« 立春 | トップページ | 春 3篇 »

2004年2月 4日 (水曜日)

2月4日号 立春篇

立春が過ぎて安堵の朝寝かな 

お正月が終わったなとほっとしているとあっという間に節分、立春がやってくる。理の通り満月ですが、この月がまったく冷たそうには見えないから不思議なものです。

風は冷たいし、道路標示の温度計は1℃とか2℃という朝もある。先日など、夕刻の帰り道で0℃というのを見つけて、あら、今年初めての氷点だね、と車の中でつぶやいてしまいました。

春は名のみの/風の寒さや/谷の鴬/歌は思えど/時にあらずと/声も立てず と歌う早春賦を思い浮かべる人も多いことでしょう。

日暮れの時刻が目に見えて遅くなっています。私の職場が閉館する時刻が17時30分ですが、まだそのころには明るいなと感じます。真冬ですと、四日市市のコンビナートから桑名市、遠くは名古屋市の明かりが揺れていたものですが、今は湾岸のラインがまだ夕焼けに染まっているのが見渡せます。

----

立春に母を訪ねておかき食う  

今年の節分には豆を食わなかったなあ、と感じて、そういえばかき餅を近頃は食べないなー、と感じ、こんな句を作ってみた。

子どものころには、真剣に玄関から外に向かって豆を投げつけたものだ。豆まきは一年のうちでとても大事な行事だった。寒い冬は、こたつのそばに炭のおこった火鉢が置いてあることがあった。台所の釜や風呂の残り火で湯を沸かしていたのか、母が何かを煮焚きをしていたのだった。

炭火を見ると必ずといっていいほど、お餅やかき餅を焼いたり、あられを炒って食べたものだった。炭火は赤外線を放出するので顔が火照り、手をかざすと身体の芯まで温まる。煙たいのが難点だった。

スローという言葉が蘇えっている。人はどうしてスローな暮らしを棄ててしまったのだろうか。そんなことを、赤々と熱腺を放ち出す炭を見ながら思う。

効率とか合理性とか損益分岐などという言葉を聞くたびに、地球はすべてを知っていて、温暖化現象は地球の生命の存続過程の上にあって、ひとつの筋書きなのかもしれないと思うことがある。きっと正しい。共に罰を食らうときにわかるだろう。科学と哲学の戦いだ。

« 立春 | トップページ | 春 3篇 »

【裏窓から】 」カテゴリの記事

トラックバック

この記事のトラックバックURL:
http://app.cocolog-nifty.com/t/trackback/46088/44914525

この記事へのトラックバック一覧です: 2月4日号 立春篇:

« 立春 | トップページ | 春 3篇 »

写真日記(平成28年版)

  • 越乃寒梅
    平成28年の
    日々の写真に
    コメントを
    綴ります

写真日記(平成27年版)

  • 伊達巻
    平成27年の
    日々の写真に
    コメントを
    綴ります

京都日記(平成27年春篇)

  • 焼き鳥
    京都日記
    平成27年版の
    春の日記です

京都日記(平成27年7月篇)

  • 鱧のお弁当
    京都日記
    平成27年7月篇

京都日記(平成27年11月)

  • 渡月橋
    京都日記
    平成27年11月篇

日々是好日写真記

  • ハーモニカ
    860枚 平成18年から平成26年まで(写真日記)
2018年8月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
フォト
無料ブログはココログ