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2006年7月17日 (月曜日)

暑い夏

 このメルマガを書いている今日は7月16日で、京都では祇園祭の宵山を迎えています。

 すかさず、川崎展宏さんの

「京都駅下車迷はずに鱧の皮」

の句を思い浮かべてしまう私ですが、京都の人に限らず、暑い夏を涼しく健康的に暮らしてゆけるように様々な工夫を凝らしてきたひとつとして、夏の食文化のようなものがあります。

 祭りの人ごみをひと通り味わったら我が家の居間で鱧(ハモ)を食い、土用には鰻(ウナギ)を食う。
 ただ、現代人の場合は、エアコンのよく効いた部屋でビールを片手に…という人が多いかもしれません。
各地で催されるお祭りは、昔から変わらぬ姿を受け継いでいるものの、真夏を過ごす生活からは団扇(うちわ)であるとか、浴衣、蚊帳、風鈴などの姿が消えつつあるのも事実です。ちょっと「ロハス」な暮らしも考えてゆきたいものですね。

*

 もうまもなく梅雨明けですね。

 連日、蒸し暑い夜に悩まされていますが、昼間の学校のプールなどからは歓声が届いてきます。

  閑さや岩にしみ入蝉の声 芭蕉

 みなさまの所ではもう蝉は鳴きましたか?

 クマゼミとミンミンゼミについて環境学習情報センターの木村さんに尋ねたことがあります。

 蝉は、種類によって棲息エリアが違い、ミンミンゼミは標高100m以上のところにいて、クマゼミは反対に100m以下のところに多いそうです。そして、最近の都会ではクマゼミが多くなって、ニイニイゼミが減っているそうです。

 蝉にも初鳴きの時期というものがありまして、

 ・ニイニイゼミ…6月中旬頃から
 ・ヒグラシ…6月下旬頃から
 ・アブラゼミ、クマゼミ…7月中旬~下旬
 ・ツクツクボウシ、ミンミンゼミ…7月下旬頃から

ということだそうです。

 みなさんのおうちの周辺では、どんな蝉が一番たくさん鳴いているのでしょうか。

2006年7月13日 (木曜日)

30年という歳月

日記系コメントから

その1;

京都の夏は暑いですね。ボチボチ祇園祭の人出も増えているのでしょうか。今年は日曜日が宵山ですね。

子どもが大学1年。わたしより30年、遅れて入学です。この30年という節目は、考えようによっては意味があります。

わたしの1年のころに親たち、または親の年代の人たちは、30年前はなあ…と言ったのですが、それは戦争の終焉のときでした。

あのころには、終戦をものすごく昔の出来事のように思ったものでした。
しかし、わたしの子どもはわたしが入学した時代をめっちゃ昔のように思うのだろうか…と、ふと思いました。


時代の進化を、様々な視点で見ることが出来ます。
重要なことは、いかに多角的にこの事実を捉えるか、です。

思い出には若干セピアな面もあるのですが、どうしても現代社会をナナメに見て、ひとこと言ってしまいがち。

でも、言わないと気が済まないのだ。

----

その2;
(コンビニに立ち寄っている間にドラッグストアの買い物を置き引きされてしまったMさんへ)

わたしが学生をやっていた30年程前は、東京も今ほど不信が溢れていなかったと思うな。
30年という時間は、すっかりと日本人をダメにしてしまったね。

(わたしの時代のさらに30年前は、終戦の年だったのですけど)

このように30年で区切ってみると、社会の別の姿が見えてくるな。

そんなことを、さきがたから考えていました。

わたしたちに、何か出来ることはないのだろうかね。

2006年7月 9日 (日曜日)

京都日記

週末から京都嵯峨の別荘(笑)に来ている。今回は車ではなく電車にしました。

京都駅の階段を下りて山陰線のほうへと歩くときに、東海道線のホームを特急が通過してゆくのを見かけると、【鶴さん】で書きあぐねているゴールデンウィークの別れのあのときをふと思い出した。

七夕も過ぎれば、祇園祭のお囃子もやがて聞こえ始めるのであろう京都だが、忘れていた暑さや人ごみにまみれてみると、ざわつく人々の中から聞きなれた懐かしい路地裏での会話のような人声が届いてくると、もう一度この街に戻ってきて新しい暮らしを考えてもいいかなと思う。

京都駅の建物は立派になったけど、こちらから見る東海道線のホームはセピアのままだ。もう少し気持ちが落ち着いたら【鶴さん】の続きを書きたいな、と考えながら山陰線のホームへと足を運ぶ。

いったん都会を離れてしまった私は、すっかり海や山がすぐ近くにある、急がない暮らしに溶け込んでしまっているのだが、昔何度も足を運んだ小さな市場で「はも」を見かけたときには、憎しみこそ何もないけれど、もう住むことなどないかもしれないと思った京都という街での暮らしが無性に懐かしくなってしまった。

----

8日は娘の誕生祝いを、ということで嵐電に乗って白梅町の串八へ久しぶりに行きました。途中、等持院の駅で「冬に立命館の試験に降りたな」などと苦くなってしまった思い出の話をしていると白梅町に着く。京女というところ気に入っているからこそできる話だ。

白梅町を降りて西大路の交差点を渡ろうとしたら、オムロンの研究所時代の方々3人が横断歩道の向こうから歩いてくるのにバッタリ会いましてね。16年ぶりかな。こりゃー驚きました。

「山陰線の中でちょうど思い出していたんですよ。その矢先にこうしてばったり出会うなんて、めっちゃ偶然ですね」

少し立ち話をしてから、私は家族の待っている串八へと急ぎました。

2006年7月 2日 (日曜日)

やがては消えゆくため息を残す

■ 寒風が眠れぬ夜の窓揺する
■ 弁当で背中も温し初雪や
■ 手鏡にうつろう紅や夜寒かな
■ 燃え尽きて裂けても石榴の赤さなり
■ 砂浜を駆けて青春ごっこする

 ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
             ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

きままに俳句ingのコミュが閉鎖ということで、自分の名前を検索して辿ったら5つの作品が出てきた。

ゴミのようなものであっても、自分の、自分らしさを表しているのが手にとるように分かる。

私の作品に優劣は無い。


優劣と言えば・・・・
そんな言葉の概念が存在しなかった大昔、人々はホンモノのゆとりと持ち合わせて、本当の意味の「ロハス」な暮らしをしていたのでは無かったのか、と思った。

どんどん馬鹿になる地球人たちよ。一度は滅びなさい。

 ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─
             ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

(2005年12月06日18:04)
11月下旬に京都に行って、
そのあと一度、家の近くの海を見に出かけたくらいで、
硝子越しに陽光を浴びてぼんやりしているのがいいです。

■ 寒風が眠れぬ夜の窓揺する

先日、すごい風が吹きましたね。

 ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

(2005年12月15日22:33)

◆ 弁当で背中も温し初雪や     ねこさん

明日は一年で一回だけ、
車を置いて汽車で仕事に行く日。

一年に一回だけ着るコートが暖かい。

背中の弁当も暖かい。

 ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

(2005年11月03日09:21)

◆ 手鏡にうつろう紅や夜寒かな  ねこさん

◆ 燃え尽きて裂けても石榴の赤さなり  ねこさん

ちょっと言葉の遊び感覚で…  

 ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─

(2005年06月24日09:01)

◆ 砂浜を駆けて青春ごっこする  (ねこ作)

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