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2017年10月23日 (月曜日)

台風21号深夜に通過しました

週末の土曜日の夜に
孫のところに
お父さんが
ケーキを持って
来てくれた

いちご、栗(モンブラン)、抹茶、チョコ

悠人は一歳半やから
まだ食べられませんから
お父さんとお母さんとおじいさんとおばあさんでいただきました

日曜日は仕事があるので
お昼ご飯を食べてすぐに
お父さんは出かけていきました

またしばらく
おじいさんおばあさんと
一緒にご飯を食べたりして暮らします

日に日に喋る言葉が増えてゆく

今度お父さんが来た時にはまた驚くだろうな

22日の夜は
台風21号が通過するので
ひっそりと
お夕飯のおでんを食べて
早めに寝ました

2017年10月21日 (土曜日)

泣くなら、ひとり 壇蜜日記3 

壇蜜日記3をぼちぼち読んで
かれこれ1ヶ月ほどが過ぎる

汽車の中で景色を見たり
高校生を眺めてぼんやりしてみたり
この本に目を通したりしながら
数日分を読むと降車駅に着く

壇蜜さんのことは全く知らない

見たこともないし
声を聞いたこともない
顔も浮かばない
どんな人物かも知らない
つまりは何をしている人なのか
よくわからないまま 読み出したのだ

なかなか、庶民的で
ちょっと堅物のようで
少し斜めに構えている風で
結構 真面目で純粋で
昔くさくて
それなりに知性もあって
エッチなことも書く

文章は散文的で
それほど上手ではない
けれども、とけ込みやすくて

味なことを時々書く
そこに付箋を貼ってしまうので
文庫本からたくさん付箋がはみ出す

壇蜜日記3  
BOOKs(読書日記)

2017年10月20日 (金曜日)

台風21号が接近中

台風21号が接近中

この寒さやからめちゃめちゃな大暴れはないと思うけど
雨はどっさりと降るやろなあ

先週はトイレリフォームで1日休暇を取ったが
月曜日にJRが止まっていたら ふたたび休暇ですなあ

サンマは写真のコメントにも書きましたが
19日に食べました

そして20日に今季初のお鍋になりました

サンマ9号 トイレ改装
写真日記から

2017年10月17日 (火曜日)

十月中旬篇 その2

十月は
寒くなったり汗ばんでみたり
雨が降り続いたり

日記を書く気力もなく
また この続きはそのうち書こう

十月中旬号

20171017_2 タンドリーチキン サンマ8号 渋柿 柿がなりました 柿がなりました

写真日記から

2017年10月15日 (日曜日)

柴漬けを食うて酸っぱき人生思う ─ 鴻雁来〜菊花開  十月中旬のころ

鴻雁来(こうがんきたる)
八日から十二日 ツバメと入れ違いに雁が北から渡ってくるころ
雁は日本で冬を過ごし、暖かい春になるとシベリアの方へ帰っていく

菊花開(きくのはなひらく)
十三から十七日 菊の花がさくころ
菊には不老長寿の薬効があるとされ、重陽の節句(旧暦9月9日)には菊の花を酒に浮かべた菊花酒を飲む風習がある

暑さが戻ったと思えば寒さがきたりする日々である

柴漬けを食べれば酸っぱい人生思う

誕生日でした 誕生日に柴漬け食べる サンマ7号 井村屋感謝デー
写真日記から

M's Zoom

2017年10月14日 (土曜日)

「羽生善治の名言」が目に止まる

「羽生善治の名言」が目に止まる

私は才能は一瞬のひらめきだと思っていた。しかし今は10年とか2030年を同じ姿勢で同じ情熱を傾けられることが才能だと思っている。

勝負の世界では「これでよし」と消極的な姿勢になることが一番怖い。常に前進を目ざさないとそこでストップし後退が始まってしまう。

誰でも最初は真似から始める。しかし、丸暗記しようとするのではなくどうしてその人がその航路をたどったのかどいう過程でそこにたどり着いたのかその過程を理解することが大切。

ただ一局一局を大切にそこにだけ集中して指してきた。見た目にはかなり危険でも読み切っていれば怖くはない。剣豪の勝負でもお互いの斬り合いで相手の刀の切っ先が鼻先1cmの所をかすめていても読みきっていれば大丈夫なんです。

すでに過ぎ去ったことは仕方がない。私は、意識的に先のことを考えるようにしています。

反省は勝負がついた後でいい。「いかに戦うか」は大局観にかかわるがその具体的な戦略は事前研究が決め手になる。事前にしっかり準備して万全の態勢で対局に臨んでくる人は強い。

プレッシャーはその人の持っている器に対してかかるものだ。器が大きければプレッシャーを感じることがないはずだと自分に言い聞かせています。

一番いいと思えるものを簡単に単純に考えることができれば逆境からの突破口を見出せる。ビジネスや会社経営でも同じでしょうが一回でも実践してみると頭の中だけで考えていたことの何倍もの「学び」がある。

勝敗を決定するのは“ただの一手”であったりする。絶妙の一手。あるいは絶妙に見えて最悪の一手。

直感には邪念の入りようがない。長く考えると言うのは道に迷っている状態なんですね。

「勝ちたい」とか余計な思考も入ってくる。だから、いくら考えても分からない時は最初に戻って直感にゆだねることがよくあります。

勝ち負けにはもちろんこだわるんですが大切なのは過程です。結果だけならジャンケンでいい。

いろいろ考えられる選択肢の中から「この一手」を選ぶのは自分しかいないわけです。

ミスはミスを呼び悪手は悪手を呼ぶ。プロがミスをしないのはミスしにくい局面を選択しているからなんです。

夢は目指した時から目標に変わる。

2017年10月13日 (金曜日)

父の日記 はじめに

父の日記 はじめに   (秘伝本篇はリンク先です)

わたしが子どものころ、そう小学生から中学生のころのことだ。

父は、就寝前にいつも必ず日記を書いていた。

枕を胸に当てうつ伏せで書いていたと思う。

居間や奥の間(寝間)には机などなかったし、卓上の電気スタンドもなかった。

だから、薄暗い奥の間の部屋の灯りだけで書いていたのだろう。

ペンは、鉛筆だったのかボールペンだったのか、今となっては不明である。

わたしはその日記に感心を持ったことはなかった。

こっそりと読んでみようという気も起こさなかった。

子どもというのはそういうものなのだ。

そういうことに気づくのは自分が父を亡くして、娘に昔話をしておきたいと考えるようになってからであろう。

子どもは、昔話や親のことにはさらさら感心がないのだ、と知ったからだ。

日記は全く現存しない。

毎日丁寧にじっくりと時間をかけて綴っているのを見てきた。

日記帳は、1年分の分厚いもので、毎年同じものを使っていた。

部屋の片隅か押し入れには何年分もの日記が積んであったのを憶えている。

おそらく、わたしが生まれる前か子どものころから書き始めていたのだろう。

そのことを考えると相当な冊数の日記があったわけで、あれは曖昧な記憶ではないのだ。

だが、日記は消失している。

無くなった理由を想像すると二つのことが思いつく。

母がある時期に家財の整理をして、その際に廃棄するか焼却したかもしれない。

子どもが高校に行くので(または大学に行くので、または社会人になったので) 

生活が一段落して、過去のあれこれやモノを整理した可能性がある。

だが、そのように廃棄したとして、父は廃棄の様子をどう思ったか。

そこまではもっともな想像はできない。

もうひとつ日記が消滅する可能性がある。

それは父が定年前後から脳梗塞の症状で苦しんでおり、入退院を何度か繰り返した。

その症状が思わしくない時期があって精神的な(一種の強迫症のような)障害があっ たのかもしれない。

その際に、母のバックや貴重品を庭で無理矢理(病的に)焼却してしまうというちょっとした事件じみたことがあったかもしれない。

永年父が、おそらく30年も40年も継続してつけていた日記なのだから、そんなに簡単には焼却できるものではないと想像する。

父はどんな気持ちで消えてしまう記録を見つめていたのだろうか。

あの日記にはどのようなことが書いてあったのか。

あらゆることを思い出せるだけ思い出して、想像してみたいと、先日、ふと、思った。

真相はわからないのだが、あの日記にはどんなことが書いてあったのか。

架空のような夢のような想像を混じえて、少し考えてみよう。

そう思いながら、私はこれを書き始めています。

2017年10月 9日 (月曜日)

京都日記(10月上旬編)

友だちに会うとウチの人がいいまして
二、三泊分の荷物を急遽持ってお出かけしました


▶️京都日記(十月初旬篇)

2017年10月 4日 (水曜日)

物語は進まないほうが愉しいかも。その17

🍀 九月三十日の出来事


 物語は進まないほうが愉しいかも。その16

を書いてから随分っ月日が経ってしまった

高校時代のH村君が定年になって10年以上続いた単身赴任を終えて帰って来た

茫々の畑や田んぼと向き合う暮らしを始めながら
ぼくのハイキング計画に乗ってくれた

ということで
先生は学校忙しいかな 部活もあるしな
と思いながら声をかけてみる

天狗倉山 馬越峠 天狗倉山に登ってきた

と そしたら話に乗ってくれまして
しかも帰りに温泉に寄る案などもある話にも
大賛成・お風呂セット持っていきます
ということで

馬越峠、天狗倉山に行って来ました

いい天気で日焼けしました

H村君の同僚(で同い年)とみんなで3人でいきましたが
トレッキングレベルではみんな健脚です

アヘアヘ言いながら
タオルの汗をびしびし絞って
登ってきました

先生は3度ほどきてるというし
御在所の7マウンテンは全て行ったという凄さ

またまた知らない一面と出会ってしまって
やっぱし遠い人なんやなあと痛感

また誘いたいな

⭐️ 関連日記もあちらこちらに書いてますので参考にしてね

2017年10月 3日 (火曜日)

餃子食うあなたの吐息に酔いしれる

🍀  餃子食うあなたの吐息に酔いしれる

餃子が食べたいと思った帰り道 帰れば餃子 ♫♬
もちろん青森ニンニクを使って具がぎっしりです

寿がきやから売り出している(松阪)「更科中華そば 」を買って来て
家で作るのだが ハマってしまって 2度目です

十月一日にはサンマ5号もクリアしております(笑)

♠️

写真日記から
餃子 サンマ5号 松阪・更科そば(寿がきや)

2017年10月 2日 (月曜日)

更けて行く秋の夜のなんと残酷な

月がそろりそろりと
丸みをおびはじめた

心地よい風が窓辺をそよぐ

一人の部屋で無心になって
寒さの季節を予感する

窓を閉めながら考えた

今年も紛れもなく
木枯らしが吹くようになり
寒さがこたえる季節がやってくる

ぼんやり思う

嬉しいような
寂しいような

そのように
ふとしたことで秋を感じ

幕を引くように
秋が暮れてゆくのを
物悲しく思うたりする人もあろうな

この季節がもたらす
枯れゆく景色に
波の勢いのようなものがある

一人で机に向かって
なにごとか
手紙のようなものを
書こうというときには

決まって瞼には
一人の人物がいるのでした


M's Zoom

10月1日はサンマでした 栗餅(朔日餅) 栗餅(朔日餅) 栗餅(朔日餅)

2017年9月30日 (土曜日)

馬越峠-天狗倉山-古道の湯 (九月下旬 2号)

写真日記から
天狗倉山 馬越峠 天狗倉山に登ってきた

以下 アメブロから

熊野古道

馬越峠の3枚

 

人も少なく

天気は抜群に良く

楽しくハイキングをしてきました

 

馬越峠をのあとは

海洋深層水・「古道の湯おわせ」にも寄ってきました

2017年9月27日 (水曜日)

九月下旬号

あとで書こうっと

Img_3086 タンドリーチキン(ほとんどインスタント) サンマ3号
写真日記から

2017年9月24日 (日曜日)

オクラとウインナー  秋分号・号外

ニンニクたっぷり焼いたオリーブオイルで オクラを炒めます

7月24日はシシトウとオクラのペアでした

こんどは、シャウエッセンとオクラを炒めます
 

強火でしょわーんとお気に入りの焦げ目になるところまで炒めて終わり

++

写真日記
オクラとシャウエッセン シャケ 大根の煮物
ししとうとオクラ

2017年9月23日 (土曜日)

やっぱり便利か? (中篇)

まず、私の時代のスタイルを思い出してみると

(しかし、こんなことを語ったところで、今や歴史談話でしかないのだ)

▶︎ 旅の目的

未知なる場所を目指して自分の力で辿り着く

▶︎ 目的地探し

1.旅雑誌やバイク雑誌の記事をみて、自分で地図を開いて様子を想像して決める

2.電子情報を検索するというアイデアさえこの世に生まれていない

▶︎ ルート決定

1.地図を見て曲がり具合とか高度などから地形や渋滞状況を推測する

2.できる限り楽しく走れるルートにする

3.途中に温泉や峠越えを入れる

4.同じ道を走ることは理由がなければ避ける

▶︎ キャンプ場

1.地図を見てテントの張れそうな地形を想像する

2.学校や公園などのテントを張れそうなところを想像する

3.道の駅が出来始めた頃にはここを利用したが、マナーが悪い人が増えてゲリキャンが難しくなってくる

4.ツーリングマップルが新版になってからキャンプ場の情報などが載るようになったので利用する

▶︎ 道具

1.自作のローソクランタン、ホームセンターで買った3千円のテント

2.DIYショップで買って来て自作したトップボックス

3.苦心の雨対策グッズ、防寒グッズの数々

ほかに

▶︎ 天気

1.天気情報を伝えるテレビやラジオがドライブインなどにないか注意を払う

2.家に電話をして天気予報を見てもらう

3.長期予報をみてから家を出る

4.朝から雲行きに気をつけて空を見上げる

♠︎ 雨は嫌でしたが、ツーリングに雨はつきものでした

GWなどは雨を避けて信州の山をあっちに越えたりこっちに越えたりしながら走りました

♠︎ 西から来る前線に向かって走り雨を短時間で済ませたり

東に向かって前線と一緒に帰って来たこともありました

♠︎ 出逢いは歓びでした

いろんな人に出逢いました

みんな素敵な人で

みんな話好きで

 

たくさんの旅の話を語らいました

韮が峠 坂本竜馬 脱藩の道

2017年9月22日 (金曜日)

やっぱり便利か? (前篇)

バイク繋がりの知り合いさんが
FB(の非公開のグループ)に書いていたことが
とても強く、私を引き止めたので
少し内容をお借りしてきました
 
♣️
 
連休にライハで出会った2人組の大学生は
125スクーターで日本一周を始めたばかりで
 
「へー地図持ってるんすね。バイク旅に地図とかってあった方がやっぱ便利なもんすか?」

知り合いさんは、その2人からそう言われたそうです
 
++
 
2人組は
・目的地探しは、全てipadで検索
・ルート決定は、スマホのGooglMapナビ音声のみ
という方法で、この先数ヶ月間旅を続けていくという
 
・キャンプ場は、「はちのす」を見て探す
・ツーリングマップルの存在は知らない
 
さらに知り合いさんは、2人組がくつか目的候補地をリストアップしていたのをみて
 
「そこにはなんで行きたいの?」
と質問をしたそうです
 
「インスタ映えする写真が撮りたいからっす! 僕らの世代だとそんな感じじゃないっすか。」
という答えが返って来たらしい
 
♣️
 
「僕らの世代」をそんな感じだと
しっかりと捉えているので
大したもんだと思う反面
この実態は決して表層的な話ではないのだろう
と深く考え込む
 
ITの進化した時代であるから
このような便利機能をフル活用することに異論はない
 
だが、ここで深く考え込むことがあることは無視できない

便利とは何か


(つづく)

肉じゃが

2017年9月15日 (金曜日)

サンマ食うあなたと人生語り合う

写真は昨夜アップしてちょっとしたメモを書いてそのままにしたけど
今朝になってからすこしばかり直そうかという気持ちになる

というわけで16日午前に改訂・加筆しています

台風18号が九州の西の方にいてこれから九州を横断して四国も通って
予想円の中心をつなぐと兵庫から若狭湾の方に行くのかもしれない

土曜日も日曜日も雨降りの予想である
最も暴風雨の激しくなるのが日曜日(17日)の午後らしい

♣︎

光化学の体制が金曜日で終わったので
きょうは半年ぶりにのんびりした休日を過ごしている

それが雨降りでしかも台風であっても
ぼくとしてはほっこりとしているのだけれども
世の中の多くの人は秋の貴重な三連休が雨降りになってしまって
悔しい思いをしているのかもしれない

00290916_85036

台風18号は非常に強い大型の台風と気象台は報じている
せめてうちの方にやってくるまでに弱まっていて欲しい

ゆうべ 子どものころに台風が来たのを思い出して
うちの人にその前の晩の話をした

家をぐるりと回ってガラス戸や木戸に戸板を打ち付けて回った話をしても
強い台風が来ない地方で生まれ育ったうちの人はチンプンカンプンのようだ

🍀

壇蜜日記3 泣くなら、ひとり

壇蜜日記を読んでいる
通勤列車の中でぼんやり外を見る合間に本にも目を通す
夢中になって読まないし
読んでしまった後に忘れても構わないので
軽い気持ちで読めるのだが

日記の中身はそれほど軽いものばかりでもなく
物事を深くまできちんと考えてしまう人には
割と見逃せない深刻な日常の気持ちが綴られている

こういう作品は多くの人は好まないかもしれないが
つまらないテレビ番組や金太郎飴的なバラエティ番組
薄っぺらな自己満足的な教養番組やクイズ番組を
あてもなく見ているよりは
はるかにいいのではないか

自分を見つめるという行いや時間を失いつつある現代人には

不便で不自由でちょっとばかり無駄だと思えるような時間をと
じっくりと向かい合う必要があるのかもしれない

壇蜜日記3 

今年の秋刀魚第1号
去年より十日以上も遅くなった

そろそろ買おうかと思いながら
もう少し安くなってからにしようと思い

生サンマが冷凍サンマに変わって
値段も200円からさらに150円になって

また生サンマに戻って
値段も200円になってしまったところで
うちの人が買って来てくれた

30センチのサンマが未来には15センチになってしまうという
研究調査のニュースが十年ほど昔にあった

今年の秋刀魚はカマスほどに小さい

秋刀魚1号

そのほか
いろいろ

 ブリ照り

2017年9月13日 (水曜日)

カツオ食べる、刺身で半分はタタキで

九月中旬で仕事の体制が一段落するので
気持ちがホッとするのだろう
ちょうど 火曜日と水曜日に休みみが続いて
しかも雨降りだったので家でのんびりとできた

午後に一時的に雨があがったので
長い柄の傘を持って散歩に出かけた

あぜ道ではまだ姿を現さないが住宅の外れの
軒先にあった彼岸花が蕾を赤く膨らませていた
(写真はない)

お昼前にうちの人とスーパーに出かけてみると
密かに考えていた秋刀魚のほうは
雨続きのせいなのか少しパッとしないのだが
カツオが手頃な大きさで並んでいたので
タタキにしようと思い買う

もちろん 半分は刺身にして食べて
残りをタタキにする
タタキの方はうちの人も食べます

カジキの切り身も一緒に買っていて
フライにしてこちらがメインです

今朝(13日)二年前の日記がひょっこり現れて
秋刀魚5号と書いている
5匹目のサンマ

やはり今年は秋刀魚はあまり獲れないのだろうか


九月中旬始まる 
カジキのフライ カツオの刺身 チキン南蛮

2017年9月12日 (火曜日)

すっかり秋めいてきてます 白露もすぎて

あっという間に9月も中旬です
上旬を振り返ってみます

🍀 涼しくなったので 窓を開けて寝ても夜中に閉めに起きなくてはならないほどです
無精なので厚めの肌布団を用意してあります

🎥 5日から6日にかけて
三年ぶりの大腸ガン検診です
おなかスッキリさせるためにうどんを食べたりお芋を食べたりして五日を迎え
六日は検診日でした
少し小さいものがあるようですが気にしなくていいでしょう
それよりも憩室がたくさんあるので気になりますね
10%ほどの人に見られるということで出血などが大量にあることもあり要注意らしい

🌿 ツーリングガイドの2017版が発行されたのでいただいてきました
バイクで走ることはないけど旅の雑誌を読むのは大好き

キャンプにいってゆっくりと夜空を見上げながら酒を飲む
いいですね ほとんど夢物語です

🎥 10日は今年最後の休日当番
クルマをうちの人が使うので汽車で行きました
だったら車窓の景色を撮るのが定例です

🍀 ムスメさん
おなかも大きくなってきて
そろそろ産休の準備です

鶺鴒鳴 ─ 白露篇 (裏窓から)


9月上旬号
いつもの車窓から  南伊勢 ツーリングガイド ハンバーグ

2017年9月 5日 (火曜日)

いよいよ・明日

あす
帰ってから
続きを書く


三年前と四年前にカメラの検査を受けたきりで
小さいポリープがあったので
しばらくしたらということで放置してましたが

母が60歳のときに大腸ガンを切除してますので
(両手からはみ出るほどおおきな切除肉片でした)
私も 久しぶりですし その歳になったので
検査を受けようと思います

四年前の写真、見えるかな? (お試し

こんな写真もあったわ
2001年のものです


 

いよいよ
下剤(ラキソベロン)

2017年9月 4日 (月曜日)

消化の良いものを心がけるものの

暦が八月から九月に変わったと同じくして
朝夕が涼しくなったような気がする

温度計を気をつけていると
朝の気温が23℃ほどまで下がる

ここまで涼しくなると
駅まで歩くときにも
日が出ていても傘は不要です

久しぶりに大腸カメラの検査を受けようと思い
予約を6日にしたので
その日に腸の中が綺麗になっているようにと
ベストな状態を目指すことを考えると
毎日の食事に少しばかり気を使うことが増える

消化の良いものを食べようと努めるくらいだが
日常から気遣って暮らせば健康的なのにと
考えたりしながら質素なものを思い浮かべようとする

食べるという日常が
心を些かであっても豊かにしているのだなと
感謝しながら
素朴な食べ物に潜む味の美しさを思う


九月になりました
デニーズでハンバーグカレードリア風 山掛けうどん(梅干し付き)

名古屋へお出かけしたそうです(ムスメ)


久しぶりに
でたらめな日記を書こう

💕 満月を待たずにキミに手紙書く
💕 鈴虫が鳴いて水割りもう一杯

お月さんが丸くなって来たね
少し前から月を見上げてつぶやいている

💕 カメムシやここぞとばかり月夜かな
💕 今晩はほんまええ月が出とおいなさる
💕 月夜なり 思い出す人ひとりだけ

ぼくにしたら最上級の恋文を書いたつもりだけれど
どうやら君には届かないみたいです

52円の切手を買って
お釣りとレシートが財布に入っている

手紙が届くのは
立待ちの月の頃だろうか

さざ波の打ち寄せる浜辺へ
キミを誘い出す夢を幾度見たことか

2017年9月 2日 (土曜日)

池谷裕二 自分では気づかない、ココロの盲点・・・


8月29日の中日春秋(中日新聞)が

米気象当局はハリケーンが発生すると、男女の名を交互に付けていく。今年はアーリーン、ブレット、シンディ…と女男女の順で名付けられ、今回、北米を襲った大型ハリケーン「ハービー」は男性の名だ。では、男の名のハリケーンと、女性名のそれでは、どちらが被害が大きいか。それとも被害に差はないか? 東京大学で脳を研究する池谷裕二教授の『自分では気づかない、ココロの盲点』(講談社)によると、女性の名のハリケーンの方が、多くの死者を出すのだそうだ。(以下略)

 

と書いているので、本屋に出かけた。

池谷裕二 自分では気づかない、ココロの盲点

これを買いに行ったのだけれども
何を間違えたのか、
しっかりメモをしないで行ったのがいけないのか、
池谷裕二 進化しすぎた脳

こちらを買ってきてしまいました。

おかしいなあ、80問のクイズ形式になっていると、

書評では書いてあったのに。

 

家に帰って

作者の出版リストを調べて

買い間違えたことが判明

ま、いいか

(語る 人生の贈りもの)佐藤愛子

半月ほど前から新聞連載に佐藤愛子さん「(語る 人生の贈りもの)佐藤愛子」が登場し、9月1日が、最終回・その15でした。

その14のときに

--
 
書き始めると、ハチローのエゴイズムの裏側に潜んでいるものが見えてきました。小説の基本は、人間について考えることです。そして、そのためには、さまざまな現象の下にあるものを見なければならない。

--

という部分がありました。

そしてさらに、その15では、

--

私の人生はつくづく怒濤(どとう)の年月だったと思います。しかし、その怒濤は自然に押し寄せてきたものではなく、人から与えられたものでもない。私自身の持ち前の無鉄砲でそうなったのだと気がつくと、よくぞ奔流に流されず溺れずにここまで生きてきたものだと、我ながら驚いてしまいます。とにもかくにも自分の好きなように力いっぱい生きてきました。決して楽しいといえる人生ではなかったけれど、恨みつらみはありません。何ごとも自分のせいだと思えば諦めもついて、「悪くなかった」と思えるのです。

--

とはじまっています。

二度目に離婚をした夫のことを回想し、思わずマーキングをしたのですが

--

(語る 人生の贈りもの)佐藤愛子:15 最後はわからずとも受け入れる

 最後の作品になると思い、88歳で長編小説『晩鐘』を書き始めました。小説で彼を書くことによって、私はその変貌(へんぼう)を理解しようと考えました。人間を書くということは現象を掘り下げること。一生懸命に掘れば現実生活で見えなかった真実が見えてくる。そう思って書いたのでした。

 しかし書き上げても何もわかりませんでした。わからないままでした。いくらかわかったことは、理解しようとする必要はない、ただ黙って「受け入れる」、それでいいということでした。

--

と書いている。
その後、ふらんす堂の yamaoka さんも同じ箇所を自分のブログに引用して「ただ黙って受け入れる」というタイトルの所感で「丹田にズンと来た」に書いた。

ぼくは嬉しくなってきました。

受け入れる、ということは人生の幾つもの節々でぼくたちに要求されてくることで、或るときは否応なしなこともあります。

受験においても、子育てにおいても、社会人になっても、結婚しても。
夫婦お互いに対してもそうでしょう。

受け入れることによって滲み上がってくる身体中の抹消神経を痺れさせるような「苦味(にがみ)」のようなものに、多くの人が共感するのではないでしょうか。

ほんま、ぼくもズンときました。
まだまだ若輩モノですけど。



(語る 人生の贈りもの)佐藤愛子:14 
書き始めると、ハチローのエゴイズムの裏側に潜んでいるものが見えてきました。小説の基本は、人間について考えることです。そして、そのためには、さまざまな現象の下にあるものを見なければならない。
      
(語る 人生の贈りもの)佐藤愛子:15 
 最後の作品になると思い、88歳で長編小説『晩鐘』を書き始めました。小説で彼を書くことによって、私はその変貌(へんぼう)を理解しようと考えました。人間を書くということは現象を掘り下げること。一生懸命に掘れば現実生活で見えなかった真実が見えてくる。そう思って書いたのでした。
      
 しかし書き上げても何もわかりませんでした。わからないままでした。いくらかわかったことは、理解しようとする必要はない、ただ黙って「受け入れる」、それでいいということでした。    

2017年9月 1日 (金曜日)

カンタン酢でタルタルソース

熱出した孫を見舞って魚買う

30日

孫が熱を出して
見舞いに出かけて
帰りに鯵を買って帰る

アジフライ

最近
タルタルソースに凝っている

ミツカンの調味酢(カンタン酢)
(玉ねぎ入りなど宣伝しているかも)

を買ってきて

ゆで卵を刻んで
マヨネーズを混ぜて

簡単にタルタルソースができます

便利です
玉ねぎ入りのカンタン酢がいいかな

自分で玉ねぎ刻むかな

2017年8月31日 (木曜日)

南国屋さん(その2)

南国屋さん(その2)
蒸し暑い夜は昔(その1)の 下宿屋のことを思い出す。


向かいの下宿屋は、ぼろぼろの家で一階が食堂だった。

「南国屋」さんと隣近所の人は呼んだのだが、看板が出ているわけではなく、営業しているときでもその暖簾では食堂として営業しているようには見えなかった。

だから、お客が入っていくところも入っている姿も見たことはなかった。

二階の下宿へはどうやら食堂の戸をがらがらと開けて入るらしいのだが、夜中に帰ってきたときはどうしているのかはわからなかった。

そうそう、寅さんの映画に出てくるような雰囲気に近いのかもしれない。

こちらの部屋と向かいの部屋は一間余りの狭い露地を隔てているだけだったので、向かいの下宿屋には跳べば移れそうな感じがした。

窓を開けると向こうの部屋の中がよく見えた。

おそらく真正面の窓から見えている部屋と他には小さな押し入れがあるくらいだっただろう。

この部屋とさほど変わらなかったに違いないが、この部屋は貧乏な大学生が住んでいる賄い付きの下宿屋で、向かいは一人で暮らす若い女の子が住んでいる小さなキッチンのある部屋だった。

その女の子はたぶん学生ではなかったにちがいない。

こちらから、窓辺に座ってちらちらとみながらいつも想像をしていた。

向こうの部屋にはカーテンなどなく、磨りガラスの窓が1枚の構造であった。

だから、彼女はたいてい窓を開けっ放しで暮らしていた。

ご飯を食べるときも、テレビを見るときも、寝るときも、着替えるときも。

こっちの部屋から見えていることは充分にわかってる筈だし、若い大学生の男子がいることも気づいていただろう。

けれども、この部屋からしか見えないという理由なのか、その気がないのか、いつもこちらを意識している様子はなかった。

洗濯物も恥ずかしくないのだろうか、平気で窓際に干していた。

挑発的であったというわけでもない。

存在を意識していないのだ。

こっちの部屋の住人にしたら刺激的なことが次々と起こることもあったが、やがて慣れていってしまう。

下着姿でうろうろしようが、着替えをしようが、ほぼ裸で寝転んでテレビを見ていようが、慣れてしまって平気になってゆく。

と、そうは言いながらも彼女がどんな女性なのか気にかかって仕方ない時期があった。

南国屋さんは猫を7匹くらい飼っていた。

店主であり下宿屋の主人だったおばさんは、その7匹の猫ちゃんを大切にしているのだが、機嫌を損なうと箒で追いかけまわすという、漫画のような人だった。

ぼくはその主人であるおばさんの顔も下宿人だった女の子の顔も、2年近くもの長い間住みながら知らないまま暮らしたのだった。

パンツを見れば誰かわかっただろうというおかしな自信がある。


 

その1 南国屋さん
2012年1月28日 (土曜日)
    【銀マド】 深夜の自画像

2017年8月30日 (水曜日)

貧乏・暇暇 前略・早々   - 八月下旬号

最近 アメブロを始めまして
何にも書くことがないのに
開設したので
思いつくことやつぶやき
ひとりごとのようなことを
書いて遊んでます

よかったら遊びにきてね

気軽にコメントをかけるような
雰囲気にしていきたいと思っています

貧乏・暇暇 前略・早々
人生は第四コーナーから

八月尽
カステラ(おゆうはんまえに) カステラを買いました ブリの刺身

2017年8月26日 (土曜日)

八月は静かに終わっていきます

八月下旬、処暑のころに今月を振り返り、さらに20年を振りかえった。

18日に最後の勤務を終えたうちの人は、きちんと思い返してみると、父が亡くなる前から同じ会社の別の店に勤務していたのだ。
すっかり私は忘れていて、うちの人に直接質問をして思い出したのだった。

本当に長い間ご苦労さんとしか言いようがない。

私はこの人の働きのおかげでこうしてここまでやってこれたのだし、支えられれていたからこそ(心が)危ない時にも倒れずに仕事を続けてきて、さらには、野暮なこともしてしまっても、助けてもらって生きている。

まさに支えてもらったというよりも(溺れているところを)引き上げてもらっている姿が当てはまるのだろう。

思い切って、ひとつの区切りと判断をし、仕事を退いたことは勇気のいることであり、必然であり、我慢の限界であり、夢でもあったのだろうといえる。

うちの人は、毎日、仕事に行くのが嫌で、継続するのも辛くて、人との関係に心をすり減らしやすいタイプであるにも関わらず、およそ20年という歳月を苦労に注いだ。

上手に感謝の気持ちを伝えられなかったのだが、本当にご苦労さんと抱きかかえたい気持ちです。


八月下旬号
かぼちゃのサラダ 車窓から(稲刈り終わって)車窓から(稲刈り終わって) ランチバイキングの4皿目 巨峰 ぶりの照り焼き

2017年8月24日 (木曜日)

少しずつ変化が出ている

高橋順子さんの「夫・車谷長吉」を
読んで感動していたのが
八月中旬のころです

うちの人がパートを辞めて
ムスメのほうに時間をさこうと
そう思って生活スタイルが
変化し始めています

11月に生まれるので
勤めてる暇がないだろうと
考えたのですが

長年勤めたので
寂しいような思いも
少しはあるのか

清々したかもしれないけど


処暑のころまで
22日 一日一魚はシャケでした キャベツ味噌炒め ワイン美味しかった

2017年8月22日 (火曜日)

高橋順子  夫・車谷長吉

付箋を貼った箇所は書き写して
写真のページに貼りました


ムラサキイロノユウグレ
ムラサキイロノカオ
ヲシタヒトガ
ハヤクハヤク
トセカセニ
クルサクラノキ
ニハサクラノキノ
カオヲシテクル ジュンコ ヨシ

表紙にはそんな絵手紙がある
この人がこんな作品を描くということは随分とあとになってから知った

高橋順子 夫・車谷長吉

赤目四十八瀧心中未遂をはじめて読んで、純粋に、これは素晴らしい文学だと思うと同時に「ものがたりの芸術」だとも感じた

文学が持つ高貴で高尚な顔と芸術作品が持つ複数の歪んだ顔(現実ドラマ)のようなものを併せ持ち、心の中にあるドロドロでありながら澄み切ったものを人間的な美学として作品に編み込んだ鮮やかさを感じたのだった

車谷長吉と高橋順子さんは夫婦である

このエッセイは夫婦になる前に、車谷長吉さんから恋文を受け取るところからエッセイ風味に回想が綴られている

出会いが古典的とも思えるスタイルであり、結婚の決意が燃えるようでもなかったみたいに思いだされて、日常の暮らしの一場面を切り取って語るほかに、数々の文学賞に纏わるエピソード、四国へのお遍路行や世界一周の船旅の記憶などを辿ったエッセイになっている

信じられないような二人の暮らしぶりがの様子が随所に出てきて、二人の間の生活ぶりの実態に驚かされ続けてながら没頭し、何度も読みかえしてしまう

しかし、詩人・高橋順子さんは極めてさりげなく随想作品にして綴っている

だが、車谷長吉への深くて大きな愛情が生き続けていることをこの作品からどっしりと受け取ることができる

つまり、このエッセイはこの上ない愛の手紙であり、追悼であり、愛を改めて告白しているとまで感じさせる熱いメッセージの集積だ、といっていいでしょう

読み進むにつれて面白いところでは笑いながら涙を流し、驚くところではビックリ顔になってオオッと叫びながらやはり涙を流して読んでゆく

涙無くして読めないのは、車谷長吉さんが高橋順子さんをとても必要な人としていて、そこにある愛情が二人の間に満ちていたからでしょう

決して軽度とはいえない神経症をやみながら、作家として車谷にしか書けない作品を生み出し続け、燃え尽きたくても願いも叶わず、とんでもない予想外で尽きてしまう長吉さんを最期まで見守って、亡くなってからも熱く振り返り続けている

車谷長吉の人間味の純粋なところをストレートに受取り、それをこの作品で私たちにストレートに伝えてくる

当然、高橋順子さんも熱い気持ちで車谷氏を回想しているんだろうから、涙まみれで書いているのではなかろうか

だからこれはやっぱし愛のエッセイであるのだなと感じるのです

2017年8月18日 (金曜日)

お盆のころ

お盆は仕事でしたが
後半戦はお出かけしました


久しぶりの M's Zoom

帽子が編みあがったという知らせ

お盆のころ
長芋 カンパチ 信楽・黒田園の蕎麦 信楽・黒田園の蕎麦 鳥居 大文字(東山)

«高橋順子 夫・車谷長吉

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