年の初めに考える─痛み(2)─
痛み <2003年1月下旬号>に続いて追記をします。
─ 平成18年元日
Y院長は後に県立病院を退職し、地元で内科医として個人医院を開院した。
私の母は大腸癌を切除をしたりしながらも生き永らえて、糖尿病や心臓疾患など老人病のデパートのような状態で生きている。
1キロ以上の道を歩いて駅まで行き、2時間半おきにやってくるJRに乗って病院に通うのは、肉体的にも精神的にも大きなストレスとなっていた。通院を怠ることは即ち自殺行為である。
そのときY医師の医院が近所に開院した。主治医をこちらに変更することを口外したのを聞きつけた次男(私の弟)は、Y医師に命を任せることに強く反対をしたという。
しかし、現実は感情論では済まされない。近くの医者が一番だといって母はありがたく診察を受けている模様だ。
何処に間違いがあって、何が正しく、あるべき姿とは何なんだろうか。
母の余命は決して残り多いものではない、と思う。
今、何が、できるのか。
-----
« ぼたん雪キラキラ輝く片思い | トップページ | 年の初めに考える(2)─文化力─ »
「【塵埃秘帖】 新版Ⅰ」カテゴリの記事
- 水ぬるむ春分に ─ 塵埃秘帖 春分篇(2006.03.21)
- 銀マド>もうひとりの私 <雨水篇>(2005.02.18)
- 銀のマドラー/塵埃秘帖 立春篇 (2005.02.06)
- サクラサク@早稲田 〔銀マド・節分号〕(2005.02.03)
- 塵埃秘帖・大寒号 メジロ(2005.01.22)
「【銀マド】 拾遺集('07年以前)」カテゴリの記事
- 水ぬるむ春分に ─ 塵埃秘帖 春分篇(2006.03.21)
- 銀マド>もうひとりの私 <雨水篇>(2005.02.18)
- 銀のマドラー/塵埃秘帖 立春篇 (2005.02.06)
- サクラサク@早稲田 〔銀マド・節分号〕(2005.02.03)
- 塵埃秘帖・大寒号 メジロ(2005.01.22)
トラックバック
この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/46088/53733954
この記事へのトラックバック一覧です: 年の初めに考える─痛み(2)─:


コメント