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2017年6月25日 (日曜日)

六月の下旬 雨降りの休日

(増殖版はコチラ) ⇨ http://wp.me/p6fXhf-MM

増殖版を書いたりして雨の日曜の午前を過ごし
午後はお里の畑の野菜をもらいに出かける


写真日記から/写真は受付に置いてある模型

県立美術館展示 県立美術館展示 県立美術館展示

2017年6月23日 (金曜日)

夏至のころ あれこれ

(増殖版はコチラ) ⇨ http://wp.me/p6fXhf-MM


21日は夏至

歯の調子が優れずに一週間後に定期診断の予約がしてあったものを早めて診察をお願いした

根元のぐらぐら感が強かったので今後どのような治療をするのかが気になって質問をした

そのままで噛み合わせのあたりを調節するか、または抜く

隣とくっ付けて差し歯にするか入れ歯にする

そんな説明だった

いつ抜きますか?今 抜きますか

と決断を迫られてすぐに抜くこととなった

悩んでいたけれども抜いてよかった

口の中すっきりした

でもモノを食べても噛んでいる感触が薄い気はするが

これで

奥歯2本 4箇所 8 

親不知  4箇所 4 

犬歯 3箇所 3 

最後の犬歯 1箇所 1 

を合計で失ったことになる

🍀

夏至が過ぎて

あれやこれやと忙しくもなくいのに忙しそうにしていたら

悲しいニュースが飛び込んできたのだった


23日 悲しいニュースがありました

ガンと戦い続けてきた小林麻央さんが亡くなりました

ニュースはメディアを駆け巡ります
その軽々しさに虚しさを感じながらも
若き命がガンという病気に白旗を上げざるを得なかったのが悔しいです

00290623_53911

2017年6月22日 (木曜日)

夏至は雨降り(豪雨)思わぬ抜歯

六月も下旬に突入

写真日記(6月下旬はじまり号)

焼き鳥 抜いた歯 抜いた歯 流転の海

2017年6月21日 (水曜日)

おっぱいの話 締め括り

おっぱいの話 続き

というのを先日書いて
どんなオモロイ話があるのか
と思ってもらえたら
嬉しかったのですが

ツマの単なる夢の話でして

露天風呂に浸かっていたら
オトコの人が入って来て
おっぱいを掴まれたという
想像の夢でした

---

ぼくの場合

露天風呂に浸かっていたら女の子が
(というより素敵なオンナの人の雰囲気で…)
ドタッと扉をあけて入って来て

あら混浴

と叫んだものの そのまま

仕方ないね

と素早く判断して諦めて
湯舟に入られまして
すぐ後にご主人が来て
湯舟で並んでお二人の記念写真を撮ってあげた

そんな思い出があります(@藤七温泉 )

---

わたしのツマは
そんな露天風呂の経験はないだろうから
露天風呂で男性に遭遇というのは
サスペンスドラマなどから連想させられる
想像上の出来事が夢になったのだろうと思います

日常からの不安が夢に出たのでしょうか

🍀

おっぱいのぷかりぷかりと夏至の風呂(ふたり)

2017年6月19日 (月曜日)

梅雨の真ん中で割とカラッとしてます

あれこれと時間が過ぎます

あとでゆっくり書こう

写真日記(6月中旬篇)

火花 三重フィル 父の日 カップラーメン(お昼) カツオのお刺身 ハンバーグ 田園風景 なすび ポテトのサラダ なすびミートソースにチーズ乗せ オクラ納豆の豆腐かけ オクラ納豆の卵混ぜ

2017年6月17日 (土曜日)

おっぱいの話 続き

これまで夫婦の会話シリーズで
面白くて楽しいものを
日記に書いてきましたが
遥か彼方に消えてしまって
探しようがありません

昔は楽しかったのになあ

木

さて
おっぱいの話ですが

ツマが

夢を見たんよ

おっぱいをぎゅーっとつかまれとるの
知らん男の人に(顔は不明のようです)

おとーーさーーん
と叫んだそうです
夢の中で

木

ぼくも
ぎゅーーーっと
してみたいというより

助けに行かなあかんやんか
大事なうちの人

コメントは何も
言ってませんけど

2017年6月16日 (金曜日)

おっぱい

「おっぱい」の話で面白かったことを近々書こうと思うのだが (予告篇)

かき氷

メルマガを書くときにあれこれと思いつく予稿の中にはちょっとメモで日記にしておきたいようなものもある

父の日が近づいているのでそんなことを詠んだ句などが色々と気にかかった

かき氷を食べながら話をする光景と父とかき氷を食べるシーンが頭の中でドラマのように出来上がるのだが、よくよく思い起こしてみると、ぼくは父とかき氷など一度も食べたことなどなかった

----

一度、京都のレストランで食事をしたことがあって、ステーキを食べたことがあった

農家で、汚い作業服姿しか見たことのないぼくは、この人がナイフやフォークを持って食事などできるのだろうかと、身体中から血の気が引くほどに恐々として見守っていると、さささとエプロンをつけて何食わぬ顔でナイフとフォークを使いこなし、ステーキを食べはじめた

ぼくはたった1度だけつまりこの時だけ、父と向かい合って食事をした覚えがあるのだが、かき氷は食べたことがなかった

この話はボツにした話なのでここに書いておこう

かき氷

(6月号のメルマガから)

■ 巻頭言

衣替えが過ぎて梅雨入り宣言が出たころから、朝の通勤列車の様子や街の中のちょっとした風景にも変化が現れ始めて、少しずつ夏の暮らしの一コマが見えてきます。

 かき氷前髪切った顔同士  工藤 惠

若者たちもお年寄りも、ちょっとオシャレに髪を切る。

久しぶりに会った友だちと喫茶店で何を話しているのでしょうか。

梅雨の合間のぐぐっと気温が上昇した日、パッツンと切った前髪の涼しい風景が爽やかに浮かんできます。

イベントが目白押しで、少し早めにメルマガをお届けします。

🍀

■ あとがき

 匙なめて童楽しも夏氷 山口誓子

かき氷というのは、冷たい水をがぶがぶと飲むよりも、身体中をクールダウンするのに効果があるように思います。

おそらく氷が喉を通り抜けるときに頸骨付近の動脈や静脈を冷やしますので、その冷たさが全身にあっという間に行き渡るからでしょう。

むかしからかき氷はありますけど、もちろん、そんなことを考えながらかき氷を頬張るわけではありません。

近ごろは華やかな色に加えてトロピカルな味も増えて値段もお手頃ですし、甘味に気をつければ健康的で、子どもたちにも喜んでもらえるので重宝します。

2017年6月14日 (水曜日)

挨拶をする - 6月中旬の或る日に考えていたこと

挨拶をする

むかし席を並べて仕事をした人で 

いつも昼食のときに会う人がいて 

その人の隣で必ずいつも並んで食べている人が 

ぼくと同じ駅から毎朝列車に乗ってくる人だと 

偶然わかった 

乗り降りする全員の顔を記憶している程度の小さな駅で 

毎朝会う人で同じ職場の人ならば 

挨拶をするのは普通のことだと思って 

近所の人だと知ってからは 

努めて声をかけるようにしていたのだが 

いつのときもすっきりとした応答がなかったので 

そのうちに声をかけなくなってしまった 

先ごろ、ふと帰りの列車で 

その人を見かけて 

帰りにも同じになることがあるのだと知った 

降車駅が近づいてきて 

列車がブレーキをかけ始めたときに 

ふと周りを見渡すとその人は 

深く倒れこむように眠っていた 

お疲れなんやな と思いながら 

ワンマン列車の後部から運転席の方へと 

移動してゆくときにそっと見ても 

彼は眠ったままだった 

彼は列車が止まっても眠ったままであったが 

ぼくは声をかけなかった 

1時間に1本くらいの割合で 

この駅に列車がやって来ることになっているのだから 

列車はこの先の駅まで行って戻ってくるか 

又はすれ違う列車が向こうからそのうち来るだろう 

彼はふだんから声をかけても
振り向きもしない人なんだから
ぼくの方から声をかけて
わざわざ起こしてしまっても
気に召さないかもしれない 

列車がブレーキをかけ始めてからも 

ぼくは彼のことが気にかかり 

しかしながら 

何度もためらないながら 

この選択が一番正しいと思い続けた 

田園風景

写真日記(6月中旬号)

列車を降りてからも様々なことが頭に浮かぶ

近所で地域の自治会に加入するのを断った人があって

1ヶ月に千円で1年に12千円の自治会費用を渋って

ゴミ出し料金を1年で1万円払っている人がいる

その家族のことを考えながら一般論を考え続けた

あのご家庭は何故に

自治会に加入するのを嫌がったのかは計り知れないが

もしも何か災害や災害に伴う避難勧告や事故等での断水、交通障害

さらには子どもたちの予期せぬ災難や事故などの非常事態などが発生しても

自治会はお隣さんなどの隙間に挟まれた家であっても

自治会に参加せずに独立して社会に参加している人には

手を差し伸べるにしても優先度が大きく遅れることになるのではないか

例えば

給水車が運んで来る水を優先度をつけて配ることはしたくないけど

せざるを得ない状況も発生するかもしれない

🍀

そんなことを心配しながら

誰も歩いていない田んぼ道であっても

どこかの誰かのおかげでこうして安心に暮らしているのだと

ささやかながら気がつくのだ

2017年6月11日 (日曜日)

柴崎友香 春の庭

BOOKs レビュー(読書日記)

柴崎友香 春の庭


読後感想に追記をしたのを機会に
レビューをあっちのノートにもアップして

コタツ布団(上)を洗いに出かけた

2017年6月10日 (土曜日)

梅雨入りのころ Ⅱ

梅雨入りのころ」という日記を
増殖版にさらさらと書いて
梅雨の合間の晴れ間に
歩きに出かけてみる

日差しがきついのだけど
焼けるような暑さではないので
爽やかに散歩が愉しめる

木陰がとても気持ち良い

9日の夜には孫が来て
家の中が色々と忙しい

しゃべっているらしいのだが
全く言葉になっていないので
さっぱりわからない


梅雨入りのころ

写真日記(平成29年版)

庭のドクダミ 庭の紫陽花 鯵とシュウマイ 来来亭

5日に誕生日をお祝いして
そのあくる日は仕事に行き
水曜日から木曜日金曜日とお休み

その水曜日に梅雨入りとなった(6月7日)

🍀

水曜日にはオンワードのバーゲン(@名古屋駅前)に出かけて
その帰りに通勤用のカバンを買った

廃棄となるカバンはムスメが生まれた直後に買ったもので
大阪や九州や東京への出張にも持ち歩いたが
およそ30年近くも使い続けてここで終わりにすることにした

🍀

いい思い出ばかりではない
さっさと捨てればいいのだ

新しいカバンはポケットマネーで買えるようなものではなく
貧乏暇暇のぼくには高価なものだ

多分死ぬまで持ち歩き続けることになろう
死ぬまでのらりくらりと働き続けることができるのか

🍀

8キロほどもある1歳3ヶ月の子どもを抱いたり手を引いて歩いたりしながら
1日を過ごしたせいか あくる日は少し横になりたくなった
昼過ぎには元どおりになってきたけれど
抱っこはしんどい

11月にもう一人生まれるので
母はそろそろ抱っこができなくなってくる
この子も試練のときを迎えるわけだが
(本人は暢気だけど)

🍀

梅雨入りして一日雨が降って
庭にもたっぷりと水が染み込んでくれたところで
晴れ間が戻ってきて
家のなかに干した洗濯物を外に出して
二人で買い物に出かけた(木曜日)

寿がきやラーメンでも食べようと言っていたのだが
勢いがちょいとついて
近くにできた来来亭にまだ行ったことがないので行ってみようとなった

鶏ガラのスープだそうで、醤油味の辛めのスープだった
ネギがどっさりと載っていて少し多めにリクエストもできるそうだ

🍀

金曜日はコタツの敷布団を丸洗い
朝から洗濯3連発である

最後がコタツの下敷の布団で
結構大きい2畳か3畳くらいある

コタツが大きいから敷布団も大きい
物干し竿を1本を丸ごと占領してしまった

日差しがけっこう強いので
歩きに行くのは日の暮れのころにしようかな

🍀

雨上がって
今夜は満月だそうです

2017年6月 6日 (火曜日)

鞄の中身

一二泊の出張に行けるほどのビジネス鞄を日ごろから持ち歩いていた

もう30年以上は使ってきたこともあって随分と草臥れたし新しいものに持ち替えてはどうだとうちの人が言うのであれこれ考えたすえ小さなショルダーバッグにすることにした

ソフトでカジュアルなものでお弁当箱がようやく入るほどのショルダーバックだ

B4サイズほどでノートパソコンも入るようなビジネス用のバックやリュックをくまなく探し回ったが長考の果てに思わぬカタチに行き着く

さて愈愈中身の引っ越しをするときが来てむかしの鞄の中身を改めてみた

折りたたみの傘、日傘、ポケットティッシュ、名刺、ポケットドライバーセット、調整ドライバ、爪切り、名札、筆箱(USBメモリ、シャープペンシル、万年筆、赤インクのペン、付箋紙、名刺、絆創膏が入っている)、手帖、アドレス帳、印鑑・朱肉、メモ用紙、物差し(20センチの定規)、夜間歩行者用の反射たすき、ルーター、100V用USBアダプタ、各種ケーブル、iPhone、イヤホン、タオル、ハンカチ、 お守り、歯ブラシ、歯磨き、うちわ、孔子(井上靖の文庫)、読書中文庫、クリアケース、水筒、缶コーヒー(冷)

まあいろいろなものを持ち歩いているのだなと我ながら感心をした

困ったことにこれらのすべてが小さなショルダーバックには入りきらないわけで無理矢理入れようとするとパンパンになってファスナーが閉まらんし何が何処にあるのかさえもわからなくなってしまう

あれこれ無いと困るのではないかと思って不安であるから入らないことが気がかりで夜も眠れないし夢に出てきて魘されてしまうところまで追い込まれてゆく

写真日記-6月上旬号

6月になってワイン メンチカツとシャケフライ アスパラご飯 誕生日にショートケーキを 鶏ミンチのハンバーグ

2017年6月 5日 (月曜日)

B面 「雷山無言Ⅱ余禄」をはじめる

雷山無言のカテゴリーにどうしても振り分けたくなる日記ができてしまうがあれはもう一旦終了したのだからと思い直し新カテゴリーを考えることにする

しかしあれこれと思いつくなかから詰まる所「雷山無言」を「そのⅡ」とし「余禄」篇を作ってみた。

長い間書いできた所感にはゴミが多く処分をしたいものが多くあるものの棄ててしまうには名残が惜しいく連想する思い出が出てくることがある

「 断捨離」 という言葉が浮かぶ

この言葉は世の中の人の叶わぬ思いをあたかも歯切れ良く代行しただけのもので実質的で内包した重要な課題はそれほど解決せずにふむふむと思わせるだけのものだとしか思えない

大きな声で最もらしく正義を語る現代の怪しい政治家や評論家や真っ当そうな解説者の発言にも似ていて心酔できないところがある

だからより一層のことこれまでのゴミの所感が引き続いたものを私は棄てられない

🍀

B面でいいのだ

むかしのレコードのように多くの人が目も向けてくれなかった作品でたまにどんな風の吹き回しかB面を聴いてそれを称えてくれる人が現れればそれでいい

そもそも冷めた見方をすれば所詮B面であるしAとBを決めねばならない以上どちらかがB面なのだ

近ごろの風潮として両方ともA面という甘ったれた言い方もあるようだが時代がもたらしている褒めて育てる精神の亜流のような面も感じる

だからわたしの所感はB面なのだ

🍀

肝心の所感には到達できず


写真日記(芒種日記)

カツオ久しぶり(県内産) 悠人のお夕飯

2017年6月 2日 (金曜日)

歯をくいしばる

向田邦子さんが「眠る盃」の中の「水羊羹」で書いているのが面白い。

水羊羹は、ふたつ食べるものではありません。
歯をくいしばって、一度にひとつで我慢しなくてはいけないのです。
その代わり、その「ひとつ」を大事にしましょうよ。

歯をくいしばることも
我慢をすることも
近頃の人々はあまりなく
忘れてしまったかもしれない

さりげないことだが
姿勢というのは正さねばならない
何故って 恥ずかしいから

2017年5月31日 (水曜日)

広島・尾道の旅の日記はゆるゆると書いてます

30日は光化学スモッグ(注意報)
の予報がたくさんでました

けど

休みでしたので近所のイオンへと出かけて
ムスメとお茶してました

広島・尾道の旅の日記はゆるゆると書いています。

そのうちどっかにアップしておくけど
写真の整理をするのはいつまでたっても下手やなあとほとほと感心する

ベタ貼り です


bike-tourist.air-nifty.com > 写真日記(5月下旬号)

かき氷 ブロッコリー スコッチ

2017年5月27日 (土曜日)

広島・尾道を旅する

広島と尾道を旅してきました。

列車の二人旅は30年以上ぶりかも・・・ってことで 結構楽しかったです。

後でゆっくりと書こうかなと考えて降ります。


帰りの電車にて 尾道市街 御袖天満宮 林芙美子像 尾道の坂道 林芙美子記念碑(尾道・文学のこみち) おのみち文学の館 「文学記念室」から おのみち文学の館 「文学記念室」 おのみち文学の館 「文学記念室」 尾道・朱華園 広島平和記念資料館 原爆ドーム 広島平和記念公園 原爆ドーム 宮島(厳島神社) 穴子丼

写真日記(5月23日から25日)

2017年5月21日 (日曜日)

ラーメンを食べに出かけた

GGデーに出かける前に靴を買いに別の店に寄って

そのあとにラーメンも食べに行ったのだった(@ばんび)

ばんび ばんび

写真日記(5月のGGディ日記)

2017年5月20日 (土曜日)

人生なんて 出番など ないままそっと 幕が降りる

人生 あるときに到達すると

何かを遺しておかねばならないと

ふと気づくわけです

しかしながら

たいてい そのときはすでに遅いんです

親は死んでしまっていないし

恩返しもできなくなっている

嗚呼

還暦のお祝いもしなかった

初任給で何も買ってやらなかった

そういえば誕生日も父の日も何も贈り物をしなかった

挙げ句の果てには

いつかは一緒にお酒でも飲もうと願いながら

染み染みと食卓に向かい合いながら

盃を酌み交わしたこともなかった

葬式が終わって一人で酒を飲む

そんな感じだったかもしれんなあ

と今になって振り返るのだ

♠︎

子どもに何か遺そうと思うことも出てくる

けれども

子どもの方からすれば

すでに自立しているわけで

時代も変わっている

旦那さんもいるし

子どももできて

新しいステージが始まっている

子どもからすれば

親の遺すものなんてのは資産であればありがたいが

言葉や小言はそれほどありがたくないのだ

特別に自分が弱っているとか

負けそうになっているとか

悩んでいる真っ最中なら

とうさん・かあさんなら何て言うのだろう

と思うこともあろうけど

そんなことを思う暇もなく

我武者羅に子育てに頑張っているくらいがちょうどいい

♠︎

それでも

その先に

ふっと親を思うことがあるかもしれないけど

そのときはもう二世代ほどあとの人の世紀になっているのだ

人生なんて

出番など

ないままそっと

幕が降りる

◆◇◆

あのときのあの人の言葉でぼくの人生が動いた

そんな言葉があっただろうか考えていた

「キミらに払わせるような安い給料とちゃう」

ぼくたち若い同窓生に檄を飛ばしてくれた

大学同窓会・関西支部の大先輩のあの言葉は衝撃だった

ぼくはまだまだ世間を知らない未熟者だったのだ

次々と並べられる見たこともないようなご馳走を目の当たりにし

あの言葉を聞き

さらに世の中にそんなにお給料をもらっている人がいて

もの凄い仕事を成し遂げている人が先輩にいるのだと知ったときに

ぼくの人生は目標を持ってぼく自身で変えていかねばならないのだと刺激を受けた

♠︎

そこまでは良かったが

あとは失策の連続だった

♠︎

大きな間違いは

高給取りになるために出世をしようと

押し並べてそういう方向で

間違って考えてしまったことだろう

職場で出世をして

お給料が増えることを目標にするのは

一つの小さな目標としてそれでいい

家庭も潤うし生活も充実する

家族は幸せになるのだし申し分はない

しかし

自分に相応の職務を遂行し

組織を発展させて

社会に貢献し

生産性のあることを結実させて

世の中に恩返しをして役に立つことをして

次の世代に道筋を受け継いでゆくこと

というところまでを

きちんと見据えていなかったところに

浅はかさがあったのだった


写真日記(5月中旬号)

積み木が届きました タラを食べる 旬のお刺身 豆ごはん

2017年5月18日 (木曜日)

孫の離乳食メニューを大人用にちょいとアレンジ

■ 巻頭言

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

大型連休が過ぎて、お菓子の博覧会も大勢の人に来てもらって終了しました。

みなさんはお出かけになったでしょうか。

長い休みが終わって五月中旬に突入すると、いよいよ夏の暑さがやって来る時期を迎えます。

俳句 e船団 ねんてん今日の一句でこんな句を見つけました。

 おじさんはこれでいいのだ冷ややっこ 宇都宮さとる

ちょうどその日の夕飯でお豆腐が食卓にあったのをみて、妙に嬉しかったです。

夏はそれほど好きではありませんが、冷ややっことかビールは大好きです。

さてさて、どんな夏になるのでしょうか。

■ あとがき

━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━

巻頭でビールのことを書きながら、以前にもビールネタを書いたので、

あいつ、また、ビールのこと書いとるやんか、と思われたかもしれません。

でも、約1年以上続いているウォーキングのおかげで体重が5キロ以上も減っていまして、ビールはちょっと怖い飲み物にも見えてくることがあります。

食生活が少し変化したのも理由かも知れません。

……というのは、孫の離乳食メニューを大人用にちょいとアレンジしたおかずを食べることが少し増えました。

離乳食というのは、短時間で簡単に作れて、栄養バランスも考えられていて、レシピ本を見ても料理好きの父さんをとても刺激する内容が盛りだくさんです。

そんな折、偶然に、働きながら子育てに奮闘するパパとママの日常をテーマに公募した川柳「オリックス働くパパママ川柳」の第1回受賞作品を見ていたら、

佳作のなかに

 おべんとうなぜか僕まで離乳食   (コトノシン・31歳・女性/三重県)

というのを見つけました。

作者が三重県の人だったので無理矢理ここで紹介してしまいますが、いかがでしょうか、健康志向の方には離乳食のレシピをお薦めします。

結構、ビールに合うモノも多いです。


M's Zoom

ハンバーグ 12日 悠人のお夕飯 11日 悠人のお夕飯

2017年5月16日 (火曜日)

柴崎友香 春の庭

春の庭を読み終えて

読後感想は後で書くわ

シャリンバイ 柴崎友香 春の庭

写真日記(5月中旬号)BOOKsから

宮下奈都「ふたつのしるし」絲山秋子「離陸」柴崎友香「春の庭」の三冊が棚積みのなかで目立ったので、とりあえず書店員さんのセンスを信じて三冊の中から絲山秋子を選んだ。

裏切りも失望もなく読み終えたのだが、残してきた二冊に後ろ髪を引かれるようだったので、柴崎友香を買って読むことにした。

宮下さんは慌てなくてもええような気がした。

春の庭は芥川賞作品なのでちょっと期待も大きい。

読み始めた時に私の芥川賞読破履歴をきちんと調べず、とにかくワクワクで期待も大きい。

読後に調べて見たら、宮本輝の螢川と絲山秋子の沖で待つ、さらに、村上龍の限りなく透明に近いブルー程度を読んだに過ぎない。

芥川賞の読書経験はほとんどなかったことになる。

学生時代に登場した村上龍という作家のなんともシャレたタイトルの限りなく透明に近いブルーの読後印象がイコール芥川賞だったのかもしれない。

それで今回久しぶりに、最近の受賞作品を。

なるほど、これが芥川賞か。

時代の変遷で賞の色合いが変わってきたのか。

昔から一貫した方針だったのか。

なんとも言えない。

美味しいと評判のレストランを紹介されて喜んで店に行き特別料理を食べたら、近所の商店街の人気店の方が旨かった・・・みたいなかんじ。

芥川賞はしばらく無関心でいることにする。


恩田陸 の本屋大賞のこともあって
書店員さんのオススメも無視することにする。

共感できる書評をオープンにしてくれる本屋を探すのは
難しいことやなとつくづく思う。

学生時代の神田の街が懐かしい。

2017年5月13日 (土曜日)

夏に近づく

夏に近づく

おひたし(小松菜&お揚げ) 田んぼ 冷奴の季節 メアジのフライ アジフライ&シュウマイ

写真日記(平成29年版)

2017年5月10日 (水曜日)

五月上旬 雨号

ゆうべ(9日)の夜から
しっかりと雨が
降っています

悠人が来ていて
楽しいけど手間がかかるほどに
歩き回るようなったので
たいへん

2017年5月 9日 (火曜日)

冷奴の季節になる

ツマがマンモの健診にいき
結果は良好という話を聞きながら
おゆうはんをいただく

とりわけ塩分摂取に気を使っているわけではないが
醤油を豆腐に少しだけ

寄り道をして
本を持ってルンルンな帰り道だった

BOOKs

柴崎友香 春の庭


しゃけのフライ 生姜焼き スナップエンドウ カジキマグロのステーキ 普通の餃子 お揚げで餃子を包む

Days(5月上旬号)

2017年5月 8日 (月曜日)

絲山秋子 離陸

感想 もう少し直しそうな感んじ でもそのままかも

絲山秋子 離陸

P12

そして悲しいことに、ぼくはしばしば自分に近しかったひとの面影すら忘れてしまう。

なによりも大切に思い、「好きだ」と何度も言ったひとのことでさえ、きっとどこかで元気に暮らしているんだろうという楽観のもとに忘れ去ってしまうのだ。

人間には想像力があるといっても、結局のところ思い浮かべることができるのは、現在とその僅かな周辺、森の端の川辺のようなところでしかないのではないだろうか。

P43

彼女のことを思い出すとき、人間の記憶は時系列じゃないんだな、と思う。

最初に彼女のことをどう思って、どうやってつき合い始めたかではなく、どうしても別れのところから記憶がはじまってしまう。

今でもまだ懐かしさより苦しさを感じる。

肌にくっついたガーゼが傷を破らないか気にしながらじわじわと剥がすように、言うなれば男らしさの微塵もない態度でしか自分の記憶にアプローチできないのだ。

P94

「回り道をするような相手はだめだね。上手くいくときは何も考えないでもサッサッといくんだから、そういうんがいい。最初に苦労すれば後からやっぱり苦労する。

なにも考えてなさげなひとのほうがしあわせなふうだよ。」

2017年5月 6日 (土曜日)

連休 のらりくらり

連休のらりくらり
という日記を書きかけて
おざなり

にんにくたっぷりでシャケを ししゃも 筍と蒟蒻を食べ尽くす

写真日記(平成29年版)

2017年5月 3日 (水曜日)

深い淵にる

http://wp.me/p6fXhf-Kg 

GWは飛び石で仕事に行きますが
今日はお休みでゆっくりしています

熊野古道を歩きに出かけたいけど
一歩を踏み出す勢いがないのだ

6時半の列車に飛び乗ってしまえば
それだけでなんとかなるのに

芽 

そうです

そのなんとかなるだろうというアクションの
インセンティブのようなものを失ったのだ

深い淵にいる

2017年5月 2日 (火曜日)

八十八夜に考える

(八十八夜に考える)

案を練る歓びと

作る歓びと 

完成品に見とれる歓び

などありましょうか

黙々と手や脳みそを動かす時間は

私たちが永年

すっかりとその本質を注いで

その本当の姿も忘れていたかもしれぬもので

そういう原点に戻ってくることってのは

ヒトの本能であるのかもしれない

と思うことが増えています

アホみたいに何かに取り憑かれたように

ある種のガムシャラで生きてきた長い年月は

一言で申し上げれば愚かであったとまで断言できないにしても

ある時代の人たちが魔法にかかってしまったようであったことは否めない

多くのものを取り戻すことは

ちょっとした困難を伴うけど

それこそがそのヒトの本当の腕の見せ所なのだろうと思います

捨てたくないモノを捨てて

新しいステージを築く時の

歓びを讃えましょう

🌿

私はそんなメモ書きを

放置したまま

この春を過ごしました

激しく生きてきた

一時期のような

弾け飛ぶような

パワーは今はもうありません

しかし

冷静に物事を見つめて

見送る心が

少しずつ満ちてきているように

自分では思っています。

新しいものを生み出したり

触発するような閃きもありません

2017年5月 1日 (月曜日)

男のひといきから

男のひといきから

新聞を切り抜いて

読み終わったから

捨ててしまおうと

そんな風にはできずにあるひとつの記事がある

------------

(男のひといき)91歳、母の切ない涙

2017年4月2日05時00分

我が家の隣に1人で住む91歳の母は週3回、デイケアに通っている。「デイケアなんか行かないよ」と言っていたのがウソのように、楽しそうに迎えのバスに乗り込む。

体がスムーズに動かなくなってきても、リフォームして便利になった台所に立ち、食事は自分で作っている。「兄弟姉妹の中で私が一番長生きだ。いつまで生きるんだろう」が口癖だ。

そんな母がある日、デイケアに出かける時に「左ひざの後ろが変だ」と足を引きずり、看護師さんの肩を借りて帰ってきた。夕方、私が様子を見に行くと、電気も付けずに薄暗い部屋のベッドに腰掛け、泣いていた。どうした、と聞くと「私は早くお迎えに来てほしいのに、なんで来ないのか」と言う。

翌日、医者にかかると、ひざに水がたまっていると言われた。それを抜いてもらうと、次の日には1人でゆっくりと歩いていた。その姿を見て、ほっと胸をなで下ろした。

歩けない自分に自信を無くして涙が出たようだが、母の言葉と涙は、私にとっても「切ない体験」だった。そばで見守ることしかできないが、家族とともに母に寄り添い、不安を少しでも和らげてあげたいと思う。

(山口県下関市 竹内清二郎 無職 68歳)

2017年4月30日 (日曜日)

四月尽きる

23日 BREEZE コンサート

28日 お菓子博

お菓子博 お菓子博 お菓子博でお昼を ヒラマサ

写真日記(四月下旬号)

悠人 23日はコメダに行ったそうです

M's Zoom

2017年4月25日 (火曜日)

消えゆくもの 穀雨篇 (裏窓から)

(四月二十日 穀雨)

ムスメの旦那さんのおばあちゃんが亡くなった

旦那さんにすれば実の父の母(だからおばあちゃん)です

ムスメ側から見れば私の母と同じ関係になる

幸いに私の母は生きていて

今日も電話を掛けてきて

「タケノコをもろたのでどうや」と言うていた

タケノコは今年になって二回めで

一回めはしっかりと湯がいたものを用意してくれて

それをもらって帰って炊いて食べた

明日も受け取りに行くという約束をした

この先 あと何度受け取りに行けるだろう

100歳まで生きたとしても春は十回あまりしか来ない

ムスメ家族のおばあさんのことを考える

若い夫婦はどのように

八十歳をを過ぎた人の死を捉えたのだろうか

自分が歳をとるにしたがい子どもが大きく成長する

それと同時に、血や義理で繋がった血族・姻族を失う機会が増える

まだ三十歳ほどのころの自分を思い出してみる

つまり

自分の身の回りで人が死んでしまうということに

未経験であった時代のことを私は回想した

若い二人はどんな風に死別というものを捉えているのか

これには計り知れないものがあるのだ

ひとこと 死別と言っても

様々な死に方がある

なかには

若くして無念な死に方をする人もある

憎まれながら死ぬ人もあれば

惜しまれて死ぬ人もある

別れについて考えても

人それぞれである

いつかは別れがくるのだが

幾つものドラマがありシーンが起こる

喜怒哀楽、非情不条理に満ちていることもある

あれこれと思うと

私が歩んできた三十年前に遡って

あのころの自分を思い出すとか

その後の歴史を掘り返すのは

今更のことながらきわめて辛い

その忸怩たる思いを

誰に引き継げるわけでもないし

夫婦の仲で話題にしても

分かり合えるものでもなかろう

若い二人も三十年後に私と同様の感情や思いを抱くとは限らない

それは当然のことだ

あらゆる条件やモノ組合せが変わって

心もまったく違った感性や感情の上で生きているだろうから

新しい時代には新しい心情が生まれているのだろう

このような哲学めいたことを考えはじめると

迷路のなかを歩き回るようである

糸口などまったくないようでありながら

必ずとあると信じている自分の力のようなモノの感触を

掴むことができる

私は

昔からこんなことを考えるのが好きだったのかも知れない

しかし

この年齢になってからある年代まで戻って

考え直すからこそ意味があるだとも思う

ある意味では

すでに無力なのだけれども

考えることによって

小さな炎を灯し続けて

これからの年令を生きていきたいと願っているのかも知れない

その炎を

聖火の火のように

受け継げたら最高の幸せだろう

あの子たちのおばあちゃんが亡くなったことを

最も悲しんだのは紛れもなく息子であったはずで

この人の心は揺らぎながら

その人から生まれて

あの人と共に60年間を生きてきた時間や歴史を

死別する前後の相当の時間に静かに

考え思い出し尽くしてきたに違いない

そのことを

つまり、何を回想し何を考え何を悔やみ何を喜び……

などということを

子どもたちに伝えることはできない

けれども

炎として受け継ぐことであるならば

できるかも知れない

(通夜から帰ってきて)

穀雨の夜はそんなことを考えておりました

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