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2007年7月30日 (月曜日)

銀山温泉

銀山温泉は、レトロな木造3階建ての旅館が川沿いにならんでいますね。
共同浴場もあって、20-30円だったように憶えています。
料金箱が置いてあって、箱に賽銭のように入れたわ。

熱いお湯でした。
何もないの。
浴槽があるだけ。
真っ白でね。
朝一番で行きました。

ああ、懐かしい。

そうそう、
徳良湖というのが近くにあって、キャンプが出来ました。
秘密にしておきたいところです。

温泉コミュでも憶えていたら、また書きまーす。

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2007年7月26日 (木曜日)

続・東北(青森あたり)

初めて東北に来たときは高速道路は八幡平あたりまでしかなく、ですから十和田湖あたりも有名どころではあったものの、割とひっそりとしていました。京都から延々と地道を旅して来たので、発荷峠ではやっと青森県だと思うとこみ上げるものがありました。何度目かの東北のときの笠松峠ではカラマツの広がる峠の小さな谷に残る雪の上を霧が静かに渡ってゆくのを見て、この地まで走ってきたことにただただ感動しました。

三内丸山遺跡が発見されたばかりのときに、これは行かねば!と思って家を飛び出し二晩三日で青森市に到着し三内丸山遺跡に入ったときは、私を裏切らなかったなあ。予定を大幅変更して三日、遺跡に通いました。今は十年以上過ぎて立派になったようですが、興味のある方はぜひともお寄り下さい。

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東北の魅力は、数知れぬ峠越えとその沿道にある鄙びた温泉です。
どの県も、それぞれの特徴を醸し出していて、優劣はありません。

青森県下北半島ならば、水上勉の飢餓海峡で有名な仏が浦や大間岬、尻屋崎などの海景を愉しみながら道草をして新島襄の寄港記念碑のある下風呂温泉、薬研温泉などに寄れます。

八甲田山の周辺に来れば、酸カ湯を始め、八甲田山死の彷徨で登場する田代元湯などもいいッス。

八甲田の愉しみは、山麓を行く筋かに分かれた国道で、どれも深い森林の中を通っていまして、非常に快適に走れます。雄大さでは全国屈指でしょう。

温泉場は、ほとんどが共同浴場を持っていて、地元の人々からいろんな話が聞けたりして、旅情気分が高まります。午前中に入りに行くなんてのが、結構、面白い。

奥入瀬は、言わずと知れた有名スポットですが、秋は通行規制もかかるので、夏も穴場かもしれません。

青森県は、まだまだ語り尽くせませんし、他の県も同様に幾つもありますが、追々、書いてみます。

そうそう、東北を走るルート選定方法を、私は「阿弥陀くじ式ルート」と呼んでいます。
それは主要道、三級国道、スーパー農道、国境の林道を折り混ぜて阿弥陀くじを辿るように攻めて行くからです。これぞ東北の走り方です。

ちなみに、信州は、「信州ゴールデンループ」と呼びます。四国と中国は、「フィッシュボーンルート」と呼ぶルート選定がオススメです。

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青森、あれこれ、続けますね。

■ イカの話

青森-秋田の県境付近でイカが美味いという話が出てましたが、青森-岩手の県境(太平洋側)でもイカは美味いです。このあたりはイカに限らず、沖で撮れる魚は暖流と寒流の影響で美味しいものが多いようですね。

テントを張る前に立ち寄ったスーパーで買ったワカシ(私の地方ではツバスといいます)が凄く美味かったのは忘れられないほどいい思い出です。(場所は岩手県普代村あたりでしたが)

探せば海産物以外でも色々とあろうかと思います。
ツーリングの愉しみは、地元のオバチャンにスーパーで話し掛けてインタビュー形式で美味しいものを聞き出すことでもあります。

情報は、少なめに。情報で満腹状態のツーリングほど面白くないものはないですから。(といいながら、ココで書いてますけど)

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2007年7月24日 (火曜日)

ほろ苦い

▼夏休みの思い出はこの歳になってなおさらほろ苦いモノになっている。苦味というのはビールのようにひと味付けるのには最適で、ややもすると、癖になる魔力さえ持っていながら、しかし、味そのものを論じれば決して美味いものとはいえないだろう。ほろ苦いモノを指折り数えると、淡いものから濃いものまで、今となってはどうでもいいことから、そうでないものまで、様々なことが次々と浮かぶ。

▼7月末から8月いっぱいまで休暇を取ってバイクで旅に出たことがった。自分では「東北激走4800km」と名付けて、大きな思い出になっている。また或るときは、初恋のような感動だった、と後になって振り返った旅もあった。旅は、あらゆる面でほろ苦い。

▼貧乏な学生時代の夏休みは、日頃から古本屋で買い込んで積読になっている何十冊もの本を片っ端から読んだ。バイトにも行かず、実家の和室に寝転がってゴロゴロとしながら読書をした。中学高校時代まで遡れば、一学期に顔を合わせてキャンキャンと騒いでいたクラスメートの女の子に9月まで会えなくなると思い沈み込む日々を送った。

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▼梅雨の合間に広がった大空を小さな鳥が高く高く飛んで夕焼けのほうへとゆくのを見上げながら、鳥になりたいという夢を持ったことのある自分を思い出して、もしかしたらそれは間違いだったかもしれないと、ふと、考えた。
何故なら、あの鳥はいったい何処を目指して何処まで飛び続けるのか、飛ぶことは苦しいことではないのだろうか、変化のない景色を見下ろし飛び続けることが面白いのだろうか、などと想像してしまったからだ。

▼多かれ少なかれ、私たちは自由というものを与えられ、同時に束縛も受ける。この相反する力学の均衡がヒトの気持ちを向上させてくれることは自明で、自由の中に放たれること夢見て、それは大空を自由に舞う鳥のような姿だと考えて夢を追い闘志を燃やすのだろう。

▼鳥たちが自由に飛ぶのを見ていると、確かに疲れ果てれば地上に降りてくればいいと思う。ところが、よくよく考えると、一旦降りてしまえば餌の在り処も見えなくなり、また飛ばねばならない。果たして鳥たちは飛ばねばならない宿命を背負いながら幸福なのだろうか。

▼昔、無人島哲学論(ねこ著)の中で、「スズメは何故電線から落ちないのか。それは、落ちそうになったら跳べばいいのだから」と書いたことがある。だが、スズメは飛ぶために生まれた鳥ではない。電線に止まるために生まれた鳥なのかもしれない。

▼飛べないブタは只のブタ。紅の豚の中に隠されたオトコのロマンへの夢というのは、我々が何かを実現するために、一方で苦し紛れに握りつぶしてきた人生の犠牲というモノに感じるほろ苦さであった。だからこそ、夢は果てしなく、或るときは儚くある。ロマンとはそういうモノだ。

▼苦味とは何だろうと考えて、空想が拡散してしまったが、要するにこれまでの人生で自由を獲得しようとしてきた自分の行動や思想を、自ら否定しようとしているかなと思う。それは、つまり、NEXTをどうするのかという問題提起であり、その問題解決の手段の中にもあのほろ苦さを混ぜこめるような人生でありたいと考えているのだ。

▼先日、娘が二十歳になった祝いにビールでもと思って薦めると、苦いので飲みたくないと言う。では、私たちがあのビールの苦味をウマイと感じたのはいつのことだったのか。苦いビールを、初めてウマイと感じた瞬間の自分はどんな顔をしてたのだろうか。あのときまで時間を巻き戻せば、飛べるわけもない空を見上げて、再びでっかい夢を持てるようになれるだろうか。

2007年7月21日 (土曜日)

秋田県など

男鹿半島まで行ったら
絶対に
五能線沿線を走りたいですね。
日本で指折りに、寂れているところ


旅心をくすぐります。
不老不死温泉はちょっと有名になりすぎたけど。

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あっ!
そうです。
稲庭うどんも食べにいかねば。

佐藤養助商店。

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◆三陸海岸
ときたら、北山崎ですね。
ここも逃がせないなあ。

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2007年7月 9日 (月曜日)

夏も盛りを迎えようとしています

 夏も盛りを迎えようとしています。旬の味がたくさん揃い始めました。

 スイカ、トマト、メロン、ナス、かぼちゃ、どうもろこし、枝豆、カンパチ、鯵(アジ)、鰻(ウナギ)、鱧(ハモ)…。

 旬を知り食することは環境問題を学ぶ第一歩であるものの、食卓を潤す食材に節度を奪われ、なりふり構わず食べ続けると、市井で話題のメタボちゃんになってしまいかねないのでご注意ください。


 メルマガ本編のなかで「夏休み子ども環境講座」のご案内をしていますが、人気講座のひとつにエコ・クッキングがあります。

 エコを実践しながらも食べ過ぎてしまえば、エコ・度合いは低下するだけでなく、肥満度合いが上昇してしまいますので、メタボちゃんが心配な方々はどうぞお気をつけください。

*

 さよならと梅雨の車窓に指で書く 長谷川素逝
 
 津市にゆかりのある長谷川素逝の作品にこのようなちょっと現代風なのがあります。映画みたいなシーンを想像しますね。ありふれた情景であるのですがこの作品の「梅雨」という言葉が、分かれてゆくセンチメンタルな人の想いと雨の日の持つ鬱陶しさとを上手に繋げてくれて、後味が爽やかになってゆくのがわかります。

 今年の梅雨は少しジメジメするものの、水不足の解消にはそれほど役立たず、一部の地域には水害をもたらしています。昔から七夕豪雨ともいい、高校時代にも伊勢市の勢田川が氾濫して宇治山田駅まで水に浸かって立ち往生したことがありました。

 たなばた様の夜は「うち曇る空のいづこに星の恋」(杉田久女)のうたのように曇り空でした。しかし、このメルマガがみなさまのお手元に届くころには、真夏の暑い日ざしが容赦なく照りつけていることかと察します。

 いよいよ本格的な夏の到来。子どもたちにとっては楽しい夏休みの始まりです。

 センターでは恒例の「夏休み子ども環境講座」が始まります。家族でご一緒に総合的な勉強に挑んでみる、また夏休みの宿題を補ってみるなど、どうぞ、奮ってご参加ください。

 また、7月の最後の週の土日には「Mieこどもエコ王国大会」も実施されます。こちらでもみなさまの来場をお待ちしております。

2007年7月 6日 (金曜日)

鶴の湯

>鶴の湯
乳頭温泉郷ですな。
田沢湖の近くなんですよ。

ええところですよ。
超鄙びてて
超開放的な露天風呂です。

(たぶん今でも)
少しダートもあるけど
苦にならないから。

人が少ないし
鄙びてるので
全然知らないオネエチャンも
「ま、いいか」
って感じで、
裸の付き合いになっちゃいました(黒湯で)
決してエロい話ではないです。マジメな話。

そういう雰囲気が残ってたなあ。
懐かしいなあ。

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2007年7月 4日 (水曜日)

アジサイ

雨が降り続くと、真っ白の光がノートをカラカラに乾かしてくれるようなサッパリ感が遠のいてしまう。

じめじめとするのを嫌がる人も確かにいるけれど、雨降りに窓を開けてザーザーという音を聞きながらソファーに腰掛けて本棚を眺めていると、時間は惜しみなく過ぎてゆきながらも、それは身体に心地よい快感で、ときどき本を手に取ってパラパラとめくって部分的に読んでみては元に戻し、次を取り出しては再び元に戻すという単純なことを、私は繰り返している。

ても、書棚の本たちはどことなくざわめいているような気がしてならない。梅雨とはそういう季節なのだ。


ザーザーというホワイトノイズは、数学物理的な解析をすれば、バイオリンの音が可聴帯域を超えて広がってゆくのと同じように、非常に周波数帯域の広い音なのだろう。

人の脳みそはそういう聞こえない音にも動物的に反応ができるのかどうかわからないが、極めて自然的で人の手の加わらない、なだらかで無重力に広がるような周波数曲線が、体の隅々までほぐしてくれるのではないかと思う。


つかこうへいとか井上ひさしなんて人の本が妙に新鮮で、手に取り上げたまま庭を見下ろしていると、雨足が一段と強くなってきた。

アジサイの紫色は、色彩としても、やはり不安定な色で、この不安定感が、人の脳みその中にあらかじめ仕切ったように作られた様々な色見本にも当てはまらないことで、落ち着く場所を探しながら心の中の隙間を彷徨うのかもしれない。


紫色が雨に打たれて揺れている。
たかが、雨粒なのに、揺れている。


アジサイの葉から雫が飛び散るのを、イジワルな面持ちで私はじっと見ていたのだろう。その葉蔭から青ガエルがぴょんと飛び出した。

雨降りが嫌だなどと考えるようになったのは、きっと大人になってからのことで、純粋で何の欲もない子どもの頃は、どれほど雨が降ろうと長靴を履いて傘を差し校庭から田んぼの畦道へと、そして庭から庭へと遊び回ってはしゃぎ回った。あのとき雨は嫌いだと感じたこともなく苦痛なども無かった。


大人になって大人の知恵がついて、計算が出来るようになったころから、すべてが狂い始めたんじゃないのか。

あの頃なら書けたラブレターが、今はもう、書けない。

2007年7月 1日 (日曜日)

目指すところ

◎ 目指すところ

それは、
夕日の沈むあの山の向こう。
あるいは日の出る地平線のさらにその向こう。
どんな街があるのだろう。
どんな景色があるのだろう。
そう思うので行きたくなりますね。

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コミュで、「目指すならどんなところ」と聞かれて。

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