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2004年2月21日 (土曜日)

春 3篇

春 3篇

▼春の坂道 山岡荘八著

滝坂道は、春がいい。しんと静まり返って藪に鳥が囀るのを聞きながら石畳をこつこつと歩いてみる。石切峠を過ぎると谷が開け、人家の気配が漂う。柳生の里も間近だ。

水が湧き出るのを見つけた。ふきのとうや土筆もある。宗矩、十兵衛はもとより、沢庵も武蔵も駆けたこの古道に時代を超えた高鳴りを感じる。

「春」がつく題名の書物を3冊、思いつくまま挙げてみます。(続)

▼春の夢 宮本輝著

昔のこと、仕事を終えて難波から近鉄特急に乗りました。隣席に若い女性が1人座って文庫本を読んでいました.一方で私は仕事の疲れもあり缶ビールを飲みながらぼんやりとしていたと思います。

ふとした事で彼女の本の1行を盗み読みしてしまいます。それが宮本輝さんの文章だったので驚きと歓びで、「それ宮本輝ですよね」と声を掛けてしまった。「ええっ…」と彼女。口には出さず、意は通じ、名も聞かず。

▼春の城 阿川弘之著

1977年6月27日と文庫本の裏表紙に書いてある。阿川弘之の他に原民喜、椎名麟三、武田泰淳、石川達三などを読み漁っていた頃だ。古本屋を見つけると必ず立ち寄り、というか母校の前は古本屋街なので、毎日、50円か100円の本を2,3冊買っては、講義に出るのを御座なりにして下宿に帰った。

1年で400冊ほどの本が四畳半に増えてゆく。あれから何度も引越しをするたびに箱に詰められて運ばれてきた1冊ですっかり日焼けしてしまっている。

[2004年(平成16年)2月21日]

2004年2月 4日 (水曜日)

2月4日号 立春篇

立春が過ぎて安堵の朝寝かな 

お正月が終わったなとほっとしているとあっという間に節分、立春がやってくる。理の通り満月ですが、この月がまったく冷たそうには見えないから不思議なものです。

風は冷たいし、道路標示の温度計は1℃とか2℃という朝もある。先日など、夕刻の帰り道で0℃というのを見つけて、あら、今年初めての氷点だね、と車の中でつぶやいてしまいました。

春は名のみの/風の寒さや/谷の鴬/歌は思えど/時にあらずと/声も立てず と歌う早春賦を思い浮かべる人も多いことでしょう。

日暮れの時刻が目に見えて遅くなっています。私の職場が閉館する時刻が17時30分ですが、まだそのころには明るいなと感じます。真冬ですと、四日市市のコンビナートから桑名市、遠くは名古屋市の明かりが揺れていたものですが、今は湾岸のラインがまだ夕焼けに染まっているのが見渡せます。

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立春に母を訪ねておかき食う  

今年の節分には豆を食わなかったなあ、と感じて、そういえばかき餅を近頃は食べないなー、と感じ、こんな句を作ってみた。

子どものころには、真剣に玄関から外に向かって豆を投げつけたものだ。豆まきは一年のうちでとても大事な行事だった。寒い冬は、こたつのそばに炭のおこった火鉢が置いてあることがあった。台所の釜や風呂の残り火で湯を沸かしていたのか、母が何かを煮焚きをしていたのだった。

炭火を見ると必ずといっていいほど、お餅やかき餅を焼いたり、あられを炒って食べたものだった。炭火は赤外線を放出するので顔が火照り、手をかざすと身体の芯まで温まる。煙たいのが難点だった。

スローという言葉が蘇えっている。人はどうしてスローな暮らしを棄ててしまったのだろうか。そんなことを、赤々と熱腺を放ち出す炭を見ながら思う。

効率とか合理性とか損益分岐などという言葉を聞くたびに、地球はすべてを知っていて、温暖化現象は地球の生命の存続過程の上にあって、ひとつの筋書きなのかもしれないと思うことがある。きっと正しい。共に罰を食らうときにわかるだろう。科学と哲学の戦いだ。

2004年2月 3日 (火曜日)

立春

銀のマドラー


立春

立春が過ぎて安堵の朝寝かな ねこ

お正月が終わったなとほっとしているとあっという間に節分、立春がやってくる。理の通り満月ですが、この月がまったく冷たそうには見えないから不思議なものです。

風は冷たいし、道路標示の温度計は1℃とか2℃という朝もある。先日など、夕刻の帰り道で0℃というのを見つけて、あら、今年初めての氷点だね、と車の中でつぶやいてしまいました。

春は名のみの/風の寒さや/谷の鴬/歌は思えど/時にあらずと/声も立てず と歌う早春賦を思い浮かべる人も多いことでしょう。

日暮れの時刻が目に見えて遅くなっています。私の職場が閉館する時刻が17:30分ですが、まだそのころには明るいなと感じます。真冬ですと、四日市市のコンビナートから桑名市、遠くは名古屋市の明かりが揺れていたものですが、今は湾岸のラインがまだ夕焼けに染まっているのが見渡せます。

立春に母を訪ねておかき食う ねこ

今年の節分には豆を食わなかったなあ、と感じて、そういえばかき餅を近頃は食べないなー、と感じ、こんな句を作ってみた。

子どものころには、真剣に玄関から外に向かって豆を投げつけたものだ。豆まきは一年のうちでとても大事な行事だった。寒い冬は、こたつのそばに炭のおこった火鉢が置いてあることがあった。台所の釜や風呂の残り火で湯を沸かしていたのか、母が何かを煮焚きをしていたのだった。

炭火を見ると必ずといっていいほど、お餅やかき餅を焼いたり、あられを炒って食べたものだった。炭火は赤外線を放出するので顔が火照り、手をかざすと芯まで温まる。煙いのが難点だった。

スローという言葉が蘇えっている。人はどうしてスローな暮らしを棄ててしまったのだろうか。そんなことを、赤々と熱腺を放ち出す炭を見ながら思う。

効率とか合理性とか損益分岐などという言葉を聞くたびに、地球はすべてを知っていて、温暖化現象は地球の生命の存続過程の上にあって、ひとつの筋書きなのかもしれないと思うことがある。きっと正しい。共に罰を食らうときにわかるだろう。

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