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2004年5月 5日 (水曜日)

ひとつの道

2001年11月6日の朝日新聞朝刊(名古屋本社)の2面に「従業員は家族。首は切れん」という松下幸之助の語録を引用して、松下電器グループが人員を整理しているという記事を載せている。

10年前に京都市にあるオ社研究所からM社に私は転職をした。入社と同時に生まれ故郷のある部品事業部門へと転勤となり、ここで電源ユニットを設計する部門に配属される。

M社では「人材」は「人財」と書くのだと、かつて上司から私は聞かされた。人を活かし個性を伸ばして事業を発展させ社会に貢献するのだ。そう教えられた。

M社のその事業部門は、トランス事業や変成器事業も同じ事業体が行っていた。決して一流のものではないが三流でもなかった。

ここではチーム制と呼ばれるユニットがあった。そのユニットは、設計部門から製造部門まで一連をひとつのチームと捉えて考える、M社の独自のやり方だとそのときの私の上司は説明した。これが私の住む田舎に集結していた。ゲーム機器、携帯電話機、エアコン、ファックスなどの電源の生産を担い、その生産台数も多かった。大量生産が出来る能力のある製造業が力を誇示し、数百億の事業体だった。

1台あたり2千円で出荷する電源でも月産5万台を生産したら1億円になる。利益率を2割しか確保できなくても2千万円の利益になる。このような電源ユニットを20種類設計して生産に持ち込めば月に20億円、年間で240億円になる。数百人から千数百人ほど人を雇用できる生産高である。

そこのチームに設計者が約200人程度いる。実際に電源設計携わるのは1人1~3テーマで数ヶ月あるから、200人もの設計者がいたら、計算上では240億円の何倍かの売上も期待できることになる。その余裕分であろうか、世間に不況の風が吹き出したころも、海外生産でローコストの商品が国内の生産工場を脅かし始めても、製造力や設計対応力を駆使して売上高を確保し、電源業界のシェアも確保してきた。

しかし…売上高が240億円から100億円まで、1年2年という間に一気に落ち込んだ。コストが10分の1以下で生産できる中国での製造体制に対して、国内工場は早々に縮小を決めた。

会社は、「事業改革、業務改善、自己改革…をして」と社員を叱咤するが、風通しが悪く融通の利かない体制には焼け石に水である。いったん自分の身を切ってから建て直さねば方法が無い状況である。

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