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2009年1月28日 (水曜日)

四国ツーリング/宿毛・皿鉢料理 1992年8.6~8.12

前夜(8/5WED)

『夜になると知らない街の様子が見えてくる』なんていうコピーを勝手につくって“まあこれは自分のことだな"なんて自己満足に酔いしれている。こんな時は荷物をまとめながらも軽い感じにルンルンしている。題名が曖昧だがユーミンの“埠頭を渡る風"なんぞを鼻で歌っている。荷物は下着ばかりでいっぱいになっていく。仕方がないだろう、久しぶりにロングで出かけるのだから。雨が降るといけないから大きなカバンは持ちたくないし、と思うと雨具と下着、テント、シュラフだけに落ちついた。支度は9時頃までに終わって早く寝ることにした。

第1日(8/6THU)

朝、4時頃に目がさめた。支度は前夜に万全だ。純子を起こすとまたガミガミとうるさいのでそっとバイクに荷物を積んでいたら眠そうな目をして“免許証は?"なんて言っている。“うん、大丈夫や"と答えて“彩には賢うしてるように、静かに家を出た。県境の峠を早朝に越えて和歌山の市外へと9時前に入る。まずはお金をおろす前に無事に和歌山到着したことを家に連絡しよう、と思い青電話の前でバイクを止めタンクバックを開けて驚いた。“免許証がないじゃんか"あれあれ。宿毛に送ってもらうように言って電話を切って、今度は金をおろそうと財布を開けたら銀行のカードがない。これで二重の驚き。でも郵便局のカードがありました。こんなことは初めてだな。残高241円なり。財布に200円。近所の郵便局に振込に走ってくれるように頼んだ。その間私は、たまたま道の反対側にあった郵便局に入り、そこでうちのんが振込に走る時間だけ待たせてもらうと言うことで、少しイライラしてATMの“確認動作"を繰り返し、ロビーに行っては地図を見るのもままならず、窓口のお姉さんに話しかけたりしながら待つことで少々の時間を過ごす。地方だと言うわけではないだろうが局長さんやお姉さんは愛想も良く、またそのかわいさにしばし見とれていたような。

郵便局の出口で話したおばさんは“大きなバイクは楽なんでしょう"“どこにツーリングに行くの"なんていう他愛ない話をしてくる。しかし時々、専門用語も出てくる。“あばちゃん、なかなかツーだな"と思っても言わなかったが。恒例というか普通というか、言葉を交わした人達に“気を付けて"と言って送ってもらい『和歌山宇治郵便局』をあとにし和歌山港に到着したのが10時頃。出帆は11時25分だというから1時間半も暇になった。でも待合い室で地図を見てつぶす。バイクは少なく4台だけ。車は1時間前くらいで満車のようだ。

フェリーの中では外を見るわけでもなくウトウトしていた。そばにいた女の子は小学生のかわいらしい子で恥ずかしそうに私の方を見る。いや、髭面の汚い顔が嫌だったのかも知れない。“何年生?"ってきいたら“2年"とはっきり答えてくれた。おばあちゃんと親戚にでも行くのだろう。

“さあここが四国だ!"と独り言を言いながらいよいよ上陸、フェリーの中で一緒だったFT500氏とホーンで分かれを告げ合い、いよいよ小松島からR439を目指す。噂の『ヨサク』、国道R439は狭い。わき道の方が広いから、カードレールはない。あとになってわかったが、ガードレールがないのは四国の3級国道では普通みたいだ。

<岳人の森キャンプ場>には16時頃到着するが、山のてっぺんにあり結構荒れていて仲間もいそうにないので750円払った設営費用をキャンセルして返してもらい先で探すことにした。当初の予定通り<四季美谷温泉>に行ってみるかな。谷は深く底が見えない。

凄い急斜面で地獄に落ちる様だ。V型にえぐり取られたすぐ下の涸れた沢には頭よりも大きな岩石がゴロゴロしている。高いのでバイクを止めて眺めるのも恐い。きれいに植林された斜面の下には名もない林道が走っている。民家がひとつふたつと見える。この程度の標高でこんなに凄い谷ができるものなのか。私は高い所が恐いので路肩には寄れず、したがって谷底の方の景色まではゆっくりとは見ていられない。

土須峠の案内の英語表記は「DOSUPASS」と書いてある。DOSUとはまた何と物騒な名前だな、とぶつぶつ。剣山スーパー林道の分岐点を過ぎる頃には夕立のあとも見られた。斜面が急な山岳地帯だけに雲の発生が頻繁なのか。滝が多い。至るところに滝がある。ひとつひとつ名もない滝で止まっていく訳にも行かずキャンプ場に急ぐ。あとで考えてわかるのだが、まあこれだけの急斜面が海から突然2000mまで高度を稼ぐとなると斜面は必然的に急になり、水が雨になって降り流れ出せば滝になるのは当然だ。岩質が花崗岩の様なものなら水が流れても土砂がまじり出さないので濁りにくいかも知れない。つまり、雨の後でも水は綺麗で、流れ落ちる姿だけは豪流となったりまたある時は白糸の様になったり流れるところができる訳だ。奇岩の続く壁面、切り通しをいくつも眺めて斜面をただひたすら下っていく。道は狭いが<釜谷峡・大釜の滝>などは秋にお薦めだな。

ところがやっと到着した<四季美谷温泉>にはキャンプ場はない。一軒宿は満室で、フロントのおっさんも愛想がなく“宿は日和佐まで下るしかないでしょう"なんて言っている。ああ、地図の嘘つき!日和佐方面に足を延ばすか。。。(泊まらなくて正解なのだが)日は暮れるし初日と言うこともあって、根性がまだすわっていない。不安も手伝って、やや緊張気味で海岸までの道を飛ばした。少しの時雨に出逢うが、涼しくて気持ちがいい。

日和佐駅に着いて最悪の時は“ここのベンチで"と決め、近くの公園やキャンプ場、幼稚園などを探す。しかし駅舎のパン屋さん(JR直営かな)のお姉さんが教えてくれた喫茶店(駅前・菩提樹)で飯を食い、店のおばさんに駅で寝る話をしたら“それが一番いいでしょう"と言うので決心がついた。夜はときどき月が見え隠れし雨も降り、屋根のあるありがたみを感じた。

第2日(8/7FRI)

深夜になって同僚ができた。京都から来た学生さん。来年、近畿日本ツーリストに就職するんだって。専門家になるための準備かなと思ったら淡路島でポリさんに御用になって節約モードだそうな。気の毒に。その彼は朝5時前に霧雨の中“お先に失礼します、お世話になりました"のメモを荷物のゴムに挟んで消えた。まあ、いろんなツアラーがいるものだ。

明け方にサンラインを走った。日は出ているのだが雲に隠れている。雲の切れている下の海だけが明るく光っている。きっといい景色なんだろうがちょっと天候が怪しい。やや眠かったので室戸岬方面に走る前に<甲浦駅>に偶然寄ったらここが最高の駅であった。今年の3月にできたばかりでトイレがきれい。冷水器付き。畳のいぐさがいい香りを放つベンチで2時間ほど眠っただろうか。天気は回復し青空が出始めた。またもや夏の天気だ。台風が来てるとはいうものの高知あたりまで走ってみようかなと思い始める。駅の待合い室の中の観光案内所のおばちゃんと少し話して、見送られて室戸方面へと出発したのは11時頃であったか。

<北川温泉>というところの話を少しおばちゃんはしてくれたがこの時は今夜、自分がそこに泊まるとは思ってもみなかった。風はないし。。と思って行った室戸岬はすっごい波だ。これは台風が近いなと思って“天気はどうなってるか"を聞くために観光案内所に入った。寂れた案内所ではおばあちゃんが嫌そうに相手をしてくれたが“今夜あたりはそろそろ降り出すよ"という。<北川温泉>を聞いたら近いというので走ることにした。ところがこれがちっとも近くない。R55から20キロほど山の中に入っていく。中岡慎太郎の生家がある所も通り越していく。後で地図を見たら土佐湾側からではなく、室戸岬の東側の太平洋岸から入った方が早かったかも知れない。これで何だかどっと疲れてしまった。温泉に着いて入湯料400円を確認して、“泊まれるのか"と聞いたら部屋は空いているいう。“まだ13時だぜ"と思ったが、泊まることにした。朝食抜きで5000円。

ほっとしたら腹が減ったのに気がついた。いつもなら朝と昼は抜きなのだが、余裕が出たのでここの食堂で昼飯を食いくつろいでしまった。温泉はなかなかいい温泉だ。少しヌルリとしている。部屋は田舎の民宿並だが、冷房も付いているし、テレビはオリンピックをしているので文句はない。この日は夜半まで晴れていて風もない。

第3日(8/8SAT)

気になる台風だが『台風の接近のため夏休みを返上・役場待機』になってはいまいか。。。と心配もあり少し朝が早かったが電話を入れた。“まだ大丈夫"とのこと。MOTOさんの言葉で出発の決意をする。“高知駅あたりまで行って風のないところにバイクを止め台風の通過を待とう"という予定で走り始めたら、高知は夜には降ったようだがまだ降っていない。生温い風が吹いているだけで薄日も差している。こうなると欲が出る。このまま走ればお昼過ぎには宿毛に行けるぞと思い走る決意をする。風花さん達は桂浜を発ち今ごろは宿毛に向かって走っているのだから、とこの時は信じていたので元気づけられた。

判断というのはほとんどが結果で評価されることが多い。この場合も結果は最悪だがこの判断は止む終えないだろうと思っている。“15時に宿毛に一番接近か"と天気予報は報じていた。しかし台風は予想以上に足が速く僕が宿毛に向かっている時が一番強かった様子だ。R56号・七子峠にさしかかるあたりから雨が降りだした。中村市に出る前の海岸道路での風雨は、台風情報の中継の如く荒れ、風と波と雨でバイクはほとんど走行できない。しかし、もう止まれない。“この世の中で一番愚かなバイク乗りは俺だな"と思いながら、一方、まだ風花&ヤマちゃん組は僕の前1時間位を走っているはずだと信じ“ここにもバカはいるな"と元気を出して走った。『バカな奴はあと二人いるはずだし。。。』これが口癖になってしまっている。しかし実は二人はもう昨夜の家に着いていたのだ。

風が舞うので左と思うと今度は右に重心を取られる。橋のメジでは滑る。対行車にもぶつかりそうになる。海岸の美しい景色なんてあったものではない。雨で地図を見ることができない。風のためバイクからは離れられない。こうなったら宿毛の実家まで勘で走るしかないか。台風に近いからか気圧が低いようで、エンジンの吹けが悪い。このことに気がつくまでには多少の時間を要したが、後で風花さんが同じことを言っていたので確信を持った。ワゴン車は走行不可能で路肩に停車するし、全体的に車の速度は遅い。セカンド・サードで走るしかない。心ばかりが急ぐのだが。。。

しかし、こうして日記を書いていられるのだから無事着いたということか。宿毛ではあゆさんの笑顔は天使のようだった。到着は14時頃であったかな。MOTO&風花&ヤマちゃんの3人組は、台風を見物に出かけたって?!自分の耳を疑ったぜ。食事もしていなかったことや、緊張からの解放で頭の中はカラッポ。あゆさんが出してくださったお昼ご飯は最高に旨かった。ビールも旨い。地獄で仏。地獄に地蔵。天使のあゆさん。感謝感激でした。

こうして次第にくつろぎながら、後から到着する人たちの無事を喜んだのでした。みんな無事で良かった、ほんと。皿鉢料理をい豪華にいただいた。普段は朝食抜きの『西式健康法』を実戦?している私だがついついいただいてしまう。おまけに、コーヒーまで飲んでいる。

この日はひまじんさんの車で<大堂海岸><足摺岬>を訪ねたのでした。バイクはRさんに乗ってもらうことにし軟弱にも車に便乗ということになりました。ヤマちゃんと風花さんはそれぞれの思いを胸にソロで出発して行かれました。厳密には、風花さんはあゆさんの実家に置いて行ったのですが。。。

第4日

勝手ながら省略します

第5日(8/10MON)    

朝、やけに早く目が覚めた。隣で寝てるのはウイリーちゃんだけだ。やはり私の大いびきに恐れをなしてみんな二階に退散したのだろう。ウイリーちゃんは私が横で寝ていたことさえ知らないのだから、よほど疲れていたのだろうね。7時40分、支度が済んで出発。MOTOさんのDTを先頭に中村市街までご一緒してお名残惜しく皆さんとは別れた。さあ、R439を走るぞ!!!

前日、風花さんから通行止めの話を聞いていたが、もう開通しているだろうと甘くみて地図上の最短距離を選び<天狗高原><四国カルスト>を目指す。風花さんが<四国カルスト>と<石鎚山>は必ず行った方がいいと教えてくれたので、さっそくながらコースに入れた。心配の道路状況だが、R439には台風の爪痕がまだ少し残っておりこぶし程度の石はゴロゴロして、樹木はなぎ倒されて散らばりアスファルトを覆っている所も多い。バイクを止めて予想地点を地図で確認すると半分くらいしか進んでいない。ちょうど地図がページのつなぎめで、先の距離の判断がつきにくい。しかし、鼻歌も飛び出してマイペースが戻ってきた。“与作は木を切る、ヘヘイホー"努めて明るい歌をうたおうと思うのだが、哀しきかなひとりになると振られた女のことばかりが浮かんでくる。このあたりはただの山の中で、少しだけ対面した四万十川も腰を抜かすほどのものではなかった。

時間は気にせず今日は道後温泉にさえたどり着けたらいいだろうと思うと気が楽だ。R439から<四国カルスト>に入るのは険しい。国民宿舎天狗荘まで上がるのに楽しませてくれた。でもR439で充分走っていたので感激はやや薄いかな。高度があまりないせいか険しい割にエンジンの吹けは快調だ。バトラックスというタイヤも良いタイヤだ。信頼できる。バイクはR439ではただの1台もすれ違わなかったが、さすが有名(県立公園かな)な所だ、バイクが何台か止まアれだけの道を造ったのだからしかたないだろう。自分で走りながらこんなことを言ったらいかんが、でも、どうしてこんな道を造る必要があったのか。有料道路ではなく林業用の道路ならわかるが、わざわざこんな所まで排気ガスを巻き散らかしに来させることもないだろうに。霊峰登山なら余計にそう思う。自然破壊と言う問題は昔から言われているだろうに。スカイラインの駐車場で昼寝をした時間は不明だが気がついたら15時頃になってガスが流れていく中にいた。ありゃありゃとあわてて道を下って道後温泉を目指した。

道後温泉の駅の前で少しぼんやりして、ベンチのおばさんに“ぼっちゃん湯"を聞いて入った。250円なり。まあ、今日の汗を流すのと、話のネタになるだけかな。休憩付きだと風呂に入って2階に上ってお茶とお菓子が出るとか。値段は少し高くて。。。関心がないので見ていなかった。千円前後だろう。温泉の前に止まっていたタクシーの運転手さんに“おいしいものを食わせてくれる店はありませんか?"と尋ねたら“魚がいいか、肉がいいか"と聞きかえす。どっちでもかまわないと言うと“このあたりは温泉街だから高いので"と前置きをして街中の『いづみ』という店を紹介してくれた。ちょとした静かな小料理屋さんだった。『電車通りをまっすぐ行って共和埼玉銀行の裏だよ』と教えてくれたのでその通り行ったらバッチリであった。メニューがなく、女将さんが“何にしましょう"と聞くので、“飯を食わせてください"と答えた。“2000円位で"と頼むと、豪華な突き出し料理に『鯛飯』をしてくれた。最高にこれも旨かったな。

店を出るときは完全に日が暮れていたが、旅も長くやっていると腹も据わってきた。R11号を東に、小学校とかを探しながら涼しい風に吹かれて走る。小松町の駅の前の案内図にあった“小松町中央公園"に行って、子どもの広場の中にテントを設営した。管理事務所の前の屋根の下にバイクを入れ、ナイターのテニスコートの明かりで作業をした。テニスの人の声をぼんやり聞きながら、あれは上弦の月と言うのだったなと月を見上げながら寝ころんだ。明日も天気が良さそうだなと楽観的に考えて眠っていったようだ

第6日(8/11TUE)

家を出るときには蝉の声など聞けず、今年の夏は変な夏だなと思っていたがこの日は朝から蝉が元気だ。熊蝉(だろう。どうしてもすべてのルートを一筆(ひとふで)では描けない。

<祖谷峡温泉>と言うのがあった。谷底に降りていくケーブルと言うよりやや斜めのエレベーターで河原まで5分もかかって降りていく。39℃の露天風呂。女湯も少し見えてこりゃいい湯だな。一緒に入ってる男性の人は家族連れで、カメラを持って○○○○をぶらぶらさせながら裸で写真を撮るのに走り回っている。僕もその人にカメラを渡してシャッターを押してもらった。その時も○○○○は出しっぱなし。異様な光景だが面白い風呂だな。ケーブルは恐い。落差は100メートルはあるだろう。入湯料1500円、ケーブル込み。ケーブルに乗らずに上の内湯なら400円。ここの露天風呂で話をした高松のおじいさんが<宍喰温泉>はいい温泉だと教えてくれたので、今日から明日の予定が決まった。剣山を越えたらもう一度R193を走って日和佐を通って宍喰温泉~甲浦駅と決定した。R439を中村市から天狗高原の下まで走っているので、ちょっとの山道では動じないし、嫌にならないし、満足しなくなってきている。剣山(1955m)の下の見ノ越はまずまずだが、観光の車が多く、大きな駐車場にいっぱいなのでガックリした。貞光町の方から入ってくるのだろう。ここに出入りするR439は、車が少ないから容易に想像できる。

KDXとスーパーテネレの両氏と一緒に走り始めたのはR193に入ってからだ。僕が甲浦駅に泊まる話をしたら一緒に来るという。KDX氏は3年連続の四国でKDXでは初めて。コピーライターだそうな。テネレ氏はセローとの2足のわらじを履いているらしいがテネレでのお泊まりはまだないので、なんていっている。

甲浦駅にはハプニングもありました。最高と思っていた駅の待合い室は20時から5時まで鍵を閉めるそうです。まあ、お天気も良く外の赤煉瓦の駐車場で寝たのだが、結果的に良かった。他に同じことを考える大バカものもいるようで、車2台、バイク5台、徒歩1台とにぎやかでした。中でも乗用車は深夜にそっと来て泊まり朝になったら若い子供さん(娘さん)らしき子を含む家族3人が車から出てきたから驚いた。アベックならわかるけど。

19時過ぎに宍喰温泉(400円)で汗を流し、駅に戻って駐車場に車座になっていると様々なお客さんが現れる。一番近い家のおじさんと話をするうちに、学生君2人がそのじいさんの誘いに甘えてその家でお風呂に入れてもらうことになった。旅はこれだからありがたい。感謝しなきゃ。私は世話にはならなかったけど。

第7日(8/12WED)

KDX氏のハンドルにガムテープでポカリスエットの缶がつけてある。何かと聞いたら灰皿だそうだ。ロードからオフに移って来た人はマナーが悪く、林道で火事でも出したらもう二度と入れなくなるので気を使うという。なかなか素晴らしい話を聞いて感動した。いよいよ旅を終えることにした。甲浦駅は5時前に軽トラに乗ったおじさんが鍵を開けにきて申し訳なさそうに“中で寝てもいいよ"といって行ってしまった。本当は開けておきたかったのかも知れない。おじさんも管理されているのだからしかたない。まあいいか、快適に眠れたのだから。歯磨きもトイレも綺麗な駅の中で終えて、6時過ぎに出発。日和佐町~由岐町を経てR55に戻って小松島港に8時過ぎにたどりついた。満車にならずに出発。船の中ではやはりウトウトと眠ってしまった。10時50分に和歌山港に到着。出発の日にお世話になった郵便局のお姉さんに思わず会いに行ってしまいそうな気を抑えて“和歌山宇治郵便局"の前を通り過ぎR24を一路吉野へ。高見峠は四国で鍛えたライディングでガンガン走って14時過ぎに自宅到着した。涼しい風が吹いて、雨がポツリポツリときた。またもや幸運な結末でありました。早くネットに報告をしなきゃ。。。

総括・反省

やはり、台風の中を走ったのが一番大きいが、AMラジオを持って行くべきであった。もし、台風が接近したらより安全をみて早めに待機するべきだろう。反省点だ。温泉は、祖谷渓温泉と北川温泉、宍喰温泉、道後温泉の順で良かったと思う。もっと温泉に寄ってもいいが何しろ暑いので勘弁して欲しい。やはり黄金週間に行くべきか。道路は、林道を走るのが楽しいとは思うが、そればかりでも疲れる。たまにはのんびりと海岸辺を走ってみるのもいいだろう。“毎年、林道が増えていくので地図を買い替え直す"と言った人(KDX氏)がいたがその通りだろう。しかし、これは少しづつ俗化されていくと言うことではないか。間違いなしに自然破壊も進む。あの綺麗な渓流の流れを人が汚すようになってはならない。

全走行距離は約1850Kmでありました。Rさんに乗ってもらったのがそのうち約150キロでしょう。まずまず、走りましたね。

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