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2008年8月24日 (日曜日)

湯豆腐ツーリング('93.11.3)[拾遺篇]

湯豆腐ツーリング('93.11.3)[拾遺篇]

昔に湯豆腐を喰いに行ったレポートがありますので、発掘してきました。

何故かって…、先日、11/25にまた同じ店に行ってきました。
今度は、ネット友だちのカメラマンさんとばったり会って…
その時の様子は別途として、拾遺篇を少し、長いですが…。

---<*>---<*>---京都・湯豆腐ツーリング('93.11.3)---<*>---<*>---

11/3。

夜明け前に外に出てみた。星はひとつもなく空はぶ厚い雲に覆われている。街の明かりを少し反射してか、夜明け前の光を感じてか、今にも手が届きそうな高さで雲がどんよりして動かないのがわかる。新聞屋さんが配達に回るバイクの音が遠くから聞こえてくる。それ以外は静かである。

向かいの家の玄関に明かりがともっているので早朝からゴルフかなと思っていたら、自動車の音がしてそそくさと行ってしまった。「車の音で目が覚めた」とぼやきながら起きてきたよめはんは言いたいことだけ言って又寝に行った。わが家のよめはんは天性の朝寝坊の様である。

何はともあれ、冬物のシャツとセータ、ジャケット、その上にウインドブレーカを着て出発した。関ドライブインに8:00に集合である。家を出てガスが50km分程しかないのを気にしながらスーパー農道を飛ばした。


途中でガスを補給し関ドライブインに着いたのは8:00に5分前だった。関ドライブインは8:00開店でそれ以前に使用するには要注意だ。Wちゃんは20分も待ったと言っていたがバスの待会所で待たせて申し訳ないことをしてしまった。

いつものように名阪国道を飛ばした。車は休みとあってか幾分多い。伊賀上野市内で降りて御斉峠を目指した。伊賀上野は盆地で周囲を山に囲まれている。その山々は霧の中であった。御斉峠に行く道もいつもなら市内からよく見える。山に斜めに登っていく様子が筋になって見え、行ってみたいという気にさせてくれるが今日は霧の中であった。残念。

紅葉が始まっている峠道を快適に飛ばした。対向車もなく寂しい峠であった。

<御斉峠>織田信長が明智光秀に本能寺で討たれた時、豊臣秀吉は備中高松城を水責めにしていた。ちょうどその時、堺見物に出かけていた徳川家康は伊賀忍者(服部半蔵の一族と言われるが?)に先導を受けてこの御斉峠を越えたと云う。見るも無惨な格好で這うように尾張へと急いだと云う。時は1582年であった。

峠には、『切り通し多羅尾寒風押し通る』(山口誓子)の句碑がある。冬に来ると、本当に寒い。

霧中に市街は霞んで上野城郭跡の姿さえ見えない。恐らく戦国に時代もそうは変わらぬ景色であったのではないだろうか。亀岡城から大堰川沿いを抜けた明智光秀は、(これから行く)嵐山の水田の中を未明にドボドボと渡り本能寺に向かったのだろう。時代をワープしてしまってその頃の情景も連想していると、霧の中の伊賀盆地は戦国の世の姿と変わりはなかった。

信楽の街を抜けて京都・宇治に出た。宇治橋の端にある通園という茶団子屋でお茶とした。抹茶+茶団子で\480。宇治川の水量はちっぽけな川の割に多く流れも速い。釣人が点々と、ほどよい秋の風情を楽しんでいるように見える。ここでウインドブレーカーを脱いだ。

※ 『通園』:茶団子が旨い。
※ 『宇治川』:琵琶湖から大阪湾に流れる川。

次に嵐山を目指した。嵐山は人・人・人であった。まだピークの人出ではないがまずまずの賑わいか。湯豆腐屋を探して歩いた。『西山艸堂』を捜し当て時間を聞いたら11:30開店直後で14:00まで待たなくてはならないと言う。

※ 『西山艸堂』:にしやま・そうどうと読む。

天竜寺から大堰川に出る道の途中にある『嵯峨野』という店で食べることにした。\3000、10品。味については述べるほどグルメではないので控える。『森嘉』の豆腐を使っている。

※ 『森嘉』:嵐山の豆腐の老舗。

朝から長蛇の列で買ったばかりはまだ暖かい。庭を通り抜けて座敷にあがって、男二人の食事は甚だ寂しいものであった。女連れで来る時はここを利用するといいだろうな。Wちゃんを嵐山の奥の方を案内しようかと思ったが人が多くてやめた。私の好きな『祗王寺』にもぜひ連れて行きたい気もしたが押しつけも良くないし…と思ってよしたのが中途半端でまた良くなかったかな。

『大覚寺門前』~(時代劇のロケが多い)『広沢の池』~宇多野~『御室・仁和寺門前』を通り『龍安寺』に行った。昔にも客人を案内してここに行った。(と帰ってからよめはんが補足した)庭を鑑賞する。龍安寺は、穴場かも知れない。よその観光ガイドの人の案内を並んで聞いてうなずく。

さあ、帰りましょうか、と言い出したのは14:30頃だったか。

京都市内を北から東に走り抜け山科を通り、大津市からは信楽方面にそれて狭い道に入った観光バスの“うすのろ"ぶりに悩まされたりもしたが、信楽鉄道の慰霊塔の脇を通り拓殖の方に出るルートを走った。

名阪・関インターでWちゃんと別れて帰途に着いた。16:50。暖かい一日だったが夕方にはまた朝の寒さが戻ってきていた。雲ひとつない夕焼けが鈴鹿山脈から経ヶ峰あたりを赤く染めている。東に走るWちゃんはこの夕焼けを背にして名古屋に向かって走るので、ちょっと申し訳ないことをしたかなとまたまた恐縮してスーパー農道を飛ばした。

帰宅時間17:55。
全走行距離:推定310Km

諸費用:
茶団子+抹茶\480
湯豆腐セット\3000
龍安寺\400

JRのCMみたいなところ?
そりゃあ、例えば、湯豆腐屋さんの前にとめたバイクの姿だって、垣根を掃除するおばさんだって『絵』になります。

PS:湯豆腐の値段は少しあがって、今年は\3,500でした。

※この発掘レポートは、2000年ころのものでしょう。
湯豆腐の価格は、2008年のものは不明ですが、4000円以上5000円未満かと思います。

あれ以後、全国から見た京都熱は燃え上がりつつあり、人の集るところには尚一層の人の波が押し寄せるという大バカ国民体質を露呈していますが、美味い物は美味いので、もしお越しの節はどうぞ。

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