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2008年2月26日 (火曜日)

京都日記(号外)

新名神。
通勤割引で通過して(2枚のカードを利用しました)
1000円以内です。

きょうは雨降り。
途中は雪降り。
明日も雪マーク。

逗留になりそうな・・・

明日は、四条河原町にでもいくか。
HANAに行って寿司、食ってこようかな。

2008年2月24日 (日曜日)

今朝はうっすら。

きのう、発行したメルマガの「巻頭言」から。



先日、ほころび始めた梅でも観ようかと思い、京都の北野天満宮へ行ってみました。

その日は北風が冷たく、小雨が降ったりやんだりの生憎の天気でしたが、少しほころび始めた梅の蕾にカメラを向ける女性や受験生の親子などの、境内を散策する姿がちらほらありました。今月下旬の天神さんが一番見ごろでしょう。

あくる日の朝には洛中一面が雪景色になり、さながら枕草子の世界といった感じを味わえまして幸せな気分でした。

さて、あっという間に二月も中旬になってしまいました。暦の上では春ですが、如月(きさらぎ:衣更着)という名のとおり、まだまだ寒さの厳しい日が続きます。早く温かくなって欲しいものです。

*

 本文の記事に取り上げた「みんなでへらそうCO2」「おいしくのんでリサイクル」のダンスは、なかなか楽しくて面白いです。

 かつて一世を風靡した「ピンポンパン体操」のようなブームになるといいな、と密かに期待を抱いております。メルマガ読者の皆様も、どうぞ身近なところでPRをよろしくお願いします。きっと、先生も幼稚園児も楽しんでくれることと思います。

 まだまだ寒い日が続きますが、灯油の価格も高騰したままですね。おそらく、どちらの家庭も節約に様々な知恵を絞ってこられたと思います。厚着をして乗り切るという声もありますね。効果は出ましたでしょうか。

 このメルマガを書いている間に「雨水」が過ぎ、朝の冷え込みが心持ちゆるんだような気もします。どうぞ、暖房設定温度を1℃下げて、もうひと頑張りしましょうか。 


ここで出会った雪は二月十二日の朝のことでした。あの日も寒かったです。

さて、春一番が関東地方に吹いたというのに、昨日の夕刻ころから鈴鹿山脈上空には雪雲がやってきてまして、峠の道路情報カメラにも雪がべっとりと付着しています。でも、期間は短いという予想だとか…。


今朝もうっすら。

少し朝寝をしたあとで部屋のカーテンをさーっと開けましたら、お向いさんの裏口や家の木蔭にうっすらと白いものが積もっています。

ゆうべ、峠のほうから吹けてきたのでしょう。朝日が当たるといっそう白さも増して、眩しいです。タンポポの綿毛のような雪片が風にゆられて舞っています。

この雪が今年最後の雪だといいのに…。

そろそろ、バイクを動かさねば、と考えています。さて、いつになるやら。

2008年2月14日 (木曜日)

父の匂い

久々に塵埃秘帖を書こうと思う。

▼日々の暮らしに余裕があり過ぎても足りなさ過ぎても、いけない。人の心とは、何とも低能力であると思う。二本足で歩き、文字や言葉を使い、道具を考案して空も飛べる一方で、大自然の中で逞しく生きている動物たちと比べると、儚い。そんな些細な才能を誇れるだけで地球上で一番大きな顔をしている。地球まで滅ぼしてしまうかもしれない愚かな動物なのに、インフルエンザに怯え、心を病み、成り金でいい車に乗って走りまわり、実に滑稽だ。

▼京都での寝床は娘のベットだった。イタリア帰りで部屋が片付かず、布団が1枚しか敷けず、ベッドに私が入り母と娘が1枚の布団で寝ることになった。2晩ぐっすりと眠って
「やっぱりこの布団は娘の匂いがするな、何年経っても嗅げばわかるわ」
と私が言うと、娘は自分の布団を取り返すために2日振りに自分お布団に潜りこみ
「お父さんの匂いが着いたんと違うかな」
と言う。
(匂ぎながら)「やっぱり匂いがするわ」

柔らかい自分の布団で、自分の匂いに私の匂いが混じっているにもかかわらず、うっとりしている。

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▼父の匂い。私にはそんな記憶は無い。18歳で家を出て下宿暮らしを始めたので、父やオフクロの布団に潜り込むなどということは、子供の頃でもない限りやった試しも無く、従って記憶は無い。

▼うちの娘は、大人なのか子供なのか、私の布団に気やすく潜り込み、追い出さなければ朝まででも寝ているような子で、受験のころにも寒い夜などにはたびたび私のところに遊びに来たものだ。寂しいのか部屋に戻るのが億劫だったのか、そのあたりはわからない。

▼世間一般では、父の布団はクサくて汚いというのが通説だ。にもかかわらず、我が家の娘はクサイかもしれない布団にたびたび遊びに来た。だから、私が占拠しても、許してくれるのだろう。

▼私が、その記憶にも無いほど昔に、父の布団に潜り込んでいたとき、父の布団はどんな匂いを放っていたのだろうか…とふと思った。

どうしても思い出したい。しかし、思い出せない。

▼父の布団は、確かにクサかったはずだ。農作業で汗にまみれ、夜なべで疲れて、休まる場所はあの布団だった筈だから。そう思うと、意地でも思い出したくなってくる。

▼匂いというもの。記憶に無いものを思い出そうとすると、私の思考は段々とかすれてきて、夢の中を彷徨うような不思議な気分に襲われ始める。そう、母の胎内でプカプカと浮いていたときのようだ。

▼小雪が舞う大寒の頃に父が死んで10年が過ぎた。匂いは、今となっては確認できない。

我が家の娘は、私が死んでから10年後に、この布団の匂いを思い出してくれるだろうか。

2008年2月 6日 (水曜日)

ぼたん雪きらりと光る指きった

パラパラと昔の日記を捲ってみると、随分と懐かしい。
近年は苦節の日々を送っていることもあるが、そういうときの方が自分流の感動が残っていて面白い。

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平成19年
 立春が過ぎて安堵の朝寝かな 
 立春に母を訪ねておかき食う
 ぼたん雪きらりと光る指きった


平成18年
 くちびるが今でも好きよとくちずさむ

平成17年
 立春が過ぎても寒し猫だるま


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豆食えどオヤジの年に追いつけぬ  (平成20年 ねこ作)


ハングリーという言葉がある。昔、よく上司が口にしていたのを思い出す。しかし、この言葉には一種の空しさのようなモノもあった。


貧しくなれ、苦しめ、痛がれ、悲しめ、泣け。

人は、このような言葉を浴びせられ、ときには命を受けて、艱難辛苦に立向かう。闘志を煮えたぎらせる必要もあるだろう。だが、「悲しむ」という言葉に文法的命令形は存在しても、その意味として命令形はあり得ない。「悲しめ」と命令されても、悲しむことは出来ない。

果たして、私たちはハングリーになれるのだろうか。

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本当の幸せを知る者は、本当の不幸を知ったことのある者だけである。決して有名人の残した言葉ではなく凡人のものだ。ごく普通に不幸な人が、不幸の中に居ながら自分は幸せだと感じたとき、本当の幸せが理解できるという。もしそうだとしたら、現代人が感じている幸せとは、偽りの幸せになってしまう。何故なら、多くの人は本当の不幸を知らないのだから。偽りの幸せを、ホンモノの幸せだと思っていることほど空しいものはない。


寒さの中でじわじわと蕾を膨らませ続けているものがある。花を見て、また、自分の寒さを省みて、本当の幸せを知った者の心には、計り知れない美があり勢いがある。

Photo_4

北野の梅は悲しい。しかし、どこからかしら、鼓動のようなモノが聞こえてくる・・・ような気がする。

東風吹かば匂ひをこせよ梅の花あるじなしとて春な忘れそ。

そろそろ、ほころび始めるのだろうか。

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