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2007年4月11日 (水曜日)

夢を追い幸せを食べる虫

新年度は、あれこれと昔を掘り起こしてみたりして、喚起を促す言葉に再会することも多い。

1983年の新年の日記に

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未知なるものに好奇心を向けて、様々な方法によってこの欲求を満たそうとしてきた。そんな気持ちを殆どの人は、もともと持っているのではないだろうか。

山の向こうには何があるのかと、日没になると母親に尋ねた子どもの頃の方が、今よりも遥かに私は、学者だったようだ。

子ども心を棄てきれずに「夢を追い幸せを食べる虫」(自称)である私は、前にある未知なるものを見つめられるよくきく眼と、それを輝かせるに足るだけの涙を、今年もまた追いつづけることになるだろう。
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と書き残している。
今の私よりも、あのころのほうが冷静でありながら、夢も大きく新鮮味に満ちていたことが伺える。

この中で、「よくきく眼」と書いているのは、まさしく大岡信さんのパクリだ。

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波動というはるかなもの  (大岡信)

よくきく眼は必要だ
さらに必要なのは
からだのすべてで
はるかなものと内部の波に
同時に感応することだ
こころといふはるかなもの
まなこといふはるかなもの
舌といふ波であるもの
手足といふ波であるもの
ひとはみづから
はるかなものを載せてうごく波であり
波動するはるかなものだ
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これが頭の中にあったのだろう。

私は、ほかに〔新島襄先生座右の句、丹羽先生の講義録から〕と注記し

自然毅然 処人靄然
無事澄然 有事旗然
得意冷然 失意泰然

ということもメモに書き出している。

これは、崔後渠の「六然」から拝借してきたものらしく、どうやら間違っているようで、正しくは

自處超然 人處藹然
有事斬然 無事澄然
得意澹然 失意泰然

であるらしい。

その意味を解釈すると

じしょちょうぜん :自分自身には超然とあれ
じんしょあいぜん :人と接する祭には藹然とあれ
ゆうじざんぜん :有事には斬然たれ
ぶじちょうぜん :無事には澄然たること
とくいたんぜん :得意であっても澹然とし
しついたいぜん :失意におちても泰然たること

というようになる。

今の私の目標は
・ 一日一回、ダジャレを言う
・ 一日一回、楽しく嬉しかったことを振り返る
・ 一日一魚を喰う
であるが、この
・ 「六然」を唱和する、
も追加しようか。

三日坊主かな。

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