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2008年12月 8日 (月曜日)

局所的に最大利益を求めることをしても、決して全体の利益にならない

福岡伸一先生が、日経エコロジー12月号の巻頭「環環諤諤」のなかで

|生物が38億年で到達した平衡状態
|重要な原理は自分の分を守ること

というタイトルで書いておられますの。

局所的に最大利益を求めることをしても、決して全体の利益にならない。

(最初の「はらぺこあおむし」の話は省略)----

地球上に多くの生物が互いに繁栄して多様性を保つ。その最も重要な原理は、それぞれの生物が基本的に自分の分を守って生きること。つまり、食べ物を限定することです。しかし、人間は地球の裏側から運んででも、ありとあらゆるものを貪り食べ、すみ分けのできている生態系に傍若無人に入りこんできました。

私はBSE(牛海綿状脳症)を研究してきましたが、それは1985年以前は地球上に存在しない病気でした。もともと羊の非常に変わった風土病が、牛に乗り移った理由は、餌にしていた肉骨紛にあります。近くの農場から牛や羊の死体を集め、鍋で煮て、残った肉カスを水に溶かして子牛に与えていました。飼育を速めようとした近代畜産産業が、草食動物に栄養価の高い肉食を強要したわけです。

そうして、本来はうつるはずのない病原体が人へと乗り移ってしまった。そこから導かれた教訓は、局所的に最大利益を求めることをしても、決して全体の利益にならない、ということです。

生態系には復元力がありますから、乱れが起きても元に戻そうとします。しかし、結果的には何か別の安定状態に移行することで、生態系は動いてきました。生命ができてから38億年、地球の生態系はあっちに行ったりこっちに行ったりしながら、徐々に安定を求めて到達した平衡状態にあります。それはそう簡単に改良できるものではありません。だから、環境に対して、部分を何か工学的な発想に基づいて組み替えるアプローチはよくないと考えます。見えていなくても、全体の平衡状態にイマジネーションをはせる、それが環境問題解決の糸口ではないのでしょうか。

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分子生物学者としての視点ですが、今の世界の経済学や社会学の学者にも耳が痛い話ですね。

私も前から書いていますが、科学技術の進歩は自己満足のようなもの。
人はもっと不自由や不便を受け入れ、ほんとうに相応しいものは何なのか、しっかり見極める必要がある。

これを「ホンモノを見抜く目」と私は言い続けていますが、その言葉の意味さえわからない人もあるほど荒廃した社会をどうして立て直すのか。マネーに眩んだ欲の塊は、BSEと同じような運命を辿るのか。警鐘を警鐘といまだに受け取れない愚かな・・・

この辺でやめとこ。

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