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2005年6月28日 (火曜日)

口げんかあなたのあとに蛍なき

即興。

さあ、ホタルでも見に行きましょうよと仲良く二人でお出かけしたものの、ちょっとした弾みで口げんか。あらら。
いいえ、私が悪かったのと思っても意地もあるしな。

あなたの後を黙って歩いてついてゆく・・・・
ホタルが飛んでるよ。綺麗だよ。でも、ホタルも見ないで、しょんぼり歩く・・・・

そんなショートドラマを私は作りました。
俳句というより川柳っぽいでしょ。
川柳は心を突き刺すのよ。

2005年6月26日 (日曜日)

たなばたや浴衣のすそのその奥へ

ここ連日、暑い夏になっています。
しかし、日が沈むとそうでもなく、風がそよそよと気持ちいい。
庭で夕涼みと洒落てもいいじゃない。

昔の夏は、一番暑いころでもこのくらいだったのだろうと思います。
早々に風呂に入り、大きく開けたえんがわで、
蚊取り線香をたいて、うちわを持って、
空でも見上げながら一杯やる。

浴衣という文字を書きながら、
さまざまなことが頭の中をよぎります。
夏祭り、二人、浴衣、汗、夕焼け、団扇・・・


浴衣・・・を思い浮かべて、ぼんやりと私はドラマを考えている。

浴衣のすそがほつれている。
アナタの横顔が可愛い。
夕日で赤く染まっている。

縺れた足。ほつれた裾。

------------
だから
◆ たなばたや浴衣のすそのその奥へ

銀マド>黄色い麦わら帽子

銀のマドラー〔回想篇〕

╋ ╋ ╋ ╋ ╋ 

あれは いつのことだったのか
小麦色の肌の
クラスメイトの女の子と
バスの乗り場で手を振って別れた

夏休みが終わるころ
教室の席がとなりの彼女に
電話を入れた
遊びに行っていいかい?

電車とバスを乗り継いで
灯台のある
小さな漁村に私は着いた
バスの停留所で迎えた彼女は
黄色い麦わら帽子だった

強烈な印象
16才の夏

バス停から灯台まで歩いた
真っ青な海と水平線を見おろした
町の一点を指さし
--- 青い屋根が見えるでしょあれが私の家よ
と教えてくれた

真夏の日差しを気にせずに
小さな漁村の狭い路地を
歩き回った帰りに
バス停まで見送ってくれた

それから数年して
彼女に手紙を書いた
名古屋の或る銀行に
彼女は勤めているという
涙が出るほど嬉しかったです
と書いた返事をくれた

東京の下宿に戻る時に
駅で待ち合わせた

でも 彼女は来なかった


----------------
別れの風景>夏の終り(黄色い麦わら帽子)
99/09/15 22:04

2005年6月22日 (水曜日)

沙羅双樹おもいおもわれ裏に咲き

あじさいといえば・・・・

あじさい寺を散策した記憶があります。

記憶が曖昧ですが、まだ京都に住んでいたころだったのでおそらく娘は三歳くらいだったと思います。
ディズニーランドに行った帰りに鎌倉にも寄ってみました。
それが最後の鎌倉です。
さだまさしが歌って有名になった縁切り寺へも行きました。

あじさいと沙羅双樹の花が強く印象に残っています。

◇ 沙羅双樹の花の色 盛者必衰の理をあらわす

頭のなかでその一節を繰り返していました。

私の鎌倉はいつも雨降り。でもあの日はお天気に恵まれ、ひっそりと咲く沙羅双樹の白い花が印象深い。

何ごとにも燃えて挑んだ日々でした。

■ 沙羅双樹おもいおもわれ裏に咲き

2005年6月20日 (月曜日)

アジサイの花

 あっという間に6月のメルマガをお送りする季節になってしまいました。

梅雨入りしたものの、雨不足のお天気が続いています。アジサイの花には雨がよく似合いますね。

2005年6月18日 (土曜日)

あじさいに濡れた目を伏す別れなり

◇ あじさいに濡れて目を伏す別れなり
◆ あじさいに濡れた目を伏す別れなり   と改訂

ねぇ、あなた、もう未練など無いでしょ。ここで潔く(いさぎよく)お別れしましょう。
雨に打たれるあじさいは、打たれても打たれても水を弾きながら、ゆらゆらと葉を揺らす。

雨だれを眺めながら目を伏せたオンナ。
背中を向けるオトコ。

さて、ここに未練という心をどうしたら映し出せるのだろうか。

そんなことをあじさいを見ながら考えていました。
紫色というのはズルイ色だ。激しく燃えるわけでもなく冷たく突き放すわけでもない。

2005年6月 9日 (木曜日)

ホトトギス初夏の終わりを惜しみなく

初夏が終わってゆくことが、私にはことさら寂しく思えて仕方がないのです。

もうすぐ夏を迎える歓びをお持ちの方もありましょうが、春から夏へという、周りの色が変化し音がざわめく気候の中に暮らせたことが嬉しいのです。

ツバメが巣立ち、麦の穂が刈り取られ甘い香りを漂わせる。麦の収穫後の殺伐とした畑で麦藁を燃やす煙が立ち昇る季節。

夏鳥のホトトギスが啼いている。27センチほどの鳥です。大きな声だ。ああ、真夏が近い。

2005年6月 7日 (火曜日)

ホトトギス

ほら、ホトトギスが啼いているんです。私の職場。

もう帰り支度をしようかと思ったら、啼き始めました。そろそろ薄暗い。

夏鳥ですから5月の中旬に渡ってくるそうです。今年は5月21日に初めて啼き声を聴いた人が居ます。

なかなか綺麗な声ですよ。

2005年6月 4日 (土曜日)

GREEの足跡

近頃、GREEのほうも回るようにした。Walk Don't Run の日記も載せているしね。
足跡が残るのでコメント来ると嬉しいなあーなんて思ってます。

そもそも、GREEのほうは少しお堅いイメージがある。
操作性もミクシーと比べると、ユーザーフレンドリーじゃない。
そこで、それなりにこだわりのある人がやってくるのかなと思い、本人の顔もちょっとだけ載せた。
コミュニティーの機能操作設計が不親切なので、日記&コメントを有効に使えないかなとも思ってます。

そんなわけで、足跡を残した人で構わない方はお便り(コメント)くださいね。

2005年6月 1日 (水曜日)

銀マド>焦る

焦り。

ある人の日記を拝読していて、この言葉がやけに記憶に残った。これまでの自分の人生で私はそれほど焦ることがなかった。(いやいや、受験時代は結構、焦っていましたよね>自分)

人気の学部学科から筋書き通りのように企業に入り、ずっと研究開発設計畑を歩いてきた。仕事では不満と満足を交錯させながらも、自由に長期の休暇を取り妻子など持たないような旅を繰り返したりしてきた。けど、数年前、時代に乗ってスピンした。

年収は3分の1以下に落ち込み、15年も早く年金生活者になったような暮らしに入った。「生きているよりも死んだほうが家族のためになんるんだ」と毎日思いながら暮らしていた。もしかしたら、そのときが一番、焦ったときだったかもしれない。

もう一度花を咲かせたい。そう思うけど、不思議と焦らない。これはいけないことなんだなと思いながらも、一度は死んでしまえばいいと思ったんだから、浮き草のようなものよ、と開き直れる。切れているともいえるか。

現状に爆発しそうなほどに不満を持っているが故に、自分の手に依ってそこを脱出するのだ、と強く思う。そこで、新しい道を切り開くために戦略を考え、あらゆる手を尽くす。

「満たされてしまったら緩んでしまう。」そのことをを知っているのは、満たされた人---つまり緩んでしまって落ちぶれてしまった人---だけである、という摂理を知るのは、自分が落ちぶれたときだった。

「殻の外へ出よう、新しいことに挑もう」という欲望と、適度の焦りが無くなったら、人間には魅力が無くなってくるのだ、と今更ながら思う。

しかし「焦る」に命令形は存在しない。

次の一手は、常に冷静沈着のうえで打たれるのではなく、迷いと焦りで混乱した自分とホンモノの自分が格闘する感性のなかで投じるものだと思う。

その感性をいつどんなふうに磨くのか。夜が更けるにしたがって焦りの波がやってくる。

【銀のマドラー・塵埃秘帖・5月末号】

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