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2008年3月 7日 (金曜日)

ジンクスが風上へ誘う沈丁花

成人式にも出る暇もなく日夜机に向かい臨んだ試験であったが、残念ながら満足な感触は無いまま三月を迎えていたと思う。

駅までの歩き慣れた道路のどこかで、沈丁花の花がぷんといい匂いを放っているところがあった。進級発表の日に匂いを嗅ぐと期待が叶わないというジンクスがあるのだという話を聞いて、些か気に掛けていたものの、住宅街を歩いてこの花に遭遇しないで過ぎることは難しい。

当時は、今のように「留年」という言葉があったものの「落第」という呼び方もしっかりと使われていた。

正門を入り階段を駆け上がり教養棟の進級発表の掲示板を見たときに自分の名前が(というか番号だったはずだが)無かったときには、多かれ少なかれ予想はしていたものの、足が震えるような感覚と目の前が渦巻くような衝撃を受けた。

まあ、落第というお仕置きを食らったのだが、学友は二倍に増えたし、肩の力も抜けた。思い切り古本屋通いもさせてもらったことだし。そう思うとそこで吹っ切れて、卒業までの後半戦は、結構自分でもアッパレなほどに専門過程に打ち込んだものだ。

1970年代。
学生は、今の若者のように豊かで満足に満ちた暮らしをしてはおらず、勉強にも生活にも不満があった。送り出す方の家庭にもそんなに生活に余裕があったわけではない。「勉強をやりたくて進学した」大学であったが、ウッカリしていると「無理に勉強する必要も無いし遊びに大学に行くくらいなら早く就職しろ」という父の苦言が飛んだ。(実は今でも)寝言に魘されるほどであったのだが、それを押し切って東京にしがみついた。

--

その二年前、下宿を決めたあとで文学部のS君と昼間からビールを買って穴八幡付近を彷徨いながら合格の乾杯をしたのを思い出す。

S君は、仙台で四年浪人をして、七年ほどかかって卒業していった同僚だ。そういう青春もあったのだな、俺たち。

沈丁花の花が咲く季節になると、あの頃、愛用の下駄を引っ張り出して颯爽と街へ出かけるときの清々しさを思い出す。恋人なんてぜーんぜん欲しくなかったなー。青春は輝かしいもので、夢は儚きもの、です。

穴八幡

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