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2008年8月18日 (月曜日)

暑さ。もう少し続きます。

 立秋が過ぎてもなお、クマゼミは早朝から激しく鳴き立てています。休日の早朝にゆっくりとコーヒーでも味わいながら読書でも…と企てたのですが、ものの見事に愉しみは打ち崩され、じりじりと蒸し暑さを呼び込むセミの喧しさにちょっと閉口気味となってしまいました。(怒りと苛立ちかも)

 閑さや岩にしみ入蝉の声。松尾芭蕉が立石寺の境内から下界を眺めて詠んだであろう一句を連想してみても、こんな暑さのなかでは、芭蕉さんのような悠長で広い心の持ち主には到底なれません。(「昔はこんなに暑くなかったのに…」とひとりごちておりました)

 蝉採りや魚釣りをして過ごした子どものころ、お盆が近づいて夏休みの終わりがあと半月ほどに迫ってくると、子供心に切迫感や寂寥感を抱きながらお盆を迎えたものでした。

 オリンピックのニュースを見ながら思っていたのですが(なかには東京五輪を回想された方もありましょう)、今の子どもたちの暮らしのなかには、生まれたときからテレビに色が着いており、個人で携帯する電話があり、いつも冷蔵庫には氷ができている。どの部屋にも冷房があり、食材はプラスティック製品で綺麗に包装されている。

 「昔は…」と口癖のように形容する夏も、やがて歴史のひとつの事象になってゆくときが来る。ひとつの文化を持つ時代が過ぎ去って、新しい時代と入れ替わるときには、多かれ少なかれ歪や損失、衝突を伴いながら、古いものが消失してゆく。

 そんな幾節にも連なる歴史を飛び越えて喧しく鳴き続けるセミの声は、300年前に芭蕉が唱えた「不易」を象徴するかのように、今でも同じ声で鳴き続けているのだと思うと、憎くらしさも半減といったところでしょうか。

 暑さ。もう少し続きます。

*

 長いメールマガジンになってしまいました。既に1万3千字を超えてしまいました。そこで、何かを誰かに簡単に説明するには果たして何文字くらいがいいのだろうかと考えると、たとえば新聞の投書欄のように500字から800字程度が適切でしょうか。無駄を省き、短い言葉で正確に伝え、読者を惹きつけるのは難しい。いつもながら、ここまで読んでくださっている読者の方には感謝します。


 さて、最近ちょっと気になるモノがひとつあります。それは新聞の「折込チラシ」です。ものスゴイ量の広告が毎日我が家に持ち込まれ、資源ゴミの日に纏めて排出されてゆきます。

 インターネットが普及して携帯電話などから手軽に消費者情報が得られる時代になりつつあり、根強く紙ベースで配布されてくるチラシも(もしかしたら新聞も)、やがて消えてしまう日が来るのでしょうか。


 立秋が過ぎてまだまだ暑い…と巻頭で書いたものの、深夜や早朝にふっと涼風を感じることもあります。私事ですが…寝室のエアコンが壊れて扇風機で過ごしておりまして、正直言って早く夏が終わって欲しいです。

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