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2009年2月 8日 (日曜日)

駿河・甲州・信州〔右のマフラーが吹っ飛ぶ・東北断念〕1995年

・安倍峠・観音峠・木賊峠・信州峠・馬越峠・ぶどう峠・塩ノ沢峠・田口峠・地蔵峠(湯ノ丸高原)・山田峠・渋峠・猿ヶ馬場峠・善知鳥峠・寒原峠・治部坂峠・赤坂峠(愛知県)


◆信州ツーリング(まえがき)<信州>

基本的にツーレポは私の日記ですので、読む人にとってつまらない部分が多いかも知れません。また、プライベートな事などを削除しますので、文章も変なところもあると思います。その辺は勘弁して下さい。でも、猫柳風のツーレポを待っていてくれる人もひとりや二人は居そうなので、頑固にも従来のように書きます。

最近のmsgから推測してまずまずの人数が読んでおられそうなので、有益そうな話もなるべく提供できたらと思います。質問などがあれば、コメント等を下さい。去年の今ごろは私が出かける話をしてもシ~ンとしてたから、今回は賑やかで嬉しいな、と思いながら出ました。


行程は、念のために書きます。

8/10:(伊勢湾フェリー)~渥美半島~静岡県~安倍峠~甲府盆地~観音峠~木賊峠~増富ラジウム鉱泉~韮崎(泊)

8/11:観音峠~木賊峠~信州峠~川上村~南相木村~北相木村~ぶどう峠~上野村~塩ノ沢峠~南牧村~田口峠~佐久市~上田市~地蔵峠~山田峠~渋峠~小布施温泉~臥竜山公園(泊)<須坂市>

8/12:猿ヶ馬場峠~松本市郊外のフルーツ街道?~善知鳥峠~寒原峠~治部坂峠~赤坂峠(愛知県)~猿投グリーンロード~東名阪(名古屋周辺だけ)~R23~松阪市


県境の峠を越える<信州>

'95 8.10-12

<はじめに>

GSXが煙を吹きあげなくなって「煙が目にしみる」の連載は終了した。晴れて全快祝いのツーリングである。行き先は迷ったあげく信州、気合いがあれば東北と決めた。'89北海道からの帰りに出逢って以来6年にも及び連絡やメールをもらい続け、幸運にも?にも今春から北海道に転勤になったYさんからのメールの呼びかけや25年以上も前からの手紙友達のSちゃんからの便りで心がグラグラとした。古里・天塩の近くに戻ってきたんだって。。。北海道のこの人たちに逢いに行きたい気もするが、今の私には北海道に溢れるような魅力を感じとることができなかった。乱開発や観光ラッシュに反発感を抱いても、それは信州や東北でも同じではないか、と指摘を受けそうである。しかし、有珠山が噴火して以来、4度に渡り訪ねた北海道は私の心の中にしまっておきたい。観光熱が冷めた頃に、Yさんが内地に戻ってくる前に、Sちゃんが古里の近くに居る間にみんなを訪ねよう。(観光熱は冷めないだろうなあ。)

あれこれと考え四国・山陰と悩んだ結果、自分に正直になってみて、信州・東北となった。

FBIKEで話題になっていた今神温泉にも行こうとスケベ根性を密かに持ちながら(密かに持っているからスケベなのか?)安倍峠(静岡ー山梨)や信州峠、ぶどう峠は絶対に行こうと心に誓い、東北の三っの「高湯」、わんこそばも行けたらいいなあ、と欲張っている。

猛暑の日は続く。新製品の発表も間近い。忙しい日が続いたが、仕事は適当に(会社の人読んでませんように)して夏休みを迎えた。やれやれ。


[8/10-1]

出発さて、いよいよ出発の日を迎える。わが娘とお母さんは京都へ帰っている。身支度を自分でする事になり、これが後に発覚する忘れ物事件(たいそうなものではないが)となった。車検も\56000で済んだのでその残額予算をツーリングに大幅に転用できる。何も予期せず贅沢な旅を描いているけど、忘れ物だけではなく、マフラーが吹っ飛ぶアクシデントも発生する。まあ、そんな事も知らずに陽気に出発である。「子供の顔を見ながら出発するのはなかなか辛いものがあるけど、見送りの居ないのも寂しいなあ」なんて独り言を言いながらの出発であった。

[8/10-2]

伊勢湾フェリーバックにしまうのではなく、ほんとうに時計なしで今回は出かけた。フェリーの出航時刻が8:00なので6:40に家を出たら7:35(係りの人の時計)に鳥羽に着いてしまった。こんなに朝早い時間なのに海が眩しいほどにキラキラと輝いている。凪のように港には波もなかったのに、伊勢湾に出たら小舟の漁船が大きく揺れているのが見えた。映画のセットみたいに揺れている。朝から真夏の空模様だったのでさほど心配もしていなかったが、気圧は不安定なのかも知れない。

[8/10-3]

国道1号考えるだけでも忌々しい。やはりこの国道は走ったらあかん。高速を使うべきか。浜名湖から静岡までなら約\2000になるがもったいないなあ。松阪から走ったら宿泊費が出るほどになるだろう。やはり未明に出発をするしかない。

[8/10-3]

安倍峠(安部ではなく安倍が正しい)静岡市内にそそぎ込む安倍川をまっすぐ北に上っていく。推測時刻は14:30頃である。太陽はまだ高いところにあるが、日差しが少し緩い。夕立を匂わせるような風具合。川沿いの谷間は幾分涼しい。梅ヶ島温泉の街中から右旋回に急上昇して安倍峠は始まる。ダートがひどくて走行不能になったらどうしようかと何度も悩んだ。しかし、見もしないでひとり悩んだって必ず後悔するに決まっている。自分の目で確かめてくるべきだと自分を説得した。実は、それでも温泉街のお土産屋さんで状況を訊ねた。あまり薦めないと言われながらも上りは舗装済みと聞いてGOの判断、行ってみて駄目なら引き返そう。上り(静岡側)が約8Km、下り(山梨側)が約二倍の17Km程度である。八紘嶺[1918m]の東南側の尾根を越える。静岡側は、短い距離で高度差1000m程度を稼ぐこともありまずまずハードである。高所恐怖症でも行かねばならない。雑木が生えてぐちゃぐちゃの斜面である。覗いても谷底は見えないが、深い事はまちがいない。手の届く様な所に尖った岩山が見える。断崖がさっきの谷底へと突き刺さっている。雷さんがごろごろと重低音を轟かせ始めた。「恐いなあ、死にたくないなあ」と独り言を繰り返している。赤ヤシオで有名になったからこの峠を知った。今、その花は緑の葉だけである。花といえばガードレール代わりに、名前も知らない白い花が咲いていた。峠には道標も何もなかったと思う。不安で越えた峠であった事を裏付けているかのように何も周りを見る余裕がなかったようだ。下りに差し掛かるとできたての舗装道路が現れた。静岡側とは違って谷が広くて沢も大きい。幾筋もの尾根を越えながらこれから私が下りて行く道路が一筋に見える。小さすぎてわからないがダートには見えない。新品の舗装を見たので「もしかしたら今年から舗装になりたてかな」と思ってルンルンになったら「どかん!」とダートが出現した。(ルンルン:死語)火山性の岩が砕けて引き締まった土である。その中にまだ拳ほどの尖った岩が混じっている。踏み固めてあるから走れる。大雨などで荒れたらタイヤは傷だらけになる事はまちがいない。所々で工事の車や木材切り出し運搬の為の車に会った。ぶっ飛ばしてくる。観光の為に来る車に会ったのは一台だけであった。一時間ほど費やして越えたのにこのたった一台のみか…。15:00を過ぎていただろう。雷に打たれるかトラブルで倒れたら、特に頂上付近では救出の期待は薄いぞ。民家に出会ったときはいつもと同じようにやったあ~と叫んでいる。パラパラと雨に降られながら身延の町に降り立った。山を下ると下界の匂いがするから不思議である。

[8/10-4]

見延山から甲府盆地へ去年ここを通過した時、下部温泉に行く事を躊躇した。今年は寄ってみようという事で少し道草を喰った。『波の塔』に出てくるというだけのこだわり。温泉街を眺めて気持ちを整えて、さあ今夜の寝場所を決めなくてはと思い始めた。時計をバックに入れてしまっておくのと、まったく持たないのは随分と違う事がわかった。「時計を持たずに自然に任せて」と公言していたのは、つまり「時計をあてにせずに」というべきなのがこの時にわかった。やはり、明るくなったら起きて暗くなったら寝るにしても、安全に走るためにも時計は必要なのである。要は時間に左右されないのが理想という事だ。そんな事を考えながら、釜無川(富士川上流)を越えた。甲府の西側の郊外を昇仙峡方面、敷島町方面に北上する。マフラーがふっ飛んだのは甲府市まで10Km程の所であった。ボアアップの後遺症で低速トルクが低減したのか、オーバーヒート気味なのかは不明であるが、パワーダウンをしてバイクがガス欠の時のように止まりかけた。大抵はローギアにまで落とせばまた走れるのでそうしようとした瞬間に「バン!!」と凄い音で爆発した。そのすぐ後からバリバリと騒音をまき散らすバイクに変身をしたのであった。竜王町のラドン温泉ホテルの近くの農協SS(日石)でガスを入れて、訳を話したら応急処置をしてくれた。親切な皆さんでした。ありがとう。ガソリンスタンドのおじさんが観音峠の途中にキャンプ場があると教えてくれたので、「ヤッタア!」やったあって感じで峠に向かった。

[8/10-5]

観音峠~木賊峠さあ、観音峠の前でキャンプを張って明日の早朝に峠を目指そう、と考えた。雲行きも怪しいしスタンドの人が教えてくれた廃校でもいい。峠に近づいたら今にも降り出しそうで降らない。排気管の補修部分は高回転に絶えられず破れてしまった。急がなきゃという事でたどり着いたキャンプ場の管理人のねえちゃんときたら意地悪そうだった。

---バイクは\1200だったかな。。。

---そんなにするの。\400位が普通ですよ。

---トイレも使うんだし。。。

---他行きます。廃校もあるらしいし。

---そんなの、壊したよ。それにそんな所に張ったら駄目だって言われるよ。

カチンときたから、他に行く事にした。しかしあてはなかった。GSXはますます大きな音になってきた。こりゃあツーリングは中止や。金も残るしビジネスホテルでも行こか。そう決心して(増富ラジウム鉱泉付近にも期待はしていたが)二つの峠を足早に越えてしまった。観音峠と木賊峠の間は尾根筋で、八ヶ岳の姿もよく見えた。夕日に染まる悠々たる山の姿だった。雨が通り過ぎて道路が湿っている。濡れずに済んだ私には運がついているのかも知れない。

[8/10-6]

夜ぐるりと回って明野村まで下りてきた。コンビニのバイトの子が可愛い子で話がしたくて色々と聞いた。田中律子みたいな感じね。

---この辺にキャンプ場はありますか?

---あるよ。(ってわらった顔がめっちゃ可愛かった)電話で問い合わせてくれたらオートキャンプ場で、私の目指すところではない。価格も合わない事がわかった。

---ビジネスホテルは知らない?

---できたての所をしってる。。。

「よし、この子の教えてくれるホテルに決めよう」てなわけで韮崎市内の「ルートイン韮崎」て所にした。共同大浴場もあってくつろげた。甲府の精機事業部に来る事があればここのホテルにしようっと。夜は、コンビニでおかずを買ってビールを飲んで寝た。明日は帰ろうと思っているが、もう一日だけやはり走ろうか。悔しいなあ。観音峠も木賊峠も明日の朝、もう一度挑戦しよう。そう思って寝た。走行距離:399Km


[8/11-1]

観音峠~木賊峠(再挑戦)霞のようにぼんやりした中に富士山が影になって見えた。ホテルの6階からの眺めはまずまずである。6:00にホテルを出た。国道20号を経て昨日の夕方に通った昇仙峡の裏の道路を上った。観音峠でバイクを止めると後ろに甲府盆地が少し見降ろせた。峠を上り切って八ヶ岳の方をみると綺麗に植林をした山が幾重にも見える。でもすぐ前の山は手入れもしてない汚い山だ。時刻は恐らく7:00前後だろう。少し肌寒い。昨夕の悔しさを拭いながら快適に走った。このあたりは「パノラマライン」と観光案内板に書いてある。少し名前負けしてるかも知れない。いや、秋に来たらきっと紅葉が凄いだろうなあ。煙草を吸わなくなってひと月ほど、休憩をしても何となく暇だ。さて、増富ラジウム鉱泉の方には行かず信州峠の方に進路を取る事にする。金峰山[2595m]が右手に見えた。

[8/11-2]

信州峠キャンプ場やロッジもできている中をいったん黒森温泉の所まで下って行く。前に見える岩の切り立った山がみずがき山だろうか。登山口も綺麗に整備してあった。高圧送電線が尾根から尾根へと、高いところで懸垂線を描いて走っている、それに重なるように崖っぷちが切り立って見えている。写真を撮るならあの送電線がほんとうに邪魔になるところだ。---絵を描く時はこういうのって邪魔じゃないんですよね…と安野光雅さんが「風景画を描く(NHK)」で言っていたのを思い出す。この前から少し絵の練習をしたので描いてみようか…、誰も見てないけどやはりためらう。そんな景色を見ながら少し下ったら黒森温泉に着き、これからいよいよ信州峠である。オフロードバイクにすれ違った。今回のツーリングでは初めてのピースである。信州峠は、雄大な名前の割にはすんなりと越えてしまった。見晴らしも強烈印象ではなかった。しかし峠を越えて下ると、野菜(キャベツかな、サラダ菜かな)の畑が一面に広がっている。縦横整然と区切られた畑の中で作業をする人や車の姿がポツリポツリと見える。高原野菜の村の匂い?田舎の匂い?何とも表現し難い臭い匂いであり、それがまた決して強烈ではないので独特な気持ちにさせられる。すぐ脇の畑はどうもサラダ菜みたいだった。道路脇に自生する雑草で、40~60cmの高さで細長い葉を持つ多弁な黄色い花が目立つ。何ていう花なのか。とても可憐な花だったのに写真に撮らなかったのを後悔しているが、信州全般で道端に見られた野山の草花だ。帰って名前を調べなきゃ。

[8/11-3]

馬越峠畑で野菜を詰め込んだ箱をそのまま積み込めるようにしたトラクター改造車かな?が農道や県道を走る。手伝っている若い息子が荷物と一緒に乗っている。とてものんびりしているので追い越す気にはなれず、わき見を楽しみながらしばらく後ろを走っていた。馬越峠に行かずに県道を上って行けば三国峠を越えて秩父に行く。B医大時代にI君と信州に行った帰りこの先の三国峠を越えたなあ。そうか、Iの奴が私に峠越えを教えてくれていたのか。川上村から南相木村へと抜ける峠が馬越峠で、三国峠に行く途中から北に反れる。左前方に天狗山を見ながら快適なワインディングを楽しんだ。距離は短い。道路は道なりに走ると立原自然公園の脇を通り役場方向に出ていく。私のツーリングマップには『藁葺屋根の役場』と書いてあったので期待して行ったら、すでに新築が建っていた。蕎麦の畑(勝手に生えてるのかな)があったのでバイクを止めてひと休みをした。連続して峠を越えて来て、朝からの初めての休憩であった。時刻はまったくわからない。一時はこのあたりを走って「麦草峠」を越えて帰ろうと考えたのに、ひとつ二つと越えてくると当初の計画通り浅間の西を越えて白根に行こうと決め始めている。道路脇のイラストマップによると、この南相木村から北相木村へは「栗生峠」というのがあるらしい。私の地図には道さえもなく、道路状況が判別できず諦めた。案外、いい道なんじゃないかと思う。さて、北相木村に入ったら目指すは「ぶどう峠」である。

[8/11-4]

ぶどう峠漢字で書くと「武道峠」というらしい。由来は知らない。特にどこかに書いてあった様子もなかった。御座山[2112m](何て読むのだろう)を右手に見ながらのんびりと上る。道幅も普通である。「御巣鷹山はこの山の向こうかな」と思いながら時々バイクを止めてみる。まだ昼前だなと感じさせるような優しい日差しが峠の周辺の山々に照りつけている。「昨日の暑さは幻のようやなあ」なんて言いながら峠を越えた。関東方面のナンバーの車に何台かすれ違った。「そうか、関東平野はもうこの向こうなんや…」群馬県側はなかなか険しい山々である。「ぶどう峠林道」の行く手も切立っている。これから走る道があの絶壁の上を走って行くのが見え、それがとても怖い。高い所は勘弁して欲しいと悲鳴をあげながら反面で楽しんでいる。でも、車が来ても道の真ん中から端には恐くて寄れないのです。車の人はなんて図々しい奴だと思っているだろうなあ。『高所恐怖症ステッカー』をヘッドライトの横に貼らなくてはいけないな。---JAL123便安らかにという墓標が道端にあった。その向こうには御巣鷹山[1639m]が見える。そう、あの事故から10年が過ぎようとしている。上野村には慰霊碑のある霊園があるというので寄ってみようと思い、近くまで行ってみた。報道と遺族の人で溢れていた。明日が命日になるんだ。おいおい、関係ない野次馬の来る所ではなさそうだ。遠くからではあるが合掌となった。<合掌>

[8/11-5]

塩ノ沢峠ー田口峠峠越え>塩ノ沢峠->田口峠(群馬->長野)上野村の中を右往左往してから塩ノ沢峠へと向かった。十石峠はまだ荒れた国道のようなので塩ノ沢峠~田口峠を越える事にした。もしかしたらダートが残っているかなと思ったりしたが、塩ノ沢峠は全線舗装済みであった。脇道に幾つも林道があって、オフロードの人は楽しいだろうなあ。「群馬県から信州方面に行くにはこの塩ノ沢峠を越えて田口峠が穴場なんだ…」と納得しようとしながら南牧村で田口峠の方に曲がった。そういえば、この一連の峠で会うバイクの数が少ない。みんな山の中は嫌いなのか。混雑の中の方が面白くないと思うが。荒船山[1423m]の隣の兜岩山[1368m]が正面に見えた頃、道幅はガクンと狭くなりワインディングも急変した。ちょうど県境付近だったのだろうか。まさに政治力の差なんだろうか。兜岩山は絵になる山だった。峠を越えて長野側に来たら目立った山肌はなく、山奥の峠を走って下っているという感じだった。眠たい。そう思ったのもこのあたりだろうか。

[8/11-6]

佐久市、上田市臼田町から佐久までは国道の東側にある県道を走った。この道はお薦めだ。佐久市街に西友があったのでガムテープを買ってマフラーに巻き付けた。幾分静かになった様子である。小諸から上田までは広域農道があるはずで道を訊ねたが、GSの若い氏は頼りなく、その言葉通りに走っても農道には行き着けなかった。腹立つなあ。地蔵峠方面に曲がった時にちゃんと交通量のある農道を確認したから、農道はあったのに。上田市内の国道は今時珍しく渋滞をしていた。

[8/11-7]

地蔵峠峠越え>地蔵峠(長野県ー群馬県)湯ノ丸高原を越えるのが「地蔵峠」で高峰高原を越える峠が「車坂峠」である。二つとも上田側は快適な舗装道路という情報を持っている。しかし、車坂峠から地蔵峠までの尾根林道がどんな道かは不明であった。安全をみて地蔵峠を上った。後に地蔵峠で出会ったレガシーの男性はなかなか林道通の様子で、車に被ったほこりを払いながらしきりに峰を走る林道(湯ノ丸林道)を薦めてくれた。私のバイクでも走れると言う。でも今から走る気はない。何故って白根・志賀高原から野沢温泉まで行けないかなと思っていたから。意外と決心は硬かったのだ。時刻を尋ねたら確か14:30と教えてくれたように記憶する。地蔵峠の眺めはまずまずである。上田市の盆地の様子がよく分かる。でも峠は観光化されてそれが寂れた感じの雰囲気である。夏タイプの観光地ではないのか。それとも近くの観光地に人を取られて誰も居ないのか。林檎畑の中で佇んで居る方が心地よいかも知れない。スプリンクラーの水を突然浴びるので気を付けねばならぬが。峠の下りからは四阿山の山裾が見えるが、残念ながら頂上は雲である。雲が流れる速さがとても速い。空気が不安定な様子である。嫌な予感。

[8/11-8]

山田峠と渋峠この峠には何度も来た。しかし、有料時代ばかりで、無料になってからは初めてである。草津温泉はどんどん観光化、巨大化していく。都会からの車は増え、無料になった草津道路を走り回る。道路の周辺にはわけのわからぬ店ができ幻滅の一途である。白根山への道も無料化になっている。こちらも車が増えたりはしていないのか。只なら行ってやろうってことで人が増える。予想通りゴミの山である。この日は生憎の天気でやや少なかったかも知れないが、所々で渋滞があった。自然を壊していくひとりとして偽善的な言葉も言えないが、有料にしておくというのは環境の破壊をくい止める手段のひとつとして善悪は抜きにして、しかたなく認めてもよさそうである。頂上付近はひどいガスで、おまけに寒かった。嫌な予感は的中で、ガクガクふるえながら早く麓にいきたいなと切実に感じた。野沢温泉は諦めていたかも知れない。木戸池キャンプ場まで下りて来たら二人のライダーが思案していた。山形の1100刀氏と足立のCB400氏であった。\700なのでこの辺で泊まろうと思うと話す。雲というよりガスが流れて来て寒い。今夜も降るかも知れない。先まで行きますと言って失礼した。実はあてもなかったのに。

[8/11-9]

渋温泉から須坂市まで下界に下りると天気は晴れ。カッパは温泉街の一角で脱いだ。渋温泉では街を眺めてうろうろした。外湯が多い。地獄谷の野猿公園の前まで行ってみたがバイクが\100だったのと、この辺にはテントを張れそうになかったのでUターンした。キャンプ地が近くにあれば入るのになあ。今思えばあそこにあった公園なら寝ても良かったかも知れない。須坂市方面に走って臥竜公園というのを見つけた。バイクの用品(手袋など)会社に勤めていたというRMX氏もここに泊まろうという。これから北海道まで行くそうで、会社は退職済みだそうだ。彼も居る事だしまず安心して風呂を探しに出かけた。「北信州くだもの街道」と言うらしい。直売所のおばさんを見つけて

---このあたりの温泉でお薦め、ありますか?

---小布施温泉がいいよ

てなわけでここを目指す。礼を言って去ろうとする私を呼び止めて、スモモを6つ持たせてくれた。道を尋ねて御土産をくれるなんて。家に帰ってから戴いたが、旨かった。スモモってもっとまずいと思っていたし、まずいのしか食べた事がなかった。「青木商店?」って書いてあったように思う。機会があればまた訪ねてみたい。小布施温泉は予想以上に満足した温泉であった。硫黄の匂いがぷんとする。それに加えて湯舟からの眺めが格別である。アルプスの山々が長野市街の向こうに見える。ちょうど夕方で明かりがともり始めた頃、朱に染まっている連山をゆっくりと眺めながら風呂に入らせて戴き疲れもすっかり取れた。臥竜公園の夜はアベックが多い。近くのコンビニで買ったつまみと缶ビールで早々に寝た。走行距離:364Km


[8/12-1]

深夜に出発花火をあげに来る若者が多く、それで深夜に目が覚めたのでテントをたたんだ。満月が出ているはずなのだが雲に隠れてしまっている。雲の流れが早そうだ。天気が怪しい?時刻もわからずに出発となった。しばらく走ってコンビニで時計を見たら3:30だった。すると目が覚めたのは2:30頃だったのかな。まあ5時間ほどの睡眠は確保できたからいいだろう。残念だけど排気音がうるさくてこれ以上走れないと思う。さあ、どこを通って帰ろうか。深夜の国道20号を大型定期便トラックと一緒に走り始めた。悩んだ結果、伊那谷を走る事にした。ならば、大門峠か和田峠か青木峠か猿ヶ馬場か。夜中の峠越えをするなんて考えてもみなかった。

[8/12-2]

猿ヶ馬場峠峠越え>猿ヶ馬場峠(長野市->松本市)夢にも思わなかった深夜の峠越え。危ないなあ。天気がわからないけど月は薄い雲に隠れているがあの当たりと言うのがわかる。寒い。出かけに忘れ物をたくさんしたが、ジャケットを持たなかったのが大誤算だった。防寒の為に雨具を着て走った。交通量はほとんどない。長野市から上山田温泉、上田市の方へと夜景が広がっている。ちょうど姨捨山の付近の展望台からの眺めは良かった。ひんやりと風が冷たい。数日前までの38゚Cの熱気を思い出している。四国に行った時にあまりの暑さで夜半や早朝に走った事も思い出した。夜景を眺める以外にはメリットなし。有料道路が無料で通過できるという得点あったらマシな方だろう。夜中の猿ヶ馬場峠なんて危ないだけである。耐久レースでもないのだからやめるべきだったと反省する。もう二時間遅く出れば枝道の峠を回って、沓掛湯あたりで朝風呂を出来たかも知れなかったのになあ。眠れない事にやけを起こして出てきたのは失敗かも知れない。沓掛湯は又今度。

[8/12-3]

フルーツ街道?明科~松本郊外~塩尻までは、市内の西側にある広域農道(フルーツ街道?)を走る。以前にも何度か走っているので、存在は知っていた。早朝だったからメリットは不明であるが快適に林檎畑の中を走る事ができた。分岐点で地図を見ていると軽のワンボックスのおじさんが止まってくれた。---道がわからないか?どこ行くの?---伊那谷の方へそう応えると丁寧に信号の数まで指を折り思い出しながら教えてくれた。親切な人はやはりここにも居た。旅先でこういう人に会うのも嬉しいものだ。車からNHKのラジオ体操が流れている。まだ6:30か、って感じだった。

[8/12-4]

善知鳥峠峠越え>善知鳥峠(松本市->伊那谷)すんなりと塩尻の街中を抜けられた。伊那インターの付近で東の山並が明るくなってきた。今日の天気も晴れかなと確信した。コンビニがあったので缶コーヒー買って、わき腹に挟んでまた走り出した。

[8/12-4]

伊那谷このあたりは惰性で走っていたかも知れない。眠くなってくるのと、腰が痛くなってくるので少し走っては休むというのを繰り返している。天竜川沿いでは鮎釣りの人がもう出ている。彼らは早起きだなあ。日が昇ると通勤らしい車が増え始め少し渋滞があるものの、R19よりは短く楽に走れた気持ちになれる。R19より景色に変化があるからだと思う。

[8/12-5]

寒原峠・治部坂峠飯田市から寒原峠と治部坂峠を越えて愛知県に入る。寒原峠の途中の「おんびら」の蕎麦を食べようと止まったが10:00からだそうである。ーー今何時ですか---9:00です残念。この峠は快適に越えられる。これからはR19はやめてこっちにしようと決めてしまった。それほどまでに良い道である。赤坂峠(愛知県)あたりを越えるまでは反対車線も車が少ないが、名古屋が近づくと渋滞が始まっている様子。バイクも多くなってきた。マスで走っている人も多く見られた。猿投グリーンロードを走って豊田自動車の博物館の前を通過。東名阪を大治まで。そこからまた下の道に戻って、R23を松阪まで。R23は今までになくひどい混雑ぶりで、千鳥にすり抜け(危ないからやめよう)をして家路を急いだ。足助でうちのんに電話をしたら11:00前だった。家に着いたら13:30だったから驚異的速さである。高速並だ。

走行距離:437Km


<あとがき>

★今回の鼻歌テーマソングは・料理の哲人のテーマ(バックドラフト)これは、ちょうどいま練習しているから浮かんだのだろう。・(NHK)日本百名山のテーマ曲

★峠の印象いついて。みんな優劣を付け難い。しかし、私のこだわりからして・安倍峠・ぶどう峠・観音峠~木賊峠~信州峠あたりかな。どちらも、もう一度秋に行ってみたい。

★トラブルマフラーはふっ飛ぶし、キャンプ用品(マット)を忘れるし、ジャケットも持たなかったし散々でした。予定を変更して帰ってきましたが、もし無理矢理に東北に行っていてもへばっていたかも知れない。バイクはやはり病み上がりだし、この程度で良かったかなと満足しようとしています。

秋には9/23に電波望遠鏡の公開があるそうですから行ってみようかな。キャンプでもいいし、ルートイン韮崎でもいいや。可愛いフロントのお姉さんにまた会いたいなあ。

そう、寒原峠で蕎麦が喰えなかったのは少し後悔だな。秋には食べよう。

あっ、それから、あの黄色い花の名前、わかる人いますか?わかれば教えて下さいね。

'95.夏全走行距離:1200Km

==終わり==

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