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2008年8月28日 (木曜日)

東北ツーリング('96.7.25.~8.6)

東北ツーリング('96.7.25.~8.6)

種別   旅日記Ver1.1('96.8.13)
期間   '96.7.25.~8.6まで
場所   東北全般
行程   約4,700Km
費用   (現金)  \49,140
      (カード) \23,430(GS)
総計         \72,570 

このレポートは日記をベースにして、自宅へ帰還直後に書いたものをベースに記憶を辿りながら追記をしている過程でアップします。Ver1.0から始めますが、どこまで追記、変更・訂正があるかは未定です。実際に残していく個人的な日記は、時間をかけて、感情や記憶が甦った時点にその都度肉付けしていくことになります。不明点等がありましたらお尋ねいただいても結構ですが、対応は柔軟に…ということで。付け足して行くものについては「後日追加>」で追加するとか、段付けをするなどをして区別を図っています。 

また注意を払って記述をしますが思い違いや不注意により記載等にミスがあるかも知れません。その際はご容赦ください。登場する事象や現象、数字などは参考程度と思っていただきますようお願いします。 

本文は以下のようになります。「後日追加」で「温泉」「風景」「美味」「峠越え」をまとめている作業中ですが、現時点で書き込んであるものはそのまま挙げます。後に追加したものは、機会を見て追加アップをすることもあります。お見苦しいこと、その他はご容赦くださいませ。 

***** 

・動機&プロローグ・日記
[7/25-1](出発)
[7/25-2](名古屋郊外~伊那谷へ)
[7/25-3](地蔵峠~分杭峠)
[7/25-4](杖突峠を経て麦草峠へ)
[7/25-5](小諸YHへ)
[7/26-1](小諸YHから湯の丸林道へ)
[7/26-2](水沢でうどんを喰う)
[7/26-3](小野上温泉/塩沢温泉)
[7/26-4](三国峠から六日町YH)
[7/27-1](桧枝岐)
[7/27-2](木賊温泉)
[7/27-3](湯野上温泉)
[7/27-4](裏磐梯)
[7/28-1](喜多方ラーメン)
[7/28-2](白布高湯と蔵王高湯)
[7/28-3](山形YH)
[7/29-1](銀山温泉)
[7/29-2](鳴子温泉)
[7/29-3](鬼首温泉から鬼首峠)
[7/29-4](ほっとゆだ駅)
[7/29-5](大沢温泉@花巻温泉郷へ)
[7/29-6](大沢温泉・自炊部)
[7/29-7](大沢温泉・混浴露天風呂)
[7/30-1](花巻にて、宮沢賢治関連)
[7/30-2](乳頭温泉郷)
[7/30-3](大湯温泉・黒森荘YH)
[7/31-1](酸ヶ湯)
[7/31-2](酸ヶ湯前の売店にて)
[7/31-3](三内丸山遺跡)
[7/31-4](カワヨグリーン牧場YH)
[8/1-1](下北半島へ)
[8/1-2](交番で朝食をご馳走になる)
[8/1-3](奥薬研温泉・かっぱの湯)
[8/1-4](浅虫温泉・花火大会~青森フェリー埠頭)
[8/2-1](八甲田山付近)
[8/2-2](黒石温泉郷)
[8/2-3](ねぶた祭)
[8/2-4](アップルヒルズ・道の駅)
[8/3-1](鹿角市・道の駅)
[8/3-2](藤七温泉)
[8/3-3](盛岡で冷麺)
[8/3-4](早坂高原~北山崎)
[8/4-1](~夏油温泉)
[8/4-2](~仙台おんないYH)
[8/5-1](六十里越え~野沢温泉)
[8/5-2](野沢温泉~戸隠奥社キャンプ場)
[8/6-1](安雲野~平湯~高山~せせらぎ街道)

・あとがき&感想
・語録
・出費帳
・最後に 

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`,:

[初恋のような感動をありがとう]<東北>

.。゜´;゜`゜``、。`、

1996.7.25.-8.6.GSXF

゜``、☆。゜``、。¨^.・`,:‥°*・+。゜´;゜``、。¨^.・`‥°*・+,:‥°`、。¨^.・`,:‥°*・+。゜´☆;゜ 
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動機&プロローグ 

何故に東北なのか?と尋ねられても答が出ない。温泉なのか。違うと思う。じゃあ峠なのか。ノーである。 

話を遡ること二十年ほど前、北海道で出逢った名前もわからない彼女に手品のような手紙を書いて、四年後に東京で再会を果たし二年間の恋に落ち(そんな洒落たものでもないかな)その後、私は上洛し、彼女は福島県郡山市に帰った。数度の再会の機会を経て現在は住所も何もかもがわからない。実家には兄さんが居て一度だけ逢ったことがあり、それだけである。郡山市に行けば…という気持ちがどこかにあるのかも知れない。しかし'94の夏の日記でも触れたように、電話ボックスで長い時間躊躇するのが関の山だろうに。何ともしみったれた…否。もう今は済んだ話なのでカラリとしている。 

しかし、そんな東北だから、行けば何かが起こりそうな気がするだけである。休暇を二週間だけ別枠で戴けるというので夏休みにドッキングさせることにした。後は浅野ゆうこさんにお願いするとして、工場への引継会議を7/9に済ませ7/23に初期ロットを出荷をできるのを確認して7/24から8/14まで休むことにした。 

久しぶりにビックな旅ができそうである。「過去への旅路」「明日なき暴走」「ボントロかついだ渡り鳥」…。音楽仲間の皆さんはそう言ってくれるのを小気味良く感じている。 

----そうさ、青春を探しに行くんだ… 

ブツブツと独り言が続く。日常からの離脱を果たすことであたかも自由人になったような気分に浸り、引き換えに孤独感や寂寥感を食らうことになることをわかっていながら、荷物をバックに詰める自分の後ろ姿を想像すると詩人になれたりするから不思議だ。いつもながら鼻歌は「ユーミン」である。ちょうど今流行の「まちぶせ」なんてのをサビばかり歌いながら前夜に荷物を詰めて玄関に置いた。早くから用意していたのはチャイコフスキーの雰囲気で、そんな厳かな感じで出発して行きたかったのだが、当日の気分はやはり違っていたか。子供が机に向かって何かを書いているので尋ねてみたら私にくれる手紙だそうで、いつも私が早朝に出るので起きられないから手紙を書いてくれているらしい。 

----明日の朝に読んでなっ 

奇しくもアウトラーダーに東北のあちこちが載っていた。あまりじっくりとは読まなかった。自分の夢が壊れそうである。他人のイメージで旅をしたくないという意識が心のどこかにあって反発をしたのかも知れない。 

----(職場の誰かから)電話が掛かってきたら,、しばらく旅に出ていませんと言うといて 

ひとり旅を一度でも味わうと止められなくなるか、止めたとしてもまた、いつかもう一度行きたくなる。このスリリングで、ほろ苦く、青春のような感触がやはり麻薬でなのである。 

初日:'96.7.25 

[7/25-1](出発)
三時過ぎに目が覚めた。いよいよだなあと思いながらそろりとバイクに荷物を着け始めるとうちのんが起きてきてくれた。もうすっかり夜は明けてしまっている。写真を二枚撮った。これもお守りのような儀式である。4:50。 

[7/25-2](名古屋郊外~伊那谷へ)猿投グリーンロードを走って三河山中を経由して行くことにした。天竜川沿いを北上したいのだが崩土のため通行止めに会い佐久間ダム湖岸を行くのを阻まれた。全然進まないなあとぶつぶつ言いながら伊那谷への道を急ぐおりに農協のGSの兄ちゃんが地蔵峠への道路状況を教えてくれたので、やはり諦められずに地蔵峠を目指すことにした。猿投道路は6:00前に通ると無料だけど、それはむりだ。料金(\200)を払って足助へと抜けた。 

[7/25-3](地蔵峠~分杭峠)
飯田市から喬木村を経て地蔵峠に一直線に上っていく。上村までズドンとトンネルが出来上がっていて、その山奥の谷に大きなループ橋が完成している。随分と片鄙(へんぴ)な所にもかかわらずこんな膨大な資本の塊があっていいのか。南信濃自動車道路という看板が目につく。どうやらこのあたりに自動車専用道路ができるらしい。「南信自動車道路」というのが正しい名前らしい。矢筈トンネルを抜けて上村に入る。シラビソ高原の方に行くダートはちょっと厳しいらしい。いやはや、地蔵峠に上り始める上村というところは、ほんと、山しかない村であるが、何だか憧れを持ってしまう村であった。その村道一号線が地蔵峠の不通部分を補うように付いている。すれ違った車はゼロ。ゆっくりと山を楽しみながら走るには問題ない林道(ダート)であった。分杭峠の方は地蔵峠に押されてしまって印象が薄かったが、タダモノではない南アルプスを思わせるものである。スーパー林道・北沢峠に行く入口付近を通った。いつか北岳に行きたいなと痛切に思う。 

(後日追加>峠越え>地蔵峠(伊那谷)96/08/28)
FBIKEが始まった頃、メッセージが全然上がってこないツーリング部屋で、「よし、私なりの峠越えの連載をやってみて、みんなにも参加してもらおう」という案を出して始めたのが、このリンクの始まりです。どうぞ皆さん、お気軽に参加なさってください。今日は、地蔵峠を思い出してみますね。といっても、今夏に走ってきました。場所は、中央道、飯田インタのちょうど東側にあって、R152が途切れているところです。念願の峠だっただけに峠のダートでバイクを止めて佇む自分に惚れてしまった。がはは。矢筈トンネルと言うのが完成しており、その前にビックなループ橋があるではないか。驚いた。もっと驚いたのは、それを私が走らないとトンネルに入れないし、峠にも行けないということでした。高いところが怖いのは皆さんも十分承知でしょうが、山陰のおろちループよりも、人吉のループよりも怖かった。何故って…車が来ないから、落ちても誰も発見してくれへんやろなあ…と瞬間に思ったから。トンネルを抜けたらシラビソ高原の方に向かって上っていく。紅葉の季節に来て人が今のように少なければ、あの山の紅葉を独占できるのになあと思うが、きっと人で溢れるだろうな。村道一号線という虻洞林道をのろのろと走った。いつもより休憩も長く、写真もたくさん撮った。鳥の鳴き声にも耳を傾けた。しばらく居ても抜いて行く車やバイクもない。それが嬉しいのか、寂しいのか。何の特徴もなく、際立った景色があるわけではない峠である。特別な景色や特徴を持った峠でも二度目は未定で…と後回しにすることもあるのに、この峠は、今度近くを通ったらすぐにでも寄ってみたくなる峠である。不思議な魔力を持つ峠。秋葉街道を行きかう人が残していった旅人を誘う何かがあるのだろうか。そういうスピリットを感じる人向け。(と私が勝手に思っている)紅葉を独り占めしたい人はひとりで出かけてください。誰もいない秋を楽しみましょう。 

[7/25-4](杖突峠を経て麦草峠へ)
道草ばかりでいつまでたっても信州すら通り抜けられない。寄り道などせずに一気に信州を抜けてもいいのに、走りながら麦草峠に行く決心が着いた。杖突峠ではやや日が傾き加減の時刻であったのにもかかわらず「この時間から麦草峠ですか…」なんて名調子の独り言が続く。昔の面影を持って行ったら幻滅するかなと心配したが、まあこんなもんでしょうか。初めて麦草峠を走ってから数え切れないほどの峠を越えた私の感覚の方が俗化したのかも知れない。麦草峠の下りで一台のライダーが声を掛けてくれた。地図を見る私を故障して困っていると思ってくれたらしい。少し話をして名刺を受け取って別れた。この後YHに電話を入れた。夕刻であったにもかかわらず食事を準備してくれると言う。ありがたや。 

[7/25-5](小諸YHへ)
小諸YHは随分と高原にあった。軽井沢と菅平方面を結ぶ大規模農道があるまだその上である。地図を見てもわかりにくい所にあり、やっと到着したら「迷いませんでしたか?」なんて質問するから、皆さんもお迷いになるらしい。私の場合は、少し下にあった酒屋さんで道を尋ねた。お店の人もよく聞かれるらしく慣れたもんであった。 

第二日:'96.7.26 

[7/26-1](小諸YHから湯の丸林道へ)
朝、行き先がまだ決まっていないままYHを飛び出し、最初の交差点でウインカーを右に出したことで高峰高原と湯の丸林道に行く決心がついた。数カ月前(GW)にも来てるけど雪で走れなかったので再挑戦である。地蔵峠よりやや石ころが多い林道はバスが走るのでよく踏まれている。でも凸凹には変わりがなく、ノロノロと走るのですぐにオーバーヒートしてしまう。ボアを削った後遺症が出てしまってローギアでは高回転でしか動かなくなるが、ダートだとスリップして無理なので休憩をすることにした。池の平を二時間ほど散策し高山植物やコマクサを見たりして少し歩いた。オーバーヒートで小休止をしていた私をで追い抜いて行ったバスのガイドさんがかわいこちゃんで、駐車場で「大丈夫ですか」と声を掛けてくれる。ひとこと、ふたことと交わす言葉やその時の笑顔が若くて、高原の風に爽やかであった。(オーバーヒートなどしばらく忘れていたわ) 

[7/26-2](水沢でうどんを喰う)
急がなきゃ…と思いながら車坂峠を越えて群馬県を目指す。どこまで行けるのだろうか。小諸を出たのが八時頃なのに、正午を回ってもまだ群馬県に入らない。道草根性がまた出た。「水沢でうどんを喰おう!」GSで聞いたらそれほど遠回りではないらしく、榛名湖のほとりを越えて水沢に向かった。たくさんのうどん屋さんがある。とうもろこしを焼いていたおばちゃんに、地元の人が行くうどん店を聞いてみた。ボリュームも多いところがいいだろうということで「山一屋」さんを薦められる。おやつの時間頃だったこともあり店がすいていて、親父さんと少し話をした。 

----旨いうどんですね、ダシ、少し醤油の匂いがします
というと、みりんと酒と醤油を混ぜて(これを専門用語で何とかというらしいが)秘伝の細工してしばらく寝かすのだそうである。醤油の匂いが取れるという。ダシの講義まで受けて満足である。ここのおやじさん、道のことをあまり知らないらしく、小野上温泉への道を教えてくれるのだが、その通り行くとわかりにくい上に遠回りだった。自分で描いていたコースの方が正しかったようだ。でも、うどんの量が目茶苦茶に多かった。満足である。 

(後日追加>美味感想>「水沢うどん」)96/08/11
水沢のうどんも課題にしていたので少し道草をして食べてきました。榛名湖を経由して伊香保温泉のそばの水沢という所にうどんを食べに寄りました。兼々噂には聞いていたが、やはりうどん屋さんがたくさんあります。伊香保温泉街の温泉マークがうどんマークに変わったように軒を連ねている。どこに入るかを迷ううちに街を通り過ぎてしまった。ちょうど交差点の脇でとうもろこしを焼いていたおばさんに尋ねたら、量が多いとか何か希望があるでしょ、という。地元の人が行くうどんやでいいよ、というと「山一屋」さんというところを教えてくれた。 

----水沢のうどんを食べに旅をしてきたんですが、美味しいうどんを下さい
と注文をすると 

----今は、冷やしですから
教えてくれた。 

----大盛りにして下さい
とお願いして、しばらく待った。旨い。うどんがゴム紐みたいにコリコリ、いやブヨブヨしてる。少し細目。讃岐とはまた違っている。食べるうちにその凄い量に気づき始めた。大喰いの私でも多いと思う量であった。くいしんぼうの皆さん、どうぞ。 

[7/26-3](小野上温泉/塩沢温泉)
伊香保温泉は湯の取り合いをしてるし、大方の旅館に行ってるから、それなら新しくて綺麗なところで…ってことで小野上温泉を薦められた。なるほどイイ湯である。GWに四万温泉でおじいちゃんが話していたのはこの温泉のことか…。なるほど。上州の湯は肌に優しい。 

----30年のリフレッシュ休暇でよぉ~、毎日が暇でこうして温泉に入ってるんだ…
とひとりの年輩のおじさんが言うと、もうひとりの(定年を過ぎた)じいさんが 

----家族のおかげで30年やって来れたんだ。感謝しろよ
なんていう会話が続く。年寄りのこのペースで進む会話を聞きながら湯に浸かっていると説教も悪くない。二時間ぎりぎりを\400で過ごし、さて峠を越えることにした。この後、大道峠を越えて三国峠を越えた。夕方であったが車は少なく快適にコーナーをクリアーしながら先を急いだ。 

(後日追加>温泉感想>「小野上温泉」)96/08/11
GWに四万温泉入った時に、じいさんが群馬県にはイイ温泉がたくさんあるという話をしていた。四万温泉のお風呂と比較していたのがどうもこの小野上温泉らしい。小野上温泉という駅がありそのすぐ前。\400で二時間まで。無色透明で、ぐるりと入っても十数人は浸かれる広い露天風呂がある。どこぞの景色が見えるわけではないが、お湯はどんどんと湧き出していて飲用もできるらしい。少しぬるっとするお湯でぬるめのお湯に、ゆっくりと平日にでも浸かっていれば極楽ではないだろうか。水沢で話をしたうどん屋の親父さんは、伊香保温泉よりこちらを薦めてくれたが、伊香保の温泉街の雰囲気も棄て難い。伊香保に行かれた方の話も聞きたいな。 

[7/26-4](三国峠から六日町YH)
早くしないと日が暮れると思い、湯から上がったら急にそわそわし始めて、六日町のYHを確保した。三国峠の向こうからはヘッドライトのお世話になる。100人以上も泊まれる施設なのにYHには人影もなく、同室にはトラック運転手で仕事で来て利用している人のみ。静かでのんびりしているが、情報は何も無し。弱食塩泉の温泉付きYH。 

第三日:'96.7.27 

[7/27-1](桧枝岐)
桧枝岐村を越える予定だったのであるが、バイクは通行禁止である。ツーリング部屋でも話題に出ていたので薄々は知っていたが、現地のGSのおじさん二箇所で確認したら、
----みんな通ってるよ、黙認だや~行っちゃえば…
っていうのである。私がどうしたかは明確に書けないが、しばらくしたらダム湖畔を走っていた。 

氷か雪のフェスティバルをやっていてパトカーもたくさんいたが止められることもなくとにかく尾瀬方面へ。水が豊富である。ダムも満水の状態。谷筋を渡る度に水が道路に川となって溢れている。冷たくて気持ちがいい。タオルを絞って顔を拭き、ペットボトルにも満杯に入れた。ボトルの表面にあっと言う間に真っ白な水滴が着いていく。シルバーラインを越えた。トンネルの連続である。バスの後に付いたのでノロノロであったが、トンネル内の道路に水が流れているところも多くエンジンのオーバーヒートは免れた。 

奥只見湖の周回道路は決して広くはなく、割と単調に続いている。雪が残っている谷があり霧が薄くできている。それほど体感温度も暑くなかったので水には飛びつかなかったがなかなか洒落た景色であった。尾瀬の入口付近は都会並の車の列で、路上に車を止めざるを得ない様子である。警察も交通整理に忙しい。これをみて尾瀬にはすっかり行きたくなくなった。桧枝岐の郵便局でお金を降ろした。 

(後日追加>峠越え>「シルバーライン」)96/08/12バイクは通行禁止である。地元で確認したら、やはりバイクは通行禁止というのが明確になっている。きちんと浸透しているから立派だ。でも、 

----みんな通ってるよ、黙認だや~行っちゃえば… 

ってGSのおじさんはいう。シルバーラインは、尾瀬への北側からの入口としてメジャーになっており、バスも通ることが多いようで、時期によっては、半日事に一方通行になるようである。尾瀬への人を配慮してかなとあとで気が付いた。トンネルが連続するところをバスの後にい付いて走るとノロノロになるが、トンネル内の道路に水が流れているところも多くオーバーヒートは免れる。ここでダレて止まったら死ぬしかないわ。確かに危険である。 

ダム湖の周回道路は、路肩ラインもセンターラインもないような状態で、単調に続いており、山肌には雪も残っている谷があり薄く霧が発生している。それほど体感温度も暑くなかったので沢の水には飛びつかなかったがなかなか洒落た景色であった。このあたりまで来ると宵待草が目につき始める。可憐だなあ。 

桧枝岐の民家があるところまで来てみて驚くが、猫も杓子も尾瀬のようである。静かな山岳道路に自動車が溢れ、路肩には警察まで出動して交通整理をしている。こうなったら自然のバランスが崩れていると思うがいかがなものか。尾瀬への立ち入りを規制したりするのは結構なことだが、規制をする理念を考えれば、こういうふうに人が群れることによる被害がイカンのだろうが、と言いたい。 

我先勝手で自己中心主義。このザマが無くならない限りは水不足に悩み続けるのだろうな、エゴイストたち。さて、そんな自然愛好家を横目で見ながら、もう尾瀬にも関心が無くなった(気持ちが冷めて行ったので)桧枝岐村で少しの休憩をしたが木賊温泉へとバイクを進める。 

[7/27-2](木賊温泉)
どうもこの温泉もどこぞの本に掲載されているらしく、遠くからの人ばかりであった。先客に50歳くらいのおばちゃんが入っていた。この時は混浴に慣れていなかったので(こちらが)戸惑いながらの入浴である。温泉質は透明でぬるりとしたすべすべのお湯である。少し匂いがした。湯加減もぬるめで満足である。湯の花温泉よりこっちがいいよという評判のようである。二つの温泉を結ぶ峠はダートが残っているそうであるが、湯の丸林道のこともあり諦める。 

(後日追加>温泉感想>「木賊温泉」)96/08/11
よく似た雰囲気の街はどこかにもあった。道路から石段をトコトコと下りていくと河原にみすぼらしい屋根が見えて湯舟が半分ほど顔を出している。湯舟までの坂道が急であったり長かったりする。また周りの樹木が針葉樹であったり広葉樹であったり、場合によっては崖っぷちで、地層が観察できたりする所もある。こちらの温泉はちょっと裏の河原へ…って感覚であった。白骨温泉の共同浴場なんてのは、結構、下って、そこは何々渓谷って感じの眺めだから、そういう感じではなかった。 

「会津の隠れ湯」と昔からいわれる温泉で、泉質は単純泉。少し匂いがしますが、透明だと思います。思う…と書いたのは、湯舟の壁は岩ですし、やや暗いのでお湯は岩の色に見えるわけです。洗面器にくみ出して見た限りでは無色。ザブンと浸かると湯の華がふわふわと見える。熱湯が流れ込む岩は青みがかって変色していた様に記憶します。 

地元の皆さんの寄付で東屋を保存して共同浴場としているらしい。寄付金箱があったので志だけ入れた。唐沢峠(一部ダート)を越えると湯の花温泉があります。含土類石膏弱食塩泉の温泉で数カ所の混浴共同浴場があるそうです。木賊の湯舟の中で話した人はこちらをお薦めしてくれたので湯の花には行かなかった。もし行った人があれば話を聞かせて下さいね。 

[7/27-3](湯野上温泉)
会津に抜ける前には湯野上温泉があり、これも河原の温泉である。じいさん達と湯に浸かる。 

----何と言ってもタダが一番だなあ
なんてじいさん達は陽気で暢気である。苔が底に付着しているので歩き回ると湯の中に散らばるからそっと入っていなくてはならない。やや熱い。大川の河原で魚を釣ってるのを見ながらの湯は贅沢である。 

----この河原にテントを張って朝湯してから行けばいいじゃないか
なるほどそれも良いが、少し寂しい。連れ合いがいればそうしただろう。 

(後日追加>温泉感想>「湯野上温泉」)96/08/11
河原に露天風呂があるとツーリングマップには書いてある。それでは行ってみようではないかということで、私にしては素直に温泉街で足を止めて探した。簡単で分かりやすい場所ではあったが、初めて見たときは目を疑った。これじゃ防火用水池ではないか。先客のおじいちゃん達が入っていたから私も入らせてもらうことにしたが、誰も入っていなかったらきっと入る気にはなれなかっただろう。しかし、もしそうだったら大きな損をしていたことになる。入ってみて得をしたと感じたから。 

お湯は熱かったが優しくてほんとうに身体を休ませてくれる。すぐ前の河原でキャンプ(野営)をしても構わないよという言葉には甘えなかったが、連れ合いが居たらキャンプをしてもいいだろう。河原では鮎かな、が釣れるようである。食材にも困らないようである。テントを張る場所として草原や芝が多い人にとったら石ころの上はやや張り辛いかも知れない。宇都宮付近からなら近いですね。木賊温泉とセットで日帰りコースにいかがでしょうか。 

[7/27-4](裏磐梯)
土曜日である。そんな日に裏磐梯なんかに来た私が愚かであった。檜原湖の周辺のキャンプ場はオートキャンプの人で満杯で、日も落ちた頃にはサイト探す私の前を自転車で散歩していくお二人さんが目につく。こんな旅はそこそこにして家族とあのようにするべきなのかなあ。 

裏磐梯YHのキャンプ場なんてオートキャンプ用で、高価でキャンプツアラーには向かない。YHの談話室で横浜と練馬から来たお二人さん(片方の彼女、可愛かったなあ、でも女性の歳ってわからないなあ)と新潟で買ってきた八海山を飲み、酔いしれていく。 

第四日:'96.7.28 

[7/28-1](喜多方ラーメン)
一度喰っておきながらまた来てしまうのがここである。でも初めての時のような感動は二度目にはなかった。前回と同じく駅で高校生ギャルをつかまえて旨い店を聞いてみた。 

----ええぇ…まこと食堂…
でも、坂内食堂に私は行ってしまった。後で山形YHだったかで会った人に話をしたらどちらも観光ガイドに載っているという。今、手元のものを確認したら「まこと食堂」はない。行ったことのない店を選ぶべきだったか。どこでも同じというのがもっぱらの意見ではあるが。 

[7/28-2](白布高湯と蔵王高湯)
喜多方からは米沢街道を越えた。白布高湯に浸かりたくて少し吾妻山の方に戻った。旅館の湯に入らせてもらうしかなく、どこも午前中は掃除などで入浴不可。次回に見送る。七ヶ宿町を通って道の駅で昼寝をする。道の駅の女性が可愛いのでソフトクリームを買ってしまった。随分と長い時間うつらうつらしてから南蔵王へと上り遠刈田温泉を通って蔵王高原へと上る。車も人も多い。\400払って露天風呂に浸かる。含硫化水素強酸性明ばん緑ばん泉であるそうな。何げなしに頭から被ったら目に滲みて目が開けられなくなって困った。 

(後日追加>温泉感想>蔵王(高湯))96/08/22
「どうしても高湯に来たくて」と湯舟で話をしたら、相手のおじさんは地元の人で、「この頃は高湯とは呼ばないよ、随分昔の話だ」と言う。蔵王温泉という方がウケが良いようで、観光業界も蔵王温泉と統一しているらしい。温泉は露天風呂で、夏だけは有料らしい。値段は年々上昇傾向らしく今年は\400でありました。そのつもりでない人も多いのか、タオルの値段が\350ときているから観光協会もチャッカリしている。 

蔵王温泉の街を少し行きすぎてやや急な坂を上り詰めたところに駐車場がある。数百メートルの渋滞は毎度の事のようである。車の人はクーラー効いているから温泉に浸かるまでゆっくり談笑できるからいいけど、バイクはその車を強引に抜きながら坂を上る。オーバーヒートをしてしまって駐車場に着いたら即ダウンでありました。 

さすが蔵王は有名だからいろんな人が、いろんな所から来てますね。東北の次によく出会うのが北海道の人、次に関東の人という感じ。北海道満喫後の帰路だという堺市からきた私ほど(やや年上か)の人達としばらく話し込んで、日が暮れ掛けて涼しくなった頃に温泉に行く。 

ハイキングや沢上りに行った時に出会う普通の沢のような所に温泉が作ってあるというよりお湯が溜めてあるだけ。普通(透明)の湯がないので湧いてくるお湯を頭にかぶったら目が開けられなくなった。きついわ。川を伝って男湯の横を歩いて番台(に相当する所)まで行くので、男湯は丸見えです。(女性の皆さん喜びましょう)それと女性のお湯の方が川上にありますから綺麗なんと違うかなと思うのです。温泉の酸度のおかげで新品のタオルは数日でぼろぼろになって行きます。でも、石鹸も使わないのにお肌には殺菌作用が働いているようで、体臭とかもひどくなりませんでした。(汚い話ですね。そうです。汚れは落ちてないので、後日、石鹸で洗った時に出た垢の量はすざましかった) 

[7/28-3](山形YH)
ここのYHも温泉付きであった。といっても小さいYHだからひとり用。でかいのに入りたければ上山温泉の共同浴場がお薦め。上山温泉の湯は熱いらしい。大湯温泉と上山温泉、飯坂温泉は熱いという印象を持っておいたほうがいいらしい。人気のYHなのにこの日は谷間で男が四人である。明日は女の子ばかりだって言っていた。名大サイクリング部の彼は連泊するという。 

第五日:'96.7.29 

[7/29-1](銀山温泉)
古風な三階建ての旅館が立ち並ぶ温泉街の中の川辺りに共同風呂がポツンとある。朝から風呂に来る人もないらしくひとりで寂しい入浴となった。誰も入っていなかったようで随分と熱く、水をたくさんいれて温(ぬる)めて入った。ひとりでこんな所で温泉に浸かっているのも格別である。ただ、出たあとに汗が吹き出るので長時間浸かるのは控えてしまう。 

(後日追加>峠越え>「山刀伐峠[490m]」)96/08/10
奥の細道で芭焦が「尿前の関」を越えたあとでこの峠を越えています。ほんの数行だけ触れているだけで、三日間悪天候に足止めをくらったという趣旨が書いてあった。(今、本がないので引用できません、もちろん憶えているわけもない)毎度、書きますが、どこにでもあるような峠です。あの時代もカッコウやウグイス、蝉が鳴いていたのでしょうね。現代は山肌に植林がなされて、綺麗な杉林になっているところが点々とあります。しかしそのころにはこんな綺麗な林は無く、もっと原始的なブナ林だったのではないでしょうかしらん。種田山頭火も逆回りで奥の細道を、少しだけ回っています。感動的な俳句をたくさん残しています。ただ感涙するばかり。山頭火の話は、最期を迎えた「一草庵」のある松山付近の話の時にしましょうか。旧街道にもバイクで入って行けますし、看板も整備されています。近くには共同浴場を数カ所も持っている「赤湯」(硫化水素弱食塩泉)があります。私は寄らなかった(ので温泉レポートはできません)けど、イイお湯だそうです。 

(後日追加>温泉>銀山温泉)
おしんの舞台で有名になったことと三階建ての旅館が並ぶ旅館街の風景で有名らしい。共同浴場までの細い道は、車は入って行ってみUターンができずないためあらかじめバックにして奥まで入ってくる。そんな街中をバイクでトロトロと進む。共同浴場はひっそりと旅館街にありました。少し古いけれど、温泉は綺麗です。窓からの景色は何もなく家の裏とそれに続く山の斜面が見えるだけである。含食塩硫化水素泉で有色。少し辛かったように思う。やや熱めになっていたので水を入れて薄めて入った。長湯はしなかった。朝ということもあったし、ひとりで湯舟に浸かっても景色もないし暇でしょ。廃坑の跡などを見学できるらしいがひとりのツーリングの時はパスしてしまいまた走りだした。近くに徳良湖キャンプ場がある。オフロードを積んだトランポが止まっていた。近くに練習場があるらしい。 

[7/29-2](鳴子温泉)
滝の湯。10年以上ぶりで懐かしい。湯番のおじさんにメシ屋を聞いたら歩いて行けるところにある蕎麦屋を教えてくれた。\450のザル蕎麦である。これが格別に旨かった。鳴子の共同浴場には打たせ湯もある。湯上がりがさっぱりとして肌が乾いていくのがよくわかる。白くて硫黄の匂いがしていた。超好印象だ。 

(後日追加>温泉感想>「鳴子温泉・滝乃湯」)96/08/09
昔に行ったときは、この滝乃湯の隣にある「ゆさや」という旅館に泊まった記憶がある。とっても好印象でした。リッチな人はどうぞ。で、滝乃湯です。150円でこんな良い雰囲気のお風呂に入れていいものか。硫黄の匂いのする色の付いたお湯なんですが、肌にはぴりぴりとはきません。さらりとしていて、湯上がりもさっぱりでした。うたせ湯があって、その打ち加減もなかなかいい。湯番の人にもよるのかも知れませんが私が入ったときは、ぬるめのお湯でのんびりできました。50メートルほど下がったところの蕎麦屋さんのザルは旨かった。 

[7/29-3](鬼首温泉から鬼首峠)
鬼首間欠泉を先に見た福井ナンバーのオフロード君。\400払ってこんなもんかな、というので間欠泉はパス。彼は北海道に向かうという。これから乳頭温泉だそうだ。私は「ほっとゆだ」方面だから随分のんびりである。念願の峠をやっと越えることになった。昔、雪で閉ざされていたので引き返した峠である。工事が着々と薦められトンネルを掘り、橋を架けている。 

(後日追加>峠越え>鬼首峠[810m])96/08/22
鬼首温泉の間欠泉は見なかった。先に行った石川県から来ていたオフローダ君がつまんなかったように話すので簡単に決心して、温泉には入らずに峠を目指した。あれから地震がありましたので、かなり被害を受けているだろうと思います。工事箇所が多かったので通行止めになったりしていないかを心配をしてますが、最新で走った人はいますか。峠は、予想していたよりも長くて高くて険しかった。谷も深くてカーブもきつかった。工事が着々と進んでいます。冬になっても積雪で不通にならないような国道が夢なんでしょうね。10年ほど前に行った時はGWでも積雪で通行止めでした(8番でも書いたけど)。久しぶりに峠をトロトロと越えるのを楽しみました。所々、新しい道を走らせてくれます。中速から高速コーナーの連続のようです。その時は今とまったく違った景色になるのでしょうね。月山とか磐梯のように…。 

秋田県側には美味しい水が湧いているところがたくさんありまして、腹いっぱい水を飲んできました。実は、東北で私が走ったルートにあった湧き水は全部地図に書き込んできたのだが、その地図も落としたので全部を思い出す事はできない。しかし、この峠を越えた後の水と蔵王の温泉の近くに湧いていた水は旨かった。私もたいへんなビール&ウィスキー党ですが、こういう時は水が一番旨い。只だしね。で、こういう水でウィスキーを飲みたいのであります。 

[7/29-4](ほっとゆだ駅)
私も随分とミーハーになったもので、駅舎の中にあるという有名な風呂に浸かってきた。なるほど信号があります。電車の発車時刻に合わせて赤に変わっていく。湯田には町営の露天風呂付きキャンプ場もあり楽しい町だと思う。秋の紅葉の季節がやはり最高に東北の味なのだろうな。少し滞在して洞窟風呂(湯田の隣駅)なども楽しんでもいいのではないか。 

(後日追加>温泉感想>ほっとゆだ駅)96/08/22
ふとした新聞記事でこの「ほっとゆだ」駅を知った。街は温泉づくしで、ゆっくり滞在してみんな入ってしまいたい衝動もある。キャンプ場もあってやはり露天の温泉付き。どこが一番いいでしょうかと聞いても、みんなそれぞれいいと教えてくれる。迷ったが駅舎の温泉にすることにした。駅舎の中にあるから電車の人が実際に入っておられた。湯舟に信号があって、発車が近づくと黄色から赤になっていく。親子づれがいて「お父さん急がなきゃ」なんて会話をしていた。 

無色透明で特に味もなし。話題性は高い。売店のおねえさんは、最近取材も増えたと話してくれた。地元産の牛乳パックを湯上がりに飲んで満足である。もうひとつ隣の駅に「洞窟風呂」のあるそうであるのに、残念ながら寄らずに先を急ぐ。旅を終えて、気持ちに落ち着きが出てきて、今ごろになって行きたかったなという思いが湧いてくる。余裕を持って温泉に行きたいものだ。 

[7/29-5](大沢温泉@花巻温泉郷へ)
ほっとゆだ駅前のタクシーの運転手さんと話をするうち、大沢温泉を薦めてくれる。夏油温泉と大沢温泉の分岐点のGSの女の子がまた可愛くて、 

----自炊部は人気ですよ
という。左右に束ねたおさげ髪が子供っぽい。美人ではないのかも知れないが、かすりの着物を着せて朱色の帯を巻いたら、いなかっぺちゃんになるけど、それがとても似合いそうな子だった。夏油温泉と迷ったが彼女の言葉で大沢温泉自炊部を決心した。 

[7/29-6](大沢温泉・自炊部)
人気の自炊部へやってきた。受付の男性と少し話をして、\2,000程度でしょうというので自炊部を一晩お願いした。ここの受付の人も昔はナナハンに乗っていて、今はもう…とおっしゃるが、印象のイイ人である。旅館内の売店でつまみを買って、10円で台所のガスコンロを使ってカップラーメンの湯を沸かし、八畳もあるでかい部屋を独り占めである。ただし、施設はボロで、20年前の旅の姿に戻りたいならYH、30~40年前に戻るなら自炊部って感じであろうか。 

[7/29-7](大沢温泉・混浴露天風呂)
混浴に慣れさせてくれたのがこの露天風呂である。若い人も割と多かった。脱衣場で隣にいた人に何気なく話かけたら女性で、オロオロしながら視線のやり場に困り、まっすぐ前をみて服を脱いだ。(向こうもオロオロだったように思う)しかしやはり自然に視線が動いてしまって見えてしまうのであるが、これも次第に慣れてくると平気で見てしまって堂々としているからおかしい。慣れてしまうというのはこういうことをいう。ここでは三度も温泉に入って楽しませてもらった。毎日連続して温泉に入っていると肌が違ってくるのがわかる。虫に刺された痕などは手に取るように治って行くようである。 

(後日追加>温泉感想>花巻温泉郷(大沢温泉)96/08/22
ほっとゆだ駅の前のタクシーの運転手さんが大沢温泉を凄く薦めてくれるので向かうことにした。途中のGSの女の子も「自炊部」は人気だと教えてくれた。平日だから空いていると思いますよという。かわいこちゃんが言うのだから行くしかないでしょ。 

自炊部は随分と古い建物で、私の持っている10年前の温泉ガイドの情報をまだそのまま使えるどころか、戦後(言い過ぎか)の雰囲気もあるような気もする。「もはや戦後ではない」と報道された頃に生まれた私が、子ども時代に戻れるような雰囲気。渦巻のかとり線香や蚊帳を吊って、裸電球の下で白黒テレビを見るようなシーンが再現できそう。しかし、宿に泊まっている人は現代の旅人ですから、カップラーメンを買い、缶ビールを飲んで、テレビを観ている。(隣の部屋の人がそうだった) 

私もカップラーメンを買って、10円のガス代でお湯を沸かした。自炊部の中の売店ではやや高いけど何でもそろう。聞いたことのない地方のメーカーのラーメンがあったので早速買ってみた。ふだん食べ慣れている日清などとはまったく違うが旅情感が出てくる。 

温泉はぬるめのお湯で透明である。湯の華が少し浮いている。脱衣場は洗い場と隣で湯舟からは丸見えで、女性は少し勇気がいるようだが、暗くなったら顔も見えにくいから声を出さなければ知らん顔で入ってしまえばバレないかも知れない。実際にそういう人が居て、ふと何げなしに見たら若い夫婦だった。星がよく見える夜に湯舟に浸かってぼんやりとしていると極楽である。連日、お湯に浸かり肌が随分としなやかになっているような気がする。虫に刺されたあとや首などの日焼けのあとにも優しい。 

大沢温泉にて第六日:'96.7.30 

[7/30-1](花巻にて、宮沢賢治関連)
生誕100年で賑やかである。童話村というのがオープンしてピストン輸送のバスまで繰り出している。「裏の畑にいます」(だっけ??)の素朴さがいいのだけどなあ。沢山の資料やカタログをもらったけど帰りに全部落としたので何も書けませんが、賢治記念館は三内丸山遺跡と共に今回の二大ビックテーマでしたので満足です。子供と来たかった。 

[7/30-2](乳頭温泉郷)
少し標高が高くなるとガスが出る。乳頭温泉郷に着いた時にはガスが目の前を流れて行くのがわかるほどになっていた。黒湯に浸かる。最も有名なのは鶴の湯だとあとでわかったが、二番目は黒湯だそうで満足。湯治客用の宿があるだけでお風呂もすいていた。まあこんな天気だからな。幸いなことに雨にはならずに済んだのでラッキーである。ザブンと入るとほこりの様に湯の華が舞い上がる。黄色だからいいけど、これが黒かったら泥水だ。 

(後日追加>温泉感想>乳頭温泉郷(黒湯))96/08/22
乳頭温泉郷には、妙ノ湯、蟹湯、孫六、黒湯、大釜、鶴ノ湯があります。霧の中を上っていくと孫六に行き着きました。イメージと少し違っていたの迷いながら枝道を走っていると黒湯がありました。名前を憶えていたこともあって、車の数が孫六より少なかったけど温泉に入ることにしました。有名な温泉郷なのでもっと華やかで人もわんさかいるのかと思っていたが、非常に鄙びた感じです。霧が動くと時雨の予感も増します。荷物を雨の中に放置するのは嫌だなと思いながらも、タオルを持って急々と浴場へ。\400はやや高いような気もしますが、収益は期待できないでしょうね。露天の混浴に行きました。入っているのは私だけです。 

打たせ湯に打たれて手の痺れをほぐしてみたり、お尻を当ててみたり。。。。ま、ひとりだと変なことばかりして遊んでしまいました。湯の華が周辺の木に積もっている。ドボンと入るとふわっと舞い上がりました。ややぬるめにしてあり、とても満足でした。あとでGSで聞いたら、鶴の湯が一番で、次が黒湯と教えてくれました。ここの温泉に優劣があるとも思えませんが、どうも古い順に教えてくれたようです。次回は鶴の湯に行ってみたいと思います。 

少しダートを走ったとどこかで会った子が話していました。国民宿舎もあるそうです。この付近は気団の具合で霧がかかることが多いようです。田沢湖まで下りると普通の天気になっていました北に向かうと玉川温泉があります。あとで訪れた温泉で会ったじいさんが日本一と言っていたほど硫黄がきついという。硫黄の温泉に入るのはいいけど、髪の毛は抜けないかな。普通にしていても心配なんだから。 

[7/30-3](大湯温泉・黒森荘YH)
大湯温泉も熱い温泉で有名だそうだ。宿泊客は私ひとりである。温泉オタッキークイズで優勝しそうな感じのペアレントさんで、明朝に少し話をしたらなかなか薀畜の深い人であった。温泉仕掛人がどこかにいてこんなブームになった話やその仕掛人は都会にいて…なんて話をしてくれて時間がすぐ過ぎる。この人、有名人じゃないだろうか、とさえ思えてくる。それにしても人気のYHが閑散としているのは何故なんだろうか。 

第七日:'96.7.31 

(後日追加>峠越え>「発荷峠」)96/08/09
発荷峠の再登場といきましょうか。今年の夏に再訪した十和田湖は残念ながら曇天のしたにありました。後に晴れてくるのですが、八甲田山系を越えるころは冷たい霧にも見舞われました。そんなくらい感じでも、発荷峠は良かった。早朝だったこともあり車も少なかった。風がやや吹いていて、少し風があるなっ…と思わせるくらい。今回は右回りで奥入瀬に行きました。湖面は白く光っており、波もなさそうに見える。実際は近くまで下りると海のような波があって風下になった奥入瀬方面は寒々としていました。皆さんが今までに感じられた発荷峠はいかがだったでしょうか。 

[7/31-1](酸ヶ湯)
千人風呂は混浴である。湯舟の両側に柱が立っていてそれを結ぶ線を境に一方が男性、もう一方が女性となる。すっかり温泉通になっている私は目のやり場にも困らずに浸かったり出たり、打たせ湯に行ったり、のらりくらりとしている。しかし、こうもきつい温泉ばかり入って頭髪に掛けていて脱毛が促進したら困るので、「身体の中心部に掛けると元気が出ます」という冷たい水を頭から被ることにした。頭髪も元気になればいいのだが。 

(後日追加>温泉感想>酸ヶ湯)96/08/17
有色で、硫黄のきつい温泉でありました。頭から被るとやや目に滲みる。汗をかいた頭にお湯をかけてやりたい気があるが、身体を洗うようなお湯があるわけでもないので、おかまいなしに湯舟の湯を頭から被ったり、うたせ湯を頭に当てたりしてみる。有色のこの手の温泉に連日入っていると結構疲れる。透明の肌に優しい温泉がありがたいなと思う。(アルカリ性のお湯…平湯温泉や紀伊半島の十津川温泉や龍神温泉、川湯温泉など) 

冷たい水がでる洗い場があったので顔を洗おうと思って行ってみた。「この水を身体の中心部にかけると元気が出ます」と書いてある。只の水のように思うが。おじいちゃんがチンチンに何度も何度もかけていた。私は一週間以上もおしっこにしか使っていないのに、今ごろ元気になってもらっても困るので頭にだけかけて頭髪が元気になるように願った。どこの混浴も和やかであるが、こちらも例外ではなく入っていると雰囲気で身体の疲れが引いていくような気がした。 

[7/31-2](酸ヶ湯前の売店にて)
温泉の前のお店の彼女が可愛らしい子だった。お店の彼女から「筍おでん」を買って食べた。お味噌が白くてしょうがが入っていて美味である。 

----青森では何が美味しいですか? 

----りんご!!!(即答でした) 

----(違うってばぁ)それは今はないでしょ、今から食べに行くもので…。 

斉藤?さんという名札だった。 

(後日追加>美味感想>筍おでん(酸ヶ湯にて))96/08/17
酸ヶ湯温泉の前のお売店で「筍おでん」を食べた。タレは白味噌で、「しょうが」が入っている。温泉から出て涼んでいるとお腹がすいてきた。温泉玉子でも食べようかなと思って売店を覗いたら、筍おでんというのもあるらしい。四串で\350と書いてある。少し売店の娘さんと話をする間にその気になって「おでん頂戴な」って言っていた。美味しい。ベンチに座って食べたあと、「店に戻って美味しかったよ、ごちそうさん」と言ってしまったほどである。まあ、皆さんも酸ヶ湯に行かれたら食べてみてはいかがですか。 

[7/31-3](三内丸山遺跡)
個人的に魅惑されてしまった。こういうことに理由は特に不要。ボイスガイドの女性に付いて少し見学する。やはり直径85センチの柱は感動的である。縄文時代の文化ってのを素人なりに想像するとほんとうに古代に旅をしたくなる。 

(後日追加>風景感想>三内丸山遺跡96/08/23)
'96夏の東北の旅の大きな目的は、青森市にある三内丸山遺跡を訪ねることにありました。遺跡については有名なので説明は不要だと思います。大勢の見学者に混じって私も4500年前へと夢の旅を楽しんできました。遺跡の中にある展示館や遺跡を延べで八時間ほど居て、ぼんやりと過ごさす時間も取れて、せっかちな旅に中で贅沢をしてしまいました。ねぶた祭を待つための時間調整でもあったのですが、この広大な遺跡を目の当たりにして胸のときめきが止まらず、身体が奮えるような衝動に駆られます。 

考古学は専門外ですし(元々、電気通信工学科が出身ですし、某医大(そのままか)の医用電子工学講座にもお世話になってましたので)、縄文学とは何の関係ないのに、この歳になって仕事からの逃避のひとつとして、専門以外に関心が出てきまして困ってます。(何にも知りませんが) 

さて、遺跡の話を少しだけ。年寄って死んで行く人のお墓を集落のはずれの一定の区域(墓地に相当するする所)に作っているのですが、生まれたばかりの赤ん坊だけは住居の近くに埋葬したりしています。跡(墓跡)を見ると人間の原点に帰れるような気がします。手放せなかったのでしょうね。死ぬという現象さえも理解できない時代だったのかも知れない。縄文時代は争いや戦(いくさ)は無かったといいます。しかし、弥生時代になってくるとそういうもの跡が見られるようになってくると、佐原先生(国立歴史民俗博物館)が何かの書物に記しておられました。そんな時代の宗教や人間観、社会観などを想像しながら、直径85センチもあるという大きな柱の跡を見ます。 

45センチという、ある規格をもって並べられた柱跡の前に立ってみる。人それぞれが思い思いに感じてくればイイと思いますが、自分を無力に感じたらこういう場所に行くと元気が出ます。1000人から1500人くらいの人が群れていた集落。彼らの生活や世界観とはどんなものだったのだろうかなあ。この程度の人数というのは現代では例えば私の職場がそうであります。この頃はかなり大きな集団だったことでしょう。 

残念ながら膨大な資料やメモがあったのですが、バックごと落としました。拾った人はただの落書きだったので棄てたことでしょうね。それが一番残念です。 

[7/31-4](カワヨグリーン牧場YH) 

噂のYHに行ってみようかな…と思い目指すことにした。大湯の黒森のPさんがカワヨは自分で堀当てた温泉ですから…と言っていたこともあって好奇心が出た。ちょうど「青森・ねぶた祭」を念頭に置いて時間潰しをしていたので、午後に電話をして、泊めてもらえることを確認した。温泉は牧場の中にあって広大な自然を前にコンコンと湧いている。温(ぬる)くて湯量も多い。隣の女性用露天風呂では東京から牧場体験合宿で来ている女子中学生の声がキャンキャンと賑やかである。天を見上げたら三沢基地からのF15だろうか、夕日に反射して輝いているのがちょうど見えた。 

第八日:'96.8.1 

[8/1-1](下北半島へ)
やませが吹くと海から内陸にかけて霧が出る。天気予報には雨という言葉などないのに日差しは出て来ず私は霧の中である。オホーツク沿岸を走っているみたい。冷涼で殺伐とした原野のような牧場が続いた。さいはて感は十分にある。 

[8/1-2](交番で朝食をご馳走になる)
町の名前が思い出せないが、交番の前で地図を広げていると綺麗な女性が声を掛けてくれて中に入らないかと言う。そこは駐在所であったが少し休憩をさせて戴こうかと思い遠慮なくお世話になった。奥さんが無添加の林檎ジュースとまだ暖かいおからのドーナッツを出して下さった。何もいいことのなかったこの半島で最高の思い出である。寂れた漁村ではあるが黒字経営で、立派な家が続いているのが交番の窓からも見える。そんな話を小一時間ほどしただろうか。仏が浦の景色の話をしたら、奥さんがテレホンカードを出してきて見せてくれた。新品で、それもソゥベニアとしてくれるという。 

[8/1-3](奥薬研温泉・かっぱの湯)
無料の温泉を見つけたのでまた飛び込んだ。恐山は霧の中で、湖沼の向こう岸が見えなかったほどだっただけにこの条件下でのお湯はありがたい。ライダーがフェリー埠頭にねぶた祭のために集結しているという話を聞きながら湯に浸かる。ここに行くと必ず跳ねたくなるのだそうな。 

(後日追加>温泉感想>「奥薬研温泉」)96/08/10
薬研温泉の奥に「かっぱの湯」というのがあります。混浴で只でした。薬研温泉に奥があるとは調査不足で、実は行くまで知らなかったのです。行ってみて発見したのですごく得した気分でした。恐山で霧に見舞われた私の身体は冷えきっていましたし、下北半島全体が北海道風で、前日までのペースを失いかけていたこともあって、どこかで温泉にと考えていました。下風呂温泉に行こうと思っていましたが、只ほどありがたい物はないということで、こちらだけにしてしまった。(下風呂は外来客が\240だったと思う。 

温泉街は最果て感もあって良かったが)お湯は透明で、癖もなく匂いも特にない。暑いのが湯舟の上流から流れて来ますから下の方に浸かっているとぬるかったです。藻のような物が浮遊していた。まさか湯の華じゃないと思います。河原にある露天風呂で湯舟から丸見えの脱衣場があります。結構、広くて深いので泳げそう。岩を削りだして作ったって感じですね。近くのキャンプ場はトイレも綺麗で\300だと一緒に浸かっている人が教えてくれました。連泊だそうです。混浴でした。毎日、混浴に入っていると結構、慣れます。若い子を期待しても居るわけないという諦めも定着しますしね。でも女の人、入っていたんだもんね。年齢がわかんなかったんだが、服を着て去っていく姿は予想以上に若かった。 

(後日追加>風景感想「仏ヶ浦」)96/08/12
カワヨグリーンYH(三沢の近く)を出て下北半島に向かって走った。花巻の賢治の記念館で仏が浦のTシャツを着ていた人を見かけたこともあって地名が頭に焼き付いていた。Tシャツの上にジャケットを着ているが、袖や胸や肩の空気取り入れのファスナーを閉じた程の涼しさである。「やませ」が吹くと霧になる。恐山や薬研温泉を過ぎて下風呂温泉付近まで霧に悩まされた。 

「老部」という漁村の交番の駐在さんが家の中に招き入れてくれて朝食をご馳走してくださった。(できたての)美味しいドーナツと(無添加の)林檎ジュース。警察官だから(先入観もあってか)厳しそうだが、理解のありそうな人で、奥さんも綺麗な人だった。漁村の話をしたりていて「仏ヶ浦」の話になった。テレホンカードを出してきてこんな所だと説明をしてくださる。「ぜひ、船に乗って海から見ることをお薦めします」と話してくださった。カードも記念にくださった。 

…のだが、大間岬が期待ほどでも無かったし、時間の都合もあって走り続けた。景色に優劣はないのだと思うが条件が悪かった。夕日が津軽半島に沈む風景でもあれば最高だっただろうに。道も景色もそれ自体は素晴らしい。海峡ラインと呼んでいる道路は快適に舗装されて、脇野沢村には道の駅もできている。船で津軽半島に渡ることも考えた。しかし運賃がやや懐に響くので止めた。海の向こうは青い空ではなく、暖かい空気と冷たい空気の境目を示すかのように雲が帯になっている。鉛色の海では漁船が就業している。フェリーらしきものも見えるが感動は来ない。青森市からも一日掛かるこのあたりの街は片鄙な所であり、この天気でそれを考えると地元の人には申し訳ないが最果感が募った。津軽半島から竜飛岬方面に渡らなかったのを少し後悔しながら浅虫温泉の花火に若干の期待をして半島を南下した。 

[8/1-4](浅虫温泉・花火大会~青森フェリー埠頭)
ラッキーであった。青森に近づくに従い車が増えてきて、道端の警官に聞いたら 

----私らの口からは言えないけど、(邪魔にならないところへ止めて)
 見物して行ったらいいよ 

終わったらフェリー埠頭に急ぎ、自然にできたテント村の一角で野営。常連さんの中にテントを張ったらしく、うつらうつらしている耳にねぶた前夜の彼らの愉しい会話が聞こえてくる。 

第九日:'96.8.2 

[8/2-1](八甲田山付近)
大きな山です。予想以上に沢や谷が不明瞭で、登山をするには険しく嫌な山であろう。極寒の時期に訓練といえどもこんな山に入ることはやはり狂気の沙汰であったことだろう。ブナや名前の知らない雑木が湧き出るように緩やかな斜面を覆っているなと思えば、突然、黒石温泉郷の方面には深い谷が切り立っていたりする。 

[8/2-2](黒石温泉郷)
ぬる湯の共同浴場へ寄る。銭湯がでっかくなった感じで、まっ昼間からおじいちゃんがお風呂に入っている。昨日からの曇気味の天気のせいか、湯上がりも涼しい。マイナーかなと思った温泉であったが印象は良い。湯から上がったあとは青森市内へ行ってまた山内丸山遺跡でぼーっとしてねぶたを待つ。 

(後日追加>温泉感想>黒石温泉郷(温湯)96/08/23)
黒石温泉郷を紹介します。八甲田山の酸ヶ湯から西にR394を走ったところに黒石温泉郷があります。温(ぬる)湯こけしでも有名です。こけし館というのもあります。湯けむりも匂いもありませんが、幹線道路を避けて街に入っていくと共同浴場がありました。私は温湯というところを訪ねました。田舎の公民館ふうの浴場がありました。周りは温泉街の雰囲気が残っています。共同浴場の前のバス停も只のバス停ですが絵にしたい停留所でした。近くの店で入湯券を買って、中に入ってみると、あらら、お風呂屋さんの雰囲気です。でも、先日から酸のきついお風呂ばかりに入っていましたので、含芒硝食塩泉は身体に優しい。頭から被っても目にも滲みないし…。頭も洗って少し熱い湯舟にドボンと浸かると旅情が湧いてきました。やや塩っぱい味がします。おじいちゃんが二、三人入っている。シーリングファンの風で汗がひいていく。不思議なお湯でした。\130はお得。私が学生時代の東京の銭湯が\95だった。あっれ、\95はビールだったかな。 

[8/2-3](ねぶた祭)
ねぶた祭を見ないと帰れない。時間調整をしながらここ数日過ごしたのだからと気合いをいれる。県警本部の横にバイクを堂々と路上駐車し見物をした。良く似たライダーが集まって話しているうちに日が暮れて、やがて祭は始まった。やはり、待った甲斐があった。人も凄いがこれはまだ初日とあって控えめで、祭の規模が大きいのには驚く。鈴を売っている子供達が可愛い。ほんと可愛い。

[8/2-4](アップルヒルズ・道の駅)
法政大学のバイクのサークルの彼とは祭が終わった時点でお別れし、雫石のおじさんと少し市街を離れる方に走った。浪岡町にできたての道の駅があり、ここで野営。おじさんは定年を迎えて有り金はたいて雫石に1500坪の土地を買い自給自足を始めたという。人生哲学を聞かせて戴いた。 

第10日:'96.8.3 

[8/3-1](鹿角市・道の駅)
さて南に行こうか。鹿角市の道の駅に寄った。往路、十和田に上がる途中でここの「道の駅」の女の子にとんかつ屋さんを教えてもらいそこで食事を取った。それがツーリング中で一番の贅沢な食事だったのだが、旨かったので帰りに御礼を言っておこうと思って寄った訳である。私のことを憶えていてくれて嬉しい。 

----(秋田アクセントで)憶えてますよ 

----美味しい店でした。ありがとうが言いたくて寄ったんですよ 

そんな話を少しだけして道の駅をあとにした。なんでこうも好印象の女性ばかりが現れるのだろうかしらん。 

[8/3-2](藤七温泉)
標高1400メートルの温泉は東北で一番高いところにあるらしい。八幡平の峠の駐車場から少し下がって行く時に、お風呂がくっきりと見渡せる開放的(丸見え)な露天風呂である。私がお湯に入っていたら、少し年上くらいのご夫婦が連れ添って入ってこられた。奥さんに少しの躊躇があった様だが、まあ諦めもあってか、次第に湯舟の中で話が弾んだ。八幡平の下りにディバージョンの女の子に話しかけひとことふたことの言葉を交わした。 

----珍しいバイクを見かけたので止まってしもたわ、どこから 

----京都から…北区です 

四月に免許を取って、これから北海道だそうだ。一緒に走っていた子とは別行動だと言う。ソロを楽しんでいるんだなあ。八幡平の下りでは素晴らしい雲海にも出会えていっぺんに二つも満足である。 

(後日追加>温泉感想>「藤七温泉」96/08/12)
標高1400メートルの温泉ということで、東北屈指という。なかなか有名らしい。遠方の道路からも丸見えのお風呂で、すっぽんぽんで道に向かって、腰に手を当てて胸を張ってみる。がはは、気持ちいいわ。露天風呂で混浴。私がお湯に入っていたら、少し年上くらいのご夫婦が連れ添って入ってこられた。 

----あら!混浴だわ…。 

奥さんに少しの躊躇があった様だが、まあ諦めもあってか、次第に湯舟の中で話が弾んだ。湯舟に浸かってしまうと有色なので何も見えない。湯面に近いところでおっぱいの先っちょが見える。ま、見えてもどうっていうことないのだが。ご主人はカメラを据えて二人で浸かっている写真を撮るのにナニもあらわに右往左往である。ほとんどが高山帯の植物、まあ、私のような素人からみたら禿山のような脱日常風景をバックにいいもんである。あたしも夫婦でゆっくり入りたいなあ。後生掛温泉も有名であるが、大沢温泉のYHのPさんが言うには、温泉ブームであちらこちらの温泉が随分と変わったと言う。後生掛も例外ではないと言う。そのことがあって藤七温泉にした。八幡平から下る途中に京都から来たディバージョンの女の子に出逢った。すこし話をしたあとで(ツーレポにも書いたので略します) 

----今、藤七温泉に入ってきたんです。今夜は弘前なら、ここでゆっくり温泉にでも入って行ったら?いい温泉でしたよ。 

と話したが、混浴で丸見えの話はしなかった。(意図的ではない!)どうしただろうか。入ってみようかなって感じの明るく積極的で活発そうな子だったが…。雲海を眺めながら、そのことを思い出し、走り続けた。不思議にも居眠りも襲ってこない。 

[8/3-3](盛岡で冷麺)
蕎麦を食べようかと思って駅前へ行ったが駐車禁止が厳しそうなので、思わず交番へ飛び込み、別の場所にある旨い店を教えてくださいな、という話を持ちかけた。私が(何かを尋ねるために)話すとすぐに世間話になって長引いてしまう。このお巡りさんとやはりまた話が弾んだ。そのうちに盛岡は冷麺も…という話になり、早速その店を教えてもらった。初めは苦い顔のお巡りさんも次第に打ち解けて、彼の個人的な感想までを交えて店を教えてくれた。その「食堂園」で冷麺を食べる。これが盛岡の冷麺か。私の家の近くの韓国風焼肉料理屋さんの冷麺と同じ感じ。テレビ局のアナウンサーらしき女性がリクエストカードをどっさり持ち込んで冷麺をぱくついている。そちらの方が随分と絵になった。 

(後日追加>美味感想>「盛岡・冷麺@食道園」96/08/10)
食べてきました。盛岡の冷麺。食道園。わんこそばを食べるつもりで盛岡駅の地下街の「東屋」を目指したのですが駅前は規制が厳しく駐車は無理そう。そこで交番で聞きだしたのが冷麺でした。そういえば、有名らしいな…ということで、交番のお巡りさんにたくさん教えてもらった老舗を諦めてこちらの冷麺を食べに行った。大体、一日におむすびを一個しか食べていないような日もある生活だったんで、贅沢でした。「冷麺」と注文したら、それだけですか?という感じで聞くのが少し頭に来たが、私は冷麺が食べたいのだから。ツーレポ(Ver1.0)では 

<上記>(略) 

と書きました。ミーハーな人向きかも知れない。個人的には蕎麦をハシゴしようかと随分悩んだが、諦めた。皆さんの感想はいかがですか。 

[8/3-4](早坂高原~北山崎)
何度か昼寝を繰り返しながら北山崎まで来た。スーパーの入口の横(私の地方ならクリーニング屋さんやたこやき屋さんがある位置)で、イカを炭火で焼いたり豆腐を味噌田楽ふうにして焼いて売っている。太い串に刺した魚や田楽が生け垣のように炭火を囲んで灰の中に刺して並べてある。それを買って帰る人も多いようだ。イカは、足が身体の中に入れてあり、にんにく入りの白味噌気味のタレを付けてくれて非常に美味である。店の中を覗いてみると旨そうな魚が売っていた。ワカシ(関西ではツバスという)が売っていたので買うことにした。塩焼きにしてもらってプラス\100なり。ブリの子供だけど油っぽくなくこれは最高に旨かった。 

(後日追加>美味>イカ焼き(陸中海岸にて)96/08/17)
普代村の街の真ん中のスーパーでイカを食べた。スーパーの入口の横の一角である。店頭には「田楽:160ー」と「イカ:150ー」と書いてある。正式な呼び方はわからないのでイカ焼きということにします。ヘラのような平べったくて長い串をイカに刺して炭火の周りに立てかけてある。にんにくのたっぷりと入った白味噌のタレを塗ってくれる。一日を走ることに費やしてきた私に取ってとても贅沢な美味であった。食べるきになった理由は簡単で、ちょうど今が旬でたくさん採れる時期だと聞いたからである。そのあと焼いてもらって野営場所まで持って行ったワカシにしても旬のもので、何とも美味である。こういう場所にきてこんな素朴な美味に出会えて嬉しい。(ワカシは家に帰ってからも近くの魚屋さんで見かけて、値段も見ずに買ってきた。懐かしくて同じように家で焼いて食べた。同じ味だった。)イカを焼いているスーパーの前には子ども用の小さいビニールのプールがあって、そこにスイカが入れてあった。おばあちゃんに付いて買い物に来る子どもたちが口々に「あれれ、スイカが泳いでいる」「あれ、まだ泳いでいる」といいながら通り過ぎる。「泳ぐ」という表現がとても可愛らしくこの土地の人達の感性なのだろうなと思って見ていた。そんな背景もあってイカが旨かったのだろうし魚も買って帰ろうという気になったのかもしれない。 

(後日追加>風景>北山崎(陸中海岸)96/08/17)
この部屋で北山崎を、もしも教わらなかったらきっと行っていなかっただろう。教えていただきましてありがとうございました、と今は感謝の気持ちでいっぱいです。三陸海岸沿いは所々で海を望めることができる。しかし、意外とその段丘の上から海を見降ろせる所は少ないかも知れない。この北山崎は散歩道も整備されて、まさにこの風景リンクに期待をされて来られる人にはぴったしでありましょう。写真をあげられませんが、観光ガイドブックの通りの景色を見ながら、しかし、風は明らかに汐風を感じられる。 

私が野営をしたキャンプ場は北山崎から少し南に下がった所にある村営の所だった。(名前は忘れた。)綺麗な草地の上にテントを張れたので満足であった。朝、もう少し早く出発してれば\500はいらなかったのになあと少し後悔しながら、前日の夕方には野営場所を探しながら北山崎を通っただけなので、悔しいから、もう一度海を見おろしに北山崎に行った。他のスポットでは、浜から海をみるスタンスが多いだけに、見おろす景色もなかなか良い。緩やかな風が吹いているせいか沖の方が少し霞んでいるようであるが、早朝から海は銀色に輝いていた。仏ヶ浦もこういう天気だったら良かっただろうになあ。そういえば、前日の夕方にキャンプ場を求めて走っている時に、普代村の方に日が沈む風景にも出逢った。日没とか日の出とかは、何故かこういう景色にとても良く似合う。それを見て何を感じるかは人それぞれであろうが、表現こそ違えど、共通の想いを抱いている人もきっと多いことだろう。 

第11日:'96.8.4 

[8/4-1](~夏油温泉) 

三陸海岸を堪能しながら遠野を経て夏油温泉へと向かう。雲行きが怪しい。結構くねくねの狭道を数キロ走った。でもこの道が広くなった秘湯とは呼べなくなる。温泉は一軒宿らしい。手前にキャンプ場があるが、温泉からの徒歩は無理そうだ。熱い湯である。河原を見渡す混浴風呂である。女性(おばさんですけど)が入ってくると「熱いなあ」とまず間違いなく言うので「もっとこっちの方が温(ぬる)いよ」と湯治客のおじさん達が誘う。そっち側からお湯が流れ込んでいるんだからそんな訳ないだろうに、と思いながら聞いている私は罪人だろうか。おばさんアソコを隠すのも忘れて、ぬるいお湯を求めて右往左往である。 

(後日追加>温泉感想>夏油温泉96/08/17)
こちらも東北のツーレポではそれほど詳しく触れなかったので、少し書きます。名前に引かれるだろうなと思いながら、心底ではそれほど期待していない。何だか意地のようなものがあってこの有名な温泉に行って見ようと思ったのである。しかし、結論はそうではなく、期待以上であった。温泉への道は険しい方でしょう。どこの有名温泉の観光バスがどんどんとやってくるので道も広く整備されているところだが、この夏油温泉への道はそんな観光バスは想定していないと思う。まだまだ今の所は秘湯のうちであろう。1.5車線のブラインド状態のワインディングを7~8キロ走ったら温泉の街が現れた。 

結構、山の中に入ってきていたので、そんな所に大きな旅館がドカンとあると何だかタイムマシンに乗って飛び込んだとか、オアシスに出逢ったとか、そんな感じである。お湯はたくさんあってどれに入るのかを迷っていると、入口を過ぎたところでタオルをもった年輩のおじさんに一緒になった。湯治に来ているらしいのでどこの湯がいいかを聞いたら連れて行ってくれるという。そこが河原を眺めながら湯に浸かる混浴の露天風呂であった。(前述の様子)和気あいあいの雰囲気で熱い湯に入ったり出たりを繰り返していると時間がすぐに過ぎてしまう。含芒硝石膏食塩泉。無色透明で匂いもなし。 

[8/4-2](~仙台おんないYH)
夕立に見舞われた。疲れが溜まっているときに強烈な雨だった。YHに泊まろうと決めてしまう。仙台まで走って、もう旅を終えることを考えよう。こういう時は随分と弱気になっていくものである。ねぶたを見物して緊張の糸が切れたのかも知れない。一番人気のYHなので迷わずに予約した。空いていてラッキーである。しかし、国道4号線は最悪の国道である。 

第12日:'96.8.5 

[8/5-1](六十里越え~野沢温泉)
何だか温泉にどうしても入りたくて野沢温泉村に寄った。無料の公共浴場が十数軒あるが、ここでも郵便屋さんに声を掛けて(個人的な)意見を聞き出してお薦めに浸かる。スキーをしないので関心がなかったが、有名な割には格別に良印象である。この近くの秋山郷の温泉もなかなかイイらしい。 

(後日追加>温泉>野沢温泉96/08/28)
スキー場で有名な温泉である。当然、スキーに行った連中が温泉の話を聞かせてくれてもよさそうなものであるが、その人達が温泉を誉めたりしたのを聞いたことがなかった。それほどでもない温泉というイメージを抱いていた。(きっと皆はスキーで頭が一杯なんだな。温泉の「お」の字も味わえないんやろう。)どころがどっこい!ええお湯ですわ。きつくなく、緩くなく、情緒もある。温泉街も寂れていないし共同浴場がタダときています。十数カ所も共同浴場があるそうです。弱重曹硫黄泉。 

少し匂いがします。湯の花もふんわり。共同浴場では大湯が有名だそうですが、熱いと聞いたので、少し坂道を下りたところにある「名前忘れた」の湯に入ってきました。温泉の建物も綺麗です。近くをお通りの際にはぜひ、寄ってみてください。少し東に秋山郷(温泉)がありますね。こちらはキャンプ場があるそうです。(イイ温泉だそうです) 

[8/5-2](野沢温泉~戸隠奥社キャンプ場)
蓮華温泉行きを躊躇したので、場所的に真ん中を取って戸隠高原で泊まることにした。明日になってその気なら行けばイイと思ったから。でも行かなかった。 

第13日:'96.8.6 

[8/6-1](安雲野~平湯~高山~せせらぎ街道)
鬼無里を楽しんで、せせらぎ街道を走って帰ってきてしまう。せせらぎ街道でテントと寝袋以外の一式とメモがいっぱい書き込んであった地図や少しのスケッチなどの入ったバックを落とした。気が付いて止まったら後続車が少し戻った所に落ちてたと教えてくれたので期待をして戻った。でもなかった。悔しい。二往復もして探したのに発見できず残念であるが届を出して諦めることにした。(でも後続車の人は何故に拾ってくれなかったのだろうか??) 

あとがき&感想 

疲れた。これが一番の感想である。ツーリングは長くても四、五日程度にとどめないと印象が薄れるし、体力も緊張も続かないなと痛切に感じた。それは長旅を続けるのを否定するのではなく、日常の楽しみとしての旅、リフレッシュとしての旅ならこの程度でまずは十分だろうということだ。そう言っても恐らく十年に一度か二度なら長旅をしたくなるだろうと思う。旅とは最初にも書いたが不思議な魔力を持っている。 

奥羽山脈の土台のでっかさを痛切に感じた。道ばたには月見草(宵待草)が咲き乱れ、可憐な黄色で魅惑する。山の狭い峠ではシシウド?が風に揺れている風景に至るところで出逢った。とりわけ美人ではないかも知れないが、東北の女性にたくさん出逢い、ひとことふたこと言葉を交わして、一目惚れの連続??別れた後、走り始めて彼女を思い出して身体がホカホカするのを感じてきました。不思議。こんなことは今までなかった。^^^^^^^^ 

活字中毒、パソコン中毒になっている日常から解放されていたことがわかる。帰ってみると新聞などに関心を示さなくなっている。活字や情報がないと不安であるという毎日を送らずに過ごしたせいだろうか。テレビも見ずに、オリンピックにもまったく関心を持たずに過ごしていた十日余り。自然に対して人間的に過ごしてこれたささやかな時間だったか。 

(お母さんと娘での噂話では) 

(----お父さん、きっと髭だらけで帰ってくるわ)
親父を玄関で迎え入れながら 

----お母さん、やっぱしやわ 

ボアをボーリングして以来、快調に見えていたのだが、暑い時期に長距離を走ってみるとやはり熱ダレ現象から逃れられなかった。水温計はそれほど高くないのにこれではもう救いようがないか。オイルも燃えているようだ。来年の車検で考えようか…。 

バックには何もかもが詰まっていた。それを棄てるということは、何か新しく始めろということか。お盆明けから吹奏楽団の合宿に参加して、メンバーの子供たちに逢えば気分も変わるかも知れないな。何れにせよ、私の夏は終わった。 

番外篇(風景) 

風景>大待宵草(宵待草)<山野一帯>
去年の夏、日航機墜落事故の慰霊祭の前日にぶどう峠を越えた私は、峠から御巣鷹山に合掌をした。こみ上げるものも多かった旅であった。その旅で出会ったのが「大待宵草」の黄色い花だった。実は、その時には名も知らぬ花として帰った。家で調べてみて名前がわかったのである。峠のいたるところで黄色い花を咲かせている。ふだん私がいる平野部にも同じ花がある。しかし別の花のように花弁の径が、気のせいなのかも知れないが小さいように感じる。野山の草花がこれほどまでに可憐で心に残るものだとは思ってもみなかった。真っ赤なカンナの花であっても、菜の花でも、コスモスであっても衝撃的な印象は残らなかっただろう。手帳に花の名前かスケッチを残す程度だったと思う。黄色い大宵待草という花は違った。峠や野原で出会う度に私の心を揺さぶって、秘密の部分を見透かして、意地悪に、もて遊ぶように風に揺れながら道端にいる。雑草の一種になるのだろうなあ。でも、それで良かったかも知れない。心ない人に盗掘されないでいつまでも咲いていられるから。まだ、夏の間は咲いていると思います。ぜひ、気に止めてやってください。 

語録 

初恋の時のような感動を呼び起こさせる。後から身体がホカホカしてくる。そんな出逢いであった。語録を残します。 

[7/25-5](小諸YHへ)酒屋のおばちゃん
----このYHわかりにくいみたいですね
----(といって丁寧に道を教えてくれた) 

[7/26-1](小諸YHから湯の丸林道へ)バスガイドさん
----大丈夫ですか
----(キャンディーズを思い出したわ) 

[7/26-2](水沢でうどんを喰う)とうもろこしを焼いてたおばさん
----(美味しいうどん屋さんを教えてというと)
----量が多い方がいいでしょ… 

[7/27-4](裏磐梯)XJRで練馬から来た子
----(ただ笑顔が素敵だった) 

[7/28-1](喜多方ラーメン)ラーメン屋を教えてくれた高校生
----まこと食堂!
----(田舎の子は可愛いね) 

[7/28-2](白布高湯と蔵王高湯)大峠の手前のGSの子
----米沢に行く向こうの大峠の道は今はもう通行止めです
----(と教えてくれた子) 

[7/28-2](白布高湯と蔵王高湯)七ヶ宿の道の駅・お店の人
----(可愛い子だったが、夫婦かな…) 

[7/29-4](ほっとゆだ駅)ゆだ駅の売店の女の人
----最近は読売放送が来ましたよ 

[7/29-5](大沢温泉へ)GSの子
----自炊部は人気ですよ 

[7/31-2](酸ヶ湯前の売店にて)売店の子
----青森では何が美味しいですか?
----りんご!!! 

[7/31-4](カワヨグリーン牧場YH)YHの談話室で話した北海道帰りのサニー女の子二人組
----車の中で寝たの…
----(勇気ありますね) 

[8/1-2](交番で朝食をご馳走になる)交番の奥さん
----今、買って来たばかりなの
----時々、バイクの人が居たりすると入ってもらうの…
----息子が二十歳で先日バイクで東京から帰ってきまして… 

[8/2-3](ねぶた祭)鈴を最初に売りに来た女の子。高校生くらいかなあ
----鈴はいかがですか
----タオルはいかがですか 

[8/3-1](鹿角市・道の駅)鹿角の道の駅の子
----あそこのトンカツ、美味しいでしょ
----(アクセントがイイ) 

[8/3-2](藤七温泉)八幡平の下りで逢った京都のディバージョンの子
----京都から、北区です
----四月に免許取ったばかり
----今朝、おんないYHを六時に出てきたん 

[8/3-4](早坂高原~北山崎)北山崎のスーパーの女性
----この魚、名前は?(と聞いたら)
----何だっけ… 

[8/4-2](~仙台おんないYH)香港出身でカナダに住んでいる女の子
----(日本はどこが好印象ですか?と変な英語で尋ねたら)
----京都が良すぎて他が薄れてしまっている(と英語で) 

出費帳 

★7/25\7,060..............
110ポカリ(杖突峠にて)560ビール
3,890小諸YH2,500YH年会費
(GS:伊那谷・南下条JA:13.6*@127*1.03=1,779) 

★7/26\5,490..............
600水沢うどん(山一屋)400小野上温泉
110コーラ100ロッカー
2,800六日町YH560ビール
920八海山(五合瓶)
(GS:長野群馬県境付近、吾妻JA:14.5*@???*1.03=1,822) 

★7/27\4,180..............
220アクエリアスボトル220パン(湯野上温泉にて)
110ポカリ(木賊温泉にて)70ビンの牛乳(木賊温泉にて)
560ビール200柿のタネ
2,800裏磐梯YH(50バッテリー水)
(GS:北魚沼郡堀の内町:(9.3*@125+50)*1.03=1,250) 

★7/28\5,050..............
500喜多方ラーメン(坂内食堂)200ソフトクリーム(七ヶ宿道の駅)
400蔵王高湯/露天風呂3,750山形YH
200洗濯費用
(GS:大峠/熱塩加納村JA/エンドウマキ:14.6*@120*1.03=1,805) 

★7/29\4,900..............
450昼食に蕎麦(鳴子温泉)150鳴子温泉共同浴場(滝乃湯)
150ほっとゆだ駅の風呂360おみやげ
500TELカード750ビール
350ラーメンと缶詰2,190宿泊費(大沢温泉自炊部)
(GS:鳴子温泉:14.2*@125*1.03=1,828) 

★7/30\5,760..............
200賢治記念館230昼食(おにぎりとジュース)
400乳頭温泉(黒湯)590ビール
60アイスクリーム1,500夕食
2,780大沢温泉黒森YH
(GS:田沢湖:14.7*@129*1.03=1,953) 

★7/31\5,450..............
400酸ヶ湯350筍おでん(酸ヶ湯にて)
100ジュース(三内にて)200洗濯費
2,800カワヨグリーンYH1,000MFH会費
600ビール8/1\440..............
330夕食(パン・ヨーグルト)110コーラ
(GS:三沢市下田アクセス:12.0*@127*1.03=1,524)
(下北駅前:14.3*@???*1.03=1,885) 

★8/2\1,650..............
350朝食(青森駅の立ち食い)130黒石温泉(温湯)
230パンと牛乳400おみやげ
110ポカリ430夕食(ラーメン)
(GS:R7青森千刈:14.0*@120*1.03=1,730) 

★8/3\3,310..............
(330)エンジンオイル(補給)400藤七温泉
120ジュース850盛岡冷麺(食道園)
150イカ(普代村のスーパー)160味噌田楽(普代村スーパー)
200ワカシを焼いてもらう600ビール
500キャンプ場
(GS:普代村:???*@???*1.03=1,792) 

★8/4\4,050..............
300夏油温泉850夕食(YHの横の店)
500ビール2,400仙台おんないYH
(GS:北上鬼柳:10.0*@120*1.03=1,236) 

★8/5\1,470..............
220朝食(おにぎりと飲物)220昼食(おにぎりと飲物)
100戸隠の有料(バードライン)170カップラーメン
500ウイスキー260ビール
(GS:白石JA:??.?*@111*1.03=1,223)
(長野県栄村:13.7*@???*1.03=1,651) 

★8/6\330..............
230コンビニで食事100飲物
(GS:飛騨・清見村JA:14.7*@129*1.03=1,952) 

★現金払い:\49,140
★カード(GS:\23,430)∥
................・
★総計:\72,570初恋のような感動をありがとう 

最後に 

冗長で舌足らずで、拙(つたな)い日記にお付き合い下さいましてどうもありがとうございました。これをステップにして今後も、少しでも多くの皆さんとツーリングを楽しみ、共感できますようにと思っています。いつかどこかできっとすれ違っているだろうということを想像しながら胸をときめかせいきたいですね。どうもありがとうございました。  

2008年8月27日 (水曜日)

過ぎゆく夏 (夫婦の風景)

涼しくなってきたので、風呂あがりに扇風機が必要なのは私のような暑がり屋さんだけでしょうね。
やっと扇風機が独占できます。

久々、

■夫婦の風景(会話)

風呂あがり。
私が先に扇風機にあたっている。

すぐあとに、風呂から上がってきたよめはんが、バスタオルを巻いたまま居間に来る。(我が家は、居間で着替えをする)

よめはん。
私の前に来て、扇風機との間に立ちはだかる。
さらに私のほうを向き、お尻の部分のタオルをめくりあげ、アソコを扇風機の風にさらしている様子。

「何してるの?」
「お尻の穴を乾かしてるん…」

「どんな感じや」

ほれ、と後ろに回って覗こうとしたら、バキッとやられました。
二度目からは覗きません。

そんな夏も終わってゆきます。

---

風を遮って暑い思いをさせたかも、
といって、サービスが付くこともあります。
(バスタオルをめくるか、取るか、…くらいですけど)

5回目の車検

ツクツクボウシ。
鳴き始めました。


バイク。
今日、店に預けてきました。
いよいよ11年目に突入です。

秋には、走りたい。

古井戸やとんぼとまりし二三匹

十七音の日記。

バイクを店に預けてきました。
帰りはJRに乗って、駅から歩き。
度々登場する古井戸のあたりでトンボが乱舞してます。

古池や…タイプの句でも詠んでみるか。
芭蕉と蕪村の真似。

2008年8月24日 (日曜日)

'93・夏・山陰 (93.8.12~13)

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'93・夏・山陰  (93.8.12~13)  [1]
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旅そのものは自分の持つ夢の実現状態であるのに対し、旅日記(ツーレポ)は、予定・反省・強烈な感激・ダイジェストなどの思いを集中させて書く、言わば夢を実現させた感激や余韻の集大成と言うことになる。今回の旅も予定の段階で結構楽しんだ。そして、出発間際まで心理が安定しなかったこともあって旅そのものよりそれ以外の日記が増えてしまうだろう。自己陶酔とも言えるかな、と苦笑いで旅日記(ツーレポ)を書き始めた。

去年('92)の四国であれ程まで台風に散々な思いをさせられても、生きて帰ってきているから結果オーライである。今年も台風来襲で至る所が荒されたのは許せないが、私は台風敏感恐怖症になってしまっているので出発の決断をなかなかできないでいる。私の大事な夏休みを奪ったのもこの台風で、私はメッチャ腹を立てている。そうは言いながらも現金なもので、台風第○号だったかを記憶しておらず過ぎ去ったらケロリの状態でもある。旅立たずには居られないのでどこかに行こうと決意をするものの、実は決意だけが独り歩きをし、行き先が決まっていない。これも近年の特徴で、うちのんが「歳を取ってよけいに優柔不断になったわ、昔やったら行き先も早う決まったし、雨が降りそうでも辛気くそうない、ウジウジしてぇへんかったもんなぁ」と言う。なるほど、そう言われても仕方がない。辛気(シンキ)くさいと言うのは京都弁でもなさそうだが、とてもぴったしの表現だなと思う。行きたい所は幾つも考えたが、目的地に到達までの距離が遠いとか、今ひとつ興味に欠けるとかいう理由をつけて、天候が不順だと言うのも追い討ちをかけて8/6-8/10はゴロゴロと過ごした。“時間は金では買えない"のがサラリーマンであるにもかかわらずこんな贅沢していいのか。…と言うことで台風が関西地方に影響のない場所に行ってくれたのは8/10の深夜であった。

ここ数日朝は4:00頃には目が覚めて外を散歩する習慣が付いてしまった。晴れれば荷物を積んで飛び出そうと言う思いの表れか。8/11は、日の出時刻(5時を数分回った頃)には雲はなく、やっと晴れ間が見えた。しかし、この日はドラ娘をアトピーの病院に連れて行くのでダメ。バイクの調子を乗って確かめるのがやっとであった。そして8/12に旅立つことができる見通しがついてきた。うちのんも私に同情をしてくれて、「行ってき!」と言ってくれる。「16日までええか?」と聞くと、「仕方ないわな、でもまた天気悪いらしいえ」と切り返された。どこに行こうか、悩んだあげく、当初、考えていた東北は無理だと判断した。そしたら近くで龍神温泉(和歌山)でも・・・能登半島も…。と浮気をしようとしたが何となく気持ちが許さなかった。「又いつか行けるから龍神温泉は今度にし、山陰に行くことにした」とうちのんに言って行き先を明かしたのは出発の朝のことである。「気が変わるとあかんから、京都(実家)には寄らんで」とも言っているのを振り返ると出発時にもまだ本当に山陰へ行く決心をしていないようだ。

山陰に行きたいと言う気持ちは昔からあったのにもかかわらず、近く(京都)に居ると存外行かないもので、今考えてみると行っておけば良かったなと後悔気味に思い続けている所がある。『砂の器』で登場する『島根県・仁多郡・仁多町・亀嵩』である。そうは言うもののやはり遠い。1~2泊で行くには少し強行軍になるか、高速道路を使用せざるを得ないか。2泊3日で行ってくることにしようか…。イライラが積もっていた反動も手伝ってエイヤ!で出発してしまうことになる。さて、いよいよ本題となります。

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'93・夏・山陰  (93.8.12~13)  [2]
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松阪駅前の“メグロ整備"のオヤジさんが、煙の出るGSX-Fのマフラーに指を突込んで「エンジンオイルが上がってきているかも知れんが、フロートバルブを交換したのであれば、この前にかぶった時のガスがみんな燃えるまでは煙は出る。2000~3000Kmは走らなあかん」と、なんとも説得力のある言葉である。「大丈夫やろ、オイルのゲージ(窓)を時々減ってないかよう見なぁあかん」旅に行けるかどうかを聞いたらそう言ってくれた。安堵感と期待感で8/12(木)の朝を迎えることができた。

4:00に目が覚めた。まだ暗い。天気は晴れ。ガス満タンである。GSX-Fを道まで出しテント、マット、シュラフをくくりつける。その上からリュック(デイパック)を乗せて縛り付けた。いつものスタイルである。雨対策のビニールカバーは100%不要と判断してタンクバックに仕舞い込んだ。5:05エンジンをかける。右のマフラーから煙が出ていても昨日のオヤジの言葉で安心している。暖気運転中は特に多い。「山陰に行くことにした、気が変わるとあかんから、京都(実家)には寄らんで」

山陰地方に入るコースについては、吟味に吟味を重ねた結果、伊賀上野~(R163)~木津~(R24)~京都~亀岡~(R9)~福知山、と言うルートにした。候補にあげたのは、他に 
(1)西名阪国道~近畿道(大阪中央縦貫)~中国自動車道路 
(2)鈴鹿峠越え~(R1)~名神高速道路・栗東~中国自動車道路 
(3)和歌山港~徳島港~四国横断~(瀬戸内海)~福山~などを考えたが、復路で高速利用の可能性があるため費用の面も考慮して8時までに京都市内を抜けられるように早朝5:10に出発する運びとなった。

風がひんやりと肌に冷たい。長袖のジャケットの下はポロシャツと下着なのに、じわっと寒さがしみてくる。空には雲はほとんど無いが、まだ青さを増してこない。“日の出のあの赤い色で空を焼いてからでないと青くならないとは洒落てますな"なんて思っていると、松阪郊外のインター付近で伊勢湾に登った太陽が街中を真っ赤にしている風景に出会った。海は光らない。しかし街が赤く光って輝いている。伊勢湾の向こうには知多半島が霞んで見える。しかし、止まって朝焼けを眺める余裕はない。この時間は車も少ないため、できる限り急いで、京都に何時に着けるかが勝負である。通勤時間帯には市内を抜けていたい。

お盆のラッシュも手伝って京都市が近くなると車が多いようだ。長岡京市を回って亀岡入りをしようと考えたがやはり渋滞に悩まされた。亀岡、7:30頃通過。普段なら3.5hは必要だから、1.0h短縮かな。平均時速60Km/h。

国道9号線は鳥取方面に行く幹線道路だ。大阪・京都方面に出てきている人たちは、ほとんどこの道を通って帰省する。混雑は仕方ないか。福知山市付近まで車は多い。京都・滋賀・大阪・なにわ・神戸ナンバーの家族連れである。家族を松阪に置いてひとり旅と洒落込んでいていいのだろうか、と胸がとがめられるが何のその。特定の公務員(ポリス)の方がお仕事を始められる8時半頃まではアクセルをビンビン回した。あとはセーブをしなくてはならないことを肝に銘じながら。

京都府から兵庫県に入る直前の“夜久野ドライブイン"に9:45頃到着。今まで休憩無しだったので目が回るような感じで椅子に腰掛けた。食欲なんて毎度のことだが無い。ポカリスエットの1リットルボトルを買う予定にしていたが暑くないので飲みそうにもないので止めた。山の様な荷物の上にポカリをくくりつけているのもお洒落だと思いこんでいる私は子供かな。アイスクリームはツーリング中には食べない。お腹の調子に影響すると一大事だから鉄則にしている。フランクフルトなどを食べている人たちをみて、よく喰う気になれるなぁと思い、自分の疲労度を認識する。海苔を巻いたオカキが家にあったので荷物の中に忍ばせてきた。一枚頬張る。これが朝飯となってまた走り出すことになった。

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'93・夏・山陰  (93.8.12~13)  [3]
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“出石蕎麦"は今回もパス。みんなで来ることにしましょうか。和田山町を過ぎて養父町から『氷ノ山(1510m)』の南側に入る県道がある。もう400番台の国道になっているかも知れないが、こいつを走ってみることにする。只の田舎・山村の合間を走る道には変わりないと言ってしまえばお仕舞だが、それぞれには趣がある。七夕の笹を流した跡のある小川。子供達が網を持って魚採りに走り回る姿。お盆の用意で忙しそうな田舎のでっかい家。盆踊りやお祭のぼんぼりが連なる街並み。そんな風景を眺めながら、のんびりと走っていく。この先が『若杉峠(705m)』で、なかなか良い道であった。制限速度の表示はなく法定で定める速度(60Km/h)で走ってちょうど楽しい程のワインディングで全線舗装道路になっている。名前の通り杉の木が綺麗に植林された峠で、頂上付近は乗鞍を眺める安房峠みたいだった。(たくさんよく似た峠を越えるとちょっと自信もないが)きっと氷ノ山を北に見ることができたのだろうが、残念なことに気がつかなかった。

若杉峠を下るとR29である。第一印象は車が少ない。姫路市街を流れる揖保川の上流、分水嶺がこのR29にある『戸倉峠(770m)』である。ヘヤピンカーブの連続するこの峠はまたまたお薦めのひとつである。もし、日本海に出てから“山陰海岸国立公園"を通り、鳥取市に入ったら海水浴と帰省のラッシュで面白くなかっただろう、と思うとこの峠はごきげんである。

鳥取市に出るまでに郡家町と言うところでR53方面に反れた。(鳥取市街に行かずに山側を西に進む形となる)R53は岡山街道と呼ばれ、鳥取市と津山市/岡山市を結ぶ国道で、この岡山街道(R53)を少し南下し別れを告げ、佐治村から『辰巳峠(786m)』を越える。R179に出て倉吉市方面に行こうと言う魂胆である。辰巳峠を越えるといったん鳥取県から岡山県になり『人形峠(トンネル通過)』を越えてまた鳥取県に戻ってくる。

R179も車は少ない。人形峠は13:30~14:30頃の通過だと思う。全然暑くない。どこでも言えるのは、山間部は水温計も1/3程度までしか上がらず、道路に表示されている温度計は22~27℃付近が多く涼しい。関金温泉でも…と思って倉吉市街を少し通ってから大山方向にルートを取った。市街や平野部は暑い。関金温泉は共同浴場らしいところはなく、予想以上に寂れていたのでパスした。“無色無臭"の温泉にもそれほど興味が出なかった。

早く山にあがって暑さから解放されたい。そんな思いで地蔵峠(570m)を越えて“大山~蒜山スカイライン"(今は無料)に入る。中国/四国ツーリングマップにはスカイラインの表示はないが、道路標識は“大山・蒜山スカイライン"と書いている。『新小屋峠』を越えた後が“鏡ヶ成国民休暇村"でここで分岐して『鍵掛峠』に回るつもりがミスコース。蒜山高原の方に降りてしまった。蒜山高原の牛達が牛舎に整列して戻っていく様子をみて、そんな時間であることに気がついた。川上村から内海峠を越えてまたスカイラインに急いで戻った。

このスカイラインは、八ヶ岳の鉢巻道路と同じ感じで、大山の中腹をクネクネしながら一週する。見る方向を変えると大山という山はすっかり姿が違う。鍵掛峠から眺める大山(剣ヶ峰)は瓦礫の崖が切り立ち、沢が幾つも道路を横切っている道路から山を見上げると木が無いようにも見えるが、裾野方向には樹海が広がっている。スカイラインは標高800~900mを走っている。そしてここまで登ってくるのは一本のまっすぐの道路(地図を見れば分かってもらえよう)で、左右には牧場やブナ林が広がる。鍵掛峠に登っていく直登道路でのこと。エンジン快調と思いきやバックミラーに煙が見えた。嫌なものをみちゃったな。急に落ち込んできた。心理の起伏が激しいのが私の特徴であるが、バイクを止めてゲージを見ても『L』に達していない。(錯覚だったのだが)ああ、明日帰るしかないのか…。

大山スキー場の方まで行ってみると日本海が綺麗だ。境港市の方まで美保湾がくっきり見えた。山の裾野が大きいのもよく分かる。そんな景色も実はそれほどゆっくりと楽しむ訳でもなく、あちらこちらを下見した挙げ句どこのキャンプ場も同じほどの混み具合の様なので『桝水高原キャンプ場』に決定した。17:00頃到着。\400なり。

近くのお土産物屋さんでビールを買いだし(@450×3=\1350/1500cc)テントから半分顔を出して飲んだ。つまみは缶詰を用意していた。海苔卷きオカキと缶詰とビールの夕食を取りながら一日のルートを振り返る。バーナーを持っていないことを後悔し、冷たい水が無限にあるこういう場所にはウイスキーの方が向いていると思い、少しずつ暗くなっていく空を流れる雲を見て目が回るような錯覚を覚え、走行メモを書き出すこともしないで、眠りに落ちて行った。近くのテントでは家族連れの“夕げ"の歓声が聞こえる。薪がパチパチと音を立てているのが妙に心地よい。足腰が解放されて、頭の中が空っぽになっている瞬間である。流れ星は、薄雲が出て見えなかったのではないだろうか。私はすっかり眠ってしまっていた。

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'93・夏・山陰  (93.8.12~13)  [4-1]
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次の朝(8/13)は5:00に目が覚め、静かにテントをたたみ、6:00にキャンプ場を出た。大山は霧で剣ヶ峰の頂上は見えない。こんな早い時間なのに散歩をしている人の姿も多い。すがすがしい空気で冷んやりとしているが、不思議にも寒くはない。道路脇の地肌の見えた空き地にテントを張っている家族連れも居る。秋に…と思ったが、信州の様に人で溢れるのだろうな。実際、昨日通過した蒜山の牧場付近は、どこかでみた様な人混みだった。このスカイラインを走って気がつくのは、道端で比較的よく見かける湧き水である。1リットルのボトルを用意すれば良かったな、ポカリの粉末は買ってあったのだから今一歩が足りなかったようだ。豪円山から米子方面に一気に下った。耳がツンとする。米子市内に入ったところでパラリパラリと雨粒が落ちてきたがすぐに止んだ。R9のバイパスができていて米子市内を遠くに見て西に走った。市内の工場群が煙を立ち登らせている。製紙工場かな。昔学んだことは記憶の彼方だ。天気はどんよりと曇っている。夏の暑さが増す日の朝はこんなものよと思って安心をしている。安来市から広瀬町を通り仁多町に入る道路からは天気が良好なれば大山がくっきり見えるはずであろうが、残念ながら雲の中である。

しかし、6:00~7:00頃はどこを走っても嬉しくなってしまう。安来市の市街にしても名もない街の商店街にしても「しん」としているようで、また、じっと耳を潜めていると声が聞こえてくるような気がするのである。旧街道の家並みが残っているところが他にも幾つも在った。こういう場所は早朝とか夕暮れとかに歩いてみるのが一番いい。街を抜けると山間にまた入っていくことになる。田舎風景はまた絶品である。家の軒先で何を燃やしているのか煙が立ち登る。風のない山並を煙が漂う。幾箇所もそういう風景を見ながらルートをR432に移し、仁多町・出雲横田方面に向かって快適に飛ばす。ここを反対方向に松江に向けて走ると小泉八雲で有名な八雲町を通って松江市へ出る。出雲市にも一時間程度ではなかろうか。残念だが、天気の都合やお盆の用事で引き返さねばならない。山陰はまだ序の口なのにほんとに残念だ。

“横田"という道案内をあてにして次の目的地“亀嵩"に急ぐ。亀嵩という在所が近づくと案内板がポツポツと出している。松本清張さんは偉大な人なんだ、特にこの街にとっては。街に入って少し走ったら『砂の器・記念碑』と言うのを見つけた。関心のない人にとっては普通の映画に出てくるロケ地であるにもかかわらず、今でもこの地を訪ねてくる人が後を絶たないそうだ。ハンセン氏病の父親とその息子とが別れるシーンが甦ってくる。実際のロケ地の駅は出雲横田駅であるが、亀嵩駅に行ってみたい。

朝っぱらからやっていないだろうと思っていたら、『亀嵩駅』の駅長さんが蕎麦屋さんで、“営業中"であった。始発から営業しているのかは、聞き逃してしまった。先客が一人居たのには正直言って驚いた。こんな所まで訪ねてくるバカな奴は私くらいだと思っていたのに、これが居るそうだ、お店の方の話によると。NHKの連続ドラマのテーマ音楽が奥の部屋から流れてくるのが聞こえる。8:00前後の様だ。走っているときに自然に口ずさんでしまうメロディーがあったのだがなんて言う歌なのかとずっと思い続けていたのがこのテーマ曲であったのか。思わぬ所で思わぬ解決となった。列車を待つ高校生風の女の子が、店と続きの駅の待合い室のベンチで本を読んでいるのが見える。蕎麦定食を頼んだ。蕎麦とご飯、冷や奴、キュウリとミョウガのあえ物、煮魚ひと切れ、ピーマンの炒めたもの一口ほどのの内容で\700である。朝食は取るつもりもなかったのにモリモリ食べてしまった。蕎麦つゆが薄味で醤油臭くないから“塩味かな"と思ってひとすすりして気がついた。先に運ばれてきたのは“蕎麦湯"ではなく“つゆ"であった。ひとくち食べて気がついて良かった。つゆをかけて再びいただいた。蕎麦は太い麺あり細いのありでとてもアバウトで、いかにも手打ちである。鰹節とネギしかかけてないさっぱりしたものであるが旨い。『出雲蕎麦』と言うらしい。展示館のように写真やサイン、新聞の切り抜きなどが壁に張り付けてある。松本清張、野村芳太郎、橋本忍、緒方拳、加藤剛…と一緒に撮った写真が貼ってある。出雲横田駅の(映画では亀嵩駅の)ロケ以外の場所も行ってみたかったな。私が食べ終わった頃、また一人カメラを持った同年代風の男性が現れ写真をパチパチとやり始めた。少し話をして“鬼の舌震"と言う名勝を教わって別れた。

亀嵩駅

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'93・夏・山陰  (93.8.12~13)  [4-2]
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“鬼の舌震(したぶるい)"は花崗岩でできた石が、ツルツルに侵食していて、全国でも珍しいと言うことだったのであるが、汗をかいて遊歩道を回って損をした。紅葉は綺麗だろうと想像するが、渓谷の奇岩などにはそれほど関心を持てなかった。やれやれ。この時にはすでにもう中国自動車道路を走って帰るつもりにしていた。天気は下り坂で夕方には雨になり、雨は明日も一日続くとうちのんが電話で教えてくれた。早く中国道に!とR314を急いだ。R314は、出雲市の近くから中国道・東城インタまでの道で、東城インタからはR182に変わって広島県・福山へと続いている。

R314の途中にJRのスイッチバック(全国に3ヶ所)で有名な出雲板根駅や“延命水"などと言う看板があり、車が止まっていた。また『奥出雲おろちループ橋』という二回転しながら登る日本一のループ橋があった。1992.4に完成した物らしい。壮大な景色は、言うまでもなくほとんど見ないで過ぎ去った。高いところは嫌だ!ただ、名前の由来は単純で、神話“八岐大蛇伝説(ヤマタノオロチデンセツ)"はここを舞台としている。ここの“道の駅"予定地で言葉を交わした人がいた。DT200WRに乗る彼はGPZ900を売り飛ばして独身最後のツーリングだそうだ。4ストにすれば良かったと言っていた。納得。

東城迄の間で一度、ミスコースをして時間をくった。R314は、と言うより300番を越える国道はミスコースに要注意と言うことか。集中力が無くなっているのか。

12時迄には高速に乗りたいと思って東城までたどりついたら、少しケチって新見まで地道を走って行く欲が出た。新見インターに入る前にポツポツと雨が来たかな、と思ったらザーッと降り始めて来た。料金所の近くのGSで屋根を借りてカッパを着て高速に乗った。12:30。大阪まで約250Kmあるがどこまで降っているのだろうか。山間部だけの通り雨てな訳には行かないものか。

何分走ったのか(約2.0h)、加西SA(だと思う)の少し前で雨があがった。カッパを脱いだらまたパラパラと来たので大急ぎでバイクに跨り全速全開。途中で見かけた検挙中のポリスから少しでも離れるように飛ばした。もちろんバックミラーには十分に注意して。ほとんどスピードメーターの9割程の速度で走ったおかげで燃費は最悪、いつもの2/3程度の様子が燃料計を見ても分かった。楽しかったんだし、まあいいか。大阪の街が近づいたら生暖かい風が現実感を運んでくる。エキスポランドの観覧車を見上げながら近畿自動車道路(中央縦貫)に入り西名阪国道へ。近畿道は大阪を北から南まで走って\400とお得でだ。西名阪も\250+\250で松原から天理まで行ける。後は一般国道で、ポリスに気をつけて走ればOKだ。

吹田に15:00頃。伊賀上野に16:30頃。時雨始めた空模様の下、伊賀上野から長野峠を越え津市に出るところなんぞ、往路・復路で同じ道を選ばない心理が残っていたのか。狭い峠道をスリップを気にしながらわが家にたどりついたのは18:00頃だったと思う。終始口ずさんでいた歌で印象的だったのは、ヘイジュード/ええにょぼのテーマ曲/雨の猫柳(替え歌)であった。

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  あとがき
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かなり余計なことを書いています。思ったこと、見たことを思い出せる範囲で書いたのですが、帰ってきてからでは限界があります。

やはり旅は、その瞬間が大切であると思います。

消えて行ってしまうはかない思いもあってこそ、また旅に出ようと思います。

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 データ
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松阪                 0Km/0Km
川原町  14.0L \1846 336Km/336Km  (24.0Km/L)
東城インタ付近  14.0L \1900 355Km/691Km (25.4Km/L)
松阪                          69Km/760Km
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全走行距離 760Km
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* 意外と距離は短かったな。        
* ガス代、高いな->税込みで@130ーを越えている!
* 会社のカードで@116ーだからな。

ビール      \1350
キャンプ場    \400
蕎麦定食(亀嵩駅)  \700
子供へのお土産  \350
中国自動車道   \3850
近畿自動車道   \300
西名阪国道    \250
西名阪国道    \250
--------------------------------------------   
合計       \7450

* 近畿道は全線を走ればお得で便利。        
* 雨の中国道はお薦めできません。カーブ多し。        
* 『蕎麦定食』賞味されたし。

湯豆腐ツーリング('93.11.3)[拾遺篇]

湯豆腐ツーリング('93.11.3)[拾遺篇]

昔に湯豆腐を喰いに行ったレポートがありますので、発掘してきました。

何故かって…、先日、11/25にまた同じ店に行ってきました。
今度は、ネット友だちのカメラマンさんとばったり会って…
その時の様子は別途として、拾遺篇を少し、長いですが…。

---<*>---<*>---京都・湯豆腐ツーリング('93.11.3)---<*>---<*>---

11/3。

夜明け前に外に出てみた。星はひとつもなく空はぶ厚い雲に覆われている。街の明かりを少し反射してか、夜明け前の光を感じてか、今にも手が届きそうな高さで雲がどんよりして動かないのがわかる。新聞屋さんが配達に回るバイクの音が遠くから聞こえてくる。それ以外は静かである。

向かいの家の玄関に明かりがともっているので早朝からゴルフかなと思っていたら、自動車の音がしてそそくさと行ってしまった。「車の音で目が覚めた」とぼやきながら起きてきたよめはんは言いたいことだけ言って又寝に行った。わが家のよめはんは天性の朝寝坊の様である。

何はともあれ、冬物のシャツとセータ、ジャケット、その上にウインドブレーカを着て出発した。関ドライブインに8:00に集合である。家を出てガスが50km分程しかないのを気にしながらスーパー農道を飛ばした。


途中でガスを補給し関ドライブインに着いたのは8:00に5分前だった。関ドライブインは8:00開店でそれ以前に使用するには要注意だ。Wちゃんは20分も待ったと言っていたがバスの待会所で待たせて申し訳ないことをしてしまった。

いつものように名阪国道を飛ばした。車は休みとあってか幾分多い。伊賀上野市内で降りて御斉峠を目指した。伊賀上野は盆地で周囲を山に囲まれている。その山々は霧の中であった。御斉峠に行く道もいつもなら市内からよく見える。山に斜めに登っていく様子が筋になって見え、行ってみたいという気にさせてくれるが今日は霧の中であった。残念。

紅葉が始まっている峠道を快適に飛ばした。対向車もなく寂しい峠であった。

<御斉峠>織田信長が明智光秀に本能寺で討たれた時、豊臣秀吉は備中高松城を水責めにしていた。ちょうどその時、堺見物に出かけていた徳川家康は伊賀忍者(服部半蔵の一族と言われるが?)に先導を受けてこの御斉峠を越えたと云う。見るも無惨な格好で這うように尾張へと急いだと云う。時は1582年であった。

峠には、『切り通し多羅尾寒風押し通る』(山口誓子)の句碑がある。冬に来ると、本当に寒い。

霧中に市街は霞んで上野城郭跡の姿さえ見えない。恐らく戦国に時代もそうは変わらぬ景色であったのではないだろうか。亀岡城から大堰川沿いを抜けた明智光秀は、(これから行く)嵐山の水田の中を未明にドボドボと渡り本能寺に向かったのだろう。時代をワープしてしまってその頃の情景も連想していると、霧の中の伊賀盆地は戦国の世の姿と変わりはなかった。

信楽の街を抜けて京都・宇治に出た。宇治橋の端にある通園という茶団子屋でお茶とした。抹茶+茶団子で\480。宇治川の水量はちっぽけな川の割に多く流れも速い。釣人が点々と、ほどよい秋の風情を楽しんでいるように見える。ここでウインドブレーカーを脱いだ。

※ 『通園』:茶団子が旨い。
※ 『宇治川』:琵琶湖から大阪湾に流れる川。

次に嵐山を目指した。嵐山は人・人・人であった。まだピークの人出ではないがまずまずの賑わいか。湯豆腐屋を探して歩いた。『西山艸堂』を捜し当て時間を聞いたら11:30開店直後で14:00まで待たなくてはならないと言う。

※ 『西山艸堂』:にしやま・そうどうと読む。

天竜寺から大堰川に出る道の途中にある『嵯峨野』という店で食べることにした。\3000、10品。味については述べるほどグルメではないので控える。『森嘉』の豆腐を使っている。

※ 『森嘉』:嵐山の豆腐の老舗。

朝から長蛇の列で買ったばかりはまだ暖かい。庭を通り抜けて座敷にあがって、男二人の食事は甚だ寂しいものであった。女連れで来る時はここを利用するといいだろうな。Wちゃんを嵐山の奥の方を案内しようかと思ったが人が多くてやめた。私の好きな『祗王寺』にもぜひ連れて行きたい気もしたが押しつけも良くないし…と思ってよしたのが中途半端でまた良くなかったかな。

『大覚寺門前』~(時代劇のロケが多い)『広沢の池』~宇多野~『御室・仁和寺門前』を通り『龍安寺』に行った。昔にも客人を案内してここに行った。(と帰ってからよめはんが補足した)庭を鑑賞する。龍安寺は、穴場かも知れない。よその観光ガイドの人の案内を並んで聞いてうなずく。

さあ、帰りましょうか、と言い出したのは14:30頃だったか。

京都市内を北から東に走り抜け山科を通り、大津市からは信楽方面にそれて狭い道に入った観光バスの“うすのろ"ぶりに悩まされたりもしたが、信楽鉄道の慰霊塔の脇を通り拓殖の方に出るルートを走った。

名阪・関インターでWちゃんと別れて帰途に着いた。16:50。暖かい一日だったが夕方にはまた朝の寒さが戻ってきていた。雲ひとつない夕焼けが鈴鹿山脈から経ヶ峰あたりを赤く染めている。東に走るWちゃんはこの夕焼けを背にして名古屋に向かって走るので、ちょっと申し訳ないことをしたかなとまたまた恐縮してスーパー農道を飛ばした。

帰宅時間17:55。
全走行距離:推定310Km

諸費用:
茶団子+抹茶\480
湯豆腐セット\3000
龍安寺\400

JRのCMみたいなところ?
そりゃあ、例えば、湯豆腐屋さんの前にとめたバイクの姿だって、垣根を掃除するおばさんだって『絵』になります。

PS:湯豆腐の値段は少しあがって、今年は\3,500でした。

※この発掘レポートは、2000年ころのものでしょう。
湯豆腐の価格は、2008年のものは不明ですが、4000円以上5000円未満かと思います。

あれ以後、全国から見た京都熱は燃え上がりつつあり、人の集るところには尚一層の人の波が押し寄せるという大バカ国民体質を露呈していますが、美味い物は美味いので、もしお越しの節はどうぞ。

2008年8月20日 (水曜日)

もうすぐ車検です

10年目を向かえます。
今までのバイクと比べると走った距離が少ないな。

初めて出かけたところは何処だったかなと思い、日記を繰ってみたら、10月初旬に山陰へ行っていました。

アンソロジーに追加しておきました。

一時は、バイクもやめようかな、と思いましたが、車検をすればもう2年乗れるし、思いとどまりました。

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[油断]

1回、バイク屋さんにバイクを見せておこうと思い、昨日、伊勢まで行ったのですが、僅か40キロほどの往復なので…と思いTシャツで出かけたのが過ちだった。

めっちゃ日焼けしてしまった。
絶対に長袖を着るのですが、2、30分やから…の油断がいけなかった。

今年は特に、炎天下では全然乗っていませんでして、バイクは庭に放置状態です。

昔はこの暑さの中を何日も旅を続けたことを思うと、ジジイになりました。

浜坂YHへ(但馬海岸) 山陰 (1998年)

◆まえがき

98.10.3-4前に「ホタルイカ」を賞味できるYHということで紹介をしたのを記憶してられる読者の皆さんもあるだろう。実際にお出かけになった人があるかも知れない。美味しい料理、可愛い奥さん、気さくなご主人。上級のYHだと思います。

そこへこの日、やっと念願が叶って、行きました。一部の皆さんには「浜坂行き」を告白しながら、私が多忙で行けなかった間にそういう皆さんが行って来られてジレンマに陥っていた状態で、悔しかったけどやっと気が晴れました。(ご主人にも奥さんにも会えましたしね)


はたして、浜坂は山陰なのか…とふと思いながら、京都府の日本海沿岸区域に近いし、鳥取県にも近く、実際、「日本海新聞」という地方紙がYHにあって、山陰色が強い。閉じ込みのダイエーの広告は鳥取店を対象としているようだが、しかし、山陰と呼ぶに(個人的に)そういう雰囲気を感じることができない面もある。そんな所にあるYHです。

何も特別なものは無い。しかし、惹きつけられるものがある。もう一度行きたいという願いが心から離れないのは、YHの建物が新しいわけでもなく、周辺に興味のあるイベントや風景が溢れいるわけでもない。心のこもった料理を出してくださるご夫婦に何だかもう一度お会いしたいだけなのかも知れない。


海は立派に山陰の海です。夕日もそうでした。今、11月のカニの解禁を密かに待って、パワーを発散する準備し心ときめかせている雰囲気です。カニで賑やかになる時より、普段の着飾らないこの漁村の姿の方が、素敵なような気がしてる。でも行ってないんだから、11月に行くべきかな…なんて。


◆さて
書き始めましょう

今回、10月3日~4日にかけて、浜坂YHに泊まって、ミニ宴会?(になった)ツーリングをしてきましたので、簡単に報告します。

そうそう、今回の旅には「驚き」がひとつありました。

時々、忘れた頃に会社のアドレスにメールをよこす「ちゅん」さんが参加してくれる事になったのです。

(色付き切符をお土産にまで用意してくれて…)


彼女は、筑波に住んでいるので、まさか浜坂に行く企画には来ないだろうと思っていたら、どうやらむしょうにバイクに乗りたかったらしく(それだけでもないでしょうが)高速道路を飛ばして700キロとも800キロともわからないほど遠い所までやってきてくれるというのです。

彼女とは、京都インターで10時に待ち合わせました。私は「オ社」時代のバイク仲間・タカハシ君(♂:吉田拓郎を想像してと書いたら怒る?)をひとり誘って伊勢の地を7時過ぎに出ました。

彼女の方は、3時頃に筑波を出て、ほぼ私たちと同時刻に落ち合う場所にやって来ました。初対面の挨拶もそこそこに出発です。

◆京都から浜坂まで

私のバイクは慣らし運転中ですから法定速度を厳守するくらいの気持ちで行きたいのですが、このちゅんさんがホンマに筑波から来たのかどうか信じられないほど元気で、途中で現金振込約束を記載された色付き切符まで頂いたにもかかわらず、落ち込んでいる様子もなく、飛ばすわ~。
(土日のツーリングが終わったあくる日には大型合格の知らせも届いた。余計に傷跡は少ないだろう。)

R9をまずまずのペースで飛ばしました。(法定速度内) 

登尾峠では、ああっという間に二人の姿が見えなくなって、出石町の郊外のバイパスでも追いつけず、豊岡と出石の境目あたりの川の堤防で一服中の二人にやっとの思いで追いつきました。

登尾峠は、トンネルの工事中で、やがてこの峠も幻となるのか。このあたりでは好きな峠なんだけどな。桜が綺麗な峠です。やはり冬の雪には勝てないのか、トンネルになった方が地元も潤うのだろうか。観光収入を期待するのだろうな。

◆城崎温泉から浜坂YHまで

城崎温泉の街中は、味わい深い風景だった。7つの公共浴場があって順番にまわるといいのだろう。しかしながら、1ヶ所が300円なので現実的には、宿泊して外湯めぐりを楽しむ風情が得策だ。柳の緑が街の中を流れる大谿川の川面に垂れて、浴衣を着て歩いたらいいだろうなあ。ちょうど満月(仲秋の名月)もあと1、2日後だし…。

近くの売店の女性に訊ねてみると、最も皆さんがたくさん行きそうで露天もあると教えてくださった「鴻の湯」に入った。コウノトリが足の傷を癒したという最古の湯だ。15時開館ということで10分ほど並んで入場となった。混んでる風呂はあまり気持ち良くない。熱かったし。

城崎温泉の街中を抜けると志賀直哉ゆかりの桑の木のそばを通り、鋳物師戻峠を越えて但馬の海岸通りに出る。この峠は低くて短い峠だが、好きな峠のひとつで、走り下る時に優しさを感じる。

◆但馬漁火街道

但馬の海岸は波が高く、荒れていた。

この土曜日は、長く続いた雨があがって、やっと訪れた快晴だったし、風もなく雲もなかったので、気分が最高だった。それだけにまさかこれほど波が高いとは意外であった。

右手の海岸で波が白く砕け散るのをわき見しながら走った。そうか、もしかしたらこのあたりの海はいつもこんなに荒れているの? そんなことはないだろう。

日本海あたりに不安定な気圧団があるのかも知れない。記念写真を撮るだけの休憩もしないで、ほんの少しだけ鎧駅に寄って、浜坂YHへと急いだ。何故って、YHから見る夕焼けを逃したくなかったからである。「但馬漁火街道」というこの街道を思い思いの夢にYHに向かうのである。

◆浜坂YH

何だか、古里に帰ったような…。ちょいとオーバーかな。でも、ちょうど私たちが到着したときに地元の女子校生が遊びに来ていて、しばらく何かをしていたが、さようなら~と言って帰って行った。遊びに来ていたのだということは、そのあとで奥さんから聞いた。そういう独特の雰囲気が漂うYHである。

荷物を部屋に置いたら期待通りにまず缶ビールを一杯飲む。夕日が港の向こうの山に沈んで行くのが見える。秋の砂浜には人影もなく、なかなか味わい深い光景である。そうこうしている間に、このYHのファンの面々が次々と到着する。今夜はバイクの人ばかり。ツーリング部屋でお馴染みの顔もあったから、嬉しい。

夕飯は「お鍋」です。お鍋には海老が5匹以上入っていましたぜ。美味しいダシが出てビールも旨い。イカの刺身、あえものなど、おまけにおうどんも付けてもらって、懐石料理屋さんで食べたら3倍の価格はつくだろう。鍋の底が見えるまで食べました。誰も何も残していない。

食後は、真っ暗な水平線に並ぶイカ釣り舟や港の夜景を見おろせる裏山の公園?(城山)に連れて行ってもらって、まん丸の月も見ながら、旅の夜風に吹かれたのでした。

◆諸寄の朝市

10/4

朝市を見学に連れて行ってくださるというので、9時に諸寄港にみんなで出かけた。朝市を間近にみるのは初めてだったし、着飾っていない姿がいい。新鮮な採れたてのお魚を目の前に、その雰囲気を楽しんでいる。ご主人がいろいろと解説してくださるんです。その間にも顔見知りの地元の人たちが声を掛けてこられるのに応えたりしている。この人柄があの夕食につながっているんだなと感心したのでした。

◆帰りは若狭湾から朽木、琵琶湖大橋

雲行きが怪しい所もあったし、強風で倒れそうになった所もありましたが、雨にも遭わず、特別な渋滞のも遭わずに琵琶湖大橋を夕刻に渡り、ちゅんさんを筑波方面に見送りました。

◆あとがき

京都大阪からは手ごろな距離で楽しめるYHです。最近はライダーの人も増えつつあるようで、私も貢献してるのかな。

11月になったら蟹も解禁になりますから、グルメな皆さんにはちょっとメモしておかねばならない所かも。高速道路を使えば、東海地方の東部とか信州方面から、または四国方面からでも行けるかも知れませんね。筑波から来た人もいるんだから。

2008年8月18日 (月曜日)

暑さ。もう少し続きます。

 立秋が過ぎてもなお、クマゼミは早朝から激しく鳴き立てています。休日の早朝にゆっくりとコーヒーでも味わいながら読書でも…と企てたのですが、ものの見事に愉しみは打ち崩され、じりじりと蒸し暑さを呼び込むセミの喧しさにちょっと閉口気味となってしまいました。(怒りと苛立ちかも)

 閑さや岩にしみ入蝉の声。松尾芭蕉が立石寺の境内から下界を眺めて詠んだであろう一句を連想してみても、こんな暑さのなかでは、芭蕉さんのような悠長で広い心の持ち主には到底なれません。(「昔はこんなに暑くなかったのに…」とひとりごちておりました)

 蝉採りや魚釣りをして過ごした子どものころ、お盆が近づいて夏休みの終わりがあと半月ほどに迫ってくると、子供心に切迫感や寂寥感を抱きながらお盆を迎えたものでした。

 オリンピックのニュースを見ながら思っていたのですが(なかには東京五輪を回想された方もありましょう)、今の子どもたちの暮らしのなかには、生まれたときからテレビに色が着いており、個人で携帯する電話があり、いつも冷蔵庫には氷ができている。どの部屋にも冷房があり、食材はプラスティック製品で綺麗に包装されている。

 「昔は…」と口癖のように形容する夏も、やがて歴史のひとつの事象になってゆくときが来る。ひとつの文化を持つ時代が過ぎ去って、新しい時代と入れ替わるときには、多かれ少なかれ歪や損失、衝突を伴いながら、古いものが消失してゆく。

 そんな幾節にも連なる歴史を飛び越えて喧しく鳴き続けるセミの声は、300年前に芭蕉が唱えた「不易」を象徴するかのように、今でも同じ声で鳴き続けているのだと思うと、憎くらしさも半減といったところでしょうか。

 暑さ。もう少し続きます。

*

 長いメールマガジンになってしまいました。既に1万3千字を超えてしまいました。そこで、何かを誰かに簡単に説明するには果たして何文字くらいがいいのだろうかと考えると、たとえば新聞の投書欄のように500字から800字程度が適切でしょうか。無駄を省き、短い言葉で正確に伝え、読者を惹きつけるのは難しい。いつもながら、ここまで読んでくださっている読者の方には感謝します。


 さて、最近ちょっと気になるモノがひとつあります。それは新聞の「折込チラシ」です。ものスゴイ量の広告が毎日我が家に持ち込まれ、資源ゴミの日に纏めて排出されてゆきます。

 インターネットが普及して携帯電話などから手軽に消費者情報が得られる時代になりつつあり、根強く紙ベースで配布されてくるチラシも(もしかしたら新聞も)、やがて消えてしまう日が来るのでしょうか。


 立秋が過ぎてまだまだ暑い…と巻頭で書いたものの、深夜や早朝にふっと涼風を感じることもあります。私事ですが…寝室のエアコンが壊れて扇風機で過ごしておりまして、正直言って早く夏が終わって欲しいです。

2008年8月17日 (日曜日)

京都日記 (8月篇)

久々の京都日記です。

8月16日。


■ 送り火の消え行く空にかごむ月

昨日は、大文字の送り火でした。
京都別邸からは2箇所が見えるのですが、東山の「大」がおよそ消えかけるころに嵯峨の「鳥居」に火がつきます。

夕方に少し纏まった雨が降りまして、涼しくなったのですが雲が少し残りました。

明日は満月やのに…と残念そうにする娘と一緒に間近に迫る鳥居を眺め、月を見上げます。

雲は秋のそれに変化しつつあります。

今度の満月は仲秋やで、と言うので、少し驚きながら、嵐山のすぐ上に霞むように居た月をこれっぽちも褒めない私はやはり冬の月が好きなんだと感じました。

2008年8月15日 (金曜日)

遠くからあなたの笑顔を見つめてる

[笑顔]

いいですね。
その子はとても素敵な笑顔だった。

遠くからあなたの笑顔を見つめてる  ねこ

[おかわり]

飲みすぎちゃ、身体に悪いから、
といいながら、
もう一杯分だけ氷を割ってくれる人がいる。

おかわりを咎めながらも氷割り ねこ

ダメなのに、えくぼが動くそのあとで ねこ

[墓参り]

夏さりてほおずきゆれし墓参り  ねこ

こんな余韻が好きです。
明日は、お墓参りをして、そのあと、大文字。

2008年8月13日 (水曜日)

たなばたを思い出したわ今ごろに

◆ たなばたを思い出したわ今ごろに

いいえ、何もいい思い出があるわけでもないのですが、浴衣のキミの下駄の音を思ったのです。
もう、2、3回、月が満ちてくれれば、秋ですね。
待ち遠しい。


◆ ねぶりたいアイスのふたのこびりつき
子どものころに、行儀が悪いからやめなさいと叱られたけど、大人になっても舐っている。
まっとうな理屈があって、ふたのこびり付きが一番美味い成分が集中しているのだと確信している。

2008年8月11日 (月曜日)

にらめっこあなたも私も不良品

◆夕立が来そうで来ない不良品
言葉の遊びですが、なんだか不良品という言葉が可愛くて。

◆にらめっこあなたも私も不良品
身の回りは不良品で溢れている。

◆好きだよといえない私は不良品
まあ、そんなころもありました。

伊豆の踊子 川端康成

伊豆の踊子 川端康成



「美しい」とはこんな作品を読み終わったときに使うのが相応しい。

「道がつづら折りになって、いよいよ天城峠に近づいたと思うころ、雨足が杉の密林を白く染めながら、すさまじい早さで麓から私を追って来た。」

有名な冒頭です。

作者はそれまでに無数の情景を思い浮かべ、考えに考え抜いてこの一行を書き始めたのではないか、と思うのですが、いいえ、天才川端康成のことだからスラスラと、なのでしょうか。

天城峠を越えて女と出会い、心が変化して、現代風で言えば青臭いドラマに過ぎないのかも知れないが、時代背景にマッチした作者の純粋で若々しい感性が、このような歴史的作品を作り上げることになった。

現代であれば流行作品(ベストセラーで、ハイおしまい)的な面もあるのだろう。しかし、素晴らしく流れるような「美しい」文章と、登場人物の透明で「美しい」心が読者を惹きつけ、後世にも受け継がれてきたのでしょう。

何歳のときに読んでも、いや、何歳になって読もうとも若き時代へと、感動と共に私たち読者をいざなってくれる。


| 2008-08-11 13:57 | 読書系セレクション |

2008年8月 5日 (火曜日)

ずぶ濡れの背中に好きと書いてみる

ある日あるとき
あなたと待ち合わせるの。

待っても待ってもあなたは来ない。
仕方がないか。
先に行こう。

そう思って歩き出したら夕立がやってきた。

30分以上も遅れてきて
かくれんぼのようにそっと私に近寄って
ずぶ濡れで踏んだり蹴ったりの私に

「悪いなー、濡れたでしょ」

「なんて冷たい言葉だよ」

「あれ、背中に何かついてるよ、ちょっと向こう向いてみて」


◆ ずぶ濡れの背中に好きと書いてみる  ねこ

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