2017年8月
    1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31    
フォト
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
無料ブログはココログ

京都日記(平成27年7月篇)

  • 鱧のお弁当
    京都日記
    平成27年7月篇

京都日記(平成27年春篇)

  • 焼き鳥
    京都日記
    平成27年版の
    春の日記です

京都日記(平成27年11月)

  • 渡月橋
    京都日記
    平成27年11月篇

2017年8月11日 (金曜日)

高橋順子 夫・車谷長吉

八月中旬へと

偶然にも素晴らしい本に出会う
あらっと気がついて図書館を検索したらちょうど空いたので
すかさず図書館で借りきた

感想文は読み終わってから書く

けれども読みながら湧き上がってくる感動を抑えることができない

車谷長吉さんは六十九歳、誤嚥による窒息のため亡くなったのが2015年のことだった

奥さんは詩人の高橋順子さんで、一歳上です

三回忌に綴った回想記がこの本で、高橋さんや車谷長吉さん、そのほか周りの人たちとの知らないあれこれが綴ってある。車谷の(作品の)ファンならば、間違いなく引き摺り込まれてしまう

29年前に二人は出会ったころのことや、車谷さんから突然届いた1枚の絵手紙のエピソードを交えて、こちらの心に静かに染み入るようなタッチであのころを綴っている

「古風な出会いでした。絵手紙は毎月1通ずつ計11通届いたんですが、独り言のようなことが書いてあったりして、受け取るたび薄気味悪い気持ちでいました」  

1990年の大晦日に初めて車谷さんと会ったときの様子など、まったく着飾ってない文章だが心が恋してゆくのを予感させてくれる

「赤目四十八瀧心中未遂」で直木賞受賞のあと、ピースボートでの世界一周旅行やお遍路などをしたそうで、2人は片時も離れずにいた。2人が最も大切にしたのは、原稿を互いに見せ合う時間だったという

「そうしないと編集者に渡さない、儀式のような時間でした。車谷は命にかえても書きたいと思っていたし、私にとっても、詩を書くことはこの上ない喜びでした。互いに一番大切なものを最初に読んでもらい、読ませてもらう。それは本当に幸せなことでした」 
「この世のみちづれ」として、2つの魂が深く交流した夫婦関係だった

出版案内のインタビューで語っているのがとても印象的だ

早く読み終わってじっくりと読後の酔をたのしみたい

高橋順子 夫・車谷長吉

2017年8月 8日 (火曜日)

台風5号が来て、去って

お出かけをするから日記はあとから

一瞬涼しくなったけど 今日(9日)からまた暑くなりそう

立秋 親子丼 唐揚げ 広島原爆の日

8月上旬号

2017年8月 7日 (月曜日)

ともだち (2)  ー 立秋号

飾り気のない素朴なものを摘みながら明日は忘れていてもいい話をする 【裏窓から・立秋篇】◀️ NEW


ともだち (七月中旬号)を書いてから何日かが過ぎる。

その間にさりげなくツマにこの話を持ちかけてみた

「ともだちってのはなんでも話せるけど話せるだけやからな」

と喋りはじめたところで、ツマは大きく相槌を打ちながら

「そういうところがええのよなあ~」

という

ぼくはさらに続けて「ともだち」ってのは

「何の支えにもならないし

命を賭けて協力し合うなんてほとんど稀で

所詮「なかよし」なだけで

『ともだちって大事ですよね』

という言葉がもたらしている

ほんとうのともだちのイメージと

大きな隔たりがあるのではないか」

と言おうとしていたところを
遮られてしまっており

さらにぼくは

「たかが学生時代に偶然に同じ釜の飯を食うことになっただけで

一、二年の短い時間に何が分かり合えるわけでもなかったと思うのよ

どん底で一緒に苦労をして過ごしたりしたなら別やけど

たまたま出会ったお見合いの相手も変わらんやろ

もちろんお見合いというシステムは素晴らしい出会いのシステムではあるけど

ともだちをお見合いで決めるというのは一種の無謀な気がするのや」

と付け足した。

++

そのあと、ツマと何を議論したわけでもない

だが、ツマは

一瞬のタイミングで偶然に出会った我々をつないでいる不思議なチカラは

すごく安定してプラス(+)もマイナス(ー)もうまい具合に吸収しているのだ・・・

と似たり寄ったりなことを考えていたのではないか

「我々をつなぐ」不思議なチカラは決して世間一般にある「なかよし」なものではないし

「一日じゅう喧嘩をするように言い合いをしている」と身近な誰もが言うくらいだから

「なかよし」でも「ともだち」でもないだろう

「なかよし」や「ともだち」は、そう簡単に言葉でもカタチでも
表現できないものなのだということがわかってきて

おまけに、夫婦というものも
得体の知れないチカラで繋がるのだということがわかった

そんなことを考えて妄想にふけっているときに
大学時代に一二年を共の過ごした「ともだち」の一人が

メーリングのグループから抜けてしまった

可哀想に
抜ける決心をするまでは
さぞかし窮屈な時間を過ごしたのだろう

これまでの人生をおくった様々な社会のなかで
ポチッとボタンを押して
簡単に次のステップへと
ステージを変化させるようなこと
-組織を抜けたり、誰かを動かしたり、何かを壊したり-
移れるようなことはとても珍しい部類だ

何事も思い通りに使いこなせる術を
完璧に習得できることは素晴らしいことなのだから
そのことを考えると思案時間の長短にかかわらず
ポチッと押してグループから抜け出て
新しいステージへと移るまでには
さぞかし窮屈な瞬間があったのだろうと思う

スッキリしたことを願ってやまない

++

ヒトは

絶対に完成できないようなジグソーパズルみたいなシナリオの上で生きている

合わないこと、できないこと

悔しいこと、憤ること

許せないこと、不条理なこと

悲しいこと、うれしいこと

涙さえ出ないようなこともあるのだ

そんな中で

涙を見せたり、隠し通したり

笑ってごまかしたり

怒って見せたり

幸せを粧ったりして

生きているのだ

そして

これからもそうして

生きていかねばならない

長芋とオクラ かます

2017年8月 6日 (日曜日)

鶴さん そのつづき(4)*

8月10日 札幌から積丹半島へ

何をどう思ったのか積丹半島に向かう

今となっては、理由や当時の気持ちは思い出せない

秘境的イメージを地図から感じ取っていたのかもしれない

汽車が行き止まりであったからかもしれない

綺麗そうな海を想像したのか

灯台のある静かな漁村を瞼に絵描いたのか

行けるところまで行ってみようと考えたのだろう

このころは野宿をする発想もなければ技も道具もない

駅で寝るなども考えない

どうにかなるさ的な呑気さもない

冒険心のようなものはあったとしても

勇気はない

根拠も

自信もない

そんな頼りない奴がよく一人旅をやれるものだ

この時代がのんびりしていたのだ

人々がゆっくり生きている

安全で信頼できる人たちがあふれている

みんなが支え合っていたのだろう

みんながお隣をお節介ではない目で眺めていたのだろう

バスで行き止まりまでいった

この道の向こうには何があるのだろう

どんな景色があるのだろう

ただそれだけだった

半島で写真を撮ってもらって

帰って来て北海道中央バスのバス停の売店でくつろいだ

バイトの女の子と話した

メガネをかけた可愛い子だった

それが鶴さんとの出会いだった

帰りのバスが行ってしまっても話がしたかった

そんな衝動はこれまでにはなかったのだ

バスが行きますよと言われて

ヒッチハイクという手を思いついた

人生があの時に変わった

ひとつの選択が違っていたら

全く違った人生であっただろう

8月13日 改訂・追記

2017年8月 5日 (土曜日)

8月になりました・夏バテ知らず

8月がゆるりゆるりとはじまる

日ごろの暮らしを大きく変化させたりするとリズムを崩しかねない
そんな年齢であると薄々気づいている

大食いをしても大酒を飲んでも
必ず変調をきたすのも知っている

なのに
スーパーでお買い得のお肉を見つけるとカゴに入れて
ウキウキして夕飯を食べると
しっぺ返しがくる

カマスを食べてみたり
長芋を食べてみたり
豆腐、納豆、オクラ、枝豆であったりもする

長芋とオクラ ハイボール かます 中村弦 ロスト・トレイン 松阪牛

八月はじまる

2017年8月 4日 (金曜日)

鶴さん そのつづき(3)

🍀無鉄砲が続く

8月6日から有珠山が噴火の兆候を見せ始めていた。ちょうど8日の夜に青函連絡船で函館へと渡る人混みの中で有珠山に駆けつけるマスコミか学者の人の何名かの話が耳に飛び込んできた。

それを聞いてぼくもその火山に行ってみたくなる。だから、9日の朝、札幌駅に降り立ってすぐに躊躇わずにまた急行に乗って有珠山のある道南の方面へと引き返したのだった。

無計画というものは恐ろしいことであり無駄が多いのであるが、そんなことは御構い無しにスリリングな旅が始まっていた。有珠山に近づくに従い入山禁止情報がわかってくる。火の山を見たいという興味本位で向かっているぼくに入山の許可は出ないだろう、第一に近づくのは危ないだろうという思いが湧いて来ると、あっさりと札幌に引き返してきたのだった。これも、不安と期待の入り混じった心理の起こす行動なのかと思う。

というわけで、9日は何の収穫もなく、札幌に戻ってきてしまった。

さてどこに泊まろうかという心配が俄かに湧いて来る。

旅の途中で話をする旅人たちはみんな似た者同士だった。彼ら彼女たちの情報を統合すると、大学の学生寮がタダで泊めてくれるところがあるらしいとわかり、北大寮を探して行ってみることにする。

そしてそこで頼んでみるとあっけなくどうぞということになった。泊めてもらえるらしい。誰もいない寮のなかの長い廊下を案内されて、とてつもなく汚い布団が敷いてあるベットを指してどうぞと案内された。

夜行できたぼくはそのあとすぐに深い眠りに落ちてしまい朝までぐっすり眠ることになり、寮がどんなものだったのかさえゆっくり見ないまま礼を言って出てきしまった。

後になって判明したのが、その寮の名前は「恵迪寮」という。

色んな意味で有名な寮であったらしいこともあとからわかった。

2017年8月 3日 (木曜日)

鶴さん そのつづき(2)

🍀物語は衝動的にはじまる

旅に憧れを抱いたり、ひとり旅を夢見ていたわけではない。

二三日前に街に出たときにふらっと立ち寄った本屋で北海道の旅本を手にとったのがはじまりだった。

衝動的というより他に言いようのない思いつきだった。

電車の乗れば北海道まで行けるだろう程度に考えたのだろう。

時刻表を買い周遊券のことを知って、母に北海道へ旅に出ると話したのは出発の直前だった。

母もそれを止めようとはしなかった。

旅費を用意してくれたし、ぼくはドタバタとリュックやズック靴を買いに走り回ったりした。

8月7日夜の急行・北国に京都駅で跳び乗るというのも、旅に出ると決まったあとには一直線で筋書きに組み込まれてゆく。

2017年8月 2日 (水曜日)

鶴さん そのつづき (はじまり)

図書館の窓際の机から庭の景色を見ている

カラスがちょんちょんと木陰を跳びはねている

むかし居酒屋で鶴さんという人との他愛のない話を掘り起こして語ったことがあった

それを「鶴さん」という物語風の作品にまとめている

http://wp.me/P6fXhf-wj

ふっと

鶴さん そのつづき

みたいなのを書いてみようかなと思い始めている

(追憶) 居酒屋・鶴さん

2017年8月 1日 (火曜日)

鯖をくう骨一本ずつ数えて人生

七月下旬が暮れるころから

やたら蒸し暑い日が続く

八月になると 毎年 やれやれと思い

もう一踏ん張りで夏も終わるのだと思うのに

体力に自信をなくしているのか

心が元気を失っているのか

ちょっと時間が過ぎるのを怠く感じている

特に変わったことはないけれども

暑い日の午後に
冷房を入れて昼寝をするのだが

ホームベーカリーの話をしたりして

値段のことや
どんなことができるのかなど

あれこれとツマと喋っている

鯖の味噌煮 なすびの煮浸し シャトレーゼにて

七月くれて八月

2017年7月29日 (土曜日)

土潤溽暑

あっという間に7月中旬から下旬へ「桐始結花」(きりはじめてはなをむすぶ)の時節を送り「土潤溽暑」(つうるおうてむしあつし)を迎えて「溽暑」(じょくしょ)な日々を我慢で乗り切って、やれやれ8月を迎えることができそうです。

七十二候では、8月になって立秋を迎えるまでの間に「大雨時行」(たいうときどきふる)という言葉をあてはめ、暑い夏から秋へと移ろうのを待つのでしょう。

夏休みが真っ盛りです。

澄み渡る青空にモクモクと入道雲がわき上がるかと思えば、激烈な雨が突然降るような夏がきて、小学校の校庭の一角にあるプールからは涼しい歓声が響いてきます。

子どもたちの元気な声を連日聞きながら、秋を迎える支度を少しずつ進めていきます。

お盆まではあと半月。

先祖の恩に感謝をし(仏教の方はお釈迦様にも感謝をして)盆棚を飾ったり、お墓参りに出かけたり。京都では五山の送り火が有名です。

フォークソング歌手のよしだたくろうが歌った「夏休み」は、麦わら帽子、たんぼの蛙、絵日記、花火、スイカ、水まき、ひまわり、夕立…と叙情を呼ふ言葉がたくさん並んでいました。

消えゆくもの、伝統をしっかりと伝えるもの、様々です。

++

寂しいともっと寂しい遠花火 (わ)

週末には花火大会の便りが届く。

あまり花火を間近で見上げて鑑賞した記憶もないな。

(熊野の花火と旅の途中で遭遇した浅虫温泉の花火大会だけかな)

桑の実を前歯でちょっと噛み故郷 池田澄子

 

夏という季節は少し遠くから目を細めて見ている方がいいなと思う。

暮れてゆく七月

スイカをもらいに出かけたけど
おっきいのでひとまずはもらわずに帰ってきた

金曜日(28日)にはマゴが来て
といっても特段変わったものを
食うわけでもなく

餃子や


餃子 今年の初スイカ

七月暮れる

2017年7月26日 (水曜日)

人間は我儘なのだというところに行き着く

▶︎テレビや映画でおなじみの人たちが相次いで亡くなってゆく知らせを報道で知りながら人の儚さを感じている

その一方で、人物の大きさや足跡の偉大さ、心の持ち方、生き様のそれぞれ、遺した言葉などなどをみてそこには筆舌に尽くしがたい多くのものがあったに違いない

そのことを想像をして、お涙頂戴の風潮につられてもらい泣きばかりをしたり悲愴的になってばかりにもいかないのではないかと、自分に向き合う

▶︎向き合う

これはとても難しいことだ

武道の真剣勝負ならば真剣であればあるほどに「向き合う」技加減が勝負を決める

揺るぎない姿勢は心身に要求される

平行線が交わらないとしても

向き合った二つの力は平行線のように限りなく一直線のうえでバランスを取ろうとする

死と向き合う

あるいは消滅してゆく人生と向き合うときに

わたしたちが構える姿勢において

力の逃げ道はないのだ

▶︎逃げ道

わたしたちは「あ・う・ん」というものをとても大事にしてきた

子ども叱る時にも、逃げ道を用意してから厳しく指導をする

目標に立ち向かう時も、逃げようとするわけではないものの、逃げ道がなくては押し進む一瞬に揺らぎが生じることがある

「逃げ」を許すのではないが、必要なのである

▶︎

世の中には人の数だけドラマがあって悲哀がある

還暦の節目を迎えるころから

事あるごとに

死ぬまで不安や余命についての話が増えてくる

大きな病は避けたい

痛みを伴う患いごさは勘弁してほしい

子どもや孫と幸せに暮らしたい

お金に不自由したくない

海外旅行などにいけたら行きたい

悠々自適・のんびりと暮らしたい

悩み事を抱かえたくない

揉め事も困る

誰からも干渉されたくない

人との付き合いで気を揉みたくない

そんな話が形を変えながら数々の事例に合わせていくらでも出てきて

老後を生きるということはこれほどまでに辛そうで苦しそうなものであったのかと

驚いてしまう

つまりは、人間は我儘なのだというところに行き着く


つづく


(裏窓から・大暑篇書きかけから

2017年7月25日 (火曜日)

大暑も過ぎて 七月の下旬へ

大暑を迎えた
いよいよ覚悟の夏である

24日には
ししとうとオクラ
を炒めてみた

ネットを彷徨っていて
オクラとししとうを炒めていた人があったので
面白そうで真似してみる

ペペロンチーノ風で
これが絶妙に美味しい

お昼は うどん
冷やしうどん梅干しのせ
にしている

素倹約は大切なことで
健康にも良いと信じている
お昼から飽食はいけない

冷たいおうどんをいただき
梅干しをのせてみる

23日の夜は
タイのペペロンチーノ
だった

は県内産で
お肉は普通の国産牛
だけどお値段はちょいと高いもの

やっぱし旨い

食べ過ぎはあかん
けれどもついつい

ウチの人は同じ食事をしたのに
あくる朝(24日)にPPP

当たったみたいな症状が出てしまい
大変なことになってしまう
ぼくは平気なんですけど

というわけで
24日は急遽 休暇をもらって
ツマがお医者さんにいく付き添いをする

お昼寝もして
身体も休めて
のんびりした月曜日だった

2017年7月22日 (土曜日)

七月ぼちぼち

健康診断での体重は減ったのですけど
2年間の前半1年目でそれほど減らず
後半でぐぐぐと減量しましたから

どこか具合が悪いのとちゃうか?
大腸ガンとか

と そんな心配もありながら

ガンマGTPの値が高くて
それも3年分のデータがみんな高いわけで
体重が少なくなると
「高い目」マークが目立つ


七月ぼちぼち
ゆうとのごはん

生姜焼き 焼き鳥 マグロの竜田揚げ風

2017年7月20日 (木曜日)

二人だけのささやかな夏休みが終わる

二人だけのささやかな夏休みが終わる
かき氷 美味しかった
私の心とともに


焼き鳥 蔵deパスタ(モッツァレラ・チーズ) 蔵deパスタ(和風ミート) タピオカ(アベック・モン・クール) 桃のかき氷(アベック・モン・クール) アベック・モン・クール アベック・モン・クール

写真日記(平成29年版)

2017年7月18日 (火曜日)

七月中旬号

京都から帰って
一日だけぼんやりして
仕事に出かけた金曜日の朝に

Wi-Fiが不通に
これってNTTの都合だったのですけど
知らずにルーターを初期化してしまい
あらら 故障やんか 諦めるか
となったのですが

結論からすると
APN の再設定で回復しました

暑い日が続きますので
お出かけも渋ってしまい
あり合わせのものを食べて過ごすこともある


焼き鳥・焼きなす・枝豆 Wi-Fi 再開通 ピーマン肉詰め Wi-Fi 不通

七月中旬号

2017年7月16日 (日曜日)

同窓会(クラス会)

夢のようなことを考えているけど
案外実現できるかもしれない

ぼくの力で実現させることができるくらいなら
悩まないから

+++

「還暦同窓会 〇〇中学校」
で検索すると 同窓会の情報が載っていますので
そこにある情報やフォームを参考にしてください

年末に
あなたも同窓会に来ませんか

+++

もしもそんなふうにみんなと繋がれたらええのになあ
幹事を買って出てくれる人を募集中

2017年7月15日 (土曜日)

ともだち

本編はコチラ▶️ともだち (七月中旬号)


「ともだち」とは掛け替えのないものだから大切にしよう

と大勢の人が言います

「ともだち」って何でも話せて

言いにくい悩みも聞いてもらえて

居てくれてとても嬉しい

けど

別の見方もしているのです、ちかごろ

「ともだち」って

話を聞いた後にも

本当に相談に乗ってもらって

自分のゆくべき道を考えるときの大きな力になってくれるのだろうか

ともだちって言って居ながらも

それって本当はお互いが何も知らないのではないか

知ってるつもりになっているだけではないのか

ともだちっていうものの概念は

理想であって妄想のようなものではないのか

イザという時に傍にいてくれるわけでもなく

崩れてゆくわたしのあらゆるのもを

しっかりと支えてくれるわけでもない

傍にいて泣いてくれたり

死んだ時に見送ってくれることはあっても

いわゆる

そんなことってのは「なかよし」な話であって

何でも話せて本音を打ち明けてそれを聞くことと

本当の「ともだち」というものの間には

大きな隔たりがあるのではないか

「ともだち」という言葉は安易に使えないし

そんな人はゴロゴロとはいないのではないか

では

「ともだち」とはどこに居て

今のわたしとどんな位置関係にあるのだろうか

そんなことを考えている日々が続く

2017年7月14日 (金曜日)

あらっ!と思うような話(する母のこと)

母は八十六をまわってから「あらっ!」と思うような話をはじめることが増えたような気がする

「あらっ!」という話とは、恥ずか(羞・辱)しい話もあれば、ぐっと我慢をしたむかし話、(今ではもう叶わぬことのないような)諦めていたこと、(長い人生で)どうでもよかったこと、悲しい話、嬉しい話、悔しい話、さらにはフライデーに載るような田舎版の話などがある

わたしたちは何でも話す親子や家族であった

毎日の学校での、喩えて言えば初恋の秘密な話さえも、家庭の団欒で話してきた家族だ

それもさすがに話せなかったことが幾つか母にはあったのだ

子どもには言えない話であったのかもしれないし

大人の醜い話だったのかもしれない

今思えば

何でも話す家族であっても逆説的に言えないことがなくてはならない

それが普通であるならば

今になって話してしまえば随分と楽になったのではなかろうか

長い年月が過ぎてゆく間に家族の中で

必然的でごく自然に封印されてきたことだったのだろう

それを開封するのだ

これは特別な儀式と似ているし

余命の予感をも連想させる不吉なものかもしれない

だからぶっ飛ばして

笑い散らして

ケラケラと流してしまいたいとさえも思う

母のむかし話を

わたしが日記に書きとめようとすると

とてもヒヤヒヤもんの日記になる

2017年7月13日 (木曜日)

七月中旬 京都篇

祇園祭りの鉾もそろそろ組み始めていました
(12日・13日)

あとでゆっくり書くかな


四条河原町 松喜屋 四条河原町 松喜屋 ムスメさん誕生日

写真日記(7月京都篇)

2017年7月 9日 (日曜日)

この世をいとおしい、去りとうない、と思うて逝かねば、残された者が行き暮れよう 小暑篇

もう三年ちかくもむかしのことになるのだと考えれば
感慨深く思うと同時に三年間とはいとも儚いときの流れだと痛み入る

二十年ちかくまえに父を失い
何が切っ掛けでというわけでもなく
「孔子」(井上靖)を座右に置くようになる

そこから何を知り得たわけでもなく
わけをのみ込んだわけでもなかろうが
「逝く者は斯くの如きか、昼夜を舎かず」
しみじみと噛み締めること常々とし
残された人生を
如何に悔いなく生きるべきかと
考え続けてきた

自分の人生を振り返っては
しくじったことあるいはなし遂げことなどを顧みて
二度と苦汁の思いを噛むようなことは避けて生きるべきなのだ
と自分に言い聞かせてきた

たとえ我に失策がなかろうとも反省はせねばならない

何事においても
それは人生の設計にでも例外なく
物事の成就は戦術よりも戦略が大事だと言い続けてきたし
大局を見下ろす俯瞰的な視線が欠かせないと
思い続けて来た

そう言いながらのこの三年
甘くはなかった

🍀

およそ三年まえ
平成26年10月30日 木曜日のわたしの日記の中に
葉室麟「蜩ノ記」の読後感想を書き
物語からある「言葉」を抜き出している

秋谷と慶泉和尚との会話から
─ もはや、この世に未練はござりません
─ まだ覚悟が足らぬようじゃ。未練がないと申すは、この世に残る者の心を気遣うてはおらぬと言っておるに等しい。この世をいとおしい、去りとうない、と思うて逝かねば、残された者が行き暮れよう

その語録を書きとめた日記を
ぱらりぱらりと読む

🍀

歳月人を待たず

わたしたちは老いてしまう時間は早いものだから
一時たりとも時を無駄にせず弛まぬ努力を怠ってはいけない

という教えを胸にしてきた

若くして病魔に屈せざるをえなかった
小林麻央さん死亡がニュースで流れて
残された小さな子どもたちへの思いも伝えられた
彼女を悼む大勢の人々が悔しい思いでコメントを寄せているなかに
中山祐次郎さんという医者の記事があった

それは
「いつ死んでも後悔するように生きる」
として
突然死を迎えることになったときに
もし後悔しないなら
それはどこかが本気ではないのだという

自分の使命に向かい一生懸命
目いっぱい熱狂して夢中で取り組んでいたら
それが中断したら
無念で無念でならないはずだという

命を賭けて生きていき
死ぬ間際までも
目標に向かい続けておれば
無念であるはずだ

人生はそのように生きることが大切だといっている

🍀

わたしの母は八十六歳であるものの
現在も直接死と向かいあうような病気はなく
理系のわたしよりも数字の計算は速く
記憶力に衰えもないようだ

何も思い残すことはないようなことをたびたび話しながらも
死ぬ間際は一週間ほどは寝込んでおりたいとまで言い
その一週間に数々の人に会って最期の挨拶を交わしたいと願っているらしい

息子なので
わかるような気がすることがある

あらゆることを何ひとつ胸に秘めることなく
何から何までを日常の家族の団らんで話してきたわたしたち家族であるがゆえに
言葉にはしなくとも伝わってくるのだ

母は
「この世をいとおしい、去りとうない」
とは一切言わない

しかし、実は思うているのではないか
そんな予感がするのである

「この世をいとおしい、去りとうない、と思うて逝かねば、残された者が行き暮れよう」
という小説の中の言葉が
やけに重い

2017年7月 8日 (土曜日)

たなばた様の夜

7月7日金曜日

タラコのパスタ

たらこのスパゲッティでした
たなばた様の夜です

嗜好が違うウチの人

量を少なめにして
最近ハマっている黒毛和牛ミンチのミートソースと
たらことの二種類を
作ってくれました

++

きょうはイベントで
キャンドルナイト(消灯)を呼びかけているので
職場で全員が定時で仕事を引き上げてビアガーデンに行きます

事情があってぼくは行けなかったので
ウチの人に
駅の近くのイタリアンな店とか居酒屋でも
と昼休みにLINEで誘っておくと

帰り際に見ると
「きょうはやめとく」
と返事が来ていた

++

嗜好の違う人で
パスタ類をあまり好まない人なのだが
おとといの夜のことだったか
「たらこのパスタが食べたいなあ」
とぼくが言ったのを覚えていたのだろう

「飲み屋さんに出かけたくらい使ったわ」
といって笑いながら
缶ビールまで出して乾杯となった


  • 短冊や六十年の夢のあと posted at 08:24:26
  • 七夕やたらこパスタが食べとうて posted at 08:26:07
  • 線路みち草刈るにおいの小暑かな posted at 08:27:41

2017年7月 6日 (木曜日)

中島京子 かたづの!を 読み出しました

中島京子 かたづの!を 読み出しました

直木三十五、南国太平記
司馬遼太郎、風神の門
吉川英治、鳴門秘帖

を読み始めた時のような興奮が蘇る

いつもながら読み切る自信がないのだけど
なんだか行けそうな気がする

七夕も近づくころ

中島京子 かたづの! コメダにてかき氷を

台風3号も過ぎ去って
ちょっとコメダに
かき氷を食べに出かけた水曜日

2017年7月 5日 (水曜日)

台風が去って夜明けの静かなる

Photo

台風が過ぎ去り
静かになって
夜が明けて
もう一度豪雨が来て

そんな中を
新聞屋さんのバイクが
走り去る

と同時に
雨が止んで
静けさが来る

目が覚めて
honto のサイトを散策中

お昼になったら
本を見に出かけよう


Photo_3

豪雨去って
静かな朝に
素敵なタイトルの本
みつけた

2017年7月 3日 (月曜日)

ちょっと贅沢なお肉

(7月に突入)

早いもので
7月になりましたねえ

やはり暑くなりました

お店を覗くと
綺麗に包装されたお肉が
目にとまりました日曜の午後

お値段は1000円/1kg ほどするんですよ

勢いみたいなもんが働いたのでしょう

美味しかったです

7月はじまる
ちょっと贅沢なお肉

2017年6月30日 (金曜日)

又吉直樹 火花

火花

又吉直樹 火花

たとえ純粋なように見える賞であっても
所詮売り上げを睨んでいるのは自明で
その中で上手にステータスを掴んだのが
例えば直木賞のようなものなのだろう

芥川賞は初期の頃の受賞者のころの顔ぶれから
少し路線変更をしたのかと思えてくることが
何度か続いていた

だが、一方で選考委員の顔ぶれを見れば
そんな疑いはなく
ぼくの気のせいか
疲れか、好みの変化か、
読書力の足りなさなど
様々な理由が考えられた

読者側の意見や書評や声が
大手を振って
オモテに出てくる時代になった

誰もが自由に発言できるのだから当然の結果だ
その声は威張っているようにも見える時代になっている

だからぼくのように
恩田陸 蜂蜜と遠雷」(恩田陸)
を詰まらない
などという奴は
黙殺されて相手にもされない

たくさんの書店が
本の陳列に変化を付けて工夫しているのもわかるが
詰まらないのか面白いのかさえ
独自には判断できないかもしれないような人たちにも
買ってもらわなあかんというか
その辺にも売り込みたいのだから
苦心をしているのだろう

火花は本屋に何度足を運んでも
一発で見つかるところには
置いてなかった

ぼくが時代遅れになったのだ

もう本を読むのはやめにしようか
とも思うほどに
本屋がチヤホヤする新刊本が並ぶ中で
やっとの思いで今風の人たちが目に付きやすいところに
山積みされた「火花」を見つけたときは
こんなカテゴリーの棚に置く本なのかと思い
本屋のセンスまでも推し量ってしまって
本嫌い(本屋嫌い)になってしまいそうなのをぐっと堪えた

++

又吉さんの漫才を見た記憶はあります
ステージで喋っているの様子を思い出せます
画面の右側の位置で話していたように思う
けれども、どんな漫才であったかの記憶が余りない

詰まらない芸人もたくさんある中で
なんにも悪い印象などなく
近ごろ売れているお笑い芸人さんという良い印象が残っている

本が好きでその延長で小説を書いたというのを聞いて
大人しく物静かで
やんちゃなところがない雰囲気から
なるほどそういう人柄なのだ
というのが先入観の第一印象だ

作家になるには並大抵の努力では済まされないだろう

阿保になりきれるほど打ち込めるタイプで
自分を省みるような甘っちょろい面があってもならないし
さらに突進する力も強い意志も必要だろう
しかも孤独で思慮深くて
そして最後に作文をする才能が求められる

立ち読みをしてみると
丁寧に文章が綴ってある印象を受けたので買うことにした

芥川賞作品を
勢いで買うような危険な投資は少し懲りていたので
最後まで読み切る自信があったわけではないが
そのときには「期待ほどに面白くなかった」と
言い訳をするしか無かろう
と思いながら買った

そんなセッティング状況で
こんなに短いのに恐る恐る読み始める

++

やっと本題

いい本でした
若い人から老人まで
みんなが読める作品で
文學(ブンガク)の匂いがしてます

はじまりは酔いしれるようなところがあり
真ん中あたりで
ぼくは漫才のことがわからないし
タレントさんが書いたという先入観が邪魔をすることもあって
詰まらないというか退屈を覚えるところもあるけど
勢いがあったから読み切れた

この人を占うつもりはないけど
似たように同じような賞をもらって
テレビに登場している作家さんを見ると
こちらを応援したくなった

ところどころに
作品の本流とは少しずれて(?)
哲学的なことも書くのだけれど
書かずにはおれんのだろうと思うと
ちょっと好きになる

内容に賛同するわけではないが
姿勢に一途なところを感じる

酒を飲んでは
オロオロしたり
涙を流して泣いてみたり
熱くなっていたりする
まこと この登場人物はよく泣く

純粋というわけでもなかろうが
情熱を持っているならば
次々と作品が出てきても
手にとってもいいなと思った

2017年6月29日 (木曜日)

里芋に水玉重し雨軽し

  • 里芋に水玉重し雨軽し
  • 雨が止む そのとき 深呼吸のような 静けさの 一瞬がある
  • 月曜日のJKたち参考書開くけどおしゃべりに夢中
  • 増殖版を書いたりして雨の日曜を過ごす

  • 増殖版 ➡️ http://wp.me/p6Hda5-15S

    仕事から帰ったあと着替えて
    おゆうはんまえに
    飯台に腰掛けて
    うちの人と
    ポツリポツリと話をする

    奥まった台所で
    うちの人は食事の用意をしながら
    何かおつまにになるようなものを
    こしらえてくれて
    小鉢に入れてポンと置く

    ツマラナイ話もある
    他愛ない話もある
    社会に向けた怒りをつぶやくこともある
    子どものこともある

    電車の中で話をしたJKちゃんとの会話をしゃべることもある

    天気予報を見て
    明日を占うように
    何かを思い

    食べ過ぎないようにと口癖を繰り返して
    水割りを飲む

    ときには内緒で1、2杯余分に飲む

    知ってるくせに
    知らん顔して
    アーモンドを5粒ほど出して
    2粒ほど先にすっと持ってゆく(28日)

    🍀

    納豆とキムチは
    混ぜて食べると
    また新しい味になる

    それをカレーにトッピングしてみる

    なんでも
    乗せたがる

    乗せるの
    大好き(27日)

    🍀

    キャベツと
    インゲンと
    じゃがいもと
    人参
    うちの畑で採れたものです

    食べ過ぎないように気をつけよう(26日)

    🍀

    鯛が好きで
    魚屋さんに気に入ったものが並ばないと寂しい

    県内産と書いてあると
    大方迷わずに買ってしまう
    毎度のことだが(25日)

    🍀

    今年のなんばは旨いわ
    短い期間に
    しっかり食べておこう(25日)


    写真日記(六月下旬号)

    インゲン胡麻あえ カレーに納豆とキムチを 生姜焼き タイ なんば(トウモロコシ)

    2017年6月26日 (月曜日)

    いつ死んでも後悔するように生きる

    幸せな死のために一刻も早くあなたにお伝えしたいこと 若き外科医が見つめた「いのち」の現場三百六十五日

    作者名 中山祐次郎


    「人は生きたように死んでいく」

    一生涯をかけて誰も愛してこなかった人、誰にも本気で尽くしてこなかったひと。そういう人は残念ながら誰からも付き添われず、病院のベッドでひっそりと淋しい最期を迎えます。

    それとは対照的に、たくさんの人を愛して、たくさんの人を慈しみ、お世話をした人の最期とはどんなものか。


     「いつ死んでも後悔するように生きる」

    今、中断したら後悔するでしょうか。しないでしょうか。

    もし後悔しないとしたら、それはどこかで本気ではないのではないかと思います。

    後も先も考えず、今目の前にあるミッションに対して、目いっぱい熱狂して夢中で取り組んでいたら、それが中断したら無念で無念でならないはずなんです。いのちがけでやっていたら、無念で仕方ないはずです。

    2017年6月25日 (日曜日)

    六月の下旬 雨降りの休日

    (増殖版はコチラ) ⇨ http://wp.me/p6fXhf-MM

    増殖版を書いたりして雨の日曜の午前を過ごし
    午後はお里の畑の野菜をもらいに出かける


    写真日記から/写真は受付に置いてある模型

    県立美術館展示 県立美術館展示 県立美術館展示

    2017年6月23日 (金曜日)

    夏至のころ あれこれ

    (増殖版はコチラ) ⇨ http://wp.me/p6fXhf-MM


    21日は夏至

    歯の調子が優れずに一週間後に定期診断の予約がしてあったものを早めて診察をお願いした

    根元のぐらぐら感が強かったので今後どのような治療をするのかが気になって質問をした

    そのままで噛み合わせのあたりを調節するか、または抜く

    隣とくっ付けて差し歯にするか入れ歯にする

    そんな説明だった

    いつ抜きますか?今 抜きますか

    と決断を迫られてすぐに抜くこととなった

    悩んでいたけれども抜いてよかった

    口の中すっきりした

    でもモノを食べても噛んでいる感触が薄い気はするが

    これで

    奥歯2本 4箇所 8 

    親不知  4箇所 4 

    犬歯 3箇所 3 

    最後の犬歯 1箇所 1 

    を合計で失ったことになる

    🍀

    夏至が過ぎて

    あれやこれやと忙しくもなくいのに忙しそうにしていたら

    悲しいニュースが飛び込んできたのだった


    23日 悲しいニュースがありました

    ガンと戦い続けてきた小林麻央さんが亡くなりました

    ニュースはメディアを駆け巡ります
    その軽々しさに虚しさを感じながらも
    若き命がガンという病気に白旗を上げざるを得なかったのが悔しいです

    00290623_53911

    «夏至は雨降り(豪雨)思わぬ抜歯

    写真日記(平成29年版)

    • 高橋順子 夫・車谷長吉
      Days29
      日々の写真に
      コメントを
      綴ります

    M's Zoom

    • マグロの竜田揚げ風
      M's Days の
      フォト日記
      ぼちぼちと

    写真日記(平成28年版)

    • 越乃寒梅
      平成28年の
      日々の写真に
      コメントを
      綴ります

    写真日記(平成27年版)

    • 伊達巻
      平成27年の
      日々の写真に
      コメントを
      綴ります

    日々是好日写真記

    • ハーモニカ
      860枚 平成18年から平成26年まで(写真日記)

    BIKEs

    • 平成24年(2012年)最後の春(閏日)のKLE
      かつて
      バイク・ツーリスト
      だったころ

    Walk Don't Run

    • ユース宿泊スタンプ帳
      忘却をおそれず
      記憶を記録として
      遺そうと思う