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2007年10月21日 (日曜日)

そうだ、京都、・・・  

【バイク】

・・・ということで、京都に来てますけど、寒いですね。

寒いので、(別宅に)バイクを置いていったん帰ろうかな、と。
フリースを2枚ほど持って出直すことにしよう。
(軟弱になったなあ)

2007年10月 9日 (火曜日)

芋峠から明日香村へ

カレンダーも残り3枚となって、嬉しいような哀しいような気分です。

10月。

柿くへば鐘が鳴るなり法隆寺 正岡子規

深まる秋にこの句を思うと、人それぞれの秋が脳裏に浮かぶことでしょう。

子規は「法隆寺の茶店に憩ひて」と前書きしながらも、この句を東大寺で詠んだといいます。聖徳太子の勇壮な姿が斑鳩を駆けまわった飛鳥時代に思いを馳せていたのでしょうか。

そこで私も例に漏れず、あたかも子規の演出に釣られるよう風情を探しに、奈良盆地方面へと県境を越えたのでした。ひょいと明日香へ。

10月6日。

東吉野から明日香村へゆく峠を芋峠といいます。アスファルトの両脇が緑のコケで覆われている寂れた山道です。木でこしらえた手作りの道標のとおりに峠道を越えると明日香村に出ます。色づき始めた山あいの棚田で黄金色の稲穂が秋風に波打っている風景が広がります。所々で稲刈りが始まっていて、懐かしい稲架掛け(はさがけ)も見ることが出来ました。

脱穀の風景も変わりつつあります。刈り取った稲は生のままで脱穀して、石油などの燃料を使って乾燥してしまいます。したがって、刈り取ると同時に切り刻まれてしまう刈穂は、「すすきぼうし」になれぬまま、土に還っていってしまうのです。
こんなところでも文明の合理性が採用され、その引き換えに小さなものを幾つか失ってきたわけです。

秋の田のかりほの庵の苫をあらみ我が衣手は露にぬれつつ  天智天皇

「あ」から始まるので覚えていました。明日香地方を散策しながらふっと思い浮かんできた歌ですが、この情景も失われつつあるモノのひとつのようです。

*

 巻頭で書きました「秋の田の」…の歌は、高校時代に徹夜で覚えた百人一首のひとつで、腕力で「あ」から覚え始めた成果もあって、30年以上の年月が過ぎても覚えていたのかなと思います。


明日香村稲渕地区で超のんびりしていました。このあたりは「かかしロード」と名づけて9月にはイベントも行われています。彼岸花が真っ赤な花を、黄色い棚田の間に点々と咲いています。

ハイキングやウォーキング、アマチュアカメラマンが溢れ返っていました。

細い道をゆっくりと抜けて石舞台古墳の前で少しまどろんでいました。久しぶりに来ましたが、人は多いものの、割と落ち着く公園です。

ちょうどお昼の時刻でしたので、笠そばに行こうと思い立ちました。長谷寺の山門前を抜けて山の奥へと入っていきます。二度目です。蕎麦の花は刈り取ってしまった後でしたが、大勢の人で賑わっていました。

奈良県の山中のB級・農道(村道)を堪能して帰ってきました。3連休の後ろの2日間は仕事でした。お疲れ様>自分

2007年10月 3日 (水曜日)

入院費

実は、バイクの修理が完了しまして、今日、引き取りに行こうかと思い電話をし価額を聞きましたら

1万8千円 (弱)

あかん。
もう、資金は全く底をつきました。
動きが取れません。

今日から、お酒もやめて、干物で暮らします。

涙、涙、涙。

KLE ノート&バイクの修理が完了

ブログ閉鎖
移動してきました。
入院費 【号外】 

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実は、バイクの修理が完了しまして、今日、引き取りに行こうかと思い電話をし価額を聞きましたら

1万8千円 (弱)

あかん。
もう、資金は全く底をつきました。
動きが取れません。

今日から、お酒もやめて、干物で暮らします。

涙、涙、涙。

走行距離:40000km

2007年10月 1日 (月曜日)

枯れ落ちる

夏が終わってしまった。毎年、秋が深まり始めると、いったい、いつから秋になったのだろうか、と思う。

「ええ、そうね、あの事件をきっかけに秋になったわね」というように相槌を打ってくれる人もいない。秋の始まりを沁み沁みと語れる相手もなく、夏が衰えて消えていってしまったことをひとりで私は寂しがっている。(満月の夜がそうだった。)


ああ、あれは、少しずつ少しずつ眠りに入ってゆくときのように・・・だったのだろうか。
「いいえ、違うわよ。あなたの知らない間に、消えていったのよ」
誰かがそう囁いてくれるといいのに。


蝋燭の炎が自分の本体を燃やし尽くすときのように、そして炎が消える間際には天に吸い込まれるようにひとたび大きくなるように、激しく夏も燃えたのだろうか。

---

「夏は嫌いだ」と口癖にしていながらも、ほんとうのところは夏が好きだったのかもしれないと気付き、私は苦笑している。意地のようなものを夏に対して感じていて、好きだと言わなかっただけなのかも知れない。


ジリジリと焼けるような西陽が、カーテンのない窓から差し込み、部屋じゅうが真っ赤に染め上げられてしまう。そこで仕方なく、部屋の奥にあるソファーに逃げ込んでいる私であるが、その手元には明度の低い黒味を帯びた赤い光で満ちていて、膝に乗せたノートの活字は霞んでいる。明暗の落差があるのだ。


首筋を汗が、時々、すーっと流れ落ちる。拭き取ることを面倒とも思わず、流れるままにして、私は真っ白の紙を睨んでみたり、目を閉じてみては「あの時」を脳裏に復活させようと試みていたのだった。


夏から秋への変わり目に、膨大な時間が無駄に過ぎていった。【鶴さん】を再び書き始めるには、気分がもう少し悲劇に満ちてこなくてはならないのか。

夏は終わり、月見草の花も枯れ落ちてしまった。

待てど暮らせど来ぬひとを
宵待草のやるせなさ
今宵は月も出ぬそうな

思わず歌を口ずさむ。

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