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2002年9月10日 (火曜日)

首輪のついた犬たち・その1

《首輪のついた犬たち・その1》

【序章】     【働き蟻】     【転職】     【首輪って?】     【考える犬】     【愚かさの始まり】     【低レベル】     【失望】

    【閉鎖的】     【悲しい蟻たち】     【裸の王様】


    あれこれと記憶にあるできごとを書き留めてゆこうと思います。

【序章】    

タイトルを「首輪のついた犬たち」と仮設定してみた。何故、首輪なのか。何故犬なのか。やはりそのことから説明を始めねばならない。

首輪とは、その人の行動を拘束したり、(時には形ないものであったり、)一種の呪縛をもってして行動をコントロールするものであるとしましょう。犬とは、働く人たちのことです。つまり、働く人たちはコントロールされている話です。

【働き蟻】    

その前に脱線の話を少し書きます。働き蟻の行動パターンの話です。昔、京都で、ある先生(河合先生か日高先生、森先生だったかもしれない)の講演でお聞きした内容で、「働き蟻を観察します。例えば100匹がせっせと働いている姿を観察しますと、一生懸命働いているのは80匹で、残りの20匹はサボっている。そこでその80匹の蟻ばかりを、同じように100匹集めて行動を観察すると、80匹が一生懸命に働き、20匹がサボる。」というのがありました。その講座の本筋ではなかったのですが、面白い観察結果なので印象に残っています。この話はとても人間の行動や心理を代表しています。「首輪のついた犬たち」を観察する上でも重要な視点となります。〔閑話休題〕

【転職】    

私が初めてその職場を訪ねたのは、1900年の秋のことで、当時、配属先の部長だったTさんが設計部門のフロアーをつれて案内してくださいました。(この職場は)「どんな印象ですか?」と質問を受けたのをしっかりと記憶する。そこで私は「綺麗に整頓されたところですね」と応えた。「そうかなあー」とTさんは呟いておいでだったのも覚えている。新天地で大きな決意の元に一歩を踏み出す私はすべてが美しく見え、誰一人として無駄のない人間ばかりにあふれ、使命感を持って動いているように見えた。仕事にやりがいを持ち、日々が充実している。理想郷とはこういうところなんだろう。そう思いました。同時に自分の実力に少しばかり不安を持っていました。そして、長期にわたって(第二の人生として)私はこの会社に勤めました。2002年の3月に今、流行のリストラで辞職しました。

【首輪って?】    

いつも感じていたことは、会社の形式上の同僚たちは、「働く人」であり、「首輪のついた犬」でありました。コントロールされることが日常化されたなかで、この犬の首輪をとき放したらきっと犬たちはどこかに行ってしまうでしょう。私は働く同僚を見ていつもそう感じました。何をしたらいいのかわからなくなる犬も出るかもしれない。日常に、会社という組織が、様々な形で犬を呪縛し飼い馴らしている姿がありました。親しい人にこのことを打ち明けたことがありました。「飼われた犬でいいじゃないか」と開き直られたことがあります。「そうですね」としか応えられなかった。きっと彼もジレンマにいたと思います。しかし、1 度飼い犬になってしまったら、そんな楽な人生はないのだろうから、彼はその犬の生活を選んだのでした。

【考える犬】    

しかし、犬になることを、何も悪いと私は思いません。成れる人はそうすればいいし、その判断は立派です。今、どうしても考察しておきたいのは、このような行動をとらせて犬を飼い馴らす会社の「社風」を、一般論として分析できないものかという、壮大な課題を抱いたのです。ひとつの事業場がどんなことをしているかを責めるつもりもない。私は負けて出てきた犬ですから。でも、行動を科学し、考える犬に私はなりたい。

【愚かさの始まり】    

仕事場のフロアーの掃除をする例を考えてみます。汚くても誰も掃除をしようとしません。何故ですか…と疑問に思いました。掃除当番が決められていないから、自分が掃除当番でないから、だから自分のデスクや実験室が汚くても掃除を始めないのです。掃除は仕事でない、と思っていたのかもしれません。残業をするようになって驚きました。上司が早く帰っていなくなると、その部下たちも知らず知らずのうちに帰ってしまっていないのです。普段なら深夜近くまで残って、あれこれと頭をひねっている人たちが、あの仕事にかける情熱をどこにやってしまったのか、と思いました。見られていなければ仕事をしない。または逃げ出す。そういうのは、ここの人には半ば常識だったんです。

【低レベル】    

そんな状況では管理をする人が必要になります。掃除当番を決め、作業分担を割り当てる表を作り、仕事の進み具合をチェックする様々な手法を考え出します。クリティカルパスメソッドに基づいたきちんとした管理もあれば、小学生を咎めるような幼稚にしか見えない管理もあります。私はあまりの驚きに「校則で縛られて、自分らしさをまったく失ってしまった三流の高校のようだ」と言ってしまった。髪が長いと散髪に行けと言い、髭を生やすと禁止だという。服装のことも何かとうるさい。管理者だったM君は残業が終わって帰る前にデスクの電話で自宅に電話を入れていた。それを見て知っていた他のある人が、あるとき同じように自宅に電話をしたら、M君は厳しく私用電話を咎めたという事実も目撃しました。管理者は聖職で自分の悪行は神の成せるワザだとうことをこのひとつの光景が物語ります。

【失望】

    職場の中では、こういう低レベルな管理が蔓延していました。当然、業務の管理にしても全く同じような論理で行われ、ひとりの人間がその人の脳みそを使って成した仕事を、いとも簡単に否定したり、その過程さえも無視したり破り捨ててしまうようなことが行われています。ひとつのタスクを成就する組織(ボックス) としては、素晴らしいものであっても、そのブラックボックスの中は、奴隷船のようで、個性もなく、生きがいもヤリ甲斐もなく、甘い餌に群がる犬のような (蟻のような)行動パターンでした。それは「ロボットのように絶望的に働いている」状態というよりは、「首輪のついた犬」の集団でした。

【閉鎖的】    

しかし、生え抜きで身を捧げている人たちは、高校や大学を出て初めて出会ったこの社会が世界の常識だと思い込んでいますから、私の言っていることさえ理解ができないようでした。ある程度心を許した人であれば、「仕方ない、ここで生きるしかないのだから」と言って本意か虚心かは定かでないけど、私の意見に聞く耳を持ってくれました。そういう人は、しかしながら、こういう職場にはなじめないのでしょう。配属を転々としてどこかに転勤して行ってしまった。

【悲しい蟻たち】    

働き蟻のような私の同僚だった人たち。実にその実態は、管理されることで、自らの働く楽しみや、自主的に何かを成就する歓びを全く喪失してしまっていました。働く姿も立派でしたが、先に書いたように「サボる蟻」のような人も多くいました。自分たちを支えてくれるのは大企業です。健康保険、福祉、就業条件など様々な面で、高水準を保障され、満足のいく船です。社会的ステータスも最高です。そういう後光に支えられていました。生きる力をしたたかに備えながら、上手に働くふりをする。こういう人たちを肥大化した企業は育ててきた。だから、リストラという大きな構造改革をしなくてはならなくなって、しかもそのやり方がものすごく下手なのです。

【裸の王様】    

おかしくなるばかりでした。しかし、私にはそれが「裸の王様」の集団のように見えて、自分を妥協させるのに罪悪感さえおぼえるようになったのです。相思相愛の全く逆で私は2001年の秋に退職することを、言いました。会社の筋書きどおりだったのが悔しいけど、後悔はありませんでした

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