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2009年2月 8日 (日曜日)

御嶽山・ぐるっと回って5百キロ

99/10/18  22:31

10月16日土曜日。

学校にゆく子どもを7時半に送り出し、アルバイトにゆくお母さんをそのすぐ後に見送って、私もバイクに跨った。雨があがって晴れ間がのぞいている。小学生が登校する姿をあちらこちらで見ながら、いってらっしゃいとヘルメットの中で呟く。うちの娘が学校に行く(登校する通学路の)姿ってぇのは6年間で1度も見たことがない。1度でも見たいな、写真にランドセルの姿を撮りたいな、などと思いながらインターへ。今日は泊まりじゃないので宿代の分だけ高速利用が出来る。ハイウェイカードを3千円分だけ買おう。

松阪インターをあがると伊勢湾が見渡せる。この景色は全国各地を回ってきて、その中でも好きな景色だ。特に日の出前と夜景は素晴らしい。燈台もと暮らしの人にぜひ見せて上げたい。

2時間も走れば名古屋の北側に出られるのでここからはR19号を走ってのんびりと北上する。何度も走って慣れた道だけど、だんだん寒くなって来るのを感じながら、ひと夏を過ごして寒さを忘れた自分を嘆く。

地元のミニコミ誌のMさんから何か書いてくれますかとメールを頂き浮かれている。中山道を走ってみようか。何かいいネタでもあるかも知れないし。でも邪心はアカンぞ。

出かけ前に家内と娘が栗きんとんを買ってきて欲しいと言っていたので、早速、中津川の「すや」さん寄って買った。190円なんだけど、小さいんだよな。確かに美味しいのだけど、甘味にそれほど高額を払うつもりもないのでバラで6個買ってBOXに放り込んだ。

馬篭宿に向かっていつものコースを走る。「これより北木曽路」の碑を越えて、十曲峠、芭焦の句碑、正岡子規の句碑、島崎藤村の句碑で立ち止まりながら石畳の道の下に出た。ここでは止まらず今日はこの石畳の街道の坂の上の駐車場に行ってみることにした。

街道の坂に熟れ柿灯を点す(かいどうのさかにうれがきひをともす)誓子

馬篭本陣資料館のそばに山口誓子の句があった。その碑の横、石畳の坂道の脇を山の上から水が勢いよく流れ落ちてくる。しぶきが飛び散る。秋だというのに枯れることもない。

この句を目にしてから柿が目について仕方がない。中山道を北に向かって、御嶽山を周回するために開田村の中に差し掛かった。ここでも柿がたわわに実っている。子どもの頃、よく柿の木に登ってかじったなあ。

紅葉が遅いのに気が付き始めたのは、御嶽山の北斜面に出てからである。というか、もうすぐ赤くなるのだろうと思っていたら結構な高度に来ていた。標高が低いからだろうと安心していたら、そうでもなさそうで、色づき具合が少し変である。寒さも一段と増してきた。道路の温度計が10℃を切った。やはり、紅葉が遅いと思って良さそうだ。

まだ不安定な気団が上空にあるのだろう、御嶽山北面の、ちょうど柳蘭峠のあたりは霧が流れて神秘的だった。しかし、走っている私はそんな優雅なものではなく、寒さで顎がケイレンしそうだった。昔もここで霧に遭ったなあ。でも、あの時はこの道は1級のダートだった…。素晴らしい道に変わってしまった。有料にしてもいいくらい。

バイクにはまったく会わないまま、御嶽山パノラマラインを走り抜けた。

(あとがき)先週、メグロさんに行ったついでに空気圧を見てもらったらやたらと低いことが判明した。定圧よりやや高めにしてもらって乗り回してみると、何と新車の時の感じ。ステップ・スリスリ。こんな調子で周回道路を楽しく走らせていただいた。

(はみ出し)10月下旬に行く人がありましたら、紅葉には期待できますが、冠雪も期待できますぞ。セーターを1枚でも2枚でも好きなだけお持ちになりぜひともお越しください。車で手軽に行くなら、駒ヶ根に行ってロープウェイってのもいいですね。家族サービス向け。2996メートルのからのパノラマを昔に味わったことがありますが、こればかりは行ってもらわねば…。関ヶ原から奥琵琶湖、鯖街道へ

99/10/30  21:42

10月30日、土曜日、快晴

久しぶりに?450キロほどを9時間ほどで走ってき←アレ?先週は?ました。鞍掛峠工事中で断念し、立ち直って関ヶ原の古戦場に立ち寄る。いや、石田三成の陣地跡に寄ったが正しい。

数々の不運がなければ…時代は違ったと思う。

徳川でなく石田の方が知性に優れ才覚もあったのだから、と思う人も幾らかはいるでしょう。私もその一人です。しかし、その前に私は、秀吉ではなく光秀の方にやはり知性があり才覚があったと思っているので、1600年はまた違った形で迎えていることになるが…。

今年は400年記念で関ヶ原が騒がしい。史跡の周りの駐車場などの工事が進んでいた。

伊吹山は、くっきりと見えた。スキー場の方から見上げると登山道路がジグザグに伸びていく。昔、登ったなあー。新婚時代…。

湖西の比良山は霞んで見えない。湖北に近づくと風が強くなって幾分、冷たく感じる。11月になってから来ると、只事では済まないほど寒い。おそらく琵琶湖のところでちょうど地形が窪んでいるので、北からの寒風がここを通るのだろう。

奥琵琶湖パークウェイも、GWや夏のようには人の姿などない。遠藤周作さんがこよなく愛したという素晴らしい景色の「菅浦」を通って、一路、鯖街道に急いだ。

今日の本当の目的は、朽木村で鯖寿司を買うことにあった。朽木村から京都への峠を「途中峠」という。私が去年のGWに朽木村を走ったときはひとりではなくしかも京都から湖北へと向かっています。しかし、今日はその記憶を払拭するように湖北から途中に向かって走ります。去年のレポートはこう書いています。(文章以外で修正あり)

<朽木村へ>

織田信長のおもしろさは桶狭間の奇襲や長篠の戦だけではなく、1570年の浅井氏を攻めて失敗し、この朽木街道を必死で退却したことであろうか、と司馬遼太郎さんは「街道をゆく1」で書いていたのを思い出している。だから、何の変哲もない花折峠がとてつもなく素晴らしく思える。この時代(戦国)の歴史(または歴史小説)をかじり、その世界にハマっていった人も多い事かと想像する。明智光秀は悪人扱いをされるが、いろいろ読みあさると、素人の私などにはこの上なく魅力の溢れた才人であった事などもわかる。にわかにかじった知識をダシに、こういう峠を越えるところが楽しい。年々、道路工事が施されこの峠道も広く改造され、車も増え、確かに地元民には便利になってゆくのかも知れないが、確実に自然を破壊している。谷の奥深くをえぐり入るように安曇川を下った街道も、現在ではトンネルが幾つも開通して、直線的になり、行き交う車を悩ませた狭路もほとんど無くなってきた。国家によっては、土木工事に重きを置かない国もあるだろう。昔のままを残し、不便でありながらも、生きていく中での文化を大事にしている精神を学びたいと思うが。しかし、こういうことって学ぶ事なのか。家に帰ってからあの時のレポートを読んでいます。これじゃー誰もツーレポとして読んでくれないね。

(あとがき)

寒かったです。

道路の温度計で一番低かったのが14℃。私は寒がりですから、デニムのジャケットにトレーナー&冬物上着で挑みました。お腹のあたりに風がスースー。

鯖寿司は旨かったです。朽木村の「梅竹」です。もしもお越しの方があるなら詳しく教えますよ。時間があったら京都のお寺も廻りたかったが、それはやはり無理ですな。また、今度。

11月の末から12月初旬に湯豆腐を食べに行きます。←計画では!行ける人を誘いたいのですが、いますか?>銀のマドラーにでも書いて正式募集をしようかな…。

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