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2006年5月 4日 (木曜日)

群がる人、急ぐ人…

お茶が新芽を吹き出して、擽るように緑が揺れる。今の季節は、郊外を走ると目に優しい風景が多く、茶畑もそのひとつで、機械的に整然と引かれた線ではなく、自然が織り成す直線と曲線がこれほどまでに見ている人の気持ちを和らげてくれるものなのかと、感心する。

社会の事象にしても同じことが言えて、理屈を通して理路整然としたものばかりが美しいのではなく、どちらでもない曖昧なものや優劣の論理などを抜きにして取り上げねばならないことというものがあるのだ。

自然体というものの奥深さとその大きさに改めて驚き、有り難味を感じながら、そよ風に吹かれていると、不自然の世界に戻るのが嫌になる。

5月には休日を連ねて旅に出ることが慣例だった昔は、この自然に自分を戻してやる作業が意外と大事だったのかもしれない。しかし、戻さねばならないほど病んでいることも望ましくないし、旅というものを癒しに利用しなくてはならない自分自身も情けなかった。

─ ─ ─ ─ ─

お茶の畑のほかに、麦畑、れんげ畑も広がる。この土地に生まれ住めることに喜びを感じる。
蓮華の花を枕に戯れた子どものころは、それが本当に子どもたちの遊びだったし、「麦ふみ」という農作業労働に汗を流すことが生活の一部でありながら楽しいひとときでもあった。

今や、れんげ畑の中で駆けずり回る子どもの姿はどれだけ探しても見当たらない。水を張った田んぼで屈んで作業をするのは年寄りばかりだ。「山村を走ってみても、こいのぼりが少なくなった…」と日記に書き続けて十年ほど過ぎる。

紀州道という自動車専用道路が開通して、山と山を繋ぐように大きな橋梁が架かっている。そのコンクリートの上に渋滞で動かなくなった自動車が点々と並ぶ。

人はどうして群がろうとするのだろう。排気ガスを出し、自然を踏みにじり、金をまき散らす。そういう社会現象は相乗的なもので、もはや止めようが無い。
人と同じ尺度で、同じステージに乗って、同じようにふるまうことを無意識に選択している。しかも、いつでも、急いでいる。

一体、何に怯えているのだろう。どこに向かって走ろうとしているのだろう。
見つめ直すことが必要なんだとわかっていながら、駆けている。それが、不思議だし、また歯痒い。
─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ ─ 【5月初旬号】

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