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2008年5月 9日 (金曜日)

徳山ダムと八草峠など

徳山ダム(岐阜県)に行ってきました。
できたてのホヤホヤ。
(写真はない。)


1999年、初夏の日記と対比しながら、今日を振り返ってみることにします。
─ ・ ─ ・ ─
何げなしに峠を越えてきた。
その峠に向かって行く道路沿いにダム湖があったとしてもさほど気にせず湖岸道路をとばしたりしてきた。
しかし、今回のツーリングではちょっとセンチな旅であった。(日帰470キロ)
─ ・ ─ ・ ─

▼…と書き出しています。

─ ・ ─ ・ ─
岐阜県・徳山村。知る人も少ないだろうが、今は藤橋村に吸収されてしまった。
その理由は、やがて旧徳山村が全村ともダムに沈んでしまうからであった。
廃村の面影は余りない。
しかし、ただならぬ風が吹いているような気がする。
山が野生味を帯びているのである。
怒りのパワーにも思えるし、山々が自然に還っていく歓喜の叫びにも思えた。
風が吹くと廃屋の前の大木が揺れる。
鳥が自由に舞う。
─ ・ ─ ・ ─

▼私のこの頃の身分は、現在関わっている「地球温暖化対策」とか「環境活動」とは全く無縁だったのですが、自然に対して今と似たようなことを感じるアンテナを持っていたんだなと驚きます。

─ ・ ─ ・ ─
休日だったからだろうか。何でもない空き地でバーベキューをする家族を見かけた。
そこに予想以上に老人が多く混じっていたのは、廃村のこの地から追われた人たちが週末には帰ってきてるのだろうか。
それを想像すると胸が痛んだ。
荒れ放題の田畑がある。
それが田畑だったかさえ解らないほど荒れている。
しかし、地形的にみてもそれが自然の物でないことが解るし、畑の真ん中に自生している栗の木などは誰かが植えなければあんな所には生えていないはずだ。
─ ・ ─ ・ ─

▼あのときの風景が目に焼き付いているので、水底にあの村があったことを思い、ダム湖の岸を高速道路のような国道が通っていることを思うと、やはり、いたたまれない気持ちになる。

─ ・ ─ ・ ─
道路は黙々と冠峠[1050m]に上ってゆく。
穏やかな地形でありながら、峠方向には、冠山[1257m]や金草岳[1227m]、能郷白山[1617m]が見える。
最後の集落で、高倉峠[964m]よりは冠峠のほうが通行できる可能性が高いだろうと教えてくれたので、分岐点では冠峠方面を選んだ。
このあたりから眺める冠岳の姿が素晴らしく奇形で美しい。甲府盆地から上州へと越えたときに見た瑞牆山の姿を思い出した。
─ ・ ─ ・ ─

▼快適道路の終点に「冠山林道通行止め」と表記されている。
きょうは、そちらへ行くのは止めにしたが、正解だった。もしも走り抜けていたら家に帰り着くのは夜中になっていたはずだ。

─ ・ ─ ・ ─
峠の舗装の上に頭ほどの落石が散乱しているなか、ガードレールのない上りを少しづつかせいで行く。福井県側は、野麦峠のような感じで谷が深く眺めも良い
─ ・ ─ ・ ─

▼あの険しい峠に行けなかったのは残念だが、もう少し夏になってからでもいいなと思う。
京都では山々がコナラの新芽で黄緑に彩られているが、このあたりの山々はもう少し後かも知れない。5月の下旬ころに来ると素晴らしい景色でしょうか。


▼徳山ダムに行くまでに、揖斐川右岸の堤防道路を走った。
これは、大きな収穫だった。
また、のんびりと走りたい。
▼八草峠(トンネル)を越えて滋賀県周りで帰ってきた。
この峠も、昔の険しさは全く無い。
山間部に住む人たちは、道路が不便であれば、例えば救急医療が必要になったときのことなどを考えるだけで不安だ。
▼徳山ダムの底に沈んだ人たちは村を棄てざるを得なかった。
一方で、村を簡単に棄てるわけにゆかない人もたくさんいるはずだ。むしろそのほうが多いだろう。
▼行政は、村人がたとえ1人になったとしても、国家ができるよりも前にヒトが居たことを考えても、責任を持って村を守るのが正しい筋ではないのか。
そんなことを考えながら集落を通り過ぎた。

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