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2008年12月31日 (水曜日)

【銀マド】(日記系)  2008年篇


神楽坂

(GREEで)

神楽坂と言えば、私のようなオジサン世代では「佳作座」という映画館の思い出が強いです。

池袋、文芸座。銀座、並木座。神楽坂、佳作座。

この三つは300円程度で映画を見ることのできる貴重な所でした。
名画はここで。

朝一番で入って、夕方まで。
上映が終了しても誰も席を立たない。
静かに拍手が沸きあがる。

そんな映画館の時代があったことを思い出しましたよ。

大学の帰りに度々行きました。歩くとちょっと遠かった。

| 2008-12-02 06:14 | 日記系セレクション |


昔からの知り合いみたいな気持ちのようでもあるし

なんだか、初めましてだったのか
前にも何か書いて振られたっやのか・・・・
さえも記憶に無いのですが

でも何度も足跡をつけに来て
何もせずに帰ったような記憶もある。

何のきっかけも無かったけど
どこか気に掛かっていたんだろうな。

そんな感じですが、
宮本さんの話を書いているので
昔からの知り合いみたいな気持ちのようでもあるし
たった今、出会った衝撃のようでもあるし。

きっと、宮本作品をこれからも好きで読み続けてくれる人だなという、うれしい予感がして。

ただそれだけで、これを書き始めました。

おしまい。

(mixi)

| 2008-11-26 20:47 | 日記系セレクション |


遠藤周作あたりで

はじめまして。

遠藤周作あたりで足跡付けてしまって、京都とかバーンスタインとか、ちょっと気に掛かることに触れてられるので、何度か邪魔しました。

妻が嵯峨嵐山で入場制限が掛かって電車に乗れなかったと怒ってました。エライ人だそうですね。出かけなくて良かったかな、なんて。

仁和寺から北へと原谷に行く道がありますが、自転車ならそんな道がオススメです。金閣寺の裏に下りてこれます。

京都を離れて15年以上になりますが、娘(マイミク)が住んでいるし親兄弟もあるので日記では別宅と呼んでいますが、たびたび足を運んでいます。

人が多くなりましたね。器自体をこれ以上拡張できないのだからこれからどうなるのでしょうか。

京都の紅葉や静かな秋の佇まいが見たいなと、皆さんの日記を見てると思います。私は、自分の住んでいた家の裏山や(って嵐山の小倉山ですが)、職場のあった路地裏とか、行ってみたいです。

(mixi)

| 2008-11-23 23:09 | 日記系セレクション |


雨雲が切れたら

今の時期の雨は、じゃーーじゃー降らへんので
出かけてみたらそうでもなかった、、、ということも有りますが

最近の天気予報はデジタル的に出すし
見るほうも
情報が全て頼りに
という時代ですからね。

昔なら、ええい!何とかなるといって出撃したものが、この頃は安全を見て取りやめとなることもしばしば。

ツーリング文化というのは、その時代のものなので、それをとやかく言えないが。
バイクという乗り物は、そういう文化とは関係なしに、雨でも晴れでも走る宿命に有るのだ。

少し雨雲が切れたら、飛び出したくなるようなハングリーさは忘れないように。
もちろん、こういう言葉に命令形は成り立たない。

| 2008-11-14 23:52 | 日記系セレクション |


残暑、少し

Wさんへのレス(mixi)
---

お盆が過ぎて、やれやれ、ってところでしょうか。
男には (という表現は適切ではないのですが) 仕事があるので、ふっとくつろげるような時間はたまにしかない。

秋という季節がすぅーっと近づいてくるのを感じるとき、ホント、仕事の緊張が波が引くように消えていくのですよね。

四季があって、生きておれるのだなと思います。
帰れる古里があってこそ、頑張れる。

稲刈り。
始まりましたよ。

| 2008-08-19 18:28 | 日記系セレクション |


本屋考察

mixiの日記から(コメント)
----

暑いね。
こんにちは。
久しぶりですね。

>古いものや古い体制が崩れたり、
>まったく新しい体制がどんどん前に出てくるのを見ると、
>とりあえず不安で拒絶したくなるのだけれど、

そうか。
そうだ。
私もそういうようなことを思っていたのに
上手に言葉にできずにいたんだ、
と思うと嬉しくて。

古書店は全然利用しないのですが、理由は、まともな本がないということに尽きるのですけど
新刊書店でも店員さんと商品のギャップのようなものは感じます。
本屋が崩壊し始めている、かも。

| 2008-08-08 20:53 | 日記系セレクション |


寂しさを堪えて (その続き)

たくさんのコメントを貰ったのですが、返事を書く間が無くて・・・・
(mixi)(GREE)
----

みなさま。

8月になってしまいました。

忙しくしていたのですが、言ってみればフツーのサラリーマンだったら忙しいのは当たり前。ブログに日記なんか書いているようでは一丁前とはいえませんでしょう。その証拠に夜中の10時過ぎの電車を見れば分かります。ネクタイを緩めて疲れた顔で座っているサラリーマン諸氏の多いこと。

現在の日本の社会に文句をつけるような立場でも何でもないのですが、もう少し社会をフラットにしてもいいようにも思いますが。
しかしながら、自らが選んだ「豊かさへの道」なんだから、仕方ないのか。

そんなことを思う一方で、「おしまい」と書いたPちゃんのことに戻ってみる。

彼女の恋人は海外の何処かの国へと仕事のために戻って行ってしまった。たぶん、1年間ほどは戻らないのかも。お正月くらいは帰ってくるかも知れないが、会いたいと思っても即座には会えないんだな。

今はネットワーク技術が進化したので、映像の中ではリアルタイムで会えるけど、やっぱし、ちょこっとでも触ってくにゅくにゅしたくてもできないんだから、寂しいよね。

「おしまい」と彼女は口に出したわけではない。見送るときに心の中で思ったわけでもなかったかも。家に帰って日記を書いて、それで考えるのをおしまいにしただけで、また明日になれば、新鮮な気持ちで恋人を想い続ける日々が始まるのだ。

電子のメディアの上に書かれた日記の「おしまい」はやがて消えてしまう運命かもしれない。

出会いと別れというスパイラルのなかに、哀しみや歓びなどの感動とか、未知なモノに抱く夢とか、そして「おしまい」とつぶやいてみるような静かな時間が入り混じってできているのが人生でしょう。

こんなことを書いている今も、既にPちゃんは次のステップでジャンプしているはずだ。「おしまい」とはそんなパワーも秘めていたんだな。

| 2008-08-04 08:55 | 日記系セレクション |


寂しさを堪えて

堪える(こらえる)という言葉は、ちょっと今の時代に馴染みが薄くなりつつある言葉かもしれない。


おしまいと言って堪える夕日かな (ねこ)

---

おしまいと
言いながら
寂しさを堪えて
うつむいて・・・

そんな感じかな。

若さがあれば、なんでも平気。

---

これは、(mixi)のPちゃんというかたの日記で書いたコメントです。

彼女は彼氏を成田にお見送りに行った日記を綴って、最後に「おしまい」と書いたのだ。

こんなふうに、寂しさを堪えるのが「おしまい」だったのと、きょうという一日が「おしまい」だったわけでもあるのだ。

おしまいにしてしまえば、また新しく何かを始めることができるからね。

---

おしまいの寂しさ堪える夕日かな (ねこ)

と最初に書こうとしたのだが、今でもどっちがいいかなって悩んでいます。

| 2008-07-30 07:41 | 日記系セレクション |


読書のコミュのある話

mixiで友だちが熊谷達也の邂逅の森を読んだと書いていたので…
----

最近、文学でなくても、単にストーリーのための設計本のようなのが多くて辟易してるので、こういった熊谷達也のような、文章で書かれて何ぼ、話が展開して何ぼ、というような作品が読みたくなる衝動に駆られる。

そこで、読書部のコミュで【熊谷達也】のトピックを挙げてみたんですが、今のところ書き込み者はないね。

ベストセラーや注目モノを話題にして楽しむのも結構ですが、これぞ!という素晴らしい作品に出会いたいし、そういう作品の話をしたいので、ある意味では試金石として「作家別シリーズ」(トピック)をあげているけど反応は少なく、現代社会(人)の反応に「いかにも」と頷かせてくれる感触を持っています。
前にもコミュか日記に書いたけど、そういうコミュなら行く末は閉鎖してしまおうと思っています。

あなたのように1行でもいいから「感じて然り」の一言を書けない人が多いねえ。よかったらぜひ、読書部に一筆投じて…という願いもあるが。

GREEのほうでも同時進行させていて、少しコメントがあがっていました。
邂逅の森、相剋の森、氷結の森という三部作はいいと書いていた人がいた。

こういう作品と出会うことで、これから手にする作品選びが変わってくれば、人間が変わってくる。感性が変わってくれば、貧困な哲学に満ちた現代社会も少しはマシになるような気がするわ。

と、私はだらだらと書いたが、あなたは「人間の愛」と手短くズバリと書いているからえらい。

| 2008-07-25 06:45 | 日記系セレクション |


徳山ダムへ

5月9日の日記コメントへのレスから。
---

GWのざわざわした時間の後で、静かな所に行きたくなりまして、山の中を目指して行ってまいりました。

私たちは、ほとんどすべてが、自分たちの家族のためとか自分自身のためになることを願って、何かを選んでいます。

それは、月並みな言い方だと、ちょっとでも得になるように、椅子取りゲームのように神経を尖らせているわけです。

しかし、
それでも社会が良くなったのは、昔の話で、これからはそういう図式で物事を考えては、大げさに言えば地球が滅びるのでしょうね。

人の心は少しずつ滅び始めています。心が枯れて、社会が枯れて、組織がよりどころをなくしていけば、そこにあるものは、虚像ということになってくる。

文明は、必ずしも私たちを幸せにしてくれるとは限らない・・・と言っていいのでしょうか。

| 2008-05-11 16:05 | 日記系セレクション |


そういう体質

GREEで私が書いた日記へ或る人がくれたコメントへの返答

----

なかなか、冷静で正確に分析していますね。

> GREEの機能の問題というよりは、
> SNSというものの体質の問題と
> いう気がします。
> そういう体質だから、
> このくらいの機能でいいだろう、
> といったところでしょうか。

そのとおりです。

SNSというものは、あくまでも経営側のもので、事業であるということ。
時代の変遷につれ、というか、SNS自体が時代を変遷させて、自分たちもそれに対応して事業を成熟させる。

長い歴史が物語るように、現代はそれを加速試験をした如く、短く簡潔に書かれた事業報告のようにして終わらせてくれます。

次に、どんなモノがくるのか。

バカみたいに、WEB未来論を論じている人たちの思うツボになりたくなから、突っ張るのですけど、やっぱし引きづられていますね。悔しいな。

| 2008-04-26 18:13 | 日記系セレクション |


揺らぐ

GREEの或る人の日記へ、私のコメントから

---

>違う道を選んでいる人を見つけると、
>途端に羨ましくて仕方がなくなってしまう。

>同じように仕事をしながら、
>さらに制作もしていた、という事実にも、
>自分の足下が揺らぐ気がしました。

自分のことを振り返ったり、未来の自分を、今の自分を見ながら構想しようとしたり。

そういう中で、自分に出会い、現実を知り、夢を描き、さらに構想を繰り返す。

一体、あの人と私では、何が違っていたのだろうか。
そんなことを考えながら、歴然とした答えを見つけることがあります。

しかし、その答えのひとつが、
「貴方は人を踏み潰して前進ができますか」
というようなものだったとしたら、私は
「ノー」
と答える。

その答えを出す私に、伴走しながら付いて来るのが貴方の仰る「揺らぐ気」であり「羨まし」さであるわけですが。

私は、今や、それでもいいと思っています。
三十半ばなら、もう一回くらいは頑張れるかな。
もちろん、何回でも挑める人もありましょうけど。

| 2008-04-25 09:50 | 日記系セレクション |


雪・・・

前略 雪でした・・・か?、へ戴いたコメントへのレスから。
----

東京で見る雪はこれが最後ねと、、、と歌にもあったような状況設定で、私は6年間の東京時代を終えて京都にターンしてきたのが1982年の早春でした。

雪というのは、節々でドラマを作ってくれますね。
毎日乗った丸の内線も、今では電車の色が赤じゃなくなったようで、東京を再訪する用事があったとしても、地下鉄に乗るのはちょっと嫌です。

西武電車が池袋を出て大きくカーブを曲がる途中で富士山が確か見えたような記憶がある。
母校の屋上から、新宿のビル群の向こうに、東京を赤く染めている夕焼けのツムジのようなモノが見えたような記憶がある。

そんな記憶は、実は曖昧なのです。

雪の積もった朝に、江古田に向かってとろとろと歩いている自分の姿も、何となく覚えている。

東京に住んでいたことも、もしかしたら、夢か幻だったのかなって。卒業証書も写真も何も、残ってないもんな。(信じられないほどの杜撰さ)

| 2008-01-27 16:50 | 日記系セレクション |

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