福島市街を早朝に走り抜けて、土湯峠を越えて猪苗代湖方面に出ようとしている。時間があれば、湯野上温泉や湯の花温泉に寄りたいと思っている。土湯峠から猪苗代の方を見下ろす景色はなかなか綺麗だ。何度も通ってきた道だけどバイクを止めてひと息ついた。実際には、猪苗代湖畔・東側道路を通り、勢至堂峠と鳳坂峠を越えて湯野上へと出た。朝の涼しい時間帯だったので苦痛は少なかったが、あまり予定に入れていなかったコースだったので印象が薄くなってしまった。途中に「二股温泉」への案内表示が出ていた。急がない旅であれば絶対に寄る温泉だろうが、この時はまだ一気に三重まで帰ることを想定して(迷っていた)いたので、やや急いでしまった。いつか来る日の宿題。

  福島県のこういう鄙びた道路の脇には煙草の畑が目立つ。やや黄に変色しかけているが、あの大きな葉ッパはまさしく煙草である。とうもろこしほどの背丈で、まだ花も咲かない。太い茎や葉ッパだけが目立つ。煙草は、夏の終わり頃に小さな白い花を咲かせるそうです。そういう畑のあぜ道を彩るのが「月見草」であった。可憐なこの花は、ツーリングの安らぎでもある。道端で消毒剤をまいていたおじさんに道を訊ねたついでに花の名前を聴いたらノータイムで答が返ってきた。

  <湯野上温泉>

  久しぶりだったので寄ってみた。昔、ここを通りかかった時にガイドブックやツーリング雑誌などに掲載されているかどうかを知らずに、私自身で見つけた河原の露天風呂である。今回は昔よりも少し綺麗であったが、温泉組合が用意して下さっていた洗面器は無かった。そこには昔のように苔は生えていなかったが、お湯が熱くて…あまりゆっくり浸かれなかった。関東から来たスクータの男性と並んで湯に浸かって、少し話をして、彼は北へ、私は南へと別れた。

  <六十里越え>

  湯野上温泉に入ったからか、汗が吹き出してきた。この後、湯の花温泉も考えていたが、駒止トンネルを抜けて只見に出てしまうことにした。久々の六十里越え街道である。初めてこの峠を新潟県・小出から只見湖下流に向かって越えた時の感動が甦る。あれから幾つもの峠を越え、山あいの村を訪ねてきた。多くの人と語り、私の旅の姿も変化してきた。険しく、長く、寂しい峠に思えたこの街道も、今回の旅ではそれほどでもなく、工事箇所の対面通行を幾つともなく抜ける度に、この道路が整備されていくことによって街が少しづつ姿を変えていくのだろうと想像した。50年後には、日本の山岳街道はどうなってしまうのだろうか。そんなことを考えながら走って行く。

  <新潟の道>

  小出から六日町、十日町を越えて、野沢温泉村を経て野尻湖、戸隠方面に向かう。津南を少し過ぎたあたりで湧水があったので止まった。水質検査表示付きの湧水をたくさん見かけた。ここも表示があったので安心して飲んだ。思いきり飲んだ。お腹がドボドボになって身体がぐーんと冷えた。頭から被ると身体じゅうが冷えて効果が高いかも…と思うが如何だろうか。

  途中、福島からゼファーでやってきていた若い男性とコンビニで少し話をした。白馬まで、高速に乗っていくと彼は話していた。それを聞いて私も高速に乗って一気に家を目指すことも考えたが、やはり貧乏旅だから、思いとどまり信濃川沿いを上って行った。

  <戸隠で雷雨に出会う>

  さて、今夜は三重県までは帰れそうにないぞということがわかってきたので、信州の何処かで野営をしなくてはならない。野尻湖に行ってみたが、遠くから見ると静かに見えた湖畔も、傍まで来ると人が多く立派な観光地だった。これではキャンプ場も高額だろうと思い、買い出しだけをして戸隠に向かった。しかし、戸隠のキャンプ場は去年私が見た様子とはまったく雰囲気が違った。理由は、あの時は夜中に到着して入口あたりにテントを張って早朝に出てきたため、ほんの一部しか見ていなかったからである。早速、管理事務所にいって値段を聞いたら1200円と言ったかな。即座に利用を断念し先を急ぐ事にした。ところがそこからしばらく走って雷雨に遭遇するのである。大望峠の手前で降り出した。峠を越える頃は本格的だった。しばらくしたら目の前で雷が落ちるし、雨はバケツをひっくり返したように降り続くし、あっと言う間にカッパの中まで浸水し始めた。何のことない、前のファスナーが開いてたのであるが。このまま走ってもあかんし怖いのでバス停の小屋に逃げ込んだ。それでも雨は降り続き、落雷も近かった。地響きのような轟音が続く。またしてもおやきを食べられなかった。残念だ。いろは堂。

  <浅間温泉YH>

  おばちゃんがカブで通り過ぎるのを見て、決意してまたカッパを着て走りだした。あたりに宵闇が迫っていた。オリンピック道路に出て大町に向かう頃には雨はあがったというか、このあたりは降っていなかったみたい。戸隠でキャンプをしていたらズブ濡れだったかも知れない。私のテントでもあかんが、あんなに遅くに行って空いたところを探して張ったのでは、いい場所などないし。

  さて、大町に出た頃にはすっかり夜も更けて、池田町の道の駅に着いた頃には7時を回っていた。ヤンキーなカップルが公衆電話の前でイチャイチャしている。女の子が可愛いな。私、ショートカットの茶髪が好きみたい。そこで浅間温泉YHに電話をしたら、本当は8時までなんだけど受け入れてもらえた。8時10分頃に着いた。買い物をして、ポテチで夕飯とした。YHのお風呂は湯舟に10センチほどしか湯がはってないんですよ。つまりはみんなが温泉利用ってことでしょうね。

  酒を飲んでぐうたら話をするうちに眠ってしまった。お酒をいつもより多めに飲んだろうから、同室の人をいびきで悩ませてしまったかも知れない。あくる朝の冷たい反応が物語ってる。


  ■旅の終わり <東北>  
  99/08/2618:33

  <帰路総括>

  お尻が痛い。もはや、擦り傷の状態である。きっとマメになっているんじゃないだろうかとさえ思えてくる。家に帰ってうちのんに見てもらったら、一目見て擦り傷になっていると言った。

  浅間温泉YHを出る時、空が曇っていたけど、雨でなければ乗鞍高原方面から野麦峠を経て、御岳山を楽しんで行こうかと思ったりしていた。しかし、空模様は良くなる気配がないだけでなく、安雲野のアルプス街道を走るうちに雲が下りてきて、ポツリポツリと雫が落ちてきた。しかたなく、中仙道を走り、来たときと同じようなルートで家路を急ぐことになった。途中、松本空港のすぐ傍に綺麗な芝生の公園があったのを書き留めておこう。

  塩尻市を通り抜けて、どこあたりかをすっかり忘れたが、雨具を着た。山の中のR19は雨であった。涼しい日を求めていたのに、雨になると文句を言う。普段の仕事態度みたいで、反省も多い。

  中津川の近くまで来て雨具を脱いだ。名古屋方面は降っていないみたいだ。瑞浪から岐阜羽島まで高速道路を使った。お盆の帰省ラッシュが始まり、またお盆の旅に出かけるバイクにもたくさん出会う。ラッシュのせいで名神高速道路は混雑している。路肩走行は厳重注意だと肝に銘じて走ると、可哀想に1台のバイクが捕まっていた。道の駅で私が追い抜いたのだが、先に高速道路に上がったのだろう。気の毒に…。捕まったら困るので路肩を走らず、追い越し車線と走行車線の間をゆっくりとすり抜けで走る。その後は木曽川の河川岸の道路からR23と走った。お昼過ぎに家に着いた。

  <あとがき>

  長いレポートになりました。読んでも面白くない所もあれば、少しは興味を抱いていただけた箇所もあろうかと思います。

  本当にお尻が痛かった。ただれてしまってました。これからは子供用のお風呂のマットをカットして持って行こうかとも思います。なかなか実行できないけど。

  暑かった。それでへたばってしまったのが残念だ。体力や気力、執念が薄れたのかとも思う。帰ってからFBIKEで、もずしんさんのレポートを読むと、やっぱし3日目に私も十和田を目指すべきだったかな、とやや後悔してます。そこで1日ゆっくりして、帰りは急いで帰ってくるというのが今回の正解パターンだったかもしれません。

  今度、東北に行く時は、家族も連れて(車&バイクで)行きたい。名古屋~仙台のフェリーを利用する事を考えようかな。

  これからお出かけになる人のお話を肥やしにして次回からの東北を考えたいと思います。

  長いレポート、読んでくださった皆さん、ありがとう。

  PS:会計報告を最後に付けておきます。何にも食べずに走ったんだなって思います。毎度のことながら…。


  ■支出ノート<東北>  
  99/08/2618:33

  8/7sat:

  木曾路~安雲野~鬼無里~戸隠~信濃川沿~三条市~新発田

  ¥400大治南~勝川(東名阪国道)?

  ¥210昼食(こんぶ・おにぎり)コーヒー牛乳セブンイレブン12:53

  ¥120ポカリ鬼無里・山中?

  ¥130アクエリアス新発田20:??

  ¥579Kビール、ASDビール清水フードチェーン21:45

  ¥1439

  GS_CARD12.2L四日市日石07:59

  GS_CARD10.3L大町市出光14:04

  GS_CARD8.0L三条市出光18:57

  8/8sun:

  湯沢温泉~蕨峠~スーパー林道不通~温海町~鶴岡市~鬼首温泉

  ¥150湯沢温泉(荒川温泉郷)村営公共浴場08:??

  ¥220?おにぎり、レモンティー?09:??

  ¥80牛乳道の駅??:??

  ¥250?焼きそばパン、マミー瀬見温泉付近PM

  ¥150かき氷道の駅16時ころ

  ¥110コーラ道の駅16時ころ

  ¥650キャンプ場(ゴミ処理費含)吹上(鬼首温泉)18時頃手続

  ¥1600ビール現地売店ーー

  ¥3210

  GS_CARD6.9L小国町日石09:54

  GS_CARD10.0L最上郡最上町日石16:42

  8/9mon:

  湯の倉温泉~大湯温泉~稲庭~須川温泉~文字村~鬼首温泉

  ¥500湯の倉温泉栗駒秘湯10時過ぎ

  ¥400大湯温泉小安峡近く12時前?

  ¥250かき氷大湯温泉 〃

  ¥730稲庭うどん13時過ぎ

  ¥1160夕食買い出し(ビールなど)鳴子温泉17:44

  ¥250キャンプ場(連泊手続)吹上キャンプ場夕刻

  ¥630温泉、ロッカー代(¥100)含隣接温泉夕刻

  ¥3920

  GS_CARD11.0L鳴子温泉手前日石17:24

  8/10tue:徳良湖~関山峠~蔵王~上山市~金山峠~板谷峠~姥湯~霊山町

  ¥260朝食(パン、カフェオレ)仙台熊ヶ根駅前09:32

  ¥380峠駅・力持ち(大福3個)15時ころ

  ¥400姥湯温泉↑のあと

  ¥3650?みさとYH夕刻

  ¥400ビールYH夜

  ¥5090

  GS_CARD11.8L米沢市出光13:37

  8/11wed :

  みさとYH~土湯峠~猪苗代湖(東岸)~勢至堂峠~鳳坂峠~:湯野上温泉~駒止トンネル~只見~六十里越え~小出~六日町~十日町~野尻湖~戸隠~鬼無里~浅間温泉YH

  ¥120コーラ湯野神出発後まもなく?

  ¥120スポーツドリンク津南?

  ¥120コーラ??!

  ¥250パン&コーヒー牛乳北魚沼郡広神村12:22

  ¥1000テレカ信濃町(野尻湖近く)

  ¥286ポカリ、カップラーメン 〃16:29

  ¥600ビール 〃↑の直後

  ¥3300?浅間温泉YH20時過ぎ

  ¥302ポテチ、チュウハイYH近くのコンビニ20:21

  ¥6098

  GS_CARD9.2L会津郡田島町日石09:40

  GS_CARD9.4L野尻湖近く出光16:10

  8/12THU:

  浅間温泉YH~中仙道~岐阜羽島~自宅へ

  ¥500吉野屋・牛丼瑞浪市?

  JCB_CARD

  ¥1350瑞浪IC~岐阜羽島IC

  GS_CARD8.8L中津川日石09:57

  合計

  現金支出

  8/7¥1439

  8/8¥3210

  8/9¥3920

  8/10¥5090

  8/11¥6098

  8/12¥1850

  TOTAL¥21607

  ガソリン・給料引き分

  8/7

  GS_CARD12.2L四日市日石

  GS_CARD10.3L大町市出光

  GS_CARD8.0L三条市出光

  8/8

  GS_CARD6.9L小国町日石

  GS_CARD10.0L最上郡最上町日石

  8/9

  GS_CARD11.0L鳴子温泉手前日石

  8/10

  GS_CARD11.8L米沢市出光

  8/11

  GS_CARD9.2L会津郡田島町日石

  GS_CARD9.4L野尻湖近く出光

  8/12

  GS_CARD8.8L中津川日石

  TOTAL¥8393=97.6L×@86参考値2420Km

  走行距離24.8Km/L燃費

信州1泊ツーリング(1999年5月末)

29日

東名阪国道~猿投道路~足助~稲武~羽根~売木~天竜~上村~地蔵峠~駒ヶ根~伊那~杖突峠~蓼科高原

30日

車山高原~霧が峰~辰野~伊那~駒ヶ根~下条~売木~羽根~稲武~足助~猿投道路~東名阪


5月29日(土曜日)

彩が学校に出かけた後で荷物をバイクに積んだ。今回はF1マートで買ったバックにテントも鍋も詰め込んで、タンクバックと一緒に簡単に載ってくれた。バックの購入は正解だった。

8時半頃に出発。名古屋までは23号線を走り、西名阪から猿投グリーンバイパス走り、稲武の道の駅で朝飯を喰い、羽根村から売木村への県道を選んだ。この県道がなかなかの快適道路で、これから愛用してしまうそうな感じ。

売木から天竜村に入ってガソリンを入れた。家を満タンで出てきたのにもう200キロ以上も走っている。300キロ程度走るとして、ここで給油しなければ山の中で野垂れ死にしそうだ。

さて今日のメインである蛇洞林道だ。ここを通って地蔵峠を越えるつもりできた。この村道1号線がすっかり様子を変えて、全面舗装されていた。どうりで前からオンロードのマスツーのみんながやってくるわけだ。舗装済みの情報はもう既に一般的なのかも知れない。

分杭峠は依然通行止めであるので一端、駒ヶ根に出る。折草峠の方に向かう道路に駒ヶ根××キロと書かれていたので曲がった。結構な山岳道路だった。これなら急ぐ人は天竜川まで出た方が早いだろう。看板通りきたらえらい目に遭うぞ。

諏訪湖遊遍館YHに電話を入れて予約した。電話を切る間際に、もしも行けなかったらまた電話をします…と言ったら話がややこしくなった。近くの駒ヶ根とか下条のYHに泊まったらいかがですかと(Pさんだろうが)言う。私はそちらに泊まりたいから電話をしたのに、昔の古いYHを知ってると言う表現に気を悪くしたのかな。近くまできてから電話を…というので、それならもういいですと言って断った。

駒ヶ根のカツ丼でも食べてから行くかな…と思い、高原の方に行ってみて、YHを見たが昔のままでボロイのでパスし、一気に蓼科に走る決心を新たにした。安藤に会うのは車山高原で、日曜の朝のつもりにしてるので、やはり蓼科まで行っておきたかったし、杖突街道をまっしぐらに急いだ。

杖突峠から「蓼科クライネ」に電話をして予約を取り、夕食は茅野市内でラーメンを食べた。YHには夕暮れ前に到着できた。

荷物を置いてすぐに近くの「石遊の湯」に行った。「いしやすのゆ」と読むらしい。、ビニールの扉に囲われた小さな洗い場があるだけの露天風呂だけの温泉だ。しかし、屋根があるので星空が満天に仰げるというわけではない。YHでチケットを買うと割り引いてもらって460円だった。この日は宿泊者も少なく、カップル2組を入れて全部で6名ほど。談話室でビールを飲んで消灯の10時過ぎに部屋に入り、しばらくして寝た。


5月30日(日曜日)

雲ひとつない朝を迎えた。車山高原に向かって大門街道を走ってしまうのももったいないのでビーナスラインを通りのんびりと白樺湖方面に向かった。車山に着いても8時半になっておらず、リフトも動いていない。安藤がやってくるのを待ちながら駐車場でぼんやりしていると、BMWのK100がやってきて挨拶をしてくださる。それがコロンボーさんで、初対面の挨拶を済ませてしばらく話し込んだ。1時間ほど話してから霧が峰方向に降りた。無料区間は車も多いな。

諏訪湖をぐるりと回って、辰野を経て伊那へ向かう。権兵衛峠を越えるつもりにしていたがガソリンスタンドを探して伊那インターのしたのあたりを走り回り、スタンドでカツ丼の事を尋ねたら美味しい店を紹介してくれて、駒ヶ根を目指す事にした。店は元祖というか、最初にソースカツ丼を宣伝し始めたという店で、普通の喫茶店ふうの構えだった。カツ重の形でソースカツ丼は運ばれてきた。ご飯の上に薄くキャベツがのってその上にカツがびっしりとある。特性のデミグラスソースなのだろう。やや甘い味がカツ全体に沁みこませてある。なかなかの美味である。何度も食べるチャンスを狙ったがやっと実現して非常に満足であった。

食事を済ませた後、そのまま飯田市の方に向かい、R153を通って売木村を経て、昨日取ったルートを逆に帰った。香嵐渓のあたりで渋滞に巻き込まれた。初め、何が原因で渋滞してるんだろうか…と思ったが、サンデードライブの車だとしばらくしたら解った。


5月29日(土曜)

¥400東名阪

¥200猿投道路

¥250道の駅のお昼のおにぎり

¥750夕食ラーメン(茅野市内)

¥3150YH宿泊費用

¥460石遊の湯

¥800ビール2本

給油

天竜村220km/9L(?)


5月30日(日曜)

¥400ビーナスライン(車山まで)

¥210ビーナスライン(霧が峰まで)

¥950駒ヶ根、ソースカツ丼

¥550お土産

¥400東名阪

給油

駒ヶ根270km/10L(?)

関260km/11L(?)

峠越え 冠峠 <岐阜県~福井県>

◆何げなしに峠を越えてきた。その峠に向かって行く道路沿いにダム湖が あったとしてもさほど気にせず湖岸道路をとばしたりしてきた。しかし、今回のツーリングではちょっとセンチな旅であった。(日帰470キロ)

◆岐阜県・徳山村。知る人も少ないだろうが、今は藤橋村に吸収されてしまった。その理由は、やがて旧徳山村が全村ともダムに沈んでしまうか らであった。廃村の面影は余りない。しかし、ただならぬ風が吹いているような気がする。山が野生味を帯びているのである。怒りのパワーに も思えるし、山々が自然に還っていく歓喜の叫びにも思えた。風が吹くと廃屋の前の大木が揺れる。鳥が自由に舞う。

◆休日だったからだろうか。何でもない空き地でバーベキューをする家族を見かけた。そこに予想以上に老人が多く混じっていたのは、廃村のこの地から追われた人たちが週末には帰ってきてるのだろうか。それを想像すると胸が痛んだ。荒れ放題の田畑がある。それが田畑だったかさえ解らないほど荒れている。しかし、地形的にみてもそれが自然の物でないことが解るし、畑の真ん中に自生している栗の木などは誰かが植えなければあんな所には生えていないはずだ。

◆道路は黙々と冠峠[1050m]に上ってゆく。穏やかな地形でありながら、峠方向には、冠山[1257m]や金草岳[1227m]、能郷白山[1617m]が見える。最後の集落で高倉峠[964m]よりは、冠峠のほうが通行できる可能性が高いだろうと教えてくれたので、分岐点では冠峠方面を選んだ。このあたりから眺める冠岳の姿が素晴らしく奇形で美しい。甲府盆地から上州へと越えたときに見た瑞牆山の姿を思い出した。

◆温見峠を越える予定だったが、工事中で通行不能という話だった。しかし、冠峠で話した人の話によるとこの峠が最も眺めが良いらしいから結果的には正解の選択だった。峠の舗装の上に頭ほどの落石が散乱しているなか、ガードレールのない上りを少しづつかせいで行く。福井県側は、野麦峠のような感じで谷が深く眺めも良い。時には娼婦のように…と口づさみ、大好きなベートーベンの7番をフルで口づさみ、世界は日の出を待っているを自分なりにアドリブでやっている。

◆さあ、走り終わったらJAZZマンに戻ろうか。そう呟いて峠を下り始めた。素晴らしい峠が私の峠越えのメッセージの最後になって、涙もひとしおであった。

ねこ

オフレポ>バックミラーに青空が映った

オフレポ>バックミラーに青空が映った

00/07/10  21:03

台風が去った後には、どこから吹いてきてどこへ行くのか判らないような風が吹いていた。東の空は青くても、県境に連なる1000メートルクラスの山には重くて不吉な雲がかかっている。きっと名古屋市を通り抜けた付近から天気も崩れるのだろうと、この先を当てにしないで走ることにした。これだけグッドなタイミングで台風が来てくれるなんて、神様がよほど私を戒めようとなさったに違いない。でもでも、前の晩にはいつものように酒を飲んで早々に眠ってしまい、夜中に家の軒先を見回ったといううちのんの行動さえ気がつかないでいた。6時頃に目が覚めて、青空が出ていたので電話番号が判っていたSたろうさんとえっちゃんに電話をいれた。えっちゃんは、ハスキーな声で電話に出てくれて、いよいよ会うのが楽しみになってきた。

もしも、参加者全員を把握して、しかも連絡先が聞き出してあったならば、このオフは確実に中止になっていただろう。無謀にも台風のなかでのオフになるかもと心配をしたが、最悪が避けられて幸運だった。田んぼには、嵐がもたらした水があふれている。水稲が生き生きしているように見える。青く広がった草原の中を風が吹き抜けるかのように、早苗にまだらの波模様を残しながら、嵐の余韻が吹いている。

天竜川の水は泥々で、怖いほど勢い良く流れているのだけど、アルプスの山々は青空のしたに少しずつ峰を見せ始めていた。

八ヶ岳横断道路を走り始めたら、綺麗に農地整理をされた野菜畑に出会った。おばあちゃんが腰を屈めて作業をしてたので、バイクを止めて話をした。---これはじゃがいもですね、あちらの赤い花は?と尋ねたら、---赤い馬鈴薯ですよと教えてくださった。えんどう豆やとうもろこしがすくすくと大きくなっている。土の匂いがする。

ちょうど、そんなこんな話をしているところに、1台のジェベルが通り過ぎて、すぐに私に気が付いてか、止まった。初対面なのに、不思議な時間が流れてゆく。

バックミラーに青空が映って見えた。ああ、来てよかった。これからみんなに会えるんだと思うと、奮えるような衝動のほかに、口笛を吹きたくなるような気持ちになっていった。

2000.07.10//ねこさん。//BikeTourist (KLE)//


オフレポ>蛇苺

00/07/11  21:28

八ヶ岳横断道路を少し蓼科に向かって走り始めて別荘が見え始めた所で、偶然にZZRとひとりの女性が目に入った。バイクに会わなかったので、直感が働いたのだろう。その前に、畑の前でタチさんに会っていたことも、反応する引き金になっていたと思う。

えっちゃんは予想通りの子で、素敵な人だった。朝、声を聞いていたので少し先入観が働いたが、思っている以上に若く見えて、着飾らず、そのままの姿に惹き付けられる。ううん、こりゃあ口説いてみたくなる人だ。そう思う人がたくさんいてもおかしくない。

その後、すぐに別荘に向かったら、何と昔の(オムロン)の別荘のすぐ隣でめっちゃ、びっくりしました。じゃばさんが先に到着してられて、かしこまった挨拶もなしに、うちとけて行く。

バイクのスタンドの下に敷く石を探して道ばたをごそごそしていたら、真っ赤な蛇苺(へびいちご)の群れを見つけた。思わず手を伸ばして実を採ろうとしたら、手にトゲが刺さった。

美味しいものには、トゲがある…。

苺を少しつまんで食べて、森の空気をたらふく吸って、やがてはしゃぎすぎる夜が始まろうとしていた。

2000.07.11//ねこさん。//Bike_Tourist(KLE)//


オフレポ>夢に嘘はひとつもなかった

00/07/12  21:53

あじさい(紫陽花)が雨に揺れている。そんな景色ばかりが頭にあったが、旧街道で見かけたあじさいは、太陽の光りを思いきり受けて、紫の冠のように輝いていた。

タチさんに会う直前に見た赤い馬鈴薯の花は小さく可憐だった。一方、あじさいは、自信に満ちて嵐の後の風に揺れていた。それまで…あじさいは、雨に濡れて暗いイメージしかなかった花だった、けど、気分が晴れれば明るいイメージに変わってしまう。夏の空が甦ってきて、軒先の花が私を勇気づけてくれているようで嬉しかった。

別荘の朝はすがすがしかった。朝日が落葉樹の間を透過して手元に届く。白くて優しい光りだ。ひとり、二日酔いでしょげていたのが悔しかった。コーヒーさえも一緒に飲めない。

このオフのメンバーの中で一番、昔から会いたいと言い続けてきた「かみりん」さんと昨晩は会えた。感動は、しょぼしょぼとやってきた。彼には飲んだくれの私を披露して恥ずかしい限りだ。しかし彼を始めパティオのメンバーにも会えたし満足だ。それが深酒の理由にはならないか…。

夢に嘘はひとつもなかった…。浜崎あゆみのシーズンという歌の一節だ。

蓼科湖の湖畔を待ち合わせ場所にして、9時と指定しておきながら、酔っぱらいが醒めずに遅れてしまった。しかし、その駐車場で待っていてくれた人。あとからやってきてくれた人。大勢が集まってくださった。

まさに夢に嘘はひとつもなかった…。

2000.07.12//ねこさん。//Bike_Tourist(KLE)//

燕温泉->乙見山峠->小谷温泉->猿山燈台

  *期間:2000.08.06~08 

  *ルート: 野麦峠->安雲野->燕温泉->乙見山峠->小谷温泉->猿山燈台->油坂峠

  *はみ出し記事: 「いろは堂」(鬼無里)のおやき


  <概略>

  とにかく暑かった。やっぱし、夏に走るのは根性が必要や。それに加えて、執拗な夕立にすっかり負けてしまいました。

  一気に北越まで行くのを目標にしていたにも関わらず野麦峠で(何故、ここを選んだかにも疑問があるが)すごい夕立で、カッパ内に浸水。

  安雲野を走りながら乾いてゆくが、白馬の道の駅でもまた夕立に遭遇。バイクと私を屋根の下に入れて、腰掛けてウトウトしたら、あっと言う間に夕方でした。

  白馬の里YHで考えた。燕温泉と小谷温泉と蓮華温泉をひと筆で繋ぐ方法はないものか…。

  そう、鬼無里の「いろは堂」に寄れば解決する。しかし、ますます、東北は遠ざかったな。でも私には猿山燈台がありますから、能登を目指せばいい。

  蓮華温泉への気合いは、二日目にまたもや私を襲った夕立のせいで断念。トンネルを出たら豪雨だったってぇのは初めてでした。

  今回のレポートは、ぼちぼちと書きます。


  信州を突っ切ろう

  準備をする為に5日にじっくりと荷物の整理をした。これは、正解だったと思う。無駄な物をたくさん持っているし、ひょっとしたら…てな調子で何でもかんでも入れているのを、思い切って放り出した。すると、着替えを5日分入れてもまだまだ入る余裕が生まれたので、お土産用にと思いそのまま空きにして、使用頻度の高い物を、ボックスの上に縛り付けているタンクバックに分けて入れた。予定では、5日(3万円)と家族に公表していたが、ツーリング基金に1万円の余裕があったので、もう1日くらい余分に走ろうと思っていたのに、あれこれで予想外の3日間となった。

  夕立が続いてしまっていとも簡単に断念する様になったのは、たぶんずっと昔からの事で、それよりも今回の東北行きにはやや情熱にかけたものがあったのだろうと思っている。過去にもこんな年があったことだし。

  信州のツーレポを読んだのが頭にあったし、何よりも能登半島にもしも行けば二十数年ぶりになるので、ふと懐かしさが沸いたのだろう。

  長く走ればいいというもんでもない。残ったお金はツーリング基金として残しておく事にして、能登をまわったら早く帰ってもいいかな。そんなわけで、二泊三日と、近年では珍しい短期ツーリングであった。

  家を出て走り始めた頃や、美濃のたんぼの中を快走している時は、「風の中で待っている♪…」なんて唄いながら飛ばしていたのだ。稲穂が花を咲かせてしきりに花粉を飛ばしている。黄色く色づき始めた水田に、独特の匂いを漂わせる。

  夏は、真っ赤とかオレンジではなく、意外にこの黄色が良く似合うような気がする。かぼちゃの花が咲いている。これが真っ黄だし、月見草も淑かに黄色。色だけを好みでいえば決して好きではないが、灼熱の中で汗が首を伝い落ちる時に何故かほっとする色だった。信州に入ると、煙草の葉やとうもろこしの黄色が目立つ。

  今回は19号線を北上して、諏訪に出るルートをやめて、飛騨街道を走ることにした。ただし、安房峠は混雑が予想されるので野麦峠にしてみた。さほど遠回りでもない。しかし、そこで私を待っていたのは激しい雷雨であった。

  林檎の畑の中を走る日本アルプスサラダ街道…。松本の盆地がくっきりと見渡せる。しかし、行く手には、真に鮮やかで芸術的な入道雲が三千メートルの峰峰を装飾するように点在している。

  雨の前に涼しい風が、すっと吹いてくる。幽霊が出る時の風よりもさっぱりとした涼しい風だが、私の願いを叶えてくれるはずもなく、激しい雷音とともに近づいてきた。

  朝から食事をしていなかったが、北越を目指す私は食べる欲をそれほど持っていなかった。ただ、ひたすら走り続けることしか考えていなかったところで、幸せか不幸せか…、水しぶきを見ているだけで、気持ちが爽快になるほどの夕立に遭遇した。肘を着いてひとしきり眺めていたが、やがて居眠りをしてしまった。

  この日はチーズリッツをふたつみっつほど食べただけで、YHでも早々に眠ってしまう。


  白馬のYHに

  前から燕温泉には行きたいと思っていた。そして、乙見山峠にも行きたいと思っていた。東北を断念したので、そこをまわる方策を考えながら夜は老ける。YHには、ひとりの宿泊者は私以外になく、ひとりで部屋を使わせてもらった。やや、寂しい気もあるが、ビジネスHと較べたら三千円は安いな。

  地図を見ながらビールを飲んでいたら、ヘルパー(お手伝い)を兼ねて遊びにやってきている親戚の中2の男の子がいたので少し話をした。奈川村から白馬のおばさん(このYH)に来ている事。長野の子は小学校で登山やスキーをする事など、丁寧な言葉使いでしっかりと話してくれる。旅先で話しかける相手に、おばあちゃんや子供を選んだら、正直な話が聞き出せる。この子と話をしていい夜が過ごせた。

  いろは堂

  YHを出て、鬼無里を目指した。いろは堂のおやきを食べによれば、ルートがひと筆書きになるので、迷いもなく鬼無里に走りだした。いろは堂は、思ったよりも大きな店で、商業化された店舗だった。なんだ、有名な店なのか…と幾分がっかりしたものの、おやきの味は格別に旨かった。

  「野沢菜」と「野菜ミックス」とを注文したけど、「あざみ」をおまけに付けてくださった。これが噂のサービスか。。。「あざみ」は、非常に美味しかった。ぜひとも多くの皆さんに賞味して戴きたい。

  建物はクラシックな造りで、ご主人に訪ねたら築後約十年だそうだ。でっかい駐車場もあった。お薦めや失作などを時におまけとして付けてくださることがあると聞いていた。そのサービスで戴いた「あざみ」が一番に美味しかった。

  「うど」をお味噌であえて食べますよね。あんな味です。少し苦みがあって、その上に微かな甘味がある。このあたりでは「あざみ」を春に採取して保存して一年を通じて食べるらしい。

  去年の今ごろ、凄い夕立で目の前に雷が落ちて、非難したバス停の前を通過しながら、戸隠を通って、燕温泉を目指した。

  燕温泉へ

  鬼無里を走りながらも、まだ東北を諦め切れていなかった。まだ今からでも山形を目指せば…と何度も思った。

  しかし、無料、混浴、温泉、乙見山…と私を誘惑する煩悩が襲ってくる。これから発達する積乱雲の子どもが空に生まれ始めているのがハッキリわかる。今なら夕立までには時間がある。誘惑を一気にクリアするのは今しかないのだと心に決めた時が、東北を本当に諦めた時だった。

  そういうわけで、能登にも行くという夢が実現し始めます。

  燕温泉の露天風呂は期待レベルで良かったです。5分ほど歩くと温泉のある谷筋が近づいてきます。ジパングツーリングには徒歩20分と書いてあるけどそんなに歩かない。(河原の湯)

  お湯が白濁で、一緒に浸かっている女性の皆さんも、身体にはタオルなどを纏わずに入っているようです。おっぱい(の先)も見えませんから、透明度は殆どないほど濁っている。かなり、硫黄臭がきつい。嘗めても独特の味がします。白濁のお湯の特徴でしょうか、肌にややピリピリとするような感じがして、長旅のなかでへばり着いた汚い雑菌が殺されてゆくような喜び。特に汚ないアソコあたりは、ここぞとばかりに入念に殺菌しマッサージもしてやろう。元気になるかな。(コラ!)

  女性の皆さんがお湯からあがろうとすると、今まで話していた男性が一斉にそっぽを向く。これもマナーですか。湯舟が深かったので女性のみなさんは要所を隠しながら湯舟から這いあがるのに苦労していたようです。そうこうしていても簡単は見えないものだし、もし見えてもそれほどニュースでもないんだよね。風呂って元々、裸で入るわけだし…。しかし、何人もの裸の群れを(たとえ後ろ姿であっても)見るのは、後に刺激がやや残ります。

乙見山林道

  能登へ

  ひとつ目のトンネルを抜けるとパラパラ程度の雨が降っていた。やや躊躇しながら走るうちに次のトンネルが来た。そのトンネルを抜けると今度は晴れていて雨の様子などまったくなかった。(この時にトンネルを出たら晴れという事象に対して逆の事象がある事に気づくべきだった…)

  いくつかトンネルをクリアし、次の出口が蓮華温泉への分岐点になる交差点というトンネルを出たら壮絶な土砂降りだった。たぶん、1分ほどでもそこに居たならばびしょ濡れになるのは確実である。ちょうど、出口に在ったGSに滑り込んで雨宿りをさせて戴く事になる。1時間ほど店主さん(ご夫婦かな)と話をして、止まぬ雨を恨めしく思いながらカッパを着て走りだした。数分走ったら、数十分にも及びそうな長いスノーシェッドあって、そこを出たら雨の気配は消えていた。運とはこういうものなんだろう…。

  悔しいのか、幸運なのか。蓮華温泉へのチャンスは次回へと持ち越し、能登方面を目指して、灼熱の日本海沿岸を走りだす。温泉は宿題になったけど、まっ、いいか…。

  能登半島に向かう途中に何度も考えたのは、小川温泉と宇奈月温泉に行って近くで野営を…というプランだったが、キャンプ場が確約できないのでいとも簡単に断念。宿題送り。小川温泉は混浴格安温泉と聞いていたのに…。

  朝日から小杉まで高速で移動して、半島の東海岸を北上するコースを選択。快適に走っている間に氷見を通り越してしまうほどだった。キャンプ場がない。うちのんが日本海側では朝鮮へ拉致される可能性があるから気をつけるようにと何度も言っていたので、こちらまで感化されて純粋野宿を迷っている。地図の下見がしてなかったのに当てずっぽうで走るので、どこを走っているのか良くわからないままに走ると能登島の入口もとうに過ぎていた。途中で夕食を取るために8番ラーメンに久しぶりに入った。


  輪島・朝市に寄って、猿山燈台へ

  猿山燈台には、第三日目に行った。

  道の駅の名前はロマンの里…とか書いてあったかな。ここを出て穴水を目指しそこで道を尋ねたら夫婦の車が先導してくださると言うので、後ろを走った。穴水から東に2キロほど行った所から輪島まで信号の数が1、2箇所という農道ツーリングを楽しむことができた。能登には高い山がないので、独特の雰囲気である。地元のご夫婦は速かった…。

  輪島の朝市に寄って、トイレで大きな事件が起こった。これは絶対に日記に書き留めるべき事だ。といっても、結果はオーライですが、ウンコをしたあと、トイレに財布を忘れて、しばらく気づかずいざ出発の段階で大慌てをしました。よかった…。

  朝市には7時過ぎに到着し通りを2往復して無作為におばちゃんたちと話をした。

  全部売れますか? 全部売れたら引き上げるの? 自分で作った草鞋ですか? 日が差し込んで暑いね、などと話をする。

  出展料金とかを払ってるんですか? みんな同じ金額? それとも真ん中の方は高いの? 通りの端っこより、真ん中の方が(よく目立って)いいでしょ? 

  次々と質問をしながら歩く。

  ---そりゃあ、私だって真ん中に出したいよね、でも、端でも、時にはいいことがあるものよ…

  ふくろうの小さな置物(二百円)を子供に、買って朝市見学を終えた。何も買わないけど、また行ってみたくなる不思議なところだった。

  猿山燈台について。これは、宮本輝の「朝の歓び」に出てくる能登半島のポイントのひとつで、この海を見ると地球が丸いことがわかるのよ、と主人公の女性に言わせている。晴れた日の朝がいいとも言っている。

  この岬の雰囲気を実際に眺めることで、ドラマを味がいっそう深くなる。誰もやって来ない。海に突き出した絶壁は雑木で覆われ、海鳥たちが舞う。丸い地球の上を大きな貨物船がゆくのが見える。日差しは強いに違いないが、汗が吹き出さない。かといって空気が乾いているわけでもなく、塩分を含んだ湿った風である。

  小説に登場する男と女と、私自身の事を頭の中でふたつ同時に並べてみて、自分の過去を後悔するともなく懺悔するでもなく、ぼんやりと想う。このドラマはフィクションで在りながらも、私自身にとって極めて設定がリアルで身近なものだっただけに、様々なシーンが重なり合うように通り過ぎた。

  真っ赤に沈む夕日と、真っ赤に燃えて昇る朝日にどこが違うのだろう。物理的に同じに見える筈なのに、どうして夕日はあれほどまでに赤いのだろうか…。

  一生、絶対に許せないひとりの女があったとしても、この風景の前でもしも偶然に対面したらば、あのことは水に流してもいいよ…と、私から言い出してしまうかも知れない。日本海の色ってもっと暗くて寂しいと思い込んでいたのに、とても明るく爽やかな青だった。これも太平洋の黒潮の一部なんだから、と思うと私の気持ちも少し和らいだか。

  猿山燈台を離れて幾つもの漁村を通り抜けた。間垣で囲んだ家々の佇まいが日本海の厳しさを物語る。

  旅を終えて、もう、家に帰ろう。

2000年GW・雨あがる 四国へ

2000.05.01 - 2000.05.05

<総括>

▼去年の「晴れのち晴れ」に続いて今年は「雨あがる」とノリで行ってきました。四国・激走1500キロ・5日間。

▼山藤の花が綺麗だ。ふだんは気にとまらないのに、紫の花を枝から垂れさせ、アピールをしているようにも思える。甘い香りを谷に放ってくれる。この香りが何ともひとり旅には甘すぎる。

▼キャンプ場で出会った定年前のご夫婦から「何故、ツーリングに行くのですか?」と聞かれた。隣席で一緒にご馳走になっていた人とほとんど同時に「それは社会からの逃避でしょう」と答えていた。同じ想いが誰にもあるんだねとニッコリ。みんな同じなんだ。

▼今年は、バイクが多かったなー、って毎年言っているように思う。瀬戸内海の橋が完成したからか。若者だけではなく、少し年齢を召したかたも多いようだ。でっかいバイクが目立ちますが、誰でも免許が取れる時代ですから、でっかければいいというのではなく、自分にあったバイクを選んで欲しい。ファッションとしてのバイクの人もいるようだ。

▼しかし、真剣にバイクで旅をするならば、「闘い」の側面のようなところもある。剣山やその他の四国の山岳道路は、やはりそれなりに年季の入った人が、想いをそれぞれに走っているようだ。

▼一方で気になったのは、ほとんど四国を知らないで来ている人も多かった。情報をインターネットなどの通信、バイク雑誌で得てしまうと、自分らしい旅を失いかねないので、私は避けている。しかしながら、幹になる事柄は何等かの形でゲットしておいたほうがいいと思う。枝葉は自分で飾るという旅が理想です。

▼四万十川。あれは…このままですと四国のマイナスイメージになる。日本全国がいづれそうなってしまわないように、私たちも何か考えなければいけない。キャンプ場も、飽和状態だし、味わいが皆無になってしまっている。あれでもいいという人もいるかもしれないが…。四万十川の沿岸の市町村は危惧を抱いていないのだろうか。

▼何度も何度も通っている四国だが、ひっそりと静かに旅をしたくて行っていたのに、少し賑やかになってきたようだ。暫く頭を切り替えて別の場所で遊んでみようかと、帰ってきてからそう思った。

<概略ルート>

5月1日 松阪市~和歌山港~美馬町~琴南町~三好町

5月2日 三好町~貞光町~見ノ越~土須峠~剣山林道~物部村~越智町

5月3日 越智町~大峠~五段高原~大野が原~韮が峠~野村町~松野町~大正村

5月4日 大正村~中村市~宿毛市~足摺岬~須崎市~越智町

5月5日 越智町~四ッ足峠~徳島港~松阪市

走行距離:1500キロ(推定)

燃費 :未計算

続きます、まだまだ。

2000.05.12 // ねこさん。


<はじめに>

いつもながら長くて、無駄ばかりのレポートです。暇なときにでも読んでやってください。

keyword

能登半島、雨、晴、高見峠、和歌山、四国、鳴門大橋、淡路島、剣山、林道、うどん、三嶋、山内、満濃池、ひやあつ、美濃田の淵、女子高校生、温泉、チャリダー

すっかり四国に行くのが恒例化してしまった。しかし、決まった所に行く必要もないのだから、ほかの場所も候補にしていた。能登半島です。ちょうど宮本輝の「朝の歓び」を読んでいたこともあって、能登半島の猿山岬に行ってみたくなっていた。

4月中旬には周期的にやってきた悪天候が、連休前になって乱れた。長期予報がドドドっと信頼できなくなってくる。29日から7日までの連休の前半に雨が西日本を通り過ぎるという。北陸方面から東北方面はどうやらずっとすぐれない天気予報である。

29日に朝、5時に起きて洗面を済ませたあと、出発を思いとどまった。30日には下り坂だというので、そんな日に剣山林道を走っても雲の中かも知れないし、雨雲を気にしながら旅をするのは嫌だったので、家でごろごろとして贅沢な時間を過ごした。そうするうちに、雨の予報が30日夜から1日に変更されている。出かけてみたら雨だっった…ってのは嫌なので、結局、晴天だったのに30日も家にいた。

パティオの面々は、既に旅立った人もいる。私にはすっかり決断力がなくなった…

と自分を責めてみたりしながら、快晴の空が憎かった。30日も自分の部屋で過ごした。雨でも1日には出ようという決心が固まりつつまるのは30日の夜のことである。子どもの遠足が1日にあって、合歓の郷へ行くという。「晴れ女」と自分で言う。その運に期待しながら眠りに着く。


5月1日 月曜日 第1日目 夜明け前まで雨、のち雨上がる、晴れ

<出発>

5月1日、月曜日。雨があがった。夜半から静かに降り始めた雨は、とても意地悪に思えた。ザーっと降れば、朝にはカラリのイメージもあるのに、音もたてずに静かに降り出すんだから。でも、もはや気に掛けても仕方がないので、子供が遠足に出発したら私も家を出ようと決めていた。

朝、目が覚めたら地面が濡れているだけで、雲は散り始めており、小鳥が元気に騒ぎにかかったところだった。淡々と荷物を載せる作業が続く中、集合時間に間に合わない、と子供が言って焦って家を飛び出してゆく。荷物を全部載せてから地図をしまい忘れて探し回るというハプニングもあったが、ウェストバックに入れたのを思い出した。いつものようにうちのんに写真を撮ってもらって、私も家を出た。ちょうど7時40分頃だったと思う。

<紀伊半島横断~徳島港まで>

高見峠~吉野を経て和歌山へ。特別な混雑がなければ、150キロほどを約3時間余りで走れる。特に急ぐ事もせずに西に向かった。11時25分のフェリーに間に合うために15分ほど前には乗り込みたいが、和歌山が近づいてきたらぎりぎりの様子がわかってきた。少しゆっくり走り過ぎたようだ。R24に入ってから焦りがきて、少し急ぐ。11:13と乗船券にスタンプされている。もちろん、乗り場に移動してすぐに乗って、雑魚寝の席に横になったら出航の音楽が流れ始めた。

船の中ではいつも通り、1時間ほど横になって、そのあとの1時間は甲板に出て風に吹かれている。淡路島がでっかく見える。いつもなら霞んでいることが多いのに、その向こうに鳴門大橋も見える。たいした写真にならないだろうと思いながら一枚、シャッターを押した。

TMを見てどこに行こうかを考えながらぼんやりしている。昨日までは、まず剣山林道に向かって月が谷温泉村で泊まって…というルートを考えていたのに、まったく違うルートが急に思い浮かんで、讃岐うどんを食べに香川県に行くことにした。

隣のバイク(ジェベル)の女性に、下船の時に声をかけた。ご主人との二人旅だそうだ。ご主人はXR(機種名は自信ない)。昨晩は、紀伊半島の吉野村のキャンプ場で寝たそうで、走っている時には雨に降られず、夜中にテントだけが濡れただけで済んだそうだ。幸運だ。しかも、遅着早発でテントサイトの料金徴収もなかったんだって…。

<うどんを喰いに讃岐へ>

徳島港に午後1時半頃に上陸。すぐに北上して吉野川沿いの道路に出た。堤防を少し走って、沈下橋を通って北側に渡り県道を美馬までゆく。そこから琴南町を目指した。

美味しいうどん屋さんの情報は昔に読んだFBIKEのログの中にあったので、幾つかメモして地図に書きなぐっておいた。KO1さんがレポートしてくれたものだ。普通の民家の中にあるらしいと聞いて想像をしていたが、谷川米穀店はそう簡単には見つからない。旧道と新道というキーワードがメモしてあったので、そのあたりで人に訊ねたら一発で場所がわかった。しかし、その後に「あそこは11時から1時までしかやっていませんよ」と言われた。やはりそうだったか…。他に美味しい店はないものか、その人に訊ねたら「約2、3キロ下った所に今日オープンした店がある」と言う。「旨いかどうかはわからない」とも言う。その店にでも行ってみようとぼんやり考えながら道を下って行くが、オープンしたての雰囲気(旗が出てるとかそういうイメージ)の店らしいものは見当たらない。オープンといってもそういう雰囲気じゃないんだな、ってことが後になってわかってくる。

それと、もうひとつ、走りながらなるほど…と思ったのは、今の時期は農繁期で、うどん屋さんが店を閉めている看板が目立つことである。「農繁期のため休業中」と書いてある。

<三嶋>

そこで、もうひとつのメモに「三嶋」があったので公民館の近くで車を洗車していた若者に

--- このあたりに美味しいうどん屋があると聞いてきましたが

と訊ねると、離れたところで立ち話をしているおばあちゃんに聞きに行ってくれて

--- 坂を下って橋を渡って右の家です、これから行ってもやっているらしいですと教えてくれた。

きっと看板も何も上がってないんだから驚かぬようにしていようと決めて行ったのに、それらしい家はなく、人の住んでいるような家ではなく小屋ふうに見える(失礼)建物があるだけだった。さっきうどん屋を教えてくれたおばあちゃんが橋の方から歩いて来るのが見えたので、その前にこの家で訊ねてみようと思い、戸をガラガラと開けた。そしたら、そこでおじいさんがうどんを打っていた。驚いた。

さっきのおばあちゃんは奥さんで

--- うどん、喰えますか?

と言うと、讃岐の言葉で

--- 今からするから少し待たねばならないですよ

とおっしゃる。少しとは、うどんを切る時間と釜の湯が煮上がる時間である。

おじいさんがうどんを平たく薄く延ばして、おばあさんが押し切りで食べるうどんの太さに切ってゆく。おばあさんは、切る合間に釜に火を着けてうどんを湯がき始める。時々かき混ぜながらうどんを切る作業を繰り返す。おじいさんは延ばす作業を淡々としている。

部屋は決して広くなく、麺を延ばす作業台と打ったうどんを入れる箱があって、奥に釜があるだけ。あの箱、何ていう名称だっけ…いつの時もお餅をしたら粉をまぶしたまましまっておくトレイ。

一方、戸を開けて入った私は居る場所もなく、すぐ前にある椅子に腰掛けているしかない。テーブルの上は出荷先の伝票や作業中のうどんが置いてあって、食べるにはそれほど余裕がない。

一連の作業をカメラに収めておこうと思って「写真を撮っていいですか?」と訊ねたら、最初、おばあちゃんが、構わないと言ったのに、おじいさんが「いけない」と小さな声できっぱりと言う。少し気まずかったが、出来上がるのを待ち続けた。

うどんがゆで上がったころにおばあさんがおじいさんに「醤油を出してあげて」と言う。そこで味の素と醤油、七味がテーブルの上に出された。

--- 冷たいのがいいかい、熱いのがいいかい

と聞かれたので、

--- 熱いのをください

と私は答えた。冷たいのだったら、ゆで上がったうどんを水にさらすんだろうか。さて、味である。醤油だけしかかけないうどん。これは初めての出会いである。刺身を喰う時の醤油の味を思い浮かべる。しかし、うどんを口にすすり込むと想像とはまったく違った味が口に広がる。甘いような何とも言えない醤油味である。もちろん、コリコリとした讃岐のうどんである。これぞ、美味というのだろう。「幾らですか?」と訊ねたら「100円」という。関西でたこ焼きを喰う感覚のようなものなんだろうか。ほんま、美味しかったです。「ご馳走さん」と言って店を出た。何ともあと味がさわやかである。ようし、もう一軒、満濃池の向こう(西側)にある「山内」に行ってみるか。

<さぬきうどんの山内>

土讃線沿いに県道があり「山内」もこの道沿いにある。あとで知ったが、このあたりにかの有名な「満濃うどんトライアングル」があるらしい。単線の鉄路が通る普通の田舎の風景にうどん屋の影などないので、あらら、また凄くわかりにくいところにあるのか、と不安になっていると、看板があった。でも、道路からは少し入って藪の中に道が向かっている。家の前には車がたくさん止められる庭があり、普通の農家の建物があった。「うどん」の看板が立ててなければ店には見えないだろう。

ちょうどネクタイをしめてカブに乗った人が先に店に入っていったので私も後を追った。「注文のシステムはどうなっているのですかか」と少し思案した後に訊ねたら、ネクタイの人が丁寧に教えてくださった。「あつあつ」「ひやあつ」「ひやひや」の三種類があり、それぞれに、普通、大、特大が設定されている。その人が「ひやあつ」の「大」がお薦めとおっしゃるのでノータイムでそれを注文した。やはり、うどんを打つところから始まったので、しばらくぼんやりとして過ごした。冷水器の前には形の揃わないコップが積んである。田舎の食堂の雰囲気が充分である。でも、冷水は格別に旨い。戦後の映画に出てくるようなテーブルに座って食堂を見渡したりしていると、やがてうどんが出来上がる。もちろんセルフサービスで、これで250円なんだから満足である。

<美濃田の淵キャンプ場へ>

猪ノ鼻峠を越えて南下した。明日には剣山林道に行きたかったので、少しでも近づいておこうと考えた。無料のキャンプ場がTMに載ってるが、どんなものなのかがまったく想像できない。情報を集めて行くよりも行って自分で確かめるスリリングはこの時に最高潮に達している。キャンプ場が近づいたら買い出し用のスーパーもチェックしてゆく。ローソンの駐車場で道草をしている女子高校生が手を振るので振り返したりしながらキャンプ場に着いた。水洗トイレもある。ハイウェイオアシスと隣接した公園で、高速道路側には温泉施設まである。人が通れるゲートを経てキャンプ場の人も温泉が利用できるらしい。

驚いたのは、徳島港へのフェリーの下船時に言葉を交わしたご夫婦が先着していて、奥さんが先に気が付いてくれた。テントを隣に張らせてもらって買い出しに行く。さっきのローソンにはまださっきの女子高校生がいた。(この時にあんたら高校生ですか?って訊ねて高校生だとわかった。)仲間と喋って楽しんでいるのだそうだ。手を振ってくれた子は茶目っけのある子だった。可愛らしい子供たち、ほんと田舎の子はすがすがしい。買い物を終わって出てきたら姿はなかった。少し寂しい。もうちょっと娘のような子どもたちと話がしたかったような気がする。さて、夜更かしの話。バイクが7、8台になって、ひとつのテントの前に集まって話し込んだら10時頃になっていた。チャリダー君がひとり混じっていたのだが、彼が眠そうだったなあ。四国でもやや東の方に属するこのあたりは、剣山も控えオフローダーが多い。

2000.05.13 // ねこさん。


5月2日 火曜日 第2日目 晴れ

keyword

剣山、林道、貞光、見ノ越、FJ、土須峠、岳人の森、狭道、日本酒、焼き肉、無料、ご夫婦、出雲、ヘレンさん、岩戸温泉、べふ峡温泉、ピース

今日は、剣山を時計回りに回って、高知市を抜けて越智町まで。

<貞光町から見ノ越>

この国道がR438となっているのをずっと前から知っていたので、一度、走ってみたいと思って貞光町から南下を始める。工事による時限通行止めの標識が目立つ。朝の8時前だったので、9時過ぎからの工事開始には余裕があったけど、岩戸温泉に寄れなかったのが少し残念だ。ガソリンを入れたスタンドの奥さんは薦めてくださったのだが。

<四国狭道マニア?>

そんな言葉が頭に浮かんだ。こんな道ばかりを選んで走るのは何か人生に悩みでもあるからか…自分を虐めてるのと違うのかい…なんていうふうにひとりごとを言いながら走る。ひとりごとに久しぶりにリズムが出てきているような気がした。<見ノ越>

もう何度も来ているのにここには来てしまうなあ。何の用事もないのにバイクを止めてしまう。リフトに乗って上にあがるには、料金が少し高額すぎる。二千円あったら1泊、布団で寝れる。

でっかいアタックザックを背負った女性が3人、歩いていたので声を掛けた。

--- 重そうですね、40キロくらいあるんですか?

--- そんなことないですぅ、もう食料とかを食べてしまいましたから…。

20キロくらいかな…。

--- あら、そしたら剣山に登ってきたんだ…。

--- そうです、三嶺というところから2泊3日で歩いてきました。

3人とも、可愛らしい大学生ふうだった。私が山に登った若き頃のような、うす汚い…という山登りのイメージはまったくない。近ごろ、街でもなかなか見られない爽やかな、化粧のほとんどない女性だった。(猫柳:化粧嫌い)

トイレの前で隣にバイクを止めたFJの人。言葉も交わさずどっかに行ってしまうのだが、この日の夜にキャンプ場でばったり出会う事になります。その彼に挨拶もなしにトンネルを抜けて東の谷を見おろして震え上がりながらR438を下り始める。剣山林道よりも高さの点では遥かに迫力があると思う。

<土須峠>

久しぶりに土須峠の方に上がってきた。不思議なもので、結構、再会すると思い出す。岳人の森の小屋の前で休憩しながら、この小屋は昔のままだなあ、道路も変わってないなあと感慨が深い。昔に越えた時は台風が来ていて風がきつかった。

<剣山林道>

ハナから全線を走るつもりもなく西の部分を走ろうと思っていたのでR193から林道に入った。ファガスの森までがウォーミングアップのようなもんだが、後ろの席にくくり着けたBOXは緩まなかったけど、シュラフが半分落ちそうになってきたりして、林道の前半は気に掛けながら走った。

バイクは予想以上に少なく、車にもあまり会わずそれはラッキーだった。しかもお天気は上々で、少し寒い日が続いたからなのか、新芽が一斉に吹き出したばかりといった感じです。栃の芽などは思いきり元気良く青空に向かって出てきている。タラの芽も。

爽やかな5月の風が山を吹き抜けてゆくと、この場所がかなり奥深い山中だということすら忘れて、ぼんやりとしていることができる。腰が少し痛いけど。空荷だったらまた違う味わいがあろうなあ。

大阪から来てたグループは、朝に高知に着いて、夕方にまた高知から帰るという。高額な(贅沢な)ツーリングです、と言っていた。気持ちが凄くわかる。

<べふ峡温泉>

岩戸温泉に入れなかったので、お風呂に入りたい。べふ温泉にはバスが1台、止まっていて県内の高校生が来ていた。遠足なんだろうか。私が湯舟に入るときは彼らはバスに戻ったあとで、誰もいなかった。独占で入れるなんて最高です。露天はないけど、窓越しに見える景色は渓谷で、お湯も美人系のアルカリ温泉。身体の埃も綺麗に洗い落とすことができた。

<轟の滝へ行こうとする>

物部村の轟の滝キャンプ場の様子を見ようと、物産センターの所を北に折れてみる。何のことない、轟の滝まではなかなか遠い…。また買い出しに戻るのはいやじゃぁーと叫びながら旧道をクネクネと走っていると案内看板がいつのまにか後ろ向きに矢印を変わっている。(^^ゞ

やめた。やめた。休憩だ、ってわけで対岸に国道が見えるところで休んでいると、川の河原の方角(沈下橋のような橋がある)からワンボックスの車が上がってきて私の前でおじいさんやおばあさんを何名か降ろした。バスにはディサービスと書いてあったように記憶する。(メモをしなかったので記憶が曖昧です…。)つまりは、村の介護サービスか何かでおじいさん達をお風呂にでも連れて行ってあげてたんでしょう。

そのひとりのおばあさんを呼び止めて、しばらく立ち話をしました。この村にあの国道が開通する前の頃の話を訊ねてみた。その頃は私たちがいる細い道しかなかったという。耕運機が通れる程度だったと想像する。こんな道をこれから走って高知まで行く気にはなかなかなれないな。10年ほど前に各所にトンネルができ、快適な道が開通していったらしい。それでも人の流出は止まらないようですが。

<西へ→越智町まで行ってしまう>

私のTMには、越智町の宮の前公園と言うのは載っていない。横倉の橋の手前の河原部分に相当するところにあるコスモス公園が宮の前キャンプ場である。先に商店街に寄って小浜キャンプ場への道順を訊ねて、実際に行ってみたが河原が想像以上に荒れていたので悩んだ後、諦めて来る。そ戻る途中の集落で立ち話をしていたおばちゃんに「他にどっかキャンプできるところはないものか?」と訊ねたら「みなさん、コスモス公園(宮の前)に張っておいで」だという。これで心は決まった。大急ぎで買い出しをしてキャンプ場に急行した。いい公園です。トイレもあるし、景色もいいし、静かだ。

<夜は更ける>

国道から河川敷へとバイクを下ろしテントサイトを物色し始めると、朝、見かけたFJさんが先客として既にテントを設営し終わっていた。そして、奥の方で張ってらっしゃる夫婦の人が一緒に食事をしましょうと誘ってくださったので少し話をしていたと言う。越智温泉を教えてもらったのでこれから入りに行くと言って出かけた。その代わりに私が、明るいうちだけ甘えますね…といってテーブルに腰掛けた。自分の買った缶ビールを1つ持って話を始めたら10時頃まで話が弾んでしまうことになる。風呂から帰ってきたFJ氏も仲間に入って日本酒も炭の残り火で温めの燗となり、みんなが饒舌になってゆく。

<島根の人>

ご夫婦は子どもさんがなく芝犬とゴールデンレトリバーという犬たちとの4人?の家族という。ご主人は昔、山男だったという。加藤文太郎の話などをして話が弾む。出雲の人で、美味しい蕎麦屋のことや有福温泉の話などをした。出雲の地方の人は、小泉八雲のことをラフカディオ・ハーンとは呼ばずに、ヘレンさんと呼ぶのだと話してくださった。ハーンがヘレンに変化したのだろう。砂の器でも紹介されているように、東北弁に似たややズーズー弁の言葉で、更に話を進めると、出雲横田の生まれだとおっしゃるのでまたまた驚いた。

「何故、バイクで旅に出るのですか?」と訊ねるので、「ううん、幾つも理由があると思いますけど、確実にひとつをあげれば…それは社会からの逃避でしょう」

と私は答えた。FJ氏が深くうなずいて「社会の中の規約とか秩序とか強弱とか制約とか、そういうものを否定するわけではないけど、少し逃げてきてるんですよ…」とフォローしてくれる。わざわざ言葉で確認しなくても構わない、ピースはそのためにあるのだろうと感じた。

さて、夜更かしをすると明日に差し支えるなあ、と思って早々においとましたのにそれが既に10時を回っていたらしい。夕飯を買ってあったのでテントに戻ってから腹に納めた。ご夫婦に日本酒と焼き肉をご馳走になるという経験は、今までで初めての経験だった。

2000.05.13 // ねこさん。


5月3日 水曜日 第3日目 晴れ

keyword

竜馬、仁淀川、越智、大峠、田植、千枚田、おばちゃん、土佐弁カルスト、鳥形山、大規模林道、五段高原、韮が峠、大芽峠、脱藩

5時頃になると空は既に明るい。堤防に植えられた楓の並木の下に張ったテントから綺麗な石段の遊歩道が見おろせる。その下が仁淀川のせせらぎである。せせらぎの向こうの河原にかぶさった雑木林の上に真っ赤な太陽が昇り始めると、テントに白い光線が届き、それが私の気持ちをウキウキさせてくれる。天気に恵まれるということにこのうえない感謝である。

日の出は6時頃だったと思う。歯磨きをしたり荷物を片付けたりしているとあっという間に時間が過ぎる。御主人と奥さんにお礼を言うためにテントまで行くと何だかよそよそしい。昨晩はお酒が入っていて明るくなっていたのだろうか。人の付き合いって難しい。いや、眠かったのかもしれない。奥さんが何枚か写真を撮ってくださっていたので、それを送って戴けるというので住所を書いた。日本テレビの福留さんのような雰囲気のご主人だ。朝に挨拶をしてお別れしたが、土佐の美味を味わいたいとおっしゃっていたので、うまく出会えることを祈った。あれから美味しい高知の味を満喫なさっただろうか。

<大峠>

越智町の仁淀川の橋のたもとを曲がって大峠を目指す。途中に桐見ダムの公園キャンプ場があるはずだ。小浜キャンプ場とこのキャンプ場しか私のTMに掲載してなかった。迷ったもうひとつの場所も調査しながら過ぎる。ダム湖の上流にある公園のようなところで、子供の遊べる滑り台などが見下ろす河原の上に見えた。誰もテントを張っている様子はなかった。

県道・大峠を越えるとそこはR439である。カーブの様子を地図でみれば、道のりがどの程度かは想像できる。しかしそれ以上にすごい峠だった。狭道マニアにとったら絶頂感覚の峠とでもいうか、ワインディングをひとつづつクリアしながら、凄い道やなあ…と叫びまくっている。やってくる車にはまったく遭わない。斜面に建つ家々を眺め下ろし、早苗を植えた水いっぱいの水田を横目に淡々と坂道が続く。このあたりの千枚田も田植えの季節で、道端のスペースには軽トラがたくさん止まっていた。整然と積み上げた水田の石垣を眺めながらのぼってゆくと感動が少しづつこみ上げる。民家の屋根瓦の苔や柿の木の新芽をひとコマひとコマしっかりと見ながらのぼる。しかし、この感動を一枚の写真に納めるのは難しかった。こういう場での感動というものは、のぼりばがら少しづつ蓄積されるので、スポットにバイクを止めてそれを一枚の感動作品にするのは難しい。早々に諦めて、私の脳味噌の記憶機能に頼ることに切り替えた。

斜面にはお茶の畑がある。明るい緑の新芽が吹き出している姿が5月初旬らしい。見てるだけで嬉しくなってくる。しかし道路は厳しい。頂上が近づくにつれてガードレールが設置されている箇所が減ってくるし、カーブミラーも皆無。クラクション鳴らせ!の交通標識だけが目立つ。今まで様々な峠道でも本当に鳴らしてみようと思ったことなどあまりなかったけれど、この時ばかりは鳴らして曲がろうと思った。

<おばちゃん>

立派に植林された杉桧林を縫うように道が続く。峠を越えて下りになったら遥か下にR439が見えた。ヘッドライトの明かりがうっすらと見えるような山岳道である。そんな下り道をひとりのおばあちゃんが歩いていた。ちょうどそのあたりに白い小さな花がたくさん咲いていたのでバイクを止めて

--- あの花はなんていう名前ですか?

と訊ねてみた。

おばあちゃんは、土佐弁である。

いい響きで、

--- なんていう名前かは確信はないけど、菖蒲(しょうぶ)の一種だろう、

という。

--- 引いて帰って庭に植えたらすぐつくから

といいながら花をちぎっている。

--- 持って帰れませんから…

と私が言ういうと、ポイと棄ててしまう。これも自然のバランスなんだろな。

<無駄話>

このあたりの在所のことに話が及ぶ。

--- すごい山深さですね、何をして暮らしていたんですか?

と訊ねると、

--- 芋を作ったり粟を作ったりして、米は農協から買っていた

という。

--- この下の集落を長者といい、ほかの高知の人に長者に嫁にいったと

  言うと羨ましがられるほど豊かな自然に恵まれた所だ

とそれは流暢な土佐弁で語ってくれる。きつい斜面に推測樹齢が100年程度の杉や桧が植えられている道で、話は止めどなく続いた。たくさん話をしたが、レコーダーもないし即座にメモをしたわけではないので、残念ながら忘れてしまった。

--- この立派な木は、もう売りものにはなりませんね。

  誰も買ってくれないもんね。自分の家に使うしかないもんなー。

私はそういうと同時に、そうか、この木を植林した先代の人たちは、今のような時代を夢にも見なかったわけか…と気が付く。

普遍的な空間にいると、社会の流れに対する疑問が一段と胸を突く。

爽やかさが残ったのが嬉しかった。

そうそう、大きなみみず(この時は何か不明)が山道を這っているのを見たので「あれは何ですか?」とも質問した。「みみず」だという。何だかこの山の中に暫く滞在して景色や動物や植物をみていたいなと思うが、いつもながらそんな贅沢はできないなあ。時間を棄てるように使ってみたいものだ。

おばあちゃんと別れてから、1箇所、素晴らしい風景を見た。あの景色をフィルムに納めなかったのが心残りだ。下りの坂道のせせらぎで洗い物をしていた女性を見かけたので、このあたりの小学校はどれほどの生徒がいるんですか?、と質問をした。鳥形山の鉱山(日鉄…といったかな…)の社宅があってひとつのクラスには10名ほどだそうだ。半分が社宅の子供達らしい。

*先日、休暇を取った日に、時間の合間をみて図書館へ行った。

 植物図鑑であの花を調べるためである。しかし、休館だった。

 GWに開けていたからだろう。複雑な気持ち。また行くから

 いいや。

<四国カルスト>

鳥形山。様々な話を聞いた後には違って見える。だから、地元の声は大事なんですよね。随分と岩石を削り取って、やがては、なくなってしまうのだろうか…。五段高原にR439から駆け上がった。大規模林道が交わってくるのが寂しいけど、高原の駐車場にはバイクも多い。またFJさんに会った。割と長い間、中味のない話をする。彼は鶴姫平でまた会うが、それからは石鎚山方面を走るという。寒い。1000メートルを越えるということもあろう。アイスクリンの店を出しているおじさんがいるけど、あれは嫌みだったな。

ここまで来ると今年は行くつもりがなかった「竜馬脱藩の道」が目にとまる。韮が峠まで来てしまっている…。ここで宮城ナンバーのKLEの人に出会う。99年モデルだそうで、気に入っていると話していた。

大芽峠まで大規模林道を走って、もう一度、韮が峠に戻ってくる。途中で山菜採している家族に声を掛けた。「ウドですか?」と聞いたら「イタドリ」だと言う。その後、脱藩の道を野村町に下り、関所跡に分け入ったりしながら、TMに脱藩の記念碑を目指した。野村町から河辺村への林道を走って行く。石碑があるだけで、何もない。あまごを食べさせる店があったな。このあたりの脱藩の道は、残念だが、徒歩で越える散策の道なので、それなりの計画をたてねばならない。

<人が恋しい?>

河辺村から鹿野川のダム湖のほとりまで出てきて少し梼原に向けて走るがすぐに野村町の方に行って、R441の桜が峠から土屋トンネルを越えてゆく。松野町を経て地蔵峠を回ってから四万十川に出た。地蔵峠方面に行ったのは、松野町青少年旅行村キャンプ場に行ってみるかな…と考えたからである。しかし、無料のキャンプ場にこだわった私は四万十川の河原に期待を寄せた。カルストに行ったあとは、四万十川に降りて行こう初めから考えていた。2日間で人恋しくなっている私がいた。中川さんに会えるかも知れないとも思った。2日の夜に月が谷温泉村で(恐らく)泊まった彼女は、今日あたりに剣山を越えて旨くことが運べば四万十川のどこかのキャンプ場にいるような気がする。おおーい、恵みちゃーんと叫んでみても声は届かないな。ケータイの番号は知ってるが、それをしちゃあ味気ない。私の意地のようなものがあった。VFRの姿は、期待通りには現れない。

<道の駅・大正>

近くに轟公園というのがあって割と良かったのだが、バイク乗り入れ禁止になっていた。荷物だけを何度も運び込むのは嫌だったので少しだけ乗り込んだら、広場の向こうの方でテントを張っている男性がひとりでやってきて「乗り入れ禁止って書いてあるでしょう」とヒステリックに叫ぶ。こんな所で言い合いをしたらあと味が悪いのでこここで寝るのはやめた。無反応で引き返しす。もしも私が+に返事をしても-に応えても結果的に気持ちに傷がつく。いい感じの広場だったが、モノの言い方には気を付けるべきだということを他人の言動を見て知った。再び道の駅に戻って時間を潰した。しばらくだらだらとしているうちに、同じことを考えていそうな人たちが集まって、みんなで寝れば…ということになった。職員のおばちゃんは「ここで寝てる人をよく見ますよ、寝てもいいんじゃないですか、車椅子の人の邪魔にならないようにして…」というので気持ちが決まった。4人で話が盛上がる。テントを並べて張ったチャリダー君が、以前に大峠を越えたことがあるという話をしてくれた。自転車ではさぞかし大変だったろう。彼もバイクにはピースを出すと言っていた。

2000.05.13 // ねこさん。


5月4日 木曜日 第4日目 晴れ

keyword

道の駅、キャンプ、宿毛、足摺岬、カツオ飯、四万十川、杓子峠、R439、コスモス公園、大正市場、斗賀野、身代わりの鈴

道の駅・大正のそばには、リバーサイドキャンプ場というのがある。国道の向こう岸に散りばめられたテントを見て、行くのをやめた。道の駅も快適であるけど、夜中に車の出入りがあることが難点である。道の駅で寝るときは、それを真っ先に気を付けてテントは駐車場から離れて張るべきである。

3時過ぎに目が覚めた。夜露が雨といの隙間からテントの上に落ちてくる。ポタ・ポタと気になるので、外に出てテントをずらした。山間なのでピリピリと寒さが

滲みてくる。バイクは屋根の下に突っ込んで置いたので夜露は付かない。

<R439>

早々に皆さんがテントを畳み始めるので私も習った。ようし、この時間ならR439を走れば宿毛YHに8時頃に着けるぞ。NAVYさんに会えそうだ。そう思ったら元気が出てきた。R439のこの部分は初めての四国で走った箇所だ。杓子峠を越えて南下は続く。中村が近づいてきたら民家が1軒見えた。するとまもなく道路が広くなって、センターラインのある道に姿を変えてしまった。

<宿毛YHへ>

宿毛YHの場所はおよそ知っていたので、地図をほとんど見ないでひたすら走ったらミスコースをして宿毛市に入る前に右折してしまい、また四万十川に戻ってしまった。大きな川が現れて初めて気が付くという情けない有り様でした。

出発をして行く人であわただしい中、NAVYさんを呼んでもらって、道端で立ち話をした。そのあと、足摺岬を目指す話をして、また会うかもね…といいながらお先に別れたが、しっかり岬の駐車場で再開できた。

<足摺岬へ>

宿毛市から足摺岬にかけての国道をサニーラインというらしい土佐清水市に着く少し手前に道の駅が出来ていた。カツオ飯をテントで販売していたのを見るとお腹が減ってくる。売り子さんが可愛らしい子だったので、1パック買って近くのテーブルで食べた。ゴミ棄て箱がなかったので、可愛子ちゃんに訊ねたら棄てておいてくれると言って引き取ってくれた。

--- この道の駅はどのあたりですか、

と、地図を見せながらと聞くと、

--- 三崎港のそば、このへんです!

って、嬉しそうに教えてくれる。

足摺岬の西海岸の側の道も薦めてくれたので、岬からの帰りに回ってみた。走りながら以前に来たときもこのルートだったことを思い出した。景色が断片的に甦る。

<四万十川河口>

河口部分に大きな橋が掛かっていたので渡ってみた。昨日行った四万十川の騒々しさと較べてここの静けさの方が気に入った。南国ムードの風が吹いているような気がする。河口からR56までの海岸沿いの道路にはサーファーが溢れている。

<高知方面へと向かう>

伊の岬付近を回ったあたりの道端の公園で大休止をした。海を見下ろす芝生の上で横になっていると静岡からやってきたジェベルの男性(私より年上だろう)がやってきて話が弾んだ。徳島から出るフェリーの時刻と、和歌山から鳥羽までの道のりを教えてあげた。しかし、フェリーの時刻の転記に私のミスがあって、私自身も徳島港で30分遅れて船に乗ることになる。ずっとあとになって気が付いて船の中で懺悔をした。

<今夜の野営地を思案する>

2時か3時を回っていたと思う。YH岩本寺の近くから四万十川を遡って、もう一度梼原にいこうという案もあったが、腹が減っていたので久礼の大正市場に行けば何か喰えるかと思って寄ってみたが、車が溢れていて幻滅。有名になり過ぎで、観光客でごった返し、バイクはずっと遠くに止めるように指示をされる始末。アホらしくなって降りずにまた走り出した。

須崎の道の駅で子どもにお土産を買った。去年も同じ場所で買ったのをこの時に思い出した。鈴のキーホルダーを買ったところも去年と同じ。今年は「身代わりの鈴」というものを買った。あまり詳しく読まずにいい音色だったので買って子どもに意味を質問されて困ってしまう。誰か知らないかな…。

まもなく4時を回ろうとしていた。腹のうちは決まった。越智町のコスモス公園で寝よう。越智温泉にも入ってこよう。決めたら早かった。斗賀野の峠を越えて越智に急ぐ。後悔するのは、この斗賀野峠をゆっくりと散策しなかったことだ。高知市をでて真っ先に脱藩の志士達が越えたのは確かこの峠だったはず。最後にみる土佐の太平洋だったに違いない。

<越智温泉>

湯舟にはいる前に石鹸をタオルに付けて首筋を拭いたら、真っ白なタオルが手のひらの形に真っ黒になった。湯舟は独占状態で、窓からはたんぼの風景が見下ろせる。四国に来て2度目の風呂だ。いつもより少し長めに浸かった。

<コスモス公園・宮の前キャンプ場>

温泉を上がったのが5時過ぎだった。街の中に接地されたスピーカーから夕焼け子焼けで日がくれて…の音楽が流れてきたので記憶がしっかりしている。

2日前と同じようにテントを張ってのんびりしていると、大阪からGSに乗った人がやってきて「隣に張っていいですか」というので「どうぞ」と答えた。ついでに、温泉があることやスーパーもあることを教えてあげたら、買い出しのついでに缶ビールをひとつくださった。ありがとう。貧乏旅だし嬉しかった。瓶が森林道やカルストの林道を教えてあげた。彼は昨晩、祖谷渓谷で泊まったという。2℃まで気温が下がったという。5℃が我慢の限界かな。眠れなくて早く朝になるのを待ったという。

この日の夜は、最後だということで、少し贅沢な惣菜を買い込み、明るいうちからゆっくり食べて、夜も早々に眠る。

2000.05.13 // ねこさん。


5月5日 金曜日 第5日目 晴れ

keyword

高知、四ッ足峠、物部、徳島、青年、フェリー

<徳島港まで>

朝早くに目が覚めた。高知市街の渋滞は、朝のうちに抜けて、徳島に急ごう…。家に帰ることを思うと急にわが家が恋しくなってくる。昨日の晩には、讃岐のうどんをもう一度…などと想いながら眠っていったのに。

距離を計算すると250キロほどあるので、早くても5時間ほどは掛かりそうだった。6時に街のサイレンが鳴っているのを聞きながらキャンプ場を飛び出した。仁淀川も四万十川に劣らない清流である。R33(松山街道)が高知市に差し掛かるあたり、伊野町の橋からは紙で作ったこいのぼりが川に流してあるのが見おろせた。カメラを手にした人がちらほらと伺える。残念だが、走りながら見て先を急ぐ。

高知市郊外は、難なくクリアし四ッ足峠を目指す。来るときにも走ったし去年も走った道だがこういうコーナーの連続を自分にあった速度で楽しむのがいいと思う。物部のライダーズインにはたくさんのバイクが止まっている。その前の橋を渡って、「ふるさと○○センター」みたいなところに止まって冷たくなった手を温めた。店の準備をしていたおばちゃんにこれから徳島まで行くのというと、3時間じゃ行けないでしょうと忠告してくれた。結局2時間半ほどで行ってしまうのですが、計算すると法定速度を結構上回っているみたい。四ッ足峠のコーナーでステップが擦るのも無理のない話だったか。

<フェリーの時刻・転記ミス>

11時25分だと思っていたので、10時半ならバッチリだと満足にターミナルに着いたら、あと5分で出るという。次は11時45分。結局、1時間余りを埠頭でのんびり過ごして乗船した。

<アメリカ人青年に話しかける>

日本語くらい喋れるだろうと思って話しかけたら、まったく話せないというアメリカ人青年に話しかけてしまい、約1時間ほど旅の話をした。私は語彙が豊富じゃないので、なかなか思うように会話が弾まないのであるが、彼はぺらぺらとよく喋ってくれた。

そりゃあ、日本に来るために4週間も休み無しで働いたりしたそうで、大好きな日本に来れて嬉しそうだった。広島に感動したと言う。他にも、子ギャルの厚底靴のことや日本人には英語を話せる人が少ない話などもした。フェリーから見える景色のこと、淡路島のこと、漁業のこと、お魚が美味しい話などもした。そうそう、彼は広島の次に東京が気に入ったと言っていた。街が美しいという。

松本、京都、尾道、広島、松山、高松などを回って次の月曜日に6週間の旅を終えてアメリカ(ニュージャージ?)に帰るという。奥さんが待っているという。月曜日に帰るんだという話の前に、紀伊半島と伊豆に行くという話をしていたので、白浜温泉を薦めたりした。電車で移動できるか?と聞くので大丈夫と答えた。月曜に帰るんだ、という話を分かれ間際に言うんだもん。それまでは、ゆっくりな旅を楽しんでいる、と言ってだけだったから、この土日だけで紀伊半島を回って月曜日の飛行機に乗る為にJRに乗るにはどうしたらいいか、という話をしてあげるチャンスがなかった。

ラッキー・トラベル・プリーズ…なんて訳のわからない私の英語で別れた。どうなっただろうか、少し心配。でも、人情深い日本人のことだから何とかなってるか。いや、私のようにお節介人が多いので、帰りの飛行機に乗り遅れていないか…。

<和歌山から松阪まで>

いつものように、淡々と走り、高見峠を越えて帰ってきた。3時間30分ほどかな。5時過ぎに家に着き荷物を解き、6時に松阪駅に着く母と子を迎えに行って、その足で、粗食に耐えた腹にご馳走を入れてやりに居酒屋に向かった。

2000.05.13 // ねこさん。


5月5日 金曜日 第5日目 晴れ

<支出表>

-----------------------------------------------------------------

支出 金額

----

5/1 フェリー 3140 11:25発

うどん 100 三嶋

うどん 250 山内

弁当 480 ローソン

ウーロン 140  〃

ビール 260 daimaru

チューハイ 115  〃

ガソリン 9.52L 出光

小計 4485

----

5/2 ガソリン 4.6L 出光

ガソリン 9.0L 日石

べふ峡温泉 500

夕食買出し 208 越智町 サンワールド

小計 708

----

5/3 ガソリン 8.7L 日石

パン・スープ等 378 大正マート

ビール 310

チュウハイ 220

小計 908

----

5/4 カツオ飯 500 道の駅(三崎)

缶ジュース 120   ?

土産 300 道の駅(つのやま)

越智温泉 700

ビール 255 越智町 良酒倉庫

チューハイ 135  〃

夕飯買出し 1194 越智町

ガソリン 11.1L 出光

小計 3204

----

5/5 ガソリン 10.4L 出光

フェリー 3140 11:45発

小計 3140

----

総計 12445円

-----------------------------------------------------------------

(*) 今回の予算は、30000円でしたので、残額は「ツーリング基金」

に積み立てられた。母子には融資もおこなう。健全な基金である。

2000.05.13 // ねこさん。

2009年2月 4日 (水曜日)

如月

◆◆ 巻頭言

▽ 2月になりました。

▽ 寒さが募るために着物を更に重ねて着ることから、昔の人々はこの月を如月と呼んでいたそうで、覚悟を決めてこの季節を迎え身を引き締めていたことが伺えます。

▽ その一方で、泣いても笑ってもやってくる春は、もうまもなくということで、待ち侘びる気持ちから、気候が陽気になる時期を「気」が「更」に「来」ると当てて「気更来」とするという説もあるようです。

▽ 春は名のみの風の寒さよ、と歌われるように立春を過ぎてもまだなお朝夕の寒さは厳しく、夜明けが幾分早くなったとはいえ、新聞配達のバイクが暗がりの住宅街を走ってゆく音には頭が下がります。

▽ 特に今年は例年ほど氷や雪に悩まされることなく、伊勢平野は暖かかったように感じられありがたいのですが、その一方で大根のハサ掛けには寒風が良く似合うなとも思います。

▽ 節分が過ぎて、立春も終わって、もう少し、名のみの春とお付き合いください。

 せんべいの紙たべてゐる子鹿かな 長谷川櫂

▽ この次にメルマガを書くときは、奈良・東大寺のお水取りも始まっていることでしょう。

◆◆ あとがき

▽ 「氷が融けたら何になる?」と尋ねたら「水になる」答えた人に、「いいえ、春になります」と応じたなぞなぞ問答のような話がありましたが、霜柱を踏みながら道草を食ってい行く子どもたちの姿や池の水面を覆いつくすような氷に出会うことがめっきりと減ってしまい、今どきの子どもたちはこんな話をしないかもしれませんね。

▽ 先日、「まちかどエコ」の取材で松阪市にあるベルファームを訪ねました。風が冷たい日でした。朝市を覗いてみましたら、真っ白に洗った嬉野大根がどっさりと積んでありました。土を落として出荷した農家の方々はさぞかし水が冷たかったことでしょう。この日は旬の食べ物をその時期に美味しくいただくということを見直す日になりました。

節分や豆の数だけエロクなる

節分や豆の数だけエロクなる

鬼は外、好きなあなたに豆投げる

じゃんけんポン、鬼さんこちら、チュウしておくれ

夕時雨可愛い鬼さん手の鳴る方へ

節分や豆の数だけエロクなる

腕組んで鬼さんこちら夜の街

---

鬼も様々。

心に鬼はいますか?

※ (最初は)
鬼は外、好きなキミへと投げつける
鬼ごっこ豆の数だけエロクなる
腕組んで鬼さんこちら露地の奥

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