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2009年2月 8日 (日曜日)

紀州(竜神&十津川温泉)1995年

《はじめに》

数日前から随分と冷え込むようになって、薄着でも大丈夫だろうと楽天的に考えていたのが不安になってきた。しかし、家の周りの街路樹などもそれに伴い急に色づいた様子で、やはり寒くならないと紅葉には出会えないということであろう。11月の初日には北風のような冷たい風が吹いて、雲が流れてきて時々日陰も運んでくる。この寒さがすっかり冬の気配で、優欝になってしまう。ひとりで走るスタイルがすっかり定着してしまった近年であるが、去年ネットを通じて連絡を取り合いY君と一緒に走ったことを前例に今年もまた行こうというのである。場所は紀州、テーマは温泉。今回のツーリングは二人ともが貧乏ということもあって近いところでのんびりと走ろうと思う。紀州は近くても意外と知らないところも多く、温泉も豊富であるためすんなりと目的地として意気統合した。ゆっくり料理でも作ろうかと思って準備にかかるが、手の込んだものをするとなると小道具が増えて困る。暖めて食べるインスタントものを現地購入することになりそうである。ごそごそと部屋を掃除していたらカメラのフィルムがひとつ出てきた。少し古そうなのでカメラを二つ持つことにした。そういう事例が過去に何度もあり撮って帰ってきた試しがないのに、またこうしてカメラをタンクバックに詰めているのが滑稽で子供のようである。それだけ今回のツーリングには気合いが入っているのかも知れない。


(95.11.3出発前)

【11.3文化の日】

《出発まで》

早朝、いつものように目が覚めた。6:00になろうとするのにまだ暗い。シンと静まり返っている。天気が良いことはテレビなどで予測しているから心配ないが、寒いのが少し気にかかる。自分の部屋でパソコンに火をいれてじっと読んでいると遠くから電車の過ぎる音が聞こえてくる。急激に冷え込んだから気温の逆転層ができて遠方の音が反射して届いてくるのだろう。寒い季節の早朝ならではのものである。今日は文化の日で休日なので近所も静かである。登ってくる太陽の光が青空の全貌を見せてくれる。雲ひとつない。子供とお母さんはまだ朝のまどろみの中にいる。折角の休日に早くからごそごそして申し訳ないが、そろそろ荷物をまとめて、準備を始めなくてはならない。

《出発~吉野山まで》

8:30。子供も起きてきたので、シャッターを押してもらったりして記念撮影をしているうちすぐに出発の時間を迎えた。今日も高見峠を越えるのだという気合いのようなものがじわりじわりと心の内から沸き上がってくる。峠に近づくと雲が厚くなってくる。あれれ、寒いぞ。あとで思うにこの峠が一番寒かった。ちょうど冬型のきつい日だったこともあるとは思う。峠の狭い道路でとてもマナーの良いトラック二台とすれ違った。おっと、女性ドライバーで、その子があの宝塚でNHKのドラマに出てた子のような可愛い瞳であった。朝からごきげんであるぞ。

吉野に着くまでに寒さのために顎が疲れてしまった。革の下はTシャツだけ。革の上は冬物ジャケット。峠の寒さは少々効いた。駅に着いてトイレにかけ込もうと思ったらトラブルである。ズボンのファスナーが壊れて開きっぱなし。応急処置をするだけで手にマメができてしまった。

《吉野山~天川村》

Y君が腹をすかしてきているはわかっているが、美味しい柿の葉寿司には巡り会えそうにない。ひと通り吉野の周回道路を走って見物をしながら物色するが無く、地蔵峠を通って天川村に向かうことにした。黒滝村の隅っこ(R306)に道の駅ができていた。驚き。こんにゃくの串ざしが\100で田舎のおばちゃんが売っていたので食べてみた。田舎の本物のこんにゃくである。旨い。

笠木峠を越えなければねば天川村には行けない。その途中の黒滝茶屋で柿の葉寿司を食べる。\500。まあ安い方だろう。旨い。腹も満たしてさあ笠木峠に差し掛かる。トンネル完成済みかと信じていたらできてない。ワインディングを必ず走らないと天川村には行けないのである。ちょうど「もみじ祭」をしていて人出もあった様子である。

《天川村~十津川温泉》

行者還り林道でも洞川林道でもないルート。南西に向かってR168に出て、谷瀬の吊橋を見て十津川村に入った。R168という国道は最低の国道である。まず、狭いにも関わらず観光バスやマイカーが多くて、今時珍しい渋滞現象を起こしている。それに苛立つのかも知れないがドライバーの運転マナーがすこぶる悪い。二度とこの道は通りたくないと思った。それにしても、マナーのことに話が戻るが、最近、特に車のマナーが悪いように思う。我先勝手、譲り合わない、規則違反、常識違反など。

十津川温泉に着いたら夕刻となっていた。もう一時間もすれば真っ暗だとは知りながら公衆浴場に行きひと風呂浴びた。\300。ウワサの湯である。満足^2。計画段階から思い入れがあったために、随分と長湯をしてしまい、予想通り動けなくなってしばらく浴槽の横で死んだ状態で過ごした。その後、上湯に行く途中の河原のキャンプ場(\500)に行った。\500は清掃協力費で村の観光協会が徴収しているそうである。高いか安いかは雑多な意見がありそうだ。

《十津川温泉・河原》

淡路島からきたセロー君と一緒にテントを張って、焚火もなく月明かりと星明かりのもとで歓談となった。日中、走っている時は冬の空のように暗い雲が立ち込め、冷たい風が吹いて真冬なら木枯らしに小雪が混じるような雰囲気だった。それが嘘のように晴れ上がり、薄い雲が流れていくのが月の明かりに見えている。意地悪な天気である。今夜は冷えそうだなあと思いながらテントに潜り込んだ。

深夜(三時頃かな)に目が覚めた。トイレに立った所で女性に出会った。彼女はさぞかしドキッとしただろうなあ。髭面の男が月明かりに照らし出されたのだから。---冷えますね、思ったより寒いわ---そうですか。こんなもんでしょう。。。意地を張ったつもりもないがそう応えてしまった。彼女は眼鏡をかけたインテリジェンスな子で、早朝、連れ合いの女性と歩いているのを見かけた。なかなか、サバイバルな女の子たちだった。


【11.4土曜日】

《早朝》

手が切れてしまうほどに水が冷たい。夏なら嬉しいのだが今は辛い。顔を洗って記念写真を撮って出発となった。テントサイトには10軒ぐらい張ってあるかな。サイトといっても石ころごろごろの河原であるが。十津川温泉はすぐ前にダム湖を持っており観光船なども出している。そのダム湖に朝霧が立ちこめて、朝日に輝きとても神秘的である。山肌の紅葉が花を添える。じっと見ていると、ゆっくりと一定方向に動きながら川霧が消えていくのがわかる。手足や顔は冷たい空気にピリリと冷やされているが、空気はもう温まり始めている証だ。本日の晴天を、自然が保証してくれているのか、そう思いながら波も立たない湖面を見つめるのであった。そういつまでもセンティメンタルになってもいられない。上湯へ急ごう。

《野猿と上湯》

観光野猿があるので記念写真を撮った。私は高いところは苦手だからコメントをするのはやめる。上湯は10分ほど温泉街から走ってきたところだろうか。民営の温泉宿の露天風呂と村営の二つがある。村営は\100。セルフで払うようになっている。まず、早朝に行って誰も入っていなかったので熱くて入れない。水を混ぜて入ることとなった。しかし温泉気分は100%である。河原を掘った湯舟もある。お尻が痛いのを我慢せねばならない。

'82の夏に潮岬で泊まった私は龍神経由で北へと向かう予定でいた。が、あの時、通行止めで龍神スカイラインには行けず十津川温泉方面に迂回をさせられた。その道が超悪路であった。記憶は次から次へと甦る。そう、このカーブ、このトンネル、この交差点。。。私が越えてきたのがこの上湯に出てくる道路であった。拳ほどの石ころがゴロゴロしていた。その時、この上湯付近まで下りてきて九死に一生を得たとため息をついたのであった。

《熊野本宮~湯の峰~わたらせ~川湯》

十津川温泉街の方面に戻って一路南下をし熊野本宮を目指した。特に神社には寄るつもりは無かったが朝食になりそうなものを探すためである。「釜餅」という名物を鳥居前の「ししばば市」のおばちゃんが売っていた。つぶあんのよもぎ餅で、旨い。冬の間の限定販売と言う。6個で\500でした。(おばちゃんの説明付)キャンプ場で少し会話を交わした「CB750ボルドール2」の人は熊野古道を少し歩いてきますと言ってバイクを鳥居の前に置いて身軽に出かけて行った。あんな旅もいいなあ。

湯の峰温泉の街並みなども見て…ということで相棒を案内した。公共浴場には入らなかった。硫黄の匂いを嗅いで、川からブクブクと出てくる泡を眺めて、暖かくなった日差しの中でのんびりしている、それがとても心地よい。つぼ湯に入っている女性の足が見えるのが何ともゾクゾクする。

わたらせ温泉はトイレ休憩のみ。以前に入ったので今回はパス。川湯も同様。川湯では仙人風呂がオープンしていた。河原を掘って千人が入れるほどの風呂にしたというのがふれ込みだが、水着を着た皆さんが話の種に来ているという程度で、それほど魅力的な温泉街には見えない。視点を変えれば良さが味わえるとも思うので、いろんな方の意見を参考にさせて戴きたい。

《瀞八丁~十津川温泉》

“瀞八丁はもう紅葉しているかなあ~"と思いながら行き止まりと分かっている道に向かう。その時の計画では、戻ってきて湯の口温泉でテントを張ろうと相談し合っているのに、ジェット船が着く一番奥の集落まで来てみてクロネコの運転手さんに尋ねたら、“十津川温泉方面への村道は狭いが、オンでも走れる"ということであったので計画を即座に変更した。十津川温泉を抜けて今夜は龍神温泉付近とこの時に決まった。

玉置山の麓を抜けていく村道。もしここまで根気よく読んで下さった方がおいでならば感謝をすると共にぜひ地図を開けてチェックをいれておいて戴きたい。関西ツーリングマップp77の中央やや上、玉置山の西を走る道路(村道)です。これが今回の旅で最も印象の深い道路でありました。瀞八丁の谷に架かる怖い橋とトンネルを戻ってそこからが十津川村になります。杉を主体として綺麗に植林された山々が整然と続き、雑木林が所々で朱や黄色、茶色に紅葉している。杉が花?を焦げ茶色に枯らせて冬の支度に入っているのがコントラストを引き立ててくれる。枯れ葉が落ちてさらさらになり道路脇に帯の様に溜まる中、道行く先の山の斜面に村の家屋が点在しているのが見える。どこも昔ながらの民家で、煙突があって、洗濯物が庭に干してある。庭まで車では上がって行けないため、どこかから石段が通じているはずだ。荷物を運び上げる為のエンジン付きのモノレールが幾つも道路脇にみられる。時間をもっと取って、あの風景のどこかでバイクを止め、坂道を歩いてみればよかった。今度、行ったら必ず止まろうと思う。

あの村道の最後の部分の十津川温泉に下ってくる坂道から眺め降ろす村の様子や温泉街、ダム湖の景色も格別である。大阪空港(伊丹)に飛行機が下りるときのビルの景色が山と民家に変わったような大きさである。思わずバイクを止めて眺めた。

《十津川温泉~R425牛廻越~龍神温泉》

さて、龍神温泉に急がねば。―時間以上はかかるだろうと予測をするが、時刻はもう三時を回っていた。今日は山間部の1~1.5車線道路を随分と楽しませて戴くことになった。シフトチェンジの連続で、ふだんトロトロ走っている私にしたらまずまず速く走ったつもりであったが、Y君曰く「普通ぐらいでしょう」だって。時々対向車がすっと現れる。クランクションを鳴らしながらライトを付けてカーブを曲がってくる。それって自分のことしか考えてないんと違う?と尋ねたいなあ。こんなマナーの人が多くなったのも最近の傾向のようだ。クランクションが鳴らせるだけ早く相手を発見したのなら、そこでライトを付けねばならないほどのカーブならなおさら、その場で止まって待つのが普通だと思うが。それだけ現代人はせっかちで、自分のことしか考えなくなったのだろう。

天生峠や権兵衛峠で驚いたことがあった。どちらの規模が大きいかなどを較べたくなるが、尺度が多くて難しい。ただ、クネクネと走りながら町から随分と走ってきたなあ~と妙に感慨深くなってしまう。それだけ山深かったのだろう。数軒かもう少し多いくらいの集落を幾つも過ぎて、道は少しずつ急になっていく。久しぶりに屋根に煙突がある田舎の家に出会った。夕飯や風呂の支度には少しばかり早かったせいか煙が立ち昇る風景には巡り会えなかった。峠の下りで可愛い女の子が二人、自転車で上ってくるのを見かけた。地元の中学生かな。こんな田舎の子供達はさぞかし逞しいのだろうなあ。

こんな村に住んでみたいなあ~と思いながら、しみじみと十津川村をあとにし、牛廻越を下り龍神温泉に下りて行く。ポツリポツリと明かりが街に点り始めるような時刻になっていた。

《龍神温泉》

キャンプ場がなかなか見つからない。道の駅のおじさんに聞いたら、ゴミを散らかさなければどこでテントを張っても構わないという。共同浴場のすぐ前の河原だって構わないというが、残念なことにそこまで下りて行くコンクリートの道にはロープが掛けてあって車両進入禁止でバイクは下ろせない。テントは構わないそうだが歩くのが嫌なので、散々探し回った挙げ句中学校を見つけて、渡り廊下にテントを張ることにした。小学校は明る日に知事選があるので駄目と言われてしまった。温泉にゆっくり浸かった後、ソーセージを4本と缶ビールを二つ買って中学校に戻った。昨晩より暖かそうな夜である。月が一段と明るい。深夜におしっこに起きた。ビール飲みの宿命だな。昨晩に負けない程の星明かりである。オリオン座くらいしか知らないのでそれだけを理解して、流れ星を二つ三つ確認してまたテントに潜り込んだ。降るような星座も憶えていたらまた視点が違うのだろうなあ。そう思いながらテントに潜り込んだ。一度出たテントの中は寒い。テントの中で眠れずぼんやりとしていると<寝返りを打ってあなたにもう一度>なんていうのが浮んできた。これは<寝返りを打ってお前を忘れたい>にも通じるなあなんて考えていたらまた眠っていってしまった。


【11.5日曜日】

《龍神温泉~美山村~金屋町~清水町~龍神スカイライン》

深い谷の中の中学校に朝日が届くのは随分と遅い時刻である。見上げれば周辺の山の頂きは朝日があたって赤みを帯びている。朝露に濡れた薔薇の葉や中学校の校舎を眺めながら少し暖かくなるまでの時間を過ごした。校庭の前の民家の朝の支度はお釜に火を起こしてするのかなと期待したが、こんな田舎でも石油のボイラーが普及しているらしく、6:30頃にボイラーに火が着く音が聞こえてきた。煙突からは煙もでない。まあ、しかたないか。。。

どうしてもスカイラインにお金を払い込むのが嫌で、美山町を経由して清水町を回りスカイラインに入った。このあたりは有田みかんの産地で、蜜柑の木が一面に広がっている。実をいっぱい垂らせた蜜柑がだいだい色を放っている。止まってひと掴み食べてみたい衝撃が走る。でも、もしやれば窃盗だな。吉野から十津川を走っているときは、痩せていそうな土地に柿の木が植えてあった。その実も同じように熟していた。甘く切ない味がする柿の方が現代には受けが悪いのかも知れないなあ…などと思いながら高野山の方に向かって入っていく。紀伊半島の田舎を走っているのだと思うと、旅に来たなと感慨深いものがある。

重要な情報をガソリンスタンドのおじさんから入手した。R480の途中、清水町の井谷という所から龍神スカイラインに上がって行ける。まあ、私好みの田舎山岳道路だそうだ。清水町あたりは地図でみて思うより観光化されていてキャンプ場などが所々にあって、ここをベースに龍神や高野を楽しんでもいい。

《龍神スカイライン》

人がたくさん行く時のこういう場所は、もちろん観光スポットとしては素晴らしいのであるが、気持が休まるかどうか等も含めて考えると最低の場所であることが多い。特にバタバタとうるさいばかりのでかいバイクに乗った人が、およそツーリングとは思えない暴走行為をするのだから品位が下がる。バイクは静かに速く走るのがいいと思っている私にとって、彼らとは価値観が大きく違うようだ。あまり悪言や苦言は書きたくないが、ステータスとしてバイクに乗るのもそれはそれでかまわないが迷惑行為はやめて欲しい。もっと本質を見究めてもらいたいなあ。そうそう、重要な話。護摩壇山の付近は紅葉の最盛期であった。紅葉もさることながら、やはり展望広場から見える「奥千丈林道」のラインが私を魅了する。惚れてしまって腰が砕けそうなほどで、涙が溢れそうになる。道路脇の広場にRMXをトランポから降ろしている人を見かけた。走りながら喝采をするしかない。護摩壇のタワーより少し北に寄ったドライブインは清水町営の喫茶店で、Y君がここの他人丼が旨かったと言う。これは有益な情報である。

《奈良県・大塔村》

料金所をパスして大塔村方面に山中を抜けることを考えている私は罪人か。しかし、周辺道路はスカイラインより完成された村道で、それが私の印象であります。野迫川村、荒神岳の西北方面にあたる部分を走る村道を走って大塔村(R168)に出るルートは楽しめた。スカイラインより爽快な気分で走れる。(内緒の話にして欲しい、何故なら皆が行くようになると荒れるからなあ)せいぜい高くても1200m程度の山々である。しかし、資源として有効に活用するために、スパンを500年とか1000年のレベルで配慮しているのをうかがえる。木は切ってしまって金に換わるのはその世代のみで、次の世代もその次の世代も育てるだけで終わる。そういう生き方を人間は古来からしてきて自然との共存を図ってきたのをのをこのあたりの村はじっと守ろうとしている。負けるな、山で暮らす人達。第一次産業などと言った文化人のおごりが今頃になってよく理解できる。一次はつまり四次でもあるのではないか。未来の産業かも知れない。(こんな話は嫌われそうだからやめようね)

天辻峠の途中の道の駅で休憩をした。大塔村の道の駅である。プラネタリウムなどもあって、個性のある活動をしている様子である。そうそう、大塔村は和歌山にもあるんだなあ。

Y君ともお別れの時刻が近づいてきた。たった二度目に会ったのに旧友のように走ってきた。年齢も10歳以上も違う。お互いに学ぶことが多いツーリングになったなあ。おい、また来年もこのあたりを走りたいね。今度は嫁さんを連れてこいよ、と言ってやろうと思いながら、残念ながら彼は大阪方面へ、私は三重県方面へと別れていく。ライダーが交わす分かれのサインも何とも味気ないが、粋なものである。

《帰途》

三日間一緒に走ったY君とも別れてしまった。子供にお土産も買ったし後はどこかで電話をして帰宅時刻を告げて置けばいいだろう。

---五時頃やね、わかった、風呂と夕飯用意しとくわ。電話の向こうでうちのんがそう応えてくれた。


《あとがき》

いつもながら私流の日記になりました。自分宛てのメモを公にできる部分だけアップすることにしました。走行距離は、700Kmから800Km程度でしょう。今、それは重要ではないように思います。紀伊半島は近くて遠くしかも広く、私には青い鳥のような存在です。まだこれからも訪ね続けることになります。

熊野古道を歩くと言ってバイクを置いて歩き始めたCB750ボルドール2さん、新車のXJR1200で浜松から来た男性。淡路島のセロー君。あげれば切りがないのだが、出会いは私の旅を刺激してくれました。多くのツアラーの皆さんは、自然を愛し、バイクを愛し、旅が好きな方のようで安心しています。潮岬方面まで足を延ばせなかったのが残念ですが、紀伊半島は魅力のある所なのでいつかは又きっと行けるだろうと思っています。これを読んで下さった皆さん方にもいつかどこかでお目に掛かりたいと願うばかりです。

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