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2008年3月 9日 (日曜日)

ゆびきりの指が落ちてる春の空 坪内稔典

真っ青に澄み渡ることもない空を見上げていると、隣家の屋根の蔭から素早い動きの鳥が現れて窓の前を横切っていった。暖かい陽射しが差し込むものの、真冬のように部屋の奥まで届かなくなってきた。着々とエネルギーを貯めてゆく地球の本能のようなものを感じる。

三月も中旬を過ぎると、学生さんたちはソワソワとするのだろう。別れるということと出会うということ。今の季節に囁かれるこの言葉にはホロ苦い響きがある。指きりをして別れてゆく人たち。

┘┘

誰と指きりを交わした友がいたわけでもないが、何となく別れを惜しみつつ、永遠の別れでもないのだからと突っぱってみたりしながら、未来の健闘を祈りあって祝杯をあげたのも三月の下旬のことだった。

悔しきかな、著名人になっている仲間も幾人かいる。ネットで名前を叩けば活躍ぶりが見えてくるのだが、自分の情けなさも見えてくるからちょっと寂しいものもある。しかし、よく考えてみれば私なんぞにそんな名声が得られるわけなく、田舎の蟄居で虫の如く暮らしてこれたのが似合いだな、とつくづく思う。

北の丸公園の桜はまだまだ固い蕾であったが、日本武道館での卒業式を終えた後、母校までの道のりを、そんな桜を見上げながら帰ったように記憶している。風は冷んやりとしていたものの、コートは着ていなかったと思う。卒業写真も残っていない。

┘┘

あのころの私はムズムズしていた、というのが割と当たっているかもしれない。就職が決まって、これから何ができるだろうと闘志を燃やしていた。少なくとも24歳の春は結構、熱かったはずだ。

花粉のせいでもないのに、春の空を見上げて闘志を燃やしてムズムズしていたときがあったのだ。だからこそ「おい、初心を忘れるなよ」と自分を叱咤するためにも、春の空を見上げてみるのことも必要かもしれない。


こんな句もある。

 がんばるわなんて言うなよ草の花 坪内稔典

もう、万歳!と叫ぶしかない。俳句。


┘┘

メモが残っている。

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夢を追い幸せを食べる虫

未知なるものに好奇心を向けて、様々な方法によってこの欲求を満たそうとしてきた。そんな気持ちを殆どの人は、もともと持っているのではないだろうか。

山の向こうには何があるのかと、日没になると母親に尋ねた子どもの頃の方が、今よりも遥かに私は、学者だったようだ。

子ども心を棄てきれずに「夢を追い幸せを食べる虫」(自称)である私は、前にある未知なるものを見つめられるよくきく眼と、それを輝かせるに足るだけの涙を、今年もまた追いつづけることになるだろう。

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