2017年9月
          1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
フォト
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
無料ブログはココログ

京都日記(平成27年7月篇)

  • 鱧のお弁当
    京都日記
    平成27年7月篇

京都日記(平成27年春篇)

  • 焼き鳥
    京都日記
    平成27年版の
    春の日記です

京都日記(平成27年11月)

  • 渡月橋
    京都日記
    平成27年11月篇

2017年9月15日 (金曜日)

サンマ食うあなたと人生語り合う

写真は昨夜アップしてちょっとしたメモを書いてそのままにしたけど
今朝になってからすこしばかり直そうかという気持ちになる

というわけで16日午前に改訂・加筆しています

台風18号が九州の西の方にいてこれから九州を横断して四国も通って
予想円の中心をつなぐと兵庫から若狭湾の方に行くのかもしれない

土曜日も日曜日も雨降りの予想である
最も暴風雨の激しくなるのが日曜日(17日)の午後らしい

♣︎

光化学の体制が金曜日で終わったので
きょうは半年ぶりにのんびりした休日を過ごしている

それが雨降りでしかも台風であっても
ぼくとしてはほっこりとしているのだけれども
世の中の多くの人は秋の貴重な三連休が雨降りになってしまって
悔しい思いをしているのかもしれない

00290916_85036

台風18号は非常に強い大型の台風と気象台は報じている
せめてうちの方にやってくるまでに弱まっていて欲しい

ゆうべ 子どものころに台風が来たのを思い出して
うちの人にその前の晩の話をした

家をぐるりと回ってガラス戸や木戸に戸板を打ち付けて回った話をしても
強い台風が来ない地方で生まれ育ったうちの人はチンプンカンプンのようだ

🍀

壇蜜日記3 泣くなら、ひとり

壇蜜日記を読んでいる
通勤列車の中でぼんやり外を見る合間に本にも目を通す
夢中になって読まないし
読んでしまった後に忘れても構わないので
軽い気持ちで読めるのだが

日記の中身はそれほど軽いものばかりでもなく
物事を深くまできちんと考えてしまう人には
割と見逃せない深刻な日常の気持ちが綴られている

こういう作品は多くの人は好まないかもしれないが
つまらないテレビ番組や金太郎飴的なバラエティ番組
薄っぺらな自己満足的な教養番組やクイズ番組を
あてもなく見ているよりは
はるかにいいのではないか

自分を見つめるという行いや時間を失いつつある現代人には

不便で不自由でちょっとばかり無駄だと思えるような時間をと
じっくりと向かい合う必要があるのかもしれない

壇蜜日記3 

今年の秋刀魚第1号
去年より十日以上も遅くなった

そろそろ買おうかと思いながら
もう少し安くなってからにしようと思い

生サンマが冷凍サンマに変わって
値段も200円からさらに150円になって

また生サンマに戻って
値段も200円になってしまったところで
うちの人が買って来てくれた

30センチのサンマが未来には15センチになってしまうという
研究調査のニュースが十年ほど昔にあった

今年の秋刀魚はカマスほどに小さい

秋刀魚1号

雨マークが並んでいる

三連休は雨予報です

傘マーク多いので記録しておこう

そのほか
いろいろ

 ブリ照り

2017年9月13日 (水曜日)

カツオ食べる、刺身で半分はタタキで

九月中旬で仕事の体制が一段落するので
気持ちがホッとするのだろう
ちょうど 火曜日と水曜日に休みみが続いて
しかも雨降りだったので家でのんびりとできた

午後に一時的に雨があがったので
長い柄の傘を持って散歩に出かけた

あぜ道ではまだ姿を現さないが住宅の外れの
軒先にあった彼岸花が蕾を赤く膨らませていた
(写真はない)

お昼前にうちの人とスーパーに出かけてみると
密かに考えていた秋刀魚のほうは
雨続きのせいなのか少しパッとしないのだが
カツオが手頃な大きさで並んでいたので
タタキにしようと思い買う

もちろん 半分は刺身にして食べて
残りをタタキにする
タタキの方はうちの人も食べます

カジキの切り身も一緒に買っていて
フライにしてこちらがメインです

今朝(13日)二年前の日記がひょっこり現れて
秋刀魚5号と書いている
5匹目のサンマ

やはり今年は秋刀魚はあまり獲れないのだろうか


九月中旬始まる 
カジキのフライ カツオの刺身 チキン南蛮

2017年9月12日 (火曜日)

すっかり秋めいてきてます 白露もすぎて

あっという間に9月も中旬です
上旬を振り返ってみます

🍀 涼しくなったので 窓を開けて寝ても夜中に閉めに起きなくてはならないほどです
無精なので厚めの肌布団を用意してあります

🎥 5日から6日にかけて
三年ぶりの大腸ガン検診です
おなかスッキリさせるためにうどんを食べたりお芋を食べたりして五日を迎え
六日は検診日でした
少し小さいものがあるようですが気にしなくていいでしょう
それよりも憩室がたくさんあるので気になりますね
10%ほどの人に見られるということで出血などが大量にあることもあり要注意らしい

🌿 ツーリングガイドの2017版が発行されたのでいただいてきました
バイクで走ることはないけど旅の雑誌を読むのは大好き

キャンプにいってゆっくりと夜空を見上げながら酒を飲む
いいですね ほとんど夢物語です

🎥 10日は今年最後の休日当番
クルマをうちの人が使うので汽車で行きました
だったら車窓の景色を撮るのが定例です

🍀 ムスメさん
おなかも大きくなってきて
そろそろ産休の準備です

鶺鴒鳴 ─ 白露篇 (裏窓から)


9月上旬号
いつもの車窓から  南伊勢 ツーリングガイド ハンバーグ

2017年9月 5日 (火曜日)

いよいよ・明日

あす
帰ってから
続きを書く


三年前と四年前にカメラの検査を受けたきりで
小さいポリープがあったので
しばらくしたらということで放置してましたが

母が60歳のときに大腸ガンを切除してますので
(両手からはみ出るほどおおきな切除肉片でした)
私も 久しぶりですし その歳になったので
検査を受けようと思います

四年前の写真、見えるかな? (お試し

こんな写真もあったわ
2001年のものです


 

いよいよ
下剤(ラキソベロン)

2017年9月 4日 (月曜日)

消化の良いものを心がけるものの

暦が八月から九月に変わったと同じくして
朝夕が涼しくなったような気がする

温度計を気をつけていると
朝の気温が23℃ほどまで下がる

ここまで涼しくなると
駅まで歩くときにも
日が出ていても傘は不要です

久しぶりに大腸カメラの検査を受けようと思い
予約を6日にしたので
その日に腸の中が綺麗になっているようにと
ベストな状態を目指すことを考えると
毎日の食事に少しばかり気を使うことが増える

消化の良いものを食べようと努めるくらいだが
日常から気遣って暮らせば健康的なのにと
考えたりしながら質素なものを思い浮かべようとする

食べるという日常が
心を些かであっても豊かにしているのだなと
感謝しながら
素朴な食べ物に潜む味の美しさを思う


九月になりました
デニーズでハンバーグカレードリア風 山掛けうどん(梅干し付き)

名古屋へお出かけしたそうです(ムスメ)


久しぶりに
でたらめな日記を書こう

💕 満月を待たずにキミに手紙書く
💕 鈴虫が鳴いて水割りもう一杯

お月さんが丸くなって来たね
少し前から月を見上げてつぶやいている

💕 カメムシやここぞとばかり月夜かな
💕 今晩はほんまええ月が出とおいなさる
💕 月夜なり 思い出す人ひとりだけ

ぼくにしたら最上級の恋文を書いたつもりだけれど
どうやら君には届かないみたいです

52円の切手を買って
お釣りとレシートが財布に入っている

手紙が届くのは
立待ちの月の頃だろうか

さざ波の打ち寄せる浜辺へ
キミを誘い出す夢を幾度見たことか

2017年9月 2日 (土曜日)

池谷裕二 自分では気づかない、ココロの盲点・・・


8月29日の中日春秋(中日新聞)が

米気象当局はハリケーンが発生すると、男女の名を交互に付けていく。今年はアーリーン、ブレット、シンディ…と女男女の順で名付けられ、今回、北米を襲った大型ハリケーン「ハービー」は男性の名だ。では、男の名のハリケーンと、女性名のそれでは、どちらが被害が大きいか。それとも被害に差はないか? 東京大学で脳を研究する池谷裕二教授の『自分では気づかない、ココロの盲点』(講談社)によると、女性の名のハリケーンの方が、多くの死者を出すのだそうだ。(以下略)

 

と書いているので、本屋に出かけた。

池谷裕二 自分では気づかない、ココロの盲点

これを買いに行ったのだけれども
何を間違えたのか、
しっかりメモをしないで行ったのがいけないのか、
池谷裕二 進化しすぎた脳

こちらを買ってきてしまいました。

おかしいなあ、80問のクイズ形式になっていると、

書評では書いてあったのに。

 

家に帰って

作者の出版リストを調べて

買い間違えたことが判明

ま、いいか

(語る 人生の贈りもの)佐藤愛子

半月ほど前から新聞連載に佐藤愛子さん「(語る 人生の贈りもの)佐藤愛子」が登場し、9月1日が、最終回・その15でした。

その14のときに

--
 
書き始めると、ハチローのエゴイズムの裏側に潜んでいるものが見えてきました。小説の基本は、人間について考えることです。そして、そのためには、さまざまな現象の下にあるものを見なければならない。

--

という部分がありました。

そしてさらに、その15では、

--

私の人生はつくづく怒濤(どとう)の年月だったと思います。しかし、その怒濤は自然に押し寄せてきたものではなく、人から与えられたものでもない。私自身の持ち前の無鉄砲でそうなったのだと気がつくと、よくぞ奔流に流されず溺れずにここまで生きてきたものだと、我ながら驚いてしまいます。とにもかくにも自分の好きなように力いっぱい生きてきました。決して楽しいといえる人生ではなかったけれど、恨みつらみはありません。何ごとも自分のせいだと思えば諦めもついて、「悪くなかった」と思えるのです。

--

とはじまっています。

二度目に離婚をした夫のことを回想し、思わずマーキングをしたのですが

--

(語る 人生の贈りもの)佐藤愛子:15 最後はわからずとも受け入れる

 最後の作品になると思い、88歳で長編小説『晩鐘』を書き始めました。小説で彼を書くことによって、私はその変貌(へんぼう)を理解しようと考えました。人間を書くということは現象を掘り下げること。一生懸命に掘れば現実生活で見えなかった真実が見えてくる。そう思って書いたのでした。

 しかし書き上げても何もわかりませんでした。わからないままでした。いくらかわかったことは、理解しようとする必要はない、ただ黙って「受け入れる」、それでいいということでした。

--

と書いている。
その後、ふらんす堂の yamaoka さんも同じ箇所を自分のブログに引用して「ただ黙って受け入れる」というタイトルの所感で「丹田にズンと来た」に書いた。

ぼくは嬉しくなってきました。

受け入れる、ということは人生の幾つもの節々でぼくたちに要求されてくることで、或るときは否応なしなこともあります。

受験においても、子育てにおいても、社会人になっても、結婚しても。
夫婦お互いに対してもそうでしょう。

受け入れることによって滲み上がってくる身体中の抹消神経を痺れさせるような「苦味(にがみ)」のようなものに、多くの人が共感するのではないでしょうか。

ほんま、ぼくもズンときました。
まだまだ若輩モノですけど。



(語る 人生の贈りもの)佐藤愛子:14 
書き始めると、ハチローのエゴイズムの裏側に潜んでいるものが見えてきました。小説の基本は、人間について考えることです。そして、そのためには、さまざまな現象の下にあるものを見なければならない。
      
(語る 人生の贈りもの)佐藤愛子:15 
 最後の作品になると思い、88歳で長編小説『晩鐘』を書き始めました。小説で彼を書くことによって、私はその変貌(へんぼう)を理解しようと考えました。人間を書くということは現象を掘り下げること。一生懸命に掘れば現実生活で見えなかった真実が見えてくる。そう思って書いたのでした。
      
 しかし書き上げても何もわかりませんでした。わからないままでした。いくらかわかったことは、理解しようとする必要はない、ただ黙って「受け入れる」、それでいいということでした。    

2017年9月 1日 (金曜日)

カンタン酢でタルタルソース

熱出した孫を見舞って魚買う

30日

孫が熱を出して
見舞いに出かけて
帰りに鯵を買って帰る

アジフライ

最近
タルタルソースに凝っている

ミツカンの調味酢(カンタン酢)
(玉ねぎ入りなど宣伝しているかも)

を買ってきて

ゆで卵を刻んで
マヨネーズを混ぜて

簡単にタルタルソースができます

便利です
玉ねぎ入りのカンタン酢がいいかな

自分で玉ねぎ刻むかな

2017年8月31日 (木曜日)

南国屋さん(その2)

南国屋さん(その2)
蒸し暑い夜は昔(その1)の 下宿屋のことを思い出す。


向かいの下宿屋は、ぼろぼろの家で一階が食堂だった。

「南国屋」さんと隣近所の人は呼んだのだが、看板が出ているわけではなく、営業しているときでもその暖簾では食堂として営業しているようには見えなかった。

だから、お客が入っていくところも入っている姿も見たことはなかった。

二階の下宿へはどうやら食堂の戸をがらがらと開けて入るらしいのだが、夜中に帰ってきたときはどうしているのかはわからなかった。

そうそう、寅さんの映画に出てくるような雰囲気に近いのかもしれない。

こちらの部屋と向かいの部屋は一間余りの狭い露地を隔てているだけだったので、向かいの下宿屋には跳べば移れそうな感じがした。

窓を開けると向こうの部屋の中がよく見えた。

おそらく真正面の窓から見えている部屋と他には小さな押し入れがあるくらいだっただろう。

この部屋とさほど変わらなかったに違いないが、この部屋は貧乏な大学生が住んでいる賄い付きの下宿屋で、向かいは一人で暮らす若い女の子が住んでいる小さなキッチンのある部屋だった。

その女の子はたぶん学生ではなかったにちがいない。

こちらから、窓辺に座ってちらちらとみながらいつも想像をしていた。

向こうの部屋にはカーテンなどなく、磨りガラスの窓が1枚の構造であった。

だから、彼女はたいてい窓を開けっ放しで暮らしていた。

ご飯を食べるときも、テレビを見るときも、寝るときも、着替えるときも。

こっちの部屋から見えていることは充分にわかってる筈だし、若い大学生の男子がいることも気づいていただろう。

けれども、この部屋からしか見えないという理由なのか、その気がないのか、いつもこちらを意識している様子はなかった。

洗濯物も恥ずかしくないのだろうか、平気で窓際に干していた。

挑発的であったというわけでもない。

存在を意識していないのだ。

こっちの部屋の住人にしたら刺激的なことが次々と起こることもあったが、やがて慣れていってしまう。

下着姿でうろうろしようが、着替えをしようが、ほぼ裸で寝転んでテレビを見ていようが、慣れてしまって平気になってゆく。

と、そうは言いながらも彼女がどんな女性なのか気にかかって仕方ない時期があった。

南国屋さんは猫を7匹くらい飼っていた。

店主であり下宿屋の主人だったおばさんは、その7匹の猫ちゃんを大切にしているのだが、機嫌を損なうと箒で追いかけまわすという、漫画のような人だった。

ぼくはその主人であるおばさんの顔も下宿人だった女の子の顔も、2年近くもの長い間住みながら知らないまま暮らしたのだった。

パンツを見れば誰かわかっただろうというおかしな自信がある。


 

その1 南国屋さん
2012年1月28日 (土曜日)
    【銀マド】 深夜の自画像

2017年8月30日 (水曜日)

貧乏・暇暇 前略・早々   - 八月下旬号

最近 アメブロを始めまして
何にも書くことがないのに
開設したので
思いつくことやつぶやき
ひとりごとのようなことを
書いて遊んでます

よかったら遊びにきてね

気軽にコメントをかけるような
雰囲気にしていきたいと思っています

貧乏・暇暇 前略・早々
人生は第四コーナーから

八月尽
カステラ(おゆうはんまえに) カステラを買いました ブリの刺身

2017年8月26日 (土曜日)

八月は静かに終わっていきます

八月下旬、処暑のころに今月を振り返り、さらに20年を振りかえった。

18日に最後の勤務を終えたうちの人は、きちんと思い返してみると、父が亡くなる前から同じ会社の別の店に勤務していたのだ。
すっかり私は忘れていて、うちの人に直接質問をして思い出したのだった。

本当に長い間ご苦労さんとしか言いようがない。

私はこの人の働きのおかげでこうしてここまでやってこれたのだし、支えられれていたからこそ(心が)危ない時にも倒れずに仕事を続けてきて、さらには、野暮なこともしてしまっても、助けてもらって生きている。

まさに支えてもらったというよりも(溺れているところを)引き上げてもらっている姿が当てはまるのだろう。

思い切って、ひとつの区切りと判断をし、仕事を退いたことは勇気のいることであり、必然であり、我慢の限界であり、夢でもあったのだろうといえる。

うちの人は、毎日、仕事に行くのが嫌で、継続するのも辛くて、人との関係に心をすり減らしやすいタイプであるにも関わらず、およそ20年という歳月を苦労に注いだ。

上手に感謝の気持ちを伝えられなかったのだが、本当にご苦労さんと抱きかかえたい気持ちです。


八月下旬号
かぼちゃのサラダ 車窓から(稲刈り終わって)車窓から(稲刈り終わって) ランチバイキングの4皿目 巨峰 ぶりの照り焼き

2017年8月24日 (木曜日)

少しずつ変化が出ている

高橋順子さんの「夫・車谷長吉」を
読んで感動していたのが
八月中旬のころです

うちの人がパートを辞めて
ムスメのほうに時間をさこうと
そう思って生活スタイルが
変化し始めています

11月に生まれるので
勤めてる暇がないだろうと
考えたのですが

長年勤めたので
寂しいような思いも
少しはあるのか

清々したかもしれないけど


処暑のころまで
22日 一日一魚はシャケでした キャベツ味噌炒め ワイン美味しかった

2017年8月22日 (火曜日)

高橋順子  夫・車谷長吉

付箋を貼った箇所は書き写して
写真のページに貼りました


ムラサキイロノユウグレ
ムラサキイロノカオ
ヲシタヒトガ
ハヤクハヤク
トセカセニ
クルサクラノキ
ニハサクラノキノ
カオヲシテクル ジュンコ ヨシ

表紙にはそんな絵手紙がある
この人がこんな作品を描くということは随分とあとになってから知った

高橋順子 夫・車谷長吉

赤目四十八瀧心中未遂をはじめて読んで、純粋に、これは素晴らしい文学だと思うと同時に「ものがたりの芸術」だとも感じた

文学が持つ高貴で高尚な顔と芸術作品が持つ複数の歪んだ顔(現実ドラマ)のようなものを併せ持ち、心の中にあるドロドロでありながら澄み切ったものを人間的な美学として作品に編み込んだ鮮やかさを感じたのだった

車谷長吉と高橋順子さんは夫婦である

このエッセイは夫婦になる前に、車谷長吉さんから恋文を受け取るところからエッセイ風味に回想が綴られている

出会いが古典的とも思えるスタイルであり、結婚の決意が燃えるようでもなかったみたいに思いだされて、日常の暮らしの一場面を切り取って語るほかに、数々の文学賞に纏わるエピソード、四国へのお遍路行や世界一周の船旅の記憶などを辿ったエッセイになっている

信じられないような二人の暮らしぶりがの様子が随所に出てきて、二人の間の生活ぶりの実態に驚かされ続けてながら没頭し、何度も読みかえしてしまう

しかし、詩人・高橋順子さんは極めてさりげなく随想作品にして綴っている

だが、車谷長吉への深くて大きな愛情が生き続けていることをこの作品からどっしりと受け取ることができる

つまり、このエッセイはこの上ない愛の手紙であり、追悼であり、愛を改めて告白しているとまで感じさせる熱いメッセージの集積だ、といっていいでしょう

読み進むにつれて面白いところでは笑いながら涙を流し、驚くところではビックリ顔になってオオッと叫びながらやはり涙を流して読んでゆく

涙無くして読めないのは、車谷長吉さんが高橋順子さんをとても必要な人としていて、そこにある愛情が二人の間に満ちていたからでしょう

決して軽度とはいえない神経症をやみながら、作家として車谷にしか書けない作品を生み出し続け、燃え尽きたくても願いも叶わず、とんでもない予想外で尽きてしまう長吉さんを最期まで見守って、亡くなってからも熱く振り返り続けている

車谷長吉の人間味の純粋なところをストレートに受取り、それをこの作品で私たちにストレートに伝えてくる

当然、高橋順子さんも熱い気持ちで車谷氏を回想しているんだろうから、涙まみれで書いているのではなかろうか

だからこれはやっぱし愛のエッセイであるのだなと感じるのです

2017年8月18日 (金曜日)

お盆のころ

お盆は仕事でしたが
後半戦はお出かけしました


久しぶりの M's Zoom

帽子が編みあがったという知らせ

お盆のころ
長芋 カンパチ 信楽・黒田園の蕎麦 信楽・黒田園の蕎麦 鳥居 大文字(東山)

2017年8月11日 (金曜日)

高橋順子 夫・車谷長吉

八月中旬へと

偶然にも素晴らしい本に出会う
あらっと気がついて図書館を検索したらちょうど空いたので
すかさず図書館で借りきた

感想文は読み終わってから書く

けれども読みながら湧き上がってくる感動を抑えることができない

車谷長吉さんは六十九歳、誤嚥による窒息のため亡くなったのが2015年のことだった

奥さんは詩人の高橋順子さんで、一歳上です

三回忌に綴った回想記がこの本で、高橋さんや車谷長吉さん、そのほか周りの人たちとの知らないあれこれが綴ってある。車谷の(作品の)ファンならば、間違いなく引き摺り込まれてしまう

29年前に二人は出会ったころのことや、車谷さんから突然届いた1枚の絵手紙のエピソードを交えて、こちらの心に静かに染み入るようなタッチであのころを綴っている

「古風な出会いでした。絵手紙は毎月1通ずつ計11通届いたんですが、独り言のようなことが書いてあったりして、受け取るたび薄気味悪い気持ちでいました」  

1990年の大晦日に初めて車谷さんと会ったときの様子など、まったく着飾ってない文章だが心が恋してゆくのを予感させてくれる

「赤目四十八瀧心中未遂」で直木賞受賞のあと、ピースボートでの世界一周旅行やお遍路などをしたそうで、2人は片時も離れずにいた。2人が最も大切にしたのは、原稿を互いに見せ合う時間だったという

「そうしないと編集者に渡さない、儀式のような時間でした。車谷は命にかえても書きたいと思っていたし、私にとっても、詩を書くことはこの上ない喜びでした。互いに一番大切なものを最初に読んでもらい、読ませてもらう。それは本当に幸せなことでした」 
「この世のみちづれ」として、2つの魂が深く交流した夫婦関係だった

出版案内のインタビューで語っているのがとても印象的だ

早く読み終わってじっくりと読後の酔をたのしみたい

高橋順子 夫・車谷長吉

2017年8月 8日 (火曜日)

台風5号が来て、去って

お出かけをするから日記はあとから

一瞬涼しくなったけど 今日(9日)からまた暑くなりそう

立秋 親子丼 唐揚げ 広島原爆の日

8月上旬号

2017年8月 7日 (月曜日)

ともだち (2)  ー 立秋号

飾り気のない素朴なものを摘みながら明日は忘れていてもいい話をする 【裏窓から・立秋篇】◀️ NEW


ともだち (七月中旬号)を書いてから何日かが過ぎる。

その間にさりげなくツマにこの話を持ちかけてみた

「ともだちってのはなんでも話せるけど話せるだけやからな」

と喋りはじめたところで、ツマは大きく相槌を打ちながら

「そういうところがええのよなあ~」

という

ぼくはさらに続けて「ともだち」ってのは

「何の支えにもならないし

命を賭けて協力し合うなんてほとんど稀で

所詮「なかよし」なだけで

『ともだちって大事ですよね』

という言葉がもたらしている

ほんとうのともだちのイメージと

大きな隔たりがあるのではないか」

と言おうとしていたところを
遮られてしまっており

さらにぼくは

「たかが学生時代に偶然に同じ釜の飯を食うことになっただけで

一、二年の短い時間に何が分かり合えるわけでもなかったと思うのよ

どん底で一緒に苦労をして過ごしたりしたなら別やけど

たまたま出会ったお見合いの相手も変わらんやろ

もちろんお見合いというシステムは素晴らしい出会いのシステムではあるけど

ともだちをお見合いで決めるというのは一種の無謀な気がするのや」

と付け足した。

++

そのあと、ツマと何を議論したわけでもない

だが、ツマは

一瞬のタイミングで偶然に出会った我々をつないでいる不思議なチカラは

すごく安定してプラス(+)もマイナス(ー)もうまい具合に吸収しているのだ・・・

と似たり寄ったりなことを考えていたのではないか

「我々をつなぐ」不思議なチカラは決して世間一般にある「なかよし」なものではないし

「一日じゅう喧嘩をするように言い合いをしている」と身近な誰もが言うくらいだから

「なかよし」でも「ともだち」でもないだろう

「なかよし」や「ともだち」は、そう簡単に言葉でもカタチでも
表現できないものなのだということがわかってきて

おまけに、夫婦というものも
得体の知れないチカラで繋がるのだということがわかった

そんなことを考えて妄想にふけっているときに
大学時代に一二年を共の過ごした「ともだち」の一人が

メーリングのグループから抜けてしまった

可哀想に
抜ける決心をするまでは
さぞかし窮屈な時間を過ごしたのだろう

これまでの人生をおくった様々な社会のなかで
ポチッとボタンを押して
簡単に次のステップへと
ステージを変化させるようなこと
-組織を抜けたり、誰かを動かしたり、何かを壊したり-
移れるようなことはとても珍しい部類だ

何事も思い通りに使いこなせる術を
完璧に習得できることは素晴らしいことなのだから
そのことを考えると思案時間の長短にかかわらず
ポチッと押してグループから抜け出て
新しいステージへと移るまでには
さぞかし窮屈な瞬間があったのだろうと思う

スッキリしたことを願ってやまない

++

ヒトは

絶対に完成できないようなジグソーパズルみたいなシナリオの上で生きている

合わないこと、できないこと

悔しいこと、憤ること

許せないこと、不条理なこと

悲しいこと、うれしいこと

涙さえ出ないようなこともあるのだ

そんな中で

涙を見せたり、隠し通したり

笑ってごまかしたり

怒って見せたり

幸せを粧ったりして

生きているのだ

そして

これからもそうして

生きていかねばならない

長芋とオクラ かます

2017年8月 6日 (日曜日)

鶴さん そのつづき(4)*

8月10日 札幌から積丹半島へ

何をどう思ったのか積丹半島に向かう

今となっては、理由や当時の気持ちは思い出せない

秘境的イメージを地図から感じ取っていたのかもしれない

汽車が行き止まりであったからかもしれない

綺麗そうな海を想像したのか

灯台のある静かな漁村を瞼に絵描いたのか

行けるところまで行ってみようと考えたのだろう

このころは野宿をする発想もなければ技も道具もない

駅で寝るなども考えない

どうにかなるさ的な呑気さもない

冒険心のようなものはあったとしても

勇気はない

根拠も

自信もない

そんな頼りない奴がよく一人旅をやれるものだ

この時代がのんびりしていたのだ

人々がゆっくり生きている

安全で信頼できる人たちがあふれている

みんなが支え合っていたのだろう

みんながお隣をお節介ではない目で眺めていたのだろう

バスで行き止まりまでいった

この道の向こうには何があるのだろう

どんな景色があるのだろう

ただそれだけだった

半島で写真を撮ってもらって

帰って来て北海道中央バスのバス停の売店でくつろいだ

バイトの女の子と話した

メガネをかけた可愛い子だった

それが鶴さんとの出会いだった

帰りのバスが行ってしまっても話がしたかった

そんな衝動はこれまでにはなかったのだ

バスが行きますよと言われて

ヒッチハイクという手を思いついた

人生があの時に変わった

ひとつの選択が違っていたら

全く違った人生であっただろう

8月13日 改訂・追記

2017年8月 5日 (土曜日)

8月になりました・夏バテ知らず

8月がゆるりゆるりとはじまる

日ごろの暮らしを大きく変化させたりするとリズムを崩しかねない
そんな年齢であると薄々気づいている

大食いをしても大酒を飲んでも
必ず変調をきたすのも知っている

なのに
スーパーでお買い得のお肉を見つけるとカゴに入れて
ウキウキして夕飯を食べると
しっぺ返しがくる

カマスを食べてみたり
長芋を食べてみたり
豆腐、納豆、オクラ、枝豆であったりもする

長芋とオクラ ハイボール かます 中村弦 ロスト・トレイン 松阪牛

八月はじまる

2017年8月 4日 (金曜日)

鶴さん そのつづき(3)

🍀無鉄砲が続く

8月6日から有珠山が噴火の兆候を見せ始めていた。ちょうど8日の夜に青函連絡船で函館へと渡る人混みの中で有珠山に駆けつけるマスコミか学者の人の何名かの話が耳に飛び込んできた。

それを聞いてぼくもその火山に行ってみたくなる。だから、9日の朝、札幌駅に降り立ってすぐに躊躇わずにまた急行に乗って有珠山のある道南の方面へと引き返したのだった。

無計画というものは恐ろしいことであり無駄が多いのであるが、そんなことは御構い無しにスリリングな旅が始まっていた。有珠山に近づくに従い入山禁止情報がわかってくる。火の山を見たいという興味本位で向かっているぼくに入山の許可は出ないだろう、第一に近づくのは危ないだろうという思いが湧いて来ると、あっさりと札幌に引き返してきたのだった。これも、不安と期待の入り混じった心理の起こす行動なのかと思う。

というわけで、9日は何の収穫もなく、札幌に戻ってきてしまった。

さてどこに泊まろうかという心配が俄かに湧いて来る。

旅の途中で話をする旅人たちはみんな似た者同士だった。彼ら彼女たちの情報を統合すると、大学の学生寮がタダで泊めてくれるところがあるらしいとわかり、北大寮を探して行ってみることにする。

そしてそこで頼んでみるとあっけなくどうぞということになった。泊めてもらえるらしい。誰もいない寮のなかの長い廊下を案内されて、とてつもなく汚い布団が敷いてあるベットを指してどうぞと案内された。

夜行できたぼくはそのあとすぐに深い眠りに落ちてしまい朝までぐっすり眠ることになり、寮がどんなものだったのかさえゆっくり見ないまま礼を言って出てきしまった。

後になって判明したのが、その寮の名前は「恵迪寮」という。

色んな意味で有名な寮であったらしいこともあとからわかった。

2017年8月 3日 (木曜日)

鶴さん そのつづき(2)

🍀物語は衝動的にはじまる

旅に憧れを抱いたり、ひとり旅を夢見ていたわけではない。

二三日前に街に出たときにふらっと立ち寄った本屋で北海道の旅本を手にとったのがはじまりだった。

衝動的というより他に言いようのない思いつきだった。

電車の乗れば北海道まで行けるだろう程度に考えたのだろう。

時刻表を買い周遊券のことを知って、母に北海道へ旅に出ると話したのは出発の直前だった。

母もそれを止めようとはしなかった。

旅費を用意してくれたし、ぼくはドタバタとリュックやズック靴を買いに走り回ったりした。

8月7日夜の急行・北国に京都駅で跳び乗るというのも、旅に出ると決まったあとには一直線で筋書きに組み込まれてゆく。

2017年8月 2日 (水曜日)

鶴さん そのつづき (はじまり)

図書館の窓際の机から庭の景色を見ている

カラスがちょんちょんと木陰を跳びはねている

むかし居酒屋で鶴さんという人との他愛のない話を掘り起こして語ったことがあった

それを「鶴さん」という物語風の作品にまとめている

http://wp.me/P6fXhf-wj

ふっと

鶴さん そのつづき

みたいなのを書いてみようかなと思い始めている

(追憶) 居酒屋・鶴さん

2017年8月 1日 (火曜日)

鯖をくう骨一本ずつ数えて人生

七月下旬が暮れるころから

やたら蒸し暑い日が続く

八月になると 毎年 やれやれと思い

もう一踏ん張りで夏も終わるのだと思うのに

体力に自信をなくしているのか

心が元気を失っているのか

ちょっと時間が過ぎるのを怠く感じている

特に変わったことはないけれども

暑い日の午後に
冷房を入れて昼寝をするのだが

ホームベーカリーの話をしたりして

値段のことや
どんなことができるのかなど

あれこれとツマと喋っている

鯖の味噌煮 なすびの煮浸し シャトレーゼにて

七月くれて八月

2017年7月29日 (土曜日)

土潤溽暑

あっという間に7月中旬から下旬へ「桐始結花」(きりはじめてはなをむすぶ)の時節を送り「土潤溽暑」(つうるおうてむしあつし)を迎えて「溽暑」(じょくしょ)な日々を我慢で乗り切って、やれやれ8月を迎えることができそうです。

七十二候では、8月になって立秋を迎えるまでの間に「大雨時行」(たいうときどきふる)という言葉をあてはめ、暑い夏から秋へと移ろうのを待つのでしょう。

夏休みが真っ盛りです。

澄み渡る青空にモクモクと入道雲がわき上がるかと思えば、激烈な雨が突然降るような夏がきて、小学校の校庭の一角にあるプールからは涼しい歓声が響いてきます。

子どもたちの元気な声を連日聞きながら、秋を迎える支度を少しずつ進めていきます。

お盆まではあと半月。

先祖の恩に感謝をし(仏教の方はお釈迦様にも感謝をして)盆棚を飾ったり、お墓参りに出かけたり。京都では五山の送り火が有名です。

フォークソング歌手のよしだたくろうが歌った「夏休み」は、麦わら帽子、たんぼの蛙、絵日記、花火、スイカ、水まき、ひまわり、夕立…と叙情を呼ふ言葉がたくさん並んでいました。

消えゆくもの、伝統をしっかりと伝えるもの、様々です。

++

寂しいともっと寂しい遠花火 (わ)

週末には花火大会の便りが届く。

あまり花火を間近で見上げて鑑賞した記憶もないな。

(熊野の花火と旅の途中で遭遇した浅虫温泉の花火大会だけかな)

桑の実を前歯でちょっと噛み故郷 池田澄子

 

夏という季節は少し遠くから目を細めて見ている方がいいなと思う。

暮れてゆく七月

スイカをもらいに出かけたけど
おっきいのでひとまずはもらわずに帰ってきた

金曜日(28日)にはマゴが来て
といっても特段変わったものを
食うわけでもなく

餃子や


餃子 今年の初スイカ

七月暮れる

2017年7月26日 (水曜日)

人間は我儘なのだというところに行き着く

▶︎テレビや映画でおなじみの人たちが相次いで亡くなってゆく知らせを報道で知りながら人の儚さを感じている

その一方で、人物の大きさや足跡の偉大さ、心の持ち方、生き様のそれぞれ、遺した言葉などなどをみてそこには筆舌に尽くしがたい多くのものがあったに違いない

そのことを想像をして、お涙頂戴の風潮につられてもらい泣きばかりをしたり悲愴的になってばかりにもいかないのではないかと、自分に向き合う

▶︎向き合う

これはとても難しいことだ

武道の真剣勝負ならば真剣であればあるほどに「向き合う」技加減が勝負を決める

揺るぎない姿勢は心身に要求される

平行線が交わらないとしても

向き合った二つの力は平行線のように限りなく一直線のうえでバランスを取ろうとする

死と向き合う

あるいは消滅してゆく人生と向き合うときに

わたしたちが構える姿勢において

力の逃げ道はないのだ

▶︎逃げ道

わたしたちは「あ・う・ん」というものをとても大事にしてきた

子ども叱る時にも、逃げ道を用意してから厳しく指導をする

目標に立ち向かう時も、逃げようとするわけではないものの、逃げ道がなくては押し進む一瞬に揺らぎが生じることがある

「逃げ」を許すのではないが、必要なのである

▶︎

世の中には人の数だけドラマがあって悲哀がある

還暦の節目を迎えるころから

事あるごとに

死ぬまで不安や余命についての話が増えてくる

大きな病は避けたい

痛みを伴う患いごさは勘弁してほしい

子どもや孫と幸せに暮らしたい

お金に不自由したくない

海外旅行などにいけたら行きたい

悠々自適・のんびりと暮らしたい

悩み事を抱かえたくない

揉め事も困る

誰からも干渉されたくない

人との付き合いで気を揉みたくない

そんな話が形を変えながら数々の事例に合わせていくらでも出てきて

老後を生きるということはこれほどまでに辛そうで苦しそうなものであったのかと

驚いてしまう

つまりは、人間は我儘なのだというところに行き着く


つづく


(裏窓から・大暑篇書きかけから

2017年7月25日 (火曜日)

大暑も過ぎて 七月の下旬へ

大暑を迎えた
いよいよ覚悟の夏である

24日には
ししとうとオクラ
を炒めてみた

ネットを彷徨っていて
オクラとししとうを炒めていた人があったので
面白そうで真似してみる

ペペロンチーノ風で
これが絶妙に美味しい

お昼は うどん
冷やしうどん梅干しのせ
にしている

素倹約は大切なことで
健康にも良いと信じている
お昼から飽食はいけない

冷たいおうどんをいただき
梅干しをのせてみる

23日の夜は
タイのペペロンチーノ
だった

は県内産で
お肉は普通の国産牛
だけどお値段はちょいと高いもの

やっぱし旨い

食べ過ぎはあかん
けれどもついつい

ウチの人は同じ食事をしたのに
あくる朝(24日)にPPP

当たったみたいな症状が出てしまい
大変なことになってしまう
ぼくは平気なんですけど

というわけで
24日は急遽 休暇をもらって
ツマがお医者さんにいく付き添いをする

お昼寝もして
身体も休めて
のんびりした月曜日だった

2017年7月22日 (土曜日)

七月ぼちぼち

健康診断での体重は減ったのですけど
2年間の前半1年目でそれほど減らず
後半でぐぐぐと減量しましたから

どこか具合が悪いのとちゃうか?
大腸ガンとか

と そんな心配もありながら

ガンマGTPの値が高くて
それも3年分のデータがみんな高いわけで
体重が少なくなると
「高い目」マークが目立つ


七月ぼちぼち
ゆうとのごはん

生姜焼き 焼き鳥 マグロの竜田揚げ風

2017年7月20日 (木曜日)

二人だけのささやかな夏休みが終わる

二人だけのささやかな夏休みが終わる
かき氷 美味しかった
私の心とともに


焼き鳥 蔵deパスタ(モッツァレラ・チーズ) 蔵deパスタ(和風ミート) タピオカ(アベック・モン・クール) 桃のかき氷(アベック・モン・クール) アベック・モン・クール アベック・モン・クール

写真日記(平成29年版)

2017年7月18日 (火曜日)

七月中旬号

京都から帰って
一日だけぼんやりして
仕事に出かけた金曜日の朝に

Wi-Fiが不通に
これってNTTの都合だったのですけど
知らずにルーターを初期化してしまい
あらら 故障やんか 諦めるか
となったのですが

結論からすると
APN の再設定で回復しました

暑い日が続きますので
お出かけも渋ってしまい
あり合わせのものを食べて過ごすこともある


焼き鳥・焼きなす・枝豆 Wi-Fi 再開通 ピーマン肉詰め Wi-Fi 不通

七月中旬号

«同窓会(クラス会)

写真日記(平成29年版)

  • 肉じゃが
    Days29
    日々の写真に
    コメントを
    綴ります

M's Zoom

  • チキン南蛮
    M's Days の
    フォト日記
    ぼちぼちと

写真日記(平成28年版)

  • 越乃寒梅
    平成28年の
    日々の写真に
    コメントを
    綴ります

写真日記(平成27年版)

  • 伊達巻
    平成27年の
    日々の写真に
    コメントを
    綴ります

日々是好日写真記

  • ハーモニカ
    860枚 平成18年から平成26年まで(写真日記)

BIKEs

  • 平成24年(2012年)最後の春(閏日)のKLE
    かつて
    バイク・ツーリスト
    だったころ

Walk Don't Run

  • ユース宿泊スタンプ帳
    忘却をおそれず
    記憶を記録として
    遺そうと思う