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2006年11月25日 (土曜日)

西本智実さんのこと

第九を聴いたのは、数年前に、指揮者、西本智実さんの演奏会に行ったのが最後だと思う。

今年、久々に第九の演奏会に出かけてみようと思う。(ソルツアンドシュガーズの面々で三重フィルに参加している人がいくらかいらっしゃるので、ぜひ行こうと思ったのだ)


さて、その西本さん。

彼女がだデビューしたてのころ。いや、デビュー前だったかもしれない。
(京都市交響楽団で振ってられるとパンフに書いてあったような記憶がある。)

私は彼女の演奏を聴いていたのだ。伊勢市観光文化会館で、第九を振ってくださった。もう、おおかた、8、9年ほど昔ではなかろうか。

髪を三つ編みにして、後ろでひとつに束ねてらした。その精悍な後ろ姿に惚れ惚れしたのだが、まだ、大人というより娘さんという感じだった。

演奏が終わって、宇治山田駅のホームで特急を待っておられたので、
「すばらしい演奏でした。ありがとう」
と声を掛けてしまった。
美人だったし、女性の指揮者は初めてだったので、興奮が収まらなかったのかもしれない。

「ありがとうございます」、とおっしゃって深々とお辞儀をなさった。

彼女の周りには誰もいなかったし、もしかしたら一人で京都からお越しだったのかもしれない。

(サインをお願いすればよかったな)

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ふとしたことで最近、名前を耳にして、もしかしたらと思い、あの人は今…ふうに少し調べてみた。


立派になられていたのだ。

情熱を漲らせて、ひとつの目標に生きる人の姿が、美しいと思ったこと。

何年ぶりにか、彼女を思い出して、その後ろ姿が蘇ってきた。

「後ろ姿」は自分には見えないのだけれど、
しかし、その人自身を表すのだ。

2006年11月20日 (月曜日)

木枯らしの吹く季節

 11月12日の早朝は、鈴鹿山麓でも晴れ間と時雨が交互にやってくるような空模様でした。

 時雨の合間にきれいな虹が出ていました。その虹をカメラに収めようとして外に出たら、冷たい風が小雨混じりに吹き付けてきます。
「早夏秋もいつしかに過ぎて時雨の冬近く」 そんな季節の到来です。
 
そのころ、御在所岳頂上の気温はマイナス1℃。夜明け前には初雪が舞っていました。例年より6日早い記録だそうです。(津地方気象台発表)

 もう1ヶ月あまりで今年も終わりです。暮れる年の後片付けや新しい年の準備に忙しい季節となりました。何事にも気を引きしめていきたいものですね。

*

巻頭で初雪の話に触れましたが、いよいよ冷たい木枯らしの吹く季節となります。そのことに憂いを感じている方も多いのではないでしょうか。

三重県にもゆかりの深い俳人、山口誓子の句にも

 ・海に出て木枯帰るところなし
 ・切り通し多羅尾寒風押し通る
 ・雪嶺の大三角を鎌と呼ぶ

など、厳しい冬を詠んだものがあります。


そこで、ちょっと耳寄り情報をひとつ、お届けしましょう。

 三重県環境総合監視システムでは、高層気象データを調べるために御在所岳の山上に気象観測局を設けています。そこではもちろん頂上の気温も計測して、ホームページ上で公開しています。

 「ぶるっと寒く」感じた日にホームページを確認して、夕方から深夜の気温がマイナス8度よりも冷えてしまったら要注意です。あくる朝には、北勢地区で積雪…っていうことがあります。

 的中率は(公式には未調査ですが)、筆者の感触では9割以上と思います。

2006年11月19日 (日曜日)

山あれば山を観る/雨の日は雨を聴く 〔山頭火〕

11月15日に発行したメルマガには、先日の日記でも触れた虹の話を書きました。ちょうど、その日の朝に御在所岳には雪が積もって、翌日の新聞でも積雪が紹介されていました。

メルマガの中で紹介していますが、木のぼりの講座をします。今の子どもたち。木登りの愉しさを知っているのだろうかねえ。勉強に追われているのだろうか。ふと、そんなことを思いました。

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高校の履修問題でざわついていましたが、みんなゆとりがないんだなと感じます。
高校時代にする勉強ってのは、押し付けられる教科だけでは不満だと感じて欲しいな。
政治経済も、哲学も、地理も、日本の歴史も。数学なら、微分積分も三角関数も、確率も統計も、幾何学も微分方程式も・・・

そういうものを18歳までにたくさん学びたいという欲のある子どもたちは少ないのだろうか。
アリストテレスを知り、宮本常一にも出会い、太宰治を読み、エジプト文明に関心を抱き、シルクロードに夢を馳せる。星野道夫にも出会いアラスカに行きたいと思う。物理学に憧れ、アインシュタインを熱く語ってもいいだろう。

そういうチャンスを受験が奪っているのだろうか。

誰のために学ぶのか。
何のために学ぶのか。

学生時代に学ぶものは、社会に出てから役に立つものばかりでなくともいい。糞の役に立たないことをもっと真剣に学んで欲しい。


巻頭&あとがき から  (11月15日配信) -----  -----  -----

 11月12日の早朝は、鈴鹿山麓でも晴れ間と時雨が交互にやってくるような空模様でした。
 時雨の合間にきれいな虹が出ていました。その虹をカメラに収めようとして外に出たら、冷たい風が小雨混じりに吹き付けてきます。「早夏秋もいつしかに過ぎて時雨の冬近く」、そんな季節の到来です。
 そのころ、御在所岳頂上の気温はマイナス1℃。夜明け前には初雪が舞っていました。例年より6日早い記録だそうです。(津地方気象台発表)
 もう1ヶ月あまりで今年も終わりです。暮れる年の後片付けや新しい年の準備に忙しい季節となりました。何事にも気を引きしめていきたいものですね。
   --
いよいよ冷たい木枯らしの吹く季節となります。そのことに憂いを感じている方も多いのではないでしょうか。
三重県にもゆかりの深い俳人、山口誓子の句にも
 ・海に出て木枯帰るところなし
 ・切り通し多羅尾寒風押し通る
 ・雪嶺の大三角を鎌と呼ぶ
など、厳しい冬を詠んだものがあります。
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バックナンバー : http://www.eco.pref.mie.jp/mmag/backnumber/index.htm

2006年11月15日 (水曜日)

サンタのブーツ

日が暮れきってしまった時刻に、スーパーの駐車場に車を止めようとしたら、ちょうど時雨に見舞われた。
しゃあない、走るか。ということで少し走った。

知らない間にすっかり風が冷たくなったなあ、と走りながら思う。髪が濡れるのを避けて、頭に手をかざして息を止めて走っている。
放射能の雨が降って、髪が抜けることもない。平和な時代だけど、「うつくしいくに」=(逆さまから読んで)「憎いし苦痛」な時代やで、と考えたりしている。

たかが、駆け出しただけの短い時間のなかで、様々なことを思っている。
明るい店先に飛び込んだら、ぱっと忘れてしまう。

真っ赤なサンタのブーツが山のように積まれている。誰に贈るわけでもないのに買いたくなってくる。

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人並みな会社人をしていたころは、こんなお祭りなどには目もくれず、社会の流れの外で黙々と働いていた。今でもそういう人は多かろう。
どこの家庭もが寝静まったころに駅をおり、冷たい闇夜の道を急ぐのだろう。瞼の裏に描いているのは明るい玄関と暖かい夕食なのだろうか。

サンタのブーツが店先に並んだことも知らないで働く人。きっと、そんな人はmixiなんて世界も知らないでいるのかもしれない。

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ちょっと仕事が忙しくなって、ぼんやりする時間がなくなると、夕暮れの路地を急いで帰ったことがあった昔を思い出す。明かりの漏れる団欒の部屋から声が聞こえてきて、すき焼きの匂いが漂ってくることもあった。

サンタのブーツ。

仕事が忙しくなっているのでスーパーへも行く暇がないから、しばらくお目にかかれないな。でも、何故か、思い出すだけでも嬉しくなる。

2006年11月12日 (日曜日)

早や夏秋もいつしかに過ぎて時雨の冬近く

陽光が差したと思うと、さーっと時雨がやってくる。
車のガラス越しに過ぎてゆく町は、すっかり冬の景色のようでした。

2,3日前にも二重の虹が出ていたのですが、今日もまた見ることができました。

冬枯れの景色。
Hukuniji

2006年11月 7日 (火曜日)

立冬に思う

▼世界史、日本史、地理、政治経済、倫理社会。物理、化学、生物、地学。漢文、古文、数Ⅰ、数Ⅱ、数Ⅲ
何でも学びました。
今でも昔でも同じだと思うけど、たくさん学んでこそ高校生でしょう。
受験のためにやりくりするなんて、悲しいよ。たくさん学ぼうよ。それがゆとりでしょ。
僕はたくさん学んでよかったと思ってます。学んでなかったら、アホなままやった。
それで、さらに受験勉強もしましたよ。誰もがそうでした。

▼のだめ。ベートーベン7番。最高やなあ。
ベートーベンのエキスですよ。
ドラマの中の演奏も最高ですね。

▼冬至の朝。時雨れてた。いよいよ、寒い冬がやってくる。
でも、虹が出ててね。福虹。二重の虹は意味深だったなー。

▼南禅寺。三門。
ここのど真ん中に腰を下ろし法堂の方角を眺める。後で知ったのですが、かの石川五右衛門も唸ったというこの景色。ぜひ、皆さんもどうぞ。

▼- Walk Don't Run -
夕焼けの向こうまで ─ 枯れ葉の舞う道をあなたと二人で ─

これは私のブログ。

いよいよ、枯葉の舞う季節になってきました。
落ち葉の落下速度は毎秒あたり50センチから100センチがもっとも美しいという。
しかし誰がそんな味気ない数字を言い出したのだろう。いかにも科学的な。
いや、そういうところが少しは気に入っているけど。

ゆらりゆらりと
決して本心を見せないように揺れながら
浮遊するのが美しい。

それを目で追う…、いや追わずに嘯く横顔も憎らしい。

ゆらゆら。
ふわふら。

▼今日は木枯らし一番。

2006年11月 3日 (金曜日)

大学祭の季節か・・・

ユウさんの日記「光悦寺。」を読んでいて、様々なことを思い巡らせておりました。

光悦寺は私のよめはんのお母ちゃんのほうの菩提寺ですねん。そういうわけで、結婚したころに一度、訪ねた記憶があります。


さて、晩秋の京都というと、決まって私は、加川良の「下宿屋」というフォークソングの語りを思い出しますなあ。

┃ 京都の秋の夕ぐれはコートなしでは寒いくらいで
┃ 丘の上の下宿屋はいつもふるえていました
┃ 僕は だれかの笑い顔が見られることより・・・・

彼の言葉には哀しみがあったが、逞しさが満ちておりました。

私は東京で学生時代を送りましたし、しかも都心だったので、ある種の憧れのようなものを京都に持っていました。梅棹先生や今西先生の本などを読んでいると京都で就職したいと思ったものです。


まあ、御室に本社があったオ社に入って10年近くを京都で過ごしたわけですが、まあ、こういうふうに秋も次第に深まってくると、京都の街並みや路地裏通りが恋しくなります。

長い間私の上司だったTさんが、京大で生物物理を専攻してこられた人でして、しかし、なかなか歴史的な造詣の深い人なうえに、理系的な側面を備えながらも熱い考察をしている人でした。理系とは思わせないほどのあの渋い視線には影響を受けました。

私が「嵐山を散策するなら、平家物語をもう一度読んでから・・・・」なんてたびたび書くのも、彼の言葉の受売り的な面があります、実は。

そういうわけで、彼の影響を強烈に受けての研究所暮らしをいつしか終えて、私は京都を離れてしまったわけですが、今は、まあ、娘が送り込んでありますから。

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・・・というわけで、大学祭の季節ですな。東京時代は、演劇・映画・音楽を「ぴあ」片手にくまなく回ったものです。


去年より、もっと歩きたい京都。
(まずはエジプト展から。)

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