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2008年11月29日 (土曜日)

ケータイはいらないみたい、私たち

日記は毎日か書かない。コメントも安易に書かない。そう決めてみたけど、どうだったか。

じっと溜めておく。
裏紙の上に、二三日したら読めなくなってしまうような、ミミズが這ったような字が並んでいる。


先日、家内とある駅で待ち合わせをしたときのこと。
「7時半に」という連絡が夕方にあって、その返事に私は「6時半頃からドトールでも行ってのんびりしてるわ」とメールをいれた。
ケータイを持たないので、それで連絡手段はオシマイ。あとはテレパシーだけとなった。

仕事を終えて本屋をぶらついて (時計を持たない私ですが) そろそろ椅子に腰掛けたいなと思って、少し早めに改札横のドトールの前に来たら、家内がまさに10秒も違わずにドアの前に立っていた。

約束は7時半なのに…。

ケータイはいらないみたい、私たち。 ねこ作

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今週の落書き、はトラックバクで入れておきます。

かんけりの缶を蹴ったら十二月 

ねこ作
今週の落書きから。

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かんけりの缶を蹴ったら十二月 

かずかずの思い出手帳に封じ込め
初霜やいつものキミと出会う朝
ホカホカの弁当背中に霜の朝

マフラーをねだってみたい五十歳
マフラーを贈ってみたい三十歳

みちくさを喰ってあなたの腕の中

ぴょんという素敵な人の音の夢
がちゃという乾いたグラスに酒をつぐ

とびっきり素敵な言葉をプレゼント
さり気なく髪かきあげてひとりごと

2008年11月27日 (木曜日)

早いわねあなたと出会ってもう何年・・・

お題:手帳

年が暮れるときに
いつもそう思う。

この頃はつくづくみんなに感謝しなきゃと思います。

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今年から4月始まりに変えようかな

そんなふうに思ってる。
そういうの、出回ってるでしょ。

今の手帳。
高橋書店の手帳で、このシリーズを30年以上使っていますが。

どうしよっかなー。
高橋で行くと思うけど。

思い出いっぱい。
でも
新しい年には希望がいっぱい。

2008年11月24日 (月曜日)

クリスマスプレゼントしたいものがある

お題:年の瀬

仕事の帰りに買って帰るサプライズ

何がいいのでしょうね。

ケンタッキー?

ミスタードーナッツ?

2008年11月22日 (土曜日)

遠くからマスクの中の君を見る

あの人は、ひとりで部屋を出ていって、コーヒーカップを片手にデスクに戻った。

ひとり静かにお昼を食べ始める。

遠くから見ているのは僕だけだから、ふたりで一緒に食事をしているのと同じさ。

あっ、君の視線が動いてる。

よく見てなきゃ。

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そんな落書きを、切り取ったカレンダーの裏紙に走り書きしていた。

それを妻が見つけて、
「何よ、コレ。○○ちゃんのこと?」
と言った。

「違うでしょ。ドラマ。・・・・ドラマでしょ、僕の頭の中にある」

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秋から冬へ。
マスクに隠された、その向こうに夢を見るのだ。

アツアツのおでんを見れば思い出す

美味しいおでんが食べたいな

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アツアツのおでんを見れば思い出す
そんな苦い思い出はありませんが。

でも、そんな苦い思い出を、おでんと共に刻印しておくのもいいなあ。


暮れなずむ坂道下ったおでんやで

あなたとふたり肩寄せて
今夜はお味噌の大根が
とても甘くて美味しいわ

きょうは木枯らし一番で
おでんの美味しい店でした
仕事の帰りの坂道の
路地を曲がった奥でした

冬支度ちょっと気になる人が居る

冬支度オシャレが気になる人が居る

冬支度ちょっと気になる人が居る

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そんな感じ。

職場の女性たち。
すごく割合では少ないのですけど
ぶるっと寒くなった朝など、
コートとかマフラーとか
今までに羽織ってなかったものに
オシャレな一面を見つけたりします。

私のほうは、全然オシャレじゃなくて
夏から同じワイシャツに、同じネクタイ。


コートが欲しいな。

去年まで十年ほどこれ着てますが。
膝まであるような長いのはもう流行りじゃないよねえ。

もう一着、
「刑事コロンボみたい」といわれるコートもあるけど、
これもアカンなあ。
30年もの。
時々着ますけど。

2008年11月19日 (水曜日)

縁側で母とふたりの障子貼り

縁側で母とふたりの障子貼り ねこ

初霜や八朔ひとつ供えたろ ねこ

初霜や八朔ひとつ供えたろ

マイナス5.5℃の寒気団が1200メートルの上空に辿り着いた。今年、最初の寒い朝だ。8時過ぎに不燃物ゴミを置きに近所の角まで突っ掛けで走っていくが、足の指先が冷たかった。靴下を履かねばならない季節になったなと沁み沁み感じる。

そのことが反対に嬉しいようにも思えてウキウキもする。寒くて冷たいのは嫌いなくせに、ガラス越しに温い陽射しを浴びながらソファーに掛けて本を読んだり手紙を書いたりする、そんな冬が好きなのである。


冬を迎える前に済ませておかねばならないことが幾つかある。山から切り出した薪を風呂焚き用に割ることや、北風を除けるための藁囲いを家の周りに組み上げるのを手伝うのは子どもの仕事だった。

現代ではそんな風景はどこにも残っていないが、霜が降りる季節になると心を引き締めて覚悟を決めるように人々は「冬支度」に取りかかった。


縁側で母とふたりの障子貼り ねこ

障子貼りも冬支度のひとつであった。縁側には優しい光が降り注いでいた。庭の花畑は枯れた色に変わっていたが、父の育てている菊は元気に咲いていた。そして蜜柑の木には橙色の---だいだい色という言葉の響きも懐かしい---実が幾つもなっていた。もぎ取って食べても酸っぱいだけで一度も家の蜜柑など美味しいと思ったことなどなく、店で売っている万遍なく綺麗な蜜柑のほうが甘くて好きだと言っては父や母を残念がらせたものだ。

思い出は脆いもので、この蜜柑の木ももう誰も食べる人が居なくなったから役目が終わりだということで父が切り倒そうとしていたころに実をひとつもぎ取って食べたら、栽培物の味とは全く違った酸っぱさがこの上なく美味かったのを思い出す。

父が逝って十年以上が経つが、時代は変遷して、今そこに父が植えていった八朔(はっさく)の木があり、背丈の倍以上にもなって鈴なりの実をつけている。

初霜や八朔ひとつ供えたろ ねこ

2008年11月15日 (土曜日)

今週の言葉抄録

今週のことば から

▼サンタの赤い靴
赤いブーツが店に出回り始めた。ウキウキする人、バンザーイ。
履いてみたいなっていう心を失わない、そんな人、恋人にしたいな。
わたしですか?可愛くない奴で、子どものころからサンタクロースは信じていなかったな。
話は違うが、子どもにお年玉をあげるという習慣も全く無い。

▼満月
夫婦岩の満月の写真は、伊勢志摩経済新聞が写真付き記事を載せて、ヤフーや楽天もこれを配信していたので、「夫婦岩 月」で検索すると幾つかヒットがある。

西に真っ赤な夕焼けが現れた後、太陽が沈むに従い、大気圏内の上層を光が屈折しながら進み、夕焼けの塊は段々と西から真上へ、そして東へと移動をする。
同時に空全体が明るさを失い、赤い茜雲は赤みだけを残し東の空に「反対夕焼け現象」を引き起こす。

光学現象としては非常に基本なのに、どうして中学や高校ではこういうことをロマンを交えて教えないのか、不思議だな。

反対夕焼けに月が浮かぶ。

自明のことだが、満月は太陽と逆の時間に現れるので、季節も反対になる。冬、南中高度が最も高くなるので、真上(90度)近くまで上がる。

この落ちてきそうな月を見るのが好きだ。

▼失意泰然
丹羽保次郎先生の語録を読み返す。心が洗われるな。

▼素顔のままで
歌があったなー。ビリー・ジョエルだったか。
別にそれをパクッてきたわけではない。

この人の素顔をじっと見ていたい。そんな感情です。

ええ?素顔のわたし。そんなもの見たくないって。あらら。
高田じゅんじのようなノリで、ジョーダンのかたまりだという人もありますが、マジメ路線に戻したい。でも、いったんエロくなってしまった日記はそう簡単に塗り替えることは出来ないか。


▼言い出しかねて
それはジャズのスタンダード。この音楽が目茶目茶好きというわけではないが、このタイトルは大好き。何を連想するかは人それぞれ。

▼つぶやく
EXCITEにつぶやきブログというのがあって、それをわたしのブログの一角に設置してみた。誰も書きに来て欲しくないという我儘なブログにしたい。

▼コメント
書くのをやめました!宣言はしていないが、気を使って書くのはやめました。
コメントを返せるような誘い水が撒き散らしてある場合は、誘われてフラフラ、書くかもしれない。

わたしの書いて欲しいコメントだったばあいは喜んで飛びつきます。ハズレると悲惨。飛散と言ってもいいかもしれない。

▼うそぶく。嘯くと書く。
そう、あの日のピアスは良かったわ。短めのスカートなんて見たこと無かったのに。わたしのそんな・・・(おろろ)・・・足を見せないで下さい。

▼いそしぎ
そう・・・

あなたに海は似合わない。
潮風が髪に吹き付けて
遠くの波間を見つめる姿。
わたしにはそんなあなたが描けない。

いいえわたしはあなたと一緒、
小高い丘の見晴台で
並んで光る海を見た
1枚の写真がありました

或る日、破って棄てました。

▼壊れたカケラ

縺れた糸を丁寧にほどくなんて
短気な私にはできませんでした。

カッとなって、あなたも自分も壊れてしまった。

壊れ方にはいろいろ有りましょうが、あとで拾い集められるような、優しい壊れ方にしてね。

壊れたカケラ
ひろってください。

▼マジメ路線に戻りたい。
ああでも無理なんだろうなあ。
魅惑の天使がいるかぎり。

▼司馬遼太郎;坂の上の雲
うーん。
現在第7巻、真ん中あたり。奉天会戦、3月4日ころ。

並行読書。何がいいかな。考え中。
ガチャさんが「その日の前に」(重松清)の映画を見ると言ってたな。原作も読むって話してたけど、読んだだろうか。僕も買おうかな。

▼僕
そう、ときどき「僕」と書きますが、仕事中や人と話すときに「僕」という言葉を使います。あるとき「俺」と言ったら、別人みたいでイメージ合わないのでやめて欲しいとキッパリ言われたことがあったなあ。
公務のときは「私」と言ってますので。

▼紅葉を眺めるベンチで
二人でおにぎり食べたいな。
そんな場面を夢見ます。
ロマンティックじゃないですか。

▼そうだ、京都 行こう
といってみたものの、いつ行けるかな。
地球温暖化で紅葉時期がズレ始めていることもわかってきたそうで
「まちかどエコ」始めます。 ネタ下さい。

2008年11月14日 (金曜日)

通学のカバンにきょうから赤い靴

寒くなりました。13日のメルマガの巻頭で

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11月の声を聞いた途端加速するように寒さが増し、朝夕、暖房の入った電車に乗り込むと優しい温もりを感じる季節になってきました。

 冬と書く柊と書く火恋し (榎本享)

今年も残り2ヶ月を切ってしまいました。そうだ、火の一句の〆切も近いですね。
街はハロウィンが終わって次はクリスマスという勢いです。晩秋という言葉が醸し出す静かな秋ではなく、子どもたちのにぎやかな声の聞こえる秋といった感じです。
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と書き始めましたが、ほんの1週間ほど前に思いついたことだったのにもかかわらず、二三日でいっそう冬らしくなってしまいました。

朝の駅、ホームで列車を待つときも息が白く濁ります。吐息が白くなり始める気温は5℃程度だから、もう冬のような朝といってもいいのかも知れない。コートを羽織っている人もいる。

線路脇に生えた雑草が朝露に光っている。落ち葉が風に吹かれてきて、道の隅っこに集まっている。
落ち葉と言えば・・・葉っぱが落下する速度は秒速0.5メートルから1.5メートル。背丈が2メートルの木から寿命を迎えた葉っぱが地面に落ちるのを見つけたら、その葉っぱは2秒ほどの時間で地面まで落ちる計算になります。

エレベータのドアが開いて人が下りた後、約2秒で「まもなくドアが閉まります」と声が流れ、1秒後にドアは閉まる。とても長く感じる人が大多数なのか、大抵の人は必ず「閉」ボタンを押す。

落ち葉がゆらゆら。
地面に落ちてゆく時間くらい、待てばいいのに…
といつも思う。

列車が近づいてくると、いつも乗ってる女子高生が向こうから駆けて来る。上品で可愛らしい子だ。

あら、この前までぶら下げていたマスコットと違って、今日から赤いサンタのミニミニブーツだ。
「きょうから赤いブーツね」
と思わず声を掛けてしまいそうになりました。

通学のカバンにきょうから赤い靴 ねこ

そういえば、子どもが小さかったころ、お菓子の詰まったブーツを買うのが楽しみでした。必ず子どもは足を入れて遊ぶのよ。

何歳までサンタさんを信じていたのかな。

*

あとがき から

 先日亡くなった筑紫哲也さんの著作に「スローライフ―緩急自在のすすめ」(岩波新書)という本があります。

 記者としての一線を引退してからの作品だと思いますが、アメリカ特派員時代に(ちょうど私は学生でしたので記憶が鮮明なのですが)、記者としての激しい使命感でルポを送り続け、その後も注目を集めるジャーナリスト人生であっただけに、晩年に書いたこの作品は随分と穏やかだなと感じます。

目次を紹介します。

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  • それで人は幸せになるか
  • スローフード、9・11、一神教
  • ファストフードの時代
  • 寿司と蕎麦、そして「地産地消」
  • 「食」の荒涼たる光景
  • 小さな旅、スローな旅
  • 失われた「子どもの楽園」
  • 急ぐことで失うもの
  • 「学ぶ」ということ
  • 「スローウエア」「ファストウエア」
  • ロハスのすすめ、森林の危機
  • 「木」を見直す
  • 長寿と「人間の豊かさ」
  • スローライフ、北で南で
  • 真の「勝ち組」になるために

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 人は、全速力で突っ走った後には、スローに戻りたいのかもしれませんね。興味のある方は、ぜひどうぞ。 

2008年11月13日 (木曜日)

ここにある日暮れをキミに届けたい

西の空が茜色に染まるころ
静かにそっと
月が昇った。


ここにある日暮れをキミに届けたい  ねこ


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ライブカメラから;
http://www.eco.pref.mie.jp/livecam/05.htm

2008年11月12日 (水曜日)

何かしら素顔のままでくちずさむ

きみを
ずっととらえてはなそうとしないのは
きみの笑顔を見つけたいからさ

何かしら素顔のままでくちずさむ ねこ


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だんだん僕が壊れてゆく。


壊れたカケラ
ひろってください。
アソコも大事にしてください。


立ち直れるか。
支離滅裂。

青空が誘ってくれたズル休み

まず、タイトルは真(True)ではないので、あしからず。


私たちは、乱数で導かれたような道を歩いているわけであり、それが人生の面白いところであるのだが、その断片を見ると即ちそれは0から9で構成された自然数であり、言い換えれば、0と1で成り立つデジタルなBITであるわけだ。

毎日の生活に当てはめれば、
・右か左か
・前か後ろか
・好きか嫌いか
のようなものである。

一歩進むか、立ち止まるのか。
人間はその判断を、自分の頭脳の中にあるデシジョンテーブルにしたがって選択を繰り返す。

三角関数にsinとcosというのが登場するが、これに対数関数logと指数関数expを適当に混ぜ合わせれば、高校時代に習った数学だけでほぼ自在の曲線が描ける。
この程度の関数であれば、乱数が生み出す未来であっても近似値を推定できるかもしれない。


人生とは、難しいものであり、しかし、シンプルなものでもある。
残り僅か、2ヶ月を切ってしまった今年の後始末期間に、どんな反省と夢を思うのだろうか。

そんなことよりも、冬物のコート、買いに行かねば。
去年までは、ワイシャツ+フリース1枚でひと冬が過ごせたけど、今年はそうも行かないもんな。

to be or not to be
いつの世も、シンプルなものです。

1564-1616 人殺し色々

想いは、分散して行くので、この辺で。

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http://bike-tourist.air-nifty.com/hiroka/2007/04/post_8432.html
2007年4月11日(水)の日記
「新・塵埃秘帖」に以下のようなことを書いている。
(丸ごと引用)


夢を追い幸せを食べる虫

新年度は、あれこれと昔を掘り起こしてみたりして、喚起を促す言葉に再会することも多い。

1983年の新年の日記に

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未知なるものに好奇心を向けて、様々な方法によってこの欲求を満たそうとしてきた。そんな気持ちを殆どの人は、もともと持っているのではないだろうか。

山の向こうには何があるのかと、日没になると母親に尋ねた子どもの頃の方が、今よりも遥かに私は、学者だったようだ。

子ども心を棄てきれずに「夢を追い幸せを食べる虫」(自称)である私は、前にある未知なるものを見つめられるよくきく眼と、それを輝かせるに足るだけの涙を、今年もまた追いつづけることになるだろう。
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と書き残している。
今の私よりも、あのころのほうが冷静でありながら、夢も大きく新鮮味に満ちていたことが伺える。

この中で、「よくきく眼」と書いているのは、まさしく大岡信さんのパクリだ。

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波動というはるかなもの  (大岡信)

よくきく眼は必要だ
さらに必要なのは
からだのすべてで
はるかなものと内部の波に
同時に感応することだ
こころといふはるかなもの
まなこといふはるかなもの
舌といふ波であるもの
手足といふ波であるもの
ひとはみづから
はるかなものを載せてうごく波であり
波動するはるかなものだ
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これが頭の中にあったのだろう。


私は、ほかに〔新島襄先生座右の句、丹羽先生の講義録から〕と注記し

自然毅然 処人靄然
無事澄然 有事旗然
得意冷然 失意泰然

ということもメモに書き出している。

これは、崔後渠の「六然」から拝借してきたものらしく、どうやら間違っているようで、正しくは

自處超然 人處藹然
有事斬然 無事澄然
得意澹然 失意泰然

であるらしい。


その意味を解釈すると

じしょちょうぜん :自分自身には超然とあれ
じんしょあいぜん :人と接する祭には藹然とあれ
ゆうじざんぜん :有事には斬然たれ
ぶじちょうぜん :無事には澄然たること
とくいたんぜん :得意であっても澹然とし
しついたいぜん :失意におちても泰然たること

というようになる。

今の私の目標は
・ 一日一回、ダジャレを言う
・ 一日一回、楽しく嬉しかったことを振り返る
・ 一日一魚を喰う
であるが、この
・ 「六然」を唱和する、
も追加しようか。

三日坊主かな。

2008年11月11日 (火曜日)

今視線そらして気持ち動いてる

本文なし。

つぶやきのみ

2008年11月10日 (月曜日)

嘯いて揺れるピアスを狙い撃ち

嘯く。
うそぶく。

キラキラとピアスが光る。

隣に座っている子が
ねえ髪切ったの
って尋ねてる。

僕にはわかる。
髪なんか切ってない。

だって今日はいつもより
少しスカートの丈も短かったし。


嘯いて揺れるピアスを狙い撃ち  ねこ

2008年11月 8日 (土曜日)

休日にそっとコロンをつけてみる

学生時代から結婚するまで、そして結婚してしばらくはコロンというものをときどき使った。

匂いというものに割と敏感で(一方で鈍感で)、おしゃれ半分と自己満足半分で愛用したものだ。

新婚のころに妻が買ってきてくれたコロンがほとんど新品のままで洗面所の化粧台の棚に置き去りにされていたので、腐ってしまうようなものなのか興味本位で出してみた。

匂いは、ある種の流行り物で、その時代の香りがプーンと漂う。

日常の仕事の際には、整髪料なども含め一切を使わないが (髪の毛無いし)、ちょっとお遊びでつけてみた。


休日にそっとコロンをつけてみる ねこ

火遊びに似たドキドキがある。
イケナイ。
イケナイ。

誰かに恋していると思われてはイケナイ。

秋深き隣は何をする人ぞ

秋深き隣は何をする人ぞ と芭蕉は詠んだ。


「奥の細道」をよむ (ちくま新書 661)
長谷川 櫂
筑摩書房
¥798


-- 月日は百代の過客にして、行きかふ年も又旅人也。

誰もが知っている「奥の細道」の冒頭です。

まったくの専門外のことでありながら、芭蕉という人物や作品、またはこの紀行文に興味を持ち、浅学ながらも少しでも読んで味わってみたいと思うことが、これまでにしばしばありました。

著者の長谷川櫂さんのことは朝日俳壇(朝日新聞)の選者であるということしか知らなかったのですが、単に名前を知っているというだけのきっかけで、このちくま新書<「奥の細道」をよむ>に出会え、長谷川氏の人物像も少し見えてきて、「好き」がグーンと加速しそうです。

この著作は、決して生半可に読むようなものではなく、大学の教養講座で大いに利用してもいいだろうと思える、素晴らしい本でした。

数学や物理学の講座で使うテキストでよく見かける「薄っぺらいけど中味が満載」という…あのパターンの本です。物理のテキストではさり気なくひとつの方程式が書かれているのですが、実はそれを展開すると膨大なページの解説が必要で、読み手にもしっかりとした基盤を(暗に)要求している、というアレです。あの悪魔のようなテキストを思い出しました。

まず、第1章で「かるみの発見」の解説に入ります。「奥の細道」での芭蕉の旅日記をのほほんと読もうと考えていた私には、なかなか厚い壁でしたが、第3章までの導入講座が、実はどうでもいい本には書かれていない素晴らしいモノだったのです。芭蕉の心を第1章、第2章、第3章で学び、旅の日記へと続いてゆきます。

涙が出ることの連続ですね。
(この本の懐の深さをどこまで理解したかは、自信ないのですが)、
秋の夜はこういう本をじっくりと静かな部屋で読みたいです。
何度でも繰り返して読めます。

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芭蕉のいう「かるみ」について、長谷川櫂さんは、この本の冒頭で書いている。(22頁あたり)
読んだだけでは、理解できるような内容ではない。キッパリ。

シンと静まり返った秋。その深みの底に私の心は沈んでゆかねばならない。

2008年11月 7日 (金曜日)

三連休のお天気決算

11月1日から3日まで。

そういえば、

超雨女 + 超雨男

が走った旅だったのに、晴れーーー。


(-) × (-) = (+)

なのだ。

晴れ!


ねえ先生
マイナスとマイナスをかけるとどうしてプラスになるの?

2008年11月 6日 (木曜日)

その人の隣にそっと立ってみる

その人の隣にそっと立ってみる  ねこ


ちょっと、ね。

職場で、ね。

ちょっとだけ ときめく、はあと、持ち帰り  ねこ

楢峠から水無ダム方面利賀村へ  幻想篇

さて、前置きばかりが長くなってしまった。そろそろ旅の軌跡を振り返らねばならない。

インセンティブを巻き起こしてくれたそのバイク人と、奥飛騨の秋の風情に満ちた感動の峠を走る。まずは、飛騨高山市内の朝市を覗いてみることにした。

3連休の真ん中ということで街は大賑わいだ。朝の9時に参上するなんて遅すぎます。陣屋の前にバイクを止める算段で市内に入るが、朝とは思えない車の数だ。当然陣屋の付近ではミニ渋滞が起こっている。

交差点脇の休憩所前のスペースにバイクを止めて「自由行動にしましょう」と私は言った。何だか恋人でもないのに一緒に歩くのも恥ずかしかったし、どうも、ひとり旅で我儘ばかりしているせいか、上手に案内も出来ないこともあった。ほんとうはいろんなことを聞かせてもらいながら散策したかったのだが…。朝ごはんを食べていないと言っていたから、私に気兼ねなくすいているお腹を満足させてきてくれるといいな、とも思って放り出してしまった。そうすると、すぐに彼女は何処かに散策に行ってしまったみたい。

やっぱし…
川沿いの朝市を北から南までひと通り歩いたり、お昼近くまで待って美味しい高山ラーメンの店を訪ねても良かったかな。正直、朝のテレビ番組などが映し出す橋のたもとや古い街並みなどを案内したかったんだろうな。

しかし、楢峠に行くには、それほどのんびりしている時間が無かった。気持ちは焦った。道路状況がはっきりと分からなかったので、万一通行止めとなっていたときは引き返さねばならない。そのことが頭の隅っこにあった。

今、ここで言っている楢峠は飛騨古川から国道471号、472号線を北上するルートなのだが、私の考えている楢峠は厳密に言うと「楢峠+県道34号線(利賀村方面)」をさしている。

天生峠は飛騨古川から白川郷へと東西の峠で、楢峠は天生峠の手前から北上する。さらにその峠の途中から牛首峠方面、水無ダム方面へと西に分岐するのが県道34号だ。

中央にコケが生えている道路は、比較的三級地方道(酷道と呼ぶ人もある)には珍しくないが、この利賀村-楢峠ラインは、そういう道路の中でも群を抜くほどに狭くて寂れている。

「果たしてこんな山の中に乙女を連れてきて…犯罪と違うのかい」と独り言を呟くが、私の後ろを走るW650のその人には聞こえていなかっただろう。バックミラーに映る姿は淡々と走り続けるなかなか男性的な雄姿だった。

県道34号は、鉄格子のようなゲートで閉ざされていた。「ああ」とため息をついた。

深い深い山の中で通行止めの看板や落ち葉が道路に溢れている様子をカメラに収めながら、大休止となった。

この先の道路はまたいつか来るとしよう。彼女にとっては幻想の峠道となってしまった。

2008年11月 3日 (月曜日)

冬じたくまでに会いたい人がいる

冬じたくまでに会いたい人がいる (ねこ)

十月末の或る日、少し冷え込むのでエアコンを入れた。軽い試運転のつもりであったが、忘れかけていた温もりを思い出させてくれた。にもかかわらず、冬が近いのだという意識をそれほど持たず、気軽に奥飛騨ツーリングの計画を立ててしまった。何をうっかりしていたのか、十一月には霜月、雪待月という古名にもあるように、寒さが急激に募ることは間違いない。

◆奥飛騨へ、いざなうもの

1992年11月に利賀村を訪ねて、秋から冬に変化する瞬間の寒さを体感した。あのワクワクを子どものように待ち侘びている。

そのインセンティブ(Incentive:誘因)のようなものをひとりの人が齎せてくれた。もはや、寒さで朽ち果ててしまって蘇ることなど無いのではないかとさえ、実は自分でも思っていたのだが、寒さと闇を突き抜くように私は11月2日の早朝の下呂温泉を目指すことを決心した。

◆決心まで

そう、決心が固まるまでには時間がかかった。行くか、行かないか、迷う者の心をわかりやすく説明することは困難だ。様々なプラスとマイナスが頭の中で交錯している。

楢峠の紅葉と再会したい、しかし、京都に行って娘の学園祭に顔を出してきたい、それに腰椎の症状が少し良くない。

普段からの整理整頓をサボっているため、旅の準備が一向にはかどらないまま、一緒に楢峠を走りたいという強い願望を抱いたその人には「ごめん」と書いてメールした。それは即ち「行けません」ということを意味し、幾ら私の迷いが継続していても、その人の心の内では私は「来ない人」となってゆく。

後で考え直してみると、こういう優柔不断というのはマイナスばかりが目立つ。必ずしもあらゆる場面で悪い性格の代表のように扱われるが、そうでもないことを弁護しておきたい点があるものの、今の場合は、その余地は無い。

この優柔不断さを受けて、さらりと私が「来ない」と悟って旅をするこの人は、想像以上に優しく尚且つ逞しく、旅をすること(何かを実行すること)のチカラを備えた人だったのだ。

天が何かの幸運を与えたのだろう。11月1日、朝の京都行特急に乗らずに奥飛騨行きを私がこの決心をしたあとは、トントンと昔の私が戻ったように荷物の整理やバイクの準備を始めた。「若返ったみたいね」と独り言も飛び出してくる。

◆早朝

2日の朝、2時にバイクに跨った。前日に電話でしんちゃん(マイミク)が「寒いから防寒対策をしっかりして気をつけて行ってきてね」と助言をくれたので服を1枚足してBOXに入れた。
(しかし冬用のオーバーパンツは履き忘れ、ダウンジャケットはまさかそこまで…と思い持たなかった。これは失敗でした)

寒かった。
あまりの寒さに走り出して1時間も立たない間に、BOXからフリースを取り出して着ることになった。足の寒さはカッパで凌ぐしかない。

ところが、大問題が発覚。
カッパは、軟弱ツーリングばかりが続いた近年には着用履歴が無く、私が5キロもデブになったために履き難くなってしまい超苦心した。腰のゴムは完全に伸びきったままだ。革のツナギの上からこのカッパを着ていたのだから相当大きいサイズなんだが…。ショックから立ち上がれない時間が過ぎる。

当初は、東名阪から名古屋環状、中央高速と繋いでいこうと計画していたのだが、4時のつもりが2時に出発したこともあり、心変わりして一般道を多く使った。

強烈な寒さで高速などは走れない。そこで、深夜の一般道を法定速度で走り続けるのだが、こんな私は、長いツーリング経歴の中で一度も無かったといえよう。
まだ明け切らぬ深夜のしじまの中を流星のように走った過去の面影など無く、寒さに凍えてトロトロである。

独り言が飛び出す。「ジジイになったらこんなもんや。せやけどな、大事なんは下呂温泉に8時に着くこっちゃ」

◆下呂温泉

美濃加茂に入ったところで使い捨てカイロを買い少しホカホカとなる。店のおじさんとの温かい会話でさらに気分も上々となってくる。

もうすぐその人に会えるのよ。わかるかなこの気持ち。独り言が次々と飛び出す。まあ、忘れてしまってもいいような自作演歌から、気障なポエムまで色々あったように思う。

山の向こうではもう太陽が昇っているので空が次第に明るくなり始める。明るくなると元気が出てくる。あれほど寒さにメゲていたのに陽気になれる。

下呂温泉へは飛騨川沿いを遡ってゆく。道の両脇の山々は木曽の檜が綺麗に植林されたところが多く、紅葉する箇所は意外と少ない。さらに山肌一帯を深い霧が覆い尽くしているので、道路脇の奇岩の間を縫って流れる川は非情なまでに冷たく見えるし、霧の上で空一面を覆い尽くす雲は青空を遮ったままである。

しかし、この霧や雲は太陽が昇れば確実にどこかに吹き飛ばされてしまうのだという確信がある。自信がある。「早く晴れなさい、寒いじゃないですか」なんて言いながらおどけた独り言も飛び出し続ける。

下呂への到着は7時頃だった。橋のたもとにバイクを止め、湯が吹き出している所で手を温めたり歩き回ったりしながら、その人にはすぐには連絡を取らずぼーっとしていた。温泉街を早朝から散歩をする人たちが行き来するのを眺めていると温泉情緒がある。どんな人なんだろうか・・・・。

夜中にいったん抜いて早朝に掃除をするため空だった噴泉池にお湯が溜まり始めた。その人とも順調に連絡が取れて、何なく初対面の挨拶を交わし、噴泉池で足だけ浸かって話し込んでしまった。スケジュールが無ければ終わり無く話は続いたのかもしれない。

◆高山陣屋前

朝市に寄りたいというので陣屋の前にバイクを止めて自由行動とした。

いろんな種類の林檎を試食して、牛串も食べたと言っていた。時間があれば、美味しい高山ラーメンも一緒に案内して差し上げたかったが、どうしても頭の中には「楢峠」が焼きついていて・・・・。

私も林檎を買いました。1個。
結果的のこれが家へのお土産でした。

◆楢峠から利賀村へ

天生峠へゆく国道360号線から分岐して、国道471、471号線は真っ直ぐ北に延びる。

分岐したすぐあとの集落の斜面に大きな柿木があり撓(たわわ)に実をつけてどっしりと枝を垂らしている。夏が過ぎて雪に埋もれる冬までの間の、この木にとって一番鮮やかな時間が、まさに今過ぎているのだな、と思う。その柿の木の背景にはブナやナラの真っ赤に色付いた山が控えている。何と美しい自然の姿だ。

その山にアタックを開始し、順調にカーブをクリアしてゆく。濡れ落ち葉が道に散らばっていたり、轍の真ん中に苔が生えている道路を上ってゆく。

ドキドキ。快感。ゾクゾク。

バイクと結構すれ違う。車もまずまず通る。でもまだまだ俗化されていない、独り占め状態だ。

利賀村には行けず

利賀村には行けず

県道34号は残念ながら県境の標識のところで通行止めであった。悔しいけど、やっぱしという気持ちも有ります。一緒に付いてきて良かった。もしも彼女をひとりでここに来させていたら悩んでいたんじゃないかな。二人で来たから、通行止め現場でも少し愉しみながらゆっくり出来た。

ゲートの向こうは利賀村

ゲートの向こうは利賀村

◆白川郷と五箇山

楢峠を諦めて、天生峠を越えた。まず荻町の合掌集でお食事。お蕎麦を食べた。美味しかったです。初対面だから、まだまだ話に夢中だった。(私は)
荻町は観光バスなども押し寄せて、俗化の色合いが濃く、ちょっとこういう所は苦手かなということで退散することにした。

そのあと、五箇山の合掌集落へ移動。

バイクの駐車にも課金が有りそうかな…戸惑っていたら、係のおじさんの計らいで無料スペースに誘導して貰えて、ゆっくり周遊できました。
二人で積もる話をしながら歩いて、写真を撮って回ってきたって感じです。

◆郡上八幡YHまで

ひとり旅なら有りえないほどのゆっくりペースできましたので、もう夕暮れが近づいていました。

そろそろ夜間走行を心配しなくてはならないし、想像以上にマイカーが多く、激しい渋滞が発生していました。少なくとも今まで何度もこの地に来てますがこんな渋滞に遭ったことはないです。

もはや家には帰れないからお泊まりを決心してました。食事の後にYHを予約してありました。

最近開通した北陸東海道で郡上八幡まで一気に!と安易に考えたけど、高速も飛騨清見付近から大渋滞で、100キロ程度の距離なのに半分以上はすり抜け状態でした。あんましその道の方には捕まりたくないなあ。職務上辛いものがあるのです。

トンネルの中が温かい!と感じる季節になっています。これを感じるともう冬なんだなと思います。

◆あくる日(11月3日)

6時に出発するというので、早く起きなきゃと思って眠ったのですが、最初に目が覚めたのが5時46分でした。目覚ましは使わないし、いつもの時間だから私の普通のリズムなんですけどね。

大急ぎで荷物を持ってバイクの駐車場まで急ぐときに、6時のお寺の鐘が聞こえてきました。その人は荷物をバイクに縛り終わって、ぐるりと郡上八幡の街中を散策し終わって帰ってくるところでした。

(ひとりで行っちゃったので、ちょっと悔しかった。)

さて、今日は帰るだけ。彼女は中仙道の宿場に寄って、天竜川沿いを愉しんで静岡経由で帰るって言ってました。私はオーソドックスに岐阜から長良川沿いを走りました。

◆あとがき

この旅の始まりは、彼女が五箇山に行きたいというので、その近くに「楢峠」という今の季節には逃がせないルートが有るという話をしたのが切っ掛けで、私も行きたくなって同行させていただきました。

初対面でしたが、何の壁も無くお話ができて嬉しかったです。年齢も名前も知らない人なのにこのように旅のルートを共有できることは楽しくていいですね。

でも、彼女にも再三申し上げたのですが、むやみに旅のルートやスケジュールを公開するのは宜しく無いですから、と厳しく叱っておきました。(笑)

最後に。
旅をひと通り走り終えて、彼女は彼氏のもとに(笑)、私は家族の元へと帰る時間が来ます。

何も言葉で言えなかったな。お疲れさん、さようなら。とか。

走りながらウインカーを出して曲がってゆくのをクラクションで送りました。別れは悲しかったな。でも、そんなことを私は口に出してはいけないのだ。

その後、少しシクシクしてたな。ヘルメットのシールドを開けて顔を撫でまわすと、風が冷たくて凍りそうだった。

でも、ひとりに戻って走り慣れた飛騨からの帰り道をぶっ飛ばしている間に身体も心もポカポカになってきました。

グズグズしている私に刺激と元気を与えてくれて、奥飛騨まで引っ張り出してくれて感謝してます。

いつか二人で遊びにおいで。京都の街を案内しますから。

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