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2008年11月 3日 (月曜日)

冬じたくまでに会いたい人がいる

冬じたくまでに会いたい人がいる (ねこ)

十月末の或る日、少し冷え込むのでエアコンを入れた。軽い試運転のつもりであったが、忘れかけていた温もりを思い出させてくれた。にもかかわらず、冬が近いのだという意識をそれほど持たず、気軽に奥飛騨ツーリングの計画を立ててしまった。何をうっかりしていたのか、十一月には霜月、雪待月という古名にもあるように、寒さが急激に募ることは間違いない。

◆奥飛騨へ、いざなうもの

1992年11月に利賀村を訪ねて、秋から冬に変化する瞬間の寒さを体感した。あのワクワクを子どものように待ち侘びている。

そのインセンティブ(Incentive:誘因)のようなものをひとりの人が齎せてくれた。もはや、寒さで朽ち果ててしまって蘇ることなど無いのではないかとさえ、実は自分でも思っていたのだが、寒さと闇を突き抜くように私は11月2日の早朝の下呂温泉を目指すことを決心した。

◆決心まで

そう、決心が固まるまでには時間がかかった。行くか、行かないか、迷う者の心をわかりやすく説明することは困難だ。様々なプラスとマイナスが頭の中で交錯している。

楢峠の紅葉と再会したい、しかし、京都に行って娘の学園祭に顔を出してきたい、それに腰椎の症状が少し良くない。

普段からの整理整頓をサボっているため、旅の準備が一向にはかどらないまま、一緒に楢峠を走りたいという強い願望を抱いたその人には「ごめん」と書いてメールした。それは即ち「行けません」ということを意味し、幾ら私の迷いが継続していても、その人の心の内では私は「来ない人」となってゆく。

後で考え直してみると、こういう優柔不断というのはマイナスばかりが目立つ。必ずしもあらゆる場面で悪い性格の代表のように扱われるが、そうでもないことを弁護しておきたい点があるものの、今の場合は、その余地は無い。

この優柔不断さを受けて、さらりと私が「来ない」と悟って旅をするこの人は、想像以上に優しく尚且つ逞しく、旅をすること(何かを実行すること)のチカラを備えた人だったのだ。

天が何かの幸運を与えたのだろう。11月1日、朝の京都行特急に乗らずに奥飛騨行きを私がこの決心をしたあとは、トントンと昔の私が戻ったように荷物の整理やバイクの準備を始めた。「若返ったみたいね」と独り言も飛び出してくる。

◆早朝

2日の朝、2時にバイクに跨った。前日に電話でしんちゃん(マイミク)が「寒いから防寒対策をしっかりして気をつけて行ってきてね」と助言をくれたので服を1枚足してBOXに入れた。
(しかし冬用のオーバーパンツは履き忘れ、ダウンジャケットはまさかそこまで…と思い持たなかった。これは失敗でした)

寒かった。
あまりの寒さに走り出して1時間も立たない間に、BOXからフリースを取り出して着ることになった。足の寒さはカッパで凌ぐしかない。

ところが、大問題が発覚。
カッパは、軟弱ツーリングばかりが続いた近年には着用履歴が無く、私が5キロもデブになったために履き難くなってしまい超苦心した。腰のゴムは完全に伸びきったままだ。革のツナギの上からこのカッパを着ていたのだから相当大きいサイズなんだが…。ショックから立ち上がれない時間が過ぎる。

当初は、東名阪から名古屋環状、中央高速と繋いでいこうと計画していたのだが、4時のつもりが2時に出発したこともあり、心変わりして一般道を多く使った。

強烈な寒さで高速などは走れない。そこで、深夜の一般道を法定速度で走り続けるのだが、こんな私は、長いツーリング経歴の中で一度も無かったといえよう。
まだ明け切らぬ深夜のしじまの中を流星のように走った過去の面影など無く、寒さに凍えてトロトロである。

独り言が飛び出す。「ジジイになったらこんなもんや。せやけどな、大事なんは下呂温泉に8時に着くこっちゃ」

◆下呂温泉

美濃加茂に入ったところで使い捨てカイロを買い少しホカホカとなる。店のおじさんとの温かい会話でさらに気分も上々となってくる。

もうすぐその人に会えるのよ。わかるかなこの気持ち。独り言が次々と飛び出す。まあ、忘れてしまってもいいような自作演歌から、気障なポエムまで色々あったように思う。

山の向こうではもう太陽が昇っているので空が次第に明るくなり始める。明るくなると元気が出てくる。あれほど寒さにメゲていたのに陽気になれる。

下呂温泉へは飛騨川沿いを遡ってゆく。道の両脇の山々は木曽の檜が綺麗に植林されたところが多く、紅葉する箇所は意外と少ない。さらに山肌一帯を深い霧が覆い尽くしているので、道路脇の奇岩の間を縫って流れる川は非情なまでに冷たく見えるし、霧の上で空一面を覆い尽くす雲は青空を遮ったままである。

しかし、この霧や雲は太陽が昇れば確実にどこかに吹き飛ばされてしまうのだという確信がある。自信がある。「早く晴れなさい、寒いじゃないですか」なんて言いながらおどけた独り言も飛び出し続ける。

下呂への到着は7時頃だった。橋のたもとにバイクを止め、湯が吹き出している所で手を温めたり歩き回ったりしながら、その人にはすぐには連絡を取らずぼーっとしていた。温泉街を早朝から散歩をする人たちが行き来するのを眺めていると温泉情緒がある。どんな人なんだろうか・・・・。

夜中にいったん抜いて早朝に掃除をするため空だった噴泉池にお湯が溜まり始めた。その人とも順調に連絡が取れて、何なく初対面の挨拶を交わし、噴泉池で足だけ浸かって話し込んでしまった。スケジュールが無ければ終わり無く話は続いたのかもしれない。

◆高山陣屋前

朝市に寄りたいというので陣屋の前にバイクを止めて自由行動とした。

いろんな種類の林檎を試食して、牛串も食べたと言っていた。時間があれば、美味しい高山ラーメンも一緒に案内して差し上げたかったが、どうしても頭の中には「楢峠」が焼きついていて・・・・。

私も林檎を買いました。1個。
結果的のこれが家へのお土産でした。

◆楢峠から利賀村へ

天生峠へゆく国道360号線から分岐して、国道471、471号線は真っ直ぐ北に延びる。

分岐したすぐあとの集落の斜面に大きな柿木があり撓(たわわ)に実をつけてどっしりと枝を垂らしている。夏が過ぎて雪に埋もれる冬までの間の、この木にとって一番鮮やかな時間が、まさに今過ぎているのだな、と思う。その柿の木の背景にはブナやナラの真っ赤に色付いた山が控えている。何と美しい自然の姿だ。

その山にアタックを開始し、順調にカーブをクリアしてゆく。濡れ落ち葉が道に散らばっていたり、轍の真ん中に苔が生えている道路を上ってゆく。

ドキドキ。快感。ゾクゾク。

バイクと結構すれ違う。車もまずまず通る。でもまだまだ俗化されていない、独り占め状態だ。

利賀村には行けず

利賀村には行けず

県道34号は残念ながら県境の標識のところで通行止めであった。悔しいけど、やっぱしという気持ちも有ります。一緒に付いてきて良かった。もしも彼女をひとりでここに来させていたら悩んでいたんじゃないかな。二人で来たから、通行止め現場でも少し愉しみながらゆっくり出来た。

ゲートの向こうは利賀村

ゲートの向こうは利賀村

◆白川郷と五箇山

楢峠を諦めて、天生峠を越えた。まず荻町の合掌集でお食事。お蕎麦を食べた。美味しかったです。初対面だから、まだまだ話に夢中だった。(私は)
荻町は観光バスなども押し寄せて、俗化の色合いが濃く、ちょっとこういう所は苦手かなということで退散することにした。

そのあと、五箇山の合掌集落へ移動。

バイクの駐車にも課金が有りそうかな…戸惑っていたら、係のおじさんの計らいで無料スペースに誘導して貰えて、ゆっくり周遊できました。
二人で積もる話をしながら歩いて、写真を撮って回ってきたって感じです。

◆郡上八幡YHまで

ひとり旅なら有りえないほどのゆっくりペースできましたので、もう夕暮れが近づいていました。

そろそろ夜間走行を心配しなくてはならないし、想像以上にマイカーが多く、激しい渋滞が発生していました。少なくとも今まで何度もこの地に来てますがこんな渋滞に遭ったことはないです。

もはや家には帰れないからお泊まりを決心してました。食事の後にYHを予約してありました。

最近開通した北陸東海道で郡上八幡まで一気に!と安易に考えたけど、高速も飛騨清見付近から大渋滞で、100キロ程度の距離なのに半分以上はすり抜け状態でした。あんましその道の方には捕まりたくないなあ。職務上辛いものがあるのです。

トンネルの中が温かい!と感じる季節になっています。これを感じるともう冬なんだなと思います。

◆あくる日(11月3日)

6時に出発するというので、早く起きなきゃと思って眠ったのですが、最初に目が覚めたのが5時46分でした。目覚ましは使わないし、いつもの時間だから私の普通のリズムなんですけどね。

大急ぎで荷物を持ってバイクの駐車場まで急ぐときに、6時のお寺の鐘が聞こえてきました。その人は荷物をバイクに縛り終わって、ぐるりと郡上八幡の街中を散策し終わって帰ってくるところでした。

(ひとりで行っちゃったので、ちょっと悔しかった。)

さて、今日は帰るだけ。彼女は中仙道の宿場に寄って、天竜川沿いを愉しんで静岡経由で帰るって言ってました。私はオーソドックスに岐阜から長良川沿いを走りました。

◆あとがき

この旅の始まりは、彼女が五箇山に行きたいというので、その近くに「楢峠」という今の季節には逃がせないルートが有るという話をしたのが切っ掛けで、私も行きたくなって同行させていただきました。

初対面でしたが、何の壁も無くお話ができて嬉しかったです。年齢も名前も知らない人なのにこのように旅のルートを共有できることは楽しくていいですね。

でも、彼女にも再三申し上げたのですが、むやみに旅のルートやスケジュールを公開するのは宜しく無いですから、と厳しく叱っておきました。(笑)

最後に。
旅をひと通り走り終えて、彼女は彼氏のもとに(笑)、私は家族の元へと帰る時間が来ます。

何も言葉で言えなかったな。お疲れさん、さようなら。とか。

走りながらウインカーを出して曲がってゆくのをクラクションで送りました。別れは悲しかったな。でも、そんなことを私は口に出してはいけないのだ。

その後、少しシクシクしてたな。ヘルメットのシールドを開けて顔を撫でまわすと、風が冷たくて凍りそうだった。

でも、ひとりに戻って走り慣れた飛騨からの帰り道をぶっ飛ばしている間に身体も心もポカポカになってきました。

グズグズしている私に刺激と元気を与えてくれて、奥飛騨まで引っ張り出してくれて感謝してます。

いつか二人で遊びにおいで。京都の街を案内しますから。

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