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京都日記(平成27年7月篇)

  • 鱧のお弁当
    京都日記
    平成27年7月篇

京都日記(平成27年春篇)

  • 焼き鳥
    京都日記
    平成27年版の
    春の日記です

京都日記(平成27年11月)

  • 渡月橋
    京都日記
    平成27年11月篇

2017年7月26日 (水曜日)

人間は我儘なのだというところに行き着く

▶︎テレビや映画でおなじみの人たちが相次いで亡くなってゆく知らせを報道で知りながら人の儚さを感じている

その一方で、人物の大きさや足跡の偉大さ、心の持ち方、生き様のそれぞれ、遺した言葉などなどをみてそこには筆舌に尽くしがたい多くのものがあったに違いない

そのことを想像をして、お涙頂戴の風潮につられてもらい泣きばかりをしたり悲愴的になってばかりにもいかないのではないかと、自分に向き合う

▶︎向き合う

これはとても難しいことだ

武道の真剣勝負ならば真剣であればあるほどに「向き合う」技加減が勝負を決める

揺るぎない姿勢は心身に要求される

平行線が交わらないとしても

向き合った二つの力は平行線のように限りなく一直線のうえでバランスを取ろうとする

死と向き合う

あるいは消滅してゆく人生と向き合うときに

わたしたちが構える姿勢において

力の逃げ道はないのだ

▶︎逃げ道

わたしたちは「あ・う・ん」というものをとても大事にしてきた

子ども叱る時にも、逃げ道を用意してから厳しく指導をする

目標に立ち向かう時も、逃げようとするわけではないものの、逃げ道がなくては押し進む一瞬に揺らぎが生じることがある

「逃げ」を許すのではないが、必要なのである

▶︎

世の中には人の数だけドラマがあって悲哀がある

還暦の節目を迎えるころから

事あるごとに

死ぬまで不安や余命についての話が増えてくる

大きな病は避けたい

痛みを伴う患いごさは勘弁してほしい

子どもや孫と幸せに暮らしたい

お金に不自由したくない

海外旅行にいって悠々自適・のんびりと暮らしたい

悩み事をだ変えたくない

揉め事も困る

誰からも干渉されたくない

人との付き合いで気を揉みたくない

そんな話が形を変えながら数々の事例に合わせていくらでも出てきて

老後を生きるということはこれほどまでに辛そうで苦しそうなものであったのかと

驚いてしまう

つまりは、人間は我儘なのだというところに行き着く


つづく


(裏窓から・大暑篇書きかけから

2017年7月25日 (火曜日)

大暑も過ぎて 七月の下旬へ

大暑を迎えた
いよいよ覚悟の夏である

24日には
ししとうとオクラ
を炒めてみた

ネットを彷徨っていて
オクラとししとうを炒めていた人があったので
面白そうで真似してみる

ペペロンチーノ風で
これが絶妙に美味しい

お昼は うどん
冷やしうどん梅干しのせ
にしている

素倹約は大切なことで
健康にも良いと信じている
お昼から飽食はいけない

冷たいおうどんをいただき
梅干しをのせてみる

23日の夜は
タイのペペロンチーノ
だった

は県内産で
お肉は普通の国産牛
だけどお値段はちょいと高いもの

やっぱし旨い

食べ過ぎはあかん
けれどもついつい

ウチの人は同じ食事をしたのに
あくる朝(24日)にPPP

当たったみたいな症状が出てしまい
大変なことになってしまう
ぼくは平気なんですけど

というわけで
24日は急遽 休暇をもらって
ツマがお医者さんにいく付き添いをする

お昼寝もして
身体も休めて
のんびりした月曜日だった

2017年7月22日 (土曜日)

七月ぼちぼち

健康診断での体重は減ったのですけど
2年間の前半1年目でそれほど減らず
後半でぐぐぐと減量しましたから

どこか具合が悪いのとちゃうか?
大腸ガンとか

と そんな心配もありながら

ガンマGTPの値が高くて
それも3年分のデータがみんな高いわけで
体重が少なくなると
「高い目」マークが目立つ


七月ぼちぼち
ゆうとのごはん

生姜焼き 焼き鳥 マグロの竜田揚げ風

2017年7月20日 (木曜日)

二人だけのささやかな夏休みが終わる

二人だけのささやかな夏休みが終わる
かき氷 美味しかった
私の心とともに


焼き鳥 蔵deパスタ(モッツァレラ・チーズ) 蔵deパスタ(和風ミート) タピオカ(アベック・モン・クール) 桃のかき氷(アベック・モン・クール) アベック・モン・クール アベック・モン・クール

写真日記(平成29年版)

2017年7月18日 (火曜日)

七月中旬号

京都から帰って
一日だけぼんやりして
仕事に出かけた金曜日の朝に

Wi-Fiが不通に
これってNTTの都合だったのですけど
知らずにルーターを初期化してしまい
あらら 故障やんか 諦めるか
となったのですが

結論からすると
APN の再設定で回復しました

暑い日が続きますので
お出かけも渋ってしまい
あり合わせのものを食べて過ごすこともある


焼き鳥・焼きなす・枝豆 Wi-Fi 再開通 ピーマン肉詰め Wi-Fi 不通

七月中旬号

2017年7月16日 (日曜日)

同窓会(クラス会)

夢のようなことを考えているけど
案外実現できるかもしれない

ぼくの力で実現させることができるくらいなら
悩まないから

+++

「還暦同窓会 〇〇中学校」
で検索すると 同窓会の情報が載っていますので
そこにある情報やフォームを参考にしてください

年末に
あなたも同窓会に来ませんか

+++

もしもそんなふうにみんなと繋がれたらええのになあ
幹事を買って出てくれる人を募集中

2017年7月15日 (土曜日)

ともだち

「ともだち」とは掛け替えのないものだから大切にしよう

と大勢の人が言います

「ともだち」って何でも話せて

言いにくい悩みも聞いてもらえて

居てくれてとても嬉しい

けど

別の見方もしているのです、ちかごろ

「ともだち」って

話を聞いた後にも

本当に相談に乗ってもらって

自分のゆくべき道を考えるときの大きな力になってくれるのだろうか

ともだちって言って居ながらも

それって本当はお互いが何も知らないのではないか

知ってるつもりになっているだけではないのか

ともだちっていうものの概念は

理想であって妄想のようなものではないのか

イザという時に傍にいてくれるわけでもなく

崩れてゆくわたしのあらゆるのもを

しっかりと支えてくれるわけでもない

傍にいて泣いてくれたり

死んだ時に見送ってくれることはあっても

いわゆる

そんなことってのは「なかよし」な話であって

何でも話せて本音を打ち明けてそれを聞くことと

本当の「ともだち」というものの間には

大きな隔たりがあるのではないか

「ともだち」という言葉は安易に使えないし

そんな人はゴロゴロとはいないのではないか

では

「ともだち」とはどこに居て

今のわたしとどんな位置関係にあるのだろうか

そんなことを考えている日々が続く

2017年7月14日 (金曜日)

あらっ!と思うような話(する母のこと)

母は八十六をまわってから「あらっ!」と思うような話をはじめることが増えたような気がする

「あらっ!」という話とは、恥ずか(羞・辱)しい話もあれば、ぐっと我慢をしたむかし話、(今ではもう叶わぬことのないような)諦めていたこと、(長い人生で)どうでもよかったこと、悲しい話、嬉しい話、悔しい話、さらにはフライデーに載るような田舎版の話などがある

わたしたちは何でも話す親子や家族であった

毎日の学校での、喩えて言えば初恋の秘密な話さえも、家庭の団欒で話してきた家族だ

それもさすがに話せなかったことが幾つか母にはあったのだ

子どもには言えない話であったのかもしれないし

大人の醜い話だったのかもしれない

今思えば

何でも話す家族であっても逆説的に言えないことがなくてはならない

それが普通であるならば

今になって話してしまえば随分と楽になったのではなかろうか

長い年月が過ぎてゆく間に家族の中で

必然的でごく自然に封印されてきたことだったのだろう

それを開封するのだ

これは特別な儀式と似ているし

余命の予感をも連想させる不吉なものかもしれない

だからぶっ飛ばして

笑い散らして

ケラケラと流してしまいたいとさえも思う

母のむかし話を

わたしが日記に書きとめようとすると

とてもヒヤヒヤもんの日記になる

2017年7月13日 (木曜日)

七月中旬 京都篇

祇園祭りの鉾もそろそろ組み始めていました
(12日・13日)

あとでゆっくり書くかな


四条河原町 松喜屋 四条河原町 松喜屋 ムスメさん誕生日

写真日記(7月京都篇)

2017年7月 9日 (日曜日)

この世をいとおしい、去りとうない、と思うて逝かねば、残された者が行き暮れよう 小暑篇

もう三年ちかくもむかしのことになるのだと考えれば
感慨深く思うと同時に三年間とはいとも儚いときの流れだと痛み入る

二十年ちかくまえに父を失い
何が切っ掛けでというわけでもなく
「孔子」(井上靖)を座右に置くようになる

そこから何を知り得たわけでもなく
わけをのみ込んだわけでもなかろうが
「逝く者は斯くの如きか、昼夜を舎かず」
しみじみと噛み締めること常々とし
残された人生を
如何に悔いなく生きるべきかと
考え続けてきた

自分の人生を振り返っては
しくじったことあるいはなし遂げことなどを顧みて
二度と苦汁の思いを噛むようなことは避けて生きるべきなのだ
と自分に言い聞かせてきた

たとえ我に失策がなかろうとも反省はせねばならない

何事においても
それは人生の設計にでも例外なく
物事の成就は戦術よりも戦略が大事だと言い続けてきたし
大局を見下ろす俯瞰的な視線が欠かせないと
思い続けて来た

そう言いながらのこの三年
甘くはなかった

🍀

およそ三年まえ
平成26年10月30日 木曜日のわたしの日記の中に
葉室麟「蜩ノ記」の読後感想を書き
物語からある「言葉」を抜き出している

秋谷と慶泉和尚との会話から
─ もはや、この世に未練はござりません
─ まだ覚悟が足らぬようじゃ。未練がないと申すは、この世に残る者の心を気遣うてはおらぬと言っておるに等しい。この世をいとおしい、去りとうない、と思うて逝かねば、残された者が行き暮れよう

その語録を書きとめた日記を
ぱらりぱらりと読む

🍀

歳月人を待たず

わたしたちは老いてしまう時間は早いものだから
一時たりとも時を無駄にせず弛まぬ努力を怠ってはいけない

という教えを胸にしてきた

若くして病魔に屈せざるをえなかった
小林麻央さん死亡がニュースで流れて
残された小さな子どもたちへの思いも伝えられた
彼女を悼む大勢の人々が悔しい思いでコメントを寄せているなかに
中山祐次郎さんという医者の記事があった

それは
「いつ死んでも後悔するように生きる」
として
突然死を迎えることになったときに
もし後悔しないなら
それはどこかが本気ではないのだという

自分の使命に向かい一生懸命
目いっぱい熱狂して夢中で取り組んでいたら
それが中断したら
無念で無念でならないはずだという

命を賭けて生きていき
死ぬ間際までも
目標に向かい続けておれば
無念であるはずだ

人生はそのように生きることが大切だといっている

🍀

わたしの母は八十六歳であるものの
現在も直接死と向かいあうような病気はなく
理系のわたしよりも数字の計算は速く
記憶力に衰えもないようだ

何も思い残すことはないようなことをたびたび話しながらも
死ぬ間際は一週間ほどは寝込んでおりたいとまで言い
その一週間に数々の人に会って最期の挨拶を交わしたいと願っているらしい

息子なので
わかるような気がすることがある

あらゆることを何ひとつ胸に秘めることなく
何から何までを日常の家族の団らんで話してきたわたしたち家族であるがゆえに
言葉にはしなくとも伝わってくるのだ

母は
「この世をいとおしい、去りとうない」
とは一切言わない

しかし、実は思うているのではないか
そんな予感がするのである

「この世をいとおしい、去りとうない、と思うて逝かねば、残された者が行き暮れよう」
という小説の中の言葉が
やけに重い

2017年7月 8日 (土曜日)

たなばた様の夜

7月7日金曜日

タラコのパスタ

たらこのスパゲッティでした
たなばた様の夜です

嗜好が違うウチの人

量を少なめにして
最近ハマっている黒毛和牛ミンチのミートソースと
たらことの二種類を
作ってくれました

++

きょうはイベントで
キャンドルナイト(消灯)を呼びかけているので
職場で全員が定時で仕事を引き上げてビアガーデンに行きます

事情があってぼくは行けなかったので
ウチの人に
駅の近くのイタリアンな店とか居酒屋でも
と昼休みにLINEで誘っておくと

帰り際に見ると
「きょうはやめとく」
と返事が来ていた

++

嗜好の違う人で
パスタ類をあまり好まない人なのだが
おとといの夜のことだったか
「たらこのパスタが食べたいなあ」
とぼくが言ったのを覚えていたのだろう

「飲み屋さんに出かけたくらい使ったわ」
といって笑いながら
缶ビールまで出して乾杯となった


  • 短冊や六十年の夢のあと posted at 08:24:26
  • 七夕やたらこパスタが食べとうて posted at 08:26:07
  • 線路みち草刈るにおいの小暑かな posted at 08:27:41

2017年7月 6日 (木曜日)

中島京子 かたづの!を 読み出しました

中島京子 かたづの!を 読み出しました

直木三十五、南国太平記
司馬遼太郎、風神の門
吉川英治、鳴門秘帖

を読み始めた時のような興奮が蘇る

いつもながら読み切る自信がないのだけど
なんだか行けそうな気がする

七夕も近づくころ

中島京子 かたづの! コメダにてかき氷を

台風3号も過ぎ去って
ちょっとコメダに
かき氷を食べに出かけた水曜日

2017年7月 5日 (水曜日)

台風が去って夜明けの静かなる

Photo

台風が過ぎ去り
静かになって
夜が明けて
もう一度豪雨が来て

そんな中を
新聞屋さんのバイクが
走り去る

と同時に
雨が止んで
静けさが来る

目が覚めて
honto のサイトを散策中

お昼になったら
本を見に出かけよう


Photo_3

豪雨去って
静かな朝に
素敵なタイトルの本
みつけた

2017年7月 3日 (月曜日)

ちょっと贅沢なお肉

(7月に突入)

早いもので
7月になりましたねえ

やはり暑くなりました

お店を覗くと
綺麗に包装されたお肉が
目にとまりました日曜の午後

お値段は1000円/1kg ほどするんですよ

勢いみたいなもんが働いたのでしょう

美味しかったです

7月はじまる
ちょっと贅沢なお肉

2017年6月30日 (金曜日)

又吉直樹 火花

火花

又吉直樹 火花

たとえ純粋なように見える賞であっても
所詮売り上げを睨んでいるのは自明で
その中で上手にステータスを掴んだのが
例えば直木賞のようなものなのだろう

芥川賞は初期の頃の受賞者のころの顔ぶれから
少し路線変更をしたのかと思えてくることが
何度か続いていた

だが、一方で選考委員の顔ぶれを見れば
そんな疑いはなく
ぼくの気のせいか
疲れか、好みの変化か、
読書力の足りなさなど
様々な理由が考えられた

読者側の意見や書評や声が
大手を振って
オモテに出てくる時代になった

誰もが自由に発言できるのだから当然の結果だ
その声は威張っているようにも見える時代になっている

だからぼくのように
恩田陸 蜂蜜と遠雷」(恩田陸)
を詰まらない
などという奴は
黙殺されて相手にもされない

たくさんの書店が
本の陳列に変化を付けて工夫しているのもわかるが
詰まらないのか面白いのかさえ
独自には判断できないかもしれないような人たちにも
買ってもらわなあかんというか
その辺にも売り込みたいのだから
苦心をしているのだろう

火花は本屋に何度足を運んでも
一発で見つかるところには
置いてなかった

ぼくが時代遅れになったのだ

もう本を読むのはやめにしようか
とも思うほどに
本屋がチヤホヤする新刊本が並ぶ中で
やっとの思いで今風の人たちが目に付きやすいところに
山積みされた「火花」を見つけたときは
こんなカテゴリーの棚に置く本なのかと思い
本屋のセンスまでも推し量ってしまって
本嫌い(本屋嫌い)になってしまいそうなのをぐっと堪えた

++

又吉さんの漫才を見た記憶はあります
ステージで喋っているの様子を思い出せます
画面の右側の位置で話していたように思う
けれども、どんな漫才であったかの記憶が余りない

詰まらない芸人もたくさんある中で
なんにも悪い印象などなく
近ごろ売れているお笑い芸人さんという良い印象が残っている

本が好きでその延長で小説を書いたというのを聞いて
大人しく物静かで
やんちゃなところがない雰囲気から
なるほどそういう人柄なのだ
というのが先入観の第一印象だ

作家になるには並大抵の努力では済まされないだろう

阿保になりきれるほど打ち込めるタイプで
自分を省みるような甘っちょろい面があってもならないし
さらに突進する力も強い意志も必要だろう
しかも孤独で思慮深くて
そして最後に作文をする才能が求められる

立ち読みをしてみると
丁寧に文章が綴ってある印象を受けたので買うことにした

芥川賞作品を
勢いで買うような危険な投資は少し懲りていたので
最後まで読み切る自信があったわけではないが
そのときには「期待ほどに面白くなかった」と
言い訳をするしか無かろう
と思いながら買った

そんなセッティング状況で
こんなに短いのに恐る恐る読み始める

++

やっと本題

いい本でした
若い人から老人まで
みんなが読める作品で
文學(ブンガク)の匂いがしてます

はじまりは酔いしれるようなところがあり
真ん中あたりで
ぼくは漫才のことがわからないし
タレントさんが書いたという先入観が邪魔をすることもあって
詰まらないというか退屈を覚えるところもあるけど
勢いがあったから読み切れた

この人を占うつもりはないけど
似たように同じような賞をもらって
テレビに登場している作家さんを見ると
こちらを応援したくなった

ところどころに
作品の本流とは少しずれて(?)
哲学的なことも書くのだけれど
書かずにはおれんのだろうと思うと
ちょっと好きになる

内容に賛同するわけではないが
姿勢に一途なところを感じる

酒を飲んでは
オロオロしたり
涙を流して泣いてみたり
熱くなっていたりする
まこと この登場人物はよく泣く

純粋というわけでもなかろうが
情熱を持っているならば
次々と作品が出てきても
手にとってもいいなと思った

2017年6月29日 (木曜日)

里芋に水玉重し雨軽し

  • 里芋に水玉重し雨軽し
  • 雨が止む そのとき 深呼吸のような 静けさの 一瞬がある
  • 月曜日のJKたち参考書開くけどおしゃべりに夢中
  • 増殖版を書いたりして雨の日曜を過ごす

  • 増殖版 ➡️ http://wp.me/p6Hda5-15S

    仕事から帰ったあと着替えて
    おゆうはんまえに
    飯台に腰掛けて
    うちの人と
    ポツリポツリと話をする

    奥まった台所で
    うちの人は食事の用意をしながら
    何かおつまにになるようなものを
    こしらえてくれて
    小鉢に入れてポンと置く

    ツマラナイ話もある
    他愛ない話もある
    社会に向けた怒りをつぶやくこともある
    子どものこともある

    電車の中で話をしたJKちゃんとの会話をしゃべることもある

    天気予報を見て
    明日を占うように
    何かを思い

    食べ過ぎないようにと口癖を繰り返して
    水割りを飲む

    ときには内緒で1、2杯余分に飲む

    知ってるくせに
    知らん顔して
    アーモンドを5粒ほど出して
    2粒ほど先にすっと持ってゆく(28日)

    🍀

    納豆とキムチは
    混ぜて食べると
    また新しい味になる

    それをカレーにトッピングしてみる

    なんでも
    乗せたがる

    乗せるの
    大好き(27日)

    🍀

    キャベツと
    インゲンと
    じゃがいもと
    人参
    うちの畑で採れたものです

    食べ過ぎないように気をつけよう(26日)

    🍀

    鯛が好きで
    魚屋さんに気に入ったものが並ばないと寂しい

    県内産と書いてあると
    大方迷わずに買ってしまう
    毎度のことだが(25日)

    🍀

    今年のなんばは旨いわ
    短い期間に
    しっかり食べておこう(25日)


    写真日記(六月下旬号)

    インゲン胡麻あえ カレーに納豆とキムチを 生姜焼き タイ なんば(トウモロコシ)

    2017年6月26日 (月曜日)

    いつ死んでも後悔するように生きる

    幸せな死のために一刻も早くあなたにお伝えしたいこと 若き外科医が見つめた「いのち」の現場三百六十五日

    作者名 中山祐次郎


    「人は生きたように死んでいく」

    一生涯をかけて誰も愛してこなかった人、誰にも本気で尽くしてこなかったひと。そういう人は残念ながら誰からも付き添われず、病院のベッドでひっそりと淋しい最期を迎えます。

    それとは対照的に、たくさんの人を愛して、たくさんの人を慈しみ、お世話をした人の最期とはどんなものか。


     「いつ死んでも後悔するように生きる」

    今、中断したら後悔するでしょうか。しないでしょうか。

    もし後悔しないとしたら、それはどこかで本気ではないのではないかと思います。

    後も先も考えず、今目の前にあるミッションに対して、目いっぱい熱狂して夢中で取り組んでいたら、それが中断したら無念で無念でならないはずなんです。いのちがけでやっていたら、無念で仕方ないはずです。

    2017年6月25日 (日曜日)

    六月の下旬 雨降りの休日

    (増殖版はコチラ) ⇨ http://wp.me/p6fXhf-MM

    増殖版を書いたりして雨の日曜の午前を過ごし
    午後はお里の畑の野菜をもらいに出かける


    写真日記から/写真は受付に置いてある模型

    県立美術館展示 県立美術館展示 県立美術館展示

    2017年6月23日 (金曜日)

    夏至のころ あれこれ

    (増殖版はコチラ) ⇨ http://wp.me/p6fXhf-MM


    21日は夏至

    歯の調子が優れずに一週間後に定期診断の予約がしてあったものを早めて診察をお願いした

    根元のぐらぐら感が強かったので今後どのような治療をするのかが気になって質問をした

    そのままで噛み合わせのあたりを調節するか、または抜く

    隣とくっ付けて差し歯にするか入れ歯にする

    そんな説明だった

    いつ抜きますか?今 抜きますか

    と決断を迫られてすぐに抜くこととなった

    悩んでいたけれども抜いてよかった

    口の中すっきりした

    でもモノを食べても噛んでいる感触が薄い気はするが

    これで

    奥歯2本 4箇所 8 

    親不知  4箇所 4 

    犬歯 3箇所 3 

    最後の犬歯 1箇所 1 

    を合計で失ったことになる

    🍀

    夏至が過ぎて

    あれやこれやと忙しくもなくいのに忙しそうにしていたら

    悲しいニュースが飛び込んできたのだった


    23日 悲しいニュースがありました

    ガンと戦い続けてきた小林麻央さんが亡くなりました

    ニュースはメディアを駆け巡ります
    その軽々しさに虚しさを感じながらも
    若き命がガンという病気に白旗を上げざるを得なかったのが悔しいです

    00290623_53911

    2017年6月22日 (木曜日)

    夏至は雨降り(豪雨)思わぬ抜歯

    六月も下旬に突入

    写真日記(6月下旬はじまり号)

    焼き鳥 抜いた歯 抜いた歯 流転の海

    2017年6月21日 (水曜日)

    おっぱいの話 締め括り

    おっぱいの話 続き

    というのを先日書いて
    どんなオモロイ話があるのか
    と思ってもらえたら
    嬉しかったのですが

    ツマの単なる夢の話でして

    露天風呂に浸かっていたら
    オトコの人が入って来て
    おっぱいを掴まれたという
    想像の夢でした

    ---

    ぼくの場合

    露天風呂に浸かっていたら女の子が
    (というより素敵なオンナの人の雰囲気で…)
    ドタッと扉をあけて入って来て

    あら混浴

    と叫んだものの そのまま

    仕方ないね

    と素早く判断して諦めて
    湯舟に入られまして
    すぐ後にご主人が来て
    湯舟で並んでお二人の記念写真を撮ってあげた

    そんな思い出があります(@藤七温泉 )

    ---

    わたしのツマは
    そんな露天風呂の経験はないだろうから
    露天風呂で男性に遭遇というのは
    サスペンスドラマなどから連想させられる
    想像上の出来事が夢になったのだろうと思います

    日常からの不安が夢に出たのでしょうか

    🍀

    おっぱいのぷかりぷかりと夏至の風呂(ふたり)

    2017年6月19日 (月曜日)

    梅雨の真ん中で割とカラッとしてます

    あれこれと時間が過ぎます

    あとでゆっくり書こう

    写真日記(6月中旬篇)

    火花 三重フィル 父の日 カップラーメン(お昼) カツオのお刺身 ハンバーグ 田園風景 なすび ポテトのサラダ なすびミートソースにチーズ乗せ オクラ納豆の豆腐かけ オクラ納豆の卵混ぜ

    2017年6月17日 (土曜日)

    おっぱいの話 続き

    これまで夫婦の会話シリーズで
    面白くて楽しいものを
    日記に書いてきましたが
    遥か彼方に消えてしまって
    探しようがありません

    昔は楽しかったのになあ

    木

    さて
    おっぱいの話ですが

    ツマが

    夢を見たんよ

    おっぱいをぎゅーっとつかまれとるの
    知らん男の人に(顔は不明のようです)

    おとーーさーーん
    と叫んだそうです
    夢の中で

    木

    ぼくも
    ぎゅーーーっと
    してみたいというより

    助けに行かなあかんやんか
    大事なうちの人

    コメントは何も
    言ってませんけど

    2017年6月16日 (金曜日)

    おっぱい

    「おっぱい」の話で面白かったことを近々書こうと思うのだが (予告篇)

    かき氷

    メルマガを書くときにあれこれと思いつく予稿の中にはちょっとメモで日記にしておきたいようなものもある

    父の日が近づいているのでそんなことを詠んだ句などが色々と気にかかった

    かき氷を食べながら話をする光景と父とかき氷を食べるシーンが頭の中でドラマのように出来上がるのだが、よくよく思い起こしてみると、ぼくは父とかき氷など一度も食べたことなどなかった

    ----

    一度、京都のレストランで食事をしたことがあって、ステーキを食べたことがあった

    農家で、汚い作業服姿しか見たことのないぼくは、この人がナイフやフォークを持って食事などできるのだろうかと、身体中から血の気が引くほどに恐々として見守っていると、さささとエプロンをつけて何食わぬ顔でナイフとフォークを使いこなし、ステーキを食べはじめた

    ぼくはたった1度だけつまりこの時だけ、父と向かい合って食事をした覚えがあるのだが、かき氷は食べたことがなかった

    この話はボツにした話なのでここに書いておこう

    かき氷

    (6月号のメルマガから)

    ■ 巻頭言

    衣替えが過ぎて梅雨入り宣言が出たころから、朝の通勤列車の様子や街の中のちょっとした風景にも変化が現れ始めて、少しずつ夏の暮らしの一コマが見えてきます。

     かき氷前髪切った顔同士  工藤 惠

    若者たちもお年寄りも、ちょっとオシャレに髪を切る。

    久しぶりに会った友だちと喫茶店で何を話しているのでしょうか。

    梅雨の合間のぐぐっと気温が上昇した日、パッツンと切った前髪の涼しい風景が爽やかに浮かんできます。

    イベントが目白押しで、少し早めにメルマガをお届けします。

    🍀

    ■ あとがき

     匙なめて童楽しも夏氷 山口誓子

    かき氷というのは、冷たい水をがぶがぶと飲むよりも、身体中をクールダウンするのに効果があるように思います。

    おそらく氷が喉を通り抜けるときに頸骨付近の動脈や静脈を冷やしますので、その冷たさが全身にあっという間に行き渡るからでしょう。

    むかしからかき氷はありますけど、もちろん、そんなことを考えながらかき氷を頬張るわけではありません。

    近ごろは華やかな色に加えてトロピカルな味も増えて値段もお手頃ですし、甘味に気をつければ健康的で、子どもたちにも喜んでもらえるので重宝します。

    2017年6月14日 (水曜日)

    挨拶をする - 6月中旬の或る日に考えていたこと

    挨拶をする

    むかし席を並べて仕事をした人で 

    いつも昼食のときに会う人がいて 

    その人の隣で必ずいつも並んで食べている人が 

    ぼくと同じ駅から毎朝列車に乗ってくる人だと 

    偶然わかった 

    乗り降りする全員の顔を記憶している程度の小さな駅で 

    毎朝会う人で同じ職場の人ならば 

    挨拶をするのは普通のことだと思って 

    近所の人だと知ってからは 

    努めて声をかけるようにしていたのだが 

    いつのときもすっきりとした応答がなかったので 

    そのうちに声をかけなくなってしまった 

    先ごろ、ふと帰りの列車で 

    その人を見かけて 

    帰りにも同じになることがあるのだと知った 

    降車駅が近づいてきて 

    列車がブレーキをかけ始めたときに 

    ふと周りを見渡すとその人は 

    深く倒れこむように眠っていた 

    お疲れなんやな と思いながら 

    ワンマン列車の後部から運転席の方へと 

    移動してゆくときにそっと見ても 

    彼は眠ったままだった 

    彼は列車が止まっても眠ったままであったが 

    ぼくは声をかけなかった 

    1時間に1本くらいの割合で 

    この駅に列車がやって来ることになっているのだから 

    列車はこの先の駅まで行って戻ってくるか 

    又はすれ違う列車が向こうからそのうち来るだろう 

    彼はふだんから声をかけても
    振り向きもしない人なんだから
    ぼくの方から声をかけて
    わざわざ起こしてしまっても
    気に召さないかもしれない 

    列車がブレーキをかけ始めてからも 

    ぼくは彼のことが気にかかり 

    しかしながら 

    何度もためらないながら 

    この選択が一番正しいと思い続けた 

    田園風景

    写真日記(6月中旬号)

    列車を降りてからも様々なことが頭に浮かぶ

    近所で地域の自治会に加入するのを断った人があって

    1ヶ月に千円で1年に12千円の自治会費用を渋って

    ゴミ出し料金を1年で1万円払っている人がいる

    その家族のことを考えながら一般論を考え続けた

    あのご家庭は何故に

    自治会に加入するのを嫌がったのかは計り知れないが

    もしも何か災害や災害に伴う避難勧告や事故等での断水、交通障害

    さらには子どもたちの予期せぬ災難や事故などの非常事態などが発生しても

    自治会はお隣さんなどの隙間に挟まれた家であっても

    自治会に参加せずに独立して社会に参加している人には

    手を差し伸べるにしても優先度が大きく遅れることになるのではないか

    例えば

    給水車が運んで来る水を優先度をつけて配ることはしたくないけど

    せざるを得ない状況も発生するかもしれない

    🍀

    そんなことを心配しながら

    誰も歩いていない田んぼ道であっても

    どこかの誰かのおかげでこうして安心に暮らしているのだと

    ささやかながら気がつくのだ

    2017年6月11日 (日曜日)

    柴崎友香 春の庭

    BOOKs レビュー(読書日記)

    柴崎友香 春の庭


    読後感想に追記をしたのを機会に
    レビューをあっちのノートにもアップして

    コタツ布団(上)を洗いに出かけた

    2017年6月10日 (土曜日)

    梅雨入りのころ Ⅱ

    梅雨入りのころ」という日記を
    増殖版にさらさらと書いて
    梅雨の合間の晴れ間に
    歩きに出かけてみる

    日差しがきついのだけど
    焼けるような暑さではないので
    爽やかに散歩が愉しめる

    木陰がとても気持ち良い

    9日の夜には孫が来て
    家の中が色々と忙しい

    しゃべっているらしいのだが
    全く言葉になっていないので
    さっぱりわからない


    梅雨入りのころ

    写真日記(平成29年版)

    庭のドクダミ 庭の紫陽花 鯵とシュウマイ 来来亭

    5日に誕生日をお祝いして
    そのあくる日は仕事に行き
    水曜日から木曜日金曜日とお休み

    その水曜日に梅雨入りとなった(6月7日)

    🍀

    水曜日にはオンワードのバーゲン(@名古屋駅前)に出かけて
    その帰りに通勤用のカバンを買った

    廃棄となるカバンはムスメが生まれた直後に買ったもので
    大阪や九州や東京への出張にも持ち歩いたが
    およそ30年近くも使い続けてここで終わりにすることにした

    🍀

    いい思い出ばかりではない
    さっさと捨てればいいのだ

    新しいカバンはポケットマネーで買えるようなものではなく
    貧乏暇暇のぼくには高価なものだ

    多分死ぬまで持ち歩き続けることになろう
    死ぬまでのらりくらりと働き続けることができるのか

    🍀

    8キロほどもある1歳3ヶ月の子どもを抱いたり手を引いて歩いたりしながら
    1日を過ごしたせいか あくる日は少し横になりたくなった
    昼過ぎには元どおりになってきたけれど
    抱っこはしんどい

    11月にもう一人生まれるので
    母はそろそろ抱っこができなくなってくる
    この子も試練のときを迎えるわけだが
    (本人は暢気だけど)

    🍀

    梅雨入りして一日雨が降って
    庭にもたっぷりと水が染み込んでくれたところで
    晴れ間が戻ってきて
    家のなかに干した洗濯物を外に出して
    二人で買い物に出かけた(木曜日)

    寿がきやラーメンでも食べようと言っていたのだが
    勢いがちょいとついて
    近くにできた来来亭にまだ行ったことがないので行ってみようとなった

    鶏ガラのスープだそうで、醤油味の辛めのスープだった
    ネギがどっさりと載っていて少し多めにリクエストもできるそうだ

    🍀

    金曜日はコタツの敷布団を丸洗い
    朝から洗濯3連発である

    最後がコタツの下敷の布団で
    結構大きい2畳か3畳くらいある

    コタツが大きいから敷布団も大きい
    物干し竿を1本を丸ごと占領してしまった

    日差しがけっこう強いので
    歩きに行くのは日の暮れのころにしようかな

    🍀

    雨上がって
    今夜は満月だそうです

    2017年6月 6日 (火曜日)

    鞄の中身

    一二泊の出張に行けるほどのビジネス鞄を日ごろから持ち歩いていた

    もう30年以上は使ってきたこともあって随分と草臥れたし新しいものに持ち替えてはどうだとうちの人が言うのであれこれ考えたすえ小さなショルダーバッグにすることにした

    ソフトでカジュアルなものでお弁当箱がようやく入るほどのショルダーバックだ

    B4サイズほどでノートパソコンも入るようなビジネス用のバックやリュックをくまなく探し回ったが長考の果てに思わぬカタチに行き着く

    さて愈愈中身の引っ越しをするときが来てむかしの鞄の中身を改めてみた

    折りたたみの傘、日傘、ポケットティッシュ、名刺、ポケットドライバーセット、調整ドライバ、爪切り、名札、筆箱(USBメモリ、シャープペンシル、万年筆、赤インクのペン、付箋紙、名刺、絆創膏が入っている)、手帖、アドレス帳、印鑑・朱肉、メモ用紙、物差し(20センチの定規)、夜間歩行者用の反射たすき、ルーター、100V用USBアダプタ、各種ケーブル、iPhone、イヤホン、タオル、ハンカチ、 お守り、歯ブラシ、歯磨き、うちわ、孔子(井上靖の文庫)、読書中文庫、クリアケース、水筒、缶コーヒー(冷)

    まあいろいろなものを持ち歩いているのだなと我ながら感心をした

    困ったことにこれらのすべてが小さなショルダーバックには入りきらないわけで無理矢理入れようとするとパンパンになってファスナーが閉まらんし何が何処にあるのかさえもわからなくなってしまう

    あれこれ無いと困るのではないかと思って不安であるから入らないことが気がかりで夜も眠れないし夢に出てきて魘されてしまうところまで追い込まれてゆく

    写真日記-6月上旬号

    6月になってワイン メンチカツとシャケフライ アスパラご飯 誕生日にショートケーキを 鶏ミンチのハンバーグ

    2017年6月 5日 (月曜日)

    B面 「雷山無言Ⅱ余禄」をはじめる

    雷山無言のカテゴリーにどうしても振り分けたくなる日記ができてしまうがあれはもう一旦終了したのだからと思い直し新カテゴリーを考えることにする

    しかしあれこれと思いつくなかから詰まる所「雷山無言」を「そのⅡ」とし「余禄」篇を作ってみた。

    長い間書いできた所感にはゴミが多く処分をしたいものが多くあるものの棄ててしまうには名残が惜しいく連想する思い出が出てくることがある

    「 断捨離」 という言葉が浮かぶ

    この言葉は世の中の人の叶わぬ思いをあたかも歯切れ良く代行しただけのもので実質的で内包した重要な課題はそれほど解決せずにふむふむと思わせるだけのものだとしか思えない

    大きな声で最もらしく正義を語る現代の怪しい政治家や評論家や真っ当そうな解説者の発言にも似ていて心酔できないところがある

    だからより一層のことこれまでのゴミの所感が引き続いたものを私は棄てられない

    🍀

    B面でいいのだ

    むかしのレコードのように多くの人が目も向けてくれなかった作品でたまにどんな風の吹き回しかB面を聴いてそれを称えてくれる人が現れればそれでいい

    そもそも冷めた見方をすれば所詮B面であるしAとBを決めねばならない以上どちらかがB面なのだ

    近ごろの風潮として両方ともA面という甘ったれた言い方もあるようだが時代がもたらしている褒めて育てる精神の亜流のような面も感じる

    だからわたしの所感はB面なのだ

    🍀

    肝心の所感には到達できず


    写真日記(芒種日記)

    カツオ久しぶり(県内産) 悠人のお夕飯

    «歯をくいしばる

    写真日記(平成29年版)

    • 今年の初スイカ
      Days29
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    M's Zoom

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    日々是好日写真記

    • ハーモニカ
      860枚 平成18年から平成26年まで(写真日記)

    BIKEs

    • 平成24年(2012年)最後の春(閏日)のKLE
      かつて
      バイク・ツーリスト
      だったころ

    Walk Don't Run

    • ユース宿泊スタンプ帳
      忘却をおそれず
      記憶を記録として
      遺そうと思う