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2017年5月27日 (土曜日)

広島・尾道を旅する

広島と尾道を旅してきました。

列車の二人旅は30年以上ぶりかも・・・ってことで 結構楽しかったです。

後でゆっくりと書こうかなと考えて降ります。


帰りの電車にて 尾道市街 御袖天満宮 林芙美子像 尾道の坂道 林芙美子記念碑(尾道・文学のこみち) おのみち文学の館 「文学記念室」から おのみち文学の館 「文学記念室」 おのみち文学の館 「文学記念室」 尾道・朱華園 広島平和記念資料館 原爆ドーム 広島平和記念公園 原爆ドーム 宮島(厳島神社) 穴子丼

写真日記(5月23日から25日)

2017年5月21日 (日曜日)

ラーメンを食べに出かけた

GGデーに出かける前に靴を買いに別の店に寄って

そのあとにラーメンも食べに行ったのだった(@ばんび)

ばんび ばんび

写真日記(5月のGGディ日記)

2017年5月20日 (土曜日)

人生なんて 出番など ないままそっと 幕が降りる

人生 あるときに到達すると

何かを遺しておかねばならないと

ふと気づくわけです

しかしながら

たいてい そのときはすでに遅いんです

親は死んでしまっていないし

恩返しもできなくなっている

嗚呼

還暦のお祝いもしなかった

初任給で何も買ってやらなかった

そういえば誕生日も父の日も何も贈り物をしなかった

挙げ句の果てには

いつかは一緒にお酒でも飲もうと願いながら

染み染みと食卓に向かい合いながら

盃を酌み交わしたこともなかった

葬式が終わって一人で酒を飲む

そんな感じだったかもしれんなあ

と今になって振り返るのだ

♠︎

子どもに何か遺そうと思うことも出てくる

けれども

子どもの方からすれば

すでに自立しているわけで

時代も変わっている

旦那さんもいるし

子どももできて

新しいステージが始まっている

子どもからすれば

親の遺すものなんてのは資産であればありがたいが

言葉や小言はそれほどありがたくないのだ

特別に自分が弱っているとか

負けそうになっているとか

悩んでいる真っ最中なら

とうさん・かあさんなら何て言うのだろう

と思うこともあろうけど

そんなことを思う暇もなく

我武者羅に子育てに頑張っているくらいがちょうどいい

♠︎

それでも

その先に

ふっと親を思うことがあるかもしれないけど

そのときはもう二世代ほどあとの人の世紀になっているのだ

人生なんて

出番など

ないままそっと

幕が降りる

◆◇◆

あのときのあの人の言葉でぼくの人生が動いた

そんな言葉があっただろうか考えていた

「キミらに払わせるような安い給料とちゃう」

ぼくたち若い同窓生に檄を飛ばしてくれた

大学同窓会・関西支部の大先輩のあの言葉は衝撃だった

ぼくはまだまだ世間を知らない未熟者だったのだ

次々と並べられる見たこともないようなご馳走を目の当たりにし

あの言葉を聞き

さらに世の中にそんなにお給料をもらっている人がいて

もの凄い仕事を成し遂げている人が先輩にいるのだと知ったときに

ぼくの人生は目標を持ってぼく自身で変えていかねばならないのだと刺激を受けた

♠︎

そこまでは良かったが

あとは失策の連続だった

♠︎

大きな間違いは

高給取りになるために出世をしようと

押し並べてそういう方向で

間違って考えてしまったことだろう

職場で出世をして

お給料が増えることを目標にするのは

一つの小さな目標としてそれでいい

家庭も潤うし生活も充実する

家族は幸せになるのだし申し分はない

しかし

自分に相応の職務を遂行し

組織を発展させて

社会に貢献し

生産性のあることを結実させて

世の中に恩返しをして役に立つことをして

次の世代に道筋を受け継いでゆくこと

というところまでを

きちんと見据えていなかったところに

浅はかさがあったのだった


写真日記(5月中旬号)

積み木が届きました タラを食べる 旬のお刺身 豆ごはん

2017年5月18日 (木曜日)

孫の離乳食メニューを大人用にちょいとアレンジ

■ 巻頭言

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

大型連休が過ぎて、お菓子の博覧会も大勢の人に来てもらって終了しました。

みなさんはお出かけになったでしょうか。

長い休みが終わって五月中旬に突入すると、いよいよ夏の暑さがやって来る時期を迎えます。

俳句 e船団 ねんてん今日の一句でこんな句を見つけました。

 おじさんはこれでいいのだ冷ややっこ 宇都宮さとる

ちょうどその日の夕飯でお豆腐が食卓にあったのをみて、妙に嬉しかったです。

夏はそれほど好きではありませんが、冷ややっことかビールは大好きです。

さてさて、どんな夏になるのでしょうか。

■ あとがき

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

巻頭でビールのことを書きながら、以前にもビールネタを書いたので、

あいつ、また、ビールのこと書いとるやんか、と思われたかもしれません。

でも、約1年以上続いているウォーキングのおかげで体重が5キロ以上も減っていまして、ビールはちょっと怖い飲み物にも見えてくることがあります。

食生活が少し変化したのも理由かも知れません。

……というのは、孫の離乳食メニューを大人用にちょいとアレンジしたおかずを食べることが少し増えました。

離乳食というのは、短時間で簡単に作れて、栄養バランスも考えられていて、レシピ本を見ても料理好きの父さんをとても刺激する内容が盛りだくさんです。

そんな折、偶然に、働きながら子育てに奮闘するパパとママの日常をテーマに公募した川柳「オリックス働くパパママ川柳」の第1回受賞作品を見ていたら、

佳作のなかに

 おべんとうなぜか僕まで離乳食   (コトノシン・31歳・女性/三重県)

というのを見つけました。

作者が三重県の人だったので無理矢理ここで紹介してしまいますが、いかがでしょうか、健康志向の方には離乳食のレシピをお薦めします。

結構、ビールに合うモノも多いです。


M's Zoom

ハンバーグ 12日 悠人のお夕飯 11日 悠人のお夕飯

2017年5月16日 (火曜日)

柴崎友香 春の庭

春の庭を読み終えて

読後感想は後で書くわ

シャリンバイ 柴崎友香 春の庭

写真日記(5月中旬号)BOOKsから

宮下奈都「ふたつのしるし」絲山秋子「離陸」柴崎友香「春の庭」の三冊が棚積みのなかで目立ったので、とりあえず書店員さんのセンスを信じて三冊の中から絲山秋子を選んだ。

裏切りも失望もなく読み終えたのだが、残してきた二冊に後ろ髪を引かれるようだったので、柴崎友香を買って読むことにした。

宮下さんは慌てなくてもええような気がした。

春の庭は芥川賞作品なのでちょっと期待も大きい。

読み始めた時に私の芥川賞読破履歴をきちんと調べず、とにかくワクワクで期待も大きい。

読後に調べて見たら、宮本輝の螢川と絲山秋子の沖で待つ、さらに、村上龍の限りなく透明に近いブルー程度を読んだに過ぎない。

芥川賞の読書経験はほとんどなかったことになる。

学生時代に登場した村上龍という作家のなんともシャレたタイトルの限りなく透明に近いブルーの読後印象がイコール芥川賞だったのかもしれない。

それで今回久しぶりに、最近の受賞作品を。

なるほど、これが芥川賞か。

時代の変遷で賞の色合いが変わってきたのか。

昔から一貫した方針だったのか。

なんとも言えない。

美味しいと評判のレストランを紹介されて喜んで店に行き特別料理を食べたら、近所の商店街の人気店の方が旨かった・・・みたいなかんじ。

芥川賞はしばらく無関心でいることにする。


恩田陸 の本屋大賞のこともあって
書店員さんのオススメも無視することにする。

共感できる書評をオープンにしてくれる本屋を探すのは
難しいことやなとつくづく思う。

学生時代の神田の街が懐かしい。

2017年5月13日 (土曜日)

夏に近づく

夏に近づく

おひたし(小松菜&お揚げ) 田んぼ 冷奴の季節 メアジのフライ アジフライ&シュウマイ

写真日記(平成29年版)

2017年5月10日 (水曜日)

五月上旬 雨号

ゆうべ(9日)の夜から
しっかりと雨が
降っています

悠人が来ていて
楽しいけど手間がかかるほどに
歩き回るようなったので
たいへん

2017年5月 9日 (火曜日)

冷奴の季節になる

ツマがマンモの健診にいき
結果は良好という話を聞きながら
おゆうはんをいただく

とりわけ塩分摂取に気を使っているわけではないが
醤油を豆腐に少しだけ

寄り道をして
本を持ってルンルンな帰り道だった

BOOKs

柴崎友香 春の庭


しゃけのフライ 生姜焼き スナップエンドウ カジキマグロのステーキ 普通の餃子 お揚げで餃子を包む

Days(5月上旬号)

2017年5月 8日 (月曜日)

絲山秋子 離陸

感想 もう少し直しそうな感んじ でもそのままかも

絲山秋子 離陸

P12

そして悲しいことに、ぼくはしばしば自分に近しかったひとの面影すら忘れてしまう。

なによりも大切に思い、「好きだ」と何度も言ったひとのことでさえ、きっとどこかで元気に暮らしているんだろうという楽観のもとに忘れ去ってしまうのだ。

人間には想像力があるといっても、結局のところ思い浮かべることができるのは、現在とその僅かな周辺、森の端の川辺のようなところでしかないのではないだろうか。

P43

彼女のことを思い出すとき、人間の記憶は時系列じゃないんだな、と思う。

最初に彼女のことをどう思って、どうやってつき合い始めたかではなく、どうしても別れのところから記憶がはじまってしまう。

今でもまだ懐かしさより苦しさを感じる。

肌にくっついたガーゼが傷を破らないか気にしながらじわじわと剥がすように、言うなれば男らしさの微塵もない態度でしか自分の記憶にアプローチできないのだ。

P94

「回り道をするような相手はだめだね。上手くいくときは何も考えないでもサッサッといくんだから、そういうんがいい。最初に苦労すれば後からやっぱり苦労する。

なにも考えてなさげなひとのほうがしあわせなふうだよ。」

2017年5月 6日 (土曜日)

連休 のらりくらり

連休のらりくらり
という日記を書きかけて
おざなり

にんにくたっぷりでシャケを ししゃも 筍と蒟蒻を食べ尽くす

写真日記(平成29年版)

2017年5月 3日 (水曜日)

深い淵にる

http://wp.me/p6fXhf-Kg 

GWは飛び石で仕事に行きますが
今日はお休みでゆっくりしています

熊野古道を歩きに出かけたいけど
一歩を踏み出す勢いがないのだ

6時半の列車に飛び乗ってしまえば
それだけでなんとかなるのに

芽 

そうです

そのなんとかなるだろうというアクションの
インセンティブのようなものを失ったのだ

深い淵にいる

2017年5月 2日 (火曜日)

八十八夜に考える

(八十八夜に考える)

案を練る歓びと

作る歓びと 

完成品に見とれる歓び

などありましょうか

黙々と手や脳みそを動かす時間は

私たちが永年

すっかりとその本質を注いで

その本当の姿も忘れていたかもしれぬもので

そういう原点に戻ってくることってのは

ヒトの本能であるのかもしれない

と思うことが増えています

アホみたいに何かに取り憑かれたように

ある種のガムシャラで生きてきた長い年月は

一言で申し上げれば愚かであったとまで断言できないにしても

ある時代の人たちが魔法にかかってしまったようであったことは否めない

多くのものを取り戻すことは

ちょっとした困難を伴うけど

それこそがそのヒトの本当の腕の見せ所なのだろうと思います

捨てたくないモノを捨てて

新しいステージを築く時の

歓びを讃えましょう

🌿

私はそんなメモ書きを

放置したまま

この春を過ごしました

激しく生きてきた

一時期のような

弾け飛ぶような

パワーは今はもうありません

しかし

冷静に物事を見つめて

見送る心が

少しずつ満ちてきているように

自分では思っています。

新しいものを生み出したり

触発するような閃きもありません

2017年5月 1日 (月曜日)

男のひといきから

男のひといきから

新聞を切り抜いて

読み終わったから

捨ててしまおうと

そんな風にはできずにあるひとつの記事がある

------------

(男のひといき)91歳、母の切ない涙

2017年4月2日05時00分

我が家の隣に1人で住む91歳の母は週3回、デイケアに通っている。「デイケアなんか行かないよ」と言っていたのがウソのように、楽しそうに迎えのバスに乗り込む。

体がスムーズに動かなくなってきても、リフォームして便利になった台所に立ち、食事は自分で作っている。「兄弟姉妹の中で私が一番長生きだ。いつまで生きるんだろう」が口癖だ。

そんな母がある日、デイケアに出かける時に「左ひざの後ろが変だ」と足を引きずり、看護師さんの肩を借りて帰ってきた。夕方、私が様子を見に行くと、電気も付けずに薄暗い部屋のベッドに腰掛け、泣いていた。どうした、と聞くと「私は早くお迎えに来てほしいのに、なんで来ないのか」と言う。

翌日、医者にかかると、ひざに水がたまっていると言われた。それを抜いてもらうと、次の日には1人でゆっくりと歩いていた。その姿を見て、ほっと胸をなで下ろした。

歩けない自分に自信を無くして涙が出たようだが、母の言葉と涙は、私にとっても「切ない体験」だった。そばで見守ることしかできないが、家族とともに母に寄り添い、不安を少しでも和らげてあげたいと思う。

(山口県下関市 竹内清二郎 無職 68歳)

2017年4月30日 (日曜日)

四月尽きる

23日 BREEZE コンサート

28日 お菓子博

お菓子博 お菓子博 お菓子博でお昼を ヒラマサ

写真日記(四月下旬号)

悠人 23日はコメダに行ったそうです

M's Zoom

2017年4月25日 (火曜日)

消えゆくもの 穀雨篇 (裏窓から)

(四月二十日 穀雨)

ムスメの旦那さんのおばあちゃんが亡くなった

旦那さんにすれば実の父の母(だからおばあちゃん)です

ムスメ側から見れば私の母と同じ関係になる

幸いに私の母は生きていて

今日も電話を掛けてきて

「タケノコをもろたのでどうや」と言うていた

タケノコは今年になって二回めで

一回めはしっかりと湯がいたものを用意してくれて

それをもらって帰って炊いて食べた

明日も受け取りに行くという約束をした

この先 あと何度受け取りに行けるだろう

100歳まで生きたとしても春は十回あまりしか来ない

ムスメ家族のおばあさんのことを考える

若い夫婦はどのように

八十歳をを過ぎた人の死を捉えたのだろうか

自分が歳をとるにしたがい子どもが大きく成長する

それと同時に、血や義理で繋がった血族・姻族を失う機会が増える

まだ三十歳ほどのころの自分を思い出してみる

つまり

自分の身の回りで人が死んでしまうということに

未経験であった時代のことを私は回想した

若い二人はどんな風に死別というものを捉えているのか

これには計り知れないものがあるのだ

ひとこと 死別と言っても

様々な死に方がある

なかには

若くして無念な死に方をする人もある

憎まれながら死ぬ人もあれば

惜しまれて死ぬ人もある

別れについて考えても

人それぞれである

いつかは別れがくるのだが

幾つものドラマがありシーンが起こる

喜怒哀楽、非情不条理に満ちていることもある

あれこれと思うと

私が歩んできた三十年前に遡って

あのころの自分を思い出すとか

その後の歴史を掘り返すのは

今更のことながらきわめて辛い

その忸怩たる思いを

誰に引き継げるわけでもないし

夫婦の仲で話題にしても

分かり合えるものでもなかろう

若い二人も三十年後に私と同様の感情や思いを抱くとは限らない

それは当然のことだ

あらゆる条件やモノ組合せが変わって

心もまったく違った感性や感情の上で生きているだろうから

新しい時代には新しい心情が生まれているのだろう

このような哲学めいたことを考えはじめると

迷路のなかを歩き回るようである

糸口などまったくないようでありながら

必ずとあると信じている自分の力のようなモノの感触を

掴むことができる

私は

昔からこんなことを考えるのが好きだったのかも知れない

しかし

この年齢になってからある年代まで戻って

考え直すからこそ意味があるだとも思う

ある意味では

すでに無力なのだけれども

考えることによって

小さな炎を灯し続けて

これからの年令を生きていきたいと願っているのかも知れない

その炎を

聖火の火のように

受け継げたら最高の幸せだろう

あの子たちのおばあちゃんが亡くなったことを

最も悲しんだのは紛れもなく息子であったはずで

この人の心は揺らぎながら

その人から生まれて

あの人と共に60年間を生きてきた時間や歴史を

死別する前後の相当の時間に静かに

考え思い出し尽くしてきたに違いない

そのことを

つまり、何を回想し何を考え何を悔やみ何を喜び……

などということを

子どもたちに伝えることはできない

けれども

炎として受け継ぐことであるならば

できるかも知れない

(通夜から帰ってきて)

穀雨の夜はそんなことを考えておりました

2017年4月24日 (月曜日)

4月下旬の日曜日 ブレーズ コンサート

23日は海辺のジャズコンサート(南伊勢町)に行ってきました。

23日 BREEZE コンサート

写真日記(4月下旬号)

23日はコメダに行ったそうです

2017年4月20日 (木曜日)

花曇り 日記は書きかけでも平気です

知らせというものは突然来るもので
ゆうべの食事中に電話が鳴った

ムスメの旦那さんのおばあちゃんが亡くなったという

まだ三十歳ほどのころの自分を思い出してみる
つまり 身の回りで人が死んでしまうというそのものに未経験であった時代だ

若い二人はどんな風に死別というものを捉えているのか
今更であるが私の年齢になって考え直してみても
ちょっと計り知れない点も多い

思考休憩

パスタ×2

写真日記(四月下旬号)

2017年4月19日 (水曜日)

いよいよ夏に かけがえのない夏になりそうで

近頃は特に何も変わったことをしてきたわけでもなく
絲山秋子の「離陸」を読み始めたくらいですね

読書を始めても
集中して連続的に読み続けられなくなって
一冊を読み切るのにとても時間がかかる

目は人並みよりもはっきり見えている方で
メガネも今の所日常程度の読書では不要で
幸いと思っている

寝床で本を読むときは少し暗いせいもあって
多分どちらかの目が霞んで見えていないままで読んでいるのだろうと思う

だから、集中力が途切れてきて
一生懸命に先まで読み進もうとする力が尽きてくるのだろう

18日の夕方にツマが
今日母子手帳をもらってきたっって
とムスメからの電話の話を教えてくれた

  • 土砂降りは明け方にすーっとやんでゆく
  • 何か考え事をしているようにじっと定まらぬ視線
  • 17日の午後は春らしい雨降りになって
    たっぷりと地面は潤ったに違いない

    夜中まで降ったようで
    朝に雨が上がった時の静けさってのは
    グランディオーソの最後のフォルテシモがストンと終わったみたいに
    シンとしていた(18日・火曜日)

    • 雨あがるその瞬間に音がする posted at 05:46:51

    暑いのは嫌い
    だから だっ嫌いな夏がくるのだと思うと
    少しムカッとする

    お昼の弁当パック シャケと鱈

    写真日記(4月中旬号)

    2017年4月16日 (日曜日)

    そう言うわけで 絲山秋子「離陸」を

    4月になって
    一段と肩の力を抜いて
    仕事に取り組んでいる

    その方がいろんなことに
    バランスが良いような気がする

    (14日)
    ムスメさん急遽旦那さんがお休みになって
    造幣局の桜の通り抜けを見に出かけた写真が届く

    絲山秋子 離陸 柴崎友香 春の庭 宮下奈都 ふたつのしるし 小沢信男 ぼくの東京全集

    車窓から チヌ 生姜焼き お昼の弁当パック 雨が上がって筍もらいました

    写真日記(4月中旬号)

    造幣局の通り抜け 造幣局の通り抜け 上六でたこ焼きを

    M's Zoom

    2017年4月 7日 (金曜日)

    京都日記(5日と6日)

    5日- 6日、京都に帰ってました

    久しぶりに東山へ花見をしに行く

    銀閣寺道でバスをおりまして
    哲学の道の疎水べりを歩いてみる

    けっこう汗ばむ陽気です

    そのあと もう一度バスに乗って
    平野神社に寄ることにした
    ツマは初めてと言うから驚ろく

    そのあと 白梅町のイズミヤで

    惣菜を買うて帰りました

    明くる朝(6日)は
    嵯峨野(三条通り)のガストでモーニングをして
    嵐山まで嵐電に乗って
    渡月橋から小倉山へと散策して
    漬け物屋さんで柴漬けを買う

    ぶらぶらしながら
    下駄屋さんがなくなってるなあ
    郵便局が綺麗になってるなあ
    などと話しながら
    新婚時代に住んだアパートなど
    近すぎて行かへんので懐かしいし
    寄ってみてこようと思いが一致して
    歩いていきます

    ところが やってきますと
    ちょうどアパートは壊してしまった直後で
    新しく建て直そうと地盤工事をしているところでした

    猫の通る道を抜けて
    鹿王院 界隈をとおって
    傘屋さんがなくなっているのにまたまた驚き
    お風呂屋さんの前のアパートが昔のまま残っているのを懐かしみながら

    昭和通りでお弁当を買うて
    家に戻ったのでした

    2017年3月31日 (金曜日)

    孫の靴雨降り出して出番待ち

    • 孫の靴雨降りだして出番待ち
    • 庭の隅で
      枯れそうになっていたドクダミを
      根っこから掘り返して
      植え替えたら
      間も無く雨が降り始めた
      今年 最後の雨だ
      三月尽 posted at 18:05:14
    • 宮本輝の流転の海シリーズ「満月の道」を読み終えたのを機に
      本棚の中に散らばった七冊を探す 
      第一部は平成六年の第十五刷で
      他のものよりもひときわ茶色い
      忘れていったこと
      焼き付いて忘れられないこと
      いろいろある posted at 18:11:16
    • 30日の夕刻
      光る尾をひく飛行機雲を発見
      シャトルやったのかな
      pic.twitter.com/k2K6GxX1OM posted at 18:18:13

    写真日記(三月尽)

    宇宙ステーション? 生ハム&鰹のタタキ 初めての靴

    M's Zoomから

    2017年3月29日 (水曜日)

    近所の山を少し歩いてみた

    白米城跡 白米城跡 白米城跡 白米城跡 白米城跡

    写真日記(平成29年版)

    2017年3月28日 (火曜日)

    稀勢の里から揚げ食いつつもらい泣き

    恩田陸を考え続けていて
    Y先生にもメールで感想を伝えて
    返事で

    「蜜蜂と遠雷」、合いませんでしたか…💦 
    あんなに分厚い本を読んでもらったのにねぇ

    と慰めてくださったんですが
    私はモヤモヤとしていて
    あんな感想【BOOKs 】を書いているのです

    けど

    心を切り替えて
    宮本輝の満月の道( 流転の海 第七部)を
    鞄から取り出してふたたび続きを読み始めると

    恩田陸のモダンなタッチと違う
    宮本輝のしなやかさのようなものに
    再会するのです

    宮本輝を読んで今までには一度も思ったことはなかったのに
    谷崎潤一郎をふっと思い出すような宮本輝の物語の作風であったりして

    ここに戻ってきてみると

    私がモヤモヤしていたのは
    恩田陸のこの作品の良し悪しではなく
    味わいの違いに旨味を感じられなかった
    としか考えられない


    恩田陸 蜂蜜と遠雷 から揚げ

    写真日記(3月下旬号から)

    2017年3月26日 (日曜日)

    ともだち-裏窓から

    友だちは大切だという

    大切には変わりないが
    -------------------

    これまで散々世話をかけたりまた心の支えになってもらったり
    ときには人生への訓示となるような話をもらったりしながら
    友だちに支えられて生きてきたわけである

    しかしここに来て
    そのような間柄にあった友だちとは一体どういうものなのだろうか
    と考えさせられることがこのごろ多い

    それは「果たして」という自問から始まってゆく

    友だちって掛け替えのないもので何よりも大切なものです
    という声は当たり前のように聞く

    「果たして」の正体とは何か

    ほんとうに大切なものなのだろうか
    とい疑問が湧いてきたあとに
    その自問に自責の波が覆い被さる

    友だちのおかげでこれまで生きてこられた

    つまりそのことに感謝をする一方で
    その人たちは人生において
    寄り添いながらも掛け替えのない大切なものなのだろうか
    いつまでも燦然と輝く宝のようなものなのだろうか
    と再考している

    今を生きるのが精一杯で
    暮らしにゆとりを失い
    お手本のような人物になれるわけでもなく
    毎日を生き抜くのに必死で
    明日からの日々に遭うかもしれぬ予期せぬインシデントに
    怯えながら私は生きている

    そんな私から周りを眺めれば
    押しなべて
    富める人と富めない人の両方を見て
    考えることができる

    十分に幸せに毎日を送り
    暮らしにゆとりがあって
    まっとう日々を過ごしている人は
    この先を読む必要はないだろう

    問題なく暮らしている人がいる一方で
    正反対の暮らしをしている人がいる

    不安定な日常を刻々と送り
    金のやりくりも苦心して
    それなりに我慢をしながらも
    いつか夢を叶えるために
    無心に頑張っている人がいる

    その人たちは言葉にしてしまえば
    寂しい日常でありながらも
    気持ちを切り替えて
    元気を出して
    哀しみは見せずに
    生きている人たちだ

    幸せな人の声が
    (ネットやSNSでも)
    自分の耳にい届いてくるのは
    幸せな人が自分の幸せなことだけを
    あちらこちらで呟いたり
    吐き捨てたりするからであって

    その反対座標の先には
    言葉にならないため息が
    おそらく掃いて捨てるほどに
    たくさんあるに違いなく
    それらはじっと堪えて
    噛みつぶされているに過ぎない

    友だちや先輩やかつての同志などにも
    随分と会わない日々が続く

    お互いが叱咤激励し合いながら
    ときに競い人生を着々と歩んできた過去があった

    アクティブに変化をしていたあのころの興奮から
    煮え滾っていた熱気を急速で冷却してやり
    俯瞰的に振り返って眺めてみると
    もはや遠い存在のようになってしまっている友だち像が見えてくる

    或るときは遠くから
    あるいは近くにいて
    刺激し合い支え合った仲だった

    富める暮らしならば筋書きどおり
    けれども
    貧しく不幸な人生を送っていて
    何も力になってやれない人物がいると
    (まさにそれは自分自身であるかもしれないのだが)
    無力を感じる

    詰まりは
    友だちなんてのは触媒にはなるのだけど
    中和剤や解毒剤にはなれないのだ

    ある種の隔たりや格差や不運が
    さらには仕事の都合で遠くに住み
    家族ができて疎遠になり
    やがてお互いの距離が遠くへと離れてゆくのを
    感じるのは仕方のないことなのかもしれない

    不幸にみえていても幸せなこともあれば
    幸せにみえても悩みを秘めていることもあろう

    こんな世の中だからなのか
    自分が生きるのに精一杯だからなのか
    他人は他人と割り切っているからなのか
    それって自業自得だろうと思っているのか
    世の中を生き抜くのは金だと思っているのか
    負け犬にはなりたくないと思っているのか
    今を燃え尽きようと思っているのか

    ・・・

    そんなふうに
    友だちは
    幸せなときは幸せなりに幸せを装飾させてくれた

    けれども
    今の自分自身に化学変化を起こさせてまで
    何かに近づこうとはしないから

    だから
    友だちってのは
    もう役目を終えているような気もするのである

    行き着くところは
    自分を映した鏡の中の自分であるような
    逃げ場のない一瞬であり
    睨み合う自分の姿なのだ

    2017年3月25日 (土曜日)

    彼岸も過ぎて

    彼岸も過ぎて

    恩田陸 蜂蜜と遠雷

    恩田陸 蜂蜜と遠雷

    を超特急で読み切って
    何もできなかった1週間


    恩田陸 読み終わったけど 確かに良かったけど みんな大絶賛してるのが 共感できずに 少し沈んでいます 感想を纏めながら今日1日を過ごすかな 確かに直木賞だけど 恩田魔術にハマってないかな みんな 今はこういうのが 作品として輝いているのかな モヤモヤな読後 考え込んで 布団の中 言い訳

    なんてメールを打って ぼんやりしている


    2017年3月21日 (火曜日)

    新聞の片隅にそっと始まる桜だより

  • 新聞の片隅にそっと始まる桜だより
  • お好み焼きが食べたくてね
  • 彼岸の入り(17日)のあくる日に
    お墓参りに出かけて
    その日は少し前にも食べたぶり料理をして
    あっさりと夜を過ごす

    そのあくる日にはムスメが来てお好み焼き

    お給料は三連休が明けた日に出るのだ


    車窓から モダン焼き ぶり(赤味噌のタレで)

    写真日記から(お彼岸号)

    2017年3月18日 (土曜日)

    対角線交差するところで勇気出す

    14日の命日、16日は結婚記念日

  • 孫抱いてかいなはもりもり太くなり
  • 白椿落ちて一句が撹乱す
  • ぬくとうなったなあ 下着で家をウロウロ
  • 春に浮かれ朝に歩いて夕暮れ時にも歩く
  • 対角線交差するところで勇気出す

  • 写真日記(3月中旬号)

    結婚記念日はロールケーキで 餃子 ブリを蒸して中華風に ブリを揚げて赤味噌で 唐揚げ

    2017年3月11日 (土曜日)

    三月はそろりそろりと歩みだす

    三月はそろりそろりと歩き出す
    5日が誕生日
    1歳おめでとう

    去年の5日は
    そわそわして
    仕事も早々に切り上げて
    帰ってきたのだそうです

    関係ないのに

    1歳の誕生日には歩きませんでしたユウちゃんですが
    そりそろりと
    前に進んで三、四歩というところです

    まあぼちぼちです

    BOOKs【読書室】

    http://wp.me/p6fXhf-Gw
    http://wp.me/p6fXhf-GJ

    感想はすでに
    レビューで書きましたが

    裏窓からは苦戦してまして
    ttp://wp.me/s6fXhf-raizan 

    裏窓から【雷山無言】


    写真日記(三月初旬号)

    トマトとほうれん草

    M's Zoom

    初めてのカレー 3月5日誕生日

    2017年3月 6日 (月曜日)

    宮下奈都 静かな雨 (読後1日が過ぎてからの感想)

    • 眠れば消えてしまう月
    • 速すぎてつかまえられない夢の場面
    • ふたりで歩いた帰りに浮かんでいた月
    • ただものじゃないこよみさん

    そんなふうに走り書きを残して

    これは宮下さんが夢で描いた物語の断片であって

    それを丁寧に集めてきた作品なのだ

    と思っていた

    人のイメージをさらさらっと説明するように軽々しくは書かないで

    不安と喜びとを混ぜ合わせて

    不思議と不明とどうでもいいことなんかもミックスして

    そこに優しさもブレンドして攪拌するようにしているみたいだ

    そんなふうに言ってしまえば誰だってできるみたいに思えるのだけれども

    宮下マジックのようなものがあって読者はそれに掛ってしまう

    夢は不幸せあっても幸せであっても構わないし

    男の子が情熱的でなくてもいいのだ

    日常の詰まらないできごとをちょっとスパイシングすると感動的になってくるのだけど

    そんなわかりきったことであっても

    いつか覚えていたはずなのに

    忘れてしまうでしょ

    きっと宮下さんはそれが悔しくて

    失ったり忘れたくなかったから

    自分の中である日

    幻のようにできあがった物語に

    意地悪なスパイスも振りかけて

    忘れかけていたドラマのようなドラマでない日常を

    思い出して

    夢の断片のように纏めたんだろうなあ

    すらすらすらと書けないときもあったさ

    その時間も苦悩も大きな凹みもそれ自体も姿を変えて物語にしてしまった

    それが第一作だった

    本当は消えていった作品が山のようにあったんだろうけど

    いかにもこれですよ…みたいな第一作

    宮下さんはもうこれを書いた宮下さんには戻れなくなっている

    それでいいのだ

    困ったことが僕に一つできたのですよ

    鯛焼きを食べるときに宮下さんとこの物語のことを思い出すのです

    そして恋するとか愛するとかそういうことを考えて

    諦めてきた哀しい過去と叶わなかったいろいろを思い出して考えてしまう

    物語には続きもなければ終わりもないのだ

    おしまいのシーンって何だっただろうか

    それでいいのだ

    宮下奈都 静かな雨

    2017年3月 5日 (日曜日)

    宮下奈都 静かな雨

    読後の10分後に書いたほかほか感想付き
    しっかりしたのは後でじっくり書く


    BOOKsから

    宮下奈都 静かな雨

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