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2008年8月24日 (日曜日)

'93・夏・山陰 (93.8.12~13)

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'93・夏・山陰  (93.8.12~13)  [1]
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旅そのものは自分の持つ夢の実現状態であるのに対し、旅日記(ツーレポ)は、予定・反省・強烈な感激・ダイジェストなどの思いを集中させて書く、言わば夢を実現させた感激や余韻の集大成と言うことになる。今回の旅も予定の段階で結構楽しんだ。そして、出発間際まで心理が安定しなかったこともあって旅そのものよりそれ以外の日記が増えてしまうだろう。自己陶酔とも言えるかな、と苦笑いで旅日記(ツーレポ)を書き始めた。

去年('92)の四国であれ程まで台風に散々な思いをさせられても、生きて帰ってきているから結果オーライである。今年も台風来襲で至る所が荒されたのは許せないが、私は台風敏感恐怖症になってしまっているので出発の決断をなかなかできないでいる。私の大事な夏休みを奪ったのもこの台風で、私はメッチャ腹を立てている。そうは言いながらも現金なもので、台風第○号だったかを記憶しておらず過ぎ去ったらケロリの状態でもある。旅立たずには居られないのでどこかに行こうと決意をするものの、実は決意だけが独り歩きをし、行き先が決まっていない。これも近年の特徴で、うちのんが「歳を取ってよけいに優柔不断になったわ、昔やったら行き先も早う決まったし、雨が降りそうでも辛気くそうない、ウジウジしてぇへんかったもんなぁ」と言う。なるほど、そう言われても仕方がない。辛気(シンキ)くさいと言うのは京都弁でもなさそうだが、とてもぴったしの表現だなと思う。行きたい所は幾つも考えたが、目的地に到達までの距離が遠いとか、今ひとつ興味に欠けるとかいう理由をつけて、天候が不順だと言うのも追い討ちをかけて8/6-8/10はゴロゴロと過ごした。“時間は金では買えない"のがサラリーマンであるにもかかわらずこんな贅沢していいのか。…と言うことで台風が関西地方に影響のない場所に行ってくれたのは8/10の深夜であった。

ここ数日朝は4:00頃には目が覚めて外を散歩する習慣が付いてしまった。晴れれば荷物を積んで飛び出そうと言う思いの表れか。8/11は、日の出時刻(5時を数分回った頃)には雲はなく、やっと晴れ間が見えた。しかし、この日はドラ娘をアトピーの病院に連れて行くのでダメ。バイクの調子を乗って確かめるのがやっとであった。そして8/12に旅立つことができる見通しがついてきた。うちのんも私に同情をしてくれて、「行ってき!」と言ってくれる。「16日までええか?」と聞くと、「仕方ないわな、でもまた天気悪いらしいえ」と切り返された。どこに行こうか、悩んだあげく、当初、考えていた東北は無理だと判断した。そしたら近くで龍神温泉(和歌山)でも・・・能登半島も…。と浮気をしようとしたが何となく気持ちが許さなかった。「又いつか行けるから龍神温泉は今度にし、山陰に行くことにした」とうちのんに言って行き先を明かしたのは出発の朝のことである。「気が変わるとあかんから、京都(実家)には寄らんで」とも言っているのを振り返ると出発時にもまだ本当に山陰へ行く決心をしていないようだ。

山陰に行きたいと言う気持ちは昔からあったのにもかかわらず、近く(京都)に居ると存外行かないもので、今考えてみると行っておけば良かったなと後悔気味に思い続けている所がある。『砂の器』で登場する『島根県・仁多郡・仁多町・亀嵩』である。そうは言うもののやはり遠い。1~2泊で行くには少し強行軍になるか、高速道路を使用せざるを得ないか。2泊3日で行ってくることにしようか…。イライラが積もっていた反動も手伝ってエイヤ!で出発してしまうことになる。さて、いよいよ本題となります。

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'93・夏・山陰  (93.8.12~13)  [2]
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松阪駅前の“メグロ整備"のオヤジさんが、煙の出るGSX-Fのマフラーに指を突込んで「エンジンオイルが上がってきているかも知れんが、フロートバルブを交換したのであれば、この前にかぶった時のガスがみんな燃えるまでは煙は出る。2000~3000Kmは走らなあかん」と、なんとも説得力のある言葉である。「大丈夫やろ、オイルのゲージ(窓)を時々減ってないかよう見なぁあかん」旅に行けるかどうかを聞いたらそう言ってくれた。安堵感と期待感で8/12(木)の朝を迎えることができた。

4:00に目が覚めた。まだ暗い。天気は晴れ。ガス満タンである。GSX-Fを道まで出しテント、マット、シュラフをくくりつける。その上からリュック(デイパック)を乗せて縛り付けた。いつものスタイルである。雨対策のビニールカバーは100%不要と判断してタンクバックに仕舞い込んだ。5:05エンジンをかける。右のマフラーから煙が出ていても昨日のオヤジの言葉で安心している。暖気運転中は特に多い。「山陰に行くことにした、気が変わるとあかんから、京都(実家)には寄らんで」

山陰地方に入るコースについては、吟味に吟味を重ねた結果、伊賀上野~(R163)~木津~(R24)~京都~亀岡~(R9)~福知山、と言うルートにした。候補にあげたのは、他に 
(1)西名阪国道~近畿道(大阪中央縦貫)~中国自動車道路 
(2)鈴鹿峠越え~(R1)~名神高速道路・栗東~中国自動車道路 
(3)和歌山港~徳島港~四国横断~(瀬戸内海)~福山~などを考えたが、復路で高速利用の可能性があるため費用の面も考慮して8時までに京都市内を抜けられるように早朝5:10に出発する運びとなった。

風がひんやりと肌に冷たい。長袖のジャケットの下はポロシャツと下着なのに、じわっと寒さがしみてくる。空には雲はほとんど無いが、まだ青さを増してこない。“日の出のあの赤い色で空を焼いてからでないと青くならないとは洒落てますな"なんて思っていると、松阪郊外のインター付近で伊勢湾に登った太陽が街中を真っ赤にしている風景に出会った。海は光らない。しかし街が赤く光って輝いている。伊勢湾の向こうには知多半島が霞んで見える。しかし、止まって朝焼けを眺める余裕はない。この時間は車も少ないため、できる限り急いで、京都に何時に着けるかが勝負である。通勤時間帯には市内を抜けていたい。

お盆のラッシュも手伝って京都市が近くなると車が多いようだ。長岡京市を回って亀岡入りをしようと考えたがやはり渋滞に悩まされた。亀岡、7:30頃通過。普段なら3.5hは必要だから、1.0h短縮かな。平均時速60Km/h。

国道9号線は鳥取方面に行く幹線道路だ。大阪・京都方面に出てきている人たちは、ほとんどこの道を通って帰省する。混雑は仕方ないか。福知山市付近まで車は多い。京都・滋賀・大阪・なにわ・神戸ナンバーの家族連れである。家族を松阪に置いてひとり旅と洒落込んでいていいのだろうか、と胸がとがめられるが何のその。特定の公務員(ポリス)の方がお仕事を始められる8時半頃まではアクセルをビンビン回した。あとはセーブをしなくてはならないことを肝に銘じながら。

京都府から兵庫県に入る直前の“夜久野ドライブイン"に9:45頃到着。今まで休憩無しだったので目が回るような感じで椅子に腰掛けた。食欲なんて毎度のことだが無い。ポカリスエットの1リットルボトルを買う予定にしていたが暑くないので飲みそうにもないので止めた。山の様な荷物の上にポカリをくくりつけているのもお洒落だと思いこんでいる私は子供かな。アイスクリームはツーリング中には食べない。お腹の調子に影響すると一大事だから鉄則にしている。フランクフルトなどを食べている人たちをみて、よく喰う気になれるなぁと思い、自分の疲労度を認識する。海苔を巻いたオカキが家にあったので荷物の中に忍ばせてきた。一枚頬張る。これが朝飯となってまた走り出すことになった。

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'93・夏・山陰  (93.8.12~13)  [3]
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“出石蕎麦"は今回もパス。みんなで来ることにしましょうか。和田山町を過ぎて養父町から『氷ノ山(1510m)』の南側に入る県道がある。もう400番台の国道になっているかも知れないが、こいつを走ってみることにする。只の田舎・山村の合間を走る道には変わりないと言ってしまえばお仕舞だが、それぞれには趣がある。七夕の笹を流した跡のある小川。子供達が網を持って魚採りに走り回る姿。お盆の用意で忙しそうな田舎のでっかい家。盆踊りやお祭のぼんぼりが連なる街並み。そんな風景を眺めながら、のんびりと走っていく。この先が『若杉峠(705m)』で、なかなか良い道であった。制限速度の表示はなく法定で定める速度(60Km/h)で走ってちょうど楽しい程のワインディングで全線舗装道路になっている。名前の通り杉の木が綺麗に植林された峠で、頂上付近は乗鞍を眺める安房峠みたいだった。(たくさんよく似た峠を越えるとちょっと自信もないが)きっと氷ノ山を北に見ることができたのだろうが、残念なことに気がつかなかった。

若杉峠を下るとR29である。第一印象は車が少ない。姫路市街を流れる揖保川の上流、分水嶺がこのR29にある『戸倉峠(770m)』である。ヘヤピンカーブの連続するこの峠はまたまたお薦めのひとつである。もし、日本海に出てから“山陰海岸国立公園"を通り、鳥取市に入ったら海水浴と帰省のラッシュで面白くなかっただろう、と思うとこの峠はごきげんである。

鳥取市に出るまでに郡家町と言うところでR53方面に反れた。(鳥取市街に行かずに山側を西に進む形となる)R53は岡山街道と呼ばれ、鳥取市と津山市/岡山市を結ぶ国道で、この岡山街道(R53)を少し南下し別れを告げ、佐治村から『辰巳峠(786m)』を越える。R179に出て倉吉市方面に行こうと言う魂胆である。辰巳峠を越えるといったん鳥取県から岡山県になり『人形峠(トンネル通過)』を越えてまた鳥取県に戻ってくる。

R179も車は少ない。人形峠は13:30~14:30頃の通過だと思う。全然暑くない。どこでも言えるのは、山間部は水温計も1/3程度までしか上がらず、道路に表示されている温度計は22~27℃付近が多く涼しい。関金温泉でも…と思って倉吉市街を少し通ってから大山方向にルートを取った。市街や平野部は暑い。関金温泉は共同浴場らしいところはなく、予想以上に寂れていたのでパスした。“無色無臭"の温泉にもそれほど興味が出なかった。

早く山にあがって暑さから解放されたい。そんな思いで地蔵峠(570m)を越えて“大山~蒜山スカイライン"(今は無料)に入る。中国/四国ツーリングマップにはスカイラインの表示はないが、道路標識は“大山・蒜山スカイライン"と書いている。『新小屋峠』を越えた後が“鏡ヶ成国民休暇村"でここで分岐して『鍵掛峠』に回るつもりがミスコース。蒜山高原の方に降りてしまった。蒜山高原の牛達が牛舎に整列して戻っていく様子をみて、そんな時間であることに気がついた。川上村から内海峠を越えてまたスカイラインに急いで戻った。

このスカイラインは、八ヶ岳の鉢巻道路と同じ感じで、大山の中腹をクネクネしながら一週する。見る方向を変えると大山という山はすっかり姿が違う。鍵掛峠から眺める大山(剣ヶ峰)は瓦礫の崖が切り立ち、沢が幾つも道路を横切っている道路から山を見上げると木が無いようにも見えるが、裾野方向には樹海が広がっている。スカイラインは標高800~900mを走っている。そしてここまで登ってくるのは一本のまっすぐの道路(地図を見れば分かってもらえよう)で、左右には牧場やブナ林が広がる。鍵掛峠に登っていく直登道路でのこと。エンジン快調と思いきやバックミラーに煙が見えた。嫌なものをみちゃったな。急に落ち込んできた。心理の起伏が激しいのが私の特徴であるが、バイクを止めてゲージを見ても『L』に達していない。(錯覚だったのだが)ああ、明日帰るしかないのか…。

大山スキー場の方まで行ってみると日本海が綺麗だ。境港市の方まで美保湾がくっきり見えた。山の裾野が大きいのもよく分かる。そんな景色も実はそれほどゆっくりと楽しむ訳でもなく、あちらこちらを下見した挙げ句どこのキャンプ場も同じほどの混み具合の様なので『桝水高原キャンプ場』に決定した。17:00頃到着。\400なり。

近くのお土産物屋さんでビールを買いだし(@450×3=\1350/1500cc)テントから半分顔を出して飲んだ。つまみは缶詰を用意していた。海苔卷きオカキと缶詰とビールの夕食を取りながら一日のルートを振り返る。バーナーを持っていないことを後悔し、冷たい水が無限にあるこういう場所にはウイスキーの方が向いていると思い、少しずつ暗くなっていく空を流れる雲を見て目が回るような錯覚を覚え、走行メモを書き出すこともしないで、眠りに落ちて行った。近くのテントでは家族連れの“夕げ"の歓声が聞こえる。薪がパチパチと音を立てているのが妙に心地よい。足腰が解放されて、頭の中が空っぽになっている瞬間である。流れ星は、薄雲が出て見えなかったのではないだろうか。私はすっかり眠ってしまっていた。

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'93・夏・山陰  (93.8.12~13)  [4-1]
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次の朝(8/13)は5:00に目が覚め、静かにテントをたたみ、6:00にキャンプ場を出た。大山は霧で剣ヶ峰の頂上は見えない。こんな早い時間なのに散歩をしている人の姿も多い。すがすがしい空気で冷んやりとしているが、不思議にも寒くはない。道路脇の地肌の見えた空き地にテントを張っている家族連れも居る。秋に…と思ったが、信州の様に人で溢れるのだろうな。実際、昨日通過した蒜山の牧場付近は、どこかでみた様な人混みだった。このスカイラインを走って気がつくのは、道端で比較的よく見かける湧き水である。1リットルのボトルを用意すれば良かったな、ポカリの粉末は買ってあったのだから今一歩が足りなかったようだ。豪円山から米子方面に一気に下った。耳がツンとする。米子市内に入ったところでパラリパラリと雨粒が落ちてきたがすぐに止んだ。R9のバイパスができていて米子市内を遠くに見て西に走った。市内の工場群が煙を立ち登らせている。製紙工場かな。昔学んだことは記憶の彼方だ。天気はどんよりと曇っている。夏の暑さが増す日の朝はこんなものよと思って安心をしている。安来市から広瀬町を通り仁多町に入る道路からは天気が良好なれば大山がくっきり見えるはずであろうが、残念ながら雲の中である。

しかし、6:00~7:00頃はどこを走っても嬉しくなってしまう。安来市の市街にしても名もない街の商店街にしても「しん」としているようで、また、じっと耳を潜めていると声が聞こえてくるような気がするのである。旧街道の家並みが残っているところが他にも幾つも在った。こういう場所は早朝とか夕暮れとかに歩いてみるのが一番いい。街を抜けると山間にまた入っていくことになる。田舎風景はまた絶品である。家の軒先で何を燃やしているのか煙が立ち登る。風のない山並を煙が漂う。幾箇所もそういう風景を見ながらルートをR432に移し、仁多町・出雲横田方面に向かって快適に飛ばす。ここを反対方向に松江に向けて走ると小泉八雲で有名な八雲町を通って松江市へ出る。出雲市にも一時間程度ではなかろうか。残念だが、天気の都合やお盆の用事で引き返さねばならない。山陰はまだ序の口なのにほんとに残念だ。

“横田"という道案内をあてにして次の目的地“亀嵩"に急ぐ。亀嵩という在所が近づくと案内板がポツポツと出している。松本清張さんは偉大な人なんだ、特にこの街にとっては。街に入って少し走ったら『砂の器・記念碑』と言うのを見つけた。関心のない人にとっては普通の映画に出てくるロケ地であるにもかかわらず、今でもこの地を訪ねてくる人が後を絶たないそうだ。ハンセン氏病の父親とその息子とが別れるシーンが甦ってくる。実際のロケ地の駅は出雲横田駅であるが、亀嵩駅に行ってみたい。

朝っぱらからやっていないだろうと思っていたら、『亀嵩駅』の駅長さんが蕎麦屋さんで、“営業中"であった。始発から営業しているのかは、聞き逃してしまった。先客が一人居たのには正直言って驚いた。こんな所まで訪ねてくるバカな奴は私くらいだと思っていたのに、これが居るそうだ、お店の方の話によると。NHKの連続ドラマのテーマ音楽が奥の部屋から流れてくるのが聞こえる。8:00前後の様だ。走っているときに自然に口ずさんでしまうメロディーがあったのだがなんて言う歌なのかとずっと思い続けていたのがこのテーマ曲であったのか。思わぬ所で思わぬ解決となった。列車を待つ高校生風の女の子が、店と続きの駅の待合い室のベンチで本を読んでいるのが見える。蕎麦定食を頼んだ。蕎麦とご飯、冷や奴、キュウリとミョウガのあえ物、煮魚ひと切れ、ピーマンの炒めたもの一口ほどのの内容で\700である。朝食は取るつもりもなかったのにモリモリ食べてしまった。蕎麦つゆが薄味で醤油臭くないから“塩味かな"と思ってひとすすりして気がついた。先に運ばれてきたのは“蕎麦湯"ではなく“つゆ"であった。ひとくち食べて気がついて良かった。つゆをかけて再びいただいた。蕎麦は太い麺あり細いのありでとてもアバウトで、いかにも手打ちである。鰹節とネギしかかけてないさっぱりしたものであるが旨い。『出雲蕎麦』と言うらしい。展示館のように写真やサイン、新聞の切り抜きなどが壁に張り付けてある。松本清張、野村芳太郎、橋本忍、緒方拳、加藤剛…と一緒に撮った写真が貼ってある。出雲横田駅の(映画では亀嵩駅の)ロケ以外の場所も行ってみたかったな。私が食べ終わった頃、また一人カメラを持った同年代風の男性が現れ写真をパチパチとやり始めた。少し話をして“鬼の舌震"と言う名勝を教わって別れた。

亀嵩駅

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'93・夏・山陰  (93.8.12~13)  [4-2]
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“鬼の舌震(したぶるい)"は花崗岩でできた石が、ツルツルに侵食していて、全国でも珍しいと言うことだったのであるが、汗をかいて遊歩道を回って損をした。紅葉は綺麗だろうと想像するが、渓谷の奇岩などにはそれほど関心を持てなかった。やれやれ。この時にはすでにもう中国自動車道路を走って帰るつもりにしていた。天気は下り坂で夕方には雨になり、雨は明日も一日続くとうちのんが電話で教えてくれた。早く中国道に!とR314を急いだ。R314は、出雲市の近くから中国道・東城インタまでの道で、東城インタからはR182に変わって広島県・福山へと続いている。

R314の途中にJRのスイッチバック(全国に3ヶ所)で有名な出雲板根駅や“延命水"などと言う看板があり、車が止まっていた。また『奥出雲おろちループ橋』という二回転しながら登る日本一のループ橋があった。1992.4に完成した物らしい。壮大な景色は、言うまでもなくほとんど見ないで過ぎ去った。高いところは嫌だ!ただ、名前の由来は単純で、神話“八岐大蛇伝説(ヤマタノオロチデンセツ)"はここを舞台としている。ここの“道の駅"予定地で言葉を交わした人がいた。DT200WRに乗る彼はGPZ900を売り飛ばして独身最後のツーリングだそうだ。4ストにすれば良かったと言っていた。納得。

東城迄の間で一度、ミスコースをして時間をくった。R314は、と言うより300番を越える国道はミスコースに要注意と言うことか。集中力が無くなっているのか。

12時迄には高速に乗りたいと思って東城までたどりついたら、少しケチって新見まで地道を走って行く欲が出た。新見インターに入る前にポツポツと雨が来たかな、と思ったらザーッと降り始めて来た。料金所の近くのGSで屋根を借りてカッパを着て高速に乗った。12:30。大阪まで約250Kmあるがどこまで降っているのだろうか。山間部だけの通り雨てな訳には行かないものか。

何分走ったのか(約2.0h)、加西SA(だと思う)の少し前で雨があがった。カッパを脱いだらまたパラパラと来たので大急ぎでバイクに跨り全速全開。途中で見かけた検挙中のポリスから少しでも離れるように飛ばした。もちろんバックミラーには十分に注意して。ほとんどスピードメーターの9割程の速度で走ったおかげで燃費は最悪、いつもの2/3程度の様子が燃料計を見ても分かった。楽しかったんだし、まあいいか。大阪の街が近づいたら生暖かい風が現実感を運んでくる。エキスポランドの観覧車を見上げながら近畿自動車道路(中央縦貫)に入り西名阪国道へ。近畿道は大阪を北から南まで走って\400とお得でだ。西名阪も\250+\250で松原から天理まで行ける。後は一般国道で、ポリスに気をつけて走ればOKだ。

吹田に15:00頃。伊賀上野に16:30頃。時雨始めた空模様の下、伊賀上野から長野峠を越え津市に出るところなんぞ、往路・復路で同じ道を選ばない心理が残っていたのか。狭い峠道をスリップを気にしながらわが家にたどりついたのは18:00頃だったと思う。終始口ずさんでいた歌で印象的だったのは、ヘイジュード/ええにょぼのテーマ曲/雨の猫柳(替え歌)であった。

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  あとがき
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かなり余計なことを書いています。思ったこと、見たことを思い出せる範囲で書いたのですが、帰ってきてからでは限界があります。

やはり旅は、その瞬間が大切であると思います。

消えて行ってしまうはかない思いもあってこそ、また旅に出ようと思います。

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 データ
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松阪                 0Km/0Km
川原町  14.0L \1846 336Km/336Km  (24.0Km/L)
東城インタ付近  14.0L \1900 355Km/691Km (25.4Km/L)
松阪                          69Km/760Km
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全走行距離 760Km
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* 意外と距離は短かったな。        
* ガス代、高いな->税込みで@130ーを越えている!
* 会社のカードで@116ーだからな。

ビール      \1350
キャンプ場    \400
蕎麦定食(亀嵩駅)  \700
子供へのお土産  \350
中国自動車道   \3850
近畿自動車道   \300
西名阪国道    \250
西名阪国道    \250
--------------------------------------------   
合計       \7450

* 近畿道は全線を走ればお得で便利。        
* 雨の中国道はお薦めできません。カーブ多し。        
* 『蕎麦定食』賞味されたし。

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