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2006年1月 2日 (月曜日)

年の初めに考える(2)─文化力─

なるほどね。文化力ですか。社長。

eデモに関わって、様々なことを感じて、その発想の素晴らしさやコンセプトに間違いは無かったと確信しています。

そして最後に私の心にしこりのようになって焼きついたものは、「読書力」「文化力」が著しく欠乏していたんだ、この地には…ってことでした。

歴史上の昔はそうでもなく、様々な古典文化を生んでいる地であるのに、県民性が自己形成にまで及んで自らの内面から成長を破壊しているのですよ。


会議室は事実上の閉鎖。それはやむなし。「誰でも参加できる」…なんですが、「誰にでも参加をして欲しいとは限らない」のです。「文化力」の無い人と「読書力」の無い人がやってきたら、包丁の使い方も知らない人に包丁を持たせるようなものだったんですよ。自分も包丁を振り回そうとしたかもしれないんだが…。


文化というものは自分たちが作るのだと大声で叫んで生み出すものではなく、主流からはみ出した落ちこぼれの集まりやそれに似た精神を持った連中が、無意識に作り出したほうが味わい深いものになり、かつ普遍性をも備えることができる。

これは、【ねこさん】の独り言です。

彗星のようなヒト。表れないかな… 
おっと、モロ、県民性を表出した発言で。

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