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2018年1月16日 (火曜日)

ひよいと四国へ晴れきってゐる

13日と14日に
ちょっと四国まで
ムスメさんが結婚式に出席するので
その合間の子守を仰せつかりまして
車に便乗して
高松市まで行っていました

うどん食べてきました
でも写真撮ってないわ

14日 高松駅 14日 高松駅 14日 高松駅 14日 高松駅 13日 淡路島

淡路島から 淡路島から

四国ではケンちゃんの子守をしながら
おうどんを食べに出かけて

ムスメが披露宴から帰ってきたら
今度は二人でホテルの近所の飲み屋さんへ

あくる日は(14日)
うどんを食べていないムスメのために
もう一度うどん屋を巡って
帰途につきました

おゆうはんは
あさくまでした

2018年1月15日 (月曜日)

霜おりて氷は張らず夜明け前

15日のつきだし

(15日)

四国から帰って
ほっこりとしました

散財したし
ウイスキーも飲まなかったので
おでんで一杯したところです

メインはカジキのフライでした

四国の写真もあります

🍀 寒天にどんとの煙散り散りと
🍀 どんと焼き駅へと急ぐ女子高生
🍀 霜おりて氷は張らず夜明け前

2018年1月10日 (水曜日)

あっという間に成人の日が過ぎて

最近は写真を放り投げ入れて
日記はおざなりですね

そのうち書き足しますって
(ホント?)

▶️星野仙一 逝く ─ 小寒篇 (裏窓から)
▶️成人の日が過ぎるころまで

壇蜜日記4 噂は噂

餃子 鰤 横綱ラーメン 親子丼(お昼)

2018年1月 7日 (日曜日)

高村薫 黄金を抱いて翔べ

黄金を抱いて翔べ
高村薫
2017.12.11

高村薫 黄金を抱いて翔べ

できる限り真っ白で読み始めたいのだが、「高村薫の初期作品」と本の紹介で書いているので、読みかかる前に知らないままでは済まない。

「リヴィエラを撃て」や「マークスの山」はこんな作品を上流に持っていたのだと思うとそのこと自体が感動になってくる。

物語よりも、まず若き高村薫がこの作品を創りあげていることの感動である。

まだ若いギャル世代を多少回った程度の年頃にこれほどまでに硬派なドラマをそして冷たい心をさらにオトコの感情をさらりと書いている。そしてそれがテンポも良くて面白い。

映画になっているらしい。映画ファンはさぞかし映画を楽しまれたことだろう。

怒りあり恨みあり、情がありさらにスリルがある。

小説でなければ表せない場面や心情・感情を高村薫のペンは、冷たくサラサラと書いてゆく。

物語の大筋は銀行から金塊を強奪するという話で、そのために緻密に計画を立てて、下見をして、実行する。

人が絡み合う。
心が縺れる。
感情が交差・激突する。
悲しいとか嬉しいとか好きだとか嫌いだとかそういう話でもない。

金塊が盗み取れるか。
段取り通り作業が進むのか。
爆弾は派手に爆破できるか。
金庫はぶち破れるか。
予期せぬトラブルは起きないのか。

一歩間違うと大衆向けのサスペンスでスリルに溢れただけの三流ドラマになりかねない。だがそこにはとどまらずに、読者を惹きつけてしまう力と面白さを備えた文芸的な作品である。

読後に高村薫ファンを二倍以上にしてしまう。

作者を男性だと勘違いさせて素知らぬふりをしている。

まあ、高村薫さんも最近は新聞などに顔を出して論壇にも登場しているし、出版社のPR戦法でも作家の素顔がオモテに出ることから、男性と思っている人は少なくなったと思いますが。

悪役で、裏街道を生きて、ズル賢くて才能があって機知に富んでスマートに行動するようなオトコを書く(描く)のは上手い。

この硬派な筆致が高村薫は難しいと思わせたり男性を想像させたりしたのでしょう。

非常にわかりやすくてスカッとして飽きさせなくて引き込まれてしまうリズムを持っているのに。

読む前に映画があることを知ったときは、あとでDVD作品をレンタル屋に探しに行こうかと考えてのですが、その気はなくなってしまった。

そんなことをするくらいならもう一回読む。

金塊は強奪できたし、爆弾も爆発して、パニックも起きたのだ。

結果を知りながらもう一回読んでも間違いなく面白い。

2018年1月 6日 (土曜日)

わさびマヨネーズでシャケを

小寒すぎて
寒さ愈愈と
震え上がりますが

夕暮れは
だんだんと
明るくなってきたから

もうひと頑張りだなと
自分に言い聞かせて
ひとりごとを言う

息がぽわっと白い

シャケ(わさびマヨネーズ)

わさびマヨネーズで
焼いてみました

今度は
もう少し厚めに

🍀

高村薫
読み終わりまして

感想はこれから

高村薫 黄金を抱いて翔べ

2018年1月 5日 (金曜日)

星野仙一 七十歳 (一月四日)

天地人 1/7

 スポーツ選手には、そのプレースタイルや外見などからさまざまなニックネームが付けられることがある。それが付けられれば、超一流の証しと言ってよいのかもしれない。

 よく知られているのは外国のサッカー選手だろうか。ペレ氏は「王様」。「皇帝」はベッケンバウアー氏。プラティニ氏は「将軍」と呼ばれた。「空飛ぶオランダ人」はクライフ氏だ。野球界で「ミスター」といえばもちろん長嶋茂雄氏。「トルネード」は野茂英雄氏。松井秀喜氏は「ゴジラ」だった。

 プロ野球中日のエースとして「燃える男」、その後、中日、阪神、楽天の監督になってからは「闘将」と称されたのが星野仙一さんだ。気迫を前面に出し、特に「宿命のライバル」と呼ぶ巨人戦ではめらめらと闘志を燃やした。

 数々の名シーンがあるはずなのに、小欄がなぜか真っ先に思い出すのは、あの「ヘディング事件」。グラブをたたきつけて悔しがった、そのときの投手が星野さん。1981年の巨人戦、遊撃後方のフライを中日の選手が頭にぶつけて捕球できず完封を逃したのだ。

 いや、しかし何と言っても忘れられないのは、2013年に楽天を初の日本一に導いたこと。東日本大震災の被災地東北が歓喜に沸いた。星野さんの訃報がきのう伝わった。本県のゆかりの人からも惜しむ声が漏れた。70歳。あまりに突然で、あまりに早過ぎる。

…………

談話室 1/7

明治大野球部のキャプテンにはグラウンドの外でも三つの役目が課せられた。合宿所の便所掃除と監督の車の運転手、チームについての意見具申である。名将島岡吉郎監督(故人)の考えに基づく厳格な習わしだった。

「人が嫌がること、つらいことこそ先頭に立って上の者がやるべきなんだ」と便所掃除の初日、監督はたわしと雑巾を持ち手本を示す。運転手役は礼儀や言葉遣いなど気配りの修養になる。監督室を毎朝訪ね、その日の練習や試合のオーダー編成といった意見を申し述べる。

多くの逸材を輩出する名門で星野仙一さんは主将を務めた。熱血指導で島岡イズムの薫陶を受け、野球人の「原点」を学び、「指導者としての哲学」を培った。「厳しさと激しさの中でこそ人は伸びる」。著書「勝利への道」で「オヤジさん」と慕う師の姿に自身を重ねた。

闘志むき出しでマウンドに立つ「燃える男」、チームを率いて栄光に導いた「闘将」は鮮烈な記憶と球史に大きな足跡を残して永逝した。プロ野球楽天を日本一の座に押し上げ、東日本大震災の被災地に元気をもたらした「本気の男」は天上で、恩師と何を語らっているか。

…………

正平調 1/7

中日のエース時代、星野仙一さんはけがに苦しんだ。痛めたひじが、あるとき赤くはれ上がっていた。聞けば、ハチにわざと刺されたのだという。

ミツバチの針に刺されたら血行障害が治る。そう聞いてハチをピンセットでつかみ、ひじに当てたのだと。投げて勝つことに命をかけた男の執念だろう。本人からの告白談を、野村克也さんが後に明かしていた。

突然の悲報である。星野さんが70歳で急逝した。“燃える男”と“闘将”と。二つの異名がこれほど似合った人をほかに知らない。語るべき評伝はあまたあるのだろうが、ふと頭に浮かんだのがハチの話だった。

阪神の監督時代には、「あしなが育英会」のステッカーを選手のヘルメットに貼ることを提案している。震災や病気で親を亡くした子どもたちを支援する同会には、ステッカーの効果で寄付の申し出が相次いだ。

〈人の半分は後姿です〉。昔の広告コピーを思い出す。けがと勝利の重圧に独りもがき、未来ある子どもたちにはそっと手を差し伸べる。華やかな舞台の陰で見せた、星野さんの後ろ姿に教えられたことは多い。

18年ぶりの阪神優勝で関西を元気づけてくれた人である。ありがとう。天上へ旅立っていく背番号「77」に、今はまだほかの言葉が見つからない。

…………

滴一滴 1/7

「燃える男」と呼ばれた星野仙一さんは倉敷市水島で生まれ育った。「私の闘志を培ったのは、田舎者で、決して野球エリートではないという自覚によるものではないか」。そう著書に記している。

工場の技師だった父は星野さんが生まれる前に病死した。母は工場の寮母をしながら3人の子どもを育てた。「周りの人を大事にしなさい」。それが母の口癖だったという。

負けん気や親分肌を示す逸話は子ども時代から事欠かない。けんかの強さで知られ、理不尽な上級生には一人で向かっていった。一方、後輩や仲間の面倒見はよく、小学6年の時は難病で歩けない同級生を背負って登校した。

野球をするように勧めたのは母だった。体が大きく、気の強い息子が横道にそれないよう、心配してのことだったという。高校時代、甲子園出場はかなわなかった。その悔しさが「今の自分をつくった」と語っていた。

野球人生を振り返り、自らを「幸運な男」としばしば称したが、幸運は逆境に耐えてこそ手にしたものだろう。中日の監督時代には、妻が白血病で亡くなる試練もあった。

昨年11月には帰郷し、野球殿堂入りの祝賀会で見せた笑顔を覚えている人も多かろう。突然の訃報を信じられない思いで聞く。1年半前から闘病中だったという。最後まで「星野仙一流」を貫いた、その強さを思う。

…………

地軸 1/7

 悲報に涙を流す市民の姿があった。ありがとう―。東北の地から寄せられるたくさんの感謝の言葉に、その存在の大きさを改めて知る。

 球界の「闘将」星野仙一さんが、人生のグラウンドから去った。楽天の監督就任1年目に、本拠地が東日本大震災に見舞われた。闘志むき出しのプレーと采配で沸かせた「燃える男」は、被災地を思いやる「情の人」でもあった。

 避難所を訪ね、災害臨時ラジオで共に乗り越えようと語り掛けた。見えない明日を前にどうすべきか自問自答。諦めないで戦う姿を見せることで希望を、と誓った。

 「選手はこれまで優しさを被災者へ届けたが、今年はさらに強さを与えたい」。2013年、オープン戦で松山を訪れた際にはこう語っていた。そして、まさにその年、日本一を決めた。仙台の雨の球場で、仮設商店街で、集会所で、抱き合って涙を流す被災者やボランティアの姿が胸に残る。

 岩手、宮城、福島3県では今も1万5千人余りがプレハブ仮設住宅で暮らす。ふるさとに戻れない避難者は8万人近くいる。復興への道は、まだ遠い。

 福島県南相馬市では先月末、津波に耐え、住民の心のよりどころとなっていた「かしまの一本松」の命の灯が消えた。だが、そのそばには一本松の種から育てた苗木が植えられるという。希望の光は受け継がれる。「諦めない」星野さんの思いもまた、人々の心を照らす光となって、つながれるに違いない。

…………

小社会 1/7

 安芸市があれほど熱狂に包まれた日々がかつてあっただろうか。星野仙一さんがプロ野球阪神の監督に就任した2002年の春。キャンプ地タイガースタウンのにぎわいは今も語り草である。

 

 安芸球場は観客が1万人を超える日が続き、市内のホテルや旅館は報道陣で満杯。このため周辺の駐車場で車中泊する県外客が続出した。球場前のコンビニエンスストアの売上高は全国の系列店の中で上位を記録。

 

 商店街は監督の名前にちなんだ千一円セールを展開した。商品や宣伝に知恵を絞って売り上げを伸ばすなど波及効果はすごかった。「闘争心を燃やせ!」「もっと元気出せ!」。グラウンドに響く激しいげきに、市民まで奮い立たされているように感じたものだ。

 

 星野阪神になってから、安芸キャンプが縮小されるといった残念なこともあった。それでも低迷久しいチームを03年にリーグ優勝させている。言うことは言うが結果もしっかり残す闘将だったと、訃報に接して改めて思う。

 

 楽天の監督だった13年には日本一に導き、東日本大震災の被災地を盛り上げた。東北だけじゃない。夢を諦めず、挑戦し続ける姿勢に、どれだけ多くの人が勇気づけられたことだろう。

 

 星野さんが再び阪神監督となり、安芸球場に立つ姿を想像する。「うつむくな!」「元気を出せ!」。疲弊が進む地方で暮らす一人として、背筋をぴんとさせるあのげきをもう一度聞きたかった。

…………

水や空 1/7

私事にわたって恐縮だが、長崎に生まれ育ったのになぜか「寝ても覚めても中日ドラゴンズ」という熱狂的ファンを身内に持ったせいで、「燃える男」の活躍にも派手な言動にも、知らず知らず目や耳が向いた気がする。

新春の夢を思い描く松の内に、好きな言葉は「夢」という星野仙一さんの早すぎる訃報を聞く。70歳。中日と阪神をリーグ優勝、楽天を日本一に導いたのだから「闘将」という前に「名将」と呼ぶべき人だろう。

阪神を引っ張ったころのオフ中、ベテランの多くを自由契約にして“血”を入れ替えた。非情と呼ばれたその裏に「何としても勝つ」の信念が張り付いていたとすれば、ああ、やっぱり「闘将」なのだと思い至る。

プロ野球にげきを飛ばしたことがある。「必死でやってくれたらいいの。ホーム(本塁)でさ、バーンとぶつかって、けんかになるでしょ? それでいいっていうの」

何かと無理はせず、ほどほどに、角を立てず-と自制が重んじられる昨今、必死でやれよと叫び、必勝を期して実際に勝ってみせる人の存在が、今にしてずしんとくる。

楽天が日本シリーズを制したとき、大震災の被災地に必死の末の「V」をささげた。燃え上がるほど熱いだけではない、苦しむ人たちの肩に温かな手を置く“ほっかほかの人”でもあったろう。

…………

有明抄 1/7

現役時代は不動の強者・巨人に臆せず立ち向かった。監督となっては選手を鉄拳で鍛え、審判に激しく詰め寄る…。人呼んで「燃える男」、星野仙一さん。この“熱い血”のルーツはどこにあったのだろう。

「お父さんがいる子には絶対負けない」「家の中でたった一人の男なのだから、いつもちゃんとして何かあったら一番頑張る」―。星野さんの小学生のころの誓いである。母親の胎内にいる時に父親が病死し、姉2人の母子家庭で育った。

母親は工場住み込みの寮母として働き、3人の子どもを大学に進ませる。星野さんは、大学時代に母親から毎月送ってもらった書留封筒と手紙の束を、ずっと大切にしていたという。明治大野球部では、スパルタ教育で名をはせた島岡吉郎監督に出会う。

島岡さんから「命懸けでいけ!」「魂を込めろ!」「誠を持て!」―の三つの教えを徹底的に仕込まれたと自伝『夢』に記している。星野さんは島岡さんに、知らない父親像を重ねていたのかもしれない。厳しさと愛情。それは、星野監督そのものだ。

その星野さんが70歳で亡くなった。投手としては、意外にも146勝にとどまり、監督としての評価が高い。「若者を育てていくことは男のロマン」と語っていた星野さん。精魂込めて育てた野球人たちの中に、いつまでも生き続けることだろう。

…………

河北春秋 1/7

試合に敗れた翌朝はどうしても寝覚めが悪い。采配を振ったわが身を責める。「チクショー、この野郎」。そんなとき、仙台市中心部の自宅マンションからいつも散歩に出た。「東北大の片平キャンパスから広瀬川沿いへ出て山並みを見る。これがいいんだ」

街角では行きつけのとんかつ屋のおじさんが店の奥で開店準備をしている。鮮魚店は仕入れ魚を忙しく店頭に並べている。「『ヨッシャー』と思う。息遣いを感じて、俺、この人たちのためにも街のためにも頑張ろうって思ってくるんだよ」

享年70、星野仙一さんの訃報に接し、生前伺った話を思い起こしている。スポーツ部に在籍していた頃、ちょうどプロ野球東北楽天の監督や球団副会長だった。沈む心を闘争心に変えてしまう「燃える男」のパワーの源は街と人であると知った。

中日での鬼気迫る投球、中日と阪神を指揮してリーグ制覇、そして東北楽天で日本一と、まばゆいばかりの大輪が咲いた歩みのなかで、仙台での散歩はささやかな道端の露草だったか。だが、それは「俺は二流投手」と言っていた野球人がユニホームにそっと挿した花だったと思えてならない。

露草の花言葉の一つは「懐かしい関係」という。東北で誰が忘れよう、背番号77。きょうの七草がゆは何と苦いことか。

 

2018年1月 2日 (火曜日)

年末年始 あれこれ

年末年始 点描できごと, , 喜怒哀楽

ギャラリー

2018年1月2日


写真日記から(平成29年版はこちら

謹賀新年年越しそば 

M's Zoom

年越しそば(ムスメ)

2017年12月31日 (日曜日)

大晦日号

30日
すっかりお正月モードです

お店に行っても
高級なお肉とかお魚とか
エビとかかまぼことか

お肉などは上質のものが並んでいます
お値段も高いです

ゆうべは 菊水を買って来て
近所でオードブルも買いまして
ゆっくりとお夕飯を食べました

**

今日は「大晦日飲み」
という初めての試みをします

午後に駅前のファミレスに行き
しゃぶしゃぶを食べながら
午後5時までの半額サービスのビールを飲んで
ツレと二人で忘年会をしようと
話がまとまったのです

話の続きを書くのは
新年になってからかもしれません

オードブル 菊水 菊水

2017年12月30日 (土曜日)

もういくつ寝るとを歌いながらストーブにあたる

まごっち 1、2 が来ていたので
エアコン生活を強引にしていましたけど
寒かったのです

ストーブを出すのが遅れていましたが
やっと灯油を買いに行きまして(@74円)
今年も暖かくなりました

お店はお正月用・食材で賑やかです

さっさと買い揃えて
一足早くお正月を始めてもいいのですが

お掃除が残っているし
ウチの人はTVが大好きだから
私と違って勝手にお正月気分にはなれないみたい

アジのフライ ストーブ 出ました

2017年12月29日 (金曜日)

逝く人や伝えたきこと問い返せず

を書いてきました。


12月23日  葉室麟 66歳
12月8日 野村沙知代 元プロ野球監督野村克也の妻 85歳
12月6日 辰濃和男 「天声人語」87歳
12月2日  はしだのりひこ 72歳
11月6日 中村鋭一さん 87歳
10月26日 篠沢秀夫さん 84歳
10月25日 遠藤賢司さん 70歳
10月5日 三條正人さん 66歳
8月28日 羽田孜さん 82歳
7月24日 山川啓介さん 72歳
7月21日 平尾昌晃さん 79歳
7月18日 日野原重明さん 105歳
7月11日 砂川啓介さん 80歳
7月6日 安西愛子さん 100歳
7月1日 上田利治さん 80歳
6月22日  小林麻央 タレント 34歳
6月13日  野際陽子 女優 81歳
4月23日 三遊亭円歌さん(享年88)
4月12日 ペギー葉山さん 83歳
4月6日 京唄子 漫才師 89歳
4月5日 大岡信 86歳 詩人
3月14日 渡瀬恒彦 日本の俳優 多臓器不全で死去 72歳
3月1日 かまやつひろし シンガーソングライター 膵臓がん 78歳
2月13日 鈴木清順 93歳
2月3日 三浦朱門さん 85歳
1月25日 藤村俊二 俳優 82歳
1月21日 松方弘樹 俳優 脳リンパ腫 74歳
1月3日 神山繁 俳優 87歳

コウケンテツ さんの
「ガーリックライス」
美味しかったので
またやりたいですね

この日は「牛のしょうが焼き風」に挑んでみましたが
細かいところを手抜きして省略しますから
少し物足りなくなったかな

牛のしょうが焼き風 ワイン買いました お昼は生ラーメン

2017年12月28日 (木曜日)

こらなくてええから黙ってブリ大根

こらなくてええから黙ってブリ大根

ほかに
賞味期限の大幅に過ぎた納豆と
食べさしで開けたまま放置してあった納豆と
趣味期限の余裕のあるキムチを
混ぜて
海苔も刻んでかけて
食べました

ブリ大根 中野翠さん

2017年12月26日 (火曜日)

クリスマスのころの出来事など

クリスマスイブに
ガス給湯器が壊れて

市内の温泉に行き
風呂は済ませましたけど
イブの夜は暗い気分でした

けれども
あくる日の夕方には
修理してもらえて
家でゆっくりとお風呂に入れたのでした

かぼちゃのサラダ クリスマスケーキ 五一ワイン

2017年12月24日 (日曜日)

葉室麟さん 66歳か

このブログを検索した結果 3件のヒットがあった

    1
  1. この世をいとおしい、去りとうない、と思うて逝かねば、残された者が行き暮れよう 小暑篇
    10月30日 木曜日のわたしの日記の中に葉室麟「蜩ノ記」の読後感想を書き物語からある「言葉」を抜き出している秋谷と慶泉和尚との会話から─ もはや、この世に未...
  2. 葉室麟 蜩ノ記  −−  言葉から
    秋谷と慶泉和尚との会話から−−− もはや、この世に未練はござりません−−− まだ覚悟が足らぬ
  3. 葉室麟 蜩ノ記
    葉室麟 蜩ノ記 物語の書き始めばかりを集めて作品集を編集する人があるくらいなのだから、そこには惹きつけるものが無くて...

2017年12月23日 (土曜日)

忘年会大事なことは胸に秘め

忘年会大事なことは胸に秘め 12月下旬突入号

ということで

あっちのブログはあとでゆっくり

こっちのブログもあとまわし

ばっかしですね(苦笑

🍀

忘年会大事なことは胸に秘め

二学期が終わりとつぶやく白い息

冷え込んで冬至の月も淋しそう

忘年会大事なことは胸に秘め

忘年会の帰りの寂しいネオン

予告なく鰤炊きましたサプライズ

山茶花を坊主にしたのに一輪だけ咲く

さくら餅凩吹いても好きは好き

煤払い何を払うやこの歳で

寒気団オトナの嘘を踏み倒し

大学の一年の冬はXmasに炬燵を買って丸ノ内線に乗っていたのが急に蘇る

1977やからちょうど40年前やなあ

明日の朝冷え込みますと天気予報で流れてもこの頃はヒビらない

貯金箱ホコリかぶって年の暮れ

霜焼けの便りが届く同世代

ハンバーグ カジキの香味焼き

2017年12月21日 (木曜日)

みなさん いかがな年末をお過ごしでしょうか

みなさん いかがな年末をお過ごしでしょうか

人それぞれ 思い起こすことが多かろうと推します
忘年会(21日)にも行ってまいりました

いっときは無駄な飲み食いや騒々しい宴会を嫌がった時期もありましたが
この頃は全く考えを改めてしまって
一年間お世話になった職場の人や周りの人に
感謝のお礼を伝えるためにも
言葉を交わさなくともその会には出てゆき
お疲れ様でした、ありがとうございました
の気持ちを伝えるようにしております

飲むことや食べることが重要ではなく
それはお供えのようなもので
(捨ててもいけませんが)
心を凛として乾杯をするようにしています

🍀

クリスマスやお正月といっても
贅沢なことができるような身分でもありませんので
ささやかにお店で買いそろえたものと
普段に少しためらったくらいのお酒やお料理を並べて
一年を感謝したいと思っております

🍀

除夜の鐘がいう108個の煩悩を思い出します
人間には、目、耳、鼻、舌、身、意、という「六根」があり
これには、苦、楽、不苦不楽があり、18通りになります
世には、富める人と富めない人があってその倍の36通りとなります
これらをさらに、過去・現在・未来について考えてみると
36通りを3倍して108通りとなります

🍀

108という数が大事な訳でもない
煩悩を責めたり戒めたりすることが重要でもない

あらゆるものに
恥じることなく
悔やむことなく
奢ることなく
生きている姿を確かめることがいいのでしょうね

🍀

美味しいケーキ
旨いお酒
素敵な笑顔が皆様のところにありますように

2017年12月20日 (水曜日)

十二月中旬号・その三

小芋炊く一足お先につまませて   十二月中旬号・その一
十二月中旬号・その二

その三 いきます
と言いながら後で書くことになってしまうけど

ぶり大根 桜餅 シャケのフライ 八宝菜

予告なく鰤炊きましたサプライズ

そんな顔して鰤を出してくれまして
お腹すいたな〜と思って帰って
即座にほっこり

手抜きで?
生姜を省略だそうですが
辛抱するか

皮が美味しいほどに炊けるのが旨い鰤です
照り焼きも然り

皮の嫌いな人は美味しい皮を知らないのだ
ぶり大根入門として皮を食べてしまうほどのぶり大根をいただいてください

大根のしゅみ具合は
そのときどきで良さを生かす
洋酒に向いた味わいでした

2017年12月17日 (日曜日)

永六輔『職人』 から

永六輔『職人』 から

この書の中から興味深いエピソードを引用していうものがあったのでもらってきた。

作者は蕎麦猪口が好きで集めていた。


 京都で陶芸家の河合寛次郎の散歩のお供をしたとき、ある古道具屋の店先に蕎麦猪口が置いてあって、いいなと思うのがあった。河合がいくらなら買う? と聞くので、千円くらいかなと思ったが、「1万円でも買います」と答えた。「あっ、そう。ちょっと聞いてごらんよ」。古道具屋は5百円だと言った。嬉しさを隠して5百円で買ってきた。河合先生が「どうした?」というから、「5百円」だったと答えて歩き出したら、「待てよ、君、5百円で買ったわけじゃないだろうな」「いえ、5百円というから、5百円で買いました」「君はさっき、1万円で買うって言わなかった?」「1万円で買うって言いましたけれども、5百円ですって」「それはわかったけど、そう言われて5百円で買ったのか」(中略)「何で自分の言葉に責任をもてないの。1万円で買わなきゃ、買い物にならない」「だって、5百円って……」「そういうもんじゃない。自分で1万円で買うって言った以上、1万円で買わなきゃいけない。買物ってそういうもんなんだ。君を見損なった」。それで永は店に戻って、主人がそんなわけにいきませんと言うのを無理に1万円払ってきた。

 それに対する河合の言葉、「……いいなと思ったら、それはそのモノに負けたことなんだ。負けた以上は、負けた人間として勝った相手に礼を尽くさなきゃいけない。しかも君は1万円と自分で言ったのだから、1万円で買うのが礼儀だろう」

 「わかりました。1万円で買ってきたから言わせてもらいますが、もし向こうが10万円と言ったらどうするんですか」「10万円と言われたら、君、毎日通って、1万円まで値切りなさい。キミがつけた値段なんだから」

2017年12月15日 (金曜日)

寒さ来てもウイークデイはとんとんとん

素朴で質素な食の日が続きます

まあ 年金(と同じくらいの)生活してるんやから
贅沢は敵です

でも まごっちのご飯を食べさせてやりながら
チビリチビリと飲んでいますが

少し前のあんかけは鶏ミンチそぼろでしたが
この日は(13日)豚ミンチです

お刺身も2パックで500円だったのでついつい

木曜日(14日)はまたまた抑えて
筑前煮をいただきますが
一日一魚は 生節でした(写真はない)

金曜日(15日)は
まごっちのところに父さんが来てくれて
賑やかなんです

焼き鳥をしようとなったけど
一人一本になってしまったのでした
お店なら三本から四本ほどになると思うけど

またまた
休肝日のないウィークデイでした

ごぼう 焼き鳥 焼き鳥(前) 小松菜

筑前煮 ブリの刺身 アジの刺身 豚ミンチのそぼろあんかけかぼちゃ

2017年12月14日 (木曜日)

カズオ・イシグロと記憶 2017年12月13日(天声人語)

 「人間はね、ただ嘘(うそ)をつくんじゃないんです。何かを隠しながらつくんです。そして事実を直視しないようにする」。英国の作家カズオ・イシグロさんがかつて語っていた。つらい過去と向き合うのがいかに難しいか。彼の多くの作品に流れるテーマであろう▼『日の名残(なご)り』は英国の執事が一人称で語る小説だ。彼が仕えた貴族は、第2次世界大戦が終わると非難の的となる。いわくナチに通じていた、反ユダヤ主義者だった……執事はつぶやく。非難はとんでもないでたらめで、的外れだと▼しかし同時に彼の記憶から紡がれるのは、非難に十分な根拠があるということだ。事実を認識しながら、虚偽の解釈を試みる。誰にでもありうる心の働きかもしれない
(後述略)

(天声人語)カズオ・イシグロと記憶 2017年12月13日


ちょっとメモしておく

2017年12月13日 (水曜日)

小芋炊く一足お先につまませて

小芋炊く一足お先につまませて

シビのフライはお子様(2歳児向け)兼用メニューからです
離乳食レシピには旨いものが多い
これもその応用かも

うちの人の要望で手帳を買いました
なかなかええ手帳です

僕は四十年近く高橋の手帳です

シビのフライ 小芋炊く 県民手帳を買う

2017年12月12日 (火曜日)

高村薫 黄金を抱いて翔べ

風の強い日でした(11日)
汽車は10分以上遅れて来て
本屋に寄ったけど
運良く乗れた

高村薫 黄金を抱いて翔べ

2017年12月10日 (日曜日)

みたらしに言葉はいらぬ冬日和

🍀 みたらしに言葉はいらぬ冬日和

師走の日曜日のひととき
一年を振り返ってじっくり考えてみようではないか

え?
何を考えるって?

自分の姿を省みるのだ

羽生善治・永世七冠
色紙には「玲瓏」の二文字を書く。
これは「八面玲瓏」の山頂から眺める澄んだ景色のことで
迷いのない心境のことだと語る。

羽生語録にはこれまで幾度も感銘を受けてきた。
だが、語録に感動しているだけではいけない。
その姿勢と眼線が大事なのだ。

写真日記から

鰹のタタキ かぼちゃ鶏そぼろあんかけ みたらし

2017年12月 9日 (土曜日)

グッと冷えたストーブを出さなあかん

十二月たてこむとせわしいです
まごっちがもう少し何事もわかるようになると楽なんやろうけど

食事はまごっち仕様のメニューが続きますけど
ときどき食べるお刺身はわたしだけがいただきます

思い切り餃子を食べたくて
30包以上作ってみんなで食べた

あくる日の朝の汽車の中では
マフラーぐるぐる巻きで俯いておりました

そんな日に限って
飛び乗った8階へのエレベータが
各駅停車で満員だったのだ

写真日記から

豚ミンチのハンバーグ サワラの刺身 餃子!

  • 見上げれば青空の雲は凍て付かない
  • 夜明け前降り出した雨の中へ朝練の高校生駆け出してゆく
  • 月はどこにそんなん知らんわ平和な布団の中
  • 暗い夜道オナラ三々七拍子
  • またニキビ左ほっぺの師走かな
  • 初霜や涙腺までも凍らせて
  • 師走なり孫の破った 障子張る

2017年12月 7日 (木曜日)

羽生善治棋聖史上初の「永世七冠」

両親は将棋を指さないので家には将棋盤も駒もなかった。将棋の存在を知ったのは小学校一年の友人の家。それも最初はまわり将棋やはさみ将棋。高度成長期前後の子どもとあまり変わらぬ将棋の「初手」である。

小学二年で将棋クラブに入ったが、あまりに弱くて、本来なら八級からスタートするところを十五級からとなった。将棋の羽生善治棋聖(47)。第三十期竜王戦を制し、史上初の「永世七冠」を達成した。幼き日、人よりも低い十五級からとぼとぼと歩き始めた険しき道は誰も見たことがない頂へとつながっていた。

普通の子どもならへこたれそうな十五級からのスタートはむしろその小学生を将棋のとりこにしたという。少しずつ少しずつ着実に級が上がっていく。それが楽しい。何よりもどんなにやっても勝つためのコツが分からない将棋が、おもしろくてしかたがない。

旺盛な好奇心と探求心。それが普通と変わらぬ子の才能を開花させ、「永世七冠」の道案内役となったのだろう。

色紙には「八面玲瓏(れいろう)」の「玲瓏」の二文字を書く。山の頂からながめる澄んだ景色であり、迷いのない心境のことだと語っている。

将棋のコツは今でも分からないという。今その頂に立ってこれまでの歩みを振り返り、その景色に満足しているだろうか。その好奇心と探求心はそれを許すまい。さらに高き山を探し、顔を上げている。

中日春秋 12月6日


『羽生語録』も読みたい

2017年12月 6日 (水曜日)

落ち葉舞う師走の風は冷たかろう

師走を迎えて本格的にいよいよ来たかと思わせる寒波と共にフォークソング「風」を作曲してヒットさせた、はしだのりひこさん死去のニュースも飛び込んできました。

1960年代の後半から一世を風靡した「ザ・フォーク・クルセダーズ」や「はしだのりひことシューベルツ」の名前を知らない人も多いかもしれません。

五十年という歴史のページをパラリと捲ってすべては過去の中にしまい込んでしまうこともできましょう。

けれども、それでは少し気が収まらないというわけで、酒を片手に音楽を聴いてあのころ・あの人を偲びました。

北山修・はしだのりひこのコンビでヒット作を放った「花嫁」も回想するなかに出て来ます。

「花嫁は夜汽車にのってとついでいくの」と歌っても何の違和感もないどころか、夢とロマンに満ちていた時代でした。

天国にはこわい神様がいて地上へと追い返されることもあったのかもしれない。

しかし今でも、「プラタナスの枯れ葉舞う冬の道」は昔と変わりなく、京都・都大路には「プラタナスの散る音に振りかえる」人が溢れて賑わっていることでしょう。師走は刻一刻と暮れていきます。

これを書き始めた日から配信する日まで、日一日と目まぐるしく変化する波のなかで、今年一年を振り返って漢字を考えたりしながら、ふっと五十年を振り返る時間が あったので、ここに覚え書きをしておこうかなと思ったのでした。

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こんな原稿を今日走り書きしたのでここにアップします。
ごめんなさい。最終稿ではありません。僕のメモ書きです


と mixi に書いたのでここに貼っておこう
本篇は大幅加筆改変して15日頃発行します

2017年12月 4日 (月曜日)

12月はじまって土曜日(忘年会)

母校の校友会当県支部の役員会・忘年会に行ってまいりました

写真日記から

焼肉たんど

2017年12月 2日 (土曜日)

12月 始まりました

休みだから
あとでゆっくり書こうっと

写真日記から

カジキの香味焼き サンマ13号 耳あて

2017年11月29日 (水曜日)

小芋食う師走の覚悟整うて ─ 11月が尽きます 寒さはこれから

小芋食う師走の覚悟整うて

そんな言葉を書き残し
11月28日の夜は更けてゆく

まごっちに手がかかって
小芋を炊くてが等閑になって
焦がしてしまったというが

芋の味は上出来だった

今季初の小芋(里芋)の煮っころがし
(写真はない)


11月が暮れてゆくところ

寒さは緩んだり厳しくなったり
仕事に行けば(月曜が始まれば)
日記はまとめ書き

日曜日には
ブリと鯖を食べて
月曜日は思い出してますが・・・あらら
と考えて思い出したのは肉じゃが!

火曜日にはシャケを食べる

写真日記から

11月28日の朝8時 日曜はサバの味噌煮 ブリ トーマス

2017年11月26日 (日曜日)

ぶり大根苦味が旨し六十年 ─ 飛び石連休号

飛び石連休ですね

おでんを食べたり
今季初のぶり大根を食べたり
まごっちにはハンバーグを作ったり

妹夫婦+娘夫婦が京都からびゅーんと
着てくれたりして

連休はとんとんとん


写真日記から

子ども用にハンバーグ 今季初のぶり大根

2017年11月25日 (土曜日)

週末は飛び石で 手が冷たい土曜日の朝7時

最新(アメブロ)記事

さっき アメブロにちょいちょいと写真をあげて
本家(このブログ)に戻り
ひといきついています

手が冷たいです 土曜日の朝7時

きょうは
「秘伝のブログ」の『小雪篇(裏窓から)』
を書くのだ

おでんが食べたくて JR 八朔の木の前で 八朔 大根

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